――この時、彼女は人生において最大の帰路に立たされていた。


「や、やめてください……冗談のつもりなら、お、怒りますよ……?」

 目の前に続いている道はふたつ。
 ひとつの道の先には、忙しい夫の帰りを待ちながらアパートの管理人を務める貞淑な妻としての自分。
 退屈で変化がなく、もはや燃えるような激情もない、今まで通りの自分。
 そしてもう一方の道の先には……。

「冗談じゃありません。僕は本気だ。本気で――貴女を、僕のものにしたい」

 金属フレームの眼鏡の向こうから、青灰色の瞳が彼女を射抜く。
 雑誌のグラビアから抜け出してきたかのような、知的な空気を漂わせた美貌の男。
 そんな「彼」に、自分は今、白昼堂々言い寄られている。

「いっ、いけません……御存知でしょうけど、私には夫が……」
「貴女のような女性に寂しい思いをさせるような男に、義理立てはいらないでしょう。
 それとも、貴女にとって僕は、そんなに魅力に欠けた男ですか?」

 そんなわけないじゃない、と内心呟きながら目を逸らす。
 自分達夫婦が管理するアパートの一室を借りたいと「彼」が訪ねてきたのは、つい先日のことだ。
 聞けば雑誌のモデルをやっているらしい。思わず見惚れてしまったのを覚えている。
 最初は顔を合わせるたび会釈するだけだったけれど、そのうち世間話をするようになり、世間話がもっと深い話になって。
 気付いた時にはもう、こんなに近くまで踏み込まれてしまっていた。
 だけど、そんな状況が案外まんざらでもない自分がいて。

「左薬指の、鎖がついた首輪は、今だけ外してくれませんか。
 貴女は自由であるべきだ――少なくとも僕の前では、その権利があるのだから」

 彼の長い指がそっと自分の頬を撫で、顎先を優しく持ち上げる。
 これ以上はいけない。本当に取り返しがつかなくなる。
 だけど、今までの灰色の生活が一変しそうな、そんな期待も確かにあって。
 いっそこのまま流されてしましたい……彼女がそう思ったその時。

「――希彦よぅ。今日の晩飯は、儂、もう食ったかのう」

 名前を呼ばれた「彼」が、顔をひきつらせて振り返る。
 そこには白髭を長く伸ばした小柄な老人が、ぼんやりとこっちを見つめていた。
 クールで理性的ないつもの彼の横顔から、今は抑えきれない感情が見え隠れしている。
 確かこの人、彼……希彦くんの部屋に田舎から遊びに来ているお祖父ちゃんだっけ。
 そこまで考えて、彼女はハッと我に返った。

「そ、それじゃあ希彦くん、私はまだ仕事あるから、また今度ね!」

 引き止める彼の手をすり抜けて管理人室に飛び込み、大きく深呼吸する。
 本当に危なかった。もう少し強く押されていたら、ぐらっと来ていたかもしれまい。

「……ほんとにもう、タイミング悪いんだから」

 何故かお祖父さんに矛先を向けてから、彼女は放ったらかしにしていた仕事に取り掛かった。


                ▼  ▼  ▼


 アパートの自室に戻ると、香篤井 希彦は玄関に鍵を掛けた。
 律儀にチェーンロックまで施すと、その扉に懐から取り出した札を貼り付ける。
 続けて指で空間を十字に切る。縦に四本、横に五本。
 修験道では九字切り、陰陽道においては平安時代の先達たる蘆屋道満の名を取ってドーマンの印と呼ばれる形だ。
 簡易的な封印ではあるが、物理的にも魔術的にも必要十分な強度はあるはずだ。
 何の変哲もない扉であろうと、これでそう簡単には突破されないだろう。

