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―――その日、運命に出会う。











/rivalry



 赤坂亜切の魔眼は壊れている。
 かの認識(しかい)は既に常人のそれではない。


「―――やあ、ノクト。会いたかったぜ、クソ野郎」 


 しかし、それは果たして、"いつ"からなのか。 


「……よお、アギリ。俺は会いたくなかったぜ、ネクラ野郎」


 人種や雰囲気はまるで違うが、両者共に黒スーツを身に纏う、二人の男が対峙する。
 片や、痩せ型で白髪交じりの頭髪、陰鬱な気配で佇む糸目の男。
 片や、大柄の肉体に複雑な入れ墨、獰猛な容貌で立つ褐色の男。

 漂白されたように白く、長い廊下、その中心にて彼らは行き逢った。
 赤坂亜切にとっては幸運な、ノクト・サムスタンプにとっては不運な、それは天敵同士による偶然の対面だった。

 蛇杖堂記念病院、内部。
 東京で開かれた聖杯戦争、舞台の中心たる港区に堂々聳え立つ要塞魔術工房。
 当初から最大勢力と目された蛇杖堂の城は、その他全ての陣営にとって攻略必須の課題であった。

 サムスタンプ陣営の暗躍によって社会戦の基盤が崩壊し、聖杯戦争が秘匿をかなぐり捨てた火力戦に発展した後であっても。
 いや、搦手を放棄したからこそ、白き城塞は向き合わざるを得ない巨壁と化したのだ。
 故に多様な陣営から集中攻撃を受けるのは自明であり、混戦の舞台となる要素は十分に揃っていた。

 これは、そうした流れが招き寄せた運命であり、ノクトにとっては不足の事態、アギリにとってはまたとない好機である。
 事実、この時、趨勢は明らかであった。

「間が悪いな暗殺者。日が出てる内ならいざ知らず、この時間帯に出会っちまうたあ、テメエ、ついてねえぜ」

 廊下の外、窓の向こうは漆黒の闇。
 時刻は既に0時を過ぎ、世界は夜に沈んでいる。

 獣の時間だ。夜の女王との契約。夜に愛され、夜と一つになる力。
 サムスタンプの魔術師に与えられた特権。
 その全権が使用可能となる時刻に、彼と勝負を成立させられる魔術師が、果たしてどれほど存在するものか。

 傭兵、ノクト・サムスタンプ。『非情の数式』、『夜の虎』。
 この城の主ですら、正面戦闘では一歩譲る。稀代の魔人。
 今の彼にとってすれば、瞬き一つの間にアギリの首を圧し折ることも可能であろう。

「……ああ、ハッタリはいいよ、詐欺(ペテン)師」

 しかし、対峙する暗殺者は一切臆すことなく、傭兵の巨躯を凝視している。

「時間の無駄だ。それとも時間稼ぎのつもりなのか?」

 ただ、見ている。
 じっと、見つめ続けている。

 右の魔眼を異様なまでに見開き、その紅い熱視線でもって、ノクト・サムスタンプを捉えている。
 それだけで、勝負は既に決しているが故。

「分かってるだろ。こうなった時点でもう詰んでる。さっきの言葉をそのまま返すけど、ついてないな、ノクト」

 この距離ならば、ノクトの攻撃は、アギリの目が瞬く間よりも早いだろう。
 しかし、この距離、このシチュエーションならば、アギリの攻撃はノクトの如何なる動作よりも先に到達する。

「僕に見られる前に殺せなかった時点でお前の負けだ。運命を受け入れろよ。そうすれば―――」

 なぜなら、その攻撃は既に到達している。
 魔眼は見ている。視線は捉えている。
 ノクト・サムスタンプの肉体を――否、その最奥、表層のテクスチャを貫いた先。

「せいぜい楽に、燃やしてやる」

 人身における最大の急所、心臓でもない、脳でもない。
 不可視の急所―――即ち、魂魄の座標。

「……ジャックを落す。ここに居る以上、俺らの利害は一致していている筈だがね」
「確かにな。でも悪いけど僕は、そういう損得勘定を抜きにして、お前が嫌いなんだよノクト。燃やせるなら、そりゃ燃やすだろ」

 これまで避け続けた暗殺者との対面、唐突に降りかかる凶運の権化に、傭兵は抗う手を止めない。
 社会戦において散々煮え湯を飲まされた傭兵との対面、降って湧いた好機に、暗殺者は攻め手を緩めない。

 ぱちぱち、と。どこか遠く、同時にどこよりも近い場所から、不吉な音が聞こえる。
 何かが熱され、火に焚べられる音が、傭兵の体の内側から鳴っている。
 心臓を握られる以上に、それは致命的な状況であった。

「お前と会話して碌な目にあった記憶がない。何よりお前の、あの子を見る目は耐え難い。年甲斐もない変態野郎が」
「他人のこと言えたザマかよ。ネクラが随分喋るようになったじゃねえか、フツハに会話のコツでも教えて貰ったか?」
「……ああ、嫌いな理由がもう一つ」

 ノクトの頬を、一滴の冷や汗が滑り落ちた。
 熱い。体のどこかが熱されている。しかし火元が見えない。

 一体己の何が、燃えようとしているのか分からない。
 わからないがしかし、致命的な何かが今、発火目前であることは分かる。
 そして一度火がついてしまえば、それは不可逆の破滅を齎すだろうことも。

「お前さ、なんかこの頃、僕と立ち位置(キャラ)被ってきた気がすんだよな。……ま、要するに目障りだから―――」

 『大気を操る力』の全力励起によって、幾重にも屈折した空間の障壁すら、ろくに時間稼ぎすら果たしていない。
 目前にて見開かれた紅蓮の瞳。嚇炎の魔眼。如何なる防御も貫通する熱視線。
 見敵必殺の暗殺者、その本領がここに。

「黙って灰になれよ」

 "葬儀屋に見られてはならない"。
 それは、神寂祓葉を除く全マスターが開戦前から共有した前提条件。

 ノクト・サムスタンプの立ち回りに落ち度は無かった。
 不幸にも、出会ってはならない死神に最悪のタイミングで遭遇してしまっただけ。
 理不尽な運命が、彼の魂を容赦なく焼き尽くさんとする。

 その、目前のことだった。

「―――あ、アギリだ」

 紅蓮の瞳が、僅かにブレた。
 それはあり得ざる現象だった。
 完璧に獲物を捉えていた筈の、暗殺者の死線が、自ら矛先を逸らすなど。

 今まさに、傭兵の魂を発火させようとしていた魔眼の熱が剥ぎ取られる。
 ノクトの背後に立っていた、白い少女。
 神寂祓葉の姿へと、吸い寄せられるように。

「―――お、ね……」
「―――フツハ……」

 極大の隙を、傭兵もまた突くことができない。
 アギリにとっても、ノクトにとっても、それは想定外の極地であり、全ての反応が後手に回った。
 暗殺者としても傭兵としても、落第の誹りを免れぬザマに、自ずから愕然としていたのだ。

 これほどの死地、これほどの大敵を前に、あり得ざる事態。
 不意打ちとは言え、一瞬とは言え、通りがかった小娘一人に意識を持って行かれるなど。

「ほらー、やっぱりアギリじゃん! あんな頑なに『病院には行かない』って言ってたのに!
 なんだかんだ言って、また私達に協力してくれるんだよね。かーわいいなあ~アギリは~」

