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シリーズ/美空ウイルス

美空ウイルス.exe【ver:17.1】---------------------------------------------------------------

Action:Virus_Misora【アップデート開始】

「茶々丸、状況報告!」
「はい。ウイルスは設定を更新中。何者からかの無線信号を受信しているようです」
茶々丸の冷静な分析に、葉加瀬は素早く反応する。
「信号の特定、急いで!」
「パターン青、空気です」
PC画面に現れた棒メモリが左から緑に染まっていく。早い。追い付かない。
「うわぁあああ!」
葉加瀬がキーボードを素早く叩き、対処しようとするが、
気付いたときには既に【完了】の二文字が表示されていた。

「…そ、そんな」
葉加瀬はぺたりと座り込んだ。
「ハカセ、ウイルスがまた起動しました。空気設定プログラムの動作を確認…」

のどかは静かに瞼を下ろした。本当に覚悟が出来ていたのだ。
のどかの体が透明な気体と混ざっていく。段々と色が薄れ、次第に輪郭までが曖昧になる。
「ゆえ…ハルナ…ネギ先生…みんな…

Action:Virus_Misora【宮崎のどか:空気設定を完了】

美空ウイルス.exe【ver:17.2】---------------------------------------------------------------

「宮崎さん…」ネギが手の甲で涙を拭った。
「のどかーっ!」木乃香が泣き叫ぶ。
「ちょっと待って」千鶴がクラスを見回す。
「…私たち、宮崎さんのこと、忘れてないわよね?夏美ちゃんや、相坂さんの時は
まるで存在が記憶からも抜け落ちていたわ。でも、ほら、みんな宮崎さんのこと覚えてる!」
言われて気付く。その通りだ。今までと違う。クラスメイトのこと、忘れてない。
『本当だ』『本屋のこと、忘れてない』『うち、覚えたままや!』
驚いた顔で皆が顔を見合わす中、朝倉がある一点を見つめた。
「っていうかさぁ…宮崎、消えてないじゃん」
朝倉の声に、全員が彼女の見つめるその一ヶ所を凝視した。

「…あ、あのぅ〜、私って消えたんですか?」
宮崎のどかの声。
「宮崎!」
朝倉は席を立ち、喜びの声を挙げた。誰も消えてない。誰も犠牲にならずに済んだ。
しかし、教室は静まりかえっている。
「ちょっと、待ってください!宮崎さんが、どこに!?」
あやかが朝倉に訊く。誰もが不思議そうな顔をしている。
「まさか、宮崎が見えてないの?」
朝倉の問いに、ネギが頷く。
「はい、僕の眼にも、宮崎さんは消えたままです」
「そ、そんな…」
朝倉は席に座り込んだ。朝倉を、再び孤独感が包もうとしていた。
宮崎は朝倉にしか見えてない。声も、朝倉にしか聞こえてない。

『実験は成功ネ!』
突然、何者かの声が発せられた。姿は見えない。しかし、宮崎のどかの声ではない。
「超さん…早く、姿を見せたらどうですか?」
葉加瀬は怒りに燃える炬のように爆ぜた声で言った。
「わかたヨ」
すると、教室の後ろに突然、超が現れた。気配はまるで無かった。
「では、説明するネ」
【つづく】

美空ウイルス.exe【ver:18.1】---------------------------------------------------------------

「この事態の全容を知る人物として、まずは説明させてほしいネ」
超の舌は気味が悪いほどに滑らかに動いた。声色は節々で調子を変え、まるで魔術の呪文のようだ。
超を睨む葉加瀬の目は鋭かったが、超の狡猾な瞳と視線がかち合ったが最後、
葉加瀬は超を直視できなくなった。教室全体が声を潜めている。
恐ろしき支配者の逆鱗に触れぬよう、頭を垂れたまま時が過ぎ去るのを待つ雑民のように。

しかし、少なくとも一人は違った。
「刹那さん、その物騒なものを収めてほしいネ」
止むなく刹那は夕凪を鞘に収めた。超は満足そうな微笑みに頬を歪ませ、また、葉加瀬を見た。

