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29-416 名前:絶望の淵から[sage] 投稿日:2006/04/17(月) 00:51:42 ID:???






「あれ? 龍宮さん? こんな時間にどないしたん?」
チャイムに反応して出てきたのは近衛。
この時間帯なら神楽坂はバイト、ネギ先生はクーと修行。
あの二人ならば刹那の事を思い遣って、あえていつも通りに行動するだろうとあたりは付けていたが、どうやらその通りだったらしい。部屋の中に人の気配は感じられなかった。
「…………話がある」
「………………ん、分かった。入り」
私の様子からただならぬものを感じ取ったのか、その場で深くは追求せずに部屋の中に入れてくれた。
正直有難い。これから話すのは、何処で誰が聞いているとも分からない廊下ではあまりしたくない話題だ。
 先に入った近衛は、キッチンに行ってなにやら準備している。私は、座って待つ事にした。
「何飲むん? コーヒーがええ? それともお茶?」
「………コーヒーを貰おう」
「……ちょっと待っとってな」
コポコポと湯を入れる音が響く。
すぐにコーヒーの香りが漂ってきた。
「ミルクは?」
「ブラックで頼む」
「………ほい。できたえ」
29-417 名前:絶望の淵から[sage] 投稿日:2006/04/17(月) 00:52:53 ID:???
私にマグを手渡し、椅子に腰掛ける近衛。
テーブルを挟んで私と近衛が向かい合う形になった。
――お互い黙ったまま時が過ぎていく。
実に、嫌な空気。
上手い話の切り出し方が思いつかない。
部屋を出る前に覚悟は決めてきたが、やはりこういう事は話しづらい。
その上私は口下手だ。まったく関係の無い話題から主題に帰結する技量など持ち合わせていない。
そうして、私が頭を悩ます事五分。沈黙に耐え切れなくなったのか、先に近衛が口を開いた。
「…………それで、今日は突然どうしたん?」
来た。
……答えるしか、無い。もとよりこの部屋に来たのはそれを告げるのが目的。
後は野となれ山となれ―――そう自分に言い聞かせて、答えた。
「……………………………刹那を、抱いたよ」





