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閑話・ふくろうのなく頃に

37-154 名前:絶望の淵から・閑話[sage] 投稿日:2006/08/30(水) 22:31:30 ID:???
閑話・ふくろうのなく頃に

どうも、桜咲刹那です。
皆様いかがお過ごしでしょうか。元気ですか?
………そう、それは良かった。だったら助けてください。私は今困ってます。
何に困っているかというと――――――
「キャハハハハハハハハハ!! 飲め――――!! もっと飲め――――!!」
「頑張りアスナ――――――! いいんちょに負けたらアカンで―――!!」
「アスナに食券五枚!!」
「じゃあアタシはいいんちょに十枚賭けるにゃ〜」
「僕なんて! どうせ僕なんて!!」
私のミスで出来たこの魔窟を、どうやって収めるか、ということ。


――――――始まりは、なんてことはない食後の風景だった


午後6:30。やや早めの食事を終えて団欒の時間を迎えた頃、おもむろに玄関のチャイムが鳴った。
「はい、どなたですか…………ってこのちゃん」
「や、せっちゃん」
玄関の扉を開けてすぐ目に飛び込んで来たのはこのちゃんの姿。
相も変わらずほややんとした表情を顔に浮かべている。
「今日ヒマなんよ。あがってもええ?」
「あ――、え〜っと…………まぁ、いい、とは思います、が………」
「?? 変なせっちゃん…………ま、ええわ。ほな上がらしてもらうな」
そう言ってこのちゃんは、私の横をスルリと抜けて部屋の中へと入っていった。


私が裏の仕事を辞めてからというもの、夜に龍宮が外出する回数はめっきり少なくなった。
それ即ち依頼の減少を意味する訳で。
もともとチームでやっていた仕事だ、片方がリタイヤしてしまったのなら依頼が減るのも当然と言えば当然のコトかもしれない。
37-155 名前:絶望の淵から・閑話[sage] 投稿日:2006/08/30(水) 22:32:33 ID:???
――――これは、余談だが。
『入り』が少なくなったので龍宮に金は大丈夫かと聞いたところ、無言で通帳を差し出された。
そこには0が軽く7個ほど並んでいた。………見なかった事にした。
――閑話休題。つまるところそれで彼女がどうなったかというと

「………ん? ああ、近衛か」

――夜は自室で、だらだらと学生らしい休日を送ってらっしゃるわけです。
「うわぁ…………」
このちゃんが声をあげる。そりゃそうだ、私だってさっきまで何とかして欲しいと思っていた。
パンツ一丁にタンクトップ。テレビの前に寝転り、座布団を枕代わりにして片手には缶ビール、空いた手の先には柿ピー、と完全なオッサン装備だ。
……………訂正、やっぱりこいつは学生らしくない。
「…………龍宮、ブラジャーを着けてズボンを履いてくれ」
「面倒臭い。減るものでもないし別に構わんだろう?」
「………こっちは色々と減るんだ」
具体的には私とこのちゃんの神経が。
皆まで言うな。どうせ私はまな板洗濯板だよコンチクショー。
「………ふむ。そこまで言うなら仕方がないな。着替えてくる。先に飲んでろ」
まだ空けていないビールの缶をこのちゃんに手渡し、勝ち誇ったような笑みを浮かべたまま龍宮は居間から出て行った。
………あぁ、何かもんの凄く腹が立つ。

―――――――これが私の最初のミス。このちゃんに酒を手渡させてしまった事。

「ったくあいつは…………」
先にもう飲み始めているこのちゃんの横に座り、私も缶を手に取る。
あまり酒は好きではないが、今日ぐらいは良いだろう。せっかくこのちゃんも来ている事だし。
「んぐ………………薄いな、これ」
ビールにしてはやけに味が薄い。炭酸も入ってないようだしほとんど水の様だ。
安物でも仕入れてきたのか?
37-156 名前:絶望の淵から・閑話[sage] 投稿日:2006/08/30(水) 22:34:02 ID:???
「せっちゃん…………」
「ん? どうしたん? このちゃん」
「あっつい……………」
蕩けるような声を出して私に擦り寄ってくるこのちゃん。
そしていそいそと服を脱ぎ……………ってええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?
「ちょ!? このちゃんいきなり何を…………」
「体が火照って…………あつい……」
駄目だ、目が据わってる。私の言葉なんて届いちゃいない。
――――おかしい。
いくらこのちゃんが酒に弱いと言ったって、たった一口あの水みたいなビールをちょっと飲んだだけでこんなに………ビール?
とっさに思いついて、テーブルに置かれていた缶を手に取る。
「………やっぱり」
その缶のラベルに書かれていた言葉は、

