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シリーズ/美空ウイルス

美空ウイルス.exe【ver:21.1】---------------------------------------------------------------

寮の部屋。千雨とザジは布団の中に潜っていた。
千雨は今日という長き日を回想する。
教室で妙な事件が発覚するは、ラジオのスタジオに部屋を使われるは、そして、
自分の部屋から二人を追って教室に向かおうと走ったが、どうしようもなく途中で引き返したり、

暗闇で涙を流す超鈴音を見掛けたり…

手足が痺れている。腰は重く動かない。真正面で沈黙する天井に、変化はない。
「今日は何だったんだよ…ったく」
隣で眠っているザジが寝返りをうつ。
その様を見つめ、自分たちが平穏の籠に収まっていると千雨は信じた。

突然はじまったざわめきは増幅し、やがて高波となり人を拐う。そんな夢を見た気がした。
外に規則的な足音が聞こえる。新聞配達の足音だ。

「ザジ…起きてるか?」
何を訊いているんだ、さっき寝返りを見留めたばかりじゃないか。

千雨は強引に瞼を閉じ、鮮明な記憶の渦巻く夜の帳に沈んでいった。
時は、朝を迎えようとしているのに。

美空ウイルス.exe【ver:21.2】---------------------------------------------------------------

月が煌煌と光を注ぐ下。
秘密基地の頑強な鋼鉄の扉が、相応しい響きを従え開く。基地の主人が帰還したのだ。
超は玄関の門をくぐると、無口で足を進めた。
金属とコンクリートに囲まれた牢獄を思わせる通路を過ぎ、
廊下の一番奥に潜んだ小さなドアに手を掛ける。超の決心と共に、部屋は開かれた。

「さて、面会の時間ネ」
部屋の中央には、超の背丈ほどの大きさに砕かれた鏡が立っていた。その前に超が立つ。
鏡に、邪悪かつ狡猾な微笑を浮かべた超が映る。しかし、それに対する超は泣いていた。

鏡の超が喋った。
『何か言いたいことがあるのカナ?』

「お前は、やりすぎヨ。刹那さんに属性を付ける必要はなかったはずネ」
『そうでもしないと、奴らは理解しないネ。仕方なかたヨ…しかし、お前も立場がわかってないネ』
鏡の超は、前に立つ超を脅す。
「どういうことカ?」
『お前の研究仲間の属性をイジることも、可能だということヨ』
「それは約束と違うネ!」
約束…それは、葉加瀬が最後に研究室を訪れ、別れの後に交された約束。
『何を言うカ…悪としての私、その存在が何を意味するのか…わかっているはずヨ』
超は属性操作システムを取り出した。三台の機械が青い光を帯つつ浮かび上がる。
「お前は、何故、消えない」
鏡の超は邪神の如く顔を歪めた。
『私はお前だからネ。そうやって、また私を消そうとするノカ?無駄なことヨ。
…善と悪、それは対する関係を前提とする相対的なものネ。超鈴音が他の誰かと共にある限り、
お前は悪にしかなれないネ。お前が悪でなくなるのは、今、つまり、孤独である場合のみヨ』
超は頭を抱えた。絶望しているのだ。
「そんなはずはないネ…」
『自分の理論を疑うカ?』

Error:Character_Control_System【超鈴音:悪人設定の解除に失敗】

美空ウイルス.exe【ver:21.3】---------------------------------------------------------------

寮部屋で、さよの体をベッドの上に横たえる。
一向に目を醒まさないさよに、朝倉は不安を感じていた。

深夜二時半、しかし眠気は顔も出さない。教室の出来事、その全てがスクープだった。
報道記者である朝倉は、いつもなら何度とフラッシュをたき、
もしかしたら超鈴音にインタビューまでしていたかもしれない。
しかし、現実そうならなかった。
報道されるような事件の渦中にいた自分、被害者のひとりである自分、
インタビューされるべきは自分なのだ。

「記者…か…」
朝倉はどこか知れないところを見つめ、独り言を呟いた。
親友の膨らみ萎むを繰り返す胸。生きている、親友。しかし、瞼は深く閉じたまま。
幽霊でなくなったことを、抱き合える腕を持ったことを、彼女はまだ知らないけれど…。

