「天使の輪っか、輝いて――祝福の羽があなたに、ほら!」
〈誰か〉に好かれることは、
輪堂天梨にとって珍しいことでは決してなかったし。
更に言うなら、それを難しいと思ったことさえなかった。
なぜなら天梨にとって、人に優しくすることは呼吸のようなものだったからだ。
一度だって意識してそうしたことはない。
泣いている人がいれば当然に話を聞き、席に座れない老人がいれば当然に席を譲る。
いじめや意地悪が横行していたら止めに入るし、喧嘩の仲裁だってそう。
何の嫌味もなくそれができて、誰とでも分け隔てなく関わり合える天梨は生まれてから今に至るまで、当然のようにみんなの人気者だった。
「私たちは〈Angel〉、空からやってきた、誰より素敵な女の子。
あなたに出会って恋するために、このツバサ生まれてきたの」
そんな天梨がアイドルという天職に巡り合ったのは、今から二年前。高校一年生の頃である。
学校帰りに突然鼻息を荒くしたスーツ姿の男性に声をかけられ、すわ不審者かと思ったが、話を聞いてみると天梨も聞いたことのある芸能事務所のスカウトマンであった。
君は普通の女の子でいるべきじゃない。君には、もっとふさわしい世界があるよ。
その言葉に興味本位でついていった先で、天梨は――自分が特別な女の子になれるのだということを、知った。
「だからLove Chu! あなただけに贈る、私からの、私だけの祝福の矢。どうか、受け取って――!」
ステージの上で初めて見たサイリウムの波はほんとうに綺麗だった。
握手会やサイン会で、恥ずかしがりながらがんばって言葉を絞り出すファンの姿が愛おしかった。
新人の分際でセンターを張る緊張なんて気にもならなかった。
誰かに好かれることが呼吸だった少女が、初めて誰かに好かれるために歌って踊った経験は……かつてないほどに新鮮だった。
だから天梨はがんばった。
すごくがんばった。
アイドルとして、もっと応援してもらえるように。
もっと最高で、そして完璧なステージができるように。
レッスンを欠かしたことはなかったし、思うところがあれば積極的に意見もした。
入ってすぐにユニットの稼ぎ頭になった天梨の言葉には、事務所側も、そして先輩アイドルですら耳を貸してくれた。
その結果として――、天梨のユニットは、〈Angel March〉はめきめきと大きくなっていった。
天梨自身、身の丈に合わないのではないかと、そう感じてしまうくらいに。
「――ありがとうございましたーっ! エンジェのライブ、どうか皆さんまた来てくださいねー!!」
歌を終えて、頭を下げる。
途端に沸き起こる歓声。狂喜乱舞のサイリウム。
いつも通りの光景だ。それでも、いつでも天梨の心を満たしてくれる喝采だ。
この光景を見ていると、ついつい夢を見てしまう。
〈Angel March〉……エンジェは、いつかきっと天下を取れる。私たちは、日本一の、いや世界一のアイドルにだってなれるかも。
――夢見るままにライブは幕を閉じて。
――緞帳は下り、夢が覚める。
――現実に、戻る。
「お疲れさまー!」
天梨が声をかける。
帰ってくる返事はさまざまだ。
疲れた、とか。盛り上がってたね、とか。私あそこの振り付け間違っちゃった、とか。みんな思い思いに話をしている。
ちょっと前までは私もあの輪に混ざってたなあ、と懐かしく思いながら、天梨はスポーツドリンクを乾いた喉に流し込んだ。
ライブは楽しいし、アイドルをやってる意味そのものだ。だけど、やっぱりとても疲れる。
疲れ切った身体を壁に凭れさせて、喉を潤しながら、つい癖でスマホを開き、SNSを見てしまっていた。
そんなことをしたって。
ただ、気分が重たくなるだけなのに。
「……あちゃー。またやっちゃった」
名も知らない誰かから届いてる、無数の誹謗中傷。
昨日までファンだった名前から届く、幻滅した、という旨のメッセージ。
はあ、と知らずため息が漏れた。
ライブ終わりの高揚感が、一気に冷めて。心が現実に戻っていくのを、感じる。
まあここまで見ちゃったら一緒か、と画面をスクロールすれば。
