■■■画像/視界=似顔絵/背景=cg01

色葉「一日晴れたと思ったら、また曇ってきたね。
涼しくなって良かった!」

和樹「暑いのが好きなんじゃなかったの?」

色葉「曇ってたら和樹が嬉しいなら、私も嬉しいし」

ネコの額くらいしかない僕の潔さが悲鳴をあげる。昨日、枕元にパンツを置かれた傷がまだ癒えてない。

早いとこ会話を盛り下げて頭を冷やさないと。
再告白で絶縁なんて結果だけは、お互いのために避けたい。

ポケットを探った。
昨日下駄箱に届いた『おまえの罪を思い出せ』と書かれたメモを握る。

いくらポジティブな色葉でも、これには閉口するはずだ。

和樹「色葉、聞きたいことがあるんだ」

色葉「なーにー?」

和樹「色葉は昔の僕を知ってるよね」

色葉「うん? どうしたの? 知ってるよ。
おねしょの回数まで」

■■■クエイク

和樹「たまには色葉も記憶喪失になってよ」

色葉「もったいないからや。嘘だよー。おねしょの回数は間違えて憶えてそう」

だいたい憶えてるんだ……?

深刻そうにメモを見せようと思ったのに。芝居気を殺がれてしまった。いいや。直球で。

和樹「罪とか何とか。心当たり、ない?」

色葉「……罪?」

色葉が足を止める。前を向いたまま。
僕も足を止めた。

和樹「僕じゃ、からかっても面白くないのに。
変な手紙が来てさ」

色葉「…………」

和樹「何か引っ掛かったんだ。これ」

●●●SE基本=web_wave_lib_KamiA22

■■■画像/背景=illust13_2

制服のポケットからメモを出して、色葉の前に手を伸ばして見せる。

色葉「これ……」

和樹「思い出せって言われても、僕は中学に入る前のことは憶えてないし。
色葉が昔のことで何か知ってたら……」

●●●BGMオフ

■■■画像/背景=BG40e/立ち絵中=色葉 time=10

●●●SE基本=kuro_!

色葉「関係ない」

[delay speed=nowait]

遮られた。
メモが押し返される。

和樹「……色葉?」

さっきまでは隠していた似顔絵を、真っ直ぐこちらに向けている。

機械みたいに硬い声だった。
顔を見れない僕が表情に喩えるなら、表情豊かだった色葉が突如、能面になったみたいに感じられた。

なんだっけ……学園の行事で見た、人形浄瑠璃。
デフォルメされた人形で、顔も見えた。
清姫の顔が急に鬼に化けたみたいな。

色葉「…………」

和樹「…………」

色葉「和樹には関係ないよ、こんなの。
だって、和樹が忘れたのは――」

和樹「僕が忘れたのは……?」

色葉「…………」

和樹「……色葉?」

色葉「…………」

僕には関係ない? 僕が忘れたのは?
僕が記憶を失ったのは――?

■■■画像/立ち絵中=色葉/制服ポーズ差分

色葉「……ごめんなさい」

ごめん? 何が?

色葉「私、和樹が治るまで……。
絶対、私のこと許さないから」

和樹「……え? 許さない?」

僕が治るまで、色葉が色葉を許さない?

メモ以上に唐突だ。なんの話だ?

■■■画像/立ち絵中=色葉

色葉「……行こ。遅刻しちゃう」

■■■画像/立ち絵中=clear

和樹「ちょっと……待って。色葉。
何だよ、それって……」

何事も無かったように言って、色葉は僕に背中を向けた。

早足で歩き出した色葉を追いかける。

■■■画像/立ち絵中=色葉/アップ time=10

色葉「和樹」

■■■クエイク

和樹「わっ」

色葉が立ち止まって、また振り返った。
ぶつかりそうになって急ブレーキをかける。

今日はどうしたんだ? 似顔絵大放出日?

和樹「色葉……?」

色葉「今日、数学の小テストだよ。
ちゃんと予習してきた?」

和樹「それは……まだだけど、それより」

色葉「それなら早く学園行って、やらなくちゃ。
さ、行こっ!」

■■■画像/立ち絵中=clear

止める間もなく小走りに行ってしまう。

和樹「色葉……?」

■■■暗転大

●●●BGM=CP01

■■■画像/背景=BG26e_80/立ち絵中=色葉

色葉「おはよー、凛ちゃん」

■■■画像/立ち絵左中=色葉/立ち絵中=clear/立ち絵右中=凛

凛「おはよ、色葉。今朝のホームルーム、学園祭の出し物決めだね」

■■■画像 action_lc=ピョン

色葉「うん! カボチャ投げて佐渡おけさ楽しみ!」

■■■画像/漫符右中=?