 立ち尽くす男二人を前に。
 この場で唯一、マイペースを崩さない少女は朗らかに、自由に振る舞っている。

 アギリは思う。そういえば、最初に出会った時もそうだった。
 マスターの中で彼女だけが、無防備にもアギリの視界に入り、今のように呑気に挨拶してきて。

「って……ありゃ? ノクトまでいるし、どしたの?」
「ちょっ、もうバカ! なんでわざわざ出ていくわけ!?」

 白い少女の背後から、もう一人。
 モノトーンのファッションに身を包んだ少女、楪依里朱が現れても尚、彼らの意識は外れない。

「痛っ! なんで叩くの!? アギリいたから話しかけただけじゃん! イリスだってアギリと仲直りしたいでしょ?」
「したくないわ! ずっと敵同士だわ! てか今ほっとけばコイツら勝手に潰し合ってたでしょうが! いつもいつも余計なことばっかり―――」

 この世界の、主役たる少女。
 主人公たる存在に、目を奪われる。
 それがどれ程の隙であったのか、彼らは互いに理解していた。

 理解していたからこそ。
 自覚した瞬間、彼らは恥じるよりも先に、全く同時に行動を開始したのだ。

「アサシン―――」
「ランサー―――」

 傭兵の背後に、白い仮面が浮かび上がる。
 暗殺者の傍らに、分厚い僧兵が立ち上がる。

「扨せ」
「払え」

 指令は両陣営共、端的に。
 しかし迎撃対象は既に互いではない。
 この場における最大の脅威は、もはや互いではないからだ。

 廊下の左右から降り注ぐ無数の矢が、廊下に居合わせた4人のマスターを挟み込むように襲いかかる。
 左をノクトのアサシンがいなし、右をアギリのランサーが打ち払う。
 一拍遅れ、イリスがセイバーを呼び出そうとする。その間にも、襲いかかる脅威は尽きることなく。

「―――クク、これはこれは随分と、大量の鼠が掛かったものだ」

 不意の対峙に時間をかけ過ぎた。
 少女の存在に意識を奪われていた。
 それは極大の隙である。他でもない、この城塞の主に対して。
 気取られた。そう気づいた時には既に遅い。 

「無能どもが、雁首揃えて死にに来たかよ」

 一本道だった筈の廊下が、急激に分岐し変形する。
 幻覚ではない。半異界化された院内が迷宮へと切り替わり、捉えた敵を滅ぼすべく内側に結界を展開したのだ。

「う、わわ……っ!」 

 傾いた廊下がうねり、足を取られた神寂祓葉が姿勢を崩す。
 その体を押し潰すように、あらゆる角度から防火壁が落下して―――

「……チッ」

 咄嗟に少女を突き飛ばしたアギリは、入れ替わるようにして壁の向こう側へと弾かれた。
 背後を遮断する防火壁。分断された。そう思ったときには既に、新たな脅威は目前に迫っている。
 彼は飛来したビーカーを焼き落としながら、対峙するべき敵を見た。

 歪む廊下の先、一人の魔術師が立っている。
 灰色のコートを身に纏う、老齢の偉丈夫。
 蛇杖堂寂句。人呼んで、灰色のジャック。

「自殺したいのか? ヤブ医者」

 蛇杖堂記念病院という、この空間における最大の脅威が今、アギリの前に立っている。

「自分から僕の視界に入るなんてさ」

 彼らの間に遮る物はない。
 視線は真っ直ぐに通っている。魔眼は老獪の姿を捉えている。
 故に、暗殺者にとっては、殺しの成立する距離、その筈だった。

「―――なあ、貴様の魔眼、元は魔術由来のものではないだろう」
「……ぐ……っ」

 しかし暗殺者は、自らの眼を抑えて呻きながら蹲る。

「炎焼の魔眼はノウブルカラーに届く逸品だが、それでも貴様の放つ殺傷性の説明には足らぬ。
 冷却、入水、酸素遮断、如何なる消化手段をもってしても消せぬ嚇炎。
 来ると分かっていても予防を許さぬ暗殺者の火。単なる魔術の延長で思考しても、まるで対策できんときた」

 医師は立ち続けている。
 暗殺者の眼前に姿を晒したままで。

「よって視点を変えてみたのだ。問題は炎の性質ではなく、着火位置にあるのでは、とな」

 それは彼が、魔眼の正体を解明したことの証左である。

「超能力。それが、貴様の異能の原点だ。
 魔とも退魔とも出自の異なる、超常の回線。
 無能な魔術師共が見抜けぬまま、尽く葬られるのも合点がいく」

 両者の距離はたったの7メートル。
 にも拘らず、眼は敵の中枢を捉えられない。
 眼球の底を刺すような痛みと痺れが、暗殺者の動きを縛り続ける。

「根幹は炎ではない。火は混血の領分だ。力の大本は、おそらく魂を捉える視界にこそある」  
「……なるほど、僕の眼の方に何かしたのか」
「単純な対応だ。火を防ぐが困難であれば、元を絶つのみ」

 おそらく先程投げ込まれたビーカー内部の薬剤。
 蒸発し空気中に溶けた気体の中に、視神経を害す成分が仕込まれていたのだろう。

 今ではない、しかし遠くない未来、赤坂亜切の魔眼は壊れていく。
 それは後の歴史が証明する。
 一人の少女との出会いをきっかけにして、致命的な損傷を得たことで。

「多少は同情してやらんでもない。貴様、いったいどんな視界で生きている?」

 しかし、これは〈一度目〉の物語。魔眼が壊れる前の物語だ。
 かの認識(しかい)は既に、一度目の時点で、常人のそれではなかった。
 ならば彼の世界が歪んでしまったのは、果たして。

「さあね、今まで他人の世界(しかい)と比べたことも無し」

 ともすればきっと、彼の視界(チャンネル)は、生まれた時点からズレていたのかもしれない。

「他人の世界(しかい)が気になったことも無し……いや、最近はそうでもないか――」

 赤坂亜切の魔眼は魂を捉える。
 原型はおそらく、透視(クレアボイアンス)の究極形。
 魂に着火された火は、消して沈めることはできない。

 その視座に生まれた彼は、他者の判別方法からして根本から異なっている。
 顔の輪郭も、肉体の凹凸も、彼にとっては判断材料にはなり得ない。

 魂魄の形。魂の色彩、そして輝きの光度。
 何もかも、くすんで見えた世界の中で。
 しかし今、目を閉じれば浮かび上がる白がある。

「あの子の……見る世界なら……」

 この場所で出会った、一人の少女。
 彼の知る限り、最も鮮やかな、白き魂。
 出会うたびに輝きを増していく光。太陽のような鮮烈。
 他者の世界(しかい)を知りたいと、生まれて初めて思った。

「は――はは……ッ!」
「貴様……」

 灰色のコートの裾が、わずかに焼き焦げる。
 罅割れた眼球から紅蓮の炎が零れ落ちる。
 至高の宝石(レンズ)、それを内側から突き破り、現る嚇炎。
 漏れ出した炎が、眼球に染みた薬剤を焼き尽くし、無効化する。

「自ら、壊れるつもりか……!」

 機能不全に陥っていた筈の魔眼が、一気に火力を取り戻す。
 方向性こそ失いつつあるものの、制御を狂わせることによって広範囲を燃やし尽くす。
 むしろ暴走させることによって、鋭さを犠牲に総合的な破壊力を増していく。

