2019春 第一回ヤツシロ18旅行
目的
この春休みはドライブ旅行がメインで鉄道旅行ができていなかった。
そこで、鉄道旅行の楽しさを思い出すためにこの旅行を企画した。
そこで、鉄道旅行の楽しさを思い出すためにこの旅行を企画した。
日程
2019.03.04~03.08
メンバ
ヤツシロ
行程概説
※一駅区間以上の距離を普通列車、快速列車以外で移動した行程には()内に移動手段を記載。
1日目
- 自宅→新宿→宇都宮→黒磯→郡山→会津若松→新津→新潟
- 新潟→白山
- 白山→新潟(徒歩)
2日目
- 新潟→妙法寺
- 妙法寺→出雲崎(徒歩、軽トラ)
- 出雲崎→新潟
- 新潟→長岡→直江津→妙高高原→長野→松本
- 松本→㋵塩尻(車)
3日目
- 塩尻→中津川→千種
- 鶴舞→名古屋
- 名古屋→岐阜
4日目
- 岐阜→高山→猪谷→富山
- 富山→高山→㋵松本→聖高原(車)
5日目
- 聖高原→松本→富山(車)
- 富山→東京(新幹線)
- 東京→自宅
行程詳細
1日目
・吉祥寺~宇都宮
朝遅めの時間に家を出発。宇都宮まではこれといってイベントは起こらなかった。
・宇都宮~会津若松
宇都宮で205系、黒磯でキハ110系、新白河でE721系(701系だったかもしれない)に乗り換えて、郡山着。黒磯駅直流化以後初めて訪れたので、キハ区間が新鮮だった。郡山に来たのは485系の臨時列車に乗りに来た時以来である。磐越西線は当時の面影はなく、ほぼすべての列車はE721系での運行だ。
そのまま会津若松へ。新津行きの列車を待つ。
そのまま会津若松へ。新津行きの列車を待つ。
・会津若松~新津~新潟
新津行きの列車は幸運にもキハ47が来た。以前から乗りたかったが、越後線を優先してきたので、この日まで後回しになってしまった。
若松を出てすぐ駅弁を食った。食べ終わるころにはあたりは暗くなり車窓を楽しむことはできなかった。
ほぼ貸し切り状態の中ヨンマルのエンジン音を堪能し、あっという間に五泉にでた。内装は115に似ているが、また別の味のある車内であった。 19時過ぎに新潟着。
若松を出てすぐ駅弁を食った。食べ終わるころにはあたりは暗くなり車窓を楽しむことはできなかった。
ほぼ貸し切り状態の中ヨンマルのエンジン音を堪能し、あっという間に五泉にでた。内装は115に似ているが、また別の味のある車内であった。 19時過ぎに新潟着。
・新潟~白山~新潟
東横イン新潟駅前にチェックインした後、右で夕飯。そのあとは夜の115系の越後線運用に一駅だけ乗り、白山からやすらぎ提を歩いて戻った。
夜のやすらぎ提をキリンジを聴きながら歩くのは、なかなかに趣深いものであった。
夜のやすらぎ提をキリンジを聴きながら歩くのは、なかなかに趣深いものであった。
2日目
・新潟~出雲崎
新潟500発のE127系普通吉田行きで撮影に向かう。新潟にはいつも8月に訪れていたので、なかなか日が昇らず新鮮であった。
吉田でキムワイプに乗り換えて妙法寺へ。
この日は濃霧に包まれ、編成写真は不可能と判断。
沢田より手前で逆光を利用して撮影した。
撮影後沢田の撮影地に向かう途中、あの軽トラを発見。合図をしたら認識された。次の115まで寒いなか待つことになるからと一旦出雲崎駅まで送ってくれた。
そのあと通過時刻が近づくと迎えに来てくれた。8時の3連(キム)、そのあとの臨時の出雲崎行き(芋)を撮影。
キムの返しを撮影した後出雲崎からの臨時(芋)で帰ることにしたが、1時間ほど待つので、なんと一度家に上げてくれた。素晴らしい待遇である。
その後再び沢田へ。しかし曇られて写真にはならなかった。出雲崎駅まで送ってもらい、礼をして別れた。
