Side A
-
23-36
名前:マロン名無しさん[sage] 投稿日:2006/01/11(水) 06:10:42 ID:???
-
『Sweet Emotion Side A』
「やっばい、やばい、もうすぐ一時になっちゃうよ〜っ!」
裕奈は息を弾ませながら電車に乗り込んだ。みんなとの待ち合わせは二時。今からだとギリギリで間に合いそうだ。
座席を確保し、裕奈はようやく人心地ついた。恐らく、他の三人はもっと早い時間の電車で移動した筈だ。
(ふう……。何とか間に合いそうだね。あたしがいなきゃ、みんな入場出来ないからなあ)
裕奈はウエストポーチに仕舞ってあったチケットを確認し、表情を緩ませる。今話題になっている
アミューズメントパークのフリーパスチケット。昨夜、お父さんからプレゼントされたものだ。
昨日は月に一度の食事会であった。大学教授として多忙な父が娘に設けた、貴重な親娘水入らずの場である。
大好きなお父さんとの食事に、裕奈は終始ご機嫌であった。その別れ際に、父がこう切り出したのだ。
「娘さんにどうぞ、って戴いたんだ。みんなで楽しんできなさい」
この時の裕奈の喜びようといったら、人目もはばからずにお父さんに抱きついた程であった。
チケットは六枚分ある。これなら四人でも大丈夫、という事で裕奈はいつもの三人を誘ったのだ。
ただ、それぞれが部活に忙しい面子である。都合のよい日を確認したところ、急遽本日午後からにしよう、という事になったのだ。
午前の部活を終えた裕奈は大急ぎで身仕度を整え、電車に駆け込んだのだった。四人とも午前中の行動が
バラバラだったので、今回は現地集合となったのだ。
「今日はめいっぱい遊び倒すぞ〜っ!」
電車は裕奈の思いを乗せ、目的地へと走っていった。
「ごめーん! シャワー浴びてたら遅くなっちゃった〜!」
裕奈の声に、それまで俯いていた亜子は破顔する。
「そない慌てんでもええのに。まだ二時になってへんよ」
「いやー、わくわくしちゃってさー、一秒でも早く来たかったんだ」
えへへ、と裕奈が笑うと、つられて亜子も笑っている。
「ねえ、まき絵とアキラは?」
「まだ来てへんのや。どないしたんやろ……?」
亜子は心配そうに首を傾げる。
「もうすぐ時間だよね? まき絵はともかく、アキラがまだ来てない、ってのは珍しいね……」
と、その時裕奈の携帯が鳴った。そのアキラからの着信だ。
-
23-37
名前:マロン名無しさん[sage] 投稿日:2006/01/11(水) 06:12:36 ID:???
-
「どーしたのアキラ?」
「ごめんゆーな、急な用事で行けそうもないんだ」
「あっちゃー、そうなんだ……」
「また今度埋め合わせするよ」
「いいっていいって。今回はイキナリだったからね。仕方ないよ」
そう言って裕奈は電話を切った。そして、小さく溜息を洩らす。
「アキラ、用事が入っちゃったんだって……」
「そうなん? 残念やなあ……」
亜子もあからさまにがっかりしている。こうなるとまき絵の方も何かあったのではないかと思い、
裕奈は急いで連絡を取った。
「もしもーし。ゆーな、もう時間だよ〜?」
まき絵の能天気な声が響く。
「時間って……。まき絵、今ドコにいるのよ」
「駅前だよ? 今から電車に乗るんだよね?」
…………電車?
裕奈と亜子がいる待ち合わせ場所。そこから目と鼻の先にあるのが、件のアミューズメントパークである。
当然、これ以上電車の乗り継ぎをする必要は無い。まさか……
「あのーまき絵さん? もしかして麻帆良の駅前にいるの?」
「そーだよ」
バカピンク全開のまき絵の返答に、裕奈は目眩がした。隣で会話を聞いていた亜子もぽかーんと白目になっている。
(昨夜あれほど念を押したとゆーのに、この桃色のアホウドリちゃんは……!)
そのお茶目な記憶力について小一時間程問い詰めたかったが、ふと思い直す。
「―――えーと、アキラがキャンセルになっちゃったんだよ。で、アンタは現地集合なのを忘れてる、と」
電話口からええ〜っ!? という悲鳴が上がるが、裕奈は話を続ける。
「だからさ、また別の日に四人揃ったトコで遊ばない? 今からまき絵を待ってたんじゃ
あんま遊べる時間ないしねー」
裕奈は亜子に目線を送りながら伝える。亜子はしゃあないなあ、と呟いた。
「うーん、アキラの事もあるし、そうしよっか」
裕奈は電話を切ると、今度は重々しく溜息をついた。
-
23-38
名前:マロン名無しさん[sage] 投稿日:2006/01/11(水) 06:14:39 ID:???
