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三章 相互接触

第1話
+ ...
天道の夢に現れ、外敵の存在を
告げた謎の協力者。

紫音とひまりは、協力者との
接触手段を調査する源内より、
実証実験の準備が整ったと告げられる。

情報の足りない仙狐族にとって、
協力者との接触は急務。

紫音らは足早に源内の研究室へ向かう。

仙狐王 紫音
上手くいくといいですね、
ひまりさま。

ひまり
源内のやつも勝算ありとは
言っておったが……どうなる
ことやらのう。

ひまり
お、源内の部下が出迎えに
来たようじゃな。

絡繰隊 鈴音
若殿様、ひまりさま、
ようこそ。

仙狐王 紫音
お久しぶりです鈴音さん、
お体の調子は大丈夫ですか?

絡繰隊 鈴音
最近は忙しくて調整する暇が無いけど、
動きはするから大丈夫。

ひまり
源内の所は労働環境が真っ黒だと
聞いておるからのう、
あまり無理はするでないぞ。

絡繰隊 鈴音
ひまりさまもありがと。
でも、みんな好きでやってることだし。

絡繰隊 鈴音
それに、世界の一大事なんでしょ?
だったら、せっかく拾ったこの命は
みんなのために使いたいよ。

ひまり
ふん、頼もしい奴め、
流石はわしの末裔じゃな。

仙狐王 紫音
そうですね、皆さんあってこその
仙狐族ですから。

絡繰隊 鈴音
よし着いた、いま開けますね。

鈴音が扉の隅に設置されてる、
数字が刻印された装置を操ると
研究室の扉が左右に開いた。

ひまり
源内の奴め、相も変わらず
好き勝手に城を弄りおって!
なんじゃその怪しい仕掛けは。

仙狐王 紫音
あはは……

仙狐王 紫音
源内さんの研究室がある
一画は、もう別世界に
なっちゃってますよね。

絡繰隊 鈴音
源内様、お連れしましたよ。

平賀源内
ご苦労だった鈴音君、
後は私が引き継ごう。

ひまり
わしらが呼び出されたと
言うことは、既に手筈が
整ってると考えていいのじゃな?

平賀源内
ああ、既に準備は終えている、
すぐにでも取りかかれるだろう。

仙狐王 紫音
お父さんの夢に出てくる人と、
イタコさんを介してお話してみる
んですよね。

仙狐王 紫音
上手く行くといいんですが……

平賀源内
まあ、我々も手は尽くしてみたが、
勝算は五分五分と言ったところだね。

ひまり
仮に失敗したとして、それでも何かしらは
得られるじゃろう。

ひまり
今はとにかく足を動かす事じゃな。

仙狐王 紫音
でも、私達だけでいいんでしょうか。

仙狐王 紫音
詳しい情報を得られるかもしれないなら、
皆さんにも来てもらった方がいいような?

平賀源内
ああ、それに関してだが。

平賀源内
件の協力者が積極的な行動を「取らない」
のではなく「取れない」と仮定した場合に
懸念される諸々があってね。

平賀源内
詳しい説明は省かせてもらうが、
秘密の話は少人数で行うべき
との結論さ。

ひまり
下手に衝撃の事実が発覚しても
無用な混乱を生んでしまうからのう。

ひまり
で、その実証実験とやらは
いつ始めるんじゃ?

平賀源内
では始めるとしようか、
イタコ君、聞こえるかね?

イタコ
問題無いよ。
もう始めていいの?

平賀源内
ああ、よろしく頼むよ。

ひまり
伝声管か、イタコは別室に
控えておったのじゃな。

平賀源内
彼女の交信を補助すべく、ありと
あらゆる媒介を集めたからね。

平賀源内
結果、この部屋に収まる量ではなく、
専用の場所が必要となってしまったのだよ。

イタコ
…………そろそろ掴めそう。

仙狐王 紫音
わっ、行けそうな感じですよ、
ひまり様。

ひまり
頼むぞイタコよ……

イタコ
掴んだ、もういつでも降ろせるけど?

平賀源内
頼む、やってくれたまえ。

イタコ
うん、後はよろしくね……

イタコ
…………

イタコ
……

イタコ?
いやはや、まさかこんな方法があるなんてね。

ひまり
おお! こいつは大当たりか?

仙狐王 紫音
男の人の声がする……
イタコさんって凄いんですね。

イタコ?
既存の概念に落とし込みさえすれば、
あくまでこの世界の中の事象となるか。

イタコ?
流石は君達だ……いや、
君達だからこそと言うべきかな。

ひまり
むむむ、勿体を付けるような
面倒臭い言い回し……

ひまり
さては貴様、源内の同類じゃな!

仙狐王 紫音
ひまり様は源内さんにそんな評価を
下していたんですね……

平賀源内
出会って早々だがまずは一点だけ、
重要な部分を確認したい。

平賀源内
このような状況が続く場合、私達や君
にとって、何らかの不都合が発生するか?

イタコ?
ああ。面白い手段を用意してくれたおかげで
かなり余裕は生まれたが、それでも有限だよ。

平賀源内
やはり何らかの要因で、
積極的な手段を「取れない」状況に
置かれていたと言う事か……

イタコ?
だね、話が早くて助かるよ。

仙狐王 紫音
(ひまり様、お二人が何をお話してるか
わかりますか?)

ひまり
(かろうじてと言った所かのう……
まあ、基本的には源内に任せておこう)

イタコ?
と言う訳だ、あまりのんびりも
していられないので手短に行こうか。

イタコ?
既に警告を送っているように、
君達に未曾有の危機が迫っている。

イタコ?
君達の世界に生きとし生けるもの、
全てにとってだ、例外は無い。

平賀源内
その危機とは、ある種の武力侵攻と
考えて間違いないかね?

イタコ?
ああ、僕達は彼らを混沌と呼んで
いるが、君達と同じように社会生活を
営む知的生命体さ。

イタコ?
その混沌に次なる標的と見定め
られてしまったのが、君達の世界だね。

イタコ?
(正確には今回で2回目なんだが、
それを説明している時間までは
無さそうだ……)

平賀源内
では次だ。

平賀源内
手を差し伸べると言うことは、
我々にはまだ希望が残っていると
考えてもいいのかね?

