.

 その男は神の意思に振り回されるばかりの人生だった。

 理不尽な使命によって歩まされた過酷な旅路。道中で失ったものは計り知れない。 

 尊き母を、大切な部下たちを、帰るべき故郷を。使命を果たせぬまま、無駄な血ばかりが流れていく。


 遂に故郷に戻ることを許されぬまま、またしても告げられた神の指令。

 果てに対面した、恐ろしく狡猾な竜。

 部下を殺され、怒りのままに奮戦した。

 それが原初の過ちであると気づかぬままに。


 血に染まった泉の中心で、男は深く慟哭する。

 もういい。もうたくさんだ。これ以上何を奪う。

 己は充分失ってきた。疲れ切っているのだと。


 そんな彼に、神は告げる。

 まだだ、お前の物語(やくわり)は尽きていない。


 さあ、血濡れた手に握る、竜の歯を撒くがいい。

 お前の国を興すがいい。 

 お前は、この地で王になるのだ。


 何を馬鹿な。もうこんな運命からは開放してくれと嘆きながら。

 男は神に逆らえない。

 地に撒かれた竜の歯は深く埋まり。

 そして、男は刹那の間隙に、その先の景色を見た。


 骨の戦士が現れ、殺し合いが始まる。

 五人にまで減った戦士はしかし、やがて肉を得て子を持つだろう。

 子は人を増やし、人は文明を作り、文明は国を盛り立てる。

 そんな、自らが始めた物語の過程。


 七つの門に囲まれた強き都市国家。

 荘厳なる景色を夢想して、国を作りし男、建国の王は思ったのだ。


 ああ、やっと、己の人生(ものがたり)を始められるのだと。

 神の使命に操られる人形ではない。

 自分自身で決めた、此処から先は自らが勝ち取る物語だ。


 良き国にしよう。そう思った。

 強き国にしよう。そう誓った。

 皆が幸せになれる、そんな国を作りたいと。


 誇りと決意を込めて、建国王は鉄槍を地に突き立てる。

 身勝手な神達の時代ではない、やがて訪れる人の時代の為に。

 人の国を、ここに興さん。















 巨大なる純白の機械天使。
 今、雪村鉄志の目前に現れた存在を一行で言い表すならば、そのような表現になる。

 6階建てのビルに並ぶほどの巨大な人型機械。
 その頭部にある赤い発行体の放つ光が、無機質でありながら確かな脅威を乗せてこちらに向けられていた。

「さて」

 そして、天使の頭頂に立つ薄い青髪の少年は、事も無げに言ったのだ。

「終わろうか、エウリピデスの空想」

 襲い来る目眩に、雪村は崩れそうになる体勢を必死に維持していた。
 事の発端である老王との決着は未だに着いていない。
 乱入してきた星の悪神の脅威は今も目の前に在る。
 脅威に次ぐ脅威、イレギュラーに次ぐイレギュラー。

 そんな中、新たに現れた巨大なロボット、のようなもの。
 極めつけに降り立った、今日一番の異常値。
 それこそが、雪村にとって、今日一番の災厄であると。

 嫌な予感が告げていた。
 そして悲しいかな。雪村は、この手の勘を外したことがない。

「マキナ……あのガキが新手のサーヴァントって事は俺でも分かる。
 分かるが……にしたって、あのバカでけえ巨人はなんだ……?」

『あい・こぴー。スキャン、再執行しました!
 やはり……あのちいさいサーヴァントの使い魔としか……。
 ですが一体どうやって、あんな巨体の動力を維持しているのかは当機にも……あっ!?』

 耳元に、一体化したマキナが息を呑む気配が伝わった。
 そうして、神を目指す少女の口から、その核心がこぼれ落ちる。


『あの……針音』


 巨体の駆動音に混じって、僅かに聞こえる時計の針の音。
 つい先程、彼らはそれと同じ音を聞いたばかりだった。
 マキナの声によって察した雪村も、その方向を見る。

 滅びた杉並区の町並み、中程で折れた電柱の上に立つ悪神の少女。
 アーチャー、天津甕星は先程の槍撃によって抉られた脇腹を擦りながら、青髪の少年へと気だるげな態度で話しかけている。

「ねぇキャスター。あんたが自分で出てきたってことはさ、私もう引き上げていいんだよね?」

「ふん、それはこの後の展開次第だな」 

 対してキャスターと呼ばれた少年は少女に一瞥もくれぬまま素っ気なく答え、こちらを見下ろすばかり。
 雪村は乾いた笑いを浮かべながら、自らに降りかかる災厄の枠組みを理解した。
 否応なく、理解させられたのだ。

「―――は、ふざけんじゃねえよ。こんなもん、推理する以前のハナシじゃねえか」

 アーチャーの備えていた不可解な出力、無限に在るかに見えた魔力保有量。
 それと一致する針音の調べと、無限の動力という共通点。
 などという、状況証拠を並べるまでもないことだった。
 そもそも彼らは関係を隠していないのだから。

「なんなんだテメエらは……!」

 敵だ。間違いなくアレはこちらを害するために現れた。
 そして先程から堂々と交わされる会話を聞くに、悪神のアーチャーと通じている。
 いや、そもそもあの少年こそが、アーチャーを差し向けた張本人であり、ともすれば―――