凛「……色葉?」

色葉「学園がトマトの海になったら、カモメケチャップの仕事ってダイレクトメッセージして、死体ごっこしようね」

■■■画像/漫符右中=ι

凛「……和樹君。この子、今日どうしたの?」

和樹「着く前は日本語で喋ってたんだけど……」

席に着くと色葉は、少し……かなり様子が変だけど。いつも通り、黄之瀬さんと雑談を始めた。

凛「ハロウィン。おけさ祭り。トマティーナ。
……ダイイングメッセージ?
学園祭成分、どこにも入ってないけど」

■■■画像/漫符左中=v action_lc=ピョン

色葉「さすが凛ちゃん! 大好き!」

■■■画像/漫符右中=?

凛「あのね……いいけど。また晃の変な嘘に引っ掛けられでもした?」

■■■画像/漫符左中=ι/動作左=ユラユラ

色葉「えっと……そう、晃君が巨大彗星で。
地球が滅亡してアポロンとノアがメシウマなの」

■■■画像/漫符右中=?

凛「地球滅亡って……一昨日の映画?
アポロ、メシア? ノアしかあってないし。
晃も好きだねー」

許さない……まるで僕が記憶を失った原因が、色葉にあるような言いかただ。僕が記憶喪失になった原因は、両親が遭った事故なのに……。

けど、メモに心当たりがあったというよりは、別の心当たりがあったような……。

■■■画像/漫符左中=!

色葉「晃君すごい深刻な顔で、最後の日をどうやって過ごしたらいいか悩んでたよ」

■■■画像/漫符右中=ι

凛「真面目な顔で話されたからって、なんでも信じないの。詐欺にひっかかるよ?」

■■■画像/漫符左中=v

色葉「最後の日は凛ちゃんと過ごすのがおすすめってちゃんとアドバイスしておいたよ!」

●●●SE基本=kuro_chime_short

■■■画像/漫符右中=#/動作右中=ピョン

凛「からかわないの!
そういうのじゃないんだったら」

■■■画像/漫符左中=♪ action_lc=ピョン

色葉「ホームルーム始まっちゃう。
トイレ行って来る!」

■■■画像/立ち絵左中=clear/漫符右中=#/動作右中=ピョン

凛「待てぇ~っ!」

■■■画像/立ち絵右中=clear

考えてる間に、二人が教室の外へ走り出してしまった。

●●●BGMオフ

■■■暗転中 bgm=on]

●●●BGM=CP02

■■■画像/背景=BG26e_80

1限目はホームルーム。
先生はクラスに入ってきて早々、黒板に荒々しい字で書き殴った。

●●●SE基本=the_ma_kokuban

『雨弓祭――あまゆみさい――』

担任教師「こういうのは前振りも大事だ。
2年目だけど改めて説明するよ」

僕らのクラス担任は、体育会系の女性教員だ。

担任教師「雨弓祭は今年で35回目の開催になる。
歴史ある学園祭だ。
街の行事と言っても過言じゃない」

担任教師「やるのはクラスごとに選んだ出し物。
教師と生徒、ゲストが一丸となって行う人気投票により、雨弓祭グランプリを競う!」

担任教師「グランプリのクラスには、学園への寄付金からトロフィーと賞状、クラス全員分の食券千円分が贈られる!」

担任教師「去年、私のクラスは惜しくも2位だった。
今年こそはグランプリを狙う!
おまえらついてきてくれるかぁ!?」

●●●SE基本=on_jin_standing_ovation

先生といいクラスメイトといい、良くも悪くもノリがいいクラスだ。

テンションの低い僕には居心地が微妙だけど、聞いている分には面白い。

担任教師「ありがとう! ありがとう!」

担任の先生が、選挙に出馬した議員みたいに手を振っている。

少し収まってきたところで、勿体ぶって咳払いをした。

担任教師「じゃ、出し物決めに移ろうか」

●●●SEループ=mindan_gayagaya_classroom

教室のいたるところから声が飛び始める。

生徒がお化け屋敷やら喫茶店やら口々に叫び、出た物を先生が黒板に書き込んでいく。
オーソドックスな出し物が並ぶそんな中。

■■■画像/立ち絵中=晃

晃「はい!」

晃が高々と手を挙げた。

担任教師「どうした金田? わざわざ手なんて挙げて。
おまえらしくないじゃないか」

■■■画像/漫符中=!

