《AS of Day Before Story 『Re/Rebirth』:1話》 |
「それじゃあ―――乾杯!!」
「カンパーイイェー!!」
「乾っ杯ッ!!」
「乾杯」
「かーんぱァーい!!」
男五人、一堂に会し酒を片手に喜び騒ぐ。
結局あれから、私達が成し遂げた研究成果は凄まじい勢いで伝わり、そこら中お祭り騒ぎとなった。
我ら研究者は、今日一日好きに過ごしていい、とあの【プロフェッサーK】に所内放送で言われた。なので隣の三人を呼び込みこうしてどんちゃん騒ぎをしている訳だ。
心地よい酩酊感の中に若干のエグさと気持ち悪さを感じる。
「んでよー結局ブラトさんや、どーやってあの無理ゲーな研究終わらせたわけ?どんなズル?」
「ハーハハハなわけあるかよ生真面目の塊のこいつがそんな事するわけよー!」
「いや二人共少し落ち着こうな、酒入ってる時に質問攻めとかだいぶよくないと思うぞ僕はな」
三人組に揉みくちゃにされたり、質問攻めされたり、さっきからずっとこんな調子だ。やや困る。
「……さっきから言っているだろう、信じ難い偶然だ。それも本来ならば研究者として唾棄すべき……」
「まあいいだろブラー、正直この研究には辟易としてたし終わったならそれで!今日は眠れねーぜ!!」
「誰だブルーノにこんな酒飲ませた奴、絡み酒でしんどいのは私なんだぞ」
「ごめん、僕は止めようとしたけど無理だった」
真っ当にストッパーができてるのはフォンスと私だけだ、それなのに明日こいつらは二日酔いで口々にこう言うのだ、"どうして呑み過ぎを止めてくれなんだ"と。
お前らが頭から突っ込んだんじゃないか、憂鬱だ。
「どの道私の仕事は終わった。残りは整備班に引き継いだし、また別の研究を行うだけだ……そもそも研究職など納得のいかない結果から納得を見出すものだと私は考えて―――」
「あー始まったよブラトの科学持論、こうなると長いんだよなあ……」
「そっとしといてあげよう、彼がMVPなのは間違いないんだし」
そして、時は過ぎて―――
「素体の状況は?」
「極めて安定状態にある、と見ていいだろう」
「しかし話にゃ聞いてたが、数値として見ても実感沸かないなぁ1億%だろ?実際に予定してた完成度より10万倍は高いじゃないか」
「機材がおかしくなった……って訳でもないんだよな、さっきそこのチビを計測したけど前と変わらなかったし」
目障りな声だ、と強く感じた。
「しかしこれで、ようやく計画が次の段階に進むって事だよな」
「長かったけど、こっから先はもっと長いんだろ?地道だよなぁ……そういうもんだが」
「最終調整の申請が終わっても、実際に調整が入るまでまだ数週間……調整そのものにまた数週間……」
「まあブレイクタイムって事だろ」
己が何をされたのか、全て理解した。
赦し難いと、強く憤った。
「そういえば、まだ調整が終わってない出来たてのこいつはわかるとして……前回の試験個体のはずの499号がまだ調整されてないってどういうことだ?前の調整責任者はどうしたんだよ」
「……サボったんじゃないの?結果があまりにも散々だったからしなくてもいいと思ったとか」
「まあ……歴代ワーストクラスらしいからな、シミュレーターとの適合率に80%も差がつくってどうなってんだか」
「お気の毒と言えばお気の毒だが……作業実行者でもないのにそんな八つ当たりめいた事するのはお門違いじゃねえのかなぁ……」
俺という自己に手を加えられ
俺という存在を勝手に書き換えられ
俺のような存在が数多生み出され
生かしてはおけない
のさばらせてはおけない
殺意がどこまでも俺を満たす
俺をここから―――
意識が、明滅する―――
手が動く、足が動く、今まで動かなかった全てが。
外界からの情報量に押され、回りきらなかった身体の制御に漸く成功する。
未だに頭が痛む、こうしている間にさえ回転は止まることなく続いている。
今俺はどういう状況下なのか、どうすればいいのか、何をしたいのか。