イタコ?
かなりの綱渡りを強いる
事にはなるけど、まだ手遅れ
ではないよ。

平賀源内
それは何よりだ。

平賀源内
避けられない破滅を伝える事で、
覚悟を決める時間を提供して
くれているだけ……

平賀源内
そういった説も上がっては
来ていたからね。

イタコ?
そしてここからが重要なんだけど。

イタコ?
混沌と正面切って戦っても
君達が勝てる望みは無い。

イタコ?
なので、君達の勝利条件はただ一つ、
混沌との戦いを回避する事だ。

イタコ?
彼らは世界を渡る手段として、
とある船を用いるんだけど。

イタコ?
これは死者の爪を原動力としていてね。

イタコ?
爪と言っても概念の話だから、
実際に爪を集める必要は無いんだけど……

イタコ?
まあ、この世界で発生する死者の数が
閾値を超えると船が発動して、混沌が
大挙してやってくる。

イタコ?
そう考えてくれた方が
分かりやすいかな。

ひまり
死者の数を減らせと来たか……
であれば、争いなどは
もっての他じゃな。

イタコ?
だからこそ混沌は、この世界に
尖兵を送り込んで争いが起きる
ように仕向けているんだ。

ひまり
先兵を送り込むじゃと?
まさか……

イタコ?
そう、君達は黒衣の男と呼んでる者さ、
名はロキと言うよ。

平賀源内
これで合点が行ったよ。

平賀源内
争いの場においては目撃証言が
絶えないが、その正体も目的も
一切不明。

平賀源内
火種を振りまく事こそが、
奴の目的だったのか。

イタコ?
ロキは鬼道衆にも肩入れしててね、
彼らの勢いが未だに衰えないのも
それが原因さ。

イタコ?
その点からも、この世界の死者を
減らすには鬼道衆を何とかするのが
一番手っ取り早いね。

ひまり
争いが長引けば長引くほど、
無駄な血が流れ、混沌の連中を
喜ばせるということか。

仙狐王 紫音
鬼道衆の事まで知ってるなんて、
私達の事情をよくご存じなんですね。

イタコ?
まあね、直接的な積極は難しいが、
観測させてもらう分には安全なんだ。

イタコ?
一方的に覗き見される君達から見れば、
これも迷惑話だろうけどね。

平賀源内
こうして協力してくれるのであれば
問題は無いよ、命あっての物種さ。

平賀源内
では、我々はこの世界における死者の
総量を減らすべく、鬼道衆の鎮圧を
進めるのが当面の目的で相違無いかね?

イタコ?
うん、それが一番合理的だ。

イタコ?
多少の戦乱や天変地異程度じゃ船は
発動しないけど、鬼道衆の存在だけは
看過出来ないからね。

ひまり
鬼道衆の奴らに関しては、
受け身ばかりで苦汁を
飲まされて来たからのう。

ひまり
攻勢に転じなければならんとは
考えていた所じゃ、むしろ
良い機会じゃろう。

イタコ?
……そろそろ時間みたいだ、
これ以上の交信は混沌に
嗅ぎつけられてしまう。

イタコ?
ほとぼりが冷めた頃にまた
情報を交換しようか、詳細は
天道に伝えておくよ。

仙狐王 紫音
何からなにまで親切にありがとう
ございます。

仙狐王 紫音
えっと……お名前はなんでしたっけ?

イタコ?
これは失礼した、僕から見れば
君達は旧知の知り合いみたいな
ものだからね……

ヘルメス
僕の名は ヘルメス・トリスメギストス。
理不尽に抗い、混沌に牙を剥く者さ。

第2話
+ ...
檀上の男
……であるからして、
管理無き力とは
単なる暴力に他ならず……

雑賀衆 小雀
ふわああ……
話が長すぎなんだけど。

雑賀孫六
あくびなんかして……
ほら、ちゃんと聞かないと駄目でしょ?
背も伸ばしなさいって。

雑賀衆 下針
でも退魔師の理念なんてどーでもよくね?
さっさと本題にはいりゃいいのに。

雑賀衆 無二
年寄りの話は長いってのが相場だからな、
まあ、しばらくの間は辛抱しとこうぜ。

偉大な退魔師が遺した武器を
巡り、候補者達が競い合う継承の儀式。

儀式も後半戦を迎え、会場となる
城の入口では関係者が一同に介し、
式辞が執り行われていた。

雑賀衆も対外的には鈴門家の
関係者として同行している以上、
列席を余儀なくされている。

雑賀孫六
ちょっ、ちょっと大騎、
なんで立ちながら寝てるのよ!

雑賀孫六
真理亜達の印象が悪くなるでしょ、
全く………ほら、さっさと起きる!

雑賀狐 大騎
ふええっ……へっ?
しゅ、しゅみません……

雑賀孫六
もう、みんなしっかりしなさいよ……
兄さんもちゃんと言ってやってよね。

雑賀孫市
…………

雑賀孫六
あれ……どうしたの兄さん?

雑賀孫市
(あの長髪は間違いねえな……)

雑賀孫市
(紗於奈と言ったか、あの晩の
女も候補者だったとはな)

雑賀孫六
兄さん?

雑賀孫市
お、おっと!
どうした、何かあったのか?

雑賀孫六
何かあったのかじゃないわよ……

雑賀孫六
私達は一応鈴門の関係者だし、
行儀良くしてもらっててもいいかしら?

雑賀孫市
確かに、真理亜達の顔に泥を
塗る訳にはいかねえからな。

雑賀孫市
と言う訳だお前ら、フリでも構わん
から大人しくしとけよ。

雑賀孫六
もう、贅沢言ってられないし
それでもいいわよ……

檀上の男
では、此度の儀式にて候補者達に
課せられし試練の内容を発表する。

檀上の男
候補者には、城の最奥に存在する、
試しの間を目指してもらう事に
なるが……

檀上の男
此度の試練においては、唯一人として
脱落者を出すことは許されぬ。

檀上の男
必ず、候補者の全員が試しの間まで
辿り着くこと。

檀上の男
それが叶わぬ場合、聖鞭を手にする
資格無しとみなし、全員が失格した
として扱う事とする!