「諸君らが目にしてきた現象、それを可能にしたシステムを作ったのは、私と葉加瀬ヨ。
…葉加瀬、そんな顔をしないで欲しいネ。これは自慢して良いほどに偉大な発明ヨ」

超の言葉を聞き、夏美が葉加瀬に問う。
「葉加瀬…本当なの?」
「…ごめんなさい」
葉加瀬は顔を見せずに答えた。超は話を続ける。

「すべては、あるラジオ番組から始まったネ」

美空ウイルス.exe【ver:18.2】---------------------------------------------------------------

すべては、あるラジオ番組から始まった。

深夜、雨は止まず、研究室の窓にも水滴を吹き付け続けていた。
葉加瀬は閉まっていたカーテンを開き、水滴の向こうに見える学園の風景を眺めた。
「雨、止みませんねー」
葉加瀬は言った。
位相操作システムの完成…それが二人の研究の目的であった。位相操作システムとは、
第二、第三の空間を平行世界的に捉え、操作するシステムのことである。
浦島太郎の伝説にある竜宮城のようなものが、第二、第三の空間のよい例だ。
二つの空間は全く質の異なる時間の経過を前提に成り立っており、
"偶然"生まれる"時の接点"でのみ、二つの空間を行き来できるようになる。
二人の抱えている課題は、この"時の接点"を見つけ、操作することだ。
しかし、これは天才の頭脳をもってしても困難な課題であった。解決の糸口さえ掴めない。
「困ったネ…」
「空間の接点を常に計測する…というのは?」
「それには二つの空間から同時に計測する必要があるヨ。
しかし、接点に達する以前の両空間内に共通する基準な無いネ。それでは意味が無いヨ」
「気分転換でもしますかー?」
「仕方ないネ、休憩するヨ。コーヒーは要るカ?」
「はいー、お願いしますー」

この休憩が重要だった。この時、二人は課題解決の目前にいたことになる。
葉加瀬がラジオの電源を入れた。超がコーヒーを二つ、机に置く。
「ラジオ?何か聴きたい番組でもあるカ?」
「はい…綾瀬さんと早乙女さんがDJをやってる番組なんですよー」
スピーカーからは聞き慣れた声が流れてきた。
『ゆえと…ハルナの…ザジちうスレ・傾向分析〜!…』

美空ウイルス.exe【ver:18.3】---------------------------------------------------------------

しばらくして、ラジオの放送に超が違和感を覚えた。
「葉加瀬、何か変ではないカ?」
「何がですかー?」
「環境音ヨ」
「…環境音?」
すると、超は開けられたカーテンの方を指差した。
「外は雨ネ」
「はぁ…」
「しかし、このラジオから聴こえてくるのは…」

二人が耳をそばだてると、ラジオの向こうからは海風のような音が聞こえてきた。波音もある。
「これは、もしかしたら、もしかするネ…葉加瀬、電波の逆探知を頼むヨ!」
「はい!……あれ?…これは」
「どうしたネ?」
「電波の発生源が…」
超は逆探知機の示すデータを見つめた。そこには、四次関数が表示されていた。
「…やったヨ、これで位相操作システムを完成させられるネ」
「はい!」

ラジオからは、自分の別荘を臨時スタジオに使われて怒るエヴァの叫び声が流れていた。

美空ウイルス.exe【ver:18.4】---------------------------------------------------------------

そこまで話して、超は黙った。眉に皺を寄せ、唇を微かに動かしている。
次の瞬間、教室は驚異に染まった。突然、超が消えたのだ。
姿形が無くなり、まるで透明人間を見ているようだ。