-
「―――と、ゆーコトになっちゃいました……」
「ううっ、まき絵と一緒に来るんやったな……。けど、アキラとも遊びたいし……」
余程楽しみにしていたのだろう。亜子の落ち込みっぷりは裕奈以上である。なんだか可哀想になってきた。
「―――じゃあさ、今日は二人で下見、ってコトにしない? ちょうどチケットも二枚余る予定だったし」
「えっ……? けどゆーな、それ彼氏持ちの柿崎にでも売り捌く、とかゆーてへんかった?」
「やー、取り合えず自分でリサーチしてから交渉しようと思ってたから、まだ話持ち掛けてないんだ。
それに、あたしだってこのまま帰っちゃうのはシャクだもんね!」
そう言って裕奈は亜子の手を取り、アミューズメントパークへと走り出す。
「わわっ、もう、ホンマに強引なんやから……」
裕奈の行動に亜子はやんわりと抗議するものの、その表情から溢れだす嬉しさは隠しようが無かった。
「―――さ〜て、ドコから攻めよっかにゃ〜?」
「凄い人やな……」
エントランスに入るなり、裕奈は華やかな雰囲気に早くも舞い上がっていた。対して亜子の方はというと、
きょろきょろと目移りしながら人の多さに戸惑っている様子である。
「亜子は行きたいトコある?」
「んと、ウチのお目当てはまだええよ。ゆーなは何したいん?」
「あ、あはは……」
亜子の問いに裕奈は苦笑してしまう。
裕奈のお目当て。それは絶叫系のアトラクションであった。もし四人で来ていたのなら、
迷わずまき絵と突撃していたであろう。けれど気弱な亜子の事を思うと、あまり過激なのはよろしくない。
どうやら亜子も理解した様子である。一瞬、口元に指を当てて思案していたが、やがて覚悟を決めたのか、
きっぱりと宣言した。
「うーん……。折角やし、今日はウチもトコトン付きおうたるわ!」
「……いいの? あたしはまた今度でもいいかな、って思ってたんだけど……」
「うん。今日は二人きりやから、まき絵にからかわれるコトもないんやし」
そう言って亜子は笑って頷いた。
「―――じゃあ遠慮しないよっ!」
裕奈は早速、定番中の定番であるジェットコースターに向かった。
-
23-39
名前:マロン名無しさん[sage] 投稿日:2006/01/11(水) 06:16:46 ID:???
-
二人を乗せたコースターはゆっくりと斜面を上っていく。この時の緊張感が堪らない。
隣の亜子は早くも冷や汗をかいていた。
(ふふっ。亜子ったらあんなに手を強く握っちゃって……。もう、カワイイんだから♪)
この時点で裕奈は亜子の観察をしようと決めたのだった。そして、和泉亜子主演の舞台は幕を開けた―――
「うわわわわわわああああああああーーーーーーーーーーっっっ!!!!!」
「アカン、アカンてこれーーーーーっっ!!!」
「止めて止めて止めてぇーーーーーっっ!!!」
「もう許してやあああーーーーーっっ!!!」
―――後に明石裕奈さんはこう語った。
「親友が気丈にも頑張ったのだから、絶対に笑っちゃいけないと決めてたんです。でも……」
ひとしきり笑い終えた後、裕奈はまだ涙ぐんでいる亜子の肩に優しく手を掛けた。
「―――まあ、気絶しなかっただけ亜子にしては上出来じゃない?」
「全然慰めになってへんやんっ!! 写真までタダで配っとるなんてサービスし過ぎやっ!
ウチの泣いとるトコばっちり撮られとるし、ゆーなはウチ見て笑ろとる絵やし……」
「だってぇ〜、亜子が可愛すぎるんだもの〜」
逆ギレ気味にわめき散らす亜子に、裕奈は実にいい笑顔を浮かべたまま弁明する。
そして、亜子の背中にしがみつくように抱き付いた。こうなると亜子は何も言い返せなくなる。
「―――落ち着いた?」
「もう、ゆーなのいけず……」
裕奈が耳元で囁くと、亜子はうっすらと頬を染めたままソッポを向く。その仕草がまた可愛くて、
裕奈はぎゅっ、と包み込むように亜子を抱きしめた。
-
23-40
名前:マロン名無しさん[sage] 投稿日:2006/01/11(水) 06:18:22 ID:???
-
絶叫系はもう充分満足したので(亜子にとっては心外だろうが)、二人はゲーム系のアトラクションを
中心に、楽しい時間を過ごした。
「はい、お待ちどうさま」
ベンチで休んでいた亜子にアイスを手渡すと、裕奈はその隣に腰を下ろした。
「期待通りいいカンジだよね〜。やっぱ評判になるだけのコトはあるな〜」
裕奈はアミューズメントパークの感想を呟きながら、ラムレーズンのアイスをぺろりと舐める。
「うん、アイスも美味しいし!」
「せやね……。お客さんぎょーさんおるけど、みんなエエ表情しとるもんなあ」
先程の醜態からすっかり立ち直ったのか、亜子もまた上機嫌でミントチョコを美味しそうに味わっていた。
「ま、人が多すぎて待ち時間が長いのがちょっとね〜」
「ほな、今の内にウチのリクエスト聞いてえな。夜になってもうたら結構待たされるやろうし」
そう言って亜子は立ち上がる。まだアイスは残っていたが、食べ歩きも悪くないな、と裕奈も亜子の後を追った。
-
23-97
名前:マロン名無しさん[sage] 投稿日:2006/01/12(木) 04:41:28 ID:???
-
「―――そう来たか」
裕奈は観覧車の行列に並びながら苦笑した。別に観覧車が嫌いな訳ではない。ただ、この行列の大半が
カップルで構成されているのが引っ掛かるのだ。
「ウチ、観覧車からまったりと景色を眺めるんが好きなんよ。夜景も捨てがたいんやけど
今やったらええカンジに夕焼けが楽しめそうやん?」
亜子の方は全く気にしていないのか、嬉々とした表情で熱く語っている。折角楽しみにしているのだから、と
裕奈は水を差さないようにカップルの件には触れないでおこうと思った。
(けど……、恥ずいものは恥ずいんだよね……)
変に意識しているせいか、周りの視線が気になってしまう。例えるなら、バスケの決勝で観客が固唾を飲んで
見守る中でフリースローを決めなきゃならない程のプレッシャーがあった。
(何で亜子はへーきなの〜っ!)
必死に恥ずかしさを押し殺しながら、裕奈はちらりと亜子に目をやる。けれど亜子はよっぽと楽しみなのか、
胸元に両手を合わせたままにこにこしていた。
(ううっ、カッコ悪いなあ……。あたしの方がバリバリ意識しちゃってるじゃん……!)
