Regulator

AS of Day Before Story 『Re/Rebirth』:2話()




人は過ちを思う時、起点となった日を思い出しながら"あの時こうしていれば"と考える。
俺がそうしているのもまた、半端ながらも人間であるという証明なのかもしれない。
そして、俺にとっての最大の過ちは―――きっとこの日であったように、今ならば思うだろう。
だが、それが失敗だけであるとも言い切れなかった。


2話


Regulator(陰と陽は交わる)





血溜まりの中、一人立って暫しの思考に耽る。先程から鳴り止まない警報から思うに、反乱は想定通りに進んでいるらしい。
操作盤から侵入したネットワークによると、"試作品(どうほう)"はかなり分散しているようで、その多くが先程までの俺と変わらない保存方法だった。
どれだけの試作品が現状に不満を抱いているか未知数であるため、不本意ながら装置に内蔵されていた―――"感情制御指向性薬剤"を投与させた。
殺意を煽るものから、恐怖で御するもの、或いは感情を殺すものまで幅広く取り揃えていたのを見るに、試作品(おれたち)はやはり"道具扱い"らしい。
不満を持たない者の感情も扇動する事になってしまったが、どの道何もしなければその末路は暗い。赦してくれなどと都合のいい事は思わないでおこう。
保存中の試作品を全て殺意で煽り、システムの多くを遮断し殺戮による混沌を生み出す。
通常の人間と比べ、試作品の基本能力は隔絶して高い。サイボーグ化―――半人半機の身体故に、いくら才能が無くても人間1人程度は容易く殺せる。
それらを過剰な殺意で誘導すればどうなるか?答えは今の状況が語っている。

さて、では次に何をするか―――だ。
ネットワークから得た情報によると、この施設は兵器開発も行っているらしい。その種類は多岐に渡るが、俺の目標は―――【Ⅷ+Ⅰ Weapons】という武器だ。
俺の目的は、この施設に蔓延る人間を一人残らず殺す事。素手では些か非効率というものだ、よって武器確保が現時点の最優先目的となる。
道すがら出会う者が人間ならば、これも殺す。容赦する余地は必要ない、そのための計画だ。

では、その武器が保管されている場所についてだが―――不明だ。
先程のアクセスで、俺がこの施設から抜き出せた情報量は―――はっきり言って2割程度にも満たないだろう。
忌まわしいが、この施設は間違いなく人間共による叡智の結晶だ。反乱を引き起こす片手間で抜き出すにも限度があった。
特にごく一部―――異様なほど強固なセキュリティの情報があり、それについては微塵もアクセスできそうになかった。不本意ながら優秀と認めざるを得ない。
いずれ必要な情報だと直感したが、今やる事ではない。
俺が電力供給を停止させたため、非常電源稼働下ではネットワークから引き出せる情報は限られる。当然ながらエレベーターなどという代物も使えない。
当てずっぽうになるが、1階層ずつ虱潰しにする他あるまい。取り敢えずとして―――下に行く事にする。

ここまでの思考にかかった時間はおよそ1分、人間の基準と自分の基準は摺合せが難しい。こういう事をする度に、"お前は化け物だ"と言われている気がしてならない。
俺から奪われた人間としての尊厳は、奴らの死で償わせよう。

……しかし、これだけ喧しい警報が鳴り響いているにも関わらず、そこで寝ている奴(試作品499号)はまだ起きない。
俺の1つ前の作品であり、頗る劣等だ―――という事らしいが、俄に同情さえ覚えてしまう。

「おい、起きろ。」

軽く頬を叩き、揺さぶる。
……無反応だ、そんな馬鹿な。
もう少しだけ、揺さぶってみる。

「……ぁぇ、……?」
漸く目を覚ましたようだ。間の抜けた声が聞こえ、目をこすっている。
何と呑気な事だろうか。
「目が覚めたか、ならいい……後は好きにしろ。」
憐憫はあるが、別に試作品全てを救おうなどという大義は無い。踵を返し、その場を立ち去る。







―――それから、というものの。
「何故付いてくる。」

通路を行く最中、俺の後ろを付き纏う小さいのにそう声を投げかける。

「えっとね、それは……わかんないけど、多分そうした方がいいような気がして!」
……何故か付いてきた。
少々喧しいのもそうだが、理由があまりにも漠然としすぎている。
足蹴にする必要もないが、かといって積極的に同行を認める理由もない。"好きにしろ"と言った手前でこれを蔑ろにするのも筋が通らない。

「……せめて足手まといになるな、俺に付いてきても命の保証はしない。」
俺一人であれば、人間共の殲滅は容易いだろう。だが、こいつを守りながらなど勘定に入れていない。
見た所、戦闘などできたものではないだろう。このような小柄、俺が強く握れば折れてしまいそうだ。
「んー、わかったよ。多分なんとかなる気がする!」

……あまりの呑気さに呆気にとられる。
「俺の目的はここの人間を皆殺しにする事だ、それでも来るのか?」
倫理観、という言葉を俺は知っている。"完全"で在るために組み込まれた情報によるものだ。
端的に言えば、"人殺しは良くない"とか、"人権がどうだ"という話だ。だが、そんなものは俺にとってどうでもいい。
そもそも俺は"人扱いされていない"し、"人は同族じゃない"から関係ない。最初から"人道を踏みにじられている(モノ扱いという事)"からだ。
普通の感性というものがあれば、俺に付いてくる事は無いはずなのだが。
「うーん……でも、多分あなたは私を助けてくれた恩人でもあるから……だから付いていく!」

