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10-572 名前:以下、名無しにかわりましてモナーを取り返します[] 投稿日:2005/09/16(金) 09:25:15 ID:XdSm29lf0
 私はこの日、珍しく図書館に赴いた。
 普段、図書館という所には滅多には行かない。行くとしても、それの大半は気まぐれか暇潰し
のどちらかだ。
 しかし、今日は違った。これまた珍しいことに、何をしに行くかが実に明白なのだ。というか、
元々行く気は無かった。わざわざ行く羽目になったのは、インターネット上に私の得たい情報が
無かったから。情報化社会のこの時代で、ある意味貴重な体験をしたものだ。私の得たい情報
というのが、結構マニアックなものであるというのも原因の一つののだろうが。
 兎に角、私は図書館に向かっていた。自分の為にも、ファン共の為にも、この作業を欠かす
ワケにはいかない。
 そう、No.1ネットアイドル、『ちう』の名にかけて。
10-576 名前:以下、名無しにかわりましてモナーを取り返します[] 投稿日:2005/09/16(金) 12:29:58 ID:XdSm29lf0
 『ちう』こと私、長谷川千雨は、最近ネタに困っていた。
 そのネタとは、言うまでも無くコスプレのこと。No.1ネットアイドルの座を護り続ける為に、HP
の頻繁な更新は欠かせない。日記も毎日つけているし、週一ぐらいの割合で新コスチュームも
アップしている。
 しかし、このところコスプレネタが無かった。定番のセーラー服やバニーから人気アニメの
キャラクターまで、ありとあらゆるジャンルを制覇したせいで、やるものがなくなってしまった。
 この状態を続けていたら、1位の座を奪われるのは必至。確実にマズイ。なので、新たなネタ
を探していた。その期間、大体一週間ほどだったと思う。
 そして見つけた、というか思いついたのが『時代物コスプレ』。国内外問わず、色んな時代の
コスチュームを着ればいいんじゃないか、と考えたわけだ。勿論、なるべくメジャーな時代は
避ける。
 私としては、この考えは良いと思っている。バカみたいに長い人間の歴史の中で生まれた
衣装には、きっと私のホームページを見てる連中を納得させるだけの魅力があると何故か私
は確信していた。根拠は無いけど。
 と、こういう経緯で決まりはしたものの、資料が無いと肝心の衣装が作れない。それに気付い
た私はネットから情報を得ようとした。しかし、なかなか私の欲求に応えてくれるページは見つ
からなかった。クオリティ低い。
 そこで、ウチの学校内にある、あのデカい図書館に行くことになったわけだ。面倒だけど仕方
無い。それに、ここで見つからなかったら諦めるつもりでいる。ウチの学校の図書館の大きさは
半端じゃないから、ここに無かったらこの辺の図書館には無いと断言してもいいだろう。
 希望を裏切られないことを祈りつつ、私は図書館への扉を押した。
10-583 名前:以下、名無しにかわりましてモナーを取り返します[] 投稿日:2005/09/16(金) 13:25:54 ID:XdSm29lf0
 図書室の中は、結構閑散としていた。まあ、今が休日の昼過ぎというのが大きいんだろうが。
 周りを見渡すと、その蔵書量の多さに圧倒された。ここでこんなに多いのに、この学校には
図書館島なんてものが存在している。そんなに本があっても読めないんじゃないか?量が
あればいいのか?私にはよく分からない。
 「千雨さん」
 どうでもいいことを考えながら歩いていたら、後ろから聞き覚えのある声がした。
 「珍しいこともあるものです。千雨さんが図書室に来るとは」
 同じクラスで隣の席に座っている、綾瀬夕映だった。あまり話したことはないけど、暗いとか
無口な印象がある。要するに目立たない人。私も教室ではそんなキャラだけど。
 「ああ・・・ちょっと探し物をね」
 適当に答えて、私は目的の棚へと向かった。特に会話する必要も無い。多分あっちも、クラス
メートだから取り敢えず声を掛けただけだろう。その通りなのか、それ以上言葉は交わさなかった。
 数分後、すぐに目的の本は見つかった。これは嬉しい誤算、衣装を作る時間が多く取れる。
 選んだ本は3冊。時代別に、飛鳥・江戸・古代エジプト。江戸はメジャーだけど一応、あんまり
マイナーなとこばかりでもアレかなと思ったからだ。あとの二つは完全に勘。チラッと見て、印象
が良かったから選んだ。それだけだ。
 貸し出しの手続きをするため、カウンターに向かう。座っていたのは綾瀬だった。
 「これ、よろしく」
 素っ気無く言って、本を手渡す。相手はそれに無言で応え、黙々と作業に入る。見事なまでに
事務が似合ってるな、こいつは。何か感心してしまった。
 と思っていたら、急に手が止まった。一冊の本――私が適当に選んだ飛鳥時代の本を凝視
しながら、綾瀬の動きは完全に停止していた。
10-584 名前:以下、名無しにかわりましてモナーを取り返します[] 投稿日:2005/09/16(金) 13:27:44 ID:XdSm29lf0
 「・・・ちょっと、どうしたの」
 放っておくとなかなか動きそうになかったので、声を掛けた。綾瀬がこっちを向く。・・・げ、何だ、
何なんだその瞳は?キラキラしてねーか、オイ?!
