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 ――母方の爺さんとは生まれた頃から仲が悪くてなあ。

 彼の語りは、そんなふうに始まった。
 魔眼のバロール。
 ルー・マク・エスリンの祖父にあたる、フォモルの怪物。

 ――レミュリンは俺の伝承を読んだことはあるかい?

 うんと小さい頃、彼の物語に触れたことはあった。
 色々な伝説を残した英雄だから、いったいどの説を読んだのか、もうわからなくなってしまったけれど。

 ――なら知ってるだろう、俺は身内を殺してる。邪眼の怪物。そいつは仇でもあり、家族でもあったんだ。

 彼にまつわる多彩な説の中に、そんな物語があったことは知っていた。
 だからなのだろうか。わたしを戦いから遠ざける一方で。
 優しい彼は、勇ましい彼は、英雄(ヒーロー)である彼は、否定しなかった。
 敵を殺すことは悪であると。復讐は悪であると。そっちの道に進んではならないとは、一度も言わなかった。

 最初に出会った時、彼はわたしに願いを訪ねた。
 私の望み。戦うに足る願望を。

 ――最初に言った通り、どちらでもいいのさ。家族を奪った悪いやつを、殴りたいなら殴ればいい、忘れたいなら忘れたっていい。

 私が仇を討ちたいと願ったなら、彼はきっと承諾してくれたのだろう。

 ――重要なのはその行いが君を幸せにするかどうかだ。君が先に進むために必要なことなら、俺は手を貸そう。

 なのに、未だにわたしは、何も選択することができてない。わたしは、知りすぎてしまった。
 アギリ・アカサカが身の毛もよだつ悪人で、わたしの家族が哀れな被害者で、仇を討つことでわたしの人生が区切りを得られる。
 先に進むことが出来る。そんな単純な物語を、心のどこかで期待していたんだ。

 だけど実際は、姉の運命は殺人鬼のせいで行き詰まったのではなくて。
 お姉ちゃんの人生は最初から、16歳から先が無かった。
 今ならわかる。『魔術師になる』、その言葉の本当の意味を。

 お姉ちゃんが、どんな気持ちでわたしの言葉を聞いていたのか。
 『お姉ちゃんと一緒に勉強したい』『お姉ちゃんと同じ学校にいきたい』『お姉ちゃんばっかり……ずるい』
 何も知らない馬鹿な子供の言葉を、どんな気持ちで宥めていのか。

 知れば知るほど、わからなくなる。
 わたしは、どうすればいいのだろう。

 いっそ、何も知らなければ良かったのだろうか。
 フツハさんから、アギリ・アカサカの人格なんて聞かずに。
 ドクター・ジャックから、スタール家の魔術の正体なんて知らされずに。

 無垢なまま、復讐を選択していれば良かったのだろうか。
 そうすればきっと、何か一つでも、選ぶことが出来ていたのだろうか。

 ――そいつは違うぜ。お嬢ちゃん。

 霊体化された彼の太く長い腕が、蹲るわたしの背を撫でるのを感じる。

 ――お嬢ちゃんはもう選んだんだ。"知ること"を選んだ。

 ――そいつは一番、辛く険しい道だ。現に今、苦しんでるようにな。

 ――けど、俺は否定しないぜ。君が幸せになるために、必要なことだと思うから。

 ランサーは導くもの。 
 優しく、だけど少し厳しく、彼は言う。

 ――俺の最期も復讐だった。神だって間違えるし、失うんだ。

 ――お嬢ちゃんもこの先、きっとまた何かを失うときが来るだろう。

 それは残酷だけど、絶対の真実。
 永遠に持ち続けられるモノはない。

 失う物のない人生はない。
 わたしの減点は取り返しのつかない3点で、この先戻ることはない。

 ――だが、新しい何かを手に入れられるチャンスもやってくる。

 ――思いがけないタイミングで、思いも寄らない何かが拾える。

 ――そいつは生きてこそ。準備を怠らず、世界を知り続けてこそ掴めるものだ。

 彼が戦利品に拘るのはもしかすると、そういう信条によるのだろうか。

 ――傷ついた心に、言葉がどれほど効くのかはわからない。今は忘れたっていい。

 ――だが、君が何かを失って、『もう立てない』と思った時、俺の言葉を思い出せ。

 ――君の未来は輝いている。苦難に満ちるとも、歩く価値のある人生だ。

 ルー・マク・エスリン。
 わたしのもとに来てくれた英雄。

 ――君が自分の足で立ち上がるその時まで、俺の槍が泥濘を払おう。






 レミュリン・ウェルブレイシス・スタールが区の境界を越えたとき、渋谷は既に混乱の最中であった。
 新宿区から流れ込んだ寒気と雪崩が、境目の道路と線路を轢き潰し、交通機能を麻痺させている。

「駄目だ駄目だ! お客さんも早く降りて!」

 大渋滞、ブレーキランプで真っ赤に染まった大通り、停止したタクシーの後部座席で、レミュリンは緊張に肩を強張らせている。
 運転手はたった今、大慌てで車を乗り捨て、残されたのは少女と、隣りに座る女性だけ。

 行動を共にする蛇杖堂絵里は普段の朗らかな雰囲気を引っ込め、真剣な目で見つめ返していた。
 危険が迫っていることを、彼女は敏感に察知しているようだった。

「どうやら、あまりよくない雰囲気ですね……」

 蛇杖堂記念病院での一件の後、二人は港区から渋谷方面に移動していた。
 レミュリンの心はまだ不安定なままであったが、事が済んだ以上は次のステップに進まなければならない。
 蛇杖堂の情報を得た彼女らは当初の約束通り、高乃河二及び琴峯ナシロのグループとの連携を目指していた。

 港区では核爆発の発生以降、持続的な電波障害が発生している。
 ひとまず区の外に出る必要があったため、連絡を試みながら彼らがいるはずの渋谷方面を目指していたのだが。

「レミュリンちゃん、私たちも降りましょう」
「う、うん」

 到着が遅すぎたのか、あるいは早すぎたのか。
 渋谷区に入った途端に、彼女らはそれに行きあってしまった。

 後部座席から車外に出る。
 まず最初の違和感は気温だった。
 寒い。今朝もずっと春先に設定されていた筈の温かな風は絶え、骨に染み込むような北風が吹き抜けている。
 頬に水滴の感触を得て拭って見れば、それは雨ではなく粉雪であった。

 異常気象。
 なにか、良くないものが近づいている。
 嫌な予感に背筋がざわついた、次の瞬間だった。

 前方、北東方面。新宿区との堺から巨大な影が飛び出し、その腕に持った大弓から剛烈の一射が放たれた。
 巡航ミサイルの如き光線と熱が夜空を一瞬で過ぎ行き、着弾地点の道路と周辺の建造物が砕け散る。
 次いで凄まじい轟音と衝撃、茶色い絨毯を広げるように巻き上がる土煙。
 跳ね上がり転がってきた数台の車両を、霊体化を解いたランサーが弾き、レミュリンと絵里を防護する。