「なぜ俺のサーヴァントを狙う? なぜ蛇のことを知ってる!?」

 目前の脅威を現実のものと受け入れる事と並行して、雪村の頭にスパークする疑問の連鎖。
 なぜ、これほど凄まじい出力を無制限に動かせる。
 なぜ、蛇の情報を知り得る。
 この東京の一体どこに、アレほどの巨体を隠し得る工房を作り得たのか。

 そして理屈を飛ばして走る勘は、恐ろしい事実を予告する。
 これまでの推理、これまでの推測、積み重ねた様々な想定と思考材料。
 その一切合切を、目の前の存在は今に台無しにしてしまうぞ、と。

「テメエは―――まさか―――」

「うるさいな。ボクが"黒幕"だ。
 そう答えたら後は黙るのか? 雪村鉄志」 

「―――――な」

 絶句する雪村を見下ろしながら、少年は心底めんどくさそうにため息を吐いた。

「ボクは〈前回〉の勝者にして〈今回〉の舞台の創立者。よって、この街でボクの手から溢れる情報は一つも無い。
 ほら、この答えが欲しかったんだろう、愚鈍な探偵。 だからくれてやっている。
 満足したら黙ってくれ、ハッキリ言って、おまえにはまるで興味が無いんだ」

 彼の言葉は不遜であり、気怠げであり、故に欺瞞は一つも無いように感じさせる。
 確かに、その存在は雪村の想定の一つにあった。
 始まりの六人、前回の敗者が参戦する戦場に、勝者が立たぬ道理などない。
 そして勝者が存在するということは、其の者こそが、黒幕と呼ぶに相応しい聖杯戦争の発起人で在ることは、想像に難くないだろう。

 しかし、存在を仮定できたとて、想定できるはずがない。
 その存在がこうもあっさりと身を晒し、あまつさえこちらを名指して会いに来るなど。

「随分あっさり自白するじゃねえかよ……」

「勿体ぶってほしかったのか?
 くだらないな。ただの事実に何の意味がある?」

 事実として、彼は心底興味がないようであった。
 黒幕が黒幕であることに、それが自ら動くことに、まるで特別性を見出していない。
 舞台の風情も、話の流れも、挟むべき伏線も、その全てに価値があるとは思えない。


 ページを捲れ。章を飛ばせ。望む終わりをさっさと見せろ。

 運命の加速。
 彼はそれを望んで執り行う。
 そしてこの舞台において、最も明確な変速とは。

「一切の過程(ストーリー)に意味などない。
 最後の一頁、その結末が全てだ。――なあ、そうだろうが、〈救済機構〉?」

 時を刻む瞳が、黒い鉄騎を見下ろしている。
 その視線は最初から、一切ブレることはない。

 雪村は今度こそ理解した。
 キャスターはここに至るまで、一度も己を見ていない。
 彼の言ったように、彼は雪村に全く興味が無いのだ。

 彼が見ていたのは、用があったのは、最初からずっと、一人だけ。
 今は黒き装甲と変じ、雪村と一体化している存在。
 アルターエゴのサーヴァント。

『……なる。つまり――』

 デウス・エクス・マキナ。
 エウリピデスの空想にして、人造の神霊。
 神を目指す少女。

『貴方の目的は、あくまで当機だったのですね』

「ああ、ボク自身が出向いたのはセラフシリーズの試用テスト、そのついでに過ぎないけどね」

 彼は何でもないことのように、素っ気なく告げる。
 だが、ほんの少し、雪村に向けた言葉には無かった何かが、そこには含まれていた。

『識別名称を伺ってもよいですか? それとも、針音のキャスターと呼称しても?』

「きみの好きに呼ぶといい」

 それは人嫌いの彼が、他者に向けるには珍しい色波。
 相棒たる白の少女に向けるものとはまた違う。

「どうせすぐに……」

 ぱちん、と。少年の指が鳴り、それを合図に人型機械が駆動する。 
 三対六枚の翼が展開され、頭部の発行体が強烈な光を解き放つ。
 臨戦態勢に入ったのだと、誰の目にも明らかだった。

「名乗る意味なんて、消え失せるだろうから」

 彼が誰しもに向ける嫌悪感とは、少し違ったなにか。
 在る種、意外なまでの穏やかさを伴って発せられるそれが。
 至極珍しい彼なりの、敵意の発露であったとしたら。

『――のん、この邂逅を、当機は決して、無意味にはしません』

 黒の鉄騎は火花を散らしながら自動修復を続けている。
 しかし全快にはまだ遠い。連戦によって疲弊した現状。
 詳細は未だ不明ながら、黒幕が名指しで襲いかかってくるという絶望的な状況。 
 絶体絶命の危機に見舞われながらも、雪村はなんとか立ち続けることが出来た。

「まだ、やれるか? マキナ」

『いえす、ますたー。切り抜けます』

 なぜなら、まだ相棒は諦めていない。
 追い詰められていくばかりの状況で、神を目指す少女は前を向いている。
 一体化した今、隠しきれない動揺が伝わってくる。それでも、懸命に前を向いて、立とうとしている。
 だから雪村もまた、折れるわけにはいかないと、そう思えたのだ。