晃「少々俺の本気を皆に見せようと思いまして……」

●●●SE全停止

何事かと思ったか、半ば想像がついたからか、皆が静かになる。

晃は僕にもわかるくらい大きくクラス中を見渡して、口を開いた。

晃「さて諸君……君らが今挙げた、お化け屋敷や喫茶店。学園祭の定番だ。そこそこの客、評価が得られるだろう……」

●●●SE基本=kuro_bash_wood

■■■クエイク

晃「だが本当にそれでいいのか!?
違うだろ。俺らが目指す場所は山の中腹じゃない。頂点のはずだ!!」

教卓を叩く音が教室に響く。
鬼気迫るものを感じる口調だ。

晃がこういう真剣な声を出す時は、だいたいろくでもない。僕は頬杖をついた。

晃「1位を狙うには定石にとらわれては駄目だ。
俺にはわかる。皆は既に答えを知っている、と!」

晃「誰かが言うのを期待して、睨み合いになっているのが見え見えだ。そう、この提案をする奴は女子に白い目で見られる」

晃「わかっている。だからこそ俺は立ち上がった!
失うもの以上に得るものが大きいと信じて!」

晃「俺がやりたいもの、それは――」

■■■画像/立ち絵左=clear/立ち絵中=clear/立ち絵右=clear

●●●SE基本=the_ma_kokuban

クルリと黒板を向き直り、でかでかとした字で書き殴った。

『コスプレ喫茶』

乗せていたあごがズルッと滑り落ちる。
学園と教育委員会とPTAと学園祭のゲスト、全員から苦情が来そうな企画名だ。

昨日あいつ、おまえのためにあるような企画だって言ってなかったっけ?

……どういう意味だよ。

変形視について、晃は知らないはずなのに。
僕が女の子の体ばかり見てるって気付いてる?
……だったら嫌だ。

■■■画像/立ち絵中=晃

晃「しかしこのまま企画を提出しては学園側から止められるのは必至。
そこで俺はこう改名する」

●●●SE基本=the_ma_kokuban

『仮装喫茶』

黒板に向かって頷いて、こっちを向き直る。
なるほどこれなら通りそうだ。

■■■画像/漫符中=!

晃「まだ普通の喫茶店をやろうなんて言う男子は手を挙げろ!」

教室は静寂に包まれた。
引いているのか呑まれているのか、女子さえ一言も喋らない。

男子生徒「……たい」

教卓前に座る一人の男子が口を開いた。

晃「ん? なんだって?」

男子生徒「コスプレ喫茶がやりたいです……」

●●●SE基本=mindan_gayagaya_classroom

その言葉を皮切りに、男子たちが一斉に賛同の声を上げる。

■■■画像/漫符中=♪

晃「やっと自分の心に素直になったな」

女子生徒「ちょ、ちょっと待ってよ!
勝手に決めないでくれる? そんなの、恥ずかしいのは女子なんだから!」

そうだそうだという女子の声があちこちから上がる。因幡の白バニーガールに懲りているのかもしれない。

晃「そう来ると思っていたさ……」

晃が余裕の態度で受け答えた。

■■■画像/漫符中=!

晃「誰が女子だけだと言った?
このクラスは男子だって、ファンクラブがあると噂される男子もいるんだ!」

■■■画像/漫符中=?

晃「そんな奴の、普段は見れない姿……。
見れるんだぞ?」

なんでも使う気らしい。
言葉巧みに女子を丸め込みにかかっている。

女子生徒「……くんの、執事!」

どこからか陶酔しきった呟きが聞こえてきた。
何人かはもう陥落したみたいだ。

■■■画像/漫符中=!

晃「美男美女揃いのこのクラスで仮装喫茶やって1位が取れないなんて事があるか?
否! 断じて否!」

更に女子を持ち上げて批難を封じ込めている。
ここまで来ると感心せざるを得ない。

晃「おまえらに聞くぞ。やりたい物はなんだ?
お化け屋敷か。普通の喫茶店か。
そっちがいいって奴は手を挙げろ」

誰も手を挙げない。担任の先生まで晃の言葉に聞き入っていた。先生はどうにかしてください。

晃「そうだよな。そんなもんじゃないよな。
仮装喫茶、だろ!?」

全員が高々と手を挙げる。

晃「勝ちにいこうぜ」

■■■画像/立ち絵中=clear

●●●SE補助=on_jin_standing_ovation

皆、コスプレした好きな子とキャンプファイヤーを見るのを楽しみにしてるのかな……。

女の子って聞いても、顔より先に声や体が浮かぶ変態みたいな僕でも、もちろん憧れる。

去年は色葉に誘われて一緒に見て回った。今年は……。

…………。

……許さないって、何を? 色葉……。

●●●BGMオフ

■■■暗転中 bgm=on]