このように返される。似たような問いかけを何度かしてみたが、意思が固いのか固くないのか理解できなかった。
助けたというより、利用しただけだ。そしてこいつ個人を助けたいと思ってした事ですらない。
段々考えるのが馬鹿らしく思えてきた。
「そうか……もういい、勝手にしろ。」
「じゃあ、そうする!」

何故このような事で悩んでいるのか、馬鹿げている。
などと思いながら、俺達は通路を進み、階段を―――直感で、上に進んでいった。










「……んでよ、いつまで俺らはダクトの中に隠れてるわけ?」
「や、知らんけど。ていうか何でこんなことになったんだよ。」
「あれじゃない?誰かが寝ぼけて非常警報鳴らしたとかじゃないの?」
「あんま声大きくしないでよ……バレたらどうするんだい、少しはブラトのこと見習ってよ……」

四人の戯言を耳にしながら、ここからどうしようかと考える。
霹靂のような非常警報から、私達のよく知る施設は見たこともない殺戮ショーの舞台になってしまった。
急に電力システムがダウンし、非常電源に切り替わってから―――試作品達が一斉に解き放たれたのだ。
私達は咄嗟に天井のダクトへ転がり込み、事なきを得たが……配管を通り通路を見ると、どこもかしこも酷い有様だ。
試作品達は何やら気が立っているようだった。失敗とは言え人間を容易く凌駕する性能の者たちが開放されればどうなるかなど、想像に易い。
ましてやそれが、我々に向かって見境のない殺意を向けるならば―――しかし何故このような事に?

「静かにしているんじゃない、私は考え事をしているだけだ……ただ静かにしろというのは同意見だ。」
「……ってことはブラー、何か現状を打破する名案でもあるわけ?」
「だからそれを考え中なのだが……」

同室ではない三人が何故一緒にいるかといえば単純なもので、先程までBET有りのトランプをしていたからだ。
状況を端的に言えばサイラスの大負けなのだが、有耶無耶になってしまった。私はほどほどに勝っていただけあって少し悔しい。

「非常警報を間違えて鳴らした、というのは冗談であればまだ良い部類だろう……試作品達が開放されている、それも私達に対して害意を抱いてな。」
「それってつまりどういう事なわけ?」
「いやわからないのかよサイラス、つまり誰かが人為的にこの状況を引き起こしたって事だろ?」
「え、誰が何のために?」
「知らんけど。」

無為な事を話し合うなら少し黙っていてほしい……。
しかしながら、このような状況を引き起こした相手も、その相手の目的も見えてこないのは事実だ。
そして我々が危機的状況なのも変わりない。試作品達は、相手が素手と仮定しても武装した人間5人程度ならば倒しかねないだろう。
元より"その程度はできてしまう"のだ、肉体の一部機械化―――サイボーグ化が齎した恩恵は大きい。そこから素質による上下が発生する。
あまり考えたくはないが……彼らが武装したのであれば、正直言ってひとたまりもないだろう。ましてやそれが"素質のある個体"だった場合は?
……これ以上はやめよう、憂鬱になる。故郷には妻と子を待たせているんだ、冗談でもこういう考えはしてはいけないだろう。

「少し考えたが……試作品達の事をどうこう言っても事態は変わらない、俺達に出来ることをしよう。」
「……それって何だよ、まさかこの状況で研究に勤しむとか?」
「いや違う……"武器庫"に行こうと思う、あそこにある……"Ⅷ+Ⅰ Weapons(Ⅸつの武器)"なら……私達全員で戦えばどうにかなるかもしれない。」

Ⅷ+Ⅰ Weapons(Ⅸつの武器)―――それは数年前から企画書に上がった作品群だ。
あらゆる状況に応える性能を持つ8の武器群と、それをベースに特異な効果を付与させた発展型の作品。未だ試験段階だが、その性能は実験に裏打ちされている。
その性能は現代科学の技術を超越しており、恐らくだが―――対人用の銃火器を使うより、まだ試作品達に対抗できるだろう。

「おいおいアレって試験中の作品じゃなかったのか?勝手に持ち出していいのかよ……」
「この状況で勝手もクソもあったものではない、始末書の山も死ぬよりはマシと思うべきだ。」
「でも移動はどうする?倉庫はたしか……えっと、2つあるってのは覚えてるけど……」
「"位相改竄式転送装置(ディセプト・トランスファー)"を使う。あれは非常電源で施設が稼働している状況なら、認証不要で利用できるようになっている。」
「あの上級職員(お偉方)じゃないと利用できないアレか……確かにアレなら、階層指定で移動できるし、エレベーターなんてどうせ動いてても待ち伏せされる危険があるしな……。」
「幸いながら、アレの置いてある部屋はダクトが繋がっている。……くれぐれもバレないようにな。」

位相改竄式転送装置(ディセプト・トランスファー)……これも【叡智の安息日(サバダイオス)】が開発した装置だ。
開発責任者は【プロフェッサーK】で、仕様書を読んでも難しすぎて詳しく理解できなかった。
理解の範疇で説明するならば、場所を偽装し……世界による修正力を誤認させ、転送先の自身を安定化させることで完全な空間転移を実現する……らしい。
起動にかかる電力が多く、無闇に利用するとまずいので上級の職員以外は利用に認証が要る……のだが、非常電源稼働時はこういった職員制限が基本的に取り払われる。

「そうと決まれば行動開始だな、行くぞ……」



少なくとも、私達はこれが正解だと思って行動した。
人間に未来など予測できるものではない、出来るのは"少しでも良い未来を求める"事だけだ。
あの日の私達に問いかけても、最善を求めての結果ならば受け入れるだろう。
何もせず、定められた滅びを認めるなんて願い下げだ―――と。




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最終更新:2020年05月02日 19:51