 ここ数日のルーティンワークを終えると、希彦は部屋の中へ向き直った。
 眼鏡をくいっと指先で持ち上げると、ソファに寝転がる小柄な姿を軽く睨む。

「どういうつもりですか、キャスター」

 視線の先は白髭の老人――キャスターのサーヴァントが既にくつろいでいた。
 変な柄のTシャツに股引を履いたその姿は、英霊の威厳など微塵もない。
 近所の住人には希彦の祖父と思い込ませているが、当の希彦も仮に事情を知らなければ「田舎から出てきた耄碌気味の爺さん」と言われたほうが納得するだろう。
 キャスターと呼ばれた老人は、からかうように口角をつり上げる。

「どういうつもりって、なんかお前さんが女引っ掛けようとしとるからの」
「引っ掛けるとは人聞きの悪い。管理人さんがひとりで寂しい思いをしているから、
 僕はただその心の隙間を物理的に埋めてあげようとしただけですよ。善意で」
「カッコつけて言うことじゃなかろうがい」

 希彦は溜息をついて、荷物を部屋の隅に放り投げた。
 彼女を今日のうちに落とし切れなかったのは、実際のところ残念ではある。
 とはいえ機会は今後いくらでもあるだろうし、焦っても仕方がない。
 ここ数日で行った他の仕込みに比べれば、せいぜい「出来れば」程度の優先度だし。

「一応言っておきますがね、何も下心だけで言い寄っていたわけではありませんよ。
 このアパートがある土地は、地相も霊脈も優れたこの一帯の要です。
 せっかく拠点として押さえたのですから、周囲に好感を与えるに越したことはない」
「なんじゃ、下半身だけじゃなく頭にも脳ミソ入っとったんじゃのう。感心感心」
「僕はステゴサウルスか? ……ともかく、勝つための布石を打つのは当然でしょう。
 陰陽道を再興し、世に僕の才能を知らしめる。この聖杯戦争はまたとない機会ですから」

 上着の内ポケットに入れた懐中時計の重みを感じながら、希彦は呟いた。

 聖杯戦争。

 英霊を従えた魔術師同士が死力を尽くして激突する、壮絶な魔術儀式。
 勝ち残った者に与えられる聖杯とは、いかなる願いも叶う万能の願望器であるという。
 希彦が現時点で持つ聖杯戦争の知識は最低限だが、その僅かな情報は彼を奮い立たせるに十分だった。

 希彦が生まれた「香篤井(かでい)」の家は、由緒正しき「陰陽師」の家系である。
 遡れば平安時代の賀茂家にルーツを持ち、初代が初めて香篤井を名乗ったのは室町時代のこと。
 以来、数百年にわたって星を読み、闇を祓い、人を護って生きてきた一族だ。
 明治維新に伴って陰陽道の地位は没落してしまったものの、
 歴史の影に潜みながらこうして現代まで千年前の秘術を受け継いでいる。

 そんな香篤井家に誕生した希彦は、まさしく稀代の天才だった。
 誰もが見惚れる美貌と明晰な頭脳を持ち、真綿のようにあらゆる知識を吸収しながら、
 どんなに複雑な秘伝の術でも容易く我がものとして使いこなして見せる。
 まさに麒麟児。他ならぬ希彦自身が、誰よりもそう思っている。

 だが、成長するにつれて、彼は自分の才能を活かす場面が少ないことに気付きはじめた。
 現代でも占星術や悪霊祓いの出番がないわけでもなかったが、千年の歴史を持つ香篤井家の末裔が、
 胡散臭い霊能者や占い師の真似事をして糊口を凌ぐのは屈辱だった。

 加えて、今なお陰陽道を受け継いでいるような者達は総じて気位ばかりが高いか、
 祖先の遺産を金儲けの道具と思っているかのいずれかで、この先の時代のことなど誰も考えていなかった。
 聞けば西洋魔術界には時計塔なる組織が存在して、後進の育成にも力を入れているということだ。
 今の根腐れした陰陽師に同じことができるとは思えない。
 生まれる時代を間違えた――希彦の抱える忸怩たる思いは年々膨れ上がる一方だった。