『つまり、こういうことネ』
超の声。からかうように無邪気で、そして自信に満ちた天才の声。
『これが、私と葉加瀬の発明ヨ』
また、超の姿が現れた。全く同じ場所に立っている。
超は周りをぐるりと眺め、教鞭をとる人のように講義を続行する。皆が理解しているかは問題ではない。
優越感、それだけだ。
「この位相操作システムが、人物を別の空間に転送し、擬似的に空気にすることを可能にしたヨ。
人物の存在を二つの空間内で共有し、それぞれの存在の濃度を操作するネ。
異空間での存在を高めれば、反比例的にこの空間での存在が薄まるヨ、これが空気ネ。
…しかし、これがすべてではないヨ」
超は俯く葉加瀬を見た。冷酷な目。
「悲しいことに、葉加瀬は研究の続行を拒否したネ。
実験が好ましくなかった…それで合ってるカ?」
葉加瀬は頷かない。
「だから、次の発明は私だけのものヨ。位相操作システムとは別に研究されていたもの…
…属性操作システム。これが発明の呼び名ネ」
超は服から小型PCのような機械を取り出し、ボタンをいくつか押した。
「属性操作システムは、その名の通り、属性を操作するシステム、ネ。
…その空間内における人物の存在の属性を管理することができるヨ。
だから、こんなことも出来るネ」
超が刹那を指差した。指差された刹那の容姿に変化はない。
しかし、刹那が口を開いたとき、何が起きたのか明らかになった。
「みんなどうしたの?」
刹那は、せつなちゃんになっていた。超が邪悪な笑みを浮かべる。
「幼児設定を完了したネ」

美空ウイルス.exe【ver:18.5】---------------------------------------------------------------

「キャラクターとは、属性という記号の集合ネ。それを操作することは人物を操作すること
に等しいヨ。人物を空気にする、それは前代未聞の大業ネ。そして、今それは完成したヨ。
完全なる空気設定、空気属性の操作、これさえあれば叶わないことはないネ」
満悦する超に向かって、朝倉が言う。
「そういうことね。さよちゃんが私以外の皆にも見えるなんて、変だとは思ってたんだ…
…超、あんたさ、さよちゃんの属性ってやつを、宮崎に移し替えたんでしょ?」
「さすが、朝倉さんヨ。私は最初、位相操作システムで空間を操作しようとしたネ。
しかし、それだけでは大したことは出来なかたヨ。私の抱える根本的な問題を解決するには、
まったく役に立たない発明だたネ。だから、スキャナーの役割を持つ空間を作成したヨ。
そのウイルスを使ってスキャナーの空間に人物を閉じ込め、属性というものを読み取り、
そして、その属性を操作する…これなら私の問題を解決できるネ」
「超、あんたの目的は何?問題って何?」
「それは朝倉さんには関係のないことネ」


「人の個性を操作するなんて、許せない…」
アキラが立ち上がった。目の中には静かな炎が見える。
「大河内さんがこんな大胆な行動をするとは意外ネ。運動部四人組という属性に括られて、
仲良しごっこに落ち着いてると思たガ…」
「仲良しごっこ?私には、真名もいる…」
「龍宮さんのことカ?…では、龍宮さんの恋人という存在は、大河内さんの何を決めるネ?
本来あった通りの大河内さんには、龍宮さんの恋人という立場、つまり、恋人属性はなかったはずヨ」

美空ウイルス.exe【ver:18.6】---------------------------------------------------------------

「愛は属性じゃない…」
「違うヨ。攻め属性、受け属性、その両方を繋げることで、恋愛的な流れを生み出すことが可能ヨ。
そういう属性を操作することで、我々の世界を自由に変更できる者たちがいるネ。
こういう者たちを何と呼ぶカ?創造主?違うネ、創造主は後から属性を操作することはしないヨ。
世界観の破綻を生み出すことになるからネ。では、誰が、そんなことをしているのカ?」

突然、超は笑い出した。

まるで狂っているように。

絶望を楽しんでいるかのように。

「私は憎いヨ。属性をもて遊び、私たちを好き勝手に操作する、職人たちが憎いヨ。
美空という人物を空気とし、私を悪人にした、職人たちが憎いヨ。
だから、私も職人になってやるネ。属性を操作し、この世界を元通りにするヨ!」

狂人のような超の絶叫に、教室は静まりかえった。
そこには、ただ神の域に近付こうとする憐れな天才科学者の姿があるだけだった。

刹那の不思議がる様子が、幼子の声で紡がれた。
「ねぇねぇ、みんなどうしたの?」

【つづく】

美空ウイルス.exe【ver:19.1】---------------------------------------------------------------