「対応しろ、アーチャー!」

 医師の前方に象を結ぶ、弓兵の姿。

「……邪魔をさせるな、ランサー」

 飛来する千の矢を、立ちふさがる槍兵は防ぎ切ってみせた。

「ははッ、いいぞ、その調子で捌き続けろ」

 廊下の温度が急激に上昇していく。
 アギリのボルテージと共に、戦場の狂熱と共に。

「僕の炎が……全部全部燃やすまでなァ!」

 激突する2つの主従。
 向け合う殺意は臨界を超え、聖杯戦争はいよいよ佳境に差し掛かっていく。
 その、最中――

「ああ……また、嫌な笑みだ」

 壊れた世界に生まれた男は、壊れていく視界の中で。
 傍らに立つ従者の、寂しげな声を聞いた気がした。

「なあアギリ、俺にはもう、てめぇを引き戻してやることはできねえのかよ……」

 その時には既に、彼は戻れない場所まで来てしまっていた。
 末路は一つ。太陽に灼かれ、壊れ行く衛星。
 他に道はない。それは避けようのない運命だった。

 そう、きっと、一度死にでもしない限り―――






「なんだ、ずいぶん良い顔してるじゃないのさ、アギリ」

 降ってきた声に、既知感と未知感が同時に去来する。

「……顔?」
「ああ、いい笑みだ」

 前方、霧と猛吹雪に飲み込まれた街中、罅割れた車道の上に、巨人の女が立っている。
 最低最悪な見通しであってなお、視界に捉えられるその巨体は10メートルを超え、聳え立つビル群に並ぶほど。
 パースの狂ったような存在が振り返り、アギリを見下ろしていた。

「そうか、笑っていたのか、僕は」

 かつて、同じようなシチュエーションで、正反対のことを言われた気がする。
 あの女は誰だったか。最期までアギリの味方で在り続けた槍兵の英霊。
 眼前の豪快な巨人と似たところもあり、決定的に違うところもあったような、彼女の言葉。
 『その嫌な笑い方を止めろ』、と。 

「へぇ、だとしたら、アレだねぇ」

 巨人、スカディは大樹の如く巨大な両足にスキー板を装着している。
 大弓と矢を担ぎ、太く逞しい腕を一回し。
 腰元に取り付けられた太い鎖は、車道に降ろされた雪車(ソリ)に繋げられていた。

「そいつ、たぶん良い奴だね」

 巨人の女は淡々と支度を終えた。
 これより行われる、追撃。否、狩りに臨む。

「……ああ、そうだったのかもな」

 巨人の女は―――凍原の女神は、高揚を隠さず微笑んでいた。

「乗りな、アギリ。追い込むよ」
「ああ、狩り尽くせ。アーチャー」

 壊れた暗殺者は雪車に乗り込み、外し忘れていた魔眼殺し(メガネ)を外す。
 ここより逃亡した獲物は三つ。
 老王のランサー、調停のキャスター、紅蠍のランサー。そして、そのマスター達。
 全て標的。どれ一つとて、逃がす気はない。

 展開されたスカディの宝具、『狼吼轟く女神の館(ヨトゥン・トリルヘイム)』。
 世界の上に環境を建築する、固有結界とは似て非なる大魔法。
 その爆心地となった新宿歌舞伎町は、一瞬にして死の街と化していた。

 巨人の住む冬の世界で、脆弱な人類は生きられない。
 山館出現と同時、波紋状に放たれた寒波は、運悪く近隣にいた数千の市民諸共、最初の標的であったネアンデルタール人の群れを纏めて凍殺。
 更に広範囲で暴風と氷雪が数万の死傷者を出していた。

 そして今なお、宝具は展開され続けている。
 固有結界ならぬ世界環境の創出は、空間を遮断していない。
 つまり敵の逃げ道を残している。
 普通は、逃亡の令呪を切られた時点で追う追わないの選択肢すら無いだろう。

「つかまってなよ。そういや、前の旦那を乗せてやったときは盛大に吐いてたっけねえ」
「心配しなくても、最初から乗り心地に期待なんてしてないさ」

 発射された二本の矢が、女神の前方にある建造物を根本から薙ぎ倒す。
 傾いた高層ビルが折り重なり、斜め上方に傾斜を作り出していた。
 さながら、巨大なジャンプ台のように。

 次いで、スカディは無手の方の腕を高く掲げて、強く指を擦り合わせる。
 パチン、と。
 巨人の手が鳴らすフィンガースナップは、雷鳴の如き甲高さで冬の空に響き渡り。
 そして彼らの背後、高く聳え立つ山館の門戸が、勢いよく開かれた。

「―――っ!」

 突如襲った凄まじい重力に、アギリは歯を食いしばって耐えなければならない。
 背後の館から吹き荒れた極大の追い風が巨人の体を押し出し、スキー板が火花を散らしながら車道を滑る。
 擬似的な魔力放出、それを自らの背に受けることで推進する。暴力的な加速装置(カタパルト)。

 巨人が発射される。
 姿勢を沈めたスカディの巨体とアギリを乗せた雪車が、暴走列車よろしく前方に撃ち出された。
 滑走するスキー板が車道から、倒れたビルの側面へと乗り上げ、上方への角度を獲得し、曲げていた膝が伸ばされ。
 踏み切る、まさにスキージャンプの要領で、巨人は飛んだ。

 これより始まるは、命がけの追走劇。
 狩人(チェイサー)は動き始めた。
 逃亡の令呪が行使されたことなど、知ったことではない。
 なぜなら、追われる者にとっては不幸にも。

「悪いが、逃げられないよ。もう、夜になっちまったからねぇ」

 狩りの時間だ。
 女神が自らに課した縛りは、もはや無い。
 そして二つの星(め)は、天に登ってしまっている。
 超高速で新宿区を離脱しようとしている3騎を、狩人の視線は捉え続けている。

 新宿を舞台にした抗争は幕を閉じた。
 それでも、戦いは終わらない。
 そう、夜はまだ、終わらない。

 夜天を進撃する巨人は驚異的な速度で新宿区を横断する。
 巨体の腰から繋がる鎖の先、一台の雪車が紅蓮に包まれていた。
 内側に存在する悪鬼の眼から滴る炎によって。
 吹雪の中、女神の周囲を巡る三つ目の星のように、東京の空に瞬いている。

「資格者……か。
 く……ははッ……あーあ、ウザいなァ!」

 アギリは理解していた。
 自分が今、何に背を向けているのか。

 新宿に降臨した彼の中心(かぞく)。世界で唯一、特別な存在。
 神寂祓葉が、至高のお姉(妹)ちゃんが、この地に来ている。
 手を伸ばせば、届く位置にいることを知っているのに。

 本当は踵を返して、すぐにでも会いに行きたい。
 いま追いかけている、取るに足らない木っ端どもなんて捨て置いて。
 今度こそ、あの子に再会して、家族として認知してほしい。

 だけど、アギリは知ってしまった。


『――〈恒星の資格者〉について、貴様はどう考えている?』

『――天梨は私の友で、至らぬこの身が主君に献上する珠玉の未知だ』

 その概念、その存在、その脅威。
 六凶の二つまでもが口にし、内一つである〈忠誠〉は実例すら示したのだ。

 輪堂天梨。

 赤坂亜切が、魂の輝きを見誤ることなど。
 これまで、ただ一人を除いて無かった。

 "姉力"も"妹力"も、せいぜい一般人よりも相当高いというだけのアイドル。
 アギリ目線、神寂祓葉には遠く及ばない端役が、死地において唐突に跳ねたのだ。
 伸びた数値も、まだまだ、どちらの点数(ステータス)も、総合で祓葉には遠く及ばない。
 しかし、急激な"姉力"の伸びに、薄ら寒いものを覚えたのは事実。

 認めよう、資格者という概念。
 業腹だが、新たに呼び込まれた端役の中に、恒星に迫ろうと変異する存在があることを認めよう。
 他ならぬお姉(妹)ちゃんが、その誕生を望んでいたと言うなら、理解も出来る。
 認めよう、ああ、認めようとも、認めたうえで。