「…………………ほっか」
近衛はたった一言だけそう呟くと、後は黙ってしまった。
ショックで卒倒するとか、呆然として廃人同然になるとか、烈火の如く怒りだして包丁を投げてくるとか。そういう展開を予想していたのだが。
だというのに、この沈黙は何なのだろう。呆然自失という訳ではなく、自分の意識を保ったまま、私の言葉を受け止めた上で近衛は黙っている。
まるでそれが、なんでもない事であるかのように。
完全に、予想外。おおよそ私の知っている『近衛木乃香』の反応からかけ離れている。
29-418 名前:絶望の淵から[sage] 投稿日:2006/04/17(月) 00:53:38 ID:???
「……驚いたな。何も言わないのか」
「何も不思議な事はあらへん。いつかはこうなるんやないか、ってずっと思っとった。………それに昨日、せっちゃんも龍宮さんも休んだやろ? なんとなく、それで……な」
そこまで言って近衛は言葉を切る。
わからない。
近衛にとって間違いなく一大事のはずの、私と刹那が関係を持ったという事実。
それを何故、受け流せるのだろう。
「わからんな。何故そう思った? 何故お前はそうやって何でも無い事の様にしていられる?」
「…………………………入学式の日の事、覚えとる?」
「………あぁ。確かあの日は……」
「ウチが喜び勇んでせっちゃんに話しかけて、見事に突き放された日」
「…………自分でそれを言うか」
「…………しょうがないやん。事実なんやし」
近衛はそう言ってぷー、とむくれる。
先ほどまでの気まずさが嘘のように、ごく自然に会話が進んでいく。
「………ほんでその後せっちゃんはすぐに龍宮さんの所へ行ってもうて、ウチは寂しく一人取り残されたんや」
「あぁ、確かにそうだったな………あの時の近衛の顔は、とても見れた物じゃ無かった」
「………なかなか酷い事言うてくれるなぁ」
「根性が根元からひん曲がっているからな。こんな言い方しか出来ん」
「……ふふっ。面白い事も言うんやね」
くすり、と嬉しそうに微笑む近衛。
――――私には理解できない。
何故、その笑みを私に向ける事ができるのか。
自身の恋人を寝取った人間にどうしてそんな笑みを浮かべたまま、話ができるのか。
29-419 名前:絶望の淵から[sage] 投稿日:2006/04/17(月) 00:55:37 ID:???
「近衛………そろそろ本題に入ってくれないか」
「あ〜スマンスマン。話が逸れてもうた……ほんでな、この間までウチとせっちゃんはほとんど話もできひんかった。やのに、せっちゃんは龍宮さんとは話しとったやんか………せやからウチ、本気で落ち込んだんよ。ウチせっちゃんに嫌われてまったんかな〜、って………それに、龍宮さんが憎かった。ウチからせっちゃんを奪ってった龍宮さんが、ホンマに憎かった」
近衛の顔から笑みが消える。
大切な人を失うというのは、それがどんな形であれ恐ろしいものだ。その原因と言ってもいい私に憎悪を抱くのは、何らおかしな事ではない。
――――だがそれは矛盾している。私に憎悪を抱いているのなら、こんな風に話せる筈が無い。
「……そんでな、そん時分かったんよ。大事な人を取られるんがどんだけ辛いんか」
――――そうだ。それか、それに近い体験をしたら、皆それを思い知らされる
「せやから、ウチは決めたんよ。せっちゃんがウチの事見てくれてるだけでええ――――ウチの事見ててくれさえすれば、他の誰を見とってもええ」
――――あぁ、なんだ
「そう思ったらな、龍宮さんの事憎くもなんとも無くなったんよ。ただ…せっちゃんがウチを見てくれんのだけは悲しかった。せやけど、ウチは修学旅行でせっちゃんと仲直りできたやんか。………せやからウチはもう、なんの不満も無い。龍宮さんとせっちゃんがどうなっても、せっちゃんがウチの事忘れんどってくれたら何も言わへんよ………せっちゃんは優しいから、困ってる人を見たらほっとかへんしな」
――――そういうことか――――――――
「………………ふ」
「………龍宮さん?」
「…………刹那が近衛を好きになった理由が分かったよ」
私では、一生たどり着く事のできない境地に、近衛は到達している。
自己犠牲ではなくて共存。それは最も辛く、険しい道。
それを選択できる勇気が私には無く、近衛にはある。
相手が自分の事しか考えていない人物ならば、攻撃されもするだろう。罵詈雑言を浴びせられ、一方的に叩かれる事もあるだろう。
だが近衛はそれを承知の上で、何度傷つけられようと相手と分かり合う努力をする道を選んだ。
29-420 名前:絶望の淵から[sage] 投稿日:2006/04/17(月) 00:59:39 ID:???
――――私には、真似できない。
今日この部屋へ来たのも、宣戦布告をする為だった。
自己を犠牲にする事をやめ、争う決意を表明する………それが目的だった。
だが、それももう無意味な事。近衛に争う気が無いというのなら、そもそも勝負自体がなりたたない。
――――私は近衛には敵わないのだ。刹那が自分を見ていてくれさえすれば、それで構わないなんて発想、そもそも思い付かなかったのだから。
「? なんやよう分からんなぁ……。あ、それと………なんでせっちゃんと龍宮さんがこうなる事が分かったかやけど………龍宮さん、せっちゃん以外の皆とあんまり話さへんやんか。せやから、ウチがせっちゃんの事を取ってしもたら一人っきりになってしまうんや無いかと思っとったんよ。やから、もし本当にそうやったら、いつかはこうなるんやないかな〜、て思っとった」
図星だ。
私は一人になるのを恐怖した。だから逆に自分を切り捨てる事で悲劇のヒロインを気取ろうとした。
それならば、まだ孤独にも耐えられるから。自分が被害者だと思い込めば、他者を加害者だと思い込めば耐えられるから。
「…………ゴメンな」
「…………は?」
「もっと早く龍宮さんと話せば良かった。ウチはせっちゃんを独り占めする気なんか無いって、伝えられれば良かった。そうすれば龍宮さん、そんなに苦しまんで済んだやろ?」
「何を…………」
「だって龍宮さん、めちゃめちゃ苦しそうな顔してるえ? さっきウチにせっちゃんとの事話す時なんか、泣きそうやったし」
29-421 名前:絶望の淵から[sage] 投稿日:2006/04/17(月) 01:00:26 ID:???
「……私がか?」
そんな筈は無い。刹那ならまだしも、他の誰かに表情を読み取られるはずが―――
「龍宮さんはウチに罪悪感を感じてるんとちゃうん?」
――――それは、
「せっちゃんと寝たことで、ウチとせっちゃんの関係が壊れへんか気にしてるんやろ?」
――――確かにその通りだ。
「やから、ゴメン。うちがはよ言わんかったせいで、そんな思いをさせてゴメンな。………それだけやない。ウチとせっちゃんが仲直りしてから、ずっと龍宮さんが寂しい思いをしとったって分かっとったのに、放って置いて、ゴメンな」
懺悔をする咎人のごとく、頭を垂れる近衛。
それが、同情から来る行動でないのは明らかだった。
本心からの言葉。昨日刹那が私の問いに答えた時と同じ、真剣で、嘘偽りの無い、真っ直ぐな言葉。
だからこそ、私の胸に深く響いた。
「…………ウチを、許してくれる? ウチの友達になってくれる?」
――――まったく、敵わない。この期に及んでこんな事を言うか。これでは、刹那でなくても心を奪われてしまう。
「あぁ――もちろんだ」
そうして、私にもう一人、かけがえの無い友人が増えた。
32-745 名前:絶望の淵から[sage] 投稿日:2006/05/28(日) 13:56:35 ID:???