超は小動物を愛でるような目で、刹那を見つめた。
「死はエンターテイメントになると思うカ?」
「どういうこと?」
アキラが対する。
「単純な話ヨ。キャラクターの死は人を楽しませるカ?…ということネ」
「死なせることを楽しむってこと?」
「そうヨ。キャラクターが死ぬ物語、見る者たちは楽しんでいたはずネ。
…では、このウイルスによって人物が消されていく様は、楽しまれていたのカ…?」
「楽しいわけないよ」
そう答えるアキラに、超は「やれやれ」といった振る舞いを見せた。
「内側にいる私たちは楽しくない
…しかし、外側で私たちを眺めている存在は、それを悲劇として楽しんでいるヨ」

「超さん!」
突然、ネギが大声で超を呼んだ。
「ネギ先生、どうしたネ」
「僕、超さんの言っていることは難しくてわかりません。
でも、だからってクラスメイトを消していくなんて…そんなの酷いじゃないですか!」
「確かに、この世界を変更する力を持った時点で、私は外側の存在と同等ネ。
だから、諸君らが私に敵対することは間違ってないヨ。正しいことヨ。しかし、馬鹿ネ。」
ネギは上着に潜めた杖を、気付かれないように掴んだ。魔法を使うのも仕方ないという構えだ。
「今の私を侮らない方が良いヨ…、空間という器、そして、その器に生きるもの、
両者を支配する存在に、敵うはずはないネ」
超は手元に三台の小型PCを並べた。全てが宙に浮いている。
両手を構えた超は、恐怖など少しも感じていない表情だ。

その時、二人の緊迫を裂く音が教室に響いた。
「のどかーっ!」
教室のドアが開き、綾瀬夕映と早乙女ハルナが飛び込んできた。

美空ウイルス.exe【ver:19.2】---------------------------------------------------------------

「いやー、まったくの暇ッス」
美空は秘密基地の周辺を散歩していた。ラジオ番組は終ってしまったし、やることがない。
「それにしても、ここ何処よ?」
遥か向こうに見える町の灯りに比べ、秘密基地の周りは光ひとつない。
秘密の基地なのだから、当たり前か。目立つ町中の秘密基地なんて、秘密じゃない。

「まぁいっか。中に入って、何か美味しいものでも探すかね」
美味しいもの…無さそうだなぁ…。
あったとしても、肉まんに次ぐ肉まんに押し潰される図しか想像できない。
基地の中に戻った美空は、あることを思い付いた。
相当、暇だったのだろう。普段の美空では思い付かない。
「そうだ。リスナーとして、番組に応援のメッセージとか送った方が良いかね」

しかし、そこは美空。スタジオは勿論、DJ担当の二人の電話番号すら知らない。
「うっわー、なんで皆、私に電話番号とか教えてくれなかったのかな」
だって空気だもん。

今日の美空は普段と違う。だから、ちょっと生き生きしていた。
そんな美空なら、こんな発想もできるはずだ。
「そういえば、超のことだからクラス全員の電話番号とか調査してないかな?」
多分、むしろ絶対に調査してる。異論なし。
「そうと決まれば、電話番号探しだ!」
美空は、はりきって秘密基地を駆けた。

美空ウイルス.exe【ver:19.3】---------------------------------------------------------------

「のどか!のどかは何処にいるです!?」
そこまで叫んだ夕映は、はっと気付いて青ざめた。
「ま…まさか、もう空気に…?!」

「その、まさかヨ」
夕映が声のする方を向くと、浮遊する小型PC三台に囲まれた超が立っていた。
「宮崎さんは、今、さよステルスに設定されてるネ。
完全な空気となる美空ステルスよりは、まだマシだと思うガ」
「さよステルス、美空ステルス…一体、何の話をしてるですか?」
夕映は訊いた。しかし、超に答える気はないのだろう。既に彼女の興味は他に移っていた。
「夕映さん…その小包の中身を試したことはあったカ?」
「…小包?あぁ、最近スタジオに届けられるようになったコレのことですか?」
夕映は左手に持った、シスターMの贈り物をまじまじと見つめた。
「それは、夕映さん達が望んでいたものヨ。私の生み出した美空ウイルスとは対極にある物ネ」
「つまり、この一連の騒動を引き起こした張本人は、超さんだということですね?」
ここで、やっと夕映は教室に追い付いた。だが、超の台詞から聴くべきところは、そこじゃない。
「その小包の中を開けてみると良いネ」
夕映は小包を持ち上げる。しかし、朝倉が遮る。
「ダメだよ、ゆえっち。そんな物を開けたら、何が起きるかわからないよ」