「全員、焼き殺してやるよ」

 認めない。
 赤坂亜切は決して認めない。その生存を否定する。
 それが、恒星に伍するなど、神寂祓葉と同等の輝きを得るなどと。

 度し難い勘違い。思い上がりも甚だしい。到底看過できぬ冒涜だった。
 どいつもこいつも、目が腐っているのだろう。
 天使を擁立した忠誠の狂気を、アギリは心底軽蔑している。
 資格者は成長している。だからなんだ。その飛躍が太陽に届くと、本気で信じたのか。

 至高の太陽は天にただ一つ。
 〈妄信〉は六凶の最右翼。 
 資格者という概念を目にして尚、赤坂亜切は揺るがない。

「ま、どっちにせよ、変わんないよなあ」

 せいぜい、始まりの六人とそれ以外、殺す優先順位が変わった。
 それだけのこと。

「どうせ最期には、全部灰なって消えるんだからさァ!」

 日向の天使も、次に会うときはその翼ごと灰に変えてやる。
 天使だけではない。この地に、新たに呼ばれた屑共、木っ端の全て。
 一旦燃やして、綺麗に掃除するとしよう。
 もう二度と、屑が恒星に至るなんて、片腹痛い勘違いが出来ぬよう。

 無論、腑抜けた衛生共も、機会が来れば全滅させてやる。
 己にとって必要なのは、太陽だけ。
 太陽の隣に相応しいのも、己だけ。
 吹雪の東京を、狂気の炎が疾駆する。

「またね、お姉(妹)ちゃん。
 身の程知らず共を間引き終わったら、今度こそ迎えに行くよ」

 男の名前は、赤坂亜切。
 この眼はもう、過日の世界を映さない。
 太陽を見つめすぎると、燃えてしまうから。
 男は、太陽を知っている。
 出会ってはならない、見つめてはならない、この世で最も眩しくあたたかいものを知っている。
 太陽に魅入られ、そして再生された過去の戦影。

 ――今は。
 ――凍原の悪鬼。





 新宿区・未明。
 氷獄の爆心地となった新宿より、3騎の魔力が高速で離脱していく。

 山館が展開された歌舞伎町から現時点で最も距離を稼いでいたのは、調停者のキャスター。
 シッティング・ブルとそのマスター、華村悠灯の主従。

 僅かに遅れて老王のランサー。
 カドモスとそのマスター、アルマナ・ラフィー。

 少し間を開けて赤蠍のランサー。
 ギルタブリル/天蠍アンタレスとそのマスター、悪国征蹂郎。

 三組の主従が新宿の夜を駆け抜け、巨人を振り切らんと高速移動を続けている。
 令呪による撤退行動。
 単騎による転移であれば即時完遂できるオーダーであったが、マスターを連れての逃避行動となれば、それは叶わない。

 代わりに、通常では不可能なまでの魔力放出によるブースト運動。
 敏捷ステータスの一時的な超強化。
 何よりそれらを利用した撤退を可能とする出力担保と、移動に伴いマスターの身体を保護するための魔力供給。
 令呪の効力は上記に留まっている。
 しかし、それでも、通常の戦闘であれば容易に離脱できる程の、多大な恩恵が得られている筈だった。

「キャスター……まだ、終わってねえんだな?」

 自らを抱える腕からシッティング・ブルの緊張を感じ取ったのだろう、悠灯もまた震える声でそれを問う。

「すまない、悠灯。まだ休むことはできないようだ」

 寒い。背筋を駆け上がる怖気の正体を、悠灯は理解している。
 敵が追ってくる。令呪を行使し、歌舞伎町からの撤退は成った。
 いまだ新宿を出られてはいないが、それもあと数分かからず達成される。
 にも拘らず、令呪の効果は持続されている。それはつまり、離脱が成し遂げられていない証左に他ならぬ。

 いまだ寒波の内。凍原の地から抜け出せていない。
 狼の雄叫びは今も耳に届いている。
 戦いはまだ終わっていない。
 令呪影響下での撤退戦という、在り得ざる状況を予感している。

「Then I turned onto a winter path,On my right hand side――」

 喉が痛むほど透明な空気を美しい歌声が通り抜ける。
 冬の空の下、背後から迫りくる吹雪の渦と全天を覆う厚い雲。

 あり得ない。
 ライダークラスでもない敵が、令呪を切ったサーヴァントに追いつける筈がない。
 敵もまた令呪を切って追撃してきた。なんて前提が更に在りえないことは分かっている。

 しかし現実として、背中の寒気は増すばかり。
 ぎりぎり、と。巨大な弓の弦が引かれる音が、遠くに聞こえる気がした。
 このまま無事に逃げ切れるとは、どうしても思えない。

 敵は騎兵(ライダー)ではない。
 弓兵(アーチャー)だ。
 おそらく最初に追いつくのは敵そのものではなく、攻撃の矛先。
 それがいつ行われ、3騎の標的の内、誰に放たれるのかが問題だ。

 キャスターは先の戦闘で最も早く令呪を行使していた故に、最も距離を稼いでいた。
 しかし、他の2騎とそう大きく差があるわけでは無い。
 シッティング・ブルは難解な判断を迫られている。

 3騎の軌道は現在のところ一致している。新宿東部からやや南西方向に撤退中。
 逃亡する三組の中でもデュラハンに所属していた悠灯は、聯合に所属した他二組とは敵対関係にあった。
 故に見限って逃げる事は容易な筈で、事実、バラバラに逃げることで個々の生存率は上がるだろう。
 しかし、いま他と軌道を変えれば、何が起こるかは明らかだ。

 群れから逸れた個体は狩られる。
 自然界のセオリーをなぞるように、孤立した者から撃破される。
 他の2騎から離れるとすれば、確実に逃げられる確信を持って軌道を変えるか。
 あるいは、何らかの外的要因によって、敵が何かに気を取られている隙に身を潜めるか。

 今のところどちらのチャンスも巡ってこない。
 そしていま、群れの軌道、その主導権を握っているのはキャスターではなかった。

「キャスターは先行しつつも、我々の軌道に合わせているようです」 
「当然だな。彼奴とて、ここで踏み外すほど愚か者ではあるまい」

 わずか数キロ離れた地点で、老王のランサーもまた撤退を続けていた。
 王の腕に抱えられたアルマナは突風になびく髪を抑えながら、臣下の務めを果たすべく前後の状況を探っている。

 逃げる三組のうち、魔術師としては最も年少ながら、最も魔術の扱いに優れた少女は、正確に察知していた。
 敵の攻撃が来る。おそらく、あと僅かの猶予もなく。

「このまま西へ、南周りで領地を目指す」
「畏まりました」

 逃げる3騎の軌道、その主導権を握っているのはこの老王、カドモスである。
 理由は単純、3騎の中で彼が最も強く、そして明確なゴール地点を持っているからだ。

 この新宿で巨人と正面対決することは、彼であっても分が悪い。
 しかし彼の国土、つまりテーバイの地であれば話は変わる。
 西方、杉並区まで逃げ切る事ができれば、反撃の目があるだろう。

「あの紅いランサーは……我々よりも少し遅れていますね」
「そうか。このまま振り切ってしまえば事は簡単になるだろうな。囮として役に立てば重畳。奴らも小賢しく儂らに追いすがるだろうが」
「……あの、王様」
「アルマナ。貴様よもや、これ以上の狼藉を働くつもりではあるまいな?」
「……いえ、滅相も……ありません」

 王に釘を刺された少女は、消沈して俯いた。
 一言も名を口にしなかったものの、少女が紅いランサーと再契約したマスター、即ち悪国征蹂郎の安否を気にしているのは明らかだった。
 言うまでもなく、現在も3騎の内、殿の位置にいる征蹂郎が最も危険である。