●●●BGM=CP01

■■■画像/背景=BG26e_80/立ち絵左中=晃/立ち絵右中=色葉

晃「で、だ」

朝のことを聞きそびれたまま、昼休み。
色葉は自作のお弁当。
僕はヤキソバパン、晃はカツサンド。

黄之瀬さんは早速、クラス委員の事務で職員室に呼ばれているらしい。

■■■画像/漫符左中=♪

晃「投票の結果、俺らは見事!
全員仮装役に当選したわけだよな。コスチューム、何って書いたよ?」

晃の声は満足気だ。
悠然とパンくずを払っている。

投票で給仕、希望で仮装を決めた。
実行委員が仕入れ、手芸部が仕立てる。
他は茶・菓子を用意する。

言いだしっぺの晃と、色葉が選ばれるのは予想通りの結果だ。

黄之瀬さんはクラス委員の仕事が忙しいようで、投票前に裏方を希望していた。

■■■画像/漫符右中=Ξ

色葉「私はメイドにしたよ。
フリフリのエプロンとかヘッドドレス、憧れ!」

和樹「…………」

今朝の通学路での会話なんて無かったことみたいに明るい……。

あの言葉の意味を尋ねようとするたび、わざとか天然か、学園祭の話にされてしまう。

色葉は学園祭の実行委員にも選ばれ、手芸部の手伝いまで申し出ていた。
もとから雑用に積極的だけど、請け過ぎだ。

一人三役は忙し過ぎるんじゃと止めたら、手芸部には赤坂さんがいるから安心と笑っていた。

■■■画像/漫符左中=♪

晃「ベタだけど、いいねぇー。色葉ちゃんならメイドさん似合うよ絶対。
おかえりなさいませーってやってみてよ」

■■■画像/漫符右中=♪/動作右中=ピョン

色葉「おかえりなさいませ、ご主人様!」

和樹「……なんで僕に向かって。
晃! 色葉に変なことさせないでったら」

■■■画像/漫符左中=v

晃「おやぁー? 和樹ちゅわーん?
真っ赤になってどうしちゃったのかなぁー?」

和樹「赤くないって」

ヤキソバパンを勢いよく頬張って誤魔化す。

■■■画像/漫符右中=ω

色葉「と、当日は本当にするでしょ?
別に変なことじゃないってば」

自分でやっておいて色葉も恥ずかしくなったのか、うつむいてお弁当のスパゲッティサラダを箸で混ぜている。

言い訳すると泥沼だ。話を逸らそう。

和樹「僕は着ぐるみ。演劇部にお願いして借りるよ」

■■■画像/漫符右中=v

色葉「着ぐるみいいな、かわいいよね!」

……なぜか僕まで選ばれてたんだよな。

和樹「メイドもいいんじゃない? 喫茶店らしいし」

■■■画像/漫符右中=♪

色葉「だよね! どんなデザインにしようかな」

食べかけのお弁当をほったらかして、ノートを取り出しデザイン画を描き始めた。

ノートを見ると『重要!』とかフキダシのついたウサギの挿絵がところどころ描かれていった。

和樹「晃はどうするの? 何か仮装するつもり?」

■■■画像/漫符左中=!

晃「そうだなぁ。カリスマホストみたいにビシッと決めて全校の子ネコちゃんたちのハートをわしづかみ! だな」

和樹「カリスマホストって……普通のホストの仮装と何が違うの?」

■■■画像/漫符左中=v

晃「胸板、とか?」

和樹「…………」

■■■画像/漫符左中=♪

晃「まあまあ。俺のことはいいから。
おまえも何か仮装考えておけよ?」

和樹「だから着ぐるみだって」

■■■画像 action_lc=ピョン/漫符左中=#

晃「おまえその容姿で着ぐるみなんて許さないからな!」

和樹「……人の肉体的欠陥を言うのはよくないよ?」

■■■画像/漫符左中=?

晃「欠陥?」

鏡を見ても自分の顔は見えないけど、叔母曰く母親似らしい。どうせ情けない女顔なんだろう。背も低いし。

とりあえず、晃の駄目出しを食らったとなると、何か考えておかないと大変なことになりそうだ……考え事が増えてしまった。

■■■暗転中

●●●BGM=CP14

●●●SE基本=kodama_door_roof

■■■画像/背景=BG36b

さびて重いドアを開くと、独特の軋みがたつ。
放課後の屋上。

病院優先で帰宅部の僕は、色葉の部活が終わるのを待ってる間、たまに屋上へ来る。

学園祭の準備期間で部活がない今日は逆に、色葉から逃げて来た。

……気まずい。

メモを見せたときの言葉について、時間が経てば経つほど聞けなくなっていた。

話を逸らされたように感じて、その理由まで考え出して。つい、悪いほうに悪いほうに……。

■■■暗転小 bgm=on se=on]