雑賀孫市
ふーん、連帯責任ってか?
争奪戦でもおっぱじめると
思ってたんだがな。

雑賀孫六
確かに意外よね……
周りもざわめき始めたみたい。

退魔師の男
ひとつよろしいか、房善殿。

檀上の男
構わぬよ。

退魔師の男
継承の儀式とは、聖鞭を巡って、
各々が磨いた技を持って競い合う、
あくまでも競争の場だ。

退魔師の男
聖鞭は一本、候補者は五人、
これでは数が合わないが、
どうされるおつもりだ?

檀上の男
無論、試しの間に全員が辿り着いた
後も儀式は継続される。

檀上の男
じゃがその内容は、この場で
明かす事は出来ぬ。

檀上の男
以後の試練については、
実際に到達した候補者にのみ
その内容が明かされるのじゃ。

退魔師の男
何だと!?
そんな前例は今まで……

檀上の男
無論、此度の儀式の内容ついても、
儂の独断ではなく、各派閥の承認
を持って決定されておる。

檀上の男
前例無き事は十分承知!
儂らも古き因習に縛られず、
変化を受け入れる勇気を持たねばならぬ。

檀上の男
一握りの天才が全てを解決する、
そんな時代はもう既に終わりを
告げたということじゃ……

雑賀孫市
へえ、あの爺さん……房善だったか?
見た目の割に、なかなかやるじゃねえか。

雑賀孫市
普通は歳を食っちまったら変化を
恐れるもんだが、それを自ら変えて
いこうなんてな。

雑賀孫六
彼、退魔師の中では急進派の
代表格として知られてる人物よ。

雑賀孫六
協会の代表も務めていて、
その発言力は鈴門も無視が
出来ない程になっているんだって。

雑賀孫六
ただ、黒い話も尽きないらしいし……
真理亜からは、老獪な人物だから
注意してと聞いてるわ。

雑賀孫市
相変わらず耳聡い奴だな、
女ってのはどうも噂好きで困るぜ。

雑賀孫六
兄さんも雑賀衆の代表なんだから、
これくらいの情報は頭に入れて
おいてもらいたいんだけど?

雑賀孫市
まあ、小難しい政治の話は、
頭の回転が早いお前が適任だろう。

雑賀孫六
はいはい。相変わらず
馬の耳に何とやらなんだから。

雑賀孫市
お? 周りが拍手してるし
ようやく終わりか?

雑賀孫六
そのようね。

雑賀孫六
真理亜達も出発するみたいだけど、
最後に顔でも見せに行く?

雑賀孫市
ああ、仲間が頑張ろうってんだ、
冷やかしに行くのが礼儀だな。

雑賀衆 無二
そこは素直に激励するか。
でいいでしょうに……
相も変わらず捻くれていらっしゃる。

雑賀衆 小雀
それでこそ孫市様って気も
するけどね。

雑賀衆 蛍
同意する。



真理亜、桜の二人を見送るため、
継承候補者達が控える開始地点
にやってきた雑賀衆。

他の候補者達の縁者も同様に
集まった結果、辺りには
人だかりが出来ていた。

退魔師 桜
わざわざ見送りに来るなんて、
傭兵の割には義理堅いのね。

雑賀孫市
知らなかったか? 雑賀衆の旗印は
義理と人情なんだぜ。

雑賀孫市
単に金に欲しさで殺して回るような、
一山幾らの傭兵と一緒にされちゃ
困るな。

退魔師 真理亜
それは素晴らしい。
また一つ、皆さんについての
理解が深まりました。

雑賀孫六
(私も知らない旗印の話は
ほっとくとして……)

雑賀孫六
急に来ちゃってごめんね二人とも、
お邪魔じゃなかった?

退魔師 桜
別にいいよ、騒がしいのも
嫌いじゃないし……
だよね? 真理亜。

退魔師 真理亜
はい。
この度はご足労いただき
ありがとうございました。

雑賀衆 無二
ま、俺達も城では同じ釜の飯を
食ってる訳だしな。

雑賀衆 無二
仲間の門出ってんなら、
そこは駆け付けねえとだ。

雑賀衆 下針
そう言うことだ、アタシらは
ここで留守番してるが、
気張ってこいよ!

雑賀衆 蛍
聖鞭の入手は戦力の向上に
大きく寄与するのは間違いない。

雑賀衆 蛍
戦術的な観点からも、
お二方には奮戦していただきたい。

雑賀衆 小雀
桜は個人的にも応援してるし、
頑張ってよね?

雑賀衆 坦中
んん? 個人的って何の話だい?

雑賀衆 小雀
やばっ……
いや、別にそんなのどうでも
いいじゃない。

雑賀衆 小雀
ほら、坦中も見送りの……

雑賀衆 下針
ああ、前に言ってたアレだろ?
桜とは身長がどうのこうの。

雑賀衆 小雀
うっさい馬鹿! 黙ってろ!

雑賀孫六
なるほど、妙な所で共感して
いたのね……

雑賀衆 発中
とってもお強いお二人です、
この先も問題ないと思いますが、
どうか気を付けてください。

雑賀狐 菊華
だね、二人は鬼強いけど、
だからこそ足元を
すくわれないようにね。

雑賀狐 大騎
この先は応援しか出来ませんが、
お二人なら大丈夫です、
頑張ってください!

退魔師 真理亜
みなさん……ありがとうございます。

退魔師 桜
だね、たまにはこういう
暑苦しいのも悪くないかな?

雑賀孫市
と言う訳だ、俺達も良い経験を
積ませてもらったし、後は儀式を
勝ち抜いて大団円と行こうぜ。

退魔師 桜
任せておいて、私と桜の二人が
挑む以上、鈴門の勝利は揺るがないわ。

退魔師 真理亜
ええ、必ずや結果を持ち帰って
見せます。

雑賀孫六
ふふ、じゃあ私達は大船の上で
待たせてもらっているね。

雑賀孫市
ところで、儀式の開始はいつに
なるんだ?