 「・・・千雨さん・・・、飛鳥文化に興味があるんですか・・・?」
 は?
 「いや、資料用に適当に選んだだけだけど」
 「お目が高いですね・・・。これは詳しさもさることながら、今はもう絶版になっている、かなり
貴重なものです。・・・本当に興味ないですか?」
 「・・・」こくりと頷く。心からの本心だ。
 「そうですか・・・。でも素質はあると思うです。私が少し教えましょうか」
 「・・・・・・。い、いいや今日は・・・。私用事あるから・・・」
 ・・・いかん。あの目はやばい。捕まったら束縛されること間違いない。そんなことになって
たまるか、衣装製作が私を待ってるんだから・・・!!
 「じゃ・・・」
 「あ・・・」
 名残惜しそうな綾瀬を振り切り、私は図書館を飛び出した。
 ・・・綾瀬の印象が、何だか悪くなった気がした・・・。
10-593 名前:以下、名無しにかわりましてモナーを取り返します[] 投稿日:2005/09/16(金) 15:37:58 ID:XdSm29lf0
 衣装製作は順調だ。試しに簡単な着物を作ってアップしてみたところ、反応はなかなかのもの
だった。これなら、今作っているものでもそれなりの効果は期待できるだろう。私は胸を撫で
下ろした。No.1の牙城崩壊の危機は、一応去ってくれた。
 しかし。
 最近は、また別の問題があった。

 「千雨さん、昨日貸した本は読んだですか?」
 綾瀬がニコニコと話しかけてくる。ここ数日、私が教室に入ってまず初めに聞く台詞はこれだ。
 綾瀬夕映――。こいつが神社仏閣仏像マニアだと知ったのはほんの一週間ほど前だった。
私が本を借りた翌日のこと。私はいつも通りに登校し、いつも通りに教室に向かい、いつも通り
に席に着いた。ここまでは何ら問題ない。違ったのは、隣の奴がいやに親しげだったことのみ。
 「千雨さん、昨日の本ですけどー・・・」
 私は驚いた。そりゃ驚くさ、普段殆ど口訊かないような奴が話しかけてきて、その内容が昨日
の蒸し返しなんだから。当然私は興味なさ気に答えた。ついでに嫌悪感も少々載せて返した。
 こう返せば、大抵の奴は会話を止める。空気が読める奴に限るが。会話相手が嫌悪してると
解りながら、同じ会話を続けようとする奴はそうそういない。偶に見かけるが、私はそういうのを
みると張り倒したくなる。で、私は綾瀬をそういう部類ではないと解釈した。予想では、会話は
ここで終わる筈だった。・・・のだが。
 (・・・何で私は、今日もこいつと話してんだ・・・?)
 綾瀬はしつこかった。どれだけ流そうとしても、露骨に態度を示しても、諦めようとはしなかった
のだ。とんだ誤算だ。おかげで少しだけ神社だの仏像だのに詳しくなっちまったじゃないか!!