 巨大なサーヴァント、それも人を巻き込むことも厭わない、好戦的な存在が街中で戦闘している。
 相手取っている対象はビルの影で見えないが、どうやら追走劇が行われているようだった。
 そうであるが故に、戦地は移動と拡大を続けている。

 市民にとってすれば、怪獣同士の戦いに巻き込まれているに等しい。
 巨人の攻撃の余波、移動の余波だけで街は破壊され、紙切れのように命が散らされていく。
 呆気に取られていたレミュリンの前方で、しかし異変は終わらない。

「蝗害だ―――蝗害が出たぞ―――!!」

 誰かが叫ぶ。
 別方面の空から大量の黒点が舞い上がり、旋回する。

 蝗害、シストセルカ・グレガリアの出現。
 きっと近くに居るのだ、始まりの六人の一人、楪依里朱が。

 大衆は車を乗り捨て、半ば暴徒と化しながら半狂乱で逃げていく。
 次々と通り過ぎていく人々とは逆の方面を見つめながら、少女は動けずにいた。

「レミュリンちゃん!」
「――え?」

 突っ立ったままの少女に痺れを切らしたのか、絵里が腕を掴み、引っ張った。

「私達も逃げないと!」 
「――あ、えと」

 しかしレミュリンは目が離せない。
 目の前で行われている、秘匿を無視した暴虐の雪崩、ではなく。

「……ランサー?」

 それを見上げる、従者の表情。

「ん? ああ、エリの言う通りだ。ここは不味い、港区に戻るぞ、お嬢ちゃん」

 すぐに取り繕ったけれど、間違いない。
 悔しそうにしていた。
 多大な葛藤を抱えた、そういう顔だった。

 逃げようと思えば、まだ十分逃げられる。
 巨人も蝗害も、いずれの脅威もレミュリンを認識していないし、戦闘区域まではまだ少し距離がある。
 今ならば、余計な危険に晒されずに済むはずだった。
 逃げる以外の選択肢などない。レミュリンにとってはそう、しかし――

「ランサー、あなた、ほんとは……」

 おずおずと、問いかける。

「戦い……たい?」
「お嬢ちゃん、俺は……」

 ランサーにとって、この状況は――

「ううん、ランサーは、戦わなきゃいけない……よね?」
「…………」

 神の対価。
 マスターであるレミュリンは、その存在を知っている。
 本来召喚される筈のない存在に課せられた、デメリットスキル。

 召喚に能わぬ神ではなく、英雄として現るならば。
 英雄が英雄たる証、その振る舞いを徹底せよ。
 ルー・マク・エスリンには、「英雄として許されぬ行為」を取ることが出来ない。
 それが、少女を救うために参上することと引き換えに、彼を縛る鎖であった。

 今このとき、無辜の民を見捨て、少女一人の味方で在り続けること。
 それがどのように判定されるか。誰の目にも明らかであろう。
 しかしそれは、いまに始まったことなのか。少女一人の為の英雄、その在り方は。

「ずっと分かってた。だって、ランサーは強くて。だけど本当は、もっともっと強いのに」
「……お嬢ちゃん」
「ほんとは……ずっと前から……知ってたんだよ……。わたしが、ランサーを弱くしてたんだよね……」

 彼を縛り付ける制限は相当のものだった。
 これまで、幾重にも掛けられたステータスダウン。
 レミュリンを優先しようと他のなにかを見捨てる程に、英雄から遠ざかるほどに縛りはキツくなる。

 そしていま、目の前で行われている残虐に、立ち向かわずして何が英雄か。
 今度こそ、無視できぬ厳罰が下されかねない。

「行って、ランサー」
「いや、だが俺は……」

 しかし逆に言えば、これはチャンスでもある。

「ううん、違うよ。わたしが見たいんだ。英雄としてのランサーを」

 いまこそ、レミュリンのためだけではなく。
 大衆のために槍を抜くなら。崩壊する世界のために、社会秩序のために力を振るうなら。
 これまで絡まった鎖を引き千切るに相応しき、英雄の御業を示せるならば。

「信じたいから」

 掛けてくれた言葉を。
 示してくれた勇気を。
 与えてくれた希望を。

 わたしのランサーじゃない。
 みんなの英雄(ヒーロー)を。
 それがあなたの、本当の強さなら。

「……そうか」

 一瞬、顔を伏せたランサーは、次の瞬間にはいつも通りの豪快な笑顔でレミュリンに向き合う。

「では号令をいただこうか」
「号令?」
「ああ、英雄のマスターもまた、英雄に相違ない。ならば君の声で送ってくれ」
「……ええっ」

 急な振りにあたふたしながら、少女もまた英雄を見返す。

「え……と、ランサー……」
「ああ」

 英雄のマスターで在るために。
 不格好でも、精一杯の虚勢と、胸を張って。

「この街を、救って!」
「心得た、我がマスター」

 即答と共に、英雄は身を翻す。
 目の前に迫る災害へと。

 本当は嫌だった。
 側にいてほしかった。

 少女が今日まで生きてこれたのは、心を保ってこれたのは、彼がずっと側にいてくれたから。
 この状況で、サーヴァントと離れてしまうことが、どれほど危険か分かっている。
 内心、かつてない程の恐怖に襲われてた。心細くて、後悔していないと言えば嘘になる。 

 だけど今、勇気を貰えた。
 人々の為に戦う背中から、英雄の姿から。

「――君の不安を拭うついでに、世界の一つや二つ、救ってみせるさ」

 良かったと思う。
 この姿を、取り戻してあげられて。

 自分も早く、強くならなきゃいけない。
 その姿を彼に見せて、安心させてあげたい。
 彼がずっと、英雄(ヒーロー)でいられるように。

 遠くなっていく従者の背に、レミュリンはそう誓った。






 撤退を続ける三組は、正確な状況を飲み込めずにいた。
 突然、降って湧いた好機に、全力で離脱を敢行する。

 カドモスが逃走経路に渋谷を選んだのは、彼が把握していた魔力反応に起因する。
 夕刻から夜にかけて、西方で複数回暴れた蝗害の魔力。
 シストセルカと激突したウートガルザ・ロキによる膨大な幻術行使。
 杉並から根を張っていた彼は、これらの気配を察知していた故に。

 渋谷を経由すれば、おそらく何らかの外的干渉が発生する。
 杉並まで直線距離で移動するより、到達確率が高いと判断した。

 その推測は半分当たり、半分外れ。
 結果として、彼が知る由もないルー・マク・エスリンの乱入により、狩人の足は止められた。

 カドモスは速度を上げ続ける。
 未だ、油断ならぬ状況なのだ。
 乱入者がどれほど足止めを行うのかは不明。
 仮に振り切ったとしても、追跡者の目は常に彼らを捉えている。