■■■画像/背景=BG00b1_80

和樹「んあぁー……」

コンクリートの上に寝転がって伸びをする。
硬さと冷たさに頭が冷えていく。
雲は少し晴れてきていた。

教室はただでさえ人が多い。
似顔絵を見てずっと会話していると、頭が重くなる。

目を閉じると瞼の裏に、似顔絵がたくさん浮かぶから、こういう時は空を眺めるのがいい。

和樹「ふう……」

学園祭だ。学園祭。
晃は楽しそうだった。黄之瀬さんも、色葉も。

僕はといえば、衣装はわかるとはいえ、見た目の話が長くなるとボロが出そうで緊張していた。

記憶喪失について、昔馴染みの色葉や晃は当然知っている。特に隠していないから、黄之瀬さんも伝え聞いているかもしれない。

けど、変形視については……。
黙っていると、そうそう気付かれることじゃなくて。晃や黄之瀬さんには話したことがない。

話しても伝わらないと思う。信じてもらえる気もしない。

●●●BGMオフ

和樹「……色葉は、知ってるんだよな。
信じてる……んだよな」

色葉が知ってるのも、僕が打ち明けたからじゃない。僕の入院先に見舞いに来たとき、叔母から聞いただけだ。

……でも、色葉ひとりだ。

■■■画像 time_zone=memory/背景=BG40e/立ち絵中=色葉

色葉『私、和樹が治るまで……。
絶対、私のこと許さないから』

■■■暗転小 bgm=on se=on]

●●●BGM=CP13

■■■画像/背景=BG36b

会話中は誤魔化していたけど、授業中はずっと苛々して、シャープペンシルの芯を何度も折っていた。

納得している。
頭には、やけに収まりがいい。

一方的に甘えていた僕のそばに、好んで色葉がいたわけないじゃないか。
薄々わかってたつもりだったのに。

和樹「…………」

心配。同情。憐憫。罪悪感。負い目。

毎朝起こしに来ることも。
毎年イベントに誘ってくることも。

……そんなことされて、嬉しいはずがない。

和樹「……言おう。明日の朝にでも。
いらないことしなくていいって」

…………。

立ち上がろうとしたとき、ポケットのメモがカサカサと音を立て存在を主張した。

このメモ……色葉にとって、どんな意味があったんだろう?

●●●SE基本=kuro_paper

■■■画像/背景=illust13_3

●●●SE補助=kuro_!

和樹「え? 汚れてる……?」

誰かが塗りつぶした? インクがにじんだ?

ボールペンにも鉛筆にも見えない。
にじみにしては濃いし範囲が広い。

指で文字のある辺りを擦ってみる。

――ほんの一瞬、紙に付着しているはずの黒い汚れが、僕の親指の爪にかかった。

和樹「え……っ!?」

爪を確認する。どこにも汚れはついていない。

どういう……じゃあ、これは。まさか?

心臓に冷却シートを貼り付けられたみたいにヒヤッとした。メモと爪を見比べて凍りつく。

――汚れじゃ、ない?

じっと見ていると吸い込まれそうな、かすかに揺れる黒いもや……。

似顔絵にかかって見えるあれと、まるで同じ……。

和樹「僕の……幻覚? まさか。なんで……絵じゃ、顔じゃないのに」

メモがすりかえられていて、文字の代わりに小さいリアルな顔が並べて描かれてるとか?
それはそれですごく怖いけど……。

……うん? ここに書いてあった文字。
何だっけ……?

和樹「くだらない悪戯にしか……見えなかった気がしたんだけど……なんだっけ?」

……おかしい。今朝見たばかりの文を憶えていないなんて。

■■■暗転小 se=on]

なんなんだ? ……おまえの……ええと。

■■■画像/背景=BG36b

●●●SE基本=kodama_door_roof

■■■クエイク

和樹「う、わっ」

流れる雲を眺めていると、屋上のドアが開いた。
独特の軋みに、驚いて跳ね起きる。

……見覚えのある似顔絵だ。

●●●BGM=CP06

■■■画像/立ち絵中=百花

百花「……こんなところで寝るなよ。
踏むかと思っただろ」

和樹「赤坂さん……そっちこそ。
こんな時間に屋上になんの用?」

百花「どこへ行こうと、あたしの自由だろ」

和樹「なら僕も、どこで寝転がろうと僕の自由だよ」

百花「…………」

ふいと似顔絵が逸らされる。

……感じ悪かったかな。でも今は、もともと良くない愛想を良くしてみる気にはなれそうにない。

赤坂さんはそばのフェンスに指を引っ掛けて、背中を向けている。離れる様子はない。

和樹「……はぁ」

■■■画像/漫符中=‥

百花「人前で溜息なんか吐いてると、幸せが逃げるぞ」

和樹「それって、なんの根拠のない言葉だよね」

■■■画像/漫符中=ι

百花「礼儀だろ。誰が見たって辛気臭いんだから。
ガキじゃないんだから自分で考えろ」

そう言う赤坂さんは、避けるどころか話しかけてきてる。言葉の割に声は優しいし。

和樹「そう……わからないよ。まだガキだし」

■■■画像/漫符中=‥

百花「もう17歳だろ、おまえ」

和樹「少年法の適用範囲」

■■■画像/漫符中=?