―――状況を整理してみよう。何事もチャレンジが大切だ、とは師匠の談だ。やってみればできるかもしれない。
私の名前は桜咲刹那。花もうらやむ十四の乙女だ。
ちょっと前までは、人並み外れた力を持っていたりもした。
で、既に恋人(同性)がいるのに親友(同じく同性)と一線を越えてしまって、これからどうしたものか考え中である。
私は、どうするのか。
もちろん最終的には、お嬢様と龍宮に分かり合ってもらうつもりだ。それは、決定事項。変えるつもりなどカケラも在りはしない。
しかしその過程が問題だ。事が事なだけに、下手をすると一触即発トロトロの三角関係コースに直行してしまう。
まさに、茨の道。容易な事ではあるまい。ひょっとしたら一般人が学園長を倒すのよりも難しいかもしれない。
……………難しい、はずなのだが。
「あ〜! せっちゃんや〜!! おはようさ〜ん!」
「ん? あぁ。起きたのか」
なんでその二人が仲良く一緒に朝食を作ってイヤガリマスカ?
――――師匠、やっぱり私の脳みそでは、この状況は整理できません――――





32-746 名前:絶望の淵から[sage] 投稿日:2006/05/28(日) 13:57:48 ID:???
ぐしゃ
「……む、潰れた」
「またぁ? ホンマに不器用なんやなぁたつみーは…………貸してみ。ウチがやったげる」
「………うるさい。卵ぐらい一人で割れる。ほら、こうやって………」
ぐしゃ
「……こうやって?」
「くっ………仕方ない。頼む、近衛」
「ん。ほな、たつみーは野菜洗っとってな」
「了解した。任せろ」
……………なんだろうこの不思議空間。
木乃香お嬢様と龍宮が並んで料理を作っている。
いや、正確にはお嬢様が料理を作っているのを龍宮が妨害していると表現するべきなのだろう。が、それでも当人達の意識上では恐らく『共同作業』として認識されているはずだ。
一体どういうことだ、これは。私が寝ている間に何があった。
皆目見当も付かない。何がどうしてどうなったらこうなるのか。私の常識の範疇では説明ができない。
――では非常識な方法か?
そう、例えば――
龍宮がお嬢様をその溢れる精力で手篭めにし「刹那、お前何か不謹慎な事を考えていないか?」
「……いや、そんなことは、これっぽちも」
「そうか………ならいいんだが」
何処のエスパーだお前は。
「伊藤だ」
「は!?」
「……いや、なんでもない」
……なんだか一気に考える気が失せてしまった。とりあえず今は、何も考えずに朝食の完成を待つとしよう。
ぐしゃ
「……む、潰れた」
「野菜も!?」
…………無事に完成するといいが。がんばれ、このちゃん。
32-748 名前:絶望の淵から[sage] 投稿日:2006/05/28(日) 13:58:49 ID:???