他人の秘密を暴露して日銭を稼いでるたぐいのアカウントが、大スクープとか書いて自分の顔を貼っている。
〈【エンジェ炎上続報】センター・輪堂天梨に新疑惑か……有名芸能人との関係性について新たな証言〉だそうだ。
は、と思わず鼻で笑ってしまった。
知らないっての。会ったこともないし、名前出したこともないよ。
言ったところで、それは逆に炎を広げる結果にしかならないから。
今はまだ言わない。言うとしたら事務所の判断が降りて、相手方との調整もついてからだ。
言いたいことも言えないし、不安に思うみんなを待たせてしまうのは心苦しいけれど。
後でプロデューサーに言わないとな、なんて思いながらアプリを落とす。
そしてまだ話に花を咲かせている仲間たちを、自分はまだそう思っているみんなを横目に、天梨は一足先に楽屋に向かった。
――今日も今日とて、〈誰か〉が私のことを見ている。
◇◇
輪堂家の家庭環境はあまりよくない。
両親はどちらも天梨には優しく、自慢の娘だと呼んでくれたが、けれど仲は悪くて天梨としては辛かった。
だから祖父母の働きかけもあって、高校進学と同時にひとり暮らしを始めることになった。
故に、天梨が部屋に戻っても出迎えてくれる者は誰もいない。その筈、なのだが。
「やあ。おかえり、マスター」
「……うん、ただいま。あのさ、一個言いたいことあるんだけどいい?」
「何さ。手短に済ませてよ? 無駄口利く趣味はないからね、好きでもないヤツと」
「なんでテレビ壊したの?」
仕送りとアイドル業の収入。合わせれば、高校生ではまず稼げないような額にもなる。
そうなると、それなりに良いところに住むことも可能なわけだ。
セキュリティの完備されたけっこう良いマンションの一室。角部屋。そこが、天梨の城。
無人のはずの部屋の中、居間のソファにはしかしいるはずのない同居人が腰かけていた。
長髪の、背の高い男だった。
それこそアイドルでも何でも通用するだろう甘いマスクに、抜群のスタイル。
誰かに彼の姿を写真に収められでもしたら、いよいよ言い逃れはできないだろう。
幸いなのは、彼はその気になれば他人から見えないようになれること。
彼が、人間ではないこと、であった。
「理由なんてあると思う? もし何かそれらしい理由があってそうしたのかもと思うんなら、君の知能の低さにはびっくりだ」
「……あー、うん。もういい。ライブ終わりで疲れてるから、今はちょっと勘弁して」
ぼふん、と彼の隣に腰を下ろす天梨。
好かれていないことは知っているが、ここは自分の部屋だ。
文句を言うならよそに行きなさい、むん。
そんなメンタリティをなんとか引き出して、ふてぶてしくそこに座る。
"彼"は、何も言わなかった。
ぜんぜん殺されてもおかしくなかったな、と後で背筋を寒くしたのは、ここだけの話。
はあ、とため息交じりに見つめる視線の先にはテレビ"だったもの"がある。
斜め一直線に両断されて、中身のネジやら何やらを撒き散らした鉄屑。
天梨が入学祝い兼ひとり暮らし祝いとして贈ってもらった思い出のテレビは、今や物言わない無残な無機物の塊に成り果てていた。
聖杯戦争――ファンからの贈り物に紛れていた〈古びた懐中時計〉へ触れた時、ステージ上の天使は仮想の都市へと迷い込んだ。
人を殺して、誰かを踏みつけにしてまで叶えたい願いなんてものはなく。
人を殺して、誰かを踏みつけにしてまで生き残りたいとも天梨は思わなかった。
だから天梨はどうにかしてこの地獄みたいな世界から抜け出す手段が見つかることを期待しようと思ったのだが、運命はそんな彼女の優しさに微笑まなかった。
彼女が対面した、自分自身の召喚に応じたサーヴァント。
長髪を一本に結い、民族衣装めいた装いに身を包んだ美青年だった。
どことなく薄っぺらい笑みを浮かべた、百人が百人認めるだろう甘いマスク。
それは誰もの警戒を解くに足る柔和さを湛えていたが、しかし天梨が彼に感じたのは戦慄だった。
黒き炎を、陽炎のように立ち昇らせ。