 だからこそ、この聖杯戦争は僥倖そのものだ。
 天才陰陽師たる自分の実力を遺憾なく発揮し、他の魔術師達と競うことができる。
 全てにおいて恵まれた自分に叶えたい願いなどないが、聖杯はトロフィーとして最上だ。
 魔術儀式を勝ち抜いて万能の願望機を手に入れれば、その成果は陰陽道の、香篤井家の、
 そして希彦自身の名を大いに高めるだろう。
 それは自分と陰陽師全体が陥っていた袋小路を打ち破り、西洋魔術界と肩を並べる足掛かりになるかもしれない。

 命を賭けることへの恐怖はなかった。自分が負ける姿など想像できないからだ。

 だからこそ、首尾良くサーヴァントを手に入れた後、希彦は考えうる限りの手を打った。

 最初に充てがわれた自宅は早々に放棄し、霊脈に優れて守りやすい土地へと転居。
 アパートの周りには、非常時に結界として機能するよう広範囲に仕掛けを施した。
 また他のマスターに勘付かれないよう細心の注意を払いながら、式神による情報収集も怠らない。
 近隣住民に余計な不信感を与えないための、近所付き合いもその一環だ。
 先ほどの管理人さんとの一件も……趣味と実益が七対三くらいではあるが、
 聖杯戦争に向けた努力の一部であることは間違いない。

「……本当に大変でしたよ。僕が美形でなければとても乗り切れなかった」

 唯一の誤算は、あのキャスターが下準備に対して協力的な素振りを見せなかったことだ。
 自身のサーヴァントの真名を知った時、希彦は思わず拳を握りしめた。
 考えうる限り、自分が共に戦う上で最高の英霊のひとり。
 これで自分の勝利は限りなく盤石に近づいたと、そう考えすらしたものだ。

 それが実際はどうだ。
 何やら「儂にお前さんの実力を見せてみい」などとそれっぽいことを言いながら、
 地道な事前工作は全てマスターにやらせて自分はあちこち遊び回るばかり。
 希彦が苦労して設置した仕掛けも、キャスターなら欠伸しながら済ませられるだろうに。

 ……そう、希彦とキャスターの実力には別次元と呼べるほどの差がある。
 現代最強と自負していた自分も、千数百年前の英霊の足元にも及ばない。
 にも関わらず当人が遊んでばかりというのが、余計に癪に障るのだが……。

 まさに今、どこからか手に入れたレトロゲーム機で落ち物パズルをプレイしているように。

「人が頭を抱えている時に、ぷよぷよするなぁ!」

 希彦が予備動作無しで投げつけた呪符を、キャスターは視線も向けずに親指と人差し指で挟んだ。
 そのまま指先を軽く擦ると、呪符は一瞬だけ青白い炎を上げて燃え尽きる。
 ぐっ、と僅かにたじろいだ希彦だが、すぐにだらけ切ったサーヴァントを指さした。

「どこの世界に、そんな変なTシャツ着てTVゲームで遊ぶ英霊がいるんですか!」
「え~、絶対に儂以外にもいるじゃろ、そういう奴」

 希彦は、筋骨隆々の英雄がぴちぴちのプリントシャツを着て、
 巨体を丸めてテレビに向かいコントローラーを握りしめる姿を想像してみた。
 絶対にいるはずがない。仮にいたとしたら、そんなのは人類史の恥だ。

「だいたいなんですか、その気味の悪いTシャツの柄は」
「何とは何じゃい、只今流行最先端のキャラクターだと店員の姉ちゃんが言うとった『ネコバルク』に向かって」

 シャツの胸では金髪猫目の謎ナマモノが、ガチムチの肉体を誇示している。
 シンプルに気持ち悪い。

「どう見てもパチモンじゃないですか、どこで買ったんですかそんなの」
「ファッションの最先端といえば原宿じゃが?」
「しっかり観光してやがる……せめて巣鴨ならまだ可愛げがあるのに」
「イヤじゃよ、そんなジジむさいところ」
「まさか今まで鏡を御覧になったことがない?」

 だんだん頭が痛くなってきた。
 もしかしたらこのサーヴァントは、大ハズレもいいところだったのかもしれない。
 生前の偉業だけで判断して舞い上がっていた数日前の自分が恨めしくなる。