「先程、貴様の嘆願を聞いてやったのが、今夜最後の温情だ。
 今より小僧が死のうが生きようが、全て小僧の責任であろう。
 これ以上は儂の臣下である貴様も、施すことは許さん」
「……はい」

 周鳳狩魔との決闘を終え、死にかけていた彼のもとに駆けつけることを許した。
 王は臣下の願いを一度、聞き届けている。
 故にもはや譲歩はない。話は終わり、その筈だったが。

「……しかし、王様」

 返された少女の声に、老王はほんの少し、虚を突かれた。
 昨日までであれば、それは在りえぬ声であったから。

「アグニさんは、力を示しました」

 聯合との同盟。その意義。
 塵山の王として、彼が果たした矜持。

 カドモスと結んだ協定を違えることなく。
 デュラハンを撃ち破り、あまつさえその長、周凰狩魔を討ち取った。

 ならば、応えるべきではないだろうか。
 アルマナは、そう思ったから。
 つい、王の意に沿わぬ、在りえぬ反論を発してしまったのだと。
 少女は気づき、さっと青ざめて。

「ご、ごめんなさい……! 私は……! なんと愚かな口答えを……この罰は……なんなりと……!」
「黙れ」

 ぴしゃりと斬り捨てるように、王は臣下の言葉を断ち切る。
 そして、眉間にシワを寄せて続けた。

「無礼な臣下への罰も、小僧の処遇も、全て後だ。
 "儂の領地まで小僧がついてこられたなら"、どちらもその後で、考えてやる」
「……え?」
「今は目の前の敵に集中しろ。アルマナよ。儂らとて、状況の危うさでいえば、小僧とそう変わらんのだからな」
「それは―――」

 どういう意味かと。
 アルマナが王に問う余裕は無かった。

 今まさに、背後から凶の念が炸裂し、巨人の追撃が放たれる。
 まさにその時が来たのだから。

「警告。攻撃が来ます。衝撃に備えてください。悪国征蹂郎」
「……分かっている」

 同時期、最後尾にて、征蹂郎は覚悟を決めていた。
 最も遅くスタートした自分が最も追跡者との距離が近い。
 当然、狙われる可能性は最も高いだろう。

 凍原の女神による集中攻撃に晒されてしまえば、いまの彼らはひとたまりもない。
 しかし諦めるつもりも無かった。
 彼を抱えて走る紅いランサー、アンタレスも未だ諦めていない。

「だが、その……運び方は、もう少しなんとかならないのか?」
「なりません。諦めてください」

 頭の後ろで、新しい従者はにべもなく答えた。
 征蹂郎は思う。今夜はこういう運命の日なのだろうか。

 アンタレスは人型の二足で街を駆けつつ、腰から伸びた3対6本の虫足で、征蹂郎を背中に張り付けるようにして背負っていた。
 半ば拘束されたように、紅い足にガチガチに固められた大男が、車の上に括り付けた荷物のように仰向けの状態で運ばれていく。
 アルマナに抱えられていた時とは別の意味で立つ瀬のない、哀愁漂う状況だった。
 巻き付く紅足は頑丈であり、征蹂郎の身を守る役割も兼ねている。分かっているが、飲み込み難い。

 そんな折に、ふと、幾つかの声が聞こえた。

「おい、おい! 何がどうなってんだよ!」
「征蹂郎クン――征蹂郎クン――どこ行っちまったんだ!?」
「―――寒い、ちくしょお……一体何が……」
「助けてくれよぉ――狩魔さん!」
「嫌だ……嫌だ……死にたくねえ……」

 流れ飛ぶ街の背景に、阿鼻叫喚の絶望が奏でられている。
 今まさに吹雪に飲まれ、死んでいく若者たち。
 いとも容易く踏みにじられる弱き生命。その中に、見知った声を聞いた気がした。

『征蹂郎クン――征蹂郎クン――!』

 雪崩に巻き込まれ消えていく、聯合の仲間達。
 デュラハンの構成員。そしてなんの関係もない市民。
 全て平等に凍りつき、崩壊してく世界。
 その様を、背負われた状態で、彼は見つめ続けていた。

 吹雪のベールの向こうには、まだ少なくない仲間が取り残されている。
 本当は今すぐに戻って、助けてやりたい。
 この命を賭してでも救いたい。救わなきゃならない、だけど―――

『…………アグニさんを待っているあの人達は、どうなるのですか?』

 千代田区に残された仲間たち。
 そして―――

『――――アルマナは、あなたに生きて貰わないと困ります』

 少し前を走る、一人の少女。
 彼女を、征蹂郎はもう、仲間だと思ってしまっているから。

 仲間には、生きて貰わないと困る。
 生きて欲しいと思うなら。今、やるべきことは、心中ではない。
 まだ、この手に、仲間を生かすために、出来ることがあるのなら。

「すまない……すまない……みんな……」

 耳に届く、仲間たちの断末魔を、今は聞き続ける。
 拘束を破り、駆けつけたい思いを、血が滲むほど拳を握り、唇を噛み締めて堪えていた。

「――来ます。
 対ショック姿勢。悪国征蹂郎。有事の際は、追加の令呪使用を推奨します」
「分かってる。拾った命だ。出し惜しみは無いさ」
「では、タイミングは一任。―――当機構は、これより戦闘行動に移行します!」

 風切り音が轟く。
 大質量の何かが、空間を引き裂いて迫りくる。

 凍土を進撃する巨人の寒波が、征蹂郎の足元に到達すると同時。
 立ち並ぶビルの木々、吹き荒ぶ雪のヴェール、霧の幕、その全てを裂き貫いて。
 逃亡する三騎へと、巨大なる一射が追いついた。




「―――これは!」
「―――ちィ!」
「―――防御しますッ!」

 逃げる3騎の内、誰が最初の標的となるのか。
 その答えは、"全騎、同時に"であった。

 当初もっとも危険な位置にいると目されていたアンタレスに飛来した矢は、地面と水平に飛ぶ正攻法の射撃。
 元々腹をくくっていたこともあり、彼らは覚悟をもって相対した。

 逆に、虚を突かれたのは他の二騎である。
 彼らに襲いかかった射撃はアンタレスを狙ったものとは全く別種のもの。

 地面と垂直方向に落ちる矢。
 そして進行方向から来たる矢。
 即ち真上と前方、天上から飛来した神罰の如き衛星砲。

「撃ち殺せ―――アーチャー」

 射撃数秒前。悪鬼の号令と共に、スカディはその宝具を発動していた。
 第一宝具、『夜天輝く巨人の瞳(スリング・スィアチ)』。
 空に瞬く2つの光(スィアチの目)。
 かつてスカディが神々から奪い返し、天に奉じさせた父の眼。

 上空から地上の女神を庇護する死線。
 広範囲の索敵機構であると同時に、敵対者の急所を見抜く射撃統制装置は星である特性上、夜にこそ真価を発揮する。

 加えて今、第二宝具発動状況下における、第一宝具の解放。
 それは通常とは全く別の意味を持っていた。

 現在、女神はスキージャンプの真っ只中、滑空する巨体で矢を番える。
 勿論、単なる射撃行為ではない。
 10メートルを超える巨体が握る弓も矢も、当然、全ての尺度(スケール)が超大である。

 引分けに隆起する腕の筋肉。
 磨き抜かれた鋼の如き全身に、巡る神経が筋を通し弦を引き絞る。

 離す指先。
 放たれた鉄矢の行く先は、しかし3騎の何れでもない。
 続く2射も同様に地上ではなく、バラバラの方角へと、天高く舞い上がり、空を登っていく。

「―――真名、解放。出番だよ、親父」

 空を貫くように放たれた矢は第二宝具によって覆われた曇天を貫き、天蓋に2つ、円形の穴を穿った。 
 くり抜かれた雲の向こう、開け放たれた窓のように、現れし2つの星空。
 その先に瞬く光こそ―――