「――――おい」


 そうして開かれようとしていた戦端に、しかしここで、割り込む声があった。


「――――不敬者どもが、先程から誰の御前で許可なく口を開いている?」

 地に突き立つ絢爛の鉄槍。
 静かなる老王の喝が、夜の街に響き渡る。

 ランサー、カドモス。
 ここまで趨勢を見ていた彼の声音は落ち着いたものであったが。
 内に隠しきれぬ激しい憤怒が立ち昇っていた。

「なんだおまえ、まだ居たのか」

 針音のキャスター、オルフィレウスはここで初めて、マキナから視線を外した。
 夜の街に君臨する王を、面倒くさそうに睨めつける。
 目線と声音は、再び雪村に向けられたものとさして変わりない、鬱陶しげなものに戻っていた。

「ええっと……あんた、ちょっとさあ……あの手のタイプにその言い方すると……」

 アーチャーがなにか言いたげに声を上げかけるが、お構いなしに彼は続ける。

「悲劇の源流たる老王、カドモス。
 良くも悪くも、おまえに対して特段興味はないが……まあいい、好きに選べ、ランサー。
 今すぐ失せるか、そこの救済機構の排除に協力するか。
 後者を選ぶなら働きに応じて報酬も恵んでやる」

「ああっこの……コミュ障……っ!」

 あっちゃあ、と片手で顔を覆うアーチャー。
 何がだ、と言いたげに首をかしげるオルフィレウス。
 そして王の裁断は実に簡潔なモノだった。

 光の一閃が走る。
 放言からノータイムで射出された魔力の螺旋が機械天使の頭部に飛来する。
 それは少年に直撃する目前にて、巨大な腕部に阻まれて四散した。
 一撃をもって立ち位置を表明したランサーは、鉄槍を担ぎ上げながら苛立たしげに宣言する。

「なるほどな、身の程を弁えぬ白痴であったか。
 よかろう、愚か者に相応しい最期を馳走してやる」

「なぜそうなる? どう考えてもこっちについた方が得だろうに……。
 なあアーチャー、あいつはボクの話を聞いていなかったのか? それとも理解する頭がないのか?」

「あーもうこっちに振るな!
 どう考えてもあんたの言い方が悪かったでしょうが」

「そうなのか? まったくプライドの高いサーヴァントは御しがたくて厄介だな」

「あんたそれ鏡見て言ってみ?」

 敵対を宣言する老王を前に、少年はやれやれと面倒くさそうに肩をすくめて嘆息する。
 しかしすぐに、まあいいかと思い直したのか。
 不意にアーチャーへと視線を向けて。

「つまり、おまえの仕事が出来たということだな」

「……げ」

「アーチャー。ランサーを抑えろ」

「……断ったら?」

「どうなるかいちいち説明させるのか? その程度の想像もできないのか?
 これ以上ボクの貴重な時間をバカとの会話で消費させないでほしいのだが?」

「あーもーわかったっての! やりゃいいんでしょ!?
 なんか、こうなる気がしたのよね……」

「わかっているなら、なぜ無意味な言動を発するのか……理解に苦しむ」

「ねえ殺るならさっさと始めない? これ以上あんたと会話してると私も敵にまわっちゃいそうだわ」

 いずれにせよ、これより行われる戦闘の構図は明確となった。
 総勢4騎による2対2のタッグマッチ。
 タッグの組み合わせはキャスターとアーチャー、そして――

「手を貸してくれるって認識でいいのかよ、爺さん」

「思い上がるなよ無礼者が」 

 アルターエゴとランサー。

「言ったはずだ。これは優先順位の問題に過ぎない。奴らを討ち果たした後は、予定通り貴様らの処刑を執り行う」

「へっ、そうかよ。だったら、あのアーチャー相手に簡単にやられんなよ」

「黙れ凡夫め。誰に向かって物を言っている。
 だが、この場においては凡夫に相応しき王令をくれてやろう。
 儂が弓兵を討つまで、あの機械人形の相手をしていろ。あるいは見事討ち果たせば褒美をくれてやる」

「へえ、褒美って?」

「決まっているだろう、慈悲のある最期だ」

「ま、そんなこったろうと思ったよ」

 黒の鉄騎が肩部と腰部のスラスターに魔力を滾らせる。
 老王の槍が強烈な光を収束させる。

 星の悪神がその弓に矢を番える。
 そして遂に、白き機械天使が針音と共に起動する。

 ―――これより、もう一度、杉並の夜に、人知を超えた戦いの幕が上がる。




「《Seraph=Ζήνων》試験運用―――開始」

 起動する天使。白の巨人が両腕を伸ばし、備えた武装を展開する。
 開放された砲門は九つ。
 頭部の発行体、三対六枚の羽、そして両腕部の先端。
 そこから鮮やかな真紅の魔力流が同時に吐き出され、東京の町並みを貫きながら多方向に放射される。

 鉄騎と老王を同時に狙った初手。
 彼らもまた同時に別方向へ回避行動を取り、迫りくる光線の束を凌ぎ切る。

『フォーム:ヘラクレスを再実行! 全スラスターの修復を確認! 離陸可能です、ますたー!』

「了解。行くぜマキナ、引き続きサポート頼む」

『いえす! 魔術回路の本線は最優先で機動力へ回し、余剰分で装甲の修復を続行します!』

 地を蹴って数秒も経たず、雪村は共闘対象(カドモス)の存在を意識から外した。
 正確には、意識することが出来なくなったのだ。
 九本のレーザー光はその放射を持続し、巨人の腕や翼の振りに合わせて薙ぎ払うように襲いかかる。
 その全ての矛先は今、黒の鉄騎、つまり雪村とマキナへと向けられている。