(動きまとめ)
妙法寺-(徒歩)-逆光撮影ポイント-(軽トラ)-出雲崎駅-(軽トラ)-沢田-(軽トラ)-ご邸宅-(軽トラ)-沢田-(軽トラ)-出雲崎駅
吉田でキムワイプに乗り換えて妙法寺へ。
この日は濃霧に包まれ、編成写真は不可能と判断。
沢田より手前で逆光を利用して撮影した。
撮影後沢田の撮影地に向かう途中、あの軽トラを発見。合図をしたら認識された。次の115まで寒いなか待つことになるからと一旦出雲崎駅まで送ってくれた。
そのあと通過時刻が近づくと迎えに来てくれた。8時の3連(キム)、そのあとの臨時の出雲崎行き(芋)を撮影。
キムの返しを撮影した後出雲崎からの臨時(芋)で帰ることにしたが、1時間ほど待つので、なんと一度家に上げてくれた。素晴らしい待遇である。
その後再び沢田へ。しかし曇られて写真にはならなかった。出雲崎駅まで送ってもらい、礼をして別れた。
(動きまとめ)
妙法寺-(徒歩)-逆光撮影ポイント-(軽トラ)-出雲崎駅-(軽トラ)-沢田-(軽トラ)-ご邸宅-(軽トラ)-沢田-(軽トラ)-出雲崎駅
・出雲崎~新潟
115系に乗って新潟まで戻った。
新潟で昼を食べた。多分ズブウァイやったと思う。
新潟で昼を食べた。多分ズブウァイやったと思う。
・新潟~直江津~長野~松本
翌日名古屋で大學の友人と合流することになった。そこで、どこで宿泊するか考えた。東横インの会員なので、東横インが良かった。松本には東横インがる。しかし、圧倒的な検索能力を発揮し、なぜか松本には東横インがないと結論付けた。困った自分は、車中泊をすることを思いつく。夜松本で借りて、朝返すのである。しかし、ここで問題が生じた。松本のトヨタレンタカーの開店はあさ8時だ。しかし、8時に松本を出ては昼に名古屋につかない。そこで、返却を塩尻駅前にした。これなら間に合う、トヨタレンタカーの「同一県内の乗り捨て無料」というルールには頭が上がらない。
というわけで、松本を目指した。途中第三セクター区間がありここは課金になるが仕方ない。
長旅になったが、無事松本へ至った。篠ノ井線が地元の帰宅時間帯に重なり混んでいた。
というわけで、松本を目指した。途中第三セクター区間がありここは課金になるが仕方ない。
長旅になったが、無事松本へ至った。篠ノ井線が地元の帰宅時間帯に重なり混んでいた。
・松本~㋵塩尻
松本のトヨタレンタカーでVitzを借りた。指定していないのに四駆が手配された。勝利。まずはお決まりのR158で安房峠を越えて高山へ。実家として親しまれる湯、臥龍の郷にて総合優勝。
R158を少し戻りR361を東に進んだ。木曽付近で眠気が最高レベルに到達し仮眠。
ここで事故が発生した。予定睡眠時間を大幅に超過。暖房ガンガンで車内はタヒチと化していた。アイドリング長時間休憩で近隣の安眠に貢献してしまった。慌てて起床。R361の残りを大急ぎで抜け伊那谷に出た後、そのまま杖突峠を越えて諏訪に至り、R20を通って塩尻にて返却した。走行距離は267km。
R158を少し戻りR361を東に進んだ。木曽付近で眠気が最高レベルに到達し仮眠。
ここで事故が発生した。予定睡眠時間を大幅に超過。暖房ガンガンで車内はタヒチと化していた。アイドリング長時間休憩で近隣の安眠に貢献してしまった。慌てて起床。R361の残りを大急ぎで抜け伊那谷に出た後、そのまま杖突峠を越えて諏訪に至り、R20を通って塩尻にて返却した。走行距離は267km。
3日目
・塩尻~千種
塩尻から313系普通列車で中津川を目指す。出発直後に入眠。起きると中津川だった。体感5分。実際には2時間ほど揺られていた。