・・・トリビアが増えたという点では感謝できるかも知れないが。そんなもの、増えたところで
どうしようもない。
10-595 名前:以下、名無しにかわりましてモナーを取り返します[] 投稿日:2005/09/16(金) 15:38:54 ID:XdSm29lf0
 綾瀬のしつこさが妙に気になって、私は早乙女ハルナを問い詰めた。綾瀬と親しいこいつなら
何か分かるかもしれないと思ったからだ。早乙女はこう答えた。
 「あー、夕映がしつこい?そりゃそうでしょ、あの子神社とか仏像好きだから。そう言えば前、
話が合う人がいたとかなんとか言ってたなあ。あれあんたのことだったんだー。あはは、まあ
そう怒らずにー。付き合ってあげてよ、夕映の話。なかなか話合う人いなかったみたいだから、
あの子も嬉しいのよ、きっと。1,2週間ぐらい付き合ったら収まると思うからさー」
 成程。1,2週間ねえ。もう既に1週間経ってるけど、まるっきり収まる気配ないがな。綾瀬が
生き生きと話す姿を左目で見ながら、私は右目で早乙女にガンを飛ばした。
 しかし、綾瀬の気持ちは少しだけ解る。私もまた、コスプレというあまり他人に理解されない
趣味を持っているから。もし誰かがコスプレに興味がありそうな素振りを見せたら、勘違いと
判っていても話しまくるかもしれない。・・・マニアの悲しい性というやつか。
 だが、解ってはいても共感は出来ない。いくら本を読んだり仏像について語られたところで、
私の興味は全くそっちの方に向かおうとしない。言ってしまえば、今のこの時間は苦痛と同義
だ。
 有り得ないことだが、この状態が何ヶ月も続けば、私は目の前の女に洗脳されてしまうこと
だって考えられる。そんなのは嫌だ。そうなるならむしろこっちから・・・。
10-596 名前:以下、名無しにかわりましてモナーを取り返します[] 投稿日:2005/09/16(金) 15:44:20 ID:XdSm29lf0
 ・・・。そうだ、こっちから仕掛ければいいんじゃないか。
 「綾瀬」
 「何ですか千雨さん。何か質問ですか?」
 「いや、違う。今日、ウチの部屋に来ないか?」
 「?何でです?」
 「ウチで落ち着いて話した方が、もっと盛り上がる気もするんだよ」
 「・・・ほう。成程です。それは確かにそうですね」
 「じゃ、決定だな」
 ・・・釣れた。
 こうも簡単にいくとは。見てろよ綾瀬・・・。私をそう簡単に染められると思うな、むしろ返り討ち
にしてくれる・・・!・・・いけない、ニヤケが隠し切れない・・・。
 作戦の第一段階は成功した。放課後が楽しみだよ全く・・・!!
 そこまで考えて、何かが引っ掛かった。今日は何か、大切な約束があったような・・・。そんな
気もしたが、それはすぐに意識の奥に押しやられていった。
10-646 名前:以下、名無しにかわりましてモナーを取り返します[] 投稿日:2005/09/17(土) 12:59:42 ID:ugjmK1Vo0
 今まで生きてきて、これほどまでに放課後を楽しみにしたことがあったろうか?いや、ない。
それほど、私は興奮していた。一回震えがくると、それが全身に広がってしまう。もう、ガクガク
震える。一見すると危ない人だ。
 あと、今日は常にどこかから殺気を浴びていた気がする。でも、それは些細なコト。放課後に
なると同時に、私は綾瀬の手を引いて駅に向かった。綾瀬が何か言っていたけど、それは全て
無視した。
 電車に乗って学生寮に向かう。会話は無かった。綾瀬がずっと荒い息をして、話せる状態じゃ
なかったからだ。他人事だけど、もうちょっと体力つけた方が良いと思うぞ、こいつ・・・。
 数分後、電車は寮前の駅に到着した。辺りに人影はあまり見受けられない。授業が終わって
そう時間が経ってないから、当然といえば当然か。再び綾瀬の手を引っ張り、6階にある自室へ
と向かう。見た感じかなりバテ気味だったけど、踏ん張って貰うことにした。ここでも何度か名前
を呼ばれた気もするが、無視しておいた。
 部屋の扉を開けると、綾瀬がリビングに倒れこんだ。今のこいつの様をぱっと見ただけだと、
瀕死寸前にしか見えない。ここで逝ってもらっても困るので、冷蔵庫から麦茶を出して注いで
やった。
10-647 名前:以下、名無しにかわりましてモナーを取り返します[] 投稿日:2005/09/17(土) 13:00:25 ID:ugjmK1Vo0
 「・・・・・・・・。あ、ありがとうです・・・。死ぬかと思ったです・・・」
 冗談に聞こえない。
 「何でこんなに急いだですか?帰る途中にも色々と話をすれば良いと思ってたですが・・・」
 「え?いや、早く帰りたかったから」
 「・・・それだけで私は危うく死にかけたですか・・・」
 「何だよ、大袈裟だな・・・。でも、そのお陰でいい物観れるからさ」