『アルコール度数、飲食者の気、魔力に比例。新世代の超麦酒、火蜥蜴(サラマンダー)』

『普通の酒なんて水みたいなものだ』
いつぞやそう言って龍宮がどこからか仕入れてきた酒。それがこれ。
どういう仕組みかは知らないが、書いてある通りこれのアルコール度数は飲んだ者の気や魔力に比例する。
それを文字通り桁違いの魔力を持つこのちゃんが飲めば――――――

―――――ゾクリ

瞬間、全身の毛が逆立った。
――いる。間違いなく何かヨクナイ生物(ナマモノ)が後ろにいる。
直感した。このままここに居たら私は喰われる。
そりゃもう懐かしの「汚れちゃった…………」とかを言うしかないぐらいメッタメタのグッチャグチャにされる。
――――そんな思考を巡らせる時間が、命取りだった。

「せ〜っちゃ〜〜〜〜ん!!」
37-157 名前:絶望の淵から・閑話[sage] 投稿日:2006/08/30(水) 22:35:17 ID:???
無残にも私は、後ろから肉食獣(このちゃん)に押し倒されてしまった。
「えへへへへ………せっちゃん、エエコトしような………」
――目が、完全にイっていた。
形容するなら発情期のネコ。兎にも角にも私を犯す事しか考えていない色に染まった目。
このちゃん、酒乱やったんやね…………。
「駄目…………アカンて!!」
「ええやないの別に減るもんやないし」
どこかの誰かと全く同じセリフを吐いて容赦なく襲い掛かってくるこのちゃん。
抵抗できない。本当なら素でも私の方が力が強いはずなのに、何故かこのちゃんに押さえつけられている。酔っぱらいの底力?
………助けを呼ばないと。
かといって龍宮に頼んだら、面白がって放置されて酒の肴にされるのがオチ。
この年でストリップショーの経験をするのなんてまっぴらごめんだ。
と、なると…………
転がっていた私のケータイを引っつかみ、履歴の一番上の相手に電話する。


プルルルルルル

お願い、早く繋がって…………

ガチャ

『はい、ネギです。どうしました??』
「ね、ネギ先生!! 助、助け………」
『刹那さん?』
「このちゃ……そっ、駄目! アカンて………」
『刹那さん!? せつなさーん!?』
「へ、部屋……ひぁ……助け………助けてぇぇぇぇぇぇ!!」
『お部屋ですね!? すぐに行きます!!』
37-158 名前:絶望の淵から・閑話[sage] 投稿日:2006/08/30(水) 22:35:49 ID:???


―――――これが、私の二つ目のミス。電話する相手はよく考えて選ぶべきだった。


そこから先はさながら嵐の様だった。
ネギ先生が助けに来たは良いが私とこのちゃんの状態に赤面してしまって何も出来ず、結局アスナさんに助けを求める羽目になり。
アスナさんを呼びに行ったネギ先生の様子を見て何を勘違いしたのかいいんちょさんが憑いて来て(誤字に非ず)。
で、いつも通りアスナさんと口論になって、そのまま何故か飲み比べになり。
それを聞きつけた隣室、そのまた隣室の人たちがやって来てこれまたいつも通りトトカルチョを始め、それを止めようとしたネギ先生が酒を飲まされて泥酔し、そして、今に至る。
改築していて他の部屋よりは大分広いリビングは、いまや3-Aの面子で寿司詰め状態。いつの間にやら宴会場へと変わり果てていた。
―――ちなみにこのちゃんの悪酔いはアスナさんがハリセンで一発はたいたらすぐに抜けた。どうやら魔術的な何かだったらしい。
「相変わらずデタラメだな、この連中は」
着替え終わってちびりちびりと酒を飲んでいた龍宮が、声をかけてくる。
飲んでいるのは普通の酒だ。これだけ一般人がいる中では、さすがにアレを飲むわけにはいかないからだろう。…………いい気味だ。
「…………同感だ。後片付けが大変だぞ、これ」
眼前に横たわるは阿鼻叫喚の地獄絵図。
散らばったお菓子につまみに空き缶の山。ついでに倒れたグラス、と。
ああ、明日カーペットをクリーニングに出さないと。