中津川で乗り換え、名古屋行きの快速列車で千種駅へ。
中津川で乗り換え、名古屋行きの快速列車で千種駅へ。
・金山~名古屋~岐阜
千種で友人と合流後昼を食べ、少し散歩をした後は喫茶店に入った。バブリーな空気間の残る店内であった。その後は鶴舞から中央線に乗って名古屋へ。駅ビルで夕飯を摂取して友人と解散した。
その後は311系の東海道線に乗って岐阜へ。東横インにチェックインしこの日の行程は終了した。
その後は311系の東海道線に乗って岐阜へ。東横インにチェックインしこの日の行程は終了した。
4日目
・岐阜~高山
人生初の高山本線である。岐阜駅のモスで列車が来るまで時間をつぶした。ここは充電設備があるので、旅の途中で利用する際には活用できることを知った。
1145発高山ゆきに乗車。キハ25は直結段が4段のグランツーリスモである。加速は速かった。途中までは起きていたが、乗り心地が良くて気づいたら寝てしまっていた。高山線は飛騨川沿いの渓谷を走る区間が一番景色が良いのだが、その区間はインザドリームだった。
岐阜~高山は岐阜県内の移動なので舐められがちであるが、乗車時間は4時間近いため一人で乗車して全区間覚醒しているのは至難の業である。
高山で猪谷行きに乗り換えた。高山線のキハ25にはオールロングと転換クロスが混在しており、区間ごとに運用が分かれているのかなどはよく知らない。ここからの区間は転換クロスだった。この区間は起きていた気がする。1時間ほどの乗車で猪谷着。
1145発高山ゆきに乗車。キハ25は直結段が4段のグランツーリスモである。加速は速かった。途中までは起きていたが、乗り心地が良くて気づいたら寝てしまっていた。高山線は飛騨川沿いの渓谷を走る区間が一番景色が良いのだが、その区間はインザドリームだった。
岐阜~高山は岐阜県内の移動なので舐められがちであるが、乗車時間は4時間近いため一人で乗車して全区間覚醒しているのは至難の業である。
高山で猪谷行きに乗り換えた。高山線のキハ25にはオールロングと転換クロスが混在しており、区間ごとに運用が分かれているのかなどはよく知らない。ここからの区間は転換クロスだった。この区間は起きていた気がする。1時間ほどの乗車で猪谷着。
・猪谷~富山
猪谷からはJR西日本の管轄となり、車両はキハ120になる。バスに鉄輪をはかせたような車両で、乗務員扉もない簡素な気動車であるが、これがまた良い雰囲気を出している。加速は頼りないが、このような地方交通線にはこの様な車両のほうが似合っている気がする。
猪谷は宮川の渓谷にある駅で、富山までは果てしないような気がするが、実は1時間ほどでついてしまう。18時過ぎに富山着。辺りはすっかり暗くなっていた。
猪谷は宮川の渓谷にある駅で、富山までは果てしないような気がするが、実は1時間ほどでついてしまう。18時過ぎに富山着。辺りはすっかり暗くなっていた。
・富山~高山~㋵松本
翌日の朝、長野県内で鉄道を撮影する予定を立てていた。始発より早い時間から撮影ポイント入る必要があるが、現地は極寒で野営は厳しいので、富山から新幹線で長野に至り、長野駅前でレンタカーを借りて撮影ポイントに向かい、現地で車中泊という計画を立てていた。
富山駅到着後新幹線の自由席を買おうとすると、なんと運転見合わせの状態であった。車両故障。復旧のめどは立たず、復旧しても次の東京行きは現在金沢駅に停車中のため来るまでに時間がかかることが予想された。
しかし、翌日は快晴予報。撮影する列車も引退が迫っており、この機会を逃すことは許されなかった。そこで、以下の暴挙に出た。