この時の裕奈は冷静さを欠いていた。いくらなんでも女の子が二人で並んでいるだけでデキてる、と勘繰る人は
そうそういないだろう。なのに、裕奈は必要以上に気にしていた。
やがて二人の順番が来て、裕奈は針のムシロから解放される。扉が閉まり、ようやく裕奈は一息ついた。
「わあ……!」
ゆっくりと観覧車が動き出すと、亜子は早くも歓声を上げてご満悦な様子である。
(―――ま、いっか)
そんな亜子の笑顔を見ていると先程までの苦労も報われる、というものだ。
「ゆーなゆーな、めっちゃ綺麗やな〜」
「そうだね……」
無邪気に喜ぶ亜子に、裕奈もつられるように笑顔を見せる。だが、その胸中は穏やかではなかった。
本来なら四人で過ごす筈だった時間。けれど、今は亜子と二人っきりである。
(参ったなあ……。二人で遊ぼう、って言い出したのはあたしなんだけどね……)
待ち時間に意識してしまったのがいけないのか、裕奈の視線は亜子に釘付けとなっていた。
-
23-98
名前:マロン名無しさん[sage] 投稿日:2006/01/12(木) 04:43:50 ID:???
-
(そりゃあ亜子はルックスから仕草も何から何までカワイイ子だけど、あたしが意識しちゃってどーすんのよ!)
このまま亜子に見蕩れているのは精神衛生上よろしくない。裕奈は気を紛らわせようと外の景色に目を移した。
夕映えの街は幻想的で、今こうしているのが夢の中であるような錯覚を受ける。
「なーなー、あれ海やろか?」
突然、亜子は裕奈の腕を取り、遠くに見える海を指差す。予想外の不意打ちに、再び裕奈の鼓動は早くなる。
(こ、この小悪魔め〜っ! 人が落ち着こうと必死になってるのに〜っ!)
「オレンジ色にきらきらしてて……、最高やね……」
そんな裕奈の事情などおかまいなしに、亜子は裕奈に寄り添ったままうっとりしっとりしている。その可愛らしさは
完全に犯罪レベルであった。
(ううっ、もうカンベンしてよ……、ドキドキしてるのバレちゃうよお……!)
普段はむしろ自分からべたべたとくっついてる事実を棚に上げ、裕奈は懸命に胸の高鳴りを抑えている。
密着しているせいか、亜子の香りがする。甘い匂い。くらくらする。
(ヤバ……。シャレになんないよ……)
「どうしたん、ゆーな?」 と、ようやく裕奈の異変に気付いたのか、亜子は心配そうに尋ねてくる。そして、
「具合悪いん?」
ひょい、と顔を近付けて裕奈の顔を覗き込んだ。
「…………!!」
一瞬、理性が飛びそうになる。危うく得意のラン・アンド・ガンを炸裂させる寸前であった。
この場合はハグ・アンド・キスといったところか。
「な、何でもないよ……! ちょっと目眩がして……。寝不足だったのかにゃ〜?」
冷や汗全開で裕奈がごまかすと、亜子はふーん、と小首を傾げた。
時刻は午後七時を過ぎていた。試練の観覧車から降りた後も、裕奈は亜子の一挙一動に心を奪われていた。
やがて楽しくも苦しい時間は終わり、二人は帰路についた。
「―――ゆーな」
ぽつり、と亜子が呟く。
「ん、どーかした?」
裕奈が問い返すと、亜子はやや俯きながら口を開いた。
-
23-99
名前:マロン名無しさん[sage] 投稿日:2006/01/12(木) 04:46:52 ID:???
-
「今日はありがとうな。ホンマは四人で遊ぶ予定やったのに、ウチだけになってもうて……。
ウチなんかと二人きりになるより、みんなでワイワイ騒ぎたかったんやろ……?」
次第に亜子の声が小さくなっていく。ちくり、と胸が痛んだ。亜子の悲しそうな顔なんて見たくない。
「な〜に言ってんの! 二人だけでもじゅーぶん面白かったじゃん! それとも、
亜子はあんまり楽しくなかった?」
「そ、そないなコトあらへんよっ! ウチ、今日はホンマに楽しかってん……」
「そっかそっか。そーいえば、しょっぱなから大騒ぎしてたのは誰だったかにゃ〜?」
しんみりした雰囲気を壊すようにわざと意地悪な事を言うと、亜子は途端に赤面してしまう。
「も、もう……、忘れてえな……!」
「あはは、亜子ってさあ、な〜んかほっとけないんだよね〜。こう、守ってあげたくなるタイプ?」
「な、なんやねん、それ……」
「あたしが男だったらぜ〜ったい離さない、ってコト!」
裕奈はからかうように言い放つ。けれど、ばっちりと本音で語っていた。
(これくらいなら大丈夫だよね……?)
案の定、亜子はわたわたするばかりで裕奈の本心なぞ探っている余裕は無さそうだ。
予想通りの反応に、裕奈はくすくすと笑った。
「ゆ、ゆーな! いきなりヘンなコトいわんといて〜っ!」
やや遅れて亜子は裕奈の背中をぽこぽこ叩く。
「あっははは。この程度のじょーだんならまき絵だってしょっちゅう言ってんじゃん」
「せ、せやかてウチは……」
何やら反論したい様子の亜子であったが、顔を真っ赤にしたまま黙り込んでしまう。すると、
「ん〜? 何が言いたいのかにゃ〜?」
つい、いつものノリで、裕奈は亜子に抱きついてしまった。
-
23-100
名前:マロン名無しさん[sage] 投稿日:2006/01/12(木) 04:49:02 ID:???
-
「ちょっ、アカンてっ……!」
最早、亜子は限界寸前といった具合に耳まで真っ赤になっている。そして、その華奢な身体から伝わってくる
早鐘のような鼓動は隠しようがなかった。
(亜子……、すごくドキドキしてる……!)
亜子の気持ちがはっきりと伝わってくる。この瞬間に、裕奈の理性は消し飛んでしまった。
ほんの悪ふざけだったのに。観覧車でのお返しをしたかっただけなのに。
裕奈は完全に墓穴を掘ってしまった事に気が付いた。
だって―――!