「できたえ〜〜」
はんなり能天気な木乃香お嬢様の声が部屋に響いた。
テーブルに並べられるのはサラダにオムレツ、それにトースト。
この程度のメニュー、しかも二人分しかないのにも関わらず、一時間近くかかったのはひとえに龍宮の手腕によるものだろう。爆発音までしていたし。
それはさておいて。
無事全部完成した事だし、そろそろ本題に入るべきだろう。後回しにしていては、気になって朝食など食べられない。
「……龍宮。説明を頼む」
「………見て分からんか? 朝食だ」
龍宮はもんの凄くイイ笑顔―――例えるならどこぞの赤い弓兵の最期のような―――でそんな事を返してくれやがりました。
……なんかもう頭が痛くなってきた。この天上天下唯我独尊尊大バカは間違いなく私の質問の意図を理解した上でこれをやっている。
でなければこんな腹が立つほどシニカルな笑みを浮かべられるものか。天然でもあるまいし。
こんな奴に一番いい対処法は、
「………どうしてこういう事になってるんでしょうか。木乃香お嬢様」
「無視!?」
うん、その通り。
「あんなせっちゃん。ウチ、たつみーからせっちゃんとの事聞いたんよ」
「え…………本当に!?」
「本当だ。今朝、私が近衛の部屋に行って………」
「と、いう事は昨日の事も?」
「おーい刹那ー。聞いてるかー?」
「うん。ぜんぶ聞いたで」
「そうですか………」
「…………刹那〜」
32-749 名前:絶望の淵から[sage] 投稿日:2006/05/28(日) 13:59:55 ID:???
「………木乃香お嬢様。結果として私は貴女を裏切ってしまった。………申し訳ありません」
頭を、深く下げる。
謝って許される事ではない。それは知っている。
―――どっち付かずな優しさは、両方を傷つける。それは変わらぬ真理。
それを知りながら私は抗う事無く龍宮に抱かれた。これ以上龍宮を傷つけたくなかったから。
矛盾している。
私が二人を傷つけたくないが故に、二人にとって最も辛い選択をしている。
それは、私のエゴだ。どうしようないくらい独りよがりな考え。
自らの手を汚したくないから、二人に負債を押し付けた。
『私には龍宮と縁を切る事はできない。でも、このちゃんとも別れたくない』
それはなんて都合のいい言い分だろう。
糾弾されてしかるべきだ。
軽蔑されても仕方ない。
それでも曲げる訳にはいかない。本心を偽る事はできないから。
―――だから、せめて精一杯の誠意は示しておきたかった。
「せっちゃんの………ばかああぁぁぁぁぁあぁぁっ!!!!」
誠意を示した結果――お嬢様の叫びと同時に、ヨクワカラナイスピードでナニカが私に向かって放たれた。
振り下ろされたソレは爆発的な衝撃を頭部に伝え、その中身を揺らした―――
簡単に言うと、思いっきりハンマーで頭を殴られました、まる。
……師匠、早くも心がくじけそうです。
「ふぅ。久々にええのが出せたわ」
やんちゃなお嬢様は大変ご満足していらっしゃるようです。
ワーイウレシイナー。
……痛い、色々と。
32-750 名前:絶望の淵から[sage] 投稿日:2006/05/28(日) 14:02:02 ID:???
「…………で、せっちゃんは何をしたん?」
「へ?」
「謝るんやからなんか悪い事したんやろ? 話してみ? お仕置きはもう済んだんやし」
あーた、それは。
「こ、このちゃん?」
「ん? 何?」
「ひょっとして、怒ってないん?」
「………………何を?」
いや、だから。
「…………龍宮と寝た事」
「んー? 別に怒ってへんよ?」
「ほな聞くけど……ウチと龍宮がこれから仲良うしてもええの?」
「ウチの事仲間外れにせんのやったらかまへんよ。たつみーもウチとせっちゃんの事認めてくらはったし」
――――ここでもう一度トライしてみよう。現状整理だ。
1、目の前で良い香りを上げるちょっと焦げたオムレツとトースト、それになんだか歪な形の野菜のサラダmade by龍宮andこのちゃん
2、部屋の隅でいじけて[の]の字を指で書いている龍宮。私とこのちゃんの付き合いをオーケーしたらしい。
3、ニコニコしながら私の次の言葉を待っているこのちゃん。私と龍宮の浮気(?)は別に怒っていない(本人談)。その上お付き合い公認宣言まで出た。
――――ごめん、やっぱり無理。
いまだに何がなんだかさっぱりだ。むしろ、さっきより混沌としてきている。
頭真っ白外は雪。嘘。今は夏です。蝉の鳴き声が鬱陶しい。
夏、夏と言えば海。青い海、白い砂浜、黒い洋館、怪しい老婆、赤い肉屋―――
………落ち着け私。電波を受信してどうする。
冷静に冷静に……クールダウーン、オーケー?
32-751 名前:絶望の淵から[sage] 投稿日:2006/05/28(日) 14:04:07 ID:???

……
………
…………
……………
………………
…………………
……………………
………………………よし、落ち着いた。
―――とりあえず一つだけは分かった。
この二人は、お互いの事情を解した上で、自らの意思でここに居る。分からない事だらけでも、それだけは確か。
どうやら二人は、私の知らない間に友人になってしまったらしい。
奇跡というのは案外簡単に起こる物のようだ。茨の道のはずが、寝て起きたら願いが叶ってしまった。
「はは……」
さっき殴られた所を触ってみる。
タンコブがある。痛い。夢ではなさそうだ。
ならこれは、現実。
それならば、
「とりあえず………」
言うべきことがある。
「―――今後とも、宜しく」
こうしてヨクワカラナイ内に―――私達の、ヨクワカラナイ関係がスタートした。











「―――――ふう、ごちそうさま」
約三十分をかけて、刹那と真名は朝食を食べ終えた。
時刻は九時。完全に遅刻だ。
その原因は、食事を始める前に真名を壁から引き剥がさなければならなかったからだ、とだけ言っておこう。意外と彼女はお茶目でナイーブだったようだ。
―――本題に戻ろう
頃合を見計らって、隣のリビングで待っていた木乃香が声をかけた。
「二人とも、ちょっとええ?」
「はい。なんでしょう?」
いまだ不機嫌な真名に変わって刹那が答える。
えもいわれぬ真名のオーラに辟易していた刹那にとって、木乃香の声は蜘蛛の糸にも等しい助けだった。
「あんな、この後一緒に来て欲しい場所があんねやけど」
「……この後、ですか?」
リビングに入りながら訝しげな表情で問い返す刹那。
「うん。おじいちゃんがな、ちょっときて欲しい、て」
「………学園長が、か」
そこでようやく真名が部屋に入ってきた。見れば、三人分のマグを持っている。
真名はそれを二人に手渡しながら、言葉を続ける。
「ふむ……成程。ならば仕方あるまい。何か話したい事でもできたのだろう。断る訳にもいかんな」
そこで言葉を切って、コーヒーをすする真名。
「そうですね………わかりました。行きましょう」
「ほな、決まりやな」
ぱん、と手を叩いて立ち上がり、木乃香はいそいそと出かける支度を始める。
それを見た真名は、マグの中身を一気に飲み干し、同じく準備し始める。
「……………」
「? どうした?」
「いや、苦くないのか?」
「……………………子供」
「うるさい」
まだブラックは、刹那には早かったようだ。