百花「16歳以上は刑事責任能力ありだぞ。
仮出獄なしの無期だってある」

和樹「……心配いらないよ。
僕の保護者が責任を問われる間は、絶対に犯罪なんかに手を染めないから」

■■■画像/漫符中=‥

百花「……ふーん。
保護者は大事にしてるんだな」

意味深な表現だ。保護者『は』?

和樹「僕に何か用?」

■■■画像/漫符中=ι

百花「……何があったか知らないけどさ。
橙ヶ崎、困った顔してただろ」

和樹「え?」

困った……顔?

■■■画像/漫符中=‥

百花「気付いてなかったのかよ」

気付くも何も、見えない。

■■■画像/漫符中=?

百花「何拗ねた顔してるんだよ?」

和樹「普通にしてたつもり。気付かなかったけど?」

■■■画像/漫符中=‥

百花「あっちはおまえの顔ばかり見てるのにな」

顔。顔。顔。わからないってば。

和樹「監視してるんじゃない?」

■■■画像/漫符中=!

百花「監視?」

和樹「…………」

■■■画像/漫符中=‥

百花「なんだよ……何かあったのか?」

赤坂さん……1年生の時は別のクラスだった。
色葉いわく小・中学は一緒らしいけど。記憶にある限り、ほとんど会話したことがない。

なんで急に、そんなに突っ込んだことを聞いてくるんだろう?

和樹「色葉に何か、相談でもされた?」

■■■画像/漫符中=‥

百花「別に」

和樹「なら、ほっといてよ」

■■■画像/漫符中=?

百花「監視なんて言い方されたら気になる。
なんで橙ヶ崎がおまえを監視するんだよ?
犯罪には手を染めないんだろ」

和樹「そんな大それたことじゃないよ。
どっちかっていうと……徘徊癖のある舅を探し回る嫁みたいなものだろうし」

■■■画像/漫符中=ι

百花「……あるのかよ? 徘徊癖」

和樹「ないよ。……記憶がないだけ」

二言目は聞こえるか聞こえないか、わからない程度の小声になる。

■■■画像/漫符中=!

百花「あぁ……なんだ。そのことか」

妙にあっさり頷かれて、引っ掛かった。

和樹「噂になってた?」

■■■画像/漫符中=?

百花「中学生の時、噂くらいは聞いた。
ガッコに記憶喪失のヤツがいたら、話題になるだろ。詮索されたんじゃないのか?」

和樹「……さぁ。僕はあまり」

忘れていたのは自分に関することばかりで、幸い生活のことはあまり忘れていなかった。
ただ情緒が不安定で、よく吐いていたっけ。

言われて思い返すと不思議なくらい、記憶喪失のことで根掘り葉掘り聞かれた憶えがない。
聞かれてたら、キツかっただろうな……。

■■■画像/漫符中=‥

百花「橙ヶ崎とべったりだったからか」

和樹「…………」

言われた通りだ。中学生の時は色葉とばかり一緒にいた。入院中から僕を力強く励まし続けてくれたから、自然と頼っていた。

僕の具合が悪くなるから聞くなとか、先手を打って色葉が説明していたんだろうか。

頼りっぱなしの甘えっぱなし。これじゃ、同情以上の感情なんて期待するほうがおかしい。
……僕は色葉にとって、患者なんだ。

■■■画像/漫符中=?

百花「別に、心配とか。監視してるとか。
そうは見えないだろ」

和樹「……どう見えてるかは知らないけど」

■■■画像/漫符中=ι

百花「んなこと、フツー思わないだろ。
おまえら付き合ってるんじゃないのか?」

和樹「付き合ってないよ。僕、フラれてるし」

■■■画像/漫符中=!

百花「え……」

和樹「…………」

■■■画像/漫符中=‥

百花「…………」

和樹「…………」

■■■画像/漫符中=‥

百花「……何かの間違いだろ?
橙ヶ崎の目、見てたらすぐわかる」

和樹「……っ!」

目。顔。表情。
見えていたら、そんなに違うんだろうか?