「…………ごめん!」
裕奈はパッと亜子から離れる。亜子はしばし茫然とするが、やがて複雑な表情を浮かべた。
例えるなら、安堵感と淋しさが入り混じったような表情。
「もう、そんな顔しないでよ……!」
裕奈は苦笑しながら亜子の両肩に手を掛けた。
「いくらワンパス速攻があたしの持ち味でも、順番は守らないとね」
「ゆ、ゆーな……?」
亜子がきょとんとしていると、裕奈は微かに頬をそめたまま亜子の耳元で囁いた。
「フツー、まずは告白からだよね―――!」
「―――!!」
再び赤面する亜子を尻目に、裕奈はトドメを刺すタイミングを窺っていた―――
SideA end
Side B
-
23-500
名前:『Sweet Emotion Side B』序章[sage] 投稿日:2006/01/18(水) 21:08:37 ID:???
-
裕奈が耳元で囁いた言葉。
その一言が、亜子の心を掻き乱した。
「フツー、まずは告白からだよね―――!」
一瞬、亜子は何の事か理解出来なかった。
だって、そんな都合の良い事が起きる筈は無いと思っていたから―――
今、ゆーなは何て言ったんや―――?
信じられない。頭ではそう思い込んでいても、一度解き放たれた衝動は亜子の思考に逆らうばかり。
(ええの? せやかてウチは、ウチはずっと―――!)
指先が微かに震えている。みるみる顔は赤く染まり、とても裕奈を直視出来る状態では無い。
けれど、亜子は緊張に押し潰されそうになりながらも、懸命に裕奈を見た。縋るような上目遣いで。
「―――!!」
言葉にならない。ただ、ぱくぱくと口を動かすだけ。伝えたいのに。ずっとずっと育ててきた気持ちを―――!
そんな亜子の気持ちを察してか、裕奈はくすりと笑う。亜子に負けないくらい、真っ赤な顔で。
そして、裕奈はまっすぐに亜子を見据え、彼女らしい元気一杯の笑顔で告げた。
「大好きだよ、亜子―――」
『Sweet Emotion Side B』
-
23-501
名前:『Sweet Emotion Side B』1/5[sage] 投稿日:2006/01/18(水) 21:13:30 ID:???
-
午後一時。亜子は一時間も前から待ち合わせ場所にいた。
目的地はすぐ目の前にあるアミューズメントパークである。今日はいつもの四人でここで遊ぶ事となったのだ。
それもフリーパスチケットで、だ。昨夜、裕奈がお父さんからチケットを貰ったらしい。
(えへへ、ゆーなに感謝やな。ウチ、ここの観覧車に乗ってみたかったんや……!)
勿論、お目当てはそれだけではない。今日の亜子はファッションからして気合いが入っていた上に、当然の如く
一番乗りで待ち合わせ場所に到着していた。それは、誰よりも早く裕奈を待っていたかったから―――
やや早過ぎる気もするが、元々待つ事は嫌いじゃない。この時、亜子にはささやかな願いがあった。
それは、最初に裕奈が来てくれるというもの。そうすれば、他の二人を待っている間は二人っきりだから……
「ごめーん! シャワー浴びてたら遅くなっちゃった」
いつもと同じ元気一杯の裕奈の声。それだけで亜子が待っていた苦労が報われるというものだ。正直、人を待つと
いうのは不安との戦いだ。それだけに逢えた時の喜びもひとしおである。亜子は表情を輝かせて裕奈を迎えた。
(……と、アカンアカン、あんまはしゃいどったらゆーなにバレてまうやん)
「そない慌てんでもええのに。まだ二時になってへんよ」
と、亜子は軽くたしなめる。
「いやー、わくわくしちゃってさ、一秒でも早く来たかったんだ」
(あはは。ゆーならしいなあ……)
裕奈が笑って告げると、亜子も堪え切れずに笑ってしまう。
「ねえ、まき絵とアキラは?」
(あ……、忘れとった)
「まだ来てへんのや。どないしたんやろ……?」
時刻はもうすぐ二時になる。アキラは時間を守るタイプだけに、ちょっと心配になってしまう。
「もうすぐ時間だよね? まき絵はともかく、アキラが時間通りに来ないなんて珍しいね・・・・・・」
どうやら裕奈も同意見らしい。何やらあさっての方角を見ながら思案している。
と、その時裕奈の携帯が鳴った。短いやり取りがあって、裕奈は残念そうに携帯を切った。
「アキラ、用事が入っちゃったんだって……」
「そうなん? 残念やなあ……」
-
23-502
名前:『Sweet Emotion Side B』2/5[sage] 投稿日:2006/01/18(水) 21:14:27 ID:???
-
すかさず裕奈はまき絵に連絡を取る。素早く対処するあたりが裕奈らしいな、と亜子は思った。取り合えず亜子も
聞き耳を立て、裕奈とまき絵の会話に集中する。
「あのーまき絵さん? もしかして麻帆良の駅前にいるの?」
「そーだよ」
電話口から帰って来たまき絵の返事に、亜子は思わず硬直してしまった。裕奈は額に手を当ててくらくらしている。
(ううっ、ウチはまき絵を甘く見とったわ……)
この瞬間に、亜子の脳裏には中止の二文字がよぎった。そして、どうやら裕奈も中止の方向で話を進めていく。
(あーあ、おもろないなあ……、せっかく今日はおめかししたのに……)
そのまま中止という事で裕奈は電話を切った。亜子は弱々しく溜息をつくばかりである。
「―――じゃあさ、今日は二人で下見、ってコトにしない? チケットもちょうど二枚余る予定だったし」
裕奈の思わぬ提案に、亜子は驚きを隠せない。
「えっ……? けどゆーな、ソレ彼氏持ちの柿崎にでも売り捌くとかゆーてへんかった?」
信じられない、といった表情で亜子は問い返した。
(ふ、二人でって……。それ、まんまデートやん……!)