おぞましいほどの血臭を放つ刀を握って立つ、〈英雄〉。
彼の総身から天梨が受けた印象は、一言、地獄。
煮え滾る血の池のような、あるいは血で光沢を放つ針山のような。
果てを知らず永久に続く、無間の暗闇のような。
そんな――見ているだけで精神を侵されてしまいそうなほどの、負のイメージを天梨は彼に見た。
「……ねえ。何回も聞くけどさ、本当にまだ誰も殺してないんだよね?」
「しつこいな、殺してないよ。せっかくの楽しみを自分で台無しにしてどうすんのさ」
問いかけた天梨に、青年はからからと笑って答え。
それから打って変わって、殺意に満ちた表情(かお)をした。
「それに。もし俺が約束を破ったら君、俺に令呪を使うだろ?」
「うん、使う。私のサーヴァントのしたことは、私が責任を取らないといけないもん」
「和人如きにこれ以上首輪を付けられたら、何もかも忘れて君をブチ殺しちゃいそうだからね」
和人(シャモ)。
それは、天梨に対する特別の呼称ではない。
正確には天梨および、この仮想都市に住まう人間の大半。
すなわち日本人。この国の人間すべてを指して、彼は和人と呼んでいる。
そして日本人のことをそう呼ぶ民族は、ひとつを除いて存在しない。
「本当は今だって腸が煮えくり返ってるんだ。
聖杯はやってくれたよ。よりによってこの俺を、和人の飼い犬に貶めるだなんて」
「そんなふうになんて思ってないし、思ったこともないよ」
「ああ、そういうのいいから。君が俺をどう思ってようが、実際のところそこまで関係ないんだわ。
俺にとっては君も、それ以外の端役どもも、全部等しくただ単に"殺す対象"でしかない。
和人の顔も声も見分けなんて付くかよ。全員揃って糞と味噌を詰めた肉袋なんだから、区別しようとすること自体ナンセンスだ」
彼は、日本人を憎悪している。
すべての和人を、果てしなく呪っている。
同じ人間でありながら、自分たちをまるで違う生き物みたいに見下げ。
常に大上段から、こちらを格下だと思っていることを隠そうともせず。
差し出した手を笑顔で取りながら、もう片方の手で平然とそれを反故にするための策を練る。
卑怯、卑劣。そして非道。人としての誇りなど微塵も持ち合わせない、糞のような悪意だけでできた民族。
「だから精々、色とりどりの断末魔で違いを識別させてくれ。俺は君たちにそれ以外何も期待していない」
和人鏖殺。
誇りを穢し、屈辱の中で死にゆくこの身に嘲笑を浴びせたすべての怨敵に地獄を見せる。
彼の願いは、ただそれだけ。
かつて英雄と呼ばれた男は今、憎悪の化身となって此処にいた。
穢れと病み、そのすべてを司ると嘯く、神(カムイ)になって。
天使と呼ばれた少女のもとに、幾百年越しの復讐者は降臨したのだ。
男の名は
シャクシャイン。
勇ましく戦い、幾度となく泥を舐め、それでも同胞のために奔走し。
――そして、すべての運命に嗤われた男。
かつての日の、英雄。今は、厄災の神(パコロカムイ)と呼ばれるモノである。
◇◇
殺しを禁じる縛りを自分に科すのは、想像以上の苦痛だった。
何しろ世界のどこにいても、憎い和人の声がする。
自分たちの醜悪を棚に上げて笑っている。嗤っている。
今すぐにでもその素っ首を叩き落とし、苦痛の海に沈めてやりたくて堪らなかった。
たとえそれが何者かに被造された伽藍の洞だとしても、生きて動いて喋るのなら仇であることに変わりはない。
腹が立つし暇なので、テレビとやらを点けてみた。
喋る箱、というのは言わずもがな、彼の時代にはなかった代物である。
演者が和人ばかりなのは結局変わらなかったが、それなりに感慨深いものはあった。
もしもあの頃にこんなものがあったなら、もう少し北の大地は平和だったかもしれない。
同胞同士での戦争などという不毛なことに時間を費やすよりも、こうして箱でも眺めていた方がいくらか有意義だ。
そう思ってしばらく眺めていると、何やら寸劇(ドラマ)のようなものが始まった。
団欒が。
そこに、描かれていた。
食卓を囲み、和人の家族が楽しげに語らっている。
誰もが笑顔を浮かべ、幸せそうだ。