退魔師 真理亜
そろそろかと、あの跳ね橋が
降りるのが合図になります。

雑賀孫市
やっぱりあそこから城に乗り込んで
行く訳か、いかにもな跳ね橋だからな。

雑賀孫市
……じゃあ、まだ開始までは
若干の猶予があるって事か。

退魔師 真理亜
ええ、それが何か?

雑賀孫市
いやなに、他の候補者の様子でも
見て回ってみようかなってさ。

雑賀孫市
別に野次馬は禁止されてないだろ?

退魔師 桜
そこは問題ないけど、物好きな
奴だね。

雑賀孫市
まあな、俺はいつまでも好奇心を
忘れない男で居たいのさ。

雑賀孫市
じゃあ俺はここまでだ、
頑張れよ二人とも。
第3話
+ ...
城へと続く跳ね橋の付近は、
開始の合図を待つ継承候補者と、
その縁者達でごったがえしていた。

また、各所では先ほどの真理亜、
桜らと雑賀衆のように、見送りの
言葉が交わされている。

そんな中、孫市は人の輪から外れた
場所に目的の人物を見つける。

雑賀孫市
やはりあの髪は紗於奈だったか、
悪いな、邪魔するぜ。

紗於奈
貴方は誰ですか?
協会の者は房善様以外に
来ていないはず……

雑賀孫市
俺は雑賀孫市ってもんでな、
あの晩は世話になったぜ。

雑賀孫市
おかげで風邪をひく事も、
虫に刺される事も無く、
布団で気持ちよく眠れたぜ。

紗於奈
孫市……ああ、
あの時のお調子者ですね。

雑賀孫市
冷静な表情のままで
面と向かって言われるのは
意外と堪えるな……

雑賀孫市
だが俺の見立ては正しかった、
やっぱり声の印象そのままの、
見事な別嬪だったぜ。

紗於奈
要件はなんでしょうか。

紗於奈
まさか、私の顔の造りを
確認されに来たのでは
ないでしょう?

雑賀孫市
まあそれもあるが……
そんな大層な要件はねえよ。

雑賀孫市
ただ、見知った奴を見かけたから
声をかけてみただけだ。

紗於奈
言葉を多少交わしただけのような
気もしますが?

雑賀孫市
まあまあ、それはそれとしてだ。

雑賀孫市
この拠点に居る時点で
儀式の関係者には間違いないが。

雑賀孫市
まさか継承候補者だったとはな。

雑賀孫市
真理亜と桜に悪いから、
正面切って応援は出来ねえが、
お前さんも頑張れよ。

紗於奈
真理亜と桜……

紗於奈
孫市は、鈴門の縁者だったのですね、
その身なりで退魔師とは。

雑賀孫市
まあ、その辺の事情はややこしいんだが……

雑賀孫市
俺は鈴門の縁者ってより、桜と真理亜の
戦友って所だな。

紗於奈
戦友? よく分かりませんが、
いいでしょう、私には関係ありません。

雑賀孫市
相変わらず連れないねぇ、
そんな態度がまたそそるんだが……

雑賀孫市
ところで、見送りの方はもう済んだのか?
この辺は他に人が居ないみたいだが。

紗於奈
単身で参加しておりますので、
私以外に協会の人員は派遣されて
おりません。

雑賀孫市
こんな辺境に単身だと?
協会ってのは世知辛い連中だな。

紗於奈
私は単独で運用された方が結果を出せます。

紗於奈
今回のように失敗の許されない重大任務
であれば、協会の采配は当然と言えます。

雑賀孫市
単独の方が戦果を上げられると……
ウチの下針みたいな奴だな。

雑賀孫市
それなら丁度良かった、
協会の奴らの変わりに、俺が
見送りさせてもらうぜ。

紗於奈
見送りは求めていませんが。

雑賀孫市
まあそう言いなさんな、
こんなに賑わってる中で
一人ってのも寂しい話だ。

雑賀孫市
立場上、お前の勝利を祈るのは
無理だが、無事に関しちゃ祈ら
せてもらうぜ。

雑賀孫市
道中は気をつけてな。

雑賀孫市
そんでもって、無事に戻って
来た後は俺と更なる親睦を
深める事としようぜ?

紗於奈
全く強引な人です……

紗於奈
まあいいでしょう、事を成した暁には、
協会より暇を与えられるはずです。

紗於奈
あり余る時間を持て余すのは
目に見えているので、貴方を
利用し、暇を潰しましょう。

雑賀孫市
おっしゃ約束だぜ!
忘れんなよ?

雑賀孫市
……って、そうなると
お前が勝ち抜く必要があるのか。

雑賀孫市
参ったな、桜と真理亜には
勝って欲しいが、そうなると
紗於奈と遊べないのか……

雑賀孫市
実に由々しき問題だ、
俺は一体どうすりゃいい?

紗於奈
……それは知りませんが、
儀式を勝ち抜き
聖鞭を手にするのは私です。

紗於奈
敢えて告げるとするなら、そう

紗於奈
勝つのが私である以上、
孫市の悩みは杞憂となるでしょう。

雑賀孫市
ほう……その表情を見るに、
冗談の類は無さそうだな。

紗於奈
私は冗談は苦手です。

雑賀孫市
ま、個人的にはどっちに
転んだとしても、俺は構わない
からな。

雑賀孫市
傍観者は傍観者らしく、
ここでお前達の帰りを
待たせてもらうか。

雑賀孫市
お……跳ね橋が下がって
きやがったぞ!

紗於奈
儀式が再開されたようです、
では私はこれにて。

雑賀孫市
おうよ、桜も真理亜も恐ろしい
ほどの使い手だ、紗於奈も気張れよ!