「……同じ陰陽師でも、もし安倍晴明を喚べていればこんなことには……」

 思わず希彦がそう口に出したその時、部屋の空気が僅かに変わった。
 先ほどまでと違うのは、キャスターの身体が宙に浮かび上がっていること。
 もうひとつは希彦へ向ける視線に、僅かばかりに真剣さが籠もっていることだ。

「晴明~~~? そもそも、その阿部家に陰陽道の秘伝を託したのはこの儂よ。
 二百年ばかり研鑽したとて、この『吉備真備』が遅れを取るわけがなかろうが」

 陰陽道の到達点と名高い安倍晴明に対してこんな台詞を吐ける英霊がいるとすれば、蘆屋道満ともうひとり……。
 この老いてなお盛んな陰陽師の他にはいないだろう。


 吉備真備


 大陸より簠簋内伝金烏玉兎集を持ち帰った、陰陽道の始祖。
 すなわち、我が国最初の陰陽師である。

 恐らく世間一般においては、二度も危険な航海を乗り越えた遣唐使のイメージが強いだろう。
 人生の四分の一近くを唐で過ごし、大陸の進んだ学問を持ち帰った彼は、奈良時代の日本の発展に大きく貢献した人物だ。
 更に兵法にも優れ、齢七十の頃には恵美押勝の乱を見事な采配で鎮圧するという軍功を挙げている。
 今や教科書にも載っている、誰もが一度は名前を聞くような偉人だ。

 一方で、神秘に関わる人間にとって吉備真備の名はまったく別の意味を持つ。
 阿倍仲麻呂の怨霊の力を借りて、陰陽道の秘伝書を手にしたという偉業。
 双六盤のサイコロを覆い隠しただけで、唐の日月を封じたという実力。
 仲麻呂の子孫に陰陽道を伝え、安倍晴明へと続く名家を生み出した功績。
 吉備真備の存在なくして、陰陽師は成立し得ないのだ。

「……だとしたら、どうして貴方は、自分の力を示そうとしないのです。
 誰もが認める実力を持ちながら、それでは他の陣営にナメられるだけだ」
「そういうところがまだまだ青いんじゃよなぁ、お前さんは」

 キャスターは、希彦が絞り出した言葉をふふんと鼻で笑ってみせた。

「この真備が思うに、戦いの秘訣ってのは『相手にナメられておく』ことじゃ。
 相手に『どうにでもなる奴』と思わせられれば、その実、こちらは躱すも攻めるも自由自在よ。
 自分は凄いんじゃ~なんてふんぞり返ってよ、玄さんみたいな死に方はしたくなかろ?」
「玄さん? ああ、玄昉か。あの伝説は本当だったんですか」

 玄昉は奈良時代の僧侶で、吉備真備や阿倍仲麻呂と同期の遣唐使として知られる。
 真備と共に唐で学び、帰国後はその知識を活かして政治に携わり大いに活躍したが、一方でその傲岸不遜な性格は方々に敵を作り続けた。
 最終的に玄昉は失脚して九州へと左遷され、翌年、彼に遺恨を抱く藤原広嗣の怨霊によって惨殺された。
 玄昉の死体は五つに引き裂かれ、それぞれ別々の地へ投げ捨てられたという。

「玄さんは死んじまったが、儂はしぶとく長生きした。つまりはそういうことよ。
 ま、あんまり心配せんでもええぞい。儂の本気が要る時は、ちゃーんと助けてやるからの」

 それだけ言ってまたゲーム機へと向き直るキャスターへ、希彦は複雑な視線を送る。
 心底困った性格の爺さんだが……実力は確かだし、そのしたたかさには人生の重みを感じる。
 彼の戦いを間近で見ることが出来るのは、陰陽師としての自分にもプラスとなるかもしれない。
 やはり、この偉大なる陰陽師の始祖を、もう少し信じてみようと思う。

「……キャスター」
「なんじゃい」
「話は戻るんですけどね。僕が女性を口説く時、突然現れるの止めていただけますか」
「やだ。だって振り向く時のお前さんの顔、面白いからの」