 そう言って、私は机に仕舞ってあったモノを取り出した。
 「ビデオテープ・・・ですか?」
 私はこくりと頷き、それをビデオデッキにセットする。
 「知ってるかもしれないけどさ、この前仏像とかの特番やってただろ?」
 「はい、やってました。でも私、用事があって観れなかったです」
 「それをこれに録画しといたんだよ」
 「本当ですか!それは凄いです」
 「でもどこから重ね録りしたか覚えて無くてさ・・・。これ再生してたら出てくると思うんだけど」
 チャンネルをビデオに合わせ、再生ボタンを押す。そして、画面に映ったのは、
 「これは・・・何か見たことある気がするです」
 「へ?そうなの?意外だな」
 あからさまなアニメ調のメロディが流れ出し、セーラー服に似たコスチュームを纏った少女
達が画面内で踊り回っている。『魔法少女・ビブリオン』。子供向けという名目だが、多分
視聴者の平均年齢は高めだろうと思われるアニメ番組だ。
10-649 名前:以下、名無しにかわりましてモナーを取り返します[] 投稿日:2005/09/17(土) 13:01:45 ID:ugjmK1Vo0
 「これの途中に入れたと思うんだよ。あ、でもこれじゃないかもしれないな・・・。あの時結構
焦ってたから、あんまり覚えてないんだ」
 綾瀬の反応は無い。結構熱心に見入っているようだ。なかなか素質あるんじゃないか?
 「ああ、そうです。パルがこれの漫画を描いてたです。漸く思い出しました」
 と思ったら、全然別のことを考えていたらしい。期待して損した。
 「あの・・・早送りをすればいいと思うのですが」
 「え?あ、ああ・・・。何かここのリモコン壊れててさあ。早送りだけ出来ないんだ、今」
 「そうですか・・・」
 「ちょっと私外出てくるからさ・・・。それ観て待っててよ」
 「解りましたです」
 我ながらアホな嘘を吐いたもんだ・・・。それに引っ掛かる奴もどうかと思うが。
 とにかく、作戦は一応区切りだ。あのビデオには、仏像の特番なんか入っちゃいない。6時間
たっぷり、私が自らの手で編集したビブリオンのみだ。上手くいけば、帰った頃に綾瀬は
ビブリオンにかなり関心を持っているだろう。その熱をさらに上昇させ、最終的にはコスプレをも
教え込み、コスプレ仲間を獲得する―――これが私の計画だった。その為に、綾瀬には自然に、
自ら進んで足を踏み入れてもらわなくてはならない。だから私は外に出た。私が近くにいると、
解説とかをしてしまいそうで、綾瀬を引かせることになると思ったからだ。
 「くっくっく・・・」
 ニヤケが止まらない。コスプレの同志は前々から欲しかったが、それが叶おうとしている。これ
が嬉しくなかったら何が嬉しいのか。
 最低でも1時間は外にいた方が良い。そう考えて、私は近くの書店に入っていった。
10-744 名前:以下、名無しにかわりましてモナーを取り返します[] 投稿日:2005/09/18(日) 23:54:06 ID:VGgzWN6s0
 この部屋の住人――長谷川千雨が部屋を出てから、もうじき2時間が経過しようとしている。
 私はこの部屋の住人ではないので、ただ目の前のテレビを眺めることしか出来ない。中の
アニメは一体何話ほど進んだろうか。私にはどの場面も同じように観えて、よく判らない。その
せいか、2時間経ったという実感が無かった。
 今流れているビデオの中に、仏像特番の放送を録画した――そう彼女は言った。
 何故途中から録画したりしたのだろうか?私なら、ビデオを上書きで録画する時は初めから
録画すると思う。いや、録画する時に、ビデオの停止位置が途中だったのかもしれない。それ
くらいしか、私には理由が思い浮かばなかった。
 しかし、暇だ。
 何故彼女は出かけてしまったのだろう。ちょっと出てくると言っていたが、2時間というのは
「ちょっと」とは言わないんじゃないだろうか。もう帰ってしまってもいいような気さえする。今の
時間の消費の仕方は明らかに無駄だ。
 でも、帰るわけにはいかない。彼女とこんなに話が合うとは思っていなかった。意外だった
けど、嫌じゃない。むしろ喜ばしい。彼女と話すのは、ハルナやのどかと話すのとはまた違う
感じがする。その感じが結構心地良い。向こうがどう思っているかは判らないが、自分はもう
彼女を友人として認識し始めている。それを手放したくはなかった。
 だから待った。友人の家に呼ばれたのに、勝手に帰るなんてのは失礼極まりない。少し
崩れた居住まいを正し、私はテレビと向き合った。そこで思った。
10-745 名前:以下、名無しにかわりましてモナーを取り返します[] 投稿日:2005/09/18(日) 23:54:37 ID:VGgzWN6s0
 この番組を録画したのは誰だろう?千雨さんだろうか?それとも同居人のザジさんだろうか?