「おうさま……魔力が……!」
「黙っていろ」

 小さく震える小鳥の声を押し留める。
 足を止めるわけにはいかなかった。

 追撃を撃ち落とすために連続して放った宝具。
 消費した魔力量がじわじわと老王を削っている。
 証明するように、駆けるスピードが下がってきていた。

「ランサー、接近。少し速度が落ちていますね」

 結果として、彼らと距離を詰めた天蠍アンタレスと悪国征蹂郎もまた、それを察知する。

「あの子は……アルマナは……無事なのか?」
「おそらく今のところは、としか言えません。そも、他者の前に、まず我々自身の心配すべきと提言します。悪国征蹂郎」

 彼らもまた、カドモス以上に消耗している。
 喫緊の窮地こそ逃れたものの、予断を許さぬ状況に変わりはない。

 どの主従も、果たしてこのまま逃げ切れるのか。
 未だ、展望は見えなかった。

「――しかし妙だな」
「――反応、喪失……?」

 そしてカドモスとアンタレスはいま、新たに一つの異常を察知する。

「奴らはどこに行った?」

 最も先行していた筈の一組が、その姿を消してたのだ。




 逃走する3組で形成された群体行動。
 追跡者から逃れるため、纏まる必要があった彼らの中で、明確に一つ浮いていている組があった。

 キャスター、シッティング・ブルと華村悠灯の主従である。
 新宿抗争において他の2組の敵対組織に所属にしていた流れもあり、最も協力連携の難しい立ち位置にある。
 各個撃破されるリスクを飲み込んででも、どこかのタイミングで軌道を変え、逃げ切る算段が必要であった。

 しかし裏を返せば、それはしがらみのない、一種の身軽さを得ているとも言える。
 ゴール地点を持つ故に他を目指せないカドモスや、仲間を見捨てられない征蹂郎の組と違い。
 悠灯とキャスターは他の2組の援護を見込めない代わりに、援護を強いられてもない。
 つまりタイミングを得られさえすれば、彼らだけは、軌道を変える以外の、第二の選択肢を選ぶことも出来たのだ。

「……行ったか、キャスター?」
「ああ、気づかれていない。気付いたところで既に遅いだろう。成功だ」

 渋谷の路上、倒壊したビル影に、その主従は潜んでいた。
 近くに巨人の気配はもうない。
 周囲には、打ち捨てられた破壊の痕跡と、道路を削り抜いたスキーの轍が残されている。 

 彼らを追っていた巨人と、追随していた他の2騎は、既に西方へと通り過ぎていた。
 蝗害の出現。乱入した英雄(ヒーロー)。
 様々な状況変化に乗じた隠遁によって、彼らは追跡者をやり過ごすことが出来たのだ。

「生きた心地がしなかったな」
「ああ、まったくだ」

 周囲は静かだった。
 ビルの影から路上に出た悠灯は町並みを見渡してみるが、人影はどこにもなかった。
 滅びた町並みと、残穢のような粉雪が落ちるのみ。

 命からがら逃げ延びて。
 これから、どこへ行こう。
 悠灯はぼんやりと考える。

 身体のこと、崩壊したデュラハンのこと。
 そして、やっと決めることができた、自分のこと。

 ――祓葉(アイツ)になる。

 そのために、いま、向かうべき場所。

「なあ、キャスター。アタシ、これから――」

 自らの従者に、それを告げようとして。
 遠くに、軍靴の音を聞いた気がした。



「―――やあ、君。いい夜だね」



 冷たい空気の中、とても良く通る声。
 自身に満ちた張りのある、すこしキザな挨拶だった。

「だけど少し冷える。女の子だけで出歩くのは、お勧めしないな」

 前方の路上、アスファルトの砕けた交差点。
 立ちこめる霧の向こうから、一人分の足音。
 女性にしては身長の高い、すらりとした体型(シルエット)が浮かび上がる。

「おや、なんだ、ちゃんと従者(ガード)が付いている。それなら余計な忠告だったか」

 たった今、白い幕の中から現れた人物。
 彼女をひと目見て、華村悠灯は理解する。
 己にとって、避けられぬファクター、その一つを。

 自らの身体のこと。
 デュラハンのメンバーとの別れ。
 そして、死闘の中でやっと決めることが出来た、自らの道。

 大人になる。そのための試練。
 悠灯の人生を次に進めるために、越えねばならぬもの。
 向き合わねばならぬもの。

 ―――運命。

 生きる上で、避けて通れぬ存在を。
 果たして、そう呼称するならば。

「本当に奇遇だ」

 静まり返る冬の街。
 観客のいない舞台の上、彼女たちは相対する。

「君もそう思うだろう? 演者(アクター)」 

 崩壊した交差点の向こう側。
 そこに、華村悠灯の運命として、伊原薊美が立っていた。




【渋谷区・北東部 交差点/二日目・未明】


【華村悠灯】
[状態]:生命活動停止。固有の魔術が発動中。頸椎骨折(修復済み)、右肩に刺傷、肉体疲労(大)、魔力消費(大)、生への渇望
[令呪]:残り二画
[装備]:精霊の指輪(シッティング・ブルの呪術器具)
[道具]:なし
[所持金]:ささやか。現金はあまりない。
[思考・状況]
基本方針:アタシは、死にたくない。そして、生きていきたい。
0:アイツは――。
1:改めてよろしくな、キャスター。
2:狩魔さん、ゲンジ――死んじまったのか。
3:山越風夏への嫌悪と警戒。
4:あの刺青野郎ってば最悪!!
5:状況がヤバすぎる!!(やけくそ)
[備考]
神寂縁(高浜総合病院院長 高浜公示)、および蛇杖堂寂句は、それぞれある程度彼女の情報を得ているようです。

華村悠灯の肉体は、普通の意味では既に死亡しています。
ただし土壇場で己の真の魔術の才能に目覚めたことで、自分の魂を死体に留め、死体を動かしている状態です。
いわゆる「生ける屍」となります。
強いて分類するなら死霊魔術の系統の才能であり、彼女の魔術の本質は「死を誤魔化す」「生にしがみつく」ものでした。
自覚できていた痛覚鈍麻や身体強化はその副次的な効果に過ぎません。

この状態の彼女の耐久性や、魔力消費などについては、次以降の書き手にお任せします。
→魔力消費の影響をある程度無視できるようです。ただしあくまで誤魔化しているだけなので、度が過ぎると多分死にます。