 でもやっぱり腹立つなこのジジイ。


【クラス】
 キャスター

【真名】
 吉備真備@日本/史実(奈良時代)
(「今昔物語」「江談抄」「吉備大臣入唐絵巻」等の要素を含む)

【属性】
 中立・中庸

【ステータス】
 筋力E 耐久E 敏捷C+ 魔力A 幸運C 宝具A

【クラススキル】
 陣地作成:A
  魔術師として自らに有利な陣地を作り上げる。
  陰陽師にとって、工房を上回る結界を張ることなどお手の物。

 道具作成:A
  魔力を帯びた器具を作成可能。
  式神の依代や様々な呪具など、陰陽の術に関わる物は何でも作成できる。

【保有スキル】
 呪術:EX
  古来からアジア、中東、南米などに伝わっている魔道。
  吉備真備が操る呪術は、基本的には陰陽道に属するものである。
  なお宝具の効果により、スキルランクがEXまでブーストされている。

 鬼神の加護:B
  強力な霊的存在の加護を受けている。
  およそBランク相当の対魔力として機能する他、ある程度の物理攻撃に対してもオートでダメージを軽減してくれる。
  吉備真備を守護しているのは、唐で客死した『阿倍仲麻呂』の怨霊。
  真備が唐で幽閉された際に出会い、以降は常に傍で力を貸し続けている。

  ――ところで、真備がこの霊と出会った二度目の遣唐使の時期、阿倍仲麻呂はまだ唐で存命だったはずである。
  この鬼神は仲麻呂の怨念が形となった生霊なのか、時間を超越した存在なのか、それとも仲麻呂を名乗る他の何かなのか?
  真備本人は答えを知っているはずだが、きっと訊かれてもはぐらかすだろう。

 飛行自在の術:C+
  陰陽道の術ではなく、鬼神の加護の派生スキル。
  念じるがままに体を浮遊させ、自在に空中を移動できる。
  正座したままの姿勢で高速飛行する様はなかなかシュール。

 老いて益々壮んなるべし:A
  年齢を感じさせないどころか、若者を凌がんばかりのガッツが昇華したスキル。
  精神的デバフを大幅に軽減し、危機的な状況でも前向きさを失わない。

【宝具】
『真・刃辛内伝金烏玉兎集(しん・ほきないでんきんうぎょくとしゅう)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:1
 正式名称は三国相伝陰陽?轄刃辛内伝金烏玉兎集。
 安倍晴明が編纂したと伝わる陰陽道の秘伝書、そのオリジナル。
 伝説では吉備真備が唐より持ち帰り、阿部仲麻呂の息子・満月丸に託したものと
語られている(晴明は満月丸の末裔とされる)。
 書には陰陽道のあらゆる秘術が網羅されており、この宝具によって真備の呪術スキルは規格外(EX)にまでブーストされている。
 本人いわく「結界でも式神でも星占いでも、およそ陰陽師っぽい術なら何でも使える」とのこと。

 更に真名開放を行うことで、真備を守護する鬼神――阿倍仲麻呂の怨霊に、真備が大陸より伝来させた荒神『牛頭天王』の殻を被せて疑似神霊として召喚する。
 牛頭天王は牛の頭と二本の角を持ち、手には大斧を握った巨躯の神。
 この宝具で顕現するのは牛頭天王の神霊そのものではないが、後世においてスサノオと同一視されたその神威は、再現であっても脅威以外の何物でもない。


『秘封之法・陰陽无色(ひふうのほう・いんようむしき)』
ランク:A 種別:結界宝具 レンジ:10~100 最大捕捉:範囲内すべて
 吉備真備の奥の手。唐土の日月を封じた秘術の再現。
 楓(ふう)の双六盤の上へ転がした賽に棗の筒を被せ、覆い隠すことで発動する結界宝具。
 賽を隠している間は結界の内部から太陽と月が観測できなくなり、本来の時間を問わず無明の空間へと変化する。
 その本質は光を奪うことではなく「太陽と月(太陰)を封じる」ということ。
 陰陽思想において、全ての事柄は陽と陰の間で流動し続けることで成立している。
 その陽と陰の象徴たる日月が封じられれば、世界から『変化』が失われる。
 この宝具の発動中は魔術や宝具、令呪ですら起動しないし、攻撃による破壊も発生しない。電話をかけたりマッチで火をつけることすら不可能になる。
 漫然と発動させてもただの時間稼ぎにしかならないだろうが、使い方次第では相手の行動を自在に打ち消し、ペースを一方的に握ることができるだろう。