常人であればそれぞれ1つずつ答えを出すべき問を、並列でこなし続ける。その間にさえ次々と新たな思考を続けていく。
意識が覚醒した矢先は酷いものだったが、今ようやく整理が追いつき出した。
どうやら―――俺は、人体実験の被験者らしい。赦せない、殺してやると底知れぬ敵意がこみ上げる。
理性でこれを律し、しかし利用する。赦せないのも殺したいのも間違いなく俺の願望だ。では、どうすればいいのか―――
俺は今、得体の知れない溶液に満たされたカプセルに閉じ込められている。
呼吸はできる、何故かなど知らないができる、できなければ死んでいるだろうが。
カプセルの強度は相当のものだろう―――俺に眠る知識が"戦車の砲撃程度は耐える"と直感する。
しかしそれは―――"その程度"という事だ。俺に壊せないものではない、何故ならば―――
「……なあ、これは気の所為かもしれないから気の所為だったら聞き流してほしいんだけど」
「?……何がだ?」
「動いてない?試作品500号。……まさかとは思うが」
「いやいや、そりゃまさかだろ。そもそも素体は"中身なし"じゃないの?」
俺は―――皮肉なことに―――認めたくはないが―――
"奴ら"曰く―――完成品であるが故に―――
"その程度"を砕くなど、造作もない事だった。
振り抜かれた拳は、霹靂の如くガラスを打ち砕き、俺を自由へ誘う。
砕け散ったガラス片が、スローモーションで俺の視界を舞ってゆく―――遅い、あまりにも何もかもが遅い。
感覚だけで言うならば、俺に見えている世界の速度は正しく"異常"そのものだった。現に、そこにいる忌まわしい人間は今ようやくこちらへ振り返ったほどだ。
宙を舞ったガラス片を手に取り、素早く接近し、その首を掻き切る―――容易い。言葉を発する間さえ無くその命は散った。
数瞬遅れて、血飛沫と共に人間達が倒れ伏す。
血飛沫と溶液が床に垂れ流され、不快な彩りとなってこの場を飾り付けた。
俺は乱雑に人間から衣類を剥ぎ取り、適当に身に纏いつつ操作盤へ近寄る。
「憎悪が俺を呼んでいる……絶対に赦すなと、感じている……底知れない怒りを……」
操作盤に手を突き刺し、機械部分を侵食し、この施設のネットワークへアクセスする。
俺の身体は機械でもある、"こういう事"が出来るのは既に理解した。
「俺のこの身体を、身勝手に作り変えたお前たちを……」
異常な操作に対してセキュリティが反応する、だが何の問題もない。
相手は超技術によって生み出された機械―――だから何だというのか、それは俺も同じであり―――俺はその上を行くのだから。
「一人残らず殺す、一人と残さず滅ぼす、絶対に―――赦しなどしない。」
システムを部分的に掌握、即座に干渉―――保管中の試作品ナンバーを全開放し、同時に警備システムを無力化し電力供給を強制停止する。
非常警報が鳴り響く―――危機的状況に陥ったことを報せるために―――
これは始まりに過ぎず、狼煙に過ぎない。俺はこの場所を破壊し尽くす、俺から奪われた尊厳のため、俺という者の復讐のため―――
「今俺が翻す御旗は、罪深き人類への反旗となる。俺は絶対に―――科学者を赦さない。」
視界の端にあるカプセルから溶液が排出され、外と内を隔てていたガラスが格納されていく。
この部屋に、俺以外で唯一残された試作品が、何をするでもなく横たわっている。
言うなれば、こいつは俺の同族だ。こいつがどうするかは分からないが、俺にとって殺す理由は全くない。
見た所"女性型"らしい、まだ衣装を剥ぎ取っていなかった人間から奪い取り、適当にかぶせた。
人間に感慨や同情は一切ない、だが同族に対する憐憫といった情はあるらしい。俺としては、どうだっていい事だった。
何れにせよ、俺は今ようやく復讐の始まりに手をかけた。
始めよう、俺のための復讐を。終わらせよう、俺の未来を終わらせた者達の命を。
崖を突き落とされた者が止まれぬように、俺は復讐への道を走り出した。
Wakening
最終更新:2020年04月24日 02:43