【キャスター(シッティング・ブル)】
[状態]:疲労(極大)、全身にダメージ(大)、額と右耳に軽傷、腹に刺傷(止血済)、迷い、悠灯への憂い、アルマナへの憐憫と共感
[装備]:トマホーク
[道具]:弓矢、ライフル
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:救われなかった同胞達を救済する。
0:―――嗚呼、遂に。
1:アーチャー(スカディ)からの逃走。
2:神寂祓葉への最大級の警戒と畏れ。アレは、我々の地上に在っていいモノではない。
3:――他でもないこの私が、そう思考するのか。堕ちたものだ。
4:復讐者(シャクシャイン)への共感と、深い哀しみ。
[備考]
※ジョージ・アームストロング・カスターの存在を認識しました。
※各所に“霊獣”を飛ばし、戦局を偵察させています。


【伊原薊美】
[状態]:魔力消費(大)、頭痛と疲労(大)、胴体にダメージ、静かな激情と殺意、魅了(自己核星)
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:騎兵隊の六連装拳銃、『災禍なる太陽が如き剣(レーヴァテイン)』
[所持金]:学生としてはかなりの余裕がある
[思考・状況]
基本方針:全てを踏み潰してでも、生き残る。
0:君は―――。
1:私は何にだって成れる、成ってやる、たとえカミサマにだって。
2:殺す。絶対に。どんな手を使ってでも。
3:高天小都音たちと共闘。
4:仁杜さんについては認識を修正する。太陽に迫る、敵視に相応しい月。
5:太陽は孤高が嫌いなんだろうか。だとしたら、よくわからない。
6:同盟からの離脱は当分考えていない。でも、備えだけはしておく。
[備考]
※マンションで一人暮らしをしています。裕福な実家からの仕送りもあり、金銭的には相応の余裕があります。
※〈太陽〉と〈月〉を知りました。
※自らの異能を活かすヒントをカスターから授かりました。

→上記ヒントに加え、神寂祓葉と天枷仁杜、二種の光の影響によって、魅了魔術が進化しました。

『魅了魔術:他者彩明・碧の行軍』
 周囲に強烈な攻勢魅了を施し、敵対者には拘束等のデバフ、同盟者には士気高揚等のバフを振りまく。

『魅了魔術:自己核星・茨の戴冠』
 己自身に深い魅了を施し、記憶した魔術や身体技術の模倣を実行する。
 降ろした魔術、身体技術の再現度は薊美の魔術回路との相性や身体的限界によって大きく異なる。
 ただし、この自己魅了の本質は単なる模倣・劣化コピーではなく。
 取得した無数の『演技』が、薊美の独自解釈や組み合わせによって、彼女だけの武器に変質する点にある。

※ウートガルザ・ロキから幻術による再現宝具を授かりました。
 ・『災禍なる太陽が如き剣(レーヴァテイン)』
 対神、対生命特攻。巨人の武具であり、神の武具であり、破滅の招来そのものである神造兵装――の、再現品。
 ロキの幻術で生み出された武器であるため、薊美が夢を見ている限り彼女のための神殺剣として機能を果たす。
 逆に薊美が現実を見れば見るほど弱体化し、夢見ることを忘れた瞬間にカタチを失い霧散する午睡の夢。
 セキュリティとして術者であるロキ、そして彼の愛しの月である天枷仁杜に対して使おうとすると内蔵された魔術と呪いが担い手を速やかに殺害する仕組みが誂われている。
 サイズや重量は薊美の体躯でも扱える程度に調整されている様子。


【ライダー(ジョージ・アームストロング・カスター)】
[状態]:疲労(小)、複数の裂傷、魅了
[装備]:華美な六連装拳銃、業物のサーベル(トバルカインからもらった。とっても気に入っている)
[道具]:派手なサーベル、ライフル、軍馬(呼べばすぐに来る)
[所持金]:マスターから幾らか貰っている(淑女に金銭面で依存するのは恥ずべきことだが、文化的生活のためには仕方のないことだと開き直っている)
[思考・状況]
基本方針:勝利の栄光を我が手に。
0:―――嗚呼、遂に。
1:神へ挑まねば、我々の道は拓かれない。
2:やはり、“奴ら”も居るなあ。
3:“先住民”か。この国にもいたとはな。
4:やるなあ! 堕落者(ニート)のお嬢さん!!
[備考]
※魔力さえあれば予備の武器や軍馬は呼び出せるようです。
※シッティング・ブルの存在を確信しました。

※エパメイノンダスから以下の情報を得ました。
 ①『赤坂亜切』『蛇杖堂寂句』『ホムンクルス36号』『ノクト・サムスタンプ』並びに<一回目>に関する情報。
 ②神寂祓葉のサーヴァントの真名『オルフィレウス』。
 ③キャスター(ウートガルザ・ロキ)の宝具が幻術であること、及びその対処法。
※神寂祓葉、オルフィレウスが聖杯戦争の果てに“何らかの進化/変革”を起こす可能性に思い至りました。
※“この世界の神”が未完成である可能性を推測しました。



【渋谷区・北西部 /二日目・未明】


【悪国征蹂郎】
[状態]:疲労(大)、魔力消費(中)、出血(大)、全身に軽度の火傷、頭部と両腕にダメージ(応急処置済み)、右腕損壊(大)、腹部に銃創、低体温症、〈喚戦〉、ランサー(アンタレス)と再契約
[令呪]:残り一画
[装備]:レッドライダー製の極薄ガントレット(左腕のみ)
[道具]:なし
[所持金]:数万円程度。カード派。
[思考・状況]
基本方針:刀凶聯合という自分の居場所を守る。
0:生きる。死んだ皆と、まだ生きている仲間のために。
1:アーチャー(スカディ)からの逃走。
2:アルマナは仲間だ。仲間が死ぬなと言うのなら、オレだけ一抜けはできない。
[備考]
 異国で行った暗殺者としての最終試験の際に、アルマナ・ラフィーと遭遇しています。
 聯合がアジトにしているビルは複数あり、今いるのはそのひとつに過ぎません。
 養成所時代に、傭兵としてのノクト・サムスタンプの評判の一端を聞いています。
 六本木でのレッドライダーVS祓葉・アンジェ組について記録した映像を所持しています。
 アルマナから偵察の結果と、現在の覚明ゲンジについて聞きました。
 千代田区内の聯合構成員に撤退命令を出しています。
 ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)と再契約しました。

【ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)】
[状態]:疲労(極大)、胴体に裂傷、全身にダメージ(大)、甲冑破損、無念と決意、寂句の令呪『神の箱庭を終わらせ、真の〈神殺し〉を成し遂げてみせよ』及び令呪による一時的な強化、悪国征蹂郎と再契約
[装備]:赤い槍
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:神寂祓葉を刺してヒトより上の段階に放逐する。
0:マスター・ジャックの遺命を果たす。たとえこの身が擦り切れようとも。
1:アーチャー(スカディ)からの逃走。
2:これからよろしくお願いします。アグニ。
[備考]
※マスターを喪失しました。令呪の強化を受けていますが、このままでは半日は保たないでしょう。
 →悪国征蹂郎と再契約しました。