 敵はその宣言通り、マキナを狙っているようだった。
 カドモスをも射程に入れた攻撃は初手のみであり、そこから先は鉄騎への集中砲火。
 現時点で、老王との連携を考慮する余裕は無かった。一心同体となった主従は以心伝心の即断により、目前に迫る脅威の対処に全神経を傾けることを合意する。
 肩部スラスターから放出する魔力の生み出す推進力が、鉄騎の装甲を空中へと跳ね上げ、追尾するレーザー光の軌道から逃れ出る。

 超高速で夜を往く蒼光の軌跡、それを追う九束の紅光。
 冗談のような破壊規模と攻撃持続時間に、雪村は改めて舌を巻くしかない。
 右肩の装甲を掠めたレーザーが僅かな熱を残しつつ、傍らのビル壁を溶解させながら過ぎていく。
 真紅の光が滅びた街を更に蹂躙する。高層ビルを呆気なく両断し、路上のアスファルトを砕き散らしながら駆け巡る。
 唯の一撃も被弾は許されない。
 装甲の修復は未だ途上、今喰らえばそれだけで敗死は免れぬ。
 アーチャーの速射に比べれば、まだ回避が可能な速度域であることが救いだったが、威力と攻撃範囲だけで論ずれば、その剣呑さに大きな差異は無いだろう。

 そしてこの敵がアーチャーと同等以上の動力を保持していると仮定すれば、燃料切れを狙うのは望み薄だ。
 持久戦ではいずれ、こちらの魔力が先に尽きるのは明白であった。
 高燃費と高出力を両立させた神機融合モードにあっても、決して魔力は無限ではない。
 カドモス、天津甕星と、強敵との連戦によって、燃料(まりょく)にも装甲にも限界が迫っている。
 故に攻勢に出る必要があったのだが、

「よお、天下の黒幕さんよ」

 レーザー光の弾幕を抜け、鋼鉄の機体は天使の頭部に肉薄する。
 そこに立つ小柄な少年へと、今度は同じ高度で会話を試みる。

「わざわざ御自ら殺しに来るたぁ、俺のサーヴァントを随分買ってくれてるじゃねえか」

 黒の鉄騎はその手に握る武装を振りかぶる。
『熱し、覚醒する戦闘機構(デア・エクス・チェンジ)』
 フォーム:ヘラクレス。主武装、棍棒。
 今、彼らが振るうそれは、灰色の鉄塊に似た無骨な長物である。

「そんなに怖えのか。この救済機構(お嬢ちゃん)が!」

 武器からの魔力放出を組み合わせ、横薙ぎの軌道で渾身のフルスイング。
 口撃を織り交ぜて繰り出した一撃に容赦はない。
 相手が子どものような見た目のサーヴァントだからといって、躊躇できる状況でないことは分かりきっていた。
 にも関わらず、その攻撃軌道はキャスターに直撃する手前で静止する。

(―――くそっ、そりゃそうだよな、んな簡単に殴らせてくれるわけもねえ)

 心中で歯噛みしながら、再度棍棒を振りかぶり、縦方向の振り下ろし。
 異変は連続する。今度は直撃の寸前に軌道が変わり、鉄騎の身体ごと横方向に流された。
 制止と屈折、どちらの現象も雪村の意思ではない。ましてマキナの不具合でもなく。

『……これ……は、まさかっ』

 現象を解析したマキナが息を呑むと同時、彼らの目前で赤い光が瞬いた。
 キャスターの眼前に翳された巨人の腕からレーザー光が照射される。
 すんでのところで身を躱したマキナの装甲を、猛烈な衝撃が襲っていた。
 至近距離での直撃だけは避けたものの、機体の中心から放射状に広がった電撃が筋肉の動きを硬直させる。

「ぐ―――お――――」

 全身を襲う痛みと痺れ。
 墜落しながらも雪村は己の意識を手繰り寄せる。

『解析でました! ギリシャ神話、ゼウスの権能、その再現――!』

「―――権、能だと?」

『いえす、あの機体にはゼウス神の雷、そして重力操作の一部が搭載されています!』

 地面に激突する寸前になっても雪村の筋肉は痙攣を続けていた。
 よってマキナの自動操縦が一時的に機体操作をハックし、スラスターを吹かして路上を滑るように後退する。

「くだらない勘違いをさせてしまったなら、そこは詫びておこうか」

 再び、見上げる者と見下ろす者。
 その構図こそ正しいと告げるように、キャスターはマキナを見下ろしている。

「怖い? おまえ達がか? まるで笑えない冗談だな。
 ボクがここにいるのは、ゼノンの試運転にちょうど良かったからに過ぎない」

 彼我の差はまさに天と地。
 勝負のようなやり取りを演出させているに過ぎないと言うように。

「こいつでさえ、過ぎた火力だ。
 理論上は、アーチャーに持たせた動力だけでも、充分破壊できるだろうからね」

 しかし彼は元来から無駄を嫌う性分である。
 ならば此度の降臨にも必ず意味があるだろう。

「セラフシリーズはシナリオ短縮(スキップ)の要点になる。
 量産に向けたテストケースとして、丁度いい場だったというだけさ」

 針音のキャスターは僅か一ヶ月で戦略兵器級の『発明品』を構築した。
 根本の疑問。
 これほどの巨体、これほどの出力を誇る機体を作成する工房が一体どこに存在したのか。
 そしてその存在が証明された今、絶望的な未来が暗示されている。