「失礼します」
外と中を隔てていた扉が開かれ、冷気が流れ出す。
クーラーのごうごうという起動音が不自然に良く響いていた。
モダンな雰囲気の部屋に良く合った、凝ったつくりの机。歴代の長達を称えた肖像画が立ち並び荘厳な雰囲気を醸し出している。
学園内に散在する数多の学園長室の一つ――――そこに今、私達は居る。
「おぉ………よう来たの」
声に反応してこちらに振り向いたのは学園長。
相も変わらず好々爺然とした柔らかな物腰で、私達を出迎えた。
「悪いのう突然………病み上がりじゃというのに……」
「……いえ、お気になさらず」
「ほっほ。そう言うてもらえると助かるわい」
言って、嬉しげに目を細めながらその長い髭をしごく学園長。
――――でも。彼は笑っていない。
「さて、と。早速で悪いんじゃが………」
学園長の纏う雰囲気が変わる。
温和な老人の顔は消え、関東を束ねる長が顔を出す。
刻まれたしわはより一層深さを増し、学園長の心中を克明に描き出していた。
迷っている。
言うべきか、言わざるべきか。
もう引き返せないこの期に及んで、長く生きた魔法使いの長老がためらっている。
「………学園長。お願いします」
もう覚悟はできている。何を言われようと構わない。
そんな意味を込めて、私は彼の背中を押した。


「では…………桜咲、刹那君」


――――せつなちゃん、では無く、刹那君。それだけで、彼が何を言わんとしているか分かってしまった。







「本日をもって君は神鳴流を破門。それに伴って木乃香の護衛の任は解任じゃ」









「………そう、ですか」
自分でも驚くほど、私はすんなりと現実を受け止めた。もっとも、頭が事実を事実として理解しただけだが。
――――きっとそれは、わかっていたから。
気づかなかったのではない。考えないようにしていただけ。
幸せな幻想に浸って、目の前にある壁から目を背けていた。
元々私は神鳴流には居てはいけない身の上だ。半妖は妖魔。それ即ち退魔の敵である事を意味する。
それにもかかわらず私が神鳴流を習う事が許されたのは、人に対する害意がなく、かつ私が『魔』を殺すために便利な存在だったから。
半妖だからこそ持ちえた能力と、戦闘の才能。それが無くなった今、私はただ害が無いだけの『化け物』に過ぎない。
役に立たない穢れた身は邪魔なだけだ。そんなものは切り捨てられて当然。

――――そうだと理解しているのに、悔しかった。

「………婿殿や宗家の御姉妹、浦島の御隠居にも出張ってもろうたんじゃが………頭の固い幹部の老人共は動かせなんだ。すまん、この通りじゃ…………」
「お爺ちゃん…………そんな………そんな、なんとかなれへんの!?」
頭を垂れる学園長にお嬢様が叫ぶ。
神鳴流における半妖の破門は、イコールして監禁。力を悪事に使用させない為の措置だ。
もっとも私にはもう力が無いのだからそんな事は意味が無い。しかし、それでもきっと私は監禁されるだろう。
半端者、だから。
「なんとも、ならんだろうな」
叫ぶお嬢様に、恐ろしく冷えきった声がかかる。
「たつみーまで……なんで!? せっちゃんがなんか悪い事したん? ちょっと失敗しただけやんか!! なのに、なのになんでこんな………!」
「その失敗が問題なんだろう。混血を追い出したくてしかたない連中にとってこれは大きなチャンスだ。力が無いなら必要ない。だったら追い出せ、ってな………胸糞の悪い」
淡々と、だがしかし静かな怒りを持って龍宮は語る。
全く持って龍宮の言うとおり。いつだって私は、そうだった。
少しでも失敗をすれば処罰され、出て行けと言われる。
「そんな…………………せっちゃんは、せっちゃんはそれでええの!!? せっかく、せっかく…………」
お嬢様はそこで言葉を切ってもう何も言わなくなった。下を向いて顔を上げようとしない。
「私…………は、」
残りたい。このちゃんと、龍宮と、もっと一緒に居たい。
――でも、私は残れない。
それが掟。私を縛り付ける鎖。
それが混血であるという事。人と決して交わることのできない半端物の宿命。
「ゴメン………なさい。掟、には、従わない、と」
そうとしか、私には言えない。どちらにせよ、結局そうするしか道はないのだから。
どんなに違う結末を願おうと、力ある者の決定には抗えない。