【アルマナ・ラフィー】
[状態]:疲労(大)、魔力消費(大)、動揺(少し落ち着いてきた)
[令呪]:残り一画
[装備]:
[道具]:なし
[所持金]:7千円程度(日本における両親からのお小遣い)。
[思考・状況]
基本方針:王さまの命令に従って戦う。
0:アグニさんには死んでほしくない。アルマナは、どうしてこうなってしまったのだろう。
1:もう、足は止めない。王さまの言う通りに。
2:傭兵(ノクト)に対して不信感。
[備考]
 覚明ゲンジを目視、マスターとして認識しています。
 故郷を襲った内戦のさなかに、悪国征蹂郎と遭遇しています。

 新宿区を偵察、情報収集を行いました。
 デュラハン側の陣形配置など、最新の情報を持ち帰っています。

 カドモスに渡されたスパルトイは全滅しました。

【ランサー(カドモス)】
[状態]:疲労(大)
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:いつかの悲劇に終焉を。
0:アーチャー(スカディ)から逃れる。
1:面倒なことになったものだ。頭が痛い。
2:傭兵(ノクト)に対して警戒。
3:事が済めば雪村鉄志とアルターエゴ(デウス・エクス・マキナ)を処刑。
[備考]
 本体は拠点である杉並区・地下青銅洞窟に存在しています。
 →青銅空間は発生地点の杉並区地下から仮想都市東京を徐々に侵略し、現在は杉並区全域を支配下に置いています。
  放っておけば他の区にまで広がっていくでしょう。

 カドモスの宝具『我が撒かれし肇国、青銅の七門(スパルトイ・ブロンズ・テーベ)』の影響下に置かれた地域は、世界の修正力を相殺することで、運営側(オルフィレウス)からの状況の把握を免れています。







 混乱する人並みに流されるように、あるいは乗じるように、レミュリンは渋谷の街を走っていた。
 敵は攻撃規模が大きく、かつ遠距離攻撃を可能とするサーヴァント。
 おそらくアーチャー、それも規格外の強敵。

 ランサーを戦わせると決めたならば、安全な港区に退避する道は閉ざされた。
 マスターとして、レミュリンは戦場に留まらねばならない。
 そうしなければ、離れた場所から俯瞰する魔術的手段を持たない少女は、令呪による援護すらままならないのだ。

 反面、流れ弾に当たって死ぬような不注意も晒せない。
 マスターが呆気なく死ぬことこそ。もっともサーヴァントの足を引っ張る行いだと分かっている。

 戦況を把握できる場所に辿り着き、かつ可能な限りの安全を確保する。
 言うは易く行うは難し。
 魔術師として新米であるレミュリンにとって、戦場で立ち回ることは至難であった。

「レミュリンちゃん!」

 恐慌する人混みに巻き込まれ、あわや転倒しかけたレミュリンの目の前に、腕が伸びてきた。
 それは密集した人間の隙間から差し入れられた救いの手。
 白く滑らかな蛇杖堂絵里の手を、咄嗟に掴む。

「離しちゃ駄目ですよ!」
「うわ、わわわっ」

 レミュリンの手を掴み返す、と言うより巻き付いたようなその腕が、少女の小柄な身体を勢いよく引っ張り上げた。
 ヘビのように伸びていた腕が、その細さに反して力強く巻き込まれていく。
 つんのめるようにしてドミノ倒しから逃れたレミュリンを、歩道の隅に立っていた絵里が受け止めた。

「大丈夫?」
「は、はい。ありがとう、ございます……」
「レミュリンちゃん、軽いから助かっちゃった。でも、もうちょっと食べたほうがいいですよ?」
「……あの。いまのって?」
「お察しの通り、私の魔術です。といっても大したものじゃないですけどね。ちょっと腕が長く伸びるだけの、曲芸みたいなもので」

 謙遜する絵里に重ねてお礼をいながら、少女は体制を整える。
 歩道の隅に固まって、戦闘区域の方角から逃げ出してくる人波をやり過ごす。

 ここまでビルの倒壊に巻き込まれないよう、なるべく広い道を進んできたものの。
 いよいよ方針に限界が見えていた。
 追撃戦であるが故、移動し続ける戦闘区域、そこから逃げる人の流れに逆らって動けば、当然こちらの移動に支障が出る。

「大通りはもう無理ですね。人が多すぎる」

 絵里の指摘はもっともだった。

「だったら……あっちから」

 人でごった返す車道から視線をずらし、レミュリンはその道を見る。
 ビルとビルの隙間。
 人が並んで通れないくらい細く狭い、路地裏の道。

 清潔とは言えぬ、暗い道に、人影はない。
 傍らの建物が倒れたりすれば、間違いなく逃げ場はない。
 だが少なくとも、人混みに阻まれて動けなくなることはないだろう。

「大丈夫でしょうか……?」

 絵里は心配そうに語調を弱めていた。
 きっとこちらを気遣ってくれているのだろう。
 それがわかるからこそ、レミュリンは深呼吸して、路地裏の闇を直視する。

「怖いけど……行きます。これ以上、遅れるわけにはいきません」

 少しずつ、だが確実に、ランサーとの距離が開いてきている。
 戦況が把握できないままでは、ここに残った意味がない。
 リスクとリターンを天秤にかけ、避け得ぬリスクであると判断する。

 大通りとて、混乱に巻き込まれたら安全は保証されないのだ。
 どうせ危険ならば、少しでも追いつける可能性が高い方へ。

「私が先行します。エリさんは、後ろの警戒をお願いします」
「わかりました。でも、レミュリンちゃん、焦らないでね。急いでいるときほど、慎重に」

 小さく頷いて、少女は踏み出した。
 暗く、狭い、不鮮明な道へと。
 煤けた闇の中を、レミュリンは進んでいく。

 大通りから外れてみれば、そこは驚くほど静かだった。
 確かに喧騒や地響き、叫び声は聞こえるものの。コンクリートの壁に遮られてしまえば、どれも遠く感じる。

 停電によって、点灯している外灯の数も少なくなっていた。
 スマホのライトで前方を照らしながら、逸る心を抑えながら着実に進んでいく。

 上空から突然、大きな光に照らされて、レミュリンは目を細めながら上を見る。
 ビル壁に切り取られた空の上を、赤い閃光が通り過ぎていった。
 いまのはランサーの攻撃の余波だろうか、それとも敵の宝具か。
 分からない。確実に言えることは、今もランサーは戦っている。それだけだった。