失礼かもしれないが、どちらがしていてもその様はどうも不釣合いだと思った。
 そんな事を考えていたら、後ろでがちゃりという音がした。
 「千雨さんですか?」
 声を掛ける。が、入ってきた人物は違ってた。この部屋のもう一人の住人、ザジ・レニーデイ
さんだった。
 彼女は私を見た後、特に興味なさ気に窓際に配置されている自分の机に向かった。
 「あの、ザジさん、少々お伺いしたいのですが」
 私は今しがたの疑問を解消すべく聞いてみた。
 「?」
 「このアニメ番組なんですが、録画したのはザジさんですか?」
 ふるふると首を振る。どうやら彼女がやったものではないらしい。
 私は礼を言って、真面目にこのアニメを観ることにした。友人とは、なるべく共通の話題がある
方が良いと思ったからだ。それに、これについての知識があればハルナとの会話もまた面白い
ものになるかも知れない。メリットは大きいから、知っておいて損は無い。
 いわゆる体操座りをして、テレビを観ていた私の横に、ザジさんが座ってきた。彼女も特に
することが無いのだろう。そう解釈して、私は何も言わなかった。
 頻繁に顔をこちらに向けてくるのは、どうかと思ったが。
12-437 名前:以下、名無しにかわりましてモナーを取り返します[] 投稿日:2005/09/29(木) 20:42:24 ID:cnTERtql0
 時計を見たら、いつの間にか2時間近く経っていた。つい立ち読みに夢中になっていたみたい
だ。まさか、ビブリオンのファンブックが出ているとは思いもよらなかったものだから・・・。
 そのファンブックとライトノベル1冊を買い、本屋を出る。
 ――果たして、綾瀬はどうなっているのだろうか。
 いきなり染まるとは思っていない。少しでも興味が出てくれれば十分だ。反応によっては本や
ビデオを貸すつもりでいる。正直、それも危ういと思うが。現実的に考えれば、ビブリオンという
アニメを認知してもらっただけで良しじゃなかろうか?とりあえず、綾瀬が引きまくってることだけ
はないよう祈っておこう。マジで。
 自室に向かう途中、階段から落ちそうになったり、すれ違う人にぶつかったりした。その際、
謝ろうとしたけど声が出なかった。あれか。緊張してんのか、私は。まあ、今ある意味最大の
博打を打ってるワケだから、緊張するのも仕方ない・・・。そう自分の行動を解釈し、ふらつき
ながら6階に辿り着いた。
 そして遂に、自室の前に立った。
 この扉の向こうは、果たしてどうなっているのか。とんでもなく心臓が高鳴っている。今、
この場で心拍数を計測したら、ギネス級の数値が出るだろう。半ば本気でそう思う。
 とにかく、中に入らなくては始まらない。ドアノブをいつも通りに回そうと・・・するが、手が
動かない。僅かに痙攣している。
 「・・・ったく、緊張しすぎだろ、私・・・」
 自分の不甲斐無さに呆れた。私はこんなにもプレッシャーに弱かったのか・・・。
12-438 名前:以下、名無しにかわりましてモナーを取り返します[] 投稿日:2005/09/29(木) 20:43:16 ID:cnTERtql0
 少し落ち込んだところで、何とかドアを開けて中に入る。室内は暗かった。光源がテレビしか
無いからそれも当たり前だが、何より雰囲気が暗かった。「どんより」という言葉がこれほどに
当てはまる空間を、私は初めて見た。
 テレビの前には少女が二人、仲良く体操座りをしていた。片方は綾瀬に間違いない。私の
知るなかで、あんな風に髪を束ねているのはあいつしかいない。もう一人は、白髪で細身の
体型だった。これもすぐに判別がついた。
 「ザジ、帰ってたのか」
 反応は無い。こいつにとってこれは正常だから、私はそこで会話を終えた。
 と、今はザジよりも綾瀬だ。私は視線を移した。そして疑った、目の前の光景を。
 ・・・見入ってる。テレビ画面に完全に見入ってる。画面はニュースでもドラマでもバラエティ
でもない、アニメーション。タイトルは『魔法少女・ビブリオン』。それはそうだ、私が出かける前に
流しておいたものなんだから。
 「綾瀬」
 反応無し。
 「綾瀬、それ面白いか?」
 「面白いですよ」
 質問にはちゃんと答えるらしい。っていうか、今面白いって言わなかったか・・・?