■■■画像/漫符中=‥

百花「頼ってるし甘えてるだろ……おまえには」

和樹「……見れば見ればって言われても、見えないものは見えないんだ」

■■■画像/漫符中=?

百花「……見えない?」

和樹「…………」

しまった、と思って、すぐに口をつぐむ。

■■■画像/漫符中=!

百花「……おまえ……。
まだ、見えないのか?」

●●●BGMオフ

和樹「…………」

●●●SE基本=kuro_!

まだ?

和樹「……え」

まだ? ……まだ、って。

■■■画像/漫符中=?

百花「……似顔絵なのか?」

和樹「……!!」

赤坂さんが、屋上の出入り口に向かって一、二歩後退した。
僕は次の言葉が出なかった。

……知っている?

■■■画像/漫符中=‥

百花「…………」

和樹「…………」

■■■画像

百花「あたしのせいだ」

赤坂さんのせい――?

●●●SE基本=kodama_run_outdoor

■■■画像/立ち絵中=clear

和樹「あ!」

赤坂さんが踵を返して、出入り口に走った。

●●●SE基本=kodama_door_roof

階段をすごい勢いで駆け下りていく。

僕は呆然と立ち竦んだ。

和樹「なんで……?」

変形視の症状を知っている?

…………。
色葉だけじゃ、なかった……?

和樹「は……っくしゅっ!」

すっかり日が傾いて、風が冷えていた。

和樹「寒い……帰ろう」

■■■暗転中 bgm=on]

■■■画像/背景=BG15b_80

下駄箱前に、誰かがしゃがんでいた。

●●●BGM=CP05

■■■画像/立ち絵中=葵

あの髪型は……水城さん?

ストラップに見入っていた姿が浮かぶ。
赤坂さんと色葉の姿も、つい思い返してしまう。

また溜息を吐きたくなった。

和樹「ん?」

似顔絵を見ないよう伏せた目に、水玉模様の丸皿と、白い毛の塊が映る。

和樹「……ウサギ?」

葵「…………」

思わず声に出る。
水城さんは少しだけ似顔絵をこちらに向け、すぐにウサギを向き直った。

ウサギは下駄箱前で丸まって目を細め、皿を満たす円筒型のものをモムモムと食べている。

美味しそうだ。僕にも動物の顔は普通に見える。

和樹「水城さん、うちのクラスの飼育委員だったっけ」

葵「…………」

返事が無かった。
水城さんは、僕の視線からウサギを庇うように体の向きを変えた。

ウサギを隠した? 僕から? なんで?

…………。
自分のペットに触られるのを嫌がる人、かな?

聞いてみたいけど、今日はもう疲れた。
早く帰りたい。

■■■画像/立ち絵中=clear

●●●BGMオフ

葵「…………サイコパス……。
死ねば、いい」

下駄箱から靴を出していると、背後からボソッと聞き取り難い声が聞こえた。

振り返る。
水城さんはウサギのほうを向いたままだ。
背中がやけに緊張している。

●●●SE基本=kuro_!

死ね? 今のは僕に?

周囲を見渡してみたものの、僕と水城さん、ウサギの他には誰もいない。

サイコパス? 念力? ……じゃないか。
あれはたしかサイコキネシス。

TVとか映画で……凶悪な殺人犯とか。
愛情や良心が全く持てない精神異常者として出てきた単語だったか。

和樹「……僕のこと?」

ある意味当たらずとも遠からずだけど、話した憶えはないし嫌な言われ方だ。

顔が見えないとか、記憶がないとか。
あるけど、良心は人並のつもりなのに。

葵「…………」

肩が僅かに動いた。
尋ねた姿勢のまましばらく待ってみたけれど、振り返りもしてくれない。返事もなかった。

なんなんだよ、今日は。

■■■暗転大

●●●SEループ=on_jin_kan_ge_douro01

■■■画像/背景=BG41b

早く帰ってベッドに倒れたい。
こんな日に限って信号に引っ掛かりまくる。

ぐったりと青を待ってると、ネコの鳴き声が聞こえてきた。

発情期とかの甘えた声や、威嚇のような鳴き声じゃない。
……今にも死にそうな悲鳴に聞こえた。

交通事故でも遭ったのかとハッとして、顔を上げて道路を見る。

和樹「いない……」

道路の上にはいなかった。
鳴き声はもっと奥から聞こえている。

道路の向こう側からだ。

和樹「うわ……っ」

地面をなめるように見渡すと、すぐにはネコと気付けないものが見つかった。

●●●SE基本=kuro_!