 路地裏の道を、2人分の足音が進んでいく。
 かつ、かつ、かつ、と汚れた建造物の裏側に反響する。

 顔に掛かったクモの巣を払い除けた。
 空き缶が靴の先に当たった。
 そんな事を繰り返して、数分の後。
 等間隔で鳴っていた靴音が止まった。

 レミュリンは立ち止まり、スマホの画面を開く。
 岐路であった。路地裏の道が十字に分かれている。
 絶対の正解はない。レミュリンの目的地は動き続けているから。

 戦地が動き続けている以上、近づこうとして離れてしまう可能性もありうる。
 念話の可聴範囲外なのか、あるいは戦況的に話す余裕がないのか、脳内にランサーの声は返らない。
 聞こえてくる衝撃音、地響き、大通りの方角に見える人々の避難方向。
 今はそれらから判断するしかなかった。

 直進か、右折か、左折か。

 薄暗い路地裏、十字路の真ん中で、少女は一瞬の迷いを振り払い。
 その一瞬に。

「ねえ、レミュリンさん」

 右側の道に踏み出した両肩を、しなやかな指が掴んだ。

「…………!」 

 突然のことに少し驚きながら、レミュリンは背後の女性に言葉を返す。

「わ……絵里……さん?」

 すぐに、自分の間抜けさを自嘲した。
 何を驚いているのだろう。
 この場で話しかけるヒトも、触れるヒトも、一人しかいない。
 驚くようなことじゃないのに。

「レミュリンさんは、どうして、こっちの道を選んだんですか?」
「あ、あれ、違ってました?」
「いいえ、正解だと思いますよ。ランサーの魔力反応も、あちらの方角から発しています」

 じゃあ、どうして後ろから肩を掴んで止めるのだろう。
 素朴な疑問が浮かんで。

「でもね、不正解なんです」
「それは……」
「どうしてかって? 単純ですよ。この先が行き止まりだから、です」

 ああ、なるほどと納得する。
 方角が正解でも、道がつながっていなければ意味がない。
 路地裏の先、暗い向こうは袋小路。

 日本の土地勘のないレミュリンには難しい判断だった。
 でもどうして、彼女はそれを知っているのだろう。

「渋谷の道に……詳しいんですか?」
「ええ、こういう日当たりの悪い道は、よく使いますから」

 ああ、だけど、そうすると。
 また別の疑問が湧いてきてしまった。

「絵里さん……」
「なんですか?」
「絵里さんって、その、ジャジュウドウの家からは、離れて育ったんですよね?」
「ええ、そうですよ」

 ようやく、レミュリンは気付いた。

「つまりその……トーキョーからは離れた田舎の街で暮らしてたって……言ってませんでしたっけ……?」
「あー、そっか、そういう設定でしたっけ?」

 身体が、動かない。まるで金縛り。
 ヘビに睨まれたカエルのように、指一本動かすことが出来ない。
 自由になるのは目線と口と喉、それだけだった。

 レミュリンの肩を掴んだ手に、その白く繊細な指先に、少しずつ力が込められているのがわかる。
 震えるように、興奮するように、爪の先が肉に食い込んでいく。

「痛……ッ……エリ……さん?」
「正直もうバレるバレないとか、そういう時間帯じゃないので。あんまり気が張ってなかったと言いますか」
「何を言って」
「でもこれ、私は悪くないと思うんですよね。いくらなんでも誘いすぎっていうか。こんなに食べやすくなっちゃったら……ねぇ?」
「エリさん……なに……を……?」

 爪が服を突き破り、肩を食い破って侵入する。
 なのに痛みは一瞬で、痺れるような感覚が全身に広がっていく。

 何かを、致命的に間違えていた。
 察しの悪い自分でも、それくらいは分かった。

 だけど、分からない。
 一体いつから間違えていたのか。

「嗚呼……レミー、レミー、君は純真すぎる……」
「え……?」
「私は、まだ我慢しようと思っていたのに」

 声が、変声機を使ったように、歪み、切り変わった。
 肩に食い込んだ指の形もまた、メキメキと切り替わる。
 細くしなやかな女性のものから、皺くちゃの老人のものへと。

「もっと、もっと、美味しくなるまで待とうと思っていたのに……」

「ダヴィドフ……神父さま?」

 なぜ、背後から、慣れ親しんだ後見人の声がするのか。
 いつの間に入れ替わったのか。
 いや、違う、違うと。心の何処かで警鐘が鳴っていた。

「もっと、もっと、大事に、大事に、絶望を育てて。一番熟したタイミングで、収穫する予定だったのに」

 指先の形が、再び変わる。背後の声が更に変わっていく。

「なぜこうも上手く行ってしまうんだ?
 どうして信じてしまったんだい? どうして、ランサーを行かせてしまったんだい?
 ここまであからさまに、食べてくれと言わんばかりに、甘い蜜を垂らされたら、もう、もう、我慢ならないじゃないか!」

 蛇杖堂絵里、ダヴィドフ神父、いや、違う、こいつは違う。

「――ああ今日も、世界はこんなにも、僕に支配されたがっている」

「あなた……だれ?」

 聞いたことの無い声。
 背後に居るのは、いったい、『誰』なのか。
 いや、『何』なのか。

 一度に複数の人間が、背後に重なって存在しているように。
 悍ましく強大で凶悪な、ヒトの皮を被っただけの怪物が、レミュリンの背後に立っている。
 これほどの邪悪に心を許していたなんて、自分が如何に盲目だったかを理解する。

 理解したとて、もう遅い。
 たった今、声すら出せなくなった。

 老人の爪が、レミュリンの肩を喰らっている。
 まるで蛇が噛みついているかのように、そこから毒を流し込まれ、全身の感覚が絶えていく。
 凄まじい多幸感が少女の脳髄を溶かし、危険信号である恐怖すら鈍らせる。
 意識が保てない、正常な判断がくだせない、されるがままに。
 そんなふうにして、みんな食べられていったことを、少女は知る由もない。

 声を堰き止められた今、令呪を消費してランサーを呼ぶことすら、もはや出来なかった。
 詰みだ。
 少女の魂はいまや、ヘビの腹に落ちたも同然。
 後はゆっくりと、舐り、咀嚼し、消化するまで。