「星を落とせ―――『夜天穿く巨星の光(スリング・スィアチ)』!!」

 大気圏外まで到達した一射が、空に座す巨人(スィアチ)の睨みで地表へと舞い戻る。
 直上と西方、別方角の空から二本、極大の光が落ちてくる。
 x軸とy軸の弾道弾。そして今、スカディ本体が放つダメ押しの、水平射撃(z軸)。

 計三発にて一射。xyz座標三軸、全て同時に敵へと到達。
 狩人の放つ射撃に逃げ場はない。
 今においても、一発も外れる事なく、全敵に命中していた。

 慮外の方角から落ちてきた二発の弾道弾。
 シッティング・ブルは呼び出せる限りの霊獣を上方に集めることで、カドモスは自らの宝具を叩きつけることで、ギリギリで拮抗させていた。
 そして本体から直接放たれた最後の一発。
 水平射撃を受け止めたアンタレスは、驚異的な粘りで持ちこたえていた。

「やあやあ、さっきぶりだねぇ、アンタら。悪いけどさ、そんなスピードじゃあ狩人は振り切れない」

 夜天を滑空する巨人の声が追尾する。
 標的となった全主従、戦慄を禁じ得ない。

 今しがた行われた宝具解放。
 おそらく、全力ではない。というより、正しい用途で行使されていない。

 xyzの軸から同時に放たれる射撃宝具。
 軸をそれぞれ三騎に当てたのは全員の足止めと、誰も逃さないという意思表示に他ならない。
 しかしこの宝具は、本来三発全て、1騎に集中して放つ技のはずだ。
 三方から逃げ場のない包囲攻撃を当て込み撃滅する。
 たった今、その用途で使われていればおそらく、3騎の内の何れかが堕ちていた可能性が高い。

「ほぉら足を止めたよ、アギリ。どれから喰うんだい?」

 そして次は、それが来る。
 射程に入ってしまった以上、発動を止めるすべはない。

 今度こそ、誰が狙われるか。
 イコール、誰が落とされるか。

「あいつだ、まずあれを落とせ」

 鬼の指名は無常にも、元来から最も立ち位置の悪い彼らに。

「へえ、食い出があるのは、老いぼれ坊っちゃんの方だと思ったけどね」
「君にとってはそうだろうね。けど、アイツが最優先だ」

 アギリの視線の向こう。
 紅のランサー、天蠍アンタレスは先の一射に抗い続けていた。

 大質量の鉄矢による衝撃を握る槍で受け止め、衝撃をいなし続けている。
 もっとも敵に近い位置で、激しい攻撃に晒されたアンタレスは全身に傷を負っていたが、女神をして感心する程の粘りを見せていた。
 小柄な身体で痛みを堪え、罅割れた甲冑に包まれた腕の先、刃毀れまみれの槍を振り切り、遂には矢を弾いてみせた。

 本来の自力であれば為し得なかった偉業。
 可能とした要因は、今も彼女の身体を巡る『遺命』だった。

「……っ……くっ……当機構は……当機構(わたし)は、引きません……!」

 前マスター、ドクター・ジャックの残した指令、『神の箱庭を終わらせ、真の〈神殺し〉を成し遂げてみせよ』。
 二画を重ねた令呪行使に加え、征蹂郎の行使した離脱の令呪。
 期間限定とはいえ、計三画にも及ぶ令呪強化が、アンタレスの基礎ステータスを極限まで引き上げている。

「あの人達の戦いを無駄にしないために……!」

 甲冑の朱と血の朱、境界が分からないほど傷ついて尚、槍兵はその一念で立ち続けていた。

「サーヴァントにしちゃあ、"妹力"はなかなかだ。"姉力"は低いが。まあ総合で52点ってとこかな」
「そりゃ高いのかい?」
「まあまあだ。でも、可能ならもっと、じっくりと見たいね。なあ、手足もいで生け捕りにできるか?」
「ああ? やなこった。アタシはね、狩るときはすっぱりやるんだよ」

 手負いの獲物に、弓兵は容赦なく次の矢を番える。

「で、『まあまあ』のくせになぜ優先する? マスターのほうが本命とか?」
「悪国征蹂郎が? 冗談だろ、男なんてもっとどうでもいい」
「だったら、やっぱり赤いやつの前の主人絡みかい」
「ああ、奴はジャックのサーヴァントだった。優先して殺す理由なんて、それで十分だろ」
「随分警戒するじゃないか。そのジャックは、もう死んだって話だろ?」
「はっ……アーチャー、お前、わかってないよ」

 鼻を鳴らし、アギリは不快げに言い切った。 
 腹の立つ話だが、認めざるを得ない事実であるが故。

「あのクソ医者が……無料(タダ)で死ぬかよ」

 ジャックはアンタレスを残した。
 自らの命を散らしても尚、それに価値があると信じたのだ。
 アギリが赤いランサーを殺すべきと断ずる根拠は、それだけで足りている。

 再び真名が解放される。第一宝具のバリエーション。
 『夜天穿く巨星の光(スリング・スィアチ)』
 今度こそ、その本領が一騎のサーヴァントへ集中する。

 理不尽な理由で狙われた赤き槍兵へと、三方位(オールレンジ)射撃が放たれる。
 しかし、その直前。
 僅かな空気振動が彼らの耳朶を揺さぶった。

「GIIIIIIIIIIIIIIIIIIIHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」

 追走劇(チェイス)に割り込む。不快な羽音。
 黒き軍勢が彼らの横に並走している。

 アギリもスカディも、その正体を知っていた。
 対峙するのはちょうど、約24時間ぶりのこと。

「なんだよ、いいところで」
「どうやら縄張りに入っちまったらしいねえ」

 追撃の末、たった今、彼らは新宿区の領域を超え、渋谷区の範囲に侵入していた。
 湧き出した契機はつまり、それだろう。

「どうする? アギリ。諸共やっちまうってんなら、アタシは別に構わないが」
「アーチャーは標的を追え。先行してろ」
「おや、アンタはどうすんだい?」
「……一応、協力のような話をした仲だ。しかたがないから、少しだけ会ってくるさ」

 アギリは空中で雪車から飛び出し、燃えながら下方へ落下する。
 渋谷と新宿の境界線、聳え立つ一棟のビル、その屋上。
 そこから叩きつけられる視線の主へと。

「挨拶しとくよ、あいつのヒステリーは面倒だからね」
「なんか指示(言っとくこと)はあるかい? あんまり加減はできないけどね」
「別に……好きに暴れてろよ。話が済んだら、僕も追いつくさ」

 渋谷区に侵攻して尚、スキー滑走で追撃を続けるスカディ、それと睨み合う蟲の群れ。
 離れていく従者を見送って、アギリ視線を下に落とした。

 近づいてくる屋上の床。
 そこにはアギリを待ち構えるようにして、一人の少女が立っていた。

 蟲たちの主。
 蝗害の魔女。

 アギリにとっては、かつての戦いの同盟者。
 そして今は、同じ星に灼かれた、始まりの六人、その一人。

 黒白の少女。
 楪依里朱が佇んでいた。




「やあ、前に話してから、ちょうど丸一日かな。なんだか鼻っ柱が折れてるけど大丈夫かい、イリス?」
「そっちこそ腕むくんでるけど、病院で診て貰ったほうがいいんじゃないの? あ、診てもらった結果そうなったのか。ご愁傷さまだね、アギリ」

