レイディオ・ケルヴリーズ局長は、偉大な人だ。
いや、それはきっと、彼を知る人の大半がそう思うだろう。
何せ、結構お歳を召している割に、未だに現役。
それでいて、この歳まで粘っている高齢の方々によくある、”凝り固まった思考”みたいなものは無い。
もちろん、辣腕が鈍っている事も無いらしく、完全無欠の御仁だ。
正直、同じ人類なのか疑わしくなってきたし、そもそも人間なのかも怪しい。
けれども、あの人は確かに人間だ、・・・多分。
本件においては、そんな局長・・・いや、正直言うと、あの人は異名が多すぎる。
局長に始まって、総帥、秩序の刃、皆殺し
レイディオだの、数え切れないぐらいだ。
そんなあの人について、私は探ることにした。
ある傭兵は言う。
「あれは悪魔だ、地獄から溢れ出した悪鬼羅刹の類だ」と
曰く、彼の立つ戦場において、生き残る敵は一人もいなかった。
戦場に立てば、瞳には尽きぬ事なき煉獄のような怒りが灯る。
戦いが始まれば、彼は一切休むこと無く戦い続けた。
殲滅するまで終わらない、殺し尽くすまで止まらない暴走列車だ。
何もない時には、譫言のように「まだ足りない、強くなる、俺は」と呟き続けていた。
尽きない乾き、止まらない殺意、終わらない殺戮。
武器がなくなれば武器を奪い、剣が折れれば拳を使い、拳が潰れれば足を使い、足が折れれば喉を食い千切る。
彼は、その体そのものが武器であった。
正にあれこそが地獄の具現に相応しい。
ある裁判官は言う。
彼の近くにいると、休む暇がない。
少しでも黒い噂のある者は、早ければその日の内に送られてくる。
しかも、徹底的に証拠を掴んだ上で、何一つ反論の余地が無いように。
ありとあらゆる証拠を揃え、確実に裁かれるように。
不正一つ容赦しない、秩序の具現のようだと。
彼は、欺瞞暴く光だ、と。
ある異端審問官は言う。
彼は、あらゆる異端者の首を刎ね飛ばす男だった。
その赤手は、恐怖の象徴だった。
背負った双刃は、いつも乾くことがなかった。
彼が殺した異端者達は、有に100を超えると。
彼は若かったが、その目は既に悪魔のような殺意を湛えていた。
彼は、双刃の審問官、断罪の赤手だ、と。
ある暗殺者は言う。
彼は突然裏の世界に現れた、一陣の風だった。
あらゆる依頼を確実にこなし、あらゆる者の首を、知られることなく刈っていった。
受ける依頼の対象は、そのどれもが世界を乱す悪ばかり。
たった一夜で仕事は終わる、皆殺しという結果で。
鮮烈にして苛烈、それでいて誰も姿は掴めない。
彼は、惨滅の闇刃だ、と。
あるエクソシストは言う。
彼は私にひたすら教えを請うた、魔を滅ぼす術を。
私はそれに応え、光の加護を使う術を教えた。
彼はすぐに光を操り、魔を滅する力を手に入れた。
そこからは、語るまでもない。
あらゆる悪魔を引き裂いた、頭を掴み、その首を刎ねた。
どちらが悪魔なのかわからない荒れようだった、普段の温厚さはどこにも無かった。
彼こそが、悪を滅する神の使いと私は信じて疑わなかった。
彼は、魔を滅す煉獄、邪悪を喰む神魔だ、と。
あるしがない警備員は言う。
彼は、これといって取り柄のない、普通の警官だったと。
朗らかな笑み、少々の事なかれ主義、けれども仕事はちゃんとこなす。
規律違反はしない、人付き合いはいい、それに人望もそれなりだ。
何より、とにかく娘さん思いのいいお父さんだ。
少し口を開けば親バカの本性が出て、一時間以上は娘のことを話していた。
ただ、なぜかは知らないが、嫁のことを聞くと、ものすごく苦い顔をしながら話をそらそうとしていた。
あれは今思えば、何だったのかよくわからない。
彼は、普通の親バカだ、と。
ある女性職員は言う。
彼は私を奴隷生活から救ってくれた救世主だと。
私はただの奴隷だった、蛮族達の慰み者だった。
けれどもあの人は蛮族を根絶やしにし、私のような境遇の者達を暖かく迎え入れてくれた。
ある者は自由を得た、また望む者は彼に職場を与えられた。
私は職場を与えられた者だった、彼に尽くしたくて尽くしてきた。
今や私は彼の信頼を得て、とある支部を任せられている。
けれども、決して私の誘惑には首を縦に振らなかった人だ。
時に夜這いを仕掛けた、時に薬を盛った事もあった、けれどもやはり彼は私を抱かなかった。
どうしても、あの人が愛おしかったけれど、彼はそれを良しとしなかったのだ。
どうしてかを訪ねた、何も教えてはくれなかった。
ただ、「すまない」とだけ言った、それは多分私に言った言葉ではなかったのだろう。
彼は、鉄の貞操だ、と。
まぁ、ここまで色々聞いておいて何だが、局長は知り合いが多すぎる。
その誰も彼もが、局長に見出された者だと言うのだから、驚きだ。
私もそうなのだが、まあそれは何も言うまい。
聞けば聞くほど、二つ名が増えそうなので、私はこれ以上あの人について探るのはやめよう。
それに、聞く人が変わればまた違った印象が伝わる、というのも驚きだ。
全くもって、あの人には驚かされる・・・。
星暦観測記憶施設ポルックス職員 アカシ・シュウジロウ
最終更新:2024年04月11日 03:27