棺に入れられたような姿勢のさよを眺めていると、不意に妙な考えが朝倉の頭に浮かんだ。
「永遠に続くと思われる眠り…王子のキスで目覚める…なんてね」
不思議と頬は紅くなり、顔が熱くなる。朝倉は自分に起きた変化に戸惑いながら、
気付くと、さよに口付けていた。
あの小さい唇に、微かに触れる。
なんだろう…この感覚は…。そんな迷いに襲われながら、朝倉は目を閉じた。
さよと息を繋げたままで。

そのまま沈黙は木霊し、夜は尽きた。

美空ウイルス.exe【ver:21.4】---------------------------------------------------------------

朝の到来を最初に知ったのは、明日菜でも他でもなく、のどかだった。
何故なら、彼女はその夜、一睡もしなかったからだ。のどかには眠り方を忘れてしまった様に思えた。
幽霊になっているということは永遠の眠りに伏している訳で、
夜に眠るも何も最初から眠っているのだから、新たに眠れないのも当然かもしれない。
それにしても寮部屋の窓から望む暁はとても綺麗だった。

目覚まし時計に騒がれて起きた綾瀬夕映と早乙女ハルナは、それぞれ別の方向を向いて
「おはよう(です)、のどか」
と言った。結局、二人とも幽霊ののどかに背を向けて挨拶していたのだが…。

アーティファクトの読心本を出して夕映かハルナに渡せば、会話はできるかもしれない。
そう考えたのどかは、とりあえずアーティファクトを出してみた。
そして、考えていることは不可能だと悟った。
アーティファクトまで、のどか同様、幽霊になっていたのだ。
アーティファクトは持ち主の分身のようなものだから、それもまた当然かもしれない。

こうなると、のどかは完全に世界の部外者だった。
世界に自分が残した記憶だけがあり、今いる自分は認識されない…これが幽霊の日々。
のどかは幽霊であったさよに同情した。

ハルナは三人分の朝食を用意した。
不思議とのどかに空腹感はない。そもそも、空腹の感覚すら忘れてしまった。
いつも見ている朝のテレビ番組が、いつものコーナーに差し掛かる。つまり学校が始まる時間だ。
三人は一人分の朝食を残して部屋を出た。

学校に行くのだ。のどかは、自分を認識できる人物である朝倉にまず会いたくて仕方がなかった。

【つづく】

美空ウイルス.exe【ver:22.1】---------------------------------------------------------------

さよは夢をみていた。

自分は学園に憑いた幽霊で、何十年も孤独に過ごしていた。
しかし、ある日、自分を見ることのできる友人が出来る。彼女は朝倉という名だった。
しばらくの間、私たちは幸せだった。互いに信頼し合い、その友情は永遠に違いない。
しかし、出会いは別れの為にある。何者かが私たちを別々の檻に閉じ込めてしまった。
檻の中で自分は気を失い…夢はそこで途切れた。

不思議な夢だった。何十年も先の未来を見てきてしまったような気分だ。

瞼の上に、朝陽を感じる。起きなきゃ…。
こうして、さよは目覚めた。

そして、すぐに自分の考えが間違っていたことに気付く。
部屋の雰囲気、傍らに伏せて眠る親友、まだ夢を見ているのか…違う。これが現実?

寝惚けた眼を両手で擦り、頬を張った。記憶が整理される。
六十年ぶりの睡眠…六十年間、眠ったことなどなかった。だって、幽霊は眠らないのだから。

さよは上体を起こし、ベッドの傍らに眠る朝倉を見た。
記事を書きながら力尽きて眠ってしまった時のように、組んだ両腕を枕にして伏せている。
さよは、朝倉の髪を撫でようと手を伸ばした。

さよの指が朝倉の髪に触れ、それを分けた。
「…あれ?」
朝倉は寝息を立て続けている。
さよは自分の掌を穴が開くほどに見つめた。それは、さよにとっての奇跡だった。

美空ウイルス.exe【ver:22.2】---------------------------------------------------------------

朝倉の意識は目覚めた。瞼の下の暗闇は、まだ夜を名残惜しく思う証拠だ。
何か明るい匂いを感じる。これは朝の匂いか…。
組まれた腕を頭の台にしていたからか、片腕は冷たく痺れている。
朝倉が頭を横に動かすと、腕の血脈が息を吹きかえし、針が生えたような痺れが加わった。

風を感じる…。気持の良い、そよ風。
何かが顔に触れる。なんだろう……髪の毛?