 「私が今まで関わることの無かった世界ですから、アニメーションという分野は。正直に言って、今まで
敬遠していたきらいもありますが、真面目に観ていると面白く取れる部分も結構あるものです。
時折、理解し難い場面があることは否めませんが」
 ふむ。印象は悪くはないようだ。でもなんか違う。上手く言い表せないけど、「面白い」とは
思っているけど「好き」ではない。そんな感じ。まあ、悪印象を持たれているよりはましだろう。
そう考えた。
12-439 名前:以下、名無しにかわりましてモナーを取り返します[] 投稿日:2005/09/29(木) 20:43:57 ID:cnTERtql0
 電気を点け、綾瀬の隣に腰を下ろそうとしたら、ザジが視線を飛ばしてきた。「ある」非難が
込められた視線。それを受け流し、そのまま座り込んだ。
 (今はザジに構ってる暇は無いからな・・・)
 後で構ってやるから、と自分の中でザジを片付けた。現実のザジは何とも不満そうな顔をして
いたように思うが、敢えて無視した。
 「・・・特番は、一体いつ始まるのでしょう・・・?」
 ばそり、と暗く呟かれた。部屋を明るくしたところで、こいつの空気はそう簡単に変わるものでは
ないらしい。
 「ああ・・・、まだやってないなら、きっと最後の方に録画したんだと思うよ、うん」
 ・・・陳腐だ。阿呆らしい。馬鹿げてる。この私の演技力を見なよ。棒読みもいいとこだ。声震えて
るし。三文役者だろうが大根役者だろうが、何でも来いって感じだ畜生。いい加減に悟られても
いい頃合だ、そんな番組が録画されてないということが。こいつは成績こそ悪いものの頭の出来
はいい筈だから、そんなものとっくに見抜いてるだろう―――
 「そうですか。なかなか長いのですね」
 ・・・っておい。マジか?マジなのかこいつは。解らない。絶対見抜かれてる筈なのに。まさか、
見抜いてるけど私の嘘に付き合ってくれてるのか?もしそうだとしたら何で?理由が無い。いや、
実は本当にわかっていないのかもしれない。私がこいつを買い被り過ぎていたとか。それか、
こいつは結構純粋な奴だとか。
12-440 名前:以下、名無しにかわりましてモナーを取り返します[] 投稿日:2005/09/29(木) 20:44:32 ID:cnTERtql0
 色々考えていたら、エンディングテーマに続いて次回予告が流れ出した。この場面は5話目・・・
だから、ようやく半分近く観たことになるのか。先は長い。
 「もしかしたら、このテープには入ってないかもしれないな・・・」
 「本当ですか?」
 綾瀬が疲れた顔をこちらに向けて萎れた声で訊いてきた。なんだか悲壮感を纏っている感が
ある。単純にいうとがっかりというか。当然といえば当然かもしれないが。
 「うん・・・そうかも。悪い、長々と興味ないアニメを延々と観せちゃって」
 「いえ、それは全く心配無用です。むしろ私は、千雨さんに感謝したいくらいです」
 「・・・・、へ?」
 感謝?何を言い出したんだ、いきなり?てっきり嫌味か何かくれると思ったんだが。ずっと観て
て、脳に毒でも喰らったのか?それとも思考回路がイカレたのか?いや、でもさっきの答えは
いつも通りだったし・・・。あー、ワケが解らん・・・!!