「やー、取り合えず自分でリサーチしてから交渉しようと思ってたから、まだ話持ち掛けてないんだ。
それに、あたしだってこのまま帰っちゃうのはシャクだもんね!」
そう言って裕奈は亜子を手を取り、ゲートへと走り出す。
「わわっ、も、もうホンマに強引なんやから……!」
裕奈の行動に亜子はやんわりと抗議するが、その表情から溢れてくる嬉しさは隠せなかった。思わぬ展開に、
亜子の胸は早くもドキドキしていた。
(ゆーなとデート……。ゆーなとデート……。うわ〜夢みたいや……)
こっそりと、亜子はアキラとまき絵に感謝した。
アミューズメントパークに入った二人は、何から手をつけようかと思案する。
「亜子は行きたいトコある?」
裕奈の問いに、真っ先に観覧車が浮かんだ。けれど、どうせ二人で乗るのなら夕方か夜がいい。
「んと、ウチのお目当てはまだええよ。ゆーなは何したいん?」
亜子が尋ねると、何故か裕奈は苦笑している。
(あ、そうやった……)
-
23-503
名前:『Sweet Emotion Side B』3/5[sage] 投稿日:2006/01/18(水) 21:17:24 ID:???
-
考えてみれば裕奈の好みは絶叫マシーンの類である。それは亜子の苦手とするものであった。そんな亜子に、
裕奈はわざわざ気を使ってくれたのだろう。それがちょっぴり嬉しかった。
(せやったら、ウチがガマンすればええだけやん)
「うーん。折角やし、今日はウチもトコトン付きおうたるわ!」
亜子の返事が予想外だったのか、裕奈は目を白黒させている。
「……いいの? あたしはまた今度来た時でいいかな、って思ってたんだけど」
「うん……。今日は二人きりやから、まき絵に笑われるコトもないんやし」
そう言って亜子は笑って頷く。その本音は、少しでも裕奈と一緒に居たかっただけであった。
「―――じゃあ遠慮しないよっ!」
裕奈は早速、定番中の定番であるジェットコースターに向かう。楽しそうに駆け出す裕奈に、
亜子は目を細めながら後を追った。
だが、亜子の見通しは甘かったと言わざるを得ない。あまりの恐怖感に、亜子はこれ以上ない程の醜態を晒して
しまったのだ。
(ううっ、ダメダメや〜っ! ゆーなの前でこないみっともないトコ見せてまうやなんて……)
泣きべそをかきながらずーん、と落ち込む亜子に、裕奈は優しく手を掛けてくる。
「―――まあ、気絶しなかっただけ亜子にしては上出来じゃない?」
「全然慰めになってへんやんっ!! 写真まで無料配布やなんてサービスし過ぎや! ウチの泣いとるトコ
ばっちり撮られとるし……。ゆーなはウチ見て笑ろてる絵やし……」
「だってぇ〜、亜子が可愛すぎるんだもの〜」
すっかりパニック状態になってしまった亜子は逆ギレ気味にわめき散らしてしまう。すると、裕奈はいい笑顔を
浮かべたまま弁明し、突然亜子の背中にしがみついてくる。
(ひゃっ!)
危うく声を上げそうになる。裕奈の不意打ちに、亜子の顔はみるみる赤くなっていく。
(ゆ、ゆーな……)
裕奈の温もりが背中越しに伝わってくる。それは、裕奈の優しさであった。
この親友は空気を読むのに長けている。言い換えれば気配り上手なのだ。普段はみんなの悪ノリに拍車を
掛ける事にしか発揮されないが、その一方で裕奈は周囲に落ち込んでいる人間がいると、必ず元気を与えて
くれるのだ。少年のような無邪気な笑顔で。
-
23-504
名前:『Sweet Emotion Side B』4/5[sage] 投稿日:2006/01/18(水) 21:18:33 ID:???
-
「―――落ち着いた?」
裕奈が囁くと、亜子はそっと振り返る。そこには太陽のような眩しい笑顔があった。
「もう、ゆーなのいけず……」
思わずどきりとしてしまう。真っ赤になった顔を見られたくなくて、亜子はプイッ、と顔を背ける。
すると裕奈は返事の代わりに亜子の身体をぎゅっ、と抱きしめた。
(えへへ……。ありがとうな、ゆーな……)
結果的に美味しい思いをした亜子は、幸せな気分に浸っていた。
下見という名のデートは順調そのものであった。二人はゲーム系のアトラクションを中心に回ったが、
どれもこれも満足出来るレベルであった。裕奈はすっかり上機嫌ではしゃいでいる。そして、亜子は
そんな裕奈の様子にすっかり目を奪われていた。
広場のベンチに座り、二人が休憩していると、移動式のアイスクリームショップが目に入る。
「ねえねえ、アイス食べない? 今、無性にラムレーズンが食べたくなっちゃってさあ……」
唐突に裕奈が切り出すと、亜子も穏やかな笑顔で頷く。
「あはは。目の前で商売されたら、そらアイスも食べとうなるわな。ほな、ウチはミントチョコがええかな?」
「りょーかいっ! ちょっと待ってて」
注文を聞くと裕奈はアイスを求めて駆け出していく。
「ホンマ、元気有り余っとるな〜」
裕奈の後ろ姿を見送りながら、亜子は笑顔を絶やすことなく呟いた。
(今日は最高の一日になりそうや……。ホンマ、このまま時間が止まればええのに……)
きゅん、と胸が締めつけられる。その小さな身体は、今や裕奈への想いで溢れんばかりになっていた。
-
23-505
名前:『Sweet Emotion Side B』5/5[sage] 投稿日:2006/01/18(水) 21:19:20 ID:???
-
それは、亜子がずっと心に秘めていた感情。
いつからだろう? この親友を目で追うようになっていたのは。
憧れ? 尊敬? 最初はそんな気持ちだった筈だ。
けれど、今の自分にある感情は違う。親友という垣根を越えたモノであった。
(あはは……。こない幸せやったら、隠し通せる自信のうなってまうやん……)
亜子は自分に言い聞かせるように、気を引き締める。この恋は、ずっと心に閉まっておこうと決めていたのだ。
それは、決して実ることのない片思いだから―――
「はい、お待ちどうさま」
二人分のアイスを手に、裕奈が戻ってくる。亜子は何食わぬ表情でアイスを受け取った。
(ウチは、ずっとゆーなの傍におるだけで幸せなんやから……)
亜子は幸せ一杯の表情で、アイスに口をつけた。
-
23-546
名前:『Sweet Emotion Side B』6/10[sage] 投稿日:2006/01/19(木) 21:38:29 ID:???