朝倉はようやく瞼を上げ、それと同時にベッドに伏せていた上半身を起こした。

「朝倉さん!」
ベッドの上から、白髪の少女が朝倉を見返していた。紅いルビーのような瞳は開かれ、潤っている。
「さよ…ちゃん」
「朝倉さんっ!」

白髪の少女は、ベッドの上から体を投げ出すようにして朝倉に抱きついた。
感じる鼓動、肌が触れ合い、相手の息が耳元を通う。
長い沈黙が流れた。

「突然すいません…でも、もし夢だったら、覚める前に朝倉さんを感じたかったんです…」
それを聞いた朝倉は、さよを抱く力を強めた。
しっかり、離してしまわぬように。その存在を確かめるように…。
「さよちゃん…私もだよ…」
さよの腕にも、より精一杯の力がこもった。

この奇跡は悲劇の反作用でしかない。それでも、二人は幸せを見い出した。

美空ウイルス.exe【ver:22.3】---------------------------------------------------------------

朝陽も射し込まない潜みの砦。
秘密基地の廊下に響く単調なその音は、昨晩に始まりまだ終わる気配はない。
この音は開いたドアの隙間から漏れ聴こえるものだ。

「何故、お前は、消えない…」
床に体を倒した超の涙は渇れ、うわ言のように同じ言葉を繰り返す。
青い光を放つスクリーンに向かって、超は何時間も実行キーを押し続けていた。
画面はエラーを告げる文字で埋め尽されている。しかし、超はキーを押すことを止めない。

「何故、お前は、消えない…」
Error:Character_Control_System【超鈴音:悪人設定の解除に失敗】

「何故、お前は、消えない…」
Error:Character_Control_System【超鈴音:悪人設定の解除に失敗】

「何故、お前は、消えない…」
Error:Character_Control_System【超鈴音:悪人設定の解除に失敗】

「何故、お前は、消えない…」
Error:Character_Control_System【超鈴音:悪人設定の解除に失敗】

「何故、お前は、消えない…」
Error:Character_Control_System【超鈴音:悪人設定の解除に失敗】

エラーに塗り固められた画面は、立ち塞がる絶望の壁のようだ。
実行キーの奏でる単調な音。それは今にも絶えそうな超の鼓動に思えた。

Error:Character_Control_System【超鈴音:悪人設定の解除に失敗】

一体、誰を恨めばよいのだろう。その答えは、天才にもわからなかった。

美空ウイルス.exe【ver:22.4】---------------------------------------------------------------

鐘が鳴る。クラスメイトは一部を除き、ほぼ全員が席に着いている。
のどかの席は、欠席と間違われぬよう夕映が椅子を引いておいた。
のどかは夕映に礼を言ったが、その声も届いた様子はない。
辛いが、しかし、これも一日限りと思えば耐えられる気がした。
でも、この考えは別の誰かに負担を擦り付けることを前提としている。
そんな考えに頼ってしまう自分が、のどかには後ろめたく感じられていた。

さて、朝のホームルームが始まる時間だ。ネギ先生が教室に来て、やはり教卓の前に立った。
「…ぁれ?」
のどかは自分の席から辺りを見回した。彼女は重大な事実に気付いたのだ。