「嫌な響きだぜ。まるでそこのデカブツが、これから何体も増えるみてえに聞こえるが」

「…………? 他に何か解釈があるのか?
 バカにも分かりやすく『諦めろ』と説明するのは骨が折れる」

 戦略的見地において、敵に回すのならば"時間"を与えては為らぬ者達が存在する。
 主に知略を武器に立ち回るタイプの手合だ。
 サーヴァントであればキャスターやアサシンに多く、マスターであればノクト・サムスタンプや脱出王などが該当する。
 すなわち搦め手、土壌の形成、有利な場を構築する為の仕込みの時間。
 陣地の形成を終えた巧者は半端な火力では突き崩せぬ砦と砲を得る。
 前回におけるノクトや蛇杖堂の陣営がそうであったように。

 そして、現在、第二回における今回において。
 最も時間を与えてはならない者とは誰だったのか。
 完成してしまえば、整ってしまえば、何もかも終わってしまう。そんな反則級の工房を抱えた陣営とは誰か。

「―――聖杯戦争開始から1ヶ月。
 ボクはその時間を"振るいの段階"と定めた。
 云わば予選期間だったわけだけど。今、言ってる意味がわかるかい?」

 男は淡々と、何でもないことのように絶望を語り続ける。
 なぜ、1ヶ月だったのか。
 何をもって振るいだったのか。
 その数値が、目の前の巨大な機神と無関係である筈がない。

「ボクにとっては、救済機構の危険度なんて、他の参加者と比べてたった1%程度の差でしか無い。
 そして1%の差をもって、完成した『発明品』の試用テスト、その最初の被験者として指名したってだけのことだ」

 少年のような気怠さと、老人のような諦観を佇まいに同居させたまま、厭世の発明家は否定する。
 人の歩み、人の過程、人の積み上げる物語、人の不完全性を。

 1ヶ月生き抜いたものを正式な参加者として認める。
 それは彼らに生贄としての値打ちを認めるという意味合いではない。
 至極単純に、『発明品』の実用性の担保と生産ラインがある程度確保されるまでの期間。
 速やかに事態を収束させる準備が整う、動き出す理不尽な暴力を投下するに足る強度であったと認めるという。
 それだけの話なのだ。

「だから別に、自らが特別だなんて、思い上がる必要はないよ、救済機構。
 きみはボクにとって、他の参加者とほとんど変わりない。聖杯に焚べる一騎に過ぎない。
 たった1%分鬱陶しくて、その分、ほんの少しだけ他より脱落する順番が早まったってだけさ」

 そして黒幕たる科学者は認めない。
 その実在を。恒星の資格者。始まりの六人の内、幾人かの者が提唱し、また幾人かは否定したその存在。
 針音のキャスター。オルフィレウスもまた、明確にそれを否定する者だった。
 赤坂亜切と蛇杖堂寂句の二者と同じく、それは決して現れ得ないと。

 神寂祓葉に並び立つ存在は生まれ得ない。
 彼が信じる星の光は唯一つ。
 あの日出会った、たった一人のヒーローだけ。
 故に再度、彼は心中で否定する。こうして直接相対した上で、もう一度。
 救済機構は、戴冠を済ませた主役(フツハ)の敵には成り得ない。

 再び放射される赤い雷光。
 弾速に変化は無く、本数も九束から増えているわけではない。
 にも関わらず、明らかに先ほどまでよりも鉄の装甲に迫っている。
 攻撃側に変化がないならば、異変は受け手にあるということになる。

 事実、鉄騎の動きは徐々に鈍っていた。
 要因は積み重なった疲弊か、それもあるだろう。
 しかし根本的な要因は他にあった。

(―――くそっ……身体が……どんどん重くなっていきやがる……)

 全身を襲う負荷に耐えながら、雪村は回避行動を継続する。
 機神の攻撃は今も躱せないスピードではない。
 9つの砲門による同時射撃。回避に徹すればあと暫くは戦闘を継続できる目算だった。
 しかしここに来て、自身の機動力が大幅に削られているのを感じる。

 理由は全身を覆う痺れ。
 赤い雷撃が身体にまとわり付き、運動能力を引き下げていく。
 それは砲撃そのものの威力を目眩ましにして、常時浴びせられている電磁波であった。
 分かっていても、全方位に面で広がるこれは躱せるものではない。遅効性の毒のように、確実に自由を奪われ、やがては機動力を殺される。

『運動性能70%まで低下! ますたー、長期戦は不利です……!』

「みてえ、だな……!」

 ジリ貧の戦闘を続けていてもしょうがない。
 抗うすべが残っている内に、攻勢に出るしかないことは雪村にも分かっていた。
 しかし、半端な攻めが何の効果も上げないことは、先ほど思い知ったばかり。

 雷撃による攻。重力制御による防。
 突き崩せぬ牙城を前に、手をこまねいていることしか出来ない。

「順当に続ければ、だいたいあと十分程度で機能停止か。
 諦めろとは言ったけど、予定していた試走時間の半分にも満たないぞ?
 もう少し役に立ってもらわないと困るんだが……」