-
太陽は西に傾き、地平線に沈もうとしていた。オレンジ色の世界で、二人は観覧車の行列に並んでいた。
「ウチ、観覧車からまったり景色を眺めるんが好きなんよ。夜景も捨てがたいんやけど、今やったらええカンジに
夕焼けが楽しめそーやん?」
亜子は胸元に手を合わせながら嬉しそうに語り出す。今日一番のお目当てを前に、亜子の表情は緩みっぱなしで
あった。しかも予定とは違い、裕奈と二人きりの観覧車である。感無量とはまさにこの事であった。
(えへへ、二人っきりでゆーなと観覧車や〜)
すっかり舞い上がっていた亜子は、ついついあらぬ妄想をしてしまう。
観覧車の中で、ウチとゆーなは互いに見つめ合う。どきどきが止まらへん。
「大好きだよ、亜子―――」
ゆーなの告白に、ウチはちょい顔を伏せながら問い返す。
「ええの? ウチなんかで……?」
ゆーなは夕焼けとおんなじくらい顔を赤くしながら頷く。きっと、ウチの顔もゆーなに負けへんくらい真っ赤に
なっとるんやろうなあ……。
ウチはどきどきしながら顔を上げ、精一杯の気持ちで答えるんや―――
「ウチも……、ずっとゆーなのコトが好きやってんよ!」
とびっきりの笑顔で答えて、ウチはゆーなに抱き付く。
―――あれっ? なんや涙出てきてもーた……。
見れば、ゆーなもうっすらと泣いとるやん。えへへ、せやったらおあいこやな。
しゃあないやんな。だって、めっちゃ嬉しいんやもん―――
とくん、とくん、とゆーなの鼓動が伝わって、なんやくすぐったいカンジやね。
えへへ、とウチが笑うと、ゆーなも照れくさそうに笑っとる。
「亜子……」
ゆーなの顔がゆっくりと近付いて、ウチは恥ずかしくて目を閉じる。
「ゆーな……」
そして、お互いのくちびるが―――
-
23-547
名前:『Sweet Emotion Side B』7/10[sage] 投稿日:2006/01/19(木) 21:39:30 ID:???
-
「亜子、早く乗ろうよ?」
裕奈の声に、亜子は現実へと引き戻される。気が付くと、二人の順番が回ってきたようだ。
「あはは……、ちょいほけ〜っとしとったわ」
やや恥ずかしそうに亜子は観覧車に乗り込んだ。
(ウ、ウチは何考えとるんや……!)
ちょっぴり頬が赤くなっているのが自分でも分かる。裕奈に気付かれないように、亜子は座席の上にちょこんと
正座して、外の景色に目を移す。
「わあ……!」
赤く染まった地上が、ゆっくりと遠ざかっていく。思わず亜子は声を上げてしまった。
「ゆーなゆーな、めっちゃ綺麗やな〜」
亜子が声を掛けると、裕奈はくすくすと笑っている。しばしの間、亜子は観覧車からの風景に目を奪われていた。
裕奈も珍しく黙り込んだまま景色を見つめている。
(あ……)
亜子の視線の先。そこには鮮やかな夕陽に照らされた海が見えた。
「なーなー、あれ海やろか?」
亜子は身を乗り出して裕奈の腕を取る。
「オレンジ色にきらきらしてて……。最高やね……」
そのまま亜子はうっとりとした表情で裕奈に寄り添う。
(えへへ、ちびっとだけやったら、こーやって甘えてもええやんな……?)
ちらり、と亜子は裕奈を見る。すると、何故か裕奈は視線を逸らせている。いつの間にか裕奈の表情からは
笑顔が消えていた。
きらり、と亜子の保健委員としての観察眼が働いた。熱があるのだろうか。身体越しに伝わってくる脈拍は
不安定で、裕奈の顔はやや上気している。少し汗をかいているのも気掛かりだ。熱があるのだろうか。
「ゆーなどないしたん? 具合悪いん?」
亜子は心配そうに裕奈の顔を覗き込んだ。すると裕奈は一瞬びくりと硬直してしまう。
「な、何でもないよ……! ちょっと目眩がして……。寝不足だったからかにゃ〜?」
「ふーん……?」
-
23-548
名前:『Sweet Emotion Side B』8/10[sage] 投稿日:2006/01/19(木) 21:40:12 ID:???
-
裕奈の返事に、亜子はあっさりと引き下がる。けれど、亜子は裕奈の嘘を見破っていた。寝不足だった場合、
体温は低下して顔色が悪くなる筈である。それに、裕奈の態度は普段と違い、どこかよそよそしい。それは、
付き合いの長い亜子だからこそ分かる、わずかな異変であった。
(ウチばっか舞い上がってて……。ゴメンな、ゆーな……)
この時、亜子は大きな勘違いをしていた。自分の趣味に付き合わせたせいで、裕奈は体調を崩す程に
気を使っていたのだ、と。
亜子は知らない。裕奈の心境に劇的な変化があった事を―――
観覧車を降りた後も裕奈の態度は変わらない。
一番心配していた裕奈の具合はすぐに回復した様子だが、どこか亜子に遠慮しているような仕草が
目に付いてしまう。これには亜子もずーん、と落ち込んでしまう。だが、これ以上裕奈に迷惑を掛けたくない
一心で、亜子はずっと笑顔を絶やさなかった。今にも泣き出しそうなくらい、心は痛むのに。
(ウチ……、知らん間にゆーなを傷付けてしもうたんやろか……?)