 挨拶代わりに嫌味を飛ばし合い、二人の狂人は24時間ぶりに対面する。
 昨日、文京区を地獄に変えた小手調べから、双方、随分長い時間が経ったかのように感じていた。

 今日この場面まで、辿った道は交わらず。
 しかしどちらも相応に、濃い経緯と流れをもって、赤坂亜切と楪依里朱は、再び針音の夜に出会う。

「で、なんの用かな? 見ての通り、僕は取り込み中なんだけど?」
「―――出しな」
「―――?」

 ひらりと手を突き出したイリスに、アギリは訝しみながら先を待つ。

「通行料」

 ぶっきらぼうに、常通りの苛立たしげな声で、少女は告げた。

「行ってきたんでしょ、新宿。その情報で手を打ってやるって言ってんの」
「はは、君ってほんと、そういうとこ変わらないよな」

 一度目の時も、似たようなやり取りが在った気がする。
 アギリは少しの懐かしさとともに、屋上の柵に背を預けながら、胸ポケットのメガネを取り出した。

「いいよ、ちょうど僕の側も、君に確認したいことがある」

 まだ少し掛け慣れないレンズで視界を覆い。東京の夜景を眺める。
 新宿区から発せられた寒波は渋谷区の堺で堰き止められていた。
 しかし、未だにスカディの追撃は止まらず、標的三騎の逃避行は終わらない。
 そこに蝗害の群れも加わって、混沌は渋谷区をも巻き込み始めていた。

 巨人と蝗害。
 案の定、牽制が発生している。
 マスターが本気にならなければ、戦闘にも発展しないだろうが、逆に言えばマスターの指示がなければ鉾を収めることもないだろう。
 この状況が続く限り、スカディは狩りを完遂できない。結局、イリスと話を付けなければ、状況は動かないということだ。
 しょうがないか、と。アギリはため息混じりに、目の前の少女と向き合った。

「答えるついでに、2つ質問するよ、イリス」
「それ、憶えてたんだ」
「おいおい、君が決めたことだろうに」

 それは一度目の頃、彼らともう一人が同盟を結んだときのルールであった。
 アギリは仲間に質問するとき、事前に告知すること。
 魔眼の本質を知ったイリスの提案により導入された仕組み。
 正確に言えば、そうしなければ組めないと告げたのだ。

 アギリの質問は、本人の意図に拘らず攻撃的な意味合いを帯びてしまう。
 彼の視座に、嘘と誤魔化しは通用しないが故に。

「1つ目、僕を通す気があるのか?
 2つ目、君は"資格者"についてどう思う?
 2つ目の応答は、君の質問に答えてからで構わない」

 小さく頷いて、イリスは会話を了承した。

「1つ目だけど、むしろ情報払ったらさっさと消えて。
 あんたが追ってる奴らなんてどうでもいいし。クソみたいな街がどうなろうが知ったこっちゃない。
 好きに殺してくればいいよ。 私もちょうど渋谷から離れるところだったし」
「で、僕が通り掛かったから情報をせしめようって? いい性格してるよ」
「黙れ変質者。それで、あっちはどうだったわけ?」

 ぶっきらぼうに、新宿区方面を指し、イリスは問いかける。
 そして、殺人鬼は端的に答えた。

 新宿で行われた、抗争という名の神降ろし。
 集結した太陽と衛星たち。
 アギリの知る限りの、戦いの顛末を。

「ジャック……が、落ちた?」
「ああ、直接死体を見たわけじゃないけどね」
「…………」
「気持ちはわかる。殺しても死なないクソジジイだったからね。僕も正直半信半疑だった。けど奴のサーヴァントが再契約する場に立ち会ったんだ、確定だろう」
「なるほどね……一応、あんたがここに居る理由にも納得いった」

 神寂祓葉が降りたことは、イリスも察してた。
 この場における彼女の警戒の焦点。
 太陽を目前に、アギリが自ら新宿を出た理由。

 狂人の最右翼が、手の届く位置にいる太陽に背を向けた異常。
 しかしそれも、蛇杖堂の『遺命』を追跡していたと言うのなら、ギリギリ納得できる範囲だった。

「そういうことで、あのランサーは是非とも潰しておきたいんだ」
「分かった。もう邪魔しないから。消えていいよ」
「ありがたいね……でも」

 不意にアギリは屋上の柵から身を離し、数歩前に進んだ。
 イリスの目の前で足を止め、ずい、と顔を近づける。

「まだ僕の質問に答えてもらってない」

 魔眼殺しのメガネ越しに、赤い瞳が見開かれている。
 堰き止められた紅蓮の狂熱が、イリスに伝わってくる。

 2つ目、"資格者"についてどう思う?
 "恒星の資格者"、ジャックが提唱しミロクが実演したその概念。
 それをアギリから伝えられたイリスは―――

「くだらない。ジジイの妄言でしょ」
「だよなあ! 君ならそう言ってくれると思ってたんだよ!」

 至高の太陽は一つのみ。
 イリスもまたアギリに劣らぬ狂気を抱えている。
 かつて取りこぼした何か、かつて掴んだ筈の何か。
 〈未練〉、再生された戦影を動かすものは、ただそれだけ。

「さすがはイリスだ。ボケた老人や出来損ないの人形とは違うなあ!」

 それだけなのだろうか、本当に。

「でもさあ、だったらなんで来なかったんだ?」 

「―――はあ?」

 眼鏡越しに、熱が伝わってくる。
 能力を殺すレンズは、アギリなりに気を使った、会話マナーのようなものだった。

「君はどうして新宿に来なかったんだ? 他の奴らは全員揃ってたのに」

 しかし、粗悪な模造品では、狂熱を抑え込めない。
 どうしたって見えてしまう。魂の形が。その動きが。

「まさか、お姉(妹)ちゃんが来てたことに気づかなかったなんて、そんなワケないもんなあ? 他ならぬ君がさあ?」
「質問が三つに増えてるけど?」
「いいや、同じだね。同じ事を聞いてるんだよ、イリス」

 楪依里朱が神寂祓葉の降臨に気づかなかった筈がない。
 ならば、如何なる事情であえて見過ごす。

「僕がここに居る理由に納得出来てなにより。だけど僕は君があの場に居なかったことに納得できなくてさ」
「別に私は……あいつの顔なら昼間のうちに見てるし、1日に2回も拝みに行くほど暇じゃないってだけ」
「―――へえ、なるほど」 

 呆気なく、アギリは身を離し、数歩後ろに下がった。
 そして何事もなかったように続けてみせる。

「僕も君と同意見でさ。"恒星の資格者"なんてくだらない。
 だけど、そう呼ばれ得る存在の、紛い物なら確認したよ」

 アギリは輪堂天梨を。
 イリスは煌星満天を。
 それぞれ目視した上で、否定している。

「で? さっきから何がいいたいわけ?」
「うん、だから、そいつら全員、焼き払おうと思ってね」
「………………」
「そうだな、まず渋谷にアーチャーの第2宝具を展開しよう」
「…………」

 そうして、アギリは告げた。
 何かを明らかにする一言を。

「きっと夜明けまでには全滅だ。
 今追ってる3騎も、"この区に紛れてる端役"も、根こそぎ掃除できるだろう」
「…………」
「もう一度、聞かせてくれよ。"恒星の資格者"についてどう思う?
 存在すると思うか? "渋谷(ここ)"に」

 新宿区から侵入した曇天が、渋谷の空に浮かぶ月を覆い隠していく。


「君、本当はもう、見つけてるんじゃないのか?」
「アギリ……あんた」
「は……冗談だ。マジになるなよ。
 でも、ついでだしもう一度、1つ目の質問を繰り返そうか。イリス、ここを通してくれるよな?」