「まぁ、な。でも…………たまにはこういうのもいいんじゃないか?」
37-159 名前:絶望の淵から・閑話[sage] 投稿日:2006/08/30(水) 22:36:51 ID:???
「――――――は?」
―――― 一瞬、呆気に取られて言葉が出なかった。
「………どうした? 狐に摘まれた様な顔して」
「いや、お前こういうのあんまり好きじゃなかったような…………」
というか寧ろ龍宮はこういう馬鹿騒ぎを避けていたようなきらいさえある。
基本的にお祭り騒ぎには不参加で興味を示さず、冷めた態度で突っぱねる。そういうスタンスだったはずだ。
「………人は変わる生き物さ、刹那。お前だってそうだろう―――――」
言って、龍宮は立ち上がる。

「――――――だから私も、変わってみようと思ってね」

そこに、どんな思いがあったのか。
軽く微笑む龍宮の姿が、酷く綺麗なものに見えた。


「さあさぁ〜〜〜!! チャレンジャーいないか〜〜〜!?」
胴元の朝倉さんの声だ。
知らない間にさっきの二人はダウンして、賭けの対象は早飲み対決に変わっていた。
待ち構えるのは酒豪・柿崎さん。
既に三人相手に対戦しているにも関わらず、こんなもんハンデにもならんわとでも言いたげに、挑戦者を待っている間にもガンガン酒を飲んでいる。
「私が行こう」
某映画のモーセが杖をかざしたシーンの如く、声に反応して人の海が割れていく。
その間を通るのは龍宮。なんか無駄に荘厳な雰囲気だ。
「おっ、たつみー珍しいじゃん」
バンバンと龍宮の背中を叩く朝倉さん。
あ………その辺にしといた方が。後が恐いですよ。
「何、一匹天狗が居るようなのでね。退治に来ただけさ」
「へぇ…………なかなか言うじゃない」
ごごごとSEを響かせて両者が相対する。
なぜだ。二人の後ろに龍と虎が見える。
37-160 名前:絶望の淵から・閑話[sage] 投稿日:2006/08/30(水) 22:40:01 ID:???
「いいぞタツミー!! やっちゃえ――!!」
「負けるな美砂――!!」
「たつみーに十枚!!」
「美砂に二十枚!!!」

普段参加しない面子が参加したからか、場のテンションもうなぎ登り。
固定化しつつあったオッズが、徐々にバランスを取り戻し始めた。

「それではお二人さんよろしいかな〜〜〜?」

震えるほどヒートになった空間に、朝倉さんの能天気な声が響く。
………あの二人の間に平気で入っていけるあなたの根性に乾杯。

「いつでもどうぞ」
「こっちもOKだ」


「それではレディー…………」


「Go!!」

――――紫の虎と、黒い龍が激突した。

こうして、麻帆良の夜は更けていく。
勝負が終わった後、柿崎さんと龍宮の間に妙な友情が芽生えたのは、また別のお話。

                                        終

閑話 桃源の夢

37-424 名前:絶望の淵から・閑話[sage] 投稿日:2006/09/07(木) 21:49:39 ID:???
閑話 桃源の夢


―――――――夢を、見ている。



一歩踏み出す度にぞぶ、ぞぶ、と足が泥に埋まっていく。
気色の悪い感触に耐えながら、ぬかるんだ地面に滑らないように洞窟の壁に手を掛けて、一歩一歩確実に進んでいく。


―――――――わからない。私はどこへ向かって歩いているのだろう。



「――――生き汚いな」



後ろから、声がかけられた。
振り向けば、幼い少女の姿。
髪を長く伸ばし、顔の横で二つにまとめて―――――あぁ、あれは。

「散々他人を踏みつけておいて、今更人間らしい生き方を? しかも他人に頼って??」

少女は視線と、言葉に憎しみを込めて私を糾弾する。
呪詛にも似た呟きは、しかし真実それなのだろう。紡がれる音の一つ一つが、私に死ね、と語りかけてくる。
『彼女』がそうするのも当たり前だ。『彼女』は他の誰よりも私を知り、憎んでいる。こんな生き方しかできなかった『私』を。
37-425 名前:絶望の淵から・閑話[sage] 投稿日:2006/09/07(木) 21:50:46 ID:???