朝倉和美、今ののどかを認識できる唯一の存在、その朝倉が教室にまだ来ていない。
のどかは、出席確認を始めようとするネギの声を、注意深く聞いていた。
「え〜と、出席番号1番、相坂さんは欠席…っと、あと朝倉さんも欠席ですね…。
…では、明石さん」
「にゃー!」
「綾瀬さん」
「いるです…あの、ネギ先生。ひとつ訊いてもいいですか?」
ネギ先生が出席簿から目を離し、夕映を見つめる。
「はい、何ですか?夕映さん…」
ネギ先生は真剣な表情だった。こう毎日の出席確認で誰かが手を挙げ、その度にウイルスの
猛威が発覚してきたのだから、その表情は当然のものだ。
今度は誰が消えてしまったのだろうか、とネギは身構えた。
「ネギ先生、朝倉さんはどうしたのですか?」
「朝倉さんは…欠席です。本人から連絡を受けているので間違いありません」
「そ…そうですか」
夕映は急に心配になった。のどかと自分を繋いでくれるだろう朝倉和美の不在は、
のどかの精神的負担が増えることを意味している。それは一番避けたいことだった。

美空ウイルス.exe【ver:22.5】---------------------------------------------------------------

のどかは自分の存在が真に薄れていることを知った。
皆の頭脳から自分の記憶まで消えたのではないのに、
皆の会話に"宮崎のどか"という名前が現れないのだ。
自分のいない世界、それを見せ付けられている。のどかはそれを意識し始めていた。
もし、事故か病気かで自分が死んでしまった場合の教室。宮崎のどかの不在に無関心なクラスメイトたち…。
これが"空気"という存在なのかと思い知らされる。誰か、誰でもいい、自分に気付いて欲しい。

「夕映…ねぇ、夕映ってば…。あ、ハルナ…、ネギ先生…」
名前を読んでも振り返らない。皆が皆、のどかに気付かない。

そして、不安は彼女の心から溢れてしまった。流れる涙は止まらない。
わかってしまったのだ。この教室に、自分は必要でない。居ても居なくても、何も変わらない。
事実、誰も教室から飛び出すのどかを止めなかったのだから。

美空ウイルス.exe【ver:22.6】---------------------------------------------------------------

ここは研究室。空調が止まり、淀んだ気体が満ちている。埃っぽい臭いが立ち込めている。
教室を抜け出し、無我夢中でここまで来た。どうやって辿り着けたか覚えていない。
研究室のどの机にも、ファイルや紙束がバベルの塔宛ら並んでいた。神の座を求める者たちの塔だ。
「宮崎さん…来ると思っていたヨ」
一際高々に積まれた塔を前にして、超は椅子に座していた。
「…私が見えるんですか?」
「当たり前ネ」
超はさっぱりと答えた。
「元に戻してください」
のどかは懇願する。
「無理ヨ、私にはどうしようもできないネ。
それに付け加えられた属性が嫌なら、教室にいる者たちが崇拝する神座の観客たちを恨めば良いヨ。
新たな属性が人気を呼び、それが確かな存在感に繋がるというのなら、
宮崎さんは今、満足しているはずネ」
悪魔の目論見は着実に、駒を動かしていく。
「何故、朝倉さんが欠席したか分かるカナ?」
のどかは呻き、小さく頷いた。

【つづく】

美空ウイルス.exe【ver:23.1】---------------------------------------------------------------

「これで全体の構造が分かりましたー」
昼休みの教室で、葉加瀬は歓喜の声を挙げた。その声に、茶々丸から昨日のことを聞いていた千雨
や、せつなちゃんをあやしていた那波が振り向いた。
「やったね!ハ〜カセ!」
夏美が葉加瀬の肩を揉みながら誉める。葉加瀬は照れながら皆が集まるのを待った。

ウイルスPCに向き合った葉加瀬を中心に、クラスメイトたちが輪を作る。
理解できるかどうかの問題ではないのだろう。
あからさまに機械音痴な面々までもが輪に加わっている。
自分を囲む聴衆が静まると同時に、葉加瀬は解説を始めた。
「まず、このPCには美空ウイルスという名称のウイルスプログラムが侵入しています。
このウイルスプログラムはほぼ単独で動作していますが、他の場所にあるPCか何かから通信
を受けて初めて動作するタイプのようです。なので、ラジオから空気認定の発表を聴き、それを
別の場所からこのPCに教え、動作させていたようです。だから、人を空気にしたりする行程は
全てこのPCで行っているんです。驚きですよ」
葉加瀬は感心しているようで、目を瞑って頷きを何度か繰り返した。
そこに千雨が質問を投げ掛ける。
「だったら、そのPCを破壊すれば空気事件は幕を閉じるってことか?」
葉加瀬は掌をひらひらと振って否定した。
「そんな簡単に話は進みませんよ」
やっぱりか、と千雨は思った。
「このPCを破壊した場合、確かにウイルスは以降の動作をしなくなります。
しかし、それではまるで意味がないんですよ。消えた人は消えたまま放置されてしまうんですからね」
「つまり、私らは自らの手中に人質を抱えてるってことか…」
そして、千雨と葉加瀬は同時に黙り込んだ。