子は親に、その日あったことを報告していた。
親はそれに相槌を打ち、まだ湯気を立てている夕餉を口に運ぶ――。
気付いた時には。
手慰みに弄んでいた右手の妖刀が、テレビを叩き斬っていた。
脳で考えるよりも行動の方が速かった。行動を終えてから、流石に余裕が無すぎるな、と自戒した。
「あーあ。良さげな暇潰しになるかと思ったんだけどね」
流石にブチ壊すのはまずかったか、とシャクシャインはひとり名残惜しむ。
そういえばチャンネルなるものを変える機能もあの箱にはあった筈だ。
わざわざ壊して退屈を強めるくらいなら、アンガーマネジメントという奴を試してみるべきだったかもしれない。
とはいえ、どの道望みは薄かったろう。この怒りが"制御"の利くような生易しいものであったなら、自分はこうまで堕ちさらばえてはいない。
四六時中、狂ったように、いずれ来たる解放の時を夢見続けるなんてことも。少なくとも、なかっただろう。
一刻も早く和人を殺したい。
この東京なる都に群れている、安穏と暮らしている和人ども。
あの小娘と同じく、〈古びた懐中時計〉に導かれて都市へ足を踏み入れた和人めら。
そのすべてを等しく虐殺し、踏み躙りたいのだとシャクシャインの魂がそう叫び続けていた。
「……我慢我慢。好きな物は、やっぱり最後に食べるのが一番旨いんだ」
こんなにも飢えているのに、彼が殺戮の衝動を律し続けているのには理由がある。
そうでなければ既にこの東京は、荒ぶるパコロカムイの犠牲者の屍で溢れ返っている筈だ。
無益な殺生を嫌っているなんてお涙頂戴な理由ではない。
むしろ復讐は、無益であればあるほどいい。
何の価値もなく死に果てる姿にこそ一番の値打ちと、旨味があるのだ。
そう、シャクシャインにとって復讐はもはや存在の意義であり、同時に最大の娯楽と化していた。
故に。
彼にとってはそれを堪えることもまた、娯楽である。
より大きく芳醇に、最大の形で至福を味わうための下ごしらえ。
今、彼の望む馳走はぐつぐつと音を立て、良い香りを漂わしながら煮詰められている真っ最中。
輪堂天梨。和人の癖をして、まるで博愛主義者のような顔をしたあの娘。
そして今、毎日のように多くの悪意に曝され続けている公共の見世物。
「……和人を評価するなんて不本意だけどね。実際大したもんだよ、君は。
知識を脳に直接ぶち込まれるから現実逃避も許されない中、それでも死の恐怖に善性で打ち勝ったんだ。
聖杯を欲さず、あくまで人の道の中を生き続ける。和人にしては、君はずいぶん高尚だ」
そう、素晴らしい。
和人でさえなければ。
そしてその一点の瑕疵が、シャクシャインにとってはひどく忌まわしいのだ。
和人とは糞袋。
断じてその中に、宝石など混じっていてはならない。
だからこそ、シャクシャインは考えた。
あの美しい宝石を。〈天使〉のような偶像(アイドル)を。
最も穢し、踏み躙る手段は何か。考えて、そして、シャクシャインは自らの意思で和人の殺戮を律したのである。
「そんな君が自分の口で、俺に誰かを殺せと命じる瞬間は――さぞや美しいだろうなあ」
〈誰か〉の悪意に曝され続ける、哀れな天使。
恐らく和人の誰よりも美しく、故に癪に障るあの要石が。
他でもない自分自身の口で、その聖性を捨てる時。
天使の輪っかを投げ捨てて、他の和人と同じ鬼畜に堕ちる時。
その瞬間をこそシャクシャインは最高の馳走と、そして宴の始まりと決めたのだ。
故に今は待つ。
みなぎる殺意を堪えながら。
泡立つ死毒と、途切れぬ苦痛を食みながら。
「愉しもうぜ、和人の〈天使〉。大丈夫、君が鬼畜に堕ちようとも――地獄の果てまで付き合ってやるさ」
英雄/神は、嗤う。
天使に取り憑いた悪魔、あるいは救い。
天使の苦悶は、終わらない。
◇◇
最初、天梨は蚊帳の外にいた。
同じユニットの子たちが、ファンと個人的に関係を持っていたことをすっぱ抜かれた。
天梨はこの騒動に心を痛めたが、こんな時だからこそ自分がエンジェと、そしてファンの皆を支えなければと奮起した。