「それでええんか」

「――――え?」
「せつなちゃんは本当にそれでええんか」
学園長が私に問う。それはお前の本心か、と。
―――本心なんて、分かりきっている。
いやだ。別れたくない。一緒にいたい。それは偽る事のできない真の思いだ。
でも、そうだと分かっているからこそ、それを表に出す訳には行かない。
そんな事をしたら、私はきっと思いが強すぎて、ここから大人しく離れられなくなる。
「………………」
だというのに、学園長は私から目を離さない。
魔法でもかけられたように、足が動かない。本当なら今すぐにでも背を向けて逃げ出したいのに、体が言うことを聞かない。
そうしている内にじりじりと私の心の壁は熔かされる。
そんなの酷すぎる。やっとの思いで押しとどめていたのに――
「………………」
もうやめて。おねがいだから、ゆるして。
「………………………………しょう」
この先を言ったら駄目。もう戻れない。
「………………」
やめて――――――――――――
「………………………ないでしょう」


―――そうして、心のダムは崩壊する




           「―――いいわけ、ないでしょうッ!!!!」




耐え切れずに、叫んだ。

「私だってこんな体に生まれたかったわけじゃないのに、なんで、なんでこんな………私は生きていては駄目なんですか!!? やっと、やっと人間として幸せを手にできたと思ったのに…………!!」
悔しくて、辛くて、悲しくて、ただ、叫んだ。心の内に溜まっていた泥を、吐いた。
「なんで…………どうして………!!」
そう、わからない。
なんで自分がこんな目に遭わなくてはならないのか。
半妖だと言う理由だけで、ここまで虐げられなくてはならないのか。
ただひたすら狂ったように『魔』を狩り続けて、『同属』を殺し続けて、痛む自分の心すら殺し続けて、その挙句、何故ゴミのように捨てられなければならないのか。
救われた。友が、私を人と認めてくれて。
誓った。幸福を受け入れ、半妖であることを自覚した上で、『人として』自らの生を全うする事を。
なのに、世界はそれをゆるさない。

―――生きるな。

―――死ね。

―――お前は人間じゃない。

―――箱庭の中で一人で朽ち果てろ。

私は呪う。世界を、人を。
私の居場所も、
やっと見つけた幸せさえも、

―――――――――――――――オマエラハ、ウバッテイクカラ―――――――――――――――

もう、限界だった。
なんで?
どうして?
疑問は恨みになって蓄積し、心を致命的に蝕む。
この痛みを、一体誰が理解できよう。
「よう、言うてくれた………辛かったじゃろう……」
崩れ落ちる私の肩に学園長の手がかかる。
もう振り払う気力すら起きない。心の傷は開ききって、じくじくと全身を蝕んでいる。 痛い。
体も、心も、何もかもが、痛い。
「………残りたいのじゃな??」
「残りたい………です」
私は答える。叶わない望みを、吐き捨てるように。

―――――それを聞いて学園長は柔らかく微笑んで言った。



               「なら、残りなさい」



「!?」
「あっちの頑固ジジイどもはギタギタにのしといてやったわい。今じゃせつなちゃんがこっちに残る事に反対するもんなんぞおりゃあせん………まぁ、それでも破門だけは覆らんかったがのぅ…………」
「…………本当、ですか……?」

「少々てこずったがの。なんとかなったわ」
呵呵と大笑する学園長。
―――私には、ただ、一生この人には敵わないんだろうなぁ、なんてことを呆けた頭で考える事しかできなかった。




ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリカシャ
「…………ん…」
目覚ましを止め、布団の中でもぞもぞと動く。
外はまだ暗い。普通の人は寝ている時間帯だ。
「……………くぁ…………」
一つ大きく伸びをして、のそりと起き上がる。
時刻は四時前。夜明けは、まだ遠い。


―――――――私は、こちらに残る事になった。
それ自体が私の望みだったし、どのみち神鳴流を破門された以上私にいく場所はなかったから。
私の破門によって出た諸々の問題は、既に学園長がほとんど解決してくれていた。
お嬢様の護衛の後任には龍宮が就き、それで『裏』の問題は全て片付いた。
残った問題は、これからの生活の事。
今まで私は、こちらに居る間の生活費を、神鳴流に負担してもらっていた。
しかし、破門されてしまった以上これからは自分でそれを払っていかなければならない。
とはいえ私は所詮一介の中学生。退魔の仕事で築いた蓄えこそあるが、そんなものたかが知れている。
学費と食費とエトセトラ。それだけ全部払えば、三ヶ月もしないうちに全部吹き飛んでしまう。完全な手詰まりだった。
そんな私を救ってくれたのは、やはり学園長。
「それぐらいワシに任せておきなさい。ちょうど金の使い道にこまっとった所じゃ」
なんと、全額負担してくれると言う。
当然、私は断った。
いくらなんでもそこまで甘える訳にはいかない。私をこちらに置く為に払ってくれた労力を考えるだけでも頭が痛くなると言うのに、そこまでしてもらったら絶対にバチが当たる。
しかし学園長もなかなかに強情で、いつまでたっても譲ろうとしない。
私に危険な仕事――といっても私が気を抜いたのが原因で、学園長がそう思っているだけだが――を依頼した事に負い目を感じているようで、何度断っても払うと言って聞かなかった。
で、話し合いに話し合いを重ねた結果、こちらに居る間の諸々の費用を学園長に立て替えてもらい、後で少しずつ返すこととなった。
要は、明日菜さんと同じである。