紗於奈
ええ、ではこれにて。

雑賀孫市
(さてと、後はここでのんびり
待たせてもらうか)

雑賀孫市
(桜と真理亜が相手となりゃ
苦戦は必至だと思うが、紗於奈にも
頑張ってほしいもんだな)
第4話
+ ...
伝説の退魔師が愛用していた武器
「聖鞭」を巡り、継承の儀式に
挑む五人の継承候補者達。

分家筋ではありながら、近年
は優秀な人材を輩出している
「森栖家」の候補者、丈二。

退魔師の中でも指折りの武闘派
として恐れられる「月風家」
の候補者、太郎丸。

血筋を重視する退魔師において
唯一、実力主義を貫く異質の集団
「協会」の候補者、紗於奈。

そして、現存する退魔師一門の
中でも頭一つ抜けた実力者集団、
「鈴門」からは真理亜と桜。

当面の目的地となる「試しの間」
を目指し、城の探索を進める彼らは、
魔獣の群れを相手取っていた。

退魔師 真理亜
丈二の持ち場が押されています、
誰か救援は可能ですか?

丈二
問題無い!
耐えてみせる!!

退魔師 桜
……らしいね。
まだまだ元気だし、
ほっとこうよ。

退魔師 桜
先行してる月風家の彼、
あれは大丈夫なの?

退魔師 真理亜
あちらは太郎丸さんであれば……

退魔師 真理亜
いえ、太郎丸さんだからこそ
お任せ出来るかと。

退魔師 桜
確かに、鎧をまとった大男を
投入すべきはあそこか。

退魔師 桜
協会の秘蔵っ子はどんな感じ?

退魔師 真理亜
紗於奈さんであれば、その……

退魔師 真理亜
見てもらった方が早いかと。

退魔師 桜
うわ、えっぐい……

退魔師 桜
骨の奴らなんてバラバラどころか
粉々にされてるし。

退魔師 桜
あんな珍しい武器を抱えて、
よくやるわ。

退魔師 真理亜
弦楽器と斧を組み合わせた
特注品のようですね。

退魔師 真理亜
攻撃と同時に奏でられる曲で
身体能力の向上を図る術理のようです。

退魔師 真理亜
昨今は使い手も減っていると聞きますが、
彼女の動きを見るに未だ健在のようですね。

退魔師 桜
じゃあ役割としては支援寄りか……
仲間としてみれば心強いね。

退魔師 真理亜
もっとも……奇妙かどうかで
言えば、貴女の武器も大概
かと思いますが?

退魔師 桜
別に奇をてらうつもりは無いし、
たまたまこの形が最適なだけなの。

退魔師 桜
こうやって、斬りつけて。

魔獣1
グギャアアァァ!

退魔師 桜
ぶっ叩いて。

魔獣2
ギャアアアァァッ!

退魔師 桜
投げつけてと、
よし、我ながら完璧。

退魔師 真理亜
(流石は桜ですね、
でも私も負けてられません!)

退魔師 真理亜
せいっ、やああ!

退魔師 桜
(へえ……真理亜もやるじゃん、
そっちがそう来るなら、私も!)

退魔師 桜
はああっ!

互いの動きに感化される桜と
真理亜は次第に口数を減らし、
技の鋭さが増す。

そんな彼女達を横目に、
他の候補者達も危うげ無く
魔獣を撃破する。

継承の儀式は何一つ滞り無く
進行していた。



一方、拠点で真理亜達の帰りを
待つ雑賀衆。

万が一に備え、拠点の構造を確認すると
申し出た蛍は、案内役に連れられ、
方々を巡っていた。

案内役の退魔師
出入り口はここを合せて二か所です

案内役の退魔師
守る分には不利ですが、利便性も
考えるとこの辺が落とし所と
なりました。

雑賀衆 蛍
周囲を覆う外壁は堅牢な作りだ、
そう易々とは、侵入を許さない
だろうな。

案内役の退魔師
強力な結界も併用してますし、
魔術に対する備えも万全です。

雑賀衆 蛍
魔術に関しては専門外だが、
その語り口を見るに、信頼が
おけるものと判断しておく。

案内役の退魔師
でも実のところは結界の方
こそ本命でしてね。

案内役の退魔師
拠点を全て覆うとなると、
手練れの術師が何人も
必要ですが……

案内役の退魔師
あれが見えますか?

雑賀衆 蛍
……尖塔のような施設が
見えるが。

案内役の退魔師
あの塔が魔術の増幅器に
なっていてます。

案内役の退魔師
あれが、結界の効果を
何倍にも引き上げて
くれるのですよ。

雑賀衆 蛍
では、あの施設が落とされた
場合は致命的な打撃を受けると?

案内役の退魔師
はい、外壁が届かない
空や地中は丸裸になります。

案内役の退魔師
もっとも、はぐれ魔獣が
ちょっかいかけてくる以外に
敵らしい敵は来ませんし。

案内役の退魔師
大規模な防衛戦なんてのは、
そもそも想定してませんけどね。

雑賀衆 蛍
あれは?

案内役の退魔師
あれは食糧や武器を保管
している貯蔵庫になります。

案内役の退魔師
見ての通りここには畑も
あるので、食糧はある程度
賄えますけどね。

雑賀衆 蛍
(拠点と言うだけあって、
必要な物は概ね揃っているか)

雑賀衆 蛍
(それにしてもこの胸騒ぎ
はなんだ?)

雑賀衆 蛍
(坦中を捕まえ、奴の勘を
頼ってみるのも悪くないか)
第5話
+ ...
退魔師 桜
ったく、なんでこう吸血種は
城に時計塔を作りたがるんだか……

退魔師 真理亜
私も初めて挑んだ時は面食らった
ものですね、この足場を進むのかと。

退魔師 桜
なんでいつも似たような城に
なるのか、倒す前に洗いざらい
吐かせてみようかな。

紗於奈
待って、一人遅れている。

退魔師 真理亜
確かに、丈二の姿が見えませんね。

退魔師 桜
ん? ……って、あいつまだあんな
下の方に居るじゃないの。

退魔師 桜
ちょっと森栖の人! のんびり
してると追いつかれちゃうでしょ!

丈二
大丈夫だ、すぐに追いつく!
せいっ!

退魔師 桜
はぁ? そんな距離飛べる訳……

丈二は道なりに並ぶ歯車を
無視し、垂直に飛び上り大胆な
ショートカットを狙う。

丈二
しくじった!