「そんなに恐れることはないヨ」
超の声は、嘲笑っているかのように聞こえた。
「その中には、約百粒の錠剤が入っているネ。
錠剤を飲んだ人物は、新たな属性を得ることができるヨ。これは、ラジオの方々にとって、
望んでいた物ではないのカナ?その人物が服用するだけで、新たな属性を発見でき、
人気を得ることが期待できるネ。しかし、なんと愚かなことカ…」

美空ウイルス.exe【ver:19.4】---------------------------------------------------------------

「新たなネタとなる属性を付けたところで、
そのキャラクターの本質的な魅力が理解されたことになるのカ…
答えは、否ネ」

チッチッチ…と人指しフィンガーでメトロノームを刻み、
二本の触覚が際立つあの人が、ついに反論に乗り出した。
「ダメだなぁ…ちゃおりん、あんた何も分かってないよ」
「分かってない…とは、どういうことカ?」
「同人魂っていうのかな…溢れる妄想をただ筆に委ね、残った筆跡が形となる世界なんだよね」
「なるほどネ。早乙女さんはクラスメイトで唯一、私の敵となる存在かも知れないヨ…
まぁ、いいネ。言うべきことは全て言ったつもりヨ。後は、諸君らが熟考し、愚かではない答えを
見い出す時を待つネ。ウイルスに頼るか、属性錠剤に頼るか、それは諸君らの自由ヨ」

やっと葉加瀬が顔を上げる。
「超さん、私は帰りませんよ」
「葉加瀬の気持ちは理解してるつもりヨ。しかし、もう一度、よく考えてほしいネ」
超は笑顔だ。狡猾でもなく、嘲笑でもなく、邪悪でもない、爽やかな笑顔だった。
葉加瀬がその笑顔に気付いた途端、超の姿は消えた。位相操作システムを使ったのだろう。

超が去った教室では、しばらく誰も声を発しなかった。皆、考えていたのだ…
超の与えた問、超の抱えた問、今まで考えたことのない問、について。

『不味い、もう一杯!不味い、もう一杯!』
奇妙な音が教室の沈黙を破った。
「ああ、私の着信音です。気にしないでください」
そう言って、夕映はポケットを探った。夕映は一台の携帯電話を取り出すと、画面をぼんやり眺めた。
「非通知です…出ますよ」
夕映に振り向いた全員が頷く。夕映はスピーカー通話に設定し、受話器を取った。
「もしもし、誰ですか?」

『……私はMです』

【つづく】

美空ウイルス.exe【ver:20.1】---------------------------------------------------------------

千雨はベンチに腰かけた。ザジが心配そうな顔で千雨を支える。
「マズいな…、腰に全然、力が入らないぞ」
半笑いしながら千雨は言った。自分を見つめるザジに気付くと、千雨は恥ずかしく感じた。
「なんて顔してんだよ」
「ちう…大丈夫?」
「いや少し、ダメみたいだ。ここからなら学校より寮の方が近いよな…」
ザジは首を縦に振る。
「先生に電話で断って、このまま寮に帰らせてもらった方が良いな
…このままじゃ、何もできねぇし」
千雨の隣に、ザジが腰かけた。ぴたりと寄り添ってきたザジから、体温が伝わってくる。
千雨もザジに体重を預けた。何か、とても重いものを背負っていたような気がする。
そして、それを二人で支え合う。思い合う。なんて温かいんだろう。特に、今日はそう感じた。