美空ウイルス.exe【ver:23.2】---------------------------------------------------------------

「何故、超さんはこんな面倒な方法を用いたのでしょうか?」
茶々丸が冷静な声で訊いた。
「自分の武器を相手に保管させておくなんて、確かに普通はしないよね。茶々丸…鋭いね」
葉加瀬はそう答え、我が子を褒めた。葉加瀬は続ける。
「私にも超さんの真意はわかりません。でも、何か感じるんです。例えば、
まるで、私がこのウイルスを手に入れることになるよう仕組んでいたみたいに…」
葉加瀬は斜めに傾げたメガネを指で押し上げ、茶々丸を向き反応を待った。
「…つまり、超さんのハカセに対する挑戦…ということでしょうか?」
「そうかもしれないね」

明日菜が手を挙げた。
「あのさ、空気設定とか色々あったけど、あれは何が起きてたの?
私、全然わかってないんだよね」
葉加瀬は明日菜を指差し、それからPCに向き直った。
「そうそう、その説明もする必要がありますね。では、おさらいしましょう。
まず、夏美と相坂さんが空気にされて、二人がそれぞれ帰還した後に
ウイルスはアップデートされ進化、そして今度は宮崎さんを空気にしてしまいました。
これは超さんの発言による推測も含まれるんですが、つまりこういうことなんですよ」
そこまで言って、葉加瀬は席を立ち黒板の前でチョークを握った。
「いいですか?夏美と相坂さん、そして宮崎さんが空気にされましたが、これらの空気設定には
違いがあるんです。まず、夏美と相坂さんに施された空気設定は…」
黒板に二つの円が横に並べられる。
「右の円が私達の住む世界だとして、夏美あるいは相坂さんを左の円の世界に転送した…
…単純に言うと、こうなります。これらは全く別の世界なので、関係性は遮断されています。
だから、対象の人物が左の世界にいる場合、その人物は左の世界の住人になる…

美空ウイルス.exe【ver:23.3】---------------------------------------------------------------

…左の世界は右の世界とはまるで存在の質が違う。本題はここからです。
左の世界に移動してしまった人物は既に右の世界の住人ではないんですよ。
だから、右の世界からは"まるで及び知ることのない異世界の住人"として扱われてしまいます。
さて。明日菜さん、宇宙の遥か彼方にナブー星人が存在するとして、それは真実ですか?」
突然、話を振られた明日菜は、何を訊かれたのかすら掴めていない。
「えぇ…と、宇宙人が実在するかってこと?」
「違います。
宇宙人が存在すると言われて、それが明日菜さんの中で真実として認識されるかどうか
…という質問です」
「ワケわかんないわよ…」
「では、異次元世界に村上夏美、または相坂さよ、という人物が存在します
と言われて、信じられますか?」
千雨は心の中で、なんで神楽坂を質問の相手に選んだんだ?と葉加瀬に文句をつけた。
そんな千雨の祈りが通じたのか、夕映が話に割り込んでくれた。助かった。
「あの、つまりそれは、
現実性のない話を突然、真実だと教えられて、それを本当に真実だと思えるか
…ということですか?」
「はい。そういうことです」
傾げた首が直らない明日菜を置き去りに、葉加瀬の説明は続く。
「明らかに現実性の欠ける事実をつきつけられて、それを現実の一部として認識できるか…
答えはノーのはずです。いきなり、魔法使いは実在するだなんて言われても、誰も信じません」
葉加瀬を囲む内、数人はなんともいえない表情を浮かべた。
「右の世界から見て、左の世界は自らと異なる現実を持つ世界なんですよ。
だから、左の世界に移動した人物は、記憶からも、何からも認識の上で、右の世界からいなくなる。
これを使って現実社会から隠れてる者たちもいるかもしれませんね」