しかしながら跳躍が足りず、
伸ばした手は空を切ってしまう。

退魔師 桜
あの馬鹿なにやってんのよ……!

咄嗟に振るった鞭を歯車に巻きつけ、
落下を免れる丈二であったが、
不安定な宙吊り状態となってしまった。

丈二
……すまないが見ての通りだ、
救助を頼めるかい?

退魔師 桜
面倒臭い奴、もういいから
置いてかない?

退魔師 真理亜
駄目です、全員で辿り着かねば
儀式は失敗したとみなされてしまいます。

退魔師 桜
分かってるって……言ってみただけ。

文句を言いながらも、丈二を手際よく
救助する桜。

その後、時計塔を登り終えた候補者達は
小休止を取っていた。

退魔師 真理亜
かなり進んできましたし、
そろそろ目的地でしょうか。

丈二
そうだな、後は次に死神
あたりが来て、最後の階段が
待っているとみたね!

退魔師 桜
足引っ張ってる割には、
随分と元気が余ってるみたい。

丈二
まあそう言うなって!
俺も時としてしくじる事はあるさ。

丈二
それにさっきはありがとうな、
真っ先に駆け付けてくれたじゃないか。

退魔師 桜
あのまま落っこちたら、
連帯責任で私達まで失格だからよ。

退魔師 桜
だったら、一番身のこなしが軽い
私が行くのが筋じゃない。

丈二
理由はともあれだ。
お前は俺を救ってくれた、
その事実は変わらないよ。

丈二
だったら俺は感謝するしかない、
何度でも言うよ桜、
助けてくれてありがとうな!

退魔師 桜
だから暑苦しい笑顔を向けるな!

退魔師 真理亜
しかし、このような人数で
城の攻略を進めるのは珍しい経験です。

退魔師 真理亜
皆さんはいかがでしょうか?

丈二
過去に二人で組んだ時はあったが、
それ以上の経験は無いね、
そちらさんは?

紗於奈
私は常に単独で動いてきました、
故に、連れ立っての攻略は初めてです。

退魔師 桜
今の月風家って、腕利きの兄弟が
ささえてるんでしょ?

退魔師 桜
だったら一緒に組んで動くことも
あるの?

太郎丸
……否。

退魔師 桜
お、反応した!?

退魔師 桜
もしかして城で喋ったの初めて
じゃないの?

退魔師 真理亜
失礼ですよ桜、
申し訳ありません太郎丸様。

太郎丸
……構わぬ、性分だ。

丈二
見事なガタイに、
悠々たる佇まいか……
兄さん、いい男だね。

丈二
それに、協会のお嬢さんも
見事な戦いぶりだ!

丈二
あんなに優雅に、舞うが如く
戦う退魔師なんて、俺は今まで
お目にかかった事が無い。

丈二
そして、鈴門のお二方に
至っては、今更語るまで
もない程の実力者だ。

丈二
もしかして俺達、
即席で組まされた割には、
かなりいい感じなんじゃないか?

退魔師 桜
ちなみにアンタの役割は?

丈二
俺!? あ、えーと……

紗於奈
騒がしさも、時として戦意高揚に
結びつく場合もあります。

紗於奈
そうですね、太鼓持ちの役割を
担っていただいてはいかがでしょう。

丈二
いええ? そりゃないぜ……

退魔師 桜
へえ、協会のお人形さんだと
ばかり思ってたけど、
冗談も言えるんだね。

紗於奈
冗談をいったつもりはありませんが?
そもそも、冗談は苦手です。

退魔師 桜
じゃあ本気でそう思ったってこと?
あはっ、なにそれ笑えるじゃん。

太郎丸
……ふっ

丈二
おいおい、太郎丸の兄さんまで……
真理亜、お前は笑ったりしないよな?

退魔師 真理亜
戦場における役割に
貴賎は無いと考えます。

退魔師 真理亜
事実、丈二のおかげで場の空気が
和らぎ、より質の高い休息を取る
事が出来ています。

退魔師 真理亜
貴方の立ち振る舞いは
褒められこそすれ、
責められる云われは無いでしょう。

丈二
なーんか話が途中ですげ
変わってる気もするが……
まあいっか。

丈二
身体も休まった事だし、
そろそろ向かおうか?

退魔師 桜
だね、試しの間だっけ?
どうせいつもの階段昇った
後にあるんだろうし。

退魔師 真理亜
ちゃっちゃと行って、
次なる試練に備えるとしますか。
第6話
+ ...
雑賀孫市
どうした蛍? 急に
こんな所に呼び出しやがって。

雑賀衆 蛍
至急お耳に入れたい事がありますが、
人目をはばかる内容でして……

城内での試練が終盤に差し掛かる頃、
宿で身体を休めていた孫市は、蛍に
拠点の外れまで呼び出されていた。

雑賀孫市
その様子じゃ茶化して遊ぶ暇も
無さそうだな……聞かせてくれ。

雑賀衆 蛍
この拠点に足を踏み入れた当初は
特に感じなかったのですが。

雑賀衆 蛍
時が経つにつれて違和感のような
物を覚えるようになったのです。

雑賀孫市
そうか? 俺はちっとも感じないな。

雑賀孫市
そもそも、こんな見知らぬ場所じゃ
違和感も何も無いだろうよ。

雑賀衆 蛍
私も当初は単なる気の迷いだろうと
考えていたのですが、違和感は膨れる
一方でして。

雑賀衆 蛍
念のため、坦中の元を訪れて意見を
交したのですが……

雑賀衆 蛍
奴も、キナ臭い空気が漂って
来たと言っておりました。

雑賀孫市
……あの坦中がか?

雑賀衆 蛍
奴の神がかり的な勘については、
未だ原理も分かりませんが。

雑賀衆 蛍
何度も不測の事態を救われているのは
事実です。

雑賀孫市
ああ、そうなってくると、
ちょっと雲行きが怪しくなって
来たな。

雑賀衆 蛍
そのため、拠点の動向について
可能な範囲で調べたのですが。

雑賀衆 蛍
物資の流れと人員配置に
不自然な点が見受けられました。

雑賀孫市
そうするとつまりはアレか。

雑賀孫市
この拠点には悪意を持った
不届き者が紛れ込んでいると?

