刑事辞めて自営業始めたら妖怪が付いてきた話

――未だ口から煙を上げる拳銃を下ろし、目の前に広がる光景を眺める。

正面には自動小銃を傍らに、開いた左手にナイフを乗せて額から血を流し倒れている中年の禿げた男。
その隣に猿轡をされ、鉄鎖で厳重に椅子に縛りつけられた立派な狐耳と尻尾を持つ少女。
右を向けば、体中穴だらけの俺と変わらない年齢の男の死体。
そして少女の向かい、作業机の上に置かれている首と胴体を分けられた若い女性。

遅かった。
連続発生しているバラバラ殺人事件の捜査中に突然住所を告げられ、『犯人は署長だ、助けてくれ』と後輩からの連絡を受けたのが十五分前。
他人のパトカーに勝手に乗り込み、応援と救急を要請し、後輩と二人で保護している少女に電話を掛けたのが十四分前。少女への電話は繋がらなかった。
今にも倒壊しそうな廃工場で車を乗り捨て、窓を突き破って乱入し、少女にナイフを突き付ける禿頭に風穴を開けたのが、ついさっき。

どうしようもない気分の悪さを抑えると共に、拳銃をホルスターに仕舞う。
状況が呑み込めないのか、茫然としている少女に寄り、汗と涙と唾液の染み込んだ猿轡を外す。糸が引いた。

「遅くなって、悪かったな……大丈夫か、胡桃」

返事は無い。泣き腫らした痕に、耳の一部が焼けている。何か熱した物を押し付けられたような火傷。
鎖もスタンガンと繋がれている。スイッチを押すと電流が流れる仕組で、抵抗を封じていたのだろう。

「今その鎖解いてやるから、じっとしてろよ」「じきに救急車も来る筈だから、その耳診て貰え」

堅く結ばれた鎖を解く間、訥々と少女は語り出す。
「吉村さんが、そこで」「この前の刑事さんも、さっき」「今の、ハゲも」
「分かってるから、言わなくて良い」

普段の元気の有り余った後輩口調をは打って変って、抑揚のない単語の羅列。
相当堪えているのだろう、無理もない。

首を切断された遺体が、俺と二人で少女の保護をしていた後輩の吉村。
穴だらけの遺体が、俺とコンビでバラバラ殺人事件の捜査を担当した村田。
眉間に穴の開いた遺体が、俺の所属する警察署の署長の内川。バラバラ殺人事件の容疑者候補。

眼前の少女が、保護していた花村。下の名前で自分を呼ばせたがる。
「私より、吉村さんと、刑事さんを」

「分かってるよ、怪我人多数で連絡してる……解けたぞ」
話もそこそこに、少々強引に鎖を解くと、胡桃が抱き付いて来た。
柄でも無いのに俺にもたれかかって嗚咽を上げる彼女に応えるように、そっと抱き締める。

「…次はちゃんと、もっと早く助けてやるから」
それから五分、救急車とパトカーが共に二台という粗末な応援が来るまでこの体制だった。



署に戻るなり呼び出され、副署長に内川署長の件は「無かった事」にすると告げられた。
胡桃も、俺達とは接点は無く、あの場にも居なかった『設定』にする、とも。
これからは胡桃と会うな、病院に見舞いにも行くな。副署長はそう吐き捨てた。

世間的には署長と刑事二名が殺害され、以降は迷宮入り。上層部は見事な連携で、そんな脚本を書き上げて見せた。
署長に容疑が掛った時点でこの連中がまともに動いてさえいれば、少しはマシな結果になっただろうに。

鬱陶しい上司連中から解放された次は、中年の刑事に呼び止められた。
花村紋土。胡桃の父親。

森ノ宮ァ、なんでお前と吉村があのガキ連れ回してやがったんだ」

「お嬢さんから泣き付かれたんです。先月に妖怪だった貴方の妻が亡くなられて体が妖怪に近づき始めてというもの、父の態度が豹変した、と」
「一過性の物だろうから、と吉村が預かって、俺もそれを手伝ったんですよ、内川とは長い付き合いでしたから」

嘘は付いていない。胡桃はもっと必死だったし、人為的な傷だらけだったが。

「お前等のせいで俺まで問題にされちまうだろうが、ふざけやがって」
「いっそあそこでお前もあのガキも死んでりゃ良かったんだ!俺を巻き込みやがって!」
苛立ちを顔中に表し、紋土は吐き捨てる。

「胡桃さんと俺、吉村の間に接点は無かった、そうですよ」
「つまり胡桃さんはあの場に居なかった、だそうです。大丈夫です、不問ですよ」

俺がそう言うと紋土の表情は一転して明るくなり、先ほどとは打って変わった口調で話す。

「ははっ、上も大事にはしたくないってか」
「お前は相方と女死んじまったんだよな、可哀想に」

ヘラヘラと、皺だらけの顔でそいつは嗤う。
自分の身の事しか考えていないのだろう、これ以上関わりたいとは思わなかった。

「……俺は呼び出されてるので、失礼します」

この男とはこれ以上関わりたく無かった俺は、適当な嘘をついてその場を後にした。



その日の内に俺は異動を命令されたが、即座に辞表を叩きつけた。
引き止められる事も無く、翌日には俺は完全に退職していた。

刑事の時は寮暮らしだったが退職した今、今度は住む家を探さなくてはならなくなった。
ネットカフェに泊まりながら、成るべく捜査などで行ったところがある場所で、曰く付きでも何でも良いから安い物件を探す。