不意に、千雨の目は夜道の彼方にある人影を捉えた。あれは誰だ?しかし、見覚えがある。
その人物の辺りを照らす一つの青い光が、人の輪郭を鮮明に浮かびあがらせる。
照らす光はふわりと浮かび、まるでUFOのような軌道を描いていた。
「おい、ザジ。あれが誰だか分かるか?」
青い光が、ふわふわと人影の顔の前まで近付いた。その人物の顔が、青い光に染まった。
「あれ…超じゃねぇか?」
ザジも頷いている。間違いない。メガネをしてても、千雨の視力は悪くないのだし。
そして、その悪くない瞳で、千雨はしっかりと見た。青い光のせいじゃない。
超は泣いていた。頬に引かれた透明な線は、涙の跡だろう。

超は星が輝く天井を見上げると、目を瞑り、暗闇に消えた。
千雨とザジは、ただ呆然とする以外、何もできなかった。

美空ウイルス.exe【ver:20.2】---------------------------------------------------------------

『……私はMです』

夕映の携帯電話から、その声は夜の教室に響き渡った。クラスの皆が耳を傾けている。
「ラジオに小包を送ってきた、あのシスターMさんですか?」


『…はい』
声は夕映の質問にきちんと答えた。夕映は更に訊く。
「では、長谷川さんのPCにウイルスを感染させ、
2-Aの生徒を次々に消しているのは、Mさん、あなたですか?」


『…たぶん』
「多分?…確信が持てないのですか。では、質問を変えるです。あなたは超さんですか?」
『違う』
声の反応は早かった。明らかな否定。
「では…」
『ちょ、ちょっと待ってよぅ。なんで警察の取り調べみたいになってるの?
私は、ラジオのリスナーとして、応援のメッセージを送ろうとしただけなのに』
「応援のメッセージ?ラジオのリスナー?あなたは誰なのです?」
こういう質問のされ方をして、美空はやっと、Mと名乗ることの意味がわかった。
『ラジオ番組のゆえパル分析隊を愛する者、そうとしか言えない』
「何故、私たちのラジオを好きになってくれたのですか?」
夕映は単純な興味で訊いていた。
『何故って、私は存在してるんだって、安心できるから…かな』
「存在してるとわかって安心できる…どういう意味ですか?
…あなたは、本当にあなたは、誰なのですか?」
夕映の眉に皺が寄る。誰かが、脳裏に浮かびあがりそうで、しかし思い出せない。
そんな夕映の心理が、美空には簡単に感じとれた。
『そっか。綾瀬でも普段は思い出せないんだね。今朝、挨拶したのだって覚えてないんだろうね』
「挨拶を!?あなたは、もしかして、2-Aのクラスメイトなの(ry


ガチャン!、プッ……ツー、ツー

そこで電話は切られた。

美空ウイルス.exe【ver:20.3】---------------------------------------------------------------

思いきり激しく置いた受話器から掌を通して伝わる感触は、とても冷たかった。
喉が脈打っている。目からは、血のように熱いものが溢れた。唇は引きつり、口は思うようにいかない。

電話機の回りに、次から次へと滴が垂れた。
「私…泣いているの?」
美空は泣いていた。

ラジオのDJからも忘れられた。私は何者なんだろう。
Mとしては憎まれ、しかし、美空としては、消された存在なのだ。では、美空とは何なの?

ねぇ、私は要らない子?

誰か答えてよ…私は要らないの?





「ぅわぁああああああああああああああああああ」





美空ウイルス.exe【ver:20.4】---------------------------------------------------------------

ネギは千雨からの電話を受け、彼女に寮へ帰るよう告げた。教室で起きたことは話してない。
ネギには、そんな気すら起きなかった。

教室は葬式よりも静かだった。すすり泣く声もなく、誰も一言も喋らない。
自分の生徒が敵となったことでネギも落ち込んでいたし、
同じクラスメイトが事件の首謀者であると知った皆も語る口を失っていた。

加え、シスターMからの電話。彼女もクラスメイトかもしれない。
しかし、もしかしたら、超のウイルスによって空気にされた別の生徒かもしれない…
…答えなんてないのだ。