けれど、溺れる者は藁をも掴むという。
ある日天梨の耳に届いたのは、まったく見に覚えのない自分自身のスキャンダルだった。
輪堂天梨も例の件に関わっている。
輪堂天梨はむしろ事を主導していた立場である。
一番の人気者だった天梨が関わっていないわけがない。知らなかったわけがない。知っていた上で許していた。つまり自分も関与していた。
大物芸能人と"そういう仲"らしい。金をもらってメンバーを斡旋していたらしい。
そんな、文字通り根も葉もない噂が、どこからともなく流れ出して。
いつの間にか〈Angel March〉の炎上事件は、〈輪堂天梨〉の炎上事件へと変わっていた。
天梨は否定した。事務所も否定した。
なのに憶測と曲解、新事実として世に出る虚実は止まらない。
天梨の周りの大人たちは、虚偽の拡散や誹謗中傷には法的措置で対抗することを表明したが。
それはむしろ、燃え上がる炎上の火をより大きくそして激しくする結果を生んだだけだった。
……後から知ったことだが。
自分はどうやら、想像以上にユニットの仲間から嫌われていたらしい。
後から入ってきた新参の分際で、センターの座をかっさらい。
〈天使〉と、まるでグループの象徴のように呼ばれる彼女。
グッズの売上でも実際の人気でも、他メンバーの追随をまるで許さない天梨の存在は、目障りなものでしかなかったようだ。
天梨は気付かなかった。気付くはずもなかった。彼女は好かれることには慣れていたけど、人の悪意敵意にはまるで鈍感だったから。
本当に、取り返しがつかないことになってしまうまで。
自分は皆と仲良くやれていると、笑顔の下に隠れた暗い感情の存在を想像することさえしなかった。
「……はあ……。せめてこっちではさぁ、マシになっててくれたらよかったんだけどなぁ……」
見たっていいことなんてないと分かっているのに、気付けばSNSを開いてしまう。
機能しない返信欄。嫌でも目に入ってくる自分への"お気持ち"。
今日もまたどこかの暴露系配信者が何か情報を明かしたらしい。
天梨にとっては本当に、何ひとつ見に覚えのない話なのだけど。
誰とも知れないユニットのアイドルよりも、ユニットの顔である天使の堕天という筋書きの方が効果的に金と数字を取れるコンテンツだと判断されたらしい。
元の世界でも、だいたいこの通りの状態だった。
活動休止までは時間の問題で、既に大人たちは協議に入っていた。
そんな有様なのに、ライブに来たファンは野次を飛ばすこともなく大盛り上がりをしてくれる。
周りの仲間たちも、自分への敵意なんて匂わせすらしない。
誰もが笑っている。誰もが、自分のことを愛してくれる。自分に微笑みかけてくれる。
顔の見える〈誰か〉は、こうもみんな優しいのに。
どうして顔が見えなくなった途端、こんなにもわからなくなってしまうのだろう。
天梨は、知る由もない。
〈古びた懐中時計〉が自分に与えた翼の存在を。
顔の見える〈誰か〉に愛され、敵として見られない力。
よりその存在が、天使に近付いていることなど。
知る由もないまま、彼女は今日もステージの上で笑顔を振り撒き、顔の見える〈誰か〉の好意を浴び続けているのだ。
――SNSの通知音が鳴る。
眠い目を擦って、通知を開く。
ダイレクトメッセージが届いていた。
名前も知らない、アイコンも設定されていない捨て垢からメッセージが来ている。
その読むに堪えない幼稚な嘲笑を見て、天梨はため息をついた。
そして。気付けばふと、呟いていた。
「…………死ねばいいのに」
言葉の意味を理解するまでに数秒。
スマートフォンを放り投げて、震えながら布団に包まるまで更に数秒。
天使は輝き続けている。天使は苛まれ続けている。
――顔のない〈誰か〉を等しく救えなければ、それを天使と呼べないのならば。
輪堂天梨は間違いなく、ただの人間だった。
【クラス】
アヴェンジャー
【真名】
シャクシャイン@アイヌ史
【属性】
混沌・悪
【ステータス】
筋力B 耐久A 敏捷C 魔力B+ 幸運E 宝具A
【クラススキル】
復讐者:A