内向的な性格の亜子はついついネガティブな方向に感情を膨らませてしまう。裕奈の異変は自分のせいだ、と
すっかり思い込んでしまっていた。
(あはは……。ウチのせいで折角のデートも台無しやね……)
自虐、という名の刃が亜子の胸に突き立てられる。
(ごめんな、ゆーな……)
亜子は心の中で何度も裕奈に謝っていた。
裕奈はそんな亜子の痛みに気付かない。何故ならば、裕奈は自分の理性を取り戻すのに必死だったのだから。
亜子は悲痛な気持ちを抱いたままで。
裕奈は自分の中に芽生えてしまった感情を抑えながら。
二人は本心を隠したまま、アミューズメントパークを後にした。
-
23-549
名前:『Sweet Emotion Side B』9/10[sage] 投稿日:2006/01/19(木) 21:40:52 ID:???
-
帰り道。二人はぽつりぽつりと他愛のない会話を交わしながら帰路につく。ここでようやく裕奈にいつもの調子が
戻ってきた。謝るタイミングを窺っていた亜子は、意を決して話を切り出した。
「―――ゆーな」
「ん、どーかした?」
裕奈が問い返すと、亜子は俯いてしまう。申し訳なくて、亜子は裕奈の顔を見れなかった。
「今日はありがとうな。ホンマは四人で遊ぶ予定やったのに、ウチだけになってもうて……。
ウチなんかと二人きりより、みんなでワイワイ騒ぎたかったんやろ……?」
「なーに言ってんの! 二人だけでもじゅーぶん楽しかったじゃん! それとも、亜子はあんまり楽しく
なかったの?」
(えっ……?)
淡々と語り出す亜子に、裕奈は口を挟んだ。それは元気一杯な、普段通りの口調だった。
「そ、そないなコトあらへんよっ! ウチ、ホンマに今日は楽しかったんよ」
亜子は慌てて裕奈の問い掛けを否定する。半分だけ、亜子は嘘をついた。正直、観覧車に乗ってからは
裕奈の事がずっと気掛かりで楽しくなんてなかったから。
裕奈は突然、亜子の顔を覗き込むように顔を近付け、悪戯っぽく笑った。
「そっかそっか。そーいえば、しょっぱなから大騒ぎしてたのは誰だったかにゃ〜?」
「も、もう……、忘れてえな……!」
亜子はジェットコースターでの忌まわしき記憶を蘇らせて、恥ずかしそうに赤面する。けれど、心の中では
笑っていた。裕奈が見せる、少年のような笑顔。それが嬉しかったのだ。
(よかった……。いつものゆーなや……)
亜子の心にずっと残っていた痛み。それがみるみる内に消えていく。
ふと、亜子の中で一つの疑問が浮かぶ。先程までの裕奈の異変。あれは何だったのだろう?
と、その時。唐突に裕奈はとんでもない事を言い出した。
「亜子ってばさあ、な〜んかほっとけないんだよね〜。こう、守ってあげたくなるタイプ?」
(…………はい?)
突然の爆弾発言に、亜子はぽかーん、と硬直してしまう。
「な、なんやねん、それ」
亜子がしどろもどろに問い返すと、裕奈はにやにやと不敵に笑いながら更なる爆撃を開始した。
「あたしが男だったら、ぜ〜ったいに離さない、ってコト」
-
23-550
名前:『Sweet Emotion Side B』10/10[sage] 投稿日:2006/01/19(木) 21:41:33 ID:???
-
…………。
…………。
…………。
一瞬、亜子の思考回路は完全に停止してしまう。そして、
(え、えーと、離さない、ってつまり……!)
直後、亜子はぼんっ、と顔を真っ赤にしてしまった。
(え〜っ! じょ、冗談やんな? けど、けど……!)
亜子は頬に両手を当てながらぶんぶん首を振る。例え冗談であっても、これはさすがにシャレになってない。
「ゆ、ゆーな! いきなりヘンなコトいわんといて〜っ!」
亜子はすっかり取り乱しながら裕奈の背中をぽこぽこと叩く。対して裕奈の方はというと、
してやったりの表情で笑っていた。
「あっははは。この程度のじょーだんならまき絵だってしょっちゅう言ってるじゃん」
ぱたぱたと掌を上下に振りながら裕奈が助け舟を出してくれる。普段ならツッコミ一つで流せる処だが、
今の亜子にはそこまで考える余裕は無かった。
「せ、せやかてウチは……」
『ゆーなのコトが好きなんやから……!』と、危うく亜子は禁句を口に出してしまう寸前であった。
それは、今まで築き上げた親友という絆を破壊する、絶対に許されないこと―――
(ア、アカンて。ウチはこのままでもええんやから……!)
裕奈の放った一言。それは他愛の無い冗談。なのに、その一言でずっと抑えてきた感情が爆発してしまった。
自分の意志の弱さに亜子は愕然としてしまう。どれだけ否定しても、この胸の高鳴りは止められない。
(こんなん冗談やのに! いつものゆーなの冗談やん! せやのにウチ……、ウチは……!)
心の隅に残っていた、淡い期待。それは裕奈も自分と同じ想いを抱いているという、幻想―――
きゅん、と胸が締め付けられる。今の亜子は首の皮一枚で理性を保っていた。
だが、裕奈は亜子がそんな状態に陥っている事に気付かない。
「ん〜? 何が言いたいのかにゃ〜?」
と、いつものノリで亜子に抱きついてしまったのだ。
-
23-581
名前:『Sweet Emotion Side B』11/13[sage] 投稿日:2006/01/20(金) 08:14:11 ID:???