 男の挑発に、押し黙る少女の目は、怒りに燃えていた。
 対してアギリの表情には、あからさまな失望が刻まれている。

「……なんてザマだよ。おい、君までどうしちゃったんだ、イリス」

 アギリはイリスの脇を通り抜け、悠然と渋谷に侵入した。
 イリスはその背を止めない。
 止められなかった。止めれば、男の"指摘"を認めてしまうことになるから。

「同類からのアドバイスだ。君はもう一度、お姉(妹)ちゃんに会うといい。
 あの輝きで頭の中の"余計な物"を綺麗にしてもらえ。
 くだらない何かに毒されているとしたら、それが一番の薬になるだろう」

 悪鬼は去っていく。
 残された魔女はしばらくの間、屋上で立ち尽くしていた。

『―――イリス』

 やがて苛立たしげに数歩、凍りついた新宿方面に歩を進め。

『―――いーちゃん』

 一度だけ、渋谷の町並みを振り返る。

「……くそ」 

 立ち並ぶビル群、その一つ。
 先程までいた高級ホテルの一室に、忘れ物は何も無い、その筈なのに。

「どいつもこいつも…………ムカつく」

 少女は今、小さな岐路に立っている。




【渋谷区・新宿境界付近 /二日目・未明】




【楪依里朱】
[状態]:疲労(小)、魔力消費(小/色間魔術により回復中)、顔面にダメージ、未練
[令呪]:残り二画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:数十万円
[思考・状況]
基本方針:優勝する。そして……?
0:祓葉を探す―――?。
1:祓葉を殺す。
2:薊美に対しては微妙な気持ち。間違いなく敵なのだが、なんというか――。
[備考]
※天枷仁杜(〈NEETY GIRL〉)とネットゲームを介して繋がっています。
 必要があればトークアプリを通じて連絡を取ることが出来るでしょう。
※蛇杖堂記念病院での一連の戦闘についてライダー(シストセルカ)から聞きました。
※今の〈脱出王〉が女性であることを把握しました。

【ライダー(シストセルカ・グレガリア)】
[状態]:ごきげん
[装備]:バット(バッタ製)
[道具]:
[所持金]:百万円くらい。遊び人なので、結構持ってる。
[思考・状況]
基本方針:好き放題。金に食事に女に暴力!
1:相変わらずヘラってんな、イリス。
2:祓葉にはいずれ借りを返したいが、まあ今は無理だわな。
3:煌星満天、いいなァ~。
[備考]
※イリスに令呪で命令させ、寒さに耐性を持った個体を大量生産することに成功しました。
 今後誕生するサバクトビバッタは、高確率で同様の耐性を有して生まれてきます。






 追走劇はその顛末を見ようとしていた。
 渋谷区侵入時、蝗害の出現というアクシデントこそ在ったものの、それはスカディと本格的に事を構える様子を見せず。

 追われる3騎の福音にはなり得ない。
 せいぜい少しの時間を稼いだだけに過ぎなかった。
 曇天が月を隠す。立ち込める霧が視界を奪う。
 迫りくる寒気が、新宿から溢れ出した雪崩が、遂に渋谷をも飲み込まんとしていた。

「まずは一匹」

 引き絞られる弓。
 逃げる獲物を仕留め切る、その前に。

「流石に離れすぎたか」

 スカディの勢いが減じた。
 前を逃げる3騎との距離が、僅かに開く。

 第二宝具の展開位置はあくまで新宿区。
 距離が開けば開くほど効力が下がるのは自明の理。
 放射する寒気、ステータス強化、巨大化、どれも渋谷区に入ってから急激に数値が下がっていた。

 ならば、どうするか。
 単純な話である。ここでもう一度、開いてしまえばいい。
 渋谷の上空に、山館の像が結ばれていく。第二宝具の再展開。
 またしても多くの市民の命を圧し潰し、冬の世界が襲い来る。

「―――狼吼轟く女神の館(ヨトゥン・トリルヘイム)」

 その目前。

「イヴァル―――我は望まん、此の先の心臓を(ゲイ・アッサル)」

 飛来した投擲槍が、現界目前の山館を貫いていた。

「……へえ」

 機先を制して発動を妨害し、冬の訪れを防いだ何者か。
 巨人の進行方向に割り込むようにして現れた新手。

「いい度胸じゃないか」

「――アスィヴァル」

 夜の闇に消えた槍が空中で静止し、逆走。
 投擲者の手に舞い戻る。

「アタシの邪魔をしようって?」

「ああ、これ以上の残虐は見過ごせんな。悪いが止まってもらおう、古き女神よ」

 一言で表せば、それはヒーローのような男だった。
 緑色のマントが翻る。純金と赤の刺繍で華々しく彩られたチュニクは気品と勇猛を際立たせ。
 赤いスーツの下には剛健な肉体が凄まじい闘気を放っている。

 渋谷の路上、北から流れ込む寒気に真っ向挑むその体長は、スカディにも劣らぬ大男。
 金髪を靡かせ、いざ荒ぶる神に相対せん。

「面白いね。アンタ、名は?」
「名前を聞いたか。
 そうだな、聞かれたからには、名乗るが英雄の礼儀だろう」

 彼は戦士。
 彼は神族。
 そして此度の彼は、導く者。

「俺はルー。クラスはランサー。
 大英雄クー・フーリンを息子に持ち、長腕と称されるこの姿!」

 此処に現れた彼は、弱きを守る、強き英霊。

「───名を『ルー・マク・エスリン』!」

 御伽噺から飛び出してきたかのような、英雄(ヒーロー)だった。


【渋谷区・中央付近 /二日目・未明】


【アーチャー(スカディ)】
[状態]:疲労(中)、巨人化(一旦収縮中)
[装備]:イチイの大弓、スキー板。
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:狩りを楽しむ。
0:狩猟。一網打尽。
1:日中はある程度力を抑え、夜間に本格的な狩りを実行する。
2:マキナはかわいいね。生きて再会できたら、また話そうじゃないか。
3:ランサー(アンタレス)を獲る。一皮剥けたようだしね、食べ頃だろ。
4:キャスター(シッティング・ブル)は一度見逃す。ただし次は必ず狩る。
[備考]
※ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)の宝具を受けました。
 強引に取り除きましたが、どの程度効いたかと彼女の真名に気付いたかどうかはおまかせします。




【ランサー(ルー・マク・エスリン)】
[状態]:疲労(小)、魔力消費(小)、右腕に痺れ
[装備]:常勝の四秘宝・槍、ゲイ・アッサル、アラドヴァル
[道具]:緑のマント、ヒーロー風スーツ
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:英雄として、彼女の傍に立つ。
0:英雄として、スカディを止める。
1:レミュリンをヒーローとして支える。共に戦う道を進む。
2:神寂祓葉についてはいずれだな。今は考えても仕方ねえ。
3:今更だが、馬鹿じゃねえのか今回の聖杯戦争?
[備考]
予選期間の一ヵ月の間に、3組の主従と交戦し、いずれも傷ひとつ負わずに圧勝し撃退しています。
レミュリンは交戦があった事実そのものを知らず、気づいていません。
ライダー(ハリー・フーディーニ)から、その3組がいずれも脱落したことを知らされました。
→上記の情報はレミュリンに共有されました。

[全体備考]
※新宿歌舞伎町から渋谷の東部に渡り『狼吼轟く女神の館』の寒波による凍結影響が及んでいます。
 一旦、宝具展開が終わったため、現在は収束しつつありますが、粉雪などの余波が残っています。



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最終更新:2025年10月19日 01:40