 言葉とは裏腹に、敵は攻めの手を緩めず、機械的に追い込んでくる。
 既にスラスター軌道だけでは躱しきれないまでに機動力を下げられていた。
 障害物を盾にする戦法を絡めるも、場を更地に変えられてしまえば続けられない。

「みっともない有り様だな……」

 遂には常時飛行する余裕すら失せ、地面を転がってでも回避を敢行していた。
 繰り返された破壊光によってアスファルトを剥がされ、土壌の露出した路上にて、泥だらけで膝をつく鉄騎。
 血と土に塗れた無様な姿を見下ろして、少年は呆れたように溜息を付いた。

「まさかここまで、見どころが無いとはね。もう少しマシな相手を被験者に選ぶべきだったか」

 後はもう時間の問題だろう。
 マキナの運動機能は損なわれる一方であり、雪村の体力も限界が近い。
 回避行動のロスを補うために、随分前から装甲の修復を止めざるをえない状況に陥っている。
 未だにスラスターに込める魔力を温存してはいるが、やがて躱しきれない一撃がやってくる。 

 そしてここまで戦い続けて尚、結局、雪村は一撃すら通せていない。
 機神の装甲と勝負する以前に、重力制御の壁を突破することすらままならないのだ。

(……マキナ……まだ、やれるか……?)

 戦闘開始前と同じ台詞。
 ただし、その声音はより疲労と苦痛に塗れたものに変わっている。

 連戦によって積み重なったダメージ。
 規格外の強敵に狙われ続けた精神的な負荷。
 何一つ突破口の見えない現状に、じわじわと心を蝕む水音。
 それは絶望という澱の沈む音だった。

 雪村をして、腹の底を食い破ろうとする諦念に屈したくなる。
 立ち続ける苦痛に対して、その魅力は抗い難く、それでも尚―――

『……いえす……切り抜けます……!』

 共に在る少女がまだ、ここに立ち続けている限り。

『……ますたーが……ここに立ち続けている限り……!』

 今、痛みを、苦しみを、絶望を共有する半身が、諦めない限り。

『当機は……目標の達成を諦めませんっ……!』

 彼は、彼女は、戦い続けると決めていたから。
 血を流しながらも、鉄の装甲を持ち上げる。
 泥に塗れながらも、再び戦うための構えを取る。

(――分かってるよな、マキナ)

『いえす、生存重視! 作戦りょかいです、ますたー』

 危機的状況を前に、彼らは示し合わせる。生き延びるための方策を。
 辛うじて2対2の状況に持ち込めたとは言え、この場において本質的に彼らの味方は存在しない。 
 カドモスすら、近い内には敵に戻る、敵の敵に過ぎないのだ。
 そして蓄積したダメージと限界の迫る燃料。
 これらを押して、3騎の敵を打倒する事など、どう考えても現実的ではなかった。

 期を見て離脱。それだけが、状況を打開する唯一の道。
 しかし現実問題、目前の敵から逃げ出す方法など考えつかない。

 救援も見込めない状況下で使える手札は限られている。
『Deus Ex Machina Mk-Ⅴ』。
 装甲を纏うことによって雪村にも共有された、この機体に登録されている英霊外装。

 中距離バランス型、フォーム:ヘラクレス(主武装:棍棒)。
 遠距離特化型、フォーム:アポロン(主武装:弓)。
 防御特化型、フォーム:アテネ(主武装:盾)。

 そして、"もう一つ"。
 その"もう一つ"こそが、状況を打開する切り札になることは確信している。
 と同時に、それだけでは足りないことも分かっていた。
 ならば足りないパーツ、その欠片を、ここで拾い集めるしかない。
 現実感に乏しくとも、極々細い糸であろうとも、渡り切るしか道は無いのだ。

(――さっき言ってた、『解析』の調子はどうだ?)

『だいたい60……ええと、63%ほどですが……進めてます。実用に足るには……まだ少し心もとないです。すみません……』 

(いいさ、作戦に組み込むにはちと不安が残るが、選択肢は多いほうがいい。そのまま進めててくれ。俺も考え続ける)

『……それから、えと、その』

 そこでふと、マキナが何かを言い淀んだ。
 バイザー越しの雪村の視界では機械解析された周辺環境が浮かび上がり、気温や湿度など幾つかの数値がピックアップされている。
 照準は先程まで常に聳え立つ機神をロックしていたが、今は何故か路上のアスファルト、否、アスファルトの下にあるモノを捉えていた。
 雪村の纏う黒き装甲にも多く付着した、それはただの土くれだったが。

『解析結果とは少し違うのですが、一つ、気付いたことがあって……いやでも、今はあんまり関係ないかもですが……』

(……? いや、気づいたことは言ってくれ。何かのヒントになるかも知れねえ)

 そして、目前では機神が今まで見せたことのない挙動を開始した。
 展開されていた翼が更に拡張され、何かを抱きしめるかのように両腕を大きく広げた。

(――――なるほどな、上手くいきゃ黒幕野郎の鼻を明かしてやれるかもだ)

『そうなのですか?』

(ああ、よく気づいてくれた。流石だぜ)

『ふむ……まだ当機の理解が追いついていませんが、お役に立てなら嬉しいです。えっへん』

 ゆっくりと、巨大な脚部が持ち上がる。
 機神の装甲が、戦うために動こうとしている。当然と言えば当然のことだった。
 天使を模した機神は固定砲台にあらず。人型である意義、機動力を備えていない筈がない。
 雷撃による攻、重力による守、ここにダメ押しの走が加わろうとしている。