「マナ。お前は――――否、私達はそんな事はしちゃあいけない。血を啜って死に塗れ、ドブ底の中で息絶える。それだけが私達に許された生き方だろう?」

――――そんな事は
                                     ・・・・・・・・・・・・・・
「無い? ハ、それこそありえない。それに仮にできたとしても――――どの道、お前はもうマトモには戻れない」

――――違う、それは

「何が違うんだ、マナ?」



「―――――――見ろ、これがお前のしてきたコトだ」



―――――――突然
暗い洞窟の中に、光が差し込んだ。
灯りに照らされて、闇が消えていく。


そして―――――『洞窟だと思っていたモノ』が『本当の姿』を現した。

37-426 名前:絶望の淵から・閑話[sage] 投稿日:2006/09/07(木) 21:51:42 ID:???

人、人
人、人、人
人、ひと、ヒト、人、ひト
人、ひと、ヒト、人、ひト、人、ひと、ヒト、人、ひト、人、ひと、ヒト、人、ひト、人、ひと、ヒト、人
人、ひと、ヒト、人、ひト、人、ひと、ヒト、人、ひト、人、ひと、ヒト、人、ひト、人、ひと、ヒト、人――――――


おびただしい数の人間だったモノの残骸。

昔、私が時には嬉々として、時には泣き叫びながら狩った生き物の骸。


私が壁だと思っていたのは、かつて生きていた誰かの頭で、


私が泥だと思っていたのは、かつて生きていた誰かの血と肉だった。


――――         、

「ほらどうだ? 感想を言ってみろ」

――――         、あ

「言えないだろうな、幸せに浸ってるお前には」

37-427 名前:絶望の淵から・閑話[sage] 投稿日:2006/09/07(木) 21:52:53 ID:???

――――        あ、あ

「分かっていたんだろう? 退魔の仕事をしたって、お前のしてきた事の罪滅ぼしにはならない」

――――ああああ    あああ

「例えそれが生きるためにした事だったとしても――――――どうあってもお前は人■しだ」

――――あああああああああああ



「いまさら逃げるなよ、■人鬼」



あ゛あ゛あああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
37-428 名前:絶望の淵から・閑話[sage] 投稿日:2006/09/07(木) 21:55:25 ID:???



――――――そこで、目が覚めた。




「っハ、  あ゛………」
心臓が早鐘を打っている。
どくどくと、鬱陶しいほど早く血を体に流している。
胸が苦しい。見えない何かが体の中にいて、心臓を鷲掴みにしているようだ。
「―――――――ッづ―――――」
――――― 一瞬。
夢の中のあの光景が、フラッシュバックしてきた。
真紅に染まった、死の洞窟。
思い出すだけで吐き気がする。
「う……………………」
洗面所へと駆け込む。

そして、ためらう事無く、吐いた。
37-429 名前:絶望の淵から・閑話[sage] 投稿日:2006/09/07(木) 21:57:24 ID:???

「っはあ゛…………………」
どさりとくず折れる。
胃の中はもう空。胃液すら出しつくした。
吐きすぎで喉が傷つき、吐いたものに血が混じっていた。
「はぁ………はぁ………………」
中の物を全て出しても、未だ吐き気は収まらない。
それはただの肉体的な原因ではなく精神的な――――おそらく自己嫌悪だろう――――原因による吐き気だった。
「…………………何を、今更」
吹っ切ったはずなのに。
彼を亡くしたあの日、忘れて生きると決めたのに。
何故今頃になって思い出したのだろう。
「……………救えないな、私も」
どこまで行こうと、救われない。
奪った命は還らず、失った純潔は戻ってこない。人を手に掛けたその時点で、この体は穢れてしまった。
例え『身体』が綺麗でも、私の『体』は血で穢れている。
「お前はもう、マトモには戻れない、か………」
その通りだ。まったくあの少女の言葉はいちいち的を射過ぎている。
もし。もし歴史を変えられたとしても、やはり私は救われないのだ。
ここに今、こうして存在する私は、どうあっても変えられないのだから。
そして犯した罪は、決して消える事はない。
―――――やはり、自分の事は自分が一番良く知っているのだろう。


ああ、まったく
本当に、救えない

37-430 名前:絶望の淵から・閑話[sage] 投稿日:2006/09/07(木) 21:58:50 ID:???