……丁度良い物件は意外とすぐに見つかった。月見浜町の古いビルの二階だ。
元々は何かの事務所だったらしいが、今は訳ありで破格の値段で叩き売られている格安の物件。
怪しい建物という表現が実に似合う、古く得体の知れない物件だが、文句は言わない。

即座に申込の電話を入れ、手続きに入る。
見学に行くと、前に使われていたであろう備品が残っていた。幸運な事に、家具を買う手間と費用まで省けた。
ここで探偵事務所を開くのも良いかもしれない。無職の人間が刑事の経験と腕っ節の強さ、そしてこの事務所を利用しない手は無い。

そうと決まれば後は準備だ、事務所の購入手続きと並行して備品を買い足し、ビラを作り、事務所の内装を整える。
我ながら要領は悪く、無駄に時間を掛けてしまったが、なんとか探偵事務所としての体裁は整える事が出来た。勿論、俺が寝るためのスペースもある。

石韮探偵事務所。俺の故郷の名前をもじって付けた名前だ。

例の事件から丁度一年。注文したピザと共に、来客があった。

「ちゃーっす!」
ピザの箱を片手に、大きなリュックを背負い、狐の体毛を連想させる澄色の髪を腰まで伸ばし、夏だというのにクソ長いスカートを穿いた、無駄に元気な少女。
狐耳と尻尾こそ無かったが、紛れもなく花村胡桃、彼女そのものだった。

「探したっすよ!胡桃を置いて居なくなるなんてひでーっす!最低っす!」
このSSの前半部分と余りに剥離した口調で捲し立てる。こちらの口調の方が素だ。

「何で此処が分かった……っつーか、俺とお前は接点のない事になってんだが」
「段々狐化が進行してるんスよ!甲ちゃんの匂いは覚えたっすからね、一発っすよ、一発!」
そう言って澄色の長い髪……のウィッグを外し、狐耳を見せる。吉村と保護している時より大きくなっていた。
甲ちゃん、というのはこいつが勝手につけたあだ名だ。このせいで吉村まで俺を甲ちゃんと呼ぶようになった。

「あとね、親父とは縁切ってきてやったっすよ、つーわけでこれから私は笠間胡桃っす」
「覚えたっすか?笠間、っす!笠間胡桃!行く所ここしかないから来たっすよ!」
「ちゃんと仕事も手伝うっすよ、あと少ないっすけどお金も持ってきたっす」

マシンガントークと共に、懐から一万円札の束を取り出す。十万円、出所は間違いなく父の貯金だろう。
他に頼れる親戚が居ないのも知っている。俺しか頼れる人間が居ないのは想像に難くない。

「やっぱ、駄目……っすかね」
少女は今にも泣きそうに、顔を曇らせる。

「良いよ、だからそんな泣きそうな顔すんな」
「丁度人手が足りなかったからな、仕事は手伝ってもらう。後、その金はお前で使え。ここに住むにしても色々居るだろ」
人手が足りないのは事実だし、一時期家族の様に暮らした胡桃が居候するのにも、特に抵抗も無かった。
するとぱっと顔を輝かせ、また捲し立てる。

「おー!じゃあこれからよろしくっす!甲ちゃん!」
「いやー幸運っすよ!こんなに鼻が利いて目と耳が良くての人材なんてなかなか見つからねーすよ!」

こうして我が事務所が成立したのが、去年の事。



最初は、もし間違いが起こってしまったら等と、大人気の無い不安を抱えても居た。
色々と私物の隠し場所に困ったりもした。

結論から言えば、そんな不安は杞憂だった。
妖怪に近付いている為、四肢の力は尋常ではない。ジャン=クロード・ヴァン・ダムのような蹴りを掻い潜って粗相を起こす程俺は無謀ではない。
そしてこいつも男に全く興味を示さない。そう、こいつは百合の国の住人だったのだ。

「ただい……お前事務所で何広げてるんだよ、おい」

「何って、某アイドル事務所のグラビアっすけど」
「あ、甲ちゃんどの娘がタイプなんすか?胡桃はこのリボンの娘っすかね、センターの」
「頼むから依頼人が来たらすぐ片付けろよな、頼むから」

くぅ~疲れましたw これにて完結です!
実は、新キャラ作ったらSSの話を持ちかけられたのが始まりでした
本当は話のネタなかったのですが←
ご厚意を無駄にするわけには行かないので思いつきのネタで挑んでみた所存ですw
以下、森ノ宮達のみんなへのメッセジをどぞ


森ノ宮「みんな、見てくれてありがとう
ちょっと腹黒なところも見えちゃったけど・・・気にしないでね!」
笠間「いやーありがと!
私のかわいさは二十分に伝わったかな?」
バレル「見てくれたのは嬉しいけどちょっと恥ずかしいわね・・・」
クレッペ「見てくれありがとな!
正直、作中で言った私の気持ちは本当だよ!」
赤城「・・・ありがと」ファサ
では、
まどか、さやか、マミ、京子、ほむら、俺「皆さんありがとうございました!」


森ノ宮、笠間、バレル、クレッペ、赤城「って、なんで俺くんが!?
改めまして、ありがとうございました!」
本当の本当に終わり

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最終更新:2024年04月11日 00:48