復讐者として、人の怨みと怨念を一身に集める在り方がスキルとなったもの。怨み・怨念が貯まりやすい。
周囲から敵意を向けられやすくなるが、向けられた負の感情はただちにアヴェンジャーの力へと変わる。
すべての和人の殲滅。この世に日本という国と、その血族が存在する限り、シャクシャインの恨みは決して晴れない。
忘却補正:B
人は忘れる生き物だが、復讐者は決して忘れない。
その憎悪は決して忘れ去られることはない。もう取り返しはつかない。
自己回復(魔力):B
復讐が果たされるまでその魔力は延々と湧き続ける。魔力を微量ながら毎ターン回復する。
この世に和人が存在する限り、彼の憎悪は無限に湧き出し続ける。
【保有スキル】
鋼鉄の決意:A
痛覚の全遮断、超高速移動にさえ耐えうる超人的な心身などが効果となる。
複合スキルであり、本来は「勇猛」スキルと「冷静沈着」スキルの効果も含む。
英雄性を消し去るほどの憎悪。黒き炎の前に、すべての高潔はかき消えた。
殺戮技巧(道具):A
使用する道具の「対人」ダメージ値のプラス補正をかける。
復讐者となったシャクシャインは、勝利ではなく殺戮のために刃を振るい、弓を射る。
和人鏖殺。彼のすべてはそのために。
動物会話:B
言葉を持たない動物との意思疎通が可能。動物側の頭が良くなる訳ではないので、あまり複雑なニュアンスは伝わらない。
シャクシャインは自然に親しんで育ったアイヌの男である。
【宝具】
『血啜喰牙(イペタム)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1~10 最大捕捉:1人
アイヌの伝説に伝わる妖刀。イペタムとはアイヌ語で〈人喰い刀〉を意味する。
その為、本質的には無銘の刀である。少なくともシャクシャインは生前から今に至るまでこれをそう扱ってきた。
血の臭いを察知して昂りを帯び、斬った相手の血肉の分だけ自身とそれが認めた所有者に力を与える性質を持つ。
シャクシャインは生前、オニビシとの戦いの中でこの妖刀を所有。その際にイペタムから認められ、正式な所有者となることを認められた。
刀身の長さや形状を自在に変更することができ、刀身を切り離して自律行動させ敵を襲うことも可能というまさに〈妖刀〉である。
『死せぬ怨嗟の泡影よ、千死千五百殺の落陽たれ(メナシクル・パコロカムイ)』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1~10 最大捕捉:30人
松前藩の陰謀で毒殺され、憎悪の化身となった復讐者シャクシャインの怨嗟。
もとい、毒殺されたシャクシャインの肉体そのもの。
今も彼の体内には毒が回り続けており、常に数百種の業病の末期症状を併発しているのに等しい苦痛を受け続けている。
そんな彼の肉体から燃え上がる魔力の炎には、かつて松前藩により飲まされ、そして英雄の肉体の中で凶悪化した死毒の成分が滲み出す。
言うなれば猛毒の炎であり、直撃すれば人間であればまず即死。熱気を吸い込んだだけでも身体に重大な異常をきたす。
パコロカムイとは穢れと病を司る神の名。非業の死を遂げ穢れそのものとなった怨霊シャクシャインは疱瘡こそ遣わねど、新たなるパコロカムイとして成立している。
【weapon】
『血啜喰牙』
【人物背景】
シャクシャイン。
メナシクル……北海道日高の首長を務めたアイヌの民である。
彼はシュムクルのオニビシと長きに渡り殺し合い、遂にオニビシの首を取り英雄の名を手に入れた。
オニビシは彼に決して劣らぬ強者であったが、イペタムを認めさせ、更に生まれながらに傑出した能力をいくつも有していたことが彼に勝利のカムイを微笑ませたと言っていい。
その後、アイヌ民族はシャクシャインを指導者として松前藩に対し蜂起する。
優勢と劣勢を目まぐるしく繰り返し、多くを殺し、多くを喪う日々に疲弊したシャクシャイン。彼は和平交渉を続け、その末にとうとう松前藩との和睦の席を取り付けることに成功する。