【weapon】
『真・刃辛内伝金烏玉兎集』
 また道具作成スキルで、式神の依代などを自在に作り出す。

【人物背景】
 きびのまきび。
 奈良時代の学者で、二度にわたって遣唐使に参加したことで有名。

 一度目の遣唐使は22歳の時で、阿倍仲麻呂や玄昉らと共に渡唐。
 以降18年間をかけて学問を修め、多くの書物や宝物を携えて帰宅した。
 その後は聖武天皇の元で驚異的な出世を果たすが、恵美押勝こと藤原仲麻呂が台頭すると彼に疎んじられ、遂には左遷されることになる。
 しかし一方では58歳という高齢でありながら二度目の遣唐使に参加し、翌年に鑑真らを伴って帰国した。
 そして恵美押勝の反乱が起こると追討軍を指揮し、優れた軍略でこれを鎮圧。
 この時の真備はなんと70歳である。
 その軍功で再び実権を取り戻し、最後には右大臣にまで上り詰めたのだ。
 享年は81歳。奈良時代の人物としてはかなりの長寿であった。

 ここまでが一般的に知られた吉備真備の生涯である。
 一方で彼には、『陰陽師の始祖』というもうひとつの顔がある。

 二度目の遣唐使において、真備は陰陽道の秘伝書『刃辛内伝金烏玉兎集』を唐より持ち帰るという密命を帯びていた。
 本来これは阿倍仲麻呂が持ち帰るはずだったものだが、仲麻呂は遂に帰国できなかったからである。
 真備は唐でその実力を危険視されて鬼の棲む塔に幽閉されるが、そこで鬼――仲麻呂の怨霊と出会い脱出し、霊の力を借りていくつもの試練を乗り越えていく。
 再び捕らえられた時には双六盤で月日を封じるという秘術を使い、遂には金烏玉兎集を携えての帰国を許される。
 こうして日本最初の陰陽師となった真備は、やがて仲麻呂の子・満月丸に金烏玉兎集を託した。
 その満月丸から陰陽道の秘伝を受け継いだ阿部家の子孫こそ、安倍晴明であるという。


【外見・性格】
 顎に長い白髭を生やした小柄で華奢な老人。外見年齢は70代。
 どう見ても非力な年寄りであり、本人もあえてそう演じているフシがある。
 本来の服装は奈良時代らしい浅紫色の礼服だが、普段は現代風のラフな格好を好む。

 性格はバイタリティと向上心の塊。
 自身の知識や技術を高めることを至上の喜びとし、年齢を感じさせないハングリー精神を持つ。
 自身を老いてなお未完成だと捉えているため、己の力に自信はあっても自負はない。
 そのため英霊としての誇りに欠けた言動をすることもあるが、彼のプライドは弛まぬ精進にこそある。
 どれだけ地べたを這いずり回ろうと、最後に笑って死ねれば勝ちなのだ。

【身長・体重】
 152cm 43kg

【聖杯への願い】
 現代の新たな知識を吸収するため、若返った上で受肉する。
 サーヴァントは基本的に全盛期の姿で召喚されるが、吉備真備の「全盛期」は老境に入ってからであるため、若い姿で現界することはまず無い。
 老人の姿が嫌というわけではないが、せっかく受肉するなら、ついでに肉体的にも万全でありたいということらしい。