雑賀衆 蛍
その可能性が高いと思われます。

雑賀孫市
だがまあ、よく調べ上げた物だな。

雑賀衆 蛍
たまたま私の部下に退魔師と
懇意にしている者がおり、
そのツテを辿りました。

雑賀衆 蛍
防衛計画書でも入手出来ればより、
確かな調査が進められますが、
流石にそこまでは難しいかと。

雑賀孫市
嗅ぎまわり過ぎても今度は
こっちが疑われちまうからな。

雑賀孫市
今の所は寝首をかかれない
程度に、各々警戒する他無いか……

雑賀孫市
ご苦労だった、この件は
孫六を通して他の連中にも
伝えてくれ。

雑賀衆 蛍
承知いたしました、では。

雑賀孫市
やれやれ、一難去ってまた一難か、
桜と真理亜が戻り次第、
詳しく調べる必要がありそうだ。



一方、城内の候補者達はその後も
順調に探索を進め、目的地となる
試練の間の目前まで迫っていた。

丈二
いやあ、勝手が分かってる者達が
手を組んでる以上、死神も恐れるに
足りずだったね!

退魔師 桜
あいつも毎回似たような動きしか
しないし、別に一人でも困らない
でしょ?

丈二
それはそうだが、あそこまで手際良く
処理出来るとは思わなかったろ?

丈二
一騎当千の猛者達が徒党を組めば
さもありなん、見事なまでの舜殺さ!

丈二
はたしてこれじゃあどっちが
死神なのか……分かったもんじゃないね。

退魔師 真理亜
本当によく舌が回る方ですね、
ある意味では尊敬します。

退魔師 桜
確かに口やかましい奴だけど、
そっちの二人が無口な分、
釣り合いは取れてていいんじゃない?

丈二
ほほう? では私達は互いの欠点を
補いあえている間柄という訳か。

丈二
固い絆の下に互いに背を預けあい、
難敵を打ち破る間柄……

丈二
素晴らしい! 我々は気が付けば
そんな関係にまで至っていたんだね。

退魔師 桜
私としては不本意だけど、
結果だけを見ればその通りなんだよね。

丈二
そうだ! 試練が終わった後も
我々は行動を共にするのはどうだ?

退魔師 桜
私はお断りだよ、暑苦しいし。

退魔師 桜
それに、退魔師が肩並べて戦うなんて、
この世の危機でも訪れない限り
ありえないでしょ?

退魔師 真理亜
ですね、細分化した昨今の退魔師に
横の繋がりを求めるのは
無理があるかと思います。

丈二
まあね、分かっちゃいるがそれでも
語らせてもらいたかったんだ。

丈二
よし、一期一会の関係ながらも、
それでもこの瞬間は我々は仲間だ!

丈二
さあ行こう、次なる試練の待ち受ける
試しの間はすぐそこさ!

退魔師 桜
(こいつもしかして
友達居ないのか……?)

その後も一行は、散発的な魔獣の
襲撃を退けつつ、城内を進む。

やがて、巨大な両開きの扉を
備える部屋の前までたどり着いた。

退魔師 桜
あからさまに怪しい扉だね。

退魔師 真理亜
他に道もありませんし、ここが
試しの間に違いないでしょう。

退魔師 真理亜
では、参りましょうか。

真理亜が手を伸ばすと、
どういった仕組みなのか、
自然と扉が奥に開いて行く。

扉の先には城の中とは思えない程に、
広大な空間が広がっていた。

紗於奈
これは……空間が弄られていますね。

丈二
これから次なる試練が始まるんだ、
狭い部屋の中では不都合もあろうだろうしね。

丈二
これだけ広ければ、何をやらされようが
不都合はなかろうさ。

丈二
……で、肝心の試練の内容は
一体何なんだ?

退魔師 真理亜
我々候補者全員が試練の間に辿り
つけば、明かされるとの話でしたが。

???
よくぞやった候補者達よ、
誰の一人も欠ける事なく
辿りつけたようじゃな。

真理亜の疑問に答えるように、
部屋の中央に位置する祭壇の影から
初老の男が歩み出る。

その男は、紗於奈が所属する退魔師集団
「協会」の代表を務める男、房善であった。

紗於奈
房善様? 何故このような場所に。

丈二
城の入口で挨拶してたはずなのに、
何で俺達より先に居るんだ?

退魔師 桜
さあ? 儀式の運営側しか知らない
秘密の通路でもあるんじゃないの。

房善
こちらへ参れ候補者達よ、
次なる試練に関する、重大な
説明を執り行うでの。

退魔師 真理亜
いよいよ試練も大詰めですね……
ん? 桜、どうしましたか?

退魔師 桜
あ、うん……ちょっとね。

退魔師 桜
あの祭壇に刻まれてる文字、
見たことがなくてさ、
何なんだろうって。

退魔師 真理亜
確かに……あのように直線だけで
構成されている物は見覚えがないですね。

退魔師 桜
だよね……まあいっか、
私達が分からないならその程度、
取るに足らないって事でしょ。

退魔師 桜
(とは言っても、知らないまま
なのは癪だし……帰ったら調べて
みるかな)

未知なる文字に興味を惹かれつつも、
桜と真理亜も他の候補者達と
同様に部屋に中央の祭壇へ向かう。

やがて全員が祭壇に辿り着くと、
房善は懐から古めかしい一本の
短刀を取り出した。

房善
この場に立つ者いずれもが、
退魔師としての研鑽に励み、
その技と魂を磨きぬいた者じゃ。

房善
そして此度継承の儀、
気高き退魔師の血肉を持って、
結実するのじゃ……

房善は取り出した短刀を
紗於奈に放り投げる。

紗於奈
房善様、一体これは?

試練についての説明が行われず、
頭に疑問符を浮かべる候補者達を
無視し、房善は紗於奈に告げた。

房善
貴様ら、実に大義であったぞ……
さあ、これで終いじゃ紗於奈よ。

房善
貫け。

紗於奈
かはっ! あっ、ああぁ……

そして紗於奈は、何の躊躇いもなく
受け取った短刀を自らに突き立て、
その場に崩れ落ちた。

退魔師 真理亜
なっ!? 何をしているんですか!