「僕の名を聞いたね?」

 ヘビは剥き出しの魂を舐め上げ、その瑞々しさに打ち震える。
 これほどの上質を口に含むのはいつぶりだろうか。

「僕は縁、神寂縁さ。
 はじめまして、レミー。そして、いただきます」

 その絶望と悲嘆を、じっくりと味わいながら。
 至高のひととき、食事の時間を始めよう。



「――あれ、"山本さん"じゃないですか」



 朦朧とする意識の中で、レミュリンはその声を確かに聞いた。
 突如、少女の肩に食い込んでいた爪がひとりでに発火し、絡んでいた腕が炎に包まれる。

「な―――!?」

 消えぬ嚇炎が、怪物を焼き尽くす。
 薄汚れた路地裏の奥から。
 革靴の奏でる足音が、ゆっくりと近づいてくる。

「久しぶりですねぇ。どうしたんですか、こんな暗いところで」

「貴様―――なぜ、その名で僕を呼べる? それはもう、捨てた名だぞ、〈葬儀屋〉―――!」

 声を発しながらも、ヘビは瞬く間に全身を炎に巻かれ、灰になって崩れていく。
 剥がされる爪先。拘束を解かれたレミュリンの身体が地面に崩れ落ちた。

「いやいや、前に会った時と変わってないじゃないですか。
 相変わらず、ぐにゃぐにゃで、混ざり合ってる。……そんなキモい形(たましい)は一度見たら忘れない」

 声は、背後から。
 レミュリンを捉えていた正体不明の怪物よりも、さらに背後から聞こえていた。

 つまり偶然にも通りがかった第三者。
 いや、それは本当に偶然だったのか。
 灰の山を蹴り飛ばして、それは少女の傍らに立っている。

「正直、名前は、山本テイ……あーなんだったか、忘れたけどね。
 肉の形が変わろうが、名前の配列が変わろうが、僕にとっては関係ないんだよ。
 ていうか確かに言われてみれば、ヘビみたいだなあ、あんたの魂」

 人には課せられた試練があるとして。
 レミュリンの人生を次に進めるために、越えねばならぬもの。
 向き合わねばならぬもの。

 ―――運命。

 生きる上で、避けて通れぬ存在を。
 果たして、そう呼称するならば。

「ん、それで、君は……」

 そしてそれが、もしも、双方向のモノだったとするならば。

「葬儀屋……アギ、リ―――」

 薄暗い路地裏の地面に蹲りながら。
 痺れの残る身体で、なんとか上半身を起こし、少女は遂にそれを見た。

「女の子か、だったら一応、確に―――――――――?」 

「アギリ―――アカサカ」

 己から家族を奪った、仇の姿を。

「は――――――?」

 それはダークスーツを着た、痩身の男だった。
 白髪交じりの前髪の下、真っ赤な右目がレミュリンを捉えている。

 その禍々しい瞳が、ぐわりと大きく見開かれていて。
 地に伏せたレミュリンの視線と、真っ直ぐにかち合っていた。

「は―――え――あ?」

 しかしすぐさま、その目を、男自身の右手が覆い隠した。
 ぱたた、と。
 数滴の血が、炎と共に地面に滴る。

「な――あ―――? え? は? は? はあ!?」 

 男の右目から流れ落ちる。
 それは燃える血涙だった。
 彼はたたらを踏んで、数歩、後ろに下がり。

「なんだよ、おい―――う、嘘だろ」

 片手で右目と顔の半分を覆ったまま、驚愕に染まった表情で、身体をくの字に折り曲げる。
 まるで、信じがたいモノでも見たかのように。

「……この……点数は……こ、こんな、こんな馬鹿な……」

 再び、恐る恐る右目から手を離し、レミュリンを視界に捉え。
 そして、もう一度、確認したようだった。

「部分点更新……。
 あり得ない……あり得ない……有り得ちゃいけないだろ、そんなこと」

 彼の視界にしか、見えない事実を。

「"妹力"が……お、お、お姉(妹)ちゃんを、上回ってる……ッ!?」

 意味のわからない呟きを零しながら。
 大量の冷や汗に塗れ、ギョロギョロと視線を彷徨わせている。

「こ、壊れちまったっていうのか、僕の眼が……? だがもし、そうじゃないとしたら――」

 妄信の狂人に訪れた転機。
 鬼も眼が、少女を見ている。
 いま、彼にとって、あり得ざることが起こっている。

「つまり、まさか、まさか―――」 

 そして彼は、まるで禁忌を告げるかのような声で、それを口にしたのだ。




「まさか僕のお姉(妹)ちゃんは……妹(いもうと)だったとでもいうのか……?」



 とても正常な人間とは思えない。


「"姉力"と総合点数こそまだお姉(妹)ちゃんが上だがしかしお姉(妹)ちゃんを超える"妹力"の実在そのものが異常かつ異端かつ異彩でありしかし本当にお姉(妹)ちゃんを超える"妹"であるならばこの妹は"妹"ということになるわけでつまり世界最高の妹であり最高のお姉(妹)ちゃんの(妹)を上回りあり得ないだけど現にここに"妹"が居るじゃないかでもまだお姉ちゃんが暫定最高でだがもしこの"妹"がこの先点数を伸ばすようなことがあればそれはつまりつまりまりつまりまりつまり―――」

 まるで支離滅裂、意味不明だった。
 しかし膨大なる寒気と、狂おしき妄執だけが、はっきりと伝わってくる。
 男は自らの言葉に恐怖するように口元を抑え、さらによく分からない呟きを重ねる。

「恒星の……資格者……? この子が?
 いや馬鹿な。ああ、だけど、この点数は確かに、でも、そんなことが、あり得るのかよ……!
 "お姉(妹)ちゃん"が……"お姉ちゃん"になってしまうだなんて……許されていい筈ないのにッ……!」