―――――――で、その後どうなったかというと。



「おはようございま〜〜す!!」
「おはようございますアスナさん」
入ってきた明日菜さんに挨拶する。
ここは学内の新聞配達所。なんで私がここに居るのかというと、
「あ、もう来てたんだ。おはよ、刹那さん」
「はい。今日からよろしくお願いします」
こういうことだ。
お金を返していくには、働き口が無い事にはどうにもならない。
しかし普通の店が中学生を雇ってくれる筈も無く。
またしてもにっちもさっちも行かなくなった私は、明日菜さんに泣きついたのだった。
「しっかし驚いたわよ。元気になったと思ったら、いきなりバイト先紹介してくれ〜〜だもん」
「……………すいません」
「あー、そんな事気にしなくてもいいってば。私も剣の稽古つけてもらってるんだし……………なんて言うんだっけこーゆーの………ギ……ギ…」
むー? と首を傾げる明日菜さん。言葉が出てこなくて困っているようだ。
あれですよあれ、あげる、って単語と、もっていくって単語を組み合わせるだけじゃないですか。ガンバレー、明日菜さん。
「思い出した!! ギャルアンドゥタイイク!!!」
「……………ギブアンドテイクです」
バカレンジャーの名は伊達じゃなかったのだった。まる。

「あ、アスナちゃん。もう来てたのか」
「おはようございます、おじさん」
私達がナチュラルコントをやっている間に、いつの間にやら他の人たちが集まり始めていた。
そろそろ配達の時間のようだ。
「そんじゃぁ…………刹那ちゃんだっけ? とりあえず今日はこんだけよろしく」
広告のはさみこまれた新聞の山がカウンターに置かれる。
不安だ。なにがって、うず高く積まれていて今にも崩れそうなへんが。
なにをどうしたらこの不安定な紙の塔を崩さずに作成できるのだろうか。
………まぁ、そんな事はどうでもいい。
ぼうっとしていて崩れられたらたまらない。私は、さっさと新聞をバッグに詰める事にした。

「う、重……………」
新聞を大量に突っ込んだバックを両肩に掛ける。
かなりの重量だ。かかる負荷も相当なもの。ズシリと来る重さが、確かにその存在を主張している。
明日菜さんの体力の秘密が、少しだけ分かった気がする。
「準備できた?」
「はい、いつでもオーケーです」
明日菜さんはひょこっと顔だけだしてこちらの様子を確認する。
正直結構キツかったりするのだが、それは口に出さない。
「それじゃ刹那さんはあっちね。四丁目まで行けば終わりだから」
戸口の前に立って、向かって左を指差す明日菜さん。
どうやら私が行くのは桜ヶ丘の方のようだ。
「じゃ、また後でね〜〜」
言うが早いか明日菜さんは走り出した。
…………相変わらずデタラメなスピードだ。今の彼女ならばドーピングしたベンジョンソンにも勝てるのじゃあなかろうか。
―――――と、いけない。いつまでも呆けてはいられない。
「それじゃあ私も………」
行くとしますか。




配達は何事も無く過ぎていった。
変わった事と言えば、犬の散歩をしているおばさんや、ジョギングをしている青年とすれ違ったことぐらい。
何の変哲も無い平和な朝の一コマだ。
「よしっ!! おしまいっ!!!!」
最後の家のポストに新聞を投函して、私の初めての新聞配達は終わりを告げた。
こうしてみると新聞配達というのもなかなかいい物だ。
最初は重かったバッグの中身が段々と減っていく様子を見るのには、何とも言えない楽しさがある。
ささやかな楽しみが一つ増えた。明日菜さんに感謝しよう。
――――さて。
仕事も終わったことだ、戻るとしよう。あのペースなら、とっくに明日菜さんは配達を終えているだろうし、いつまでも待たせておくわけにもいかな―――
「なんだ、もう帰るのか???」