突然の出来事に目を丸くする
候補者達を尻目に、房善は大きく
高笑いする。

房善
クカカカカッ! 成れり!
我が事成れりいいぃぃ!

房善の異様な行動に困惑しながらも、
素早く紗於奈を回収した候補者達は
彼から距離を取る。

退魔師 桜
ちょっと理解が追い付かないけど、
まともな状況ではなさそうだね。

丈二
……よし、大丈夫だ、
傷は浅いみたいだぞ。

退魔師 真理亜
協会を代表しておきながらこの凶行、
説明を求めますが?

房善
でかしたぞ餓鬼共!
さあ、その身を捧げるのじゃ!

退魔師 桜
見てよあの眼、もう完全にイカれてるみたい。

太郎丸
…………備えよ。

退魔師 桜
備えよ? って、何に備えるのよ。

それまで沈黙を守っていた
太郎丸の視線を追った先には、
部屋の中央に備えられた祭壇が映っている。

目を凝らして祭壇を見ると、
先ほど紗於奈から流れ出した血が
溝に流れ込んでいた。

退魔師 真理亜
この妖気……いけません!
何かが来ます!

房善
ここまで幾年月かかった事か……
さあ、我らが宵の君よ!
ご降臨なられませい!

丈二
宵の君だと!?
おい、まさか……

退魔師 桜
ありえない、あいつは既に
討滅されてるはずでしょ!

太郎丸
…………真祖、ヴラドリクス。
第7話
+ ...
部屋の中央に位置する祭壇が、
まるで生き物のように、
紗於奈から流れた血を吸い上げている。

血が祭壇に染み込むに連れ、
試しの間の妖気は濃度を増し、
候補者達は警戒態勢を取った。

そんな中、房善の口から零れた
単語が大きな波紋を呼んでいた。

退魔師 真理亜
宵の君……

退魔師 真理亜
真祖の中でも最悪の
存在とされるヴラドリクス、
奴の二つ名に相違ないですね。

退魔師 桜
じゃあ、遠い昔に滅んだはず
の奴が蘇るって事?
こんな退魔師のお膝元で。

丈二
そんなの万に一つもありえないぜ!
奴の灰は持ち帰られ、完全に
処理が済んでるはずなんだ。

混乱の渦中にある候補者達に対し、
一人、祭壇に祈りを捧げていた
房善が向き直る。

房善
さよう、不滅を滅するからには
相応の手順と道具が必要じゃからな。

房善
さすればこそ付け入る隙も生まれる……
我が協会の先達が見事に成し遂げ
くれたと言う訳じゃ。

丈二
何てこった……じゃあ協会が
横やりを入れた結果、処理は
不完全だったのか。

候補者達は自然と紗於奈の
方向に目を向けるが、既に
彼女は意識を失っていた。

房善
案ずるな、その女は我らが傀儡。
尊き使命も知らず、使い捨ての
道具として生かされていた哀れな女よ。

房善
もっとも、協会の使命を知る者も
今となってはほんの一握りしか
おらぬがのう……

退魔師 桜
退魔師の裏の顔は奴らの
信望者って事ね。

退魔師 桜
全然笑えないし、
悪趣味過ぎなんだけど!

丈二
くそっ、いくら傷が浅いとは言え、
紗於奈の治療が必要だ。

丈二
どうする? この場に居ても
やれる事は限られてるぜ。

退魔師 真理亜
本当にヴラドリクスが復活するなら、
それを阻止しないと大変な事になります。

退魔師 真理亜
あの祭壇が鍵になっているようなので、
あれを破壊出来れば、あるいは。

房善
させると思うかね?

真理亜の考えを見越した房善が
片手を上げた瞬間、室内に濃密な
魔獣の気配が漂った。

退魔師 桜
……まあそうなるよね。

退魔師 桜
紗於奈をほっとく訳にもいかないし、
ここは一旦退いて出直した方が
良さそう。

退魔師 真理亜
次善の策としては申し分ありませんね。

丈二
でもこの数だし、今まで来た道を
辿って戻るってのも大変だぜ?

退魔師 桜
それも仰る通り。
逃げるとして手段をどう用意
したものかな……

太郎丸
…………見ろ。

退魔師 桜
あれは扉……?
あっ、もしかして!

太郎丸
…………賭ける価値はある。

退魔師 真理亜
まさかあれが、拠点に通じる
秘密の通路?

退魔師 桜
秘密って割には堂々としてる気も
するけどね。

退魔師 桜
仮にハズレだとして、こんな広い
場所でやりあうよりも状況は
マシになるはず。

退魔師 桜
怪我人も抱えてる事だし、
やってみない?

紗於奈を除く候補者達は、
無言で互いの顔を見て
頷き合う。

そして、いずれもが熟達の
使い手であるからこそ、
各々の役割も瞬時に理解した。

退魔師 桜
ごめんね、私が一番早く動けるから
やっぱりこれしかないみたい。

退魔師 真理亜
気にしないでください、
私達が道を切り開きます。

丈二
そんでもって殿も任せてもらうよ。

丈二
さっき話してたろ? 俺達は背中を
預けあう仲間だってな。

太郎丸
…………後は任せろ。

退魔師 真理亜
私達もある程度粘ったらすぐに離脱します、
なので桜は一刻も早く、城を出てください。

退魔師 桜
分かった、そうする。

退魔師 桜
でも一番戦えるのは私なんだし、
場合によっては丈二辺りに
紗於奈担いで逃げてもらうから。

退魔師 桜
この先は臨機応変にね?

退魔師 真理亜
分かりました、
必ず生き延びましょう。

退魔師 桜
うん……じゃあ、行くよ!

退魔師 真理亜
(今度は私が貴女を守る
番です……桜、絶対に
守ってみせます!)

ふと、在りし日の光景が脳裏に
浮かんだ真理亜は愛用の
鞭を堅く握りしめるのだった。

最終更新:2022年02月18日 12:16