-
「…………!!」
亜子の全身に電流を流されたような衝撃が走った。
「ちょっ、アカンて……!」
今や亜子の身体は全身が心臓になってしまったかのようにばくばくと鼓動を奏でている。こんな状況で
密着していたら、ずっと隠していた感情が露見してしまうだろう。なのに、亜子は裕奈から逃れる事が出来ない。
亜子の考えとは裏腹に、身体は裕奈の温もりを求めていた。それは、亜子の理性という堤防が決壊してしまった
証左であった。そして裕奈は亜子の危惧していた通りに、驚いた様子で茫然としている。
(もうおしまいや……。ウチの気持ちゆーなに……、ゆーなにバレてもうた……)
こうなってしまってはごまかし切れないだろう。亜子は死刑宣告を受けるような心境で、裕奈を見た。
「…………ごめん!」
その直後、裕奈は拘束を解き、すっ、と一歩下がって亜子を見据えた。
(えっ―――)
亜子は何が起きたのか理解出来なかった。ただ緊迫した状況から解放されたお陰で徐々に理性を取り戻していく。
同時に、亜子の心に一つの不安が生まれた。
―――拒絶。
ごめん、と裕奈は言った。それは拒絶と受け取れる、悲しい返答。
(あ、あはは……。とーぜんやん。同性に好きやなんて思われても、誰やってメーワクなだけやん……)
ずきん、と痛みが走る。
自分への嫌悪感。裕奈への罪悪感。その重さに耐えられず、亜子は吐き気をもよおしてしまう。
(アカン……。ウチはもう……)
しかし次の瞬間、裕奈はにこりとはにかみながら亜子の手を取った。
「もう、そんな顔しないでよ。いくらワンパス速攻があたしの持ち味でも、順番は守らないとね」
「ゆ、ゆーな……?」
(ウチを嫌いになったんやないん……?)
裕奈の態度に亜子はきょとんとしてしまう。ただ云えるのは、目の前に眩しいばかりの裕奈の笑顔が
あること。それだけで亜子の痛みは消えていく。
そして、裕奈はそっと顔を近付け、亜子の耳元で囁いた。ちょっぴり頬を染めながら。
「フツー、まずは告白からだよね―――!」
-
23-582
名前:『Sweet Emotion Side B』12/13[sage] 投稿日:2006/01/20(金) 08:16:09 ID:???
-
(ウソやろ―――!)
瞬間、亜子の頭の中は真っ白になる。
(今、ゆーなは何てゆーたんや……?)
いつもの悪ノリ? それとも聞き違い?
(こ、告白からって……!)
信じられない。だって、それは夢だったから。
「…………!」
指先が、口元が震えている。うまく言葉が出ない。ただ亜子は真っ赤になって立ち竦む。
裕奈の顔が笑っている。赤い顔。亜子と同じ、恥ずかしそうに笑っている。それは、偽らざる裕奈の本心。
(ええの? ウチは、ウチはずっと―――!)
亜子はやや顔を伏せたまま縋るように見つめる。すると裕奈はまっすぐに亜子を見据え、口を開いた。
「大好きだよ、亜子―――」
「―――冗談やんな?」
亜子は今にも弾けそうな胸を押さえながら、尋ねる。
「ウチ、単純やから……。信じてまうよ? ころっと騙されてまうよ……!」
じわり、と亜子の目に涙が滲む。
「信じていいよ。あたしは、ずっと亜子と一緒に居たいから。亜子の事が大好きなんだから……!!」
「ゆ、ゆーな……。スゴい事ゆーとるよ……?」
「仕方ないじゃん。告白なんだから……」
「ウチなんかで、ええの……?」
「うん……。亜子じゃなきゃイヤ」
最早、涙は止めどなく零れ落ちる。裕奈の顔が滲んで見えないくらいに。
「ゆーなっ!!」
堪え切れずに亜子は裕奈の胸に飛び込んだ。そして、ずっと伝えたかった言葉を紡ぎ出した。
「ウチも……! ウチもゆーなが好きやっ!! ずっとずっと前から大好きやってんよ……!!」
「うん……。ありがと、亜子……」
裕奈は泣きじゃくる亜子の頭を優しく撫でた―――
-
23-583
名前:『Sweet Emotion Side B』13/13[sage] 投稿日:2006/01/20(金) 08:18:18 ID:???
-
どれだけ時間が過ぎたのだろうか。やがて亜子は涙を拭い、えへへ、と笑いながら顔を上げた。
「信じられへん……。なんや夢みたいや……」
「あはは。あたしだって、こんなにカワイイ彼女ゲットしちゃうなんて思わなかったな〜」
くすくすと裕奈が悪戯っぽく笑う。
「もう、ぜ〜ったい離さないからねっ!」
「うん……。大好きやで、ゆーな……」
亜子は裕奈に抱きついたまま、うっとりと目を閉じた。
ずっと届かないと思っていたもの。でも、裕奈の温もりは現実で、その温かさに亜子は安堵する。
「ねえ、……してもいいかな?」
ぽつり、と裕奈が呟く。肝心なところが聞き取れない程の、か細い声で。
「え? ご、ごめんウチ、ほけ〜、っとしとったからよう聞こえんかってん。もっぺんゆーて」
予想外の亜子の返事に、裕奈は真っ赤になってしまう。
「うう〜亜子のいぢわる〜。そんな恥ずいコト二回も言えないよお……!」
「恥ずい?」
亜子がきょとんとしていると、しびれを切らした裕奈は強引に亜子の顔に手を掛けた。
「こーゆーコトだよ……!」
「…………!」
そして素早く亜子の唇を奪う。ゆっくりと互いの舌が絡み合い、甘い吐息が漏れる。永遠に続くような、
濃密な口付けであった。たっぶりと堪能した後、裕奈はそっと顔を離し、えへへ、と照れくさそうに笑った。
対して亜子の方はというと……、
「ゆーなとキス、ゆーなとキス……」
と、うわ言のように呟き、ぷつんと緊張の糸が切れたように崩れ落ちた。
「わああっ!? ごめん亜子っ!!」
慌てて裕奈が抱き止めると、亜子は真っ赤になりながらも笑っていた。
「えへへ……。ウチは幸せや〜……」
そう言い残して亜子は気を失ってしまった。どうやらオーバーヒートしてしまったらしい。
「あっちゃー、やっぱディープキスはやり過ぎだったか……」
前途多難な恋である。裕奈は気弱な恋人を抱きしめたまま苦笑するしかなかった―――
『Sweet Emotion』 end
最終更新:2007年07月29日 02:30