富山駅到着後新幹線の自由席を買おうとすると、なんと運転見合わせの状態であった。車両故障。復旧のめどは立たず、復旧しても次の東京行きは現在金沢駅に停車中のため来るまでに時間がかかることが予想された。
しかし、翌日は快晴予報。撮影する列車も引退が迫っており、この機会を逃すことは許されなかった。そこで、以下の暴挙に出た。
富山で車を借り、車で長野県へ至り撮影。翌朝撮影後再び富山に戻り、車を返却した後富山から新幹線で帰宅する。
要するに世界最高レベルの効率の悪い移動をすることにしたのである。まあ、これ以外に翌朝の撮影を成功させる方法はないから仕方ない。
翌朝おなじ列車を撮影する仲間に連絡し、松本駅で拾うことにした。
富山で車を借り、松本を目指す。ナビを打った。この時は飛騨の土地勘は皆無であったが、途中で気づいた。
翌朝おなじ列車を撮影する仲間に連絡し、松本駅で拾うことにした。
富山で車を借り、松本を目指す。ナビを打った。この時は飛騨の土地勘は皆無であったが、途中で気づいた。
今から通る道は、高山線を戻る形で高山に至り、数日前に走った安房峠をまたしても通り、松本へ至る道だ。
要するにこの数日間ちまちま進んできた道を一気に車でワープして戻るわけだ。いろいろとバカである。道がわかったのでルート案内を中止した。
富山を出てしばらくすると気温はみるみる下がり、途中数河峠区間では路面凍結がみられ、積雪も始まっていた。この先の安房峠は大雪に違いないと確信した。
この予感は的中した。安房峠は本格的な降雪。センターラインが見えず、途中はみ出してきた対向車を衝突寸前まで接近したりした。
途中実家にて写真を撮りツイート。その後出発しようとしたら空転して進めなかった。あ、これ二駆やん。焦ったがアクセルを調整して何とか脱出した。
安房峠道路を過ぎ松本側に出ると、雪は弱まった。高山から約二時間後、松本駅前着。鉄オタを2名回収し、撮影地を目指した。
富山を出てしばらくすると気温はみるみる下がり、途中数河峠区間では路面凍結がみられ、積雪も始まっていた。この先の安房峠は大雪に違いないと確信した。
この予感は的中した。安房峠は本格的な降雪。センターラインが見えず、途中はみ出してきた対向車を衝突寸前まで接近したりした。
途中実家にて写真を撮りツイート。その後出発しようとしたら空転して進めなかった。あ、これ二駆やん。焦ったがアクセルを調整して何とか脱出した。
安房峠道路を過ぎ松本側に出ると、雪は弱まった。高山から約二時間後、松本駅前着。鉄オタを2名回収し、撮影地を目指した。
5日目
・松本~聖高原~松本
撮影地につくと、同業者の姿はなかった。足元は悪く暗いので、しばらく車内で待機。
しばらくすると同業者の気配がし始めたので、三脚を持って撮影ポイントへ。場所を確保した。
列車は最高のコンディションで通過。写真は満足のゆくものが撮れた。
撮影後はすぐ近くにある聖高原(駅ではなく実際の高原)を目指した。鉄道や高速道路ではトンネルの区間だが、一般道では本格的な峠道だと知り驚いた。
聖高原到着。ここには聖湖という湖があるのだが、全面凍結した上に積雪があり、湖畔や周りの山々も一面の銀世界。なかなかに美しい光景であった。
付近をウロウロした後は峠の反対側に抜けて温泉に。露天風呂の水深が30㎝くらいしかなくて違和感があったが、疲れは取れた。
その後は眠気に耐えつつも松本へ戻った。
松本駅にて昼食後解散。自分は富山に向けてまた運転しなければならないことを思い出して絶望した。
2人からガソリン代等を請求するのを忘れたことに気づく。ここは、気前の良い年上ということにしておけば後々美談になるだろう。
