コリンズ

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本名テリー・リー・コリンズ
現役時代は右投左打の遊撃手だった、Bs在籍時は背番号1

入団するに辺り背番号1にこだわりを見せ、その結果当時背番号1をつけていた後藤光尊が背番号を24へ変更した
(2007年5月頃後藤が不振に陥ってた時、コリンズが打撃コーチのディーバスに『後藤の成績を上げる方法はないか』と聞いたところ『1番を返すことだ』と言われ、コリンズは後藤に背番号の返却を申し出た。後藤はこれを丁重に辞退したという。
http://osaka.nikkansports.com/baseball/professional/buffaloes/p-ob-tp0-20071105-279062.html

(その後藤にキャンプで「内野の守備固めとして考えている」と語り
 監督直々にそんな事を伝えられてガッカリしたと本人が後に語っている)

中村勝広監督の辞任に伴い最下位に落ち込んだチームの再生を依頼され受諾
「One Heart Beat」のスローガンを掲げて監督に就任

かつてはドジャースの監督候補にもなった熱血漢という前評判だった
コリンズの特徴として「100球交代主義」と「中継ぎローテーション」が挙げられる
前者はお世辞にも機能したとは言えなかったが、後者は有効に機能し
2007シーズンのBsリリーフ陣は全12球団中2位の防御率を記録
シーズン後半線から先発転向した金子千尋が6連勝するなど明るい話題もあったが
しかし、前半戦の10連敗、6連敗が大きく響きチームは最下位

また一軍と二軍の入れ替えの少なさがチーム内外から批判対象となり
契約更改で迎祐一郎等が「もっと二軍にも目を向けてくれ」、「チャンスが欲しい」と球団に直訴した一件も発生する

2008年こそはと意気込んだが宮古島キャンプでラロッカと衝突
(アメリカでは意見交換は監督、選手間でも当然であり何も問題は無いと語った)
また主力投手が怪我で一気に5人も離脱したために悲惨な投手事情となり
インフィニティが発生したり、先発させた鴨志田貴司が1回3分の2、5四球で自滅をするなど投手陣が壊滅
打線も自ら命名した「ビッグボーイズ」が全く機能せず、ラロッカは故障で帰国
チームは最下位を彷徨い続けた

段々と記者にも投槍な発言をするのが目立ち始め
「選手達が私の言う事を聞かない」、「(自主練習する選手を指差し)あんな練習に意味があるのか?」
「このチームはもうダメだ」と語った事が報道された
これらの発言から察するに5月初頭には辞意を固めていたようである

チーム状態が若干上向き始めていた5月21日の阪神戦の最中にコリンズ辞任の速報が流れる
Bsファンも半信半疑だったが試合後の記者会見で監督辞任を表明
「私のような情熱を失ったものが務めるべきではない」
「チームの全体のために、自分を捧げることが難しくなった」と語り退団した

下山真二はコリンズ辞任の翌日、自身のブログ上で
「(コリンズの辞任は)ショックだった」「自分の野球人生を良い方に変えてくれた」
と記し、コリンズに感謝と退団を惜しむ意を表している
その下山のブログ記事によれば「Good luck!」と言いウィンクをして去っていったそうだ

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最終更新:2008年10月11日 03:05
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