「―――――龍宮」


いつからそこに居たのか。
声に応じて顔を上げたその先には、月光を背にした影が立っていた。

「………どうしたんだ。顔が真っ青だぞ」
不安げに顔を曇らせ、刹那は私の顔を覗き込んでくる。
………夜目が効き過ぎるというのも考え物だ。見えなくていい物も、見られたくない物も全て見えてしまう。
「………いい、大丈夫だ」
「嘘をつくな。どこからどうみ「いいから、放って、おいて、くれ」
いけないとアタマで理解していても、冷たくあしらってしまう。
これは八つ当たりだ。
クソッタレた自分に腹を立てて、刹那に当り散らしている。

―――――なんて、汚い

「………すまん。今は話しかけないでくれ。何をするかわからんぞ」
「………分かった」
そう言って刹那は、私の隣に腰を下ろした。
「……お前、話聞いてたか?」
「聞いてたさ。話しかけないから隣に居る。このまま放っておけるか」
窓の外に顔を向けたまま、ぶっきらぼうに言い捨てる。
……取り付くしまもない。
「チッ………好きにしろ」
「ああ、そうする」

その不器用な優しさが、酷く心に染みた。
37-431 名前:絶望の淵から・閑話[sage] 投稿日:2006/09/07(木) 21:59:55 ID:???
「――――――悪かったな、さっきは」
しばらく経って、ようやく話をする余裕ができた。
「気にするな。誰だってそういう時はある。それで? 一体どうしたんだ?」

―――――――それは。

言える筈が無い。
過去の記憶が創りだした自責の幻想。それがあの夢だ。
夢の内容を伝えれば、きっと刹那は、私が何をしてきたか勘付くだろう。
私がただの仕事屋ではなく、生きる為にあらゆる非道を働いてきた下衆だという事を。
それだけは、知られてはいけない。
刹那は綺麗だ。本人が思っている以上に、ずっと。
心は常に真っ直ぐで、私には眩しい程に正しい。
私は、その光に群がる蛾のようなモノ。
美しく、正しく、綺麗だったから憧れた。
どんなに足掻いても取り戻せないものを全て持っていたからこそ、手に入れたいと願った。

――――思えばそれは、私自身の汚れを、刹那という光で覆い隠すためだったのかもしれない。


刹那は、その在り方故に汚れを嫌う。
ならばどうして――――――彼女に真実を告げられるだろう。
37-432 名前:絶望の淵から・閑話[sage] 投稿日:2006/09/07(木) 22:00:53 ID:???
「………何、少し寝つきが悪かっただけさ。もう大丈夫だ」
だから、また嘘をついた。言外にこれ以上踏み込むなと告げた。彼女と、自分を守るために。
刹那は綺麗なままでいい。この闇を背負うのは私一人で十分だ。そしてなにより―――――刹那に嫌われたくない。
「―――――そうか」
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、刹那はそれ以上追求しては来なかった。




「―――――月」



唐突に。
ポツリと、何か言いようの無い感情を込めて刹那は呟いた。

「月?」

言葉に誘われて窓の外の空を見上げる。

目に写る、光円。

夜闇の只中に、ぞっとするほどの存在感を示しながら、それは浮かんでいた。
凍れる音楽。古人の言葉を借りるなら、それが一番適切な表現だろう。
美しく、尊い。
―――今の私には、その存在が、あまりにも痛かった。
37-433 名前:絶望の淵から・閑話[sage] 投稿日:2006/09/07(木) 22:01:55 ID:???

「綺麗だな」

刹那が続ける。
私は、答えない。


「―――なぁ、龍宮」

赤子をあやす母親のように。
優しく、優しく刹那は呟いた。


「お前が何に悩んでるのかは分からない。でも――――これだけは言っておく」


「――――そんなに、強くあろうとしなくてもいい」


―――――その言葉に、どれだけの思いが込められていたのか
その思いに、傷だらけの心が少し癒された気がした。


―――それは、いつか覚める桃源の夢。たった一時の救い。


それでも私は、今はこの夢にすがろうと、思う。

                                   終

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最終更新:2007年07月29日 02:33