【マスターへの態度】
 呆れた男だし、陰陽師としての実力も(英霊基準では)そこまでのものではない。
 それでも愛想を尽かす気にならないのは、マスターが自分との圧倒的な実力差を目の当たりにしても腐ったり捻くれたりせず、常に前向きであるからである。
 なんだかんだ言っても、向上心のある人間は嫌いではないのだ。
 それはそれとして、からかうと面白いのでちょっかいは出す。


【名前】
 香篤井 希彦(かでい・まれひこ)

【性別】
 男

【年齢】
 27歳

【属性】
 混沌・中庸

【外見・性格】
 黒の短髪。切れ長の目に青灰色の瞳。
 女性向け雑誌のグラビアから抜け出してきたような整った容姿。
 常に金属フレームの眼鏡をかけており、相手に知的な印象を与えがち。
 体は筋骨隆々というわけではないが、充分に鍛えられている。

 性格は理知的で思慮深いが、それ以上に自信家でナルシスト。
 容姿にも家柄にも陰陽師の才にも恵まれており、自分は世界に愛されていると本気で思っている。
 挫折を知らずに育ったため地味に打たれ弱いが、妙に前向きなので立ち直りも早い。
 本人に自覚はないが、変な奴か否かでいえば賛成多数で変な奴の側。

 なお女たらしで恋愛経験は豊富だが、今まで何でも思い通りになっていたので、
 逆に簡単には自分へ靡かないような、いわゆる「おもしれー女」耐性が低い。
 女性の好みについては、中学生以下と還暦以上は守備範囲外とのこと。

【身長・体重】
 181cm 75kg

【魔術回路・特性】
 質:B相応 量:B+相応
 特性:『(西洋魔術に当てはめるなら)元素の相転移』
 (※ 陰陽師の魔術回路に相当するものは使用する呪術に合わせて極度に特殊化されており、一般的な魔術師と単純比較は出来ない)

【魔術・異能】
『陰陽道』
 陰陽五行の理に則り神秘を行使する東洋の秘法。
 魔術というより呪術、あるいは占術に近い。
 希彦は式占(占星術)、ドーマンセーマン等を用いた結界術、式神の使役、悪霊祓いなど、
 陰陽道に属する多くの術を非常に高いレベルで使用できる。
 ただしこの「非常に高いレベル」というのはあくまで現代の陰陽師との比較であり、
 (仕方のないことではあるが)キャスターとの実力差は文字通り天地の開きがある。

【備考・設定】
 室町時代から続く陰陽師の一族「香篤井(かでい)家」の末裔。
 容姿端麗、頭脳明晰、成績優秀で、先代から伝授された陰陽の術も余すことなく自分のものにしている。
 しかし現代の陰陽師はせいぜい占い師か風水コーディネーターの延長のような仕事しかなく、
 また未だに西洋魔術における時計塔のような組織を持たない閉鎖的な体質であるため、
 自身の才能を発揮する機会がないことにフラストレーションを感じていた。

 そんな希彦にとって、この聖杯戦争は渡りに船であった。
 自身の能力を証明し、また香篤井に自分ありと世の陰陽師達に知らしめることができる。
 また聖杯を手土産にすれば、時計塔をはじめとした西洋魔術界にコネをつくることもできるだろう。
 特に叶えたい願いはないが、戦わない理由もまた存在しなかった。

 ちなみに、聖杯戦争中のロールは雑誌のモデル。

【聖杯への願い】
 強いて言うなら生涯不自由しないくらいの資金。
 とはいえ、実際のところ願望器としての聖杯にはそこまで興味がない。
 聖杯戦争に臨む理由は自身の実力を証明するため、
 そしてキャスターが持つ陰陽道の秘術を己の目で見て学び、いずれ我が物とするためである。
 なお一般的な意味での魔術師ではないため、根源への到達についても関心がない。

【サーヴァントへの態度】
 最初は陰陽師の始祖として敬意を持って扱うつもりだったが、
 あまりにもお騒がせジジイだったため扱いがぞんざいになってきている。
 なお、キャスターが使う陰陽の術が自分とは別次元のものだったことには
 最初こそ絶望したが、本家本元の技を盗めるチャンスだと思い直したようだ。

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最終更新:2024年08月01日 16:57