委員長であるあやかは両手をパチンと合わせ、ネギの背中を押した。
「ネギ先生、もう今日は本当に遅いですわ…そろそろ皆を寮に帰してはどうでしょう?」
「あ、そうですね。ありがとうございます、いいんちょさん」
「いいえ、こんな時こそクラスの団結力が大切なのですわ」
団結力…今の状況でよく口にできた言葉だ。あやかは自身でそう思った。

「はい。えーと、皆さん。今日は色々なことがありました。考えなきゃならないことも
ありますし、何よりもう深夜二時です。なので、皆さん…下校をお願いします」

木乃香と手を繋いだせつなちゃんだけが「はーい」と元気に返事した。
深夜二時の下校は、こうして無理矢理に始まった。

美空ウイルス.exe【ver:20.5】---------------------------------------------------------------

ネギが下校を告げた後、夕映とハルナは教室の端にいる朝倉の元に走った。
他から説明を聞いたからだ。
「朝倉さん、あなたにだけのどかが見えるというのは、本当ですか!?」
朝倉は頷く代わりに、何もない空間をデジカメで撮影し、その液晶画面を二人に見せた。
「の、のどか!」
ハルナが驚く。
「つまり、宮崎は、さよちゃんの代わりに幽霊になってるの。
だから、ほら、元祖幽霊のさよちゃんは皆に見えるし、触れられるでしょ?」
朝倉は、隣で眠り続けるさよを指差しながら解説した。
「のどかに、幽霊になってる間、どうするつもりなのか訊いてもらえないですか?」
夕映は頼んだ。朝倉は慣れたように空間から何かを聞き取り、答えた。
「いつも通り、ゆえっちたちと一緒にいるってさ。
あと、幽霊だから、宮崎の声はゆえっちに聞こえないけど、ゆえっちの声は宮崎に聞こえてるからね」
「わかったです」

今日は変な日だった、と朝倉は思った。あの教室を後にした今、やっぱりそう思う。
さよちゃんが消え、次は現れた。しかも、触れられる状態で。

朝倉はさよを背負って、寮までの道を歩いていた。
初めて触れることができたのに、それを共に望んでいた親友はその事実に気付いていない。
まだ眠っている。
「さよちゃん、軽いんだ…」
朝倉は呟いた。背中からの返事を待ったが、穏やかな寝息以外には何も聞こえてこなかった。
「ねぇ、さよちゃん。私たち、触れるようになったよ。私、さよちゃんの温もりがわかるよ…」
朝倉は嬉しかった。でも、その喜びを親友と分かち合えないから、悲しくもあった。
「あさ…くら……さん」
突然、さよが朝倉の耳元で囁いた。
「さよちゃん?」
答えはなかった。寝言のようだ。でも、その寝言で朝倉は悲しさを忘れることができた。

美空ウイルス.exe【ver:20.6】---------------------------------------------------------------

のどかは幽霊となってしまった。

寮に続く道、ハルナと夕映は頻繁に辺りを見回し「のどか〜、今は何処にいる(の/ですか)〜?」
と訊いてきたが、返事を伝える術はなかった。それだけで、のどかには十分に悲しいことだった。

体は風に舞う布のようで、思い通りに動けない。確かに、空気と同化してしまったような感覚。
これが、空気になるということ…。

「ゅ…ゆえ…」
「は…ハルナ」
そう呼び掛けても振り向かない二人に、何度自分の存在を不安にさせられたことか。
しかし、これが幽霊さよの日常なのだ。他人に無視され続ける日々。

寮の前まで着たとき、のどかは幽霊の世界を彼女らしい形で把握した。
「本の世界に入っちゃったみたい…」
誰も自分に気付かず、誰も自分に振り向かない。これは紛れもなく読者の視点だった。
キャラクターたちに気付かれず、振り向かれることのない"小説を読む自分の立場"、
それは宮崎のどかにとっての日常だった。

『キャラクターが死ぬ物語、見る者たちは楽しんでいたはずネ』

その時から、教室での超の言葉が、のどかの中で反響し始めた。

【つづく】

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最終更新:2007年07月29日 02:35