―――そう思った矢先に、後ろから響く声。

振り向けばそこには
クラスメイトの金髪のチビッ子
が立っていました。

――――――――すいません明日菜さん。もう少し待ってもらう事になりそうです。





「ホラ」
「あ、ど、どうも」
投げ渡されたジュースを受け取る。肌に伝わるひんやりとした感触が心地いい。
ちなみに、私が渡されたのはファンタで、エヴァンジェリンさんが買ったのは伊右衛門(濃い目)だったりする。
「ふう…………」
よっこらせ、と年寄り臭い声を出して、エヴァンジェリンさんは私の隣に座った。
「…………飲まんのか」
「え!? あ、はい。飲みます飲みます」
せっかく買ってやったんだから飲めよと言わんばかりのジト目で見られて、あわてて缶のタブに手を掛ける。
ぷしぅ、と気の抜けた音を立てて炭酸が抜けていった。
「では……………」
缶に口を当てて、ゴクゴクと音を立てて飲む。
喉に当たったジュースがシュワシュワと音を立てて、
――――むせた。
「……ぅえっほ! ゲホッ!!」
うう、情けない。ちょっと涙が出た。
そんな私をエヴァンジェリンさんはもんのすごい冷たい視線で見つめながら、一言。
「……………炭酸、駄目だったのか」
「…………はい。できれば熱くて渋いお茶の方が」
「…………老けてるな、お前」
「はぅ」
最近、こんなのばっかだ。
「…………それにしても暑いな………」
ウッカリガッカリ傷心ブロークンハートな私を半ば無視して、エヴァンジェリンさんが一人ごちる。絶対ドSだ、この人。
……確かに暑い。日陰に居ても、うだる。というか溶ける。そろそろ夜明けを迎えるし、これからよりいっそう暑くなるだろう。
全国的に夏真っ盛りだ。
「夏は嫌いですか?」
「当たり前だろう。まず第一に日照時間が長い。その上暑い、湿度が高い、蟲が大発生してやかましい。私が吸血鬼じゃなくても不快に感じるぞ、これは」
「………同感です」
鳴き始めた蝉の声が、妙に癇に障った。



「それで今日は………?」
それから少し経ってから、頃合を見計らって聞いてみた。
まぁ、大体予想はついているけれど、聞かない事には話が始まらない。
「ぅも? あぁ、ひょうらったら」
口にペットボトルを咥えたまま、もごもごと喋るエヴァンジェリンさん。
………ホントにこの人400歳オーバーか?
そんな私の疑念をよそに、エヴァンジェリンさんはぽんと音を立ててペットボトルから口を離して言葉を放った。
「刹那。お前力を無くしたらしいな」
至極、軽い感じ。
おおよそ話題に似つかわしくない声のトーンで、エヴァンジェリンさんは尋ねてきた。
「――――はい」
「そうか」
ざぁ、と一陣の風が吹いた。
金の髪が舞い、エヴァンジェリンさんの顔を覆い隠す。
表情が、分からない。
「―――――――」
「…………………」
エヴァンジェリンさんは何も語らない。
私は何も言う事ができない。
時だけが、ただ淀みなく流れていく。
重苦しい沈黙が、二人を包んでいた。

「―――――ふ」

永く、永く続いたそれを破ったのは、エヴァンジェリンさんだった。
「まったく、失望させてくれる。あれだけ大きい事を言っておいて、この様か」
軽蔑を通り越して呆れすら含んだ表情で、そんな事を言うエヴァンジェリンさん。
………耳が痛い。
原因がなんであれ、私は武道会のあの誓いは、もう果たせなくなってしまった。
しかもその原因が、ほかならぬ私自身の不注意と来れば、呆れられても仕方がない。
「…………おっしゃる通りです」
「フン…………まぁ終わった事だ。あまりグチグチと言うつもりは無い。それよりも―――――」
そこで言葉を切って、こちらを向く。

「お前、これからどうするつもりだ?」

「……………これから、ですか」
「そうだ。力を失った以上、お前はもう剣を取ることはできない――――だが、幸福を取るにしても、  力が無ければそれも茨の道………お前は、どう足掻こうと半妖だ。今回はジジイが動いたから良かったようなものの、これから何があるとも分からん。お前もそれは分かっているだろう?」
視線に真剣さが籠った。真っ直ぐに見つめられている。
………これは問いだ。
本気で幸福を手にする覚悟があるか。
惰性に流されて仕方なくそれを取るのではないか。
そういう意味の、問い。
私の決意が、問われている。
なら――――私はそれを答えるだけ。
「―――――それでも」
「………それでも?」

「それでも私は、幸福を選びます」

――――迷いなど、無い
全力で生きると、決めた。友と歩むと、決めた。
だから、立ちはだかる障害は、命がけで越えてやる。
それが―――私の新たな決意。
「………そうか…………いらん心配だったようだな。どうやら中途半端な覚悟でやってる訳じゃあないようだ」
面倒臭げに一つため息をついて、エヴァンジェリンさんは立ち上がった。
もう話は終わりのようだ。
「ご心配おかけしてすいません」
「気にするな。老婆心という奴だ…………あぁ、そうだ」
言って、振り返らずに足を止める。
一つ大げさに咳払いをして、一言。

「力が欲しくなったらいつでも来い――――稽古ぐらいはつけてやろう」

「―――――え?」
呆気に取られた私を残したまま、どこまでも優しい吸血鬼は、朝焼けの中に消えていった。

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最終更新:2007年07月29日 02:33