 狂っている。
 眼から炎の涙を流しながら慟哭する狂態に、少女は震えが止まらない。

 恐ろしい。
 これが狂人。これが悪鬼。
 これが、追い続けていた、仇の正体。
 今、思い出される言葉がある。

『――でも気を付けてね。アギリは強いよ。すっごく強いし、私やイリスよりずっとしつこくてねちっこい』

 理屈ではない。彼は、運命を見た。
 男の壊れた視界の中で、きっとそれだけが真実。
 何より恐ろしいのは、その運命の中心に、今は自分が居るということ。

「〈葬儀屋〉……僕はいま、すこぶる機嫌が悪い」

 出し抜けに傍らの灰が蠢き、盛り上がる。
 怪物の健在を示している。それはごく当然の流れだった。
 一度魂を燃やされた程度で、蛇は潰えない。

「僕は食事の邪魔をされることが、何より嫌いでね」

 〈支配のヘビ〉が、この程度で祓われる筈がない。
 悍ましき総体が、少女の目前、アギリの背後で立ち上がっている。

「疾く、僕の果実(もの)から離れ――」
「……るせえよ」  
「なに?」

 しかし、ここに相対する者もまた、この針音の世界に放たれた怪物。
 六凶が一人。〈妄信〉の狂人。
 凍原の悪鬼は邪魔者を振り返りながら、右の魔眼を見開いた。

「五月蝿えって言ってんだよ、ロリコン。
 いま、僕は"お兄ちゃん"か否かの瀬戸際なんだ。
 ―――確認の邪魔をする奴は、誰だろうが焼き殺す」

 アギリの全身が瞬く間に発火する。
 爆裂する禍炎が路地裏を焼き尽くす。

 支配のヘビがその本性を顕にする。
 展開された蛇口が路地裏を飲み込む。

 混沌極める針音の夜。
 その裏側で、悪党同士による殺し合いが開始される。
 両者、迸る殺意と共に、示し合わせるように言い放った。


「「―――死ねよ、この変態野郎がッ!」」




【渋谷区・東部 路地裏/二日目・未明】


【赤坂亜切】
[状態]:疲労(小)、魔力消費(小)、眼球にダメージ、左手に肉腫跡、妄信
[令呪]:残り三画
[装備]:『嚇炎の魔眼』、M360J「SAKURA」(残弾3発)
[道具]:魔眼殺しの眼鏡(模造品)
[所持金]:潤沢。殺し屋として働いた報酬がほぼ手つかずで残っている。
[思考・状況]
基本方針:優勝する。お姉(妹)ちゃんを手に入れる。
0:―――お姉(妹)ちゃんは"妹"なのか……!?
1:適当に参加者を間引きながらお姉(妹)ちゃんを探す。
2:日中はある程度力を抑え、夜間に本格的な狩りを実行する。
3:他の〈はじまりの六人〉を警戒しつつ、情報を集める。
4:〈蛇〉ねえ。
5:〈恒星の資格者〉は実在する。忌まわしいことだが。
6:脱出王は次に会ったら必ず殺す。希彦に情報を流してやるか考え中
7:じゃあな、蛇杖堂寂句。あんたの英霊もすぐそっちに送ってやるよ。
[備考]
※彼の所持する魔眼殺しの眼鏡は質の低い模造品であり、力を抑えるに十全な代物ではありません。
※香篤井希彦の連絡先を入手しました。

※ホムンクルス36号の見立てによると、自身の魂を燃やす彼の炎は無限ではなく、終わりが見えているようです。
 ただしまだ本人に自覚はないようです。
 具体的にどの程度の猶予があるかは後続の書き手にお任せします。
※一回目の聖杯戦争で組んでいたランサーは、鬼若(いわゆる武蔵坊弁慶)でした。


【レミュリン・ウェルブレイシス・スタール】
[状態]:疲労(小)、全身にダメージ(小)、決意、ドン引き
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:6万円程度(5月分の生活費)
[思考・状況]
基本方針:――進む。わたしの知りたい、答えのもとへ。
0:……怖い。
1:胸を張ってランサーの隣に立てる、魔術師になりたい。
2:ジャクク・ジャジョードーの情報を手に入れ、アギリ・アカサカと接触する。
3:神父さまの言葉に従おう。
4:フツハさんのことを、暇を見てコージさん達へ伝えたい。
[備考]
※自分の両親と姉の仇が赤坂亜切であること、彼がマスターとして聖杯戦争に参加していることを知りました。
※ルーン魔術の加護により物理・魔術攻撃への耐久力が上がっています。
またルーンを介することで指先から魔力を弾丸として放てますが、威力はそれほど高くないです。
※炎を操る術『赤紫燈(インボルク)』を体得しました。規模や応用の詳細、またどの程度制御できるのかは後のリレーにお任せします。
※アギリ以外の〈はじまりの六人〉に関する情報をイリスから与えられました。
※〈はじまりの聖杯戦争〉についての考察を高乃河二から聞きました。
※アギリがサーヴァントとして神霊スカディを従えているという情報を得ました。
※高乃河二、琴峯ナシロの連絡先を得ました。

※右腕にスタール家の魔術刻印のごく一部が継承されています(火傷痕のような文様)。
※刻印を通して姉の記憶の一部を観ています。


【神寂縁】
[状態]:一部燃焼、ややキレ気味、変体中
[令呪]:残り3画
[装備]:様々(偽る身分による)
[道具]:様々(偽る身分による)
[所持金]:潤沢
[思考・状況]
基本方針:この聖杯戦争を堪能する。
0:晩餐(レミュリン)を喰らう。
1:蛇杖堂絵里としてレミュリンと共に蛇杖堂寂句に会いに行く。
2:蛇杖堂寂句とは当面はゆるい協力体制をとりつつ、いつか必ず始末する。
3:蝗害を追う集団のことは、一旦アーチャーに任せる。
4:楪依里朱に対する興味を失いつつある。しかし捕食のチャンスは伺っている。
5:祓葉は素晴らしい。いずれ必ず腹に収める。彼女には、その価値がある。
[備考]
※奪った身分を演じる際、無意識のうちに、認識阻害の魔術に近い能力を行使していることが確認されました。
 とはいえ本来であれは察知も対策も困難です。

※神寂縁の化けの皮として、個人輸入代行業者、サーペントトレード有限会社社長・水池魅鳥(みずち・みどり)が追加されました。
 裏社会ではカネ次第で銃器や麻薬、魔術関連の品々などなんでも用意する調達屋として知られています。

※楪依里朱について基本的な情報(名前、顔写真、高校名、住所等)を入手しました。
 蛇杖堂寂句との間には、蛇杖堂一族に属する静寂暁美として、緊急連絡が可能なホットラインが結ばれています。

※赤坂亜切の存在を知ったため、広域指定暴力団烈帛會理事長『山本帝一』の顔を予選段階で捨てています。
 山本帝一は赤坂亜切に依頼を行ったことがあるようです。
  →赤坂亜切に『スタール一家』の殺害を依頼したようです。

※神寂縁の化けの皮として、マスター・蛇杖堂絵里(じゃじょうどう・えり)が追加されました。
 雪村鉄志の娘・絵里の魂を用いており、外見は雪村絵里が成人した頃の姿かたちです。
 設定:偶然〈古びた懐中時計〉を手にし、この都市に迷い込んだ非業の人。二十歳。
    幸は薄く、しかし人並みの善性を忘れない。特定の願いよりも自分と、できるだけ多くの命の生存を選ぶ。
    懐中時計により開花した魔術は……身体強化。四肢を柔軟に撓らせ、それそのものを武器として戦う。
    蛇杖堂家の子であるが、その宿命を嫌った両親により市井に逃され、そのまま育った。ぜんぶ嘘ですけど。

→蛇杖堂絵里としての立ち回り方針は以下の通り。
 ・蝗害を追う集団に潜入し楪依里朱に行き着くならそれの捕食。
  →これについては一旦アーチャーに任せる方針のようですが、詳細な指示は後続の書き手にお任せします。
 ・救済機構に行き着くならそれの破壊。
 ・更に隙があれば集団内の捕食対象(現在はレミュリン・ウェルブレイシス・スタールと琴峯ナシロ)を飲み込む。

※蛇の体内は異界化しています。彼はそこに数多の通信端末を呑み込み、体内で操作しつつ都度生成した疑似声帯を用いて通話することで『どこにでもいる』状態を成立させているようです。
 この方法で発した声、および体内の音声は外に漏れません。


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最終更新:2025年10月21日 03:07