 「恐らく私は、こういう機会でもなければ、一生アニメなど観ることは無かったでしょう。ハルナ
が近くに居ることは居ますが、正直彼女の勧誘を真面目に聞いたことはありませんでしたから。
その意味で、今日のこの時間は有意義でした。このビブリオンという番組は、見た目からは解ら
ない面白さがあるということを知ることが出来ました。私の興味の対象がまた一つ増えたのです。
それについては、十分感謝する価値があります」
 「そ、そう」
 小難しい単語を使ったり、面倒な言い回ししてるけど、アニメについて語っているということを
思い返すと、妙に笑える台詞だ・・・。それはともかくとして。
 「面白かった・・・のか?」
 「はい。それは間違い無いでしょう」
12-441 名前:以下、名無しにかわりましてモナーを取り返します[] 投稿日:2005/09/29(木) 20:44:54 ID:cnTERtql0
 (・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!)
 来た・・・・・・・!私は思わずガッツポーズをしそうになってしまった・・・何とか思いとどまった
ものの、顔が下を向くのは隠し切れない・・・。だってニヤニヤしまくってるんだから!驚愕の
成果だ、綾瀬への第一印象は私が考えられる中でも最高のものだった!この状態を保ちつつ、
巧く引き込むことが出来れば・・・!!嗚呼、私の未来は明るい!眩しい!光り輝いている!
神は今此処に舞い降りたのだッ・・・!!
 「千雨さん?名残惜しいのですが、今日はそろそろ失礼しますです」
 ・・・!いかんいかん、ここで私だけ昇天するわけには・・・。心なしか綾瀬の表情が引き気味
だ。今は冷静さが何より重要だというのに。
 「そうなの?もう少しゆっくりしてけばいいのに」
 「はい、本当はそうしたいのですが、今日は7時からハルナとのどかと一緒に夕食を食べに
行く約束がありますから」
 「そうなの。なら、ビデオ持ってく?家で観たいっていうなら貸すけど」
 「いえ、大丈夫です。このアニメのビデオならば、ハルナが全て所持していた筈ですから」
 成程、そういえばそうだ。早乙女ハルナという奴は同人誌を描いているハズだ。下手したら、
アニメの知識に関しては私よりも上かもしれない。結構身近なところに同類は存在しているもの
だ。まあどっちにしろ、綾瀬がビブリオンを観る環境は出来上がっているワケだから不都合は
無い。むしろ早乙女に感謝しなければ。
 「そっか。ならいいか。外食楽しんできなよ」
 「有難うです。では、また明日学校で」
 「ん」
12-442 名前:以下、名無しにかわりましてモナーを取り返します[] 投稿日:2005/09/29(木) 20:45:16 ID:cnTERtql0
 ふうーーー・・・。
 扉が閉まった瞬間、私は床に崩れ落ちた。
 こんなに疲れたのは本当に久しぶりだった。
 下らないことかもしれないが、私が今現在全身全霊を注いでいる趣味に関することだ。後悔は
全く無い。これで仲間が出来るならいくらでも身を裂こう。話し相手レベルにとどまったとしても
儲けモノだ。
 時計に目をやると、時刻は6時を指していた。いつの間にかそんなに時間が経っていたのか。
 「あ、そういえば、ザジ」
 興奮が冷めてきたおかげか、私はルームメイトのことを思い出した。そういえば、彼女のことを
こんなに考えなかったのも今日が初めてかもしれない。
 「おい、ザ・・・ジ?」
 その当人を見て、私は言葉を失った。
 ブラックホールが出来ている。近づいたら飲み込まれかねない空間。部屋の一角が暗黒と
化している。要は、ザジが落ち込みまくっていて部屋の隅で体操座りしているだけなんだが。
効果音を宛てるとしたら「どんより」では追いつかない。「どよんど」というのが妙に似合う気が
する。
 「ザジ〜、元気出せよー」
 「・・・・・・」
 「悪かったよ、今日お前に全く構ってやらなくてさ。でもしょうがなかったんだ、許してくれ」
 「・・・・・・」
 おかしい・・・。違和感を感じる。いつもなら、機嫌を損ねてもこれぐらい言えばもう元通りなん
だが。
 「・・・よし、ザジ!今日の夕飯はお前の好きなモノ作るよ!何がいい?」
 幼稚園児のご機嫌取りみたいな手段だったが、私にはこれぐらいしか方法が思いつかなかっ
た。当然それで変化が起こるわけも無い。結局その日中ザジの機嫌は戻らず、私は嬉しさと
不安が入り混じった何とも複雑な気分で就寝した。

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最終更新:2007年07月29日 02:33