「……このままでは実験にならない。工程を一つ切り上げるか」

 キャスターにしてみれば、機動力は敵が動けなくなる前に使わなければ実験にならないという。
 ただそれだけの理屈なのだが。
 はたから見れば、弱る一方の相手に対してなんとも大人げない、情け容赦ない行為であった。

「来るぞマキナ、ちゃんと合わせろよ!」

『いえす、ますたー! 当機はちゃんと合わせます!』

 しかし鋼鉄の主従の意思も未だ折れず。
 襲い来る白の機神の巨体を、漆黒の鉄騎が迎え撃つ。

 その時、並行していたもう一つの戦端は、実に対象的な様相を呈していた。






 闇の中を飛び回る、夜よりも深き黒が在る。
 和装に貼り付けられた大量の札がはためき、ぱたたと軽い音を鳴らす。
 軽快な挙動に反し、内在するエネルギーと計測される速度はジェット機もかくやと言うほどの超高速。
 横切るだけでビル壁の窓ガラスがまとめて弾け飛び、立ち並ぶ街灯が次々とへし折れていく。

 星の弓兵――悪神・天津甕星は最初から一切の加減無く、フルスロットルで攻勢に出た。
 標的は路上に佇む槍兵、老王カドモス。
 最高速で死角に回り込み、急所に向けて矢を引き絞る。
 反応など許さない。視覚情報に頼った手合であれば、撃たれたことに気づかぬまま脊髄を穿たれ、仰向けに倒れ臥すだろう。
 事実、この時も、老王は振り返ることすら出来ていなかった。アーチャーの視線の先では未だに無防備な背中が晒されている。

 現状、オルフィレウスによって戦闘に付き合わされている彼女は兎に角やる気がなく。
 しかし、それは消極的であることを意味しない。
 オルフィレウスが救済機構を破壊するまで、のらりくらりと戦闘を続ける選択肢も捨てていないが、カドモスとていずれは敵となる聖杯戦争の参加者であることに変わりはない。
 ならばむしろ速攻で仕留め、義理を果たしたうえで早々に離脱するのが一番楽で手早いだろうと。
 彼女はそう考え、先手必勝の一射を放ったのだが―――

「――――いぃ!?」

 あり得ざる現象。
 突如跳ね返ってきた自らの矢を、仰向けに倒れ込むようにして回避する。
 よろけながらもめげずに、そのまま逆立ちの姿勢で飛行しながら二の矢、三の矢を放ち。

「――――ちょっと! なに……それっ!?」

 再度、跳ね返った二射を急上昇によってなんとか躱し切り、朽ち果てたビルの上に着地した。
 偶然ではない、敵は3発立て続けに、射撃を打ち返してきた。それも、振り向かぬままにだ。
 身体の向きを変えぬまま、老王の左腕のみが跳ねるように動き。
 後方に回された鉄槍の芯が完璧なタイミングで矢を受け止め、あまつさえ反射させたのだ。

 なんという戦闘勘であろうか、死角からの攻撃にも完璧に対応された。
 まるで背中に目が付いているかのように、王の佇まいに隙はない。

「―――だったら、これで!」

 敵の前後左右を囲う多方面射撃に加え、上下の角度差を追加した立体包囲網。
 ビルの屋上を飛び回りながらの釣瓶打ちは、王の見上げた夜空を既に矢で埋め尽くしている。

「オマケにもってけ――!」

 締めの一撃は真正面から、最大まで引き絞った最速の一射を叩き込む。
 視界を覆う矢の豪雨が新たなる死角となり、取り囲まれた槍兵へと闇色の光が一閃する。
 アーチャーの指にも手応えがあった。

 滝の如き矢の濁流、更にそれごと横合いから吹き飛ばす渾身の一射。
 その全てが致死の威力であり、そして、その全てを、

「雑だ」

 王は淡白な嗄れ声を発すると共に、一動作でまとめて砕き散らした。

「――――は?」  

 カドモスの為した動作は先程の反射よりも更にシンプルで最低限の動きでしか無かった。
 両腕に握る鉄槍を足元の地面に勢いよく突き刺しただけの。
 たったそれだけの動作によって発せられた衝撃が、2百発を超える矢の雨を纏めて吹き飛ばしたのだ。

 王を中心に、へし折られ弾け飛んだ矢の跳弾が全方位に撒き散らされる。
 路上を穴だらけにし、ビルの外壁を蜂の巣に変え、咄嗟にビルの内部に転がり込んだアーチャーの頭上を通り抜けていく。 

「い……たぁ……」

 転がった表紙に先ほど受けた傷口をぶつけたのか、脇腹を擦りつつビル壁に穿たれた穴から地上を覗き込むアーチャーの視線を、地の老王は正面から捉えていた。
 ぞく、と。星神の背中に寒気が走る。

「そして、やはり鈍い。
 一撃が軽く、囲いは薄く、決め切るには詰めが甘い。
 不興だ。曲芸がやりたいなら見世物として仕上げてこい、星の娘」

「あんた……なんなの……?」

 強い。アーチャーは無限の動力を手にした今であっても、対面する敵を強敵と認めざるをえなかった。
 敵の守りは強固だが、決して無敵の存在ではない。
 最初に救済機構ごと巻き込んだ宝具による負傷。
 アーチャーがここに着くまでに行われた、救済機構との戦闘による負傷はそれぞれ今も老王の肉体に刻まれたままだ。
 しかし、ランサーとの直接戦闘が始まってからここまで、アーチャーは一撃たりとも入れられていなかった。