しばらくすると同業者の気配がし始めたので、三脚を持って撮影ポイントへ。場所を確保した。
列車は最高のコンディションで通過。写真は満足のゆくものが撮れた。
撮影後はすぐ近くにある聖高原(駅ではなく実際の高原)を目指した。鉄道や高速道路ではトンネルの区間だが、一般道では本格的な峠道だと知り驚いた。
聖高原到着。ここには聖湖という湖があるのだが、全面凍結した上に積雪があり、湖畔や周りの山々も一面の銀世界。なかなかに美しい光景であった。
付近をウロウロした後は峠の反対側に抜けて温泉に。露天風呂の水深が30㎝くらいしかなくて違和感があったが、疲れは取れた。
その後は眠気に耐えつつも松本へ戻った。
松本駅にて昼食後解散。自分は富山に向けてまた運転しなければならないことを思い出して絶望した。
2人からガソリン代等を請求するのを忘れたことに気づく。ここは、気前の良い年上ということにしておけば後々美談になるだろう。
・松本~富山
再び安房峠を越えて富山を目指す。岐阜県側に抜けると辺りは昨日の降雪で雪化粧し、それが快晴の空と日差しの中に浮かび上がり極めて幻想的であった。
峠を下りてから富山までは単調でキツかった。山岳地帯を抜け、平野部に抜けたところにあるガソリンスタンドで1回目の給油。
すると、同年代くらいの女性がものすごい勢いで話しかけてきた。内容はポイントカードを作れという話であったが、それにしても積極的であった。大げさではない。常時笑顔でとても愛らしかった。
ポイントカード作成。これは彼女の勢いに負けたのではなく、自分に話しかけてくれた彼女が喜ぶと思った結果であり漢の余裕を見せたに過ぎないのである。
この女性のことは彼女として認定した。
その後無事返却。どう考えても前から入って返却する店なのになぜかバックで入店し富山の歴史に新たな1ページを刻んだ。走行距離は477km。
峠を下りてから富山までは単調でキツかった。山岳地帯を抜け、平野部に抜けたところにあるガソリンスタンドで1回目の給油。
すると、同年代くらいの女性がものすごい勢いで話しかけてきた。内容はポイントカードを作れという話であったが、それにしても積極的であった。大げさではない。常時笑顔でとても愛らしかった。
ポイントカード作成。これは彼女の勢いに負けたのではなく、自分に話しかけてくれた彼女が喜ぶと思った結果であり漢の余裕を見せたに過ぎないのである。
この女性のことは彼女として認定した。
その後無事返却。どう考えても前から入って返却する店なのになぜかバックで入店し富山の歴史に新たな1ページを刻んだ。走行距離は477km。
・富山~自宅
ここから普通列車で帰る方法は、再び高山線で岐阜に出るか、第三セクター線を使用して日本海側を進み新潟県の糸魚川に出た後長野県を通って帰るかである。前者は流石に飽きた。後者は
三セク区間で18が使えない。文明の力新幹線を利用した。爆睡につき体感は5分。富山の次は東京だった。
東京からは中央線で帰宅。5日間にわたる旅行になった。総移動距離は2401km。
三セク区間で18が使えない。文明の力新幹線を利用した。爆睡につき体感は5分。富山の次は東京だった。
東京からは中央線で帰宅。5日間にわたる旅行になった。総移動距離は2401km。
総括
やはり旅行の原点は鉄道であると感じた。クルマは便利であるが、時間があれば今後も鉄道旅行を続けていきたいと思った。
また、鉄道旅行の合間にレンタカーを挟むと、自由度が大きく広がることも分かった。
また、鉄道旅行の合間にレンタカーを挟むと、自由度が大きく広がることも分かった。