美空ウイルス.exe【ver:23.4】---------------------------------------------------------------

ここで、あやかが葉加瀬の説明に反論した。
「でも、右の世界にいたのにも関わらず、千鶴さんは夏美さんを忘れていませんでしたわ」
葉加瀬はチッチッチ、と人差し指を突き立てた。
「那波さんは、右の世界にいなかったんですよ」
「どういう意味です?分かるように教えてください」
「庭をひとつの柵で区切ったとします。区切られた一方の庭から、もう一方の庭は見えません。
これが右と左の世界の関係です。右の庭から左の庭は見えません。だから、もし那波さんが
右の庭に立っていたら、確かに左の庭が見えてはいけない。でも、それは違うんですよ。
那波さんは、柵の上に立っていた。これは那波さんから聞いた話に基づきますが、那波さんは
左の世界へと消えていく夏美を見送ったそうです。
だとしたら、那波さんは柵の上まで来てしまっています。これは朝倉さんにも共通です」
ここまで聞いて、ネギが話を次に促した。宮崎のどかの場合。
「宮崎さんは右の世界にいます。移動はしていないんです。唯一変わったのは、彼女の持つ属性
、つまり個性です。超さんは左の世界をスキャナーの空間と呼んでいました。
宮崎さんの前の段階で左の世界に閉じ込めた相坂さんから幽霊の属性を切り取り、
宮崎さんにその属性を貼り付けた。そういうことでしょう」
全てを言い終えた葉加瀬は、どっかと椅子に腰かけた。
「今夜が勝負ですよ」
葉加瀬は言った。
「私たちに手の内を明かした超さんが、何もしてこないとは思えませんからね」
だから、今夜、宮崎のどか帰還と同時にウイルスを破壊する。葉加瀬はPCを前に、勝利を誓った。

一方、夕映は誰もいない空間に向かって呼び掛けた。
「のどか、もうすぐ元に戻れるですよ。それまで頑張るです」

美空ウイルス.exe【ver:23.5】---------------------------------------------------------------

「宮崎さんの、そのアーティファクトは非常に危険ヨ」
「あぅぅ…」
研究室は瓦礫の山に埋もれ、その上で二人は対峙していた。
怯え、倒れ込む宮崎のどか、彼女を襲わんとする超鈴音。
超の周りには青い光の機械が浮遊し、今にも最後の一撃を放つことができる。
「素直に従っていたら、こんな手荒な真似はしない予定だたヨ」
「あわわわ…」
宮崎のどかがクラスメイトを裏切るはずはなかった。
彼女は教室の皆を信じていたし、超の主張とは無関係に超の行為を嫌っていたからだ。
しかし、孤独という恐怖が、のどかを動かしてしまった。
何も超に味方するというのではない。これ以上の悪を働かぬよう超を説得するつもりだった。
のどかは、そうすることで自らの存在意義を保とうとしたのだ。まさに、それは暴走だった。

そんなのどかを、超は仲間に引き入れようとした。
悪魔のような舌で招き、自らの思想に染めようと試みた。
しかし、のどかは超の提案を拒否した。超の仲間にはならない。神に並ぼうなどとは思わない、と。

「全く、幽霊属性なんて与えなければ良かたネ。こんなに逃げ回るとは思ってなかたヨ」
超を囲む三台の機械の内、一台が不気味な軌道を描きながら、のどかに急接近した。
「ひゃあっ!」
機械の放った光線がのどかを包み、彼女の体を煙に変えていく。
のどかは暴れたが、そんな抵抗は今更、何の意味もなかった。
超が息を吹きかけると、大気に溶けるようにして、のどかは消えた。

「相坂さん…朝倉さん…宮崎さん…、みんな消してしまたヨ」
超は左手に、のどかの本を召喚した。
霊を捉える朝倉の瞳で、葉加瀬の机があった場所を見つめ、呟く。
「ハカセはどうするつもりカナ?」
そして、超は本の頁を捲った。

【つづく】

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最終更新:2007年07月29日 02:35