誰かの足の下にいる。下半身が半分、近所のスーパーの派手な紙袋に入っている。

誰かの足が紙袋を蹴り潰した。
暴れていたネコが、動かなくなる。

和樹「そこの……っ! やっ、やめろよ!」

事なかれ主義の僕でも黙って見ていられない。
噛んだし声も裏返ったけど、どうにか届きそうな大きさで制止の言葉が出た。

後ろ姿しか見えないけど、うちの学園の制服……。

■■■暗転小 bgm=on se=on]

●●●SE基本=on_jin_nori_ge_car_kurakusyon01

クラクションに驚いて、車道に踏み出しかけた足を引っ込める。ダンプカーが目の前を通り過ぎて、視界が塞がれた。

焦れて苛立ちながら一瞬を待って。

■■■画像/背景=BG41b

再び道路の向こう側を見ると――ネコも生徒も、既にいなかった。

和樹「…………」

白昼夢?

日常的に似顔絵という幻覚を見ている僕のことだから、白昼夢くらい不思議じゃない。

あんなひどいことをする人が本当にそこにいたと考えるより、そのほうがマシだった。

現実だったとしても、車通りも多いし……信号が青に変わってから走って探したって、追いつかないだろう。

とにかく、もういない。

気のせいだったと思おう……今日はもう、こんなことはこりごりだ。頭が追いつかない。

■■■暗転大

●●●BGM=CP01

■■■画像/背景=jisitu7_800

疲れた……。

頭が疲れ過ぎて、かえってすぐに眠る気にはなれなかった。

■■■画像/立ち絵中=mononoke_yadoya

モノノケスレイヤーⅣに手をつける。

中ボスを倒したばかりだから、しばらく次へは進めないだろうな。
レベルを上げなくちゃ。

■■■画像/立ち絵中=mononoke_nomal

和樹「うーん、思ってたより弱い?」

新しい街に移動すると、しばらくは店とフィールドを行ったり来たりするものだと思っていたのに。

この感触だと、すぐ次のイベントに進んでもそこそこ戦えそうな感じだ。

けどさすがに、続けてイベントをクリアしてしまうのはもったいない気もする。

和樹「ふわぁあ……寝ようかな」

■■■画像/立ち絵中=mononoke_yadoya

街に戻って宿でセーブし、アイテムを売り始める。

和樹「え?」

『それを売るなんてありえない!』とシステムに止められた。

和樹「『らいじんけん』!?」

ドロップ率0.05%のレアだ。
急に目が冴えた。

和樹「なんで? いつ?」

昨日、中ボスの落とした宝箱から出たんだろうか?

装備してみたら急激にキャラクターが強くなった。
これならすぐ次のボスに行けそうだ。

和樹「はぁ……自分で思ってるより、ストレスが溜まってるのかな」

●●●SE基本=on_jin_sei_ge_sui01

■■■画像/立ち絵中=clear

セーブして電源を切る。

●●●BGMオフ

■■■暗転小 se=on]

■■■画像/背景=jisitu6_800

部屋の電気を切ってベッドに横たわると、今日一日の出来事が頭の中を巡り出した。

●●●BGM=CP13

■■■画像 time_zone=memory/背景=BG40e/立ち絵中=色葉

色葉『私、和樹が治るまで……。
絶対、私のこと許さないから』

■■■暗転小 bgm=on se=on]

■■■画像/背景=jisitu6_800

記憶が真っ白な頃から、僕はずっと色葉といた。いつでもそばにいるのに。

僕には色葉のことが全然わからない。
それに……。

■■■画像 time_zone=memory/背景=BG36b/立ち絵中=百花

百花『あたしのせいだ』

■■■暗転小 bgm=on se=on]

■■■画像/背景=jisitu6_800

赤坂さんまで。

色葉から何か、話を聞いているんだろうか?

赤坂さんに僕のことを話して、アドバイスでももらったんだろうか。僕になんの相談もなく。

■■■画像 time_zone=memory/背景=BG15b_80/立ち絵中=葵

葵『…………サイコパス……。
死ねば、いい』

■■■暗転小 bgm=on se=on]

■■■画像/背景=jisitu6_800

とどめは水城さんの謎の発言だ。
あれはこたえたな……。
もうわけがわからない。

■■■画像 time_zone=memory/背景=BG41b

……白昼夢かもしれない、あのネコも。

■■■暗転小 bgm=on se=on]

■■■画像/背景=jisitu6_800

和樹「……はぁぁぁー……」

誰もいない。気兼ねなく大きな溜息を吐く。

明日、色葉が迎えに来たら……言うんだ。
よけいな世話はもう焼かなくていいって。

僕はベッドの中で何度も寝返りを打った。

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最終更新:2013年01月19日 22:44