……しかしその先で待っていたのは、北の英雄が想像もしなかった悪意だった。
英雄シャクシャインの戦闘能力と彼の持つ〈妖刀〉、そして何よりアイヌという異民族と手を取り合うことに強い抵抗を示した松前藩は伝手を辿って〈とある儀式により呪物化した毒薬〉を手に入れる。
生まれながらに人並み外れて強かったシャクシャインの身体さえ冒す毒は、慟哭する英雄の命を無慈悲に奪い去った。
――以上の過去から、シャクシャインは和人……日本人に対する尽きない憎悪の炎を燃やし続ける呪われた復讐者となった。
そこにあるのは、底なしの悪意。あらゆる手段を用いて彼は日本の滅亡と、和人の絶滅を願い続ける。
本来の彼はサーヴァントに直すならば〈軍略〉〈カリスマ〉などのスキルを所持していた筈だが、ひとりきりの復讐者となった今の彼にはそれら一切が"必要ない"。
ただ殺す、踏み躙る。和人鏖殺、例外なし。
死してなお毒に穢され続け、忘れることのない憎しみに狂い果てた、いつかの英雄。――〈穢れたる神(パコロカムイ)〉。
【外見・性格】
橙の長髪を後ろで一本に結い合わせた、二十代前半ほどに見える青年。
普通にしていれば無害な好青年に見える。そういう"フリ"もできる。ただ一皮剥けば、そこにあるのは無尽の憎悪。
アイヌの英雄であった彼の面影は既に毒に置き換えられた。今の彼は、そういう災いと称するのがふさわしい。
【身長・体重】
180cm・73kg
【聖杯への願い】
日本及び日本民族すべての苦痛に満ちた死
【マスターへの態度】
玩具であり見世物。
和人である彼女を外道に堕とし、最後に屍の山の天辺で惨殺しようと考えている。
そのためなら多少の我慢は何のその。好物と楽しみは最後まで取っておいてこそ。
マスター
【名前】
輪堂天梨/Rindou Tenri
【性別】
女性
【年齢】
17
【属性】
秩序・善
【外見・性格】
毛先のカールした、薄紫色のショートカット。右目の下に泣きぼくろがある。
よく笑い、よく泣く。誰にでも優しく、そして誰にでも愛される少女。彼女がアイドルになった時、周りは誰もが納得を覚えた。
【身長・体重】
153cm・40kg
【魔術回路・特性】
質:B 量:D
特性:〈認識阻害〉
【魔術・異能】
魔術らしい魔術は持たない。少なくとも天梨自身はそう思っている。
だが彼女はその偶像性、彼女のファン風に言うなら〈天使性〉から、無意識にひとつの魔術を行使し続けている。
他人に敵意を向けられにくく、逆に好意は向けられやすい。魔力の消費も極端に少ないため、彼女はこれに気付いていない。
元の世界ではこの力を宿してはいなかったため、今の天梨は元々以上に完璧なアイドルとして完成されている。
なお、対面していない相手……例えば。"画面の向こうの誰か"とかには、効力を発揮できない。
【備考・設定】
アイドルグループ〈Angel March〉、通称〈エンジェ〉のセンター。
善良、素朴、そして人懐っこい。誰とでも分け隔てなく仲良くなれるタイプ。
高校生ながらその才能に注目した業界人からスカウトを受け、アイドルになった。
ファンからは〈天使〉と呼ばれている。名前の由来は「輪堂天梨→輪天→天使の輪っか→天使」。
現在、〈エンジェ〉はメンバーの複数名が男性ファンと個人的に関係を結んでいたことで炎上状態にある。
天梨はその手のつながりは作らず、ファンとも適度な距離感を保ち続けていたが、ファンの憶測と日頃から彼女の活躍を妬んでいたメンバーの虚言によって件の騒動の関係者ではないかと風評を流されている。
〈Angel March〉は天梨が加入する前からあったグループ。
なのに天使と呼ばれ、まるで象徴のような扱いをされる彼女を煩わしく思っている人間は、天梨が思っている以上に多かった。
【聖杯への願い】
なし。聖杯戦争自体に反対。どうにかして穏便に帰る手段を探したいと思っている。
今は。
【サーヴァントへの態度】
怖い人。だけどそれ以上に、可哀想な人。
助けてあげたいし、救ってあげたいと思う。
最終更新:2024年06月15日 22:35