 技工の面で負けていることは認めよう。
 それでも、速度面では比較にならないほど上回っている筈なのだ。
 生半可な戦闘経験、小手先の戦闘技能などで補われるようなスペック差ではない。
 まさしく天地ほどの速度差がありながら、突き崩せぬ堅牢さに、逆に追い詰められているような圧迫感すら感じている。

 アルターエゴとキャスターの戦闘に対して、こちらは実に対象的な様相を呈していた。
 高機動を活かして攻勢をしかけるアーチャーに対し、ランサーはどっしりと地に足を付けたまま、不動の構えで迎え撃つ。

「言っても無駄だと思うけど……」

 そう前置きして、アーチャーは地上のランサーに声をかける。

「あの口の悪いキャスターも言ってたけどさ、プライド捨てて一旦こっちに付いたら?
 王様だかなんだがしんないけど、どっちが優勢かなんてバカでもわかるでしょ?」

「浅はかな娘だな。儂が王の矜持だけで貴様らに相対しているとでも考えているのか?」

「え、違うの?」

「先程も言ったろうが、多人数戦は出る杭から討つものだ。
 三つ巴だろうが四つ巴だろうがな。
 そして今や最も厄介な敵は、あの無礼な魔術師よ」

 故に手を組むなどありえない。
 老王にとって最も警戒し、誅するべき敵であろうと。

「だけど、今はまだ、そんなこと言う時期でもないでしょうに」

 アーチャーの手の中にある懐中時計。
 無限の動力を生み出す、針音の炉心。

 彼女とて分かっている。
 オルフィレウスもまたカドモスと同じように、討ち果たすべき敵。
 しかし今はまだ―――利用価値がある、この時計のように。
 戦いがより佳境に入るまでは―――まだ。

「痴れ者め、貴様は根本的に勘違いをしているのだ」

 カドモスはそこで、ようやく身体の向きを変えた。

「時期だと……?
 貴様は今が、どういう時期だと認識している?
 アレが黒幕を名乗り地に降り立った今、なにか策を弄する猶予でも在ると思っているのか?」

 アーチャーを正面から俯瞰し、その在り方を嘲っている。

「いまは既に、策を実行するべき時期に在る。
 此処から先はそれを自覚できず、遅れたものから追いつかれ、振り落とされていくのだろうよ。
 覚えておくがいい……貴様がこの地から生きて出られればの話だがな」

 運命は加速する。それを自覚せぬままに、自らの運命に追いつかれる。
 それは誰の身にも降りかかる不可視の現象。
 針音の街に招かれたマスター達、サーヴァントとて例外なく。
 ならばアーチャー、天津甕星にとって、それが今でないとなぜ言い切れる。

「そしてもう一つ、勘違いを正しておく。
 儂はあのエウリピデスの仔の側に立つつもりもない。
 儂にしてみれば、貴様ら三騎は纏めて屠るべき敵なのだ」

「なにそれ? ここで全員皆殺しにしてやるって言いたいわけ?
 そんなこと―――」

「できるとも。儂を誰だと思っているのだ、不敬者。
 では話は終わりだ。そろそろ死ぬか、愚かな星の娘よ」



 槍を持ち上げ、いよいよ攻勢に転じようとしている王者。
 対し、既に弓兵も新たな矢を番えている。

「……あんたが誰とか、別にどうでもいいよ爺様」 

 そして今度こそは、本当に加減無しの一射だ。
 黒光が矢に込められ、対敵を屠らんと唸りを上げている。
 宝具、開帳。『神威大星・星神一過(アメノカガセオ)』。
 それは今のアーチャーが可能とする、最高出力かつ実に無法の最強戦術。
 握る懐中時計、与えられた無限の動力によって、本来は霊基を削る宝具のデメリットを踏み倒し、対城クラスに迫る威力を無償で乱発する事が出来る。

「私にも私の望みがあって、そのために此処で、未だに続けてるんだ」 

 嫌で嫌でしょうがない、神様の役を。
 黙し語らぬ殉教の徒を抱えたまま、神でありながら神と敵対する肉体を動かし、まつろわぬ者たちの最期の寄る辺として流離った。
 望まれた星神にもなれず、望んだ人の生も得られず。
 八つ当たりのように続けた、狂おしき神楽の果てに。

「これさ、なんかズルしてるみたいな気分になるから、あんまりやりたくなかったんだけど」

 一人ぼっちの神様に、最期に残った。
 後ろ向きな願い、それでも。

「イケズなジジイにかますなら、別に良心も痛まないから助かるね」

「ぬかせ、悪神。さっさと撃って来い、踏み砕いてやろう」

 天より、引き絞った矢が、下方へと解き放たれる。
 地より、構えた鉄槍が、上方へと突き出される。

 もはや出し惜しみは不要。
 両者ともに、敵の撃滅を果たすべく開放する宝具、その真名を解き放った。


「―――神威大星・星神一過(アメノカガセオ)」


「―――我過ちし栄光の槍(トラゴイディア・カドメイア)」




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最終更新:2025年04月10日 00:30