初めはただのクラスメートだった
友人の幼なじみの、そのまた友人
たまたま同じクラスになって、いつのまにかよく一緒に遊ぶようになっていた
友人の幼なじみの、そのまた友人
たまたま同じクラスになって、いつのまにかよく一緒に遊ぶようになっていた
ユウキと出会って初めて、コウジは人を好きになるということを知った
それは恋心と呼ぶにはまだ幼すぎる感情だったにせよ、コウジははっきりと彼女に好意を抱いていた
それは恋心と呼ぶにはまだ幼すぎる感情だったにせよ、コウジははっきりと彼女に好意を抱いていた
「コウジくん」
彼女はコウジをそう呼んだ
いつも明るいユウキのその声を聞くと、自然と胸が高鳴り、その朗らかな笑顔を見ると頬が熱くなった
彼女はコウジをそう呼んだ
いつも明るいユウキのその声を聞くと、自然と胸が高鳴り、その朗らかな笑顔を見ると頬が熱くなった
でも告白する気はほとんどなかった
彼女は自分を気の合う友人くらいにしか思っていないし、きっと彼女はリョウタを好きなのだと思っていた
彼女は自分を気の合う友人くらいにしか思っていないし、きっと彼女はリョウタを好きなのだと思っていた
リョウタは少し抜けているところはあるけれど、基本的には優しく誠実な人間で、コウジの知るだけでも彼に好意を抱いている女の子は何人もいた
だからバレンタインデーに彼女からチョコレートを貰ったとき、驚いたと同時にとても嬉しかった
ユウキの作ったそれは不細工で妙に苦かったけれど、不思議とおいしく感じた
この味を忘れない限り、ずっと彼女と一緒にいられる
そんなばかばかしい考えを、なんの抵抗もなく信じることができた
ユウキの作ったそれは不細工で妙に苦かったけれど、不思議とおいしく感じた
この味を忘れない限り、ずっと彼女と一緒にいられる
そんなばかばかしい考えを、なんの抵抗もなく信じることができた
ある時、体育の授業で男女混合の二人三脚をしたことがあった
コウジはそれが決まったときから、ユウキとペアになりたいと思っていた
もちろん体を密着させたいとか、他の男子と組ませたくないとか、思春期にありがちな邪な気持ちもないわけではなかったが
しかしそれ以上に、彼女との精神的な繋がりが欲しかった
コウジはそれが決まったときから、ユウキとペアになりたいと思っていた
もちろん体を密着させたいとか、他の男子と組ませたくないとか、思春期にありがちな邪な気持ちもないわけではなかったが
しかしそれ以上に、彼女との精神的な繋がりが欲しかった
だからチカとのペアが決まったときは、少なからず落胆した
チカは性格も良く、とてもかわいいけれど、やっぱりユウキの代わりにはならない
チカは性格も良く、とてもかわいいけれど、やっぱりユウキの代わりにはならない
「キツくないか?」
「うん、へーき」
親しげに会話するリョウタとユウキの姿に、胸がモヤモヤした
それが嫉妬であると明確に理解していたわけではないが、後ろめたい醜い感情であることは何となく分かった
そして同時に、本当に彼女を愛しく感じていることに気付いた
「うん、へーき」
親しげに会話するリョウタとユウキの姿に、胸がモヤモヤした
それが嫉妬であると明確に理解していたわけではないが、後ろめたい醜い感情であることは何となく分かった
そして同時に、本当に彼女を愛しく感じていることに気付いた
地元の中学へ上がってからも、ユウキに対する想いは変わらなかった
いや、別々のクラスになり、一緒にいる時間が減ったことで想いはより募っていった
いや、別々のクラスになり、一緒にいる時間が減ったことで想いはより募っていった
廊下で見かける彼女の、小学校時代と全く変わらない無邪気な笑顔と、少し大人びた体つきのアンバランスさはコウジをドキドキさせた
そして募る想いがひたすら辛かった
そして募る想いがひたすら辛かった
結局、彼がユウキに自分の想いを伝えたのは、中学一年生の秋だった
前の日に「話があるから放課後、教室に残っていてほしい」とメールを送った
その頃にはお互い携帯電話を持っていたので、メールで告白することも考えたが、それは少し不誠実な気がした
彼女の前では出来る限り、誠実でいたかった
前の日に「話があるから放課後、教室に残っていてほしい」とメールを送った
その頃にはお互い携帯電話を持っていたので、メールで告白することも考えたが、それは少し不誠実な気がした
彼女の前では出来る限り、誠実でいたかった
告白の日
放課後、教室に入るとすでにユウキがいた
放課後、教室に入るとすでにユウキがいた
「コウジくん、遅いよー」
ユウキは窓側の机に座り、落ち着きなく足をパタパタと動かしている
彼女の頬は夕日に照らされ、綺麗なオレンジ色に染まっていた
開いた窓から時おり吹く風は、彼女の髪を柔らかく揺らした
まるで一枚の絵画のような幻想的な光景に、コウジは一瞬言葉を失った
もしフラれたら、この姿を遠くから見守ることしか出来ない
そんな悲観的な考えが浮かんで、途端に怖くなった
ユウキは窓側の机に座り、落ち着きなく足をパタパタと動かしている
彼女の頬は夕日に照らされ、綺麗なオレンジ色に染まっていた
開いた窓から時おり吹く風は、彼女の髪を柔らかく揺らした
まるで一枚の絵画のような幻想的な光景に、コウジは一瞬言葉を失った
もしフラれたら、この姿を遠くから見守ることしか出来ない
そんな悲観的な考えが浮かんで、途端に怖くなった
「悪い、掃除がちょっと長引いちゃって」
動揺を悟られぬよう平静を装い、彼女の近くの机に軽く腰かける
動揺を悟られぬよう平静を装い、彼女の近くの机に軽く腰かける
「こうやって、放課後の教室でお喋りするなんて久しぶりだよね」
ユウキは遠い昔を懐かしむように言った
たかだか数年前の出来事なのに、とコウジは苦笑した
けれどそう言われてみると確かに、あの楽しい記憶ははまるで長い夢のような漠然とした感覚をもっていた
ふと一滴の寂しさが心にぽつりと落ちた
ユウキは遠い昔を懐かしむように言った
たかだか数年前の出来事なのに、とコウジは苦笑した
けれどそう言われてみると確かに、あの楽しい記憶ははまるで長い夢のような漠然とした感覚をもっていた
ふと一滴の寂しさが心にぽつりと落ちた
「ばあさんみたいなこと言うのな」
「ひっどーい!」
からかい合う二人の賑やかな声が、人気のない教室に響いた
そうしてしばらく話し続け、気が付くといつしか二人の間には静寂が流れていた
さっきまで廊下で聞こえていた生徒の声は、いつのまにか消えていた
心地よい静けさだった
今想いを伝えなければいけないと、直感的に思った
「ひっどーい!」
からかい合う二人の賑やかな声が、人気のない教室に響いた
そうしてしばらく話し続け、気が付くといつしか二人の間には静寂が流れていた
さっきまで廊下で聞こえていた生徒の声は、いつのまにか消えていた
心地よい静けさだった
今想いを伝えなければいけないと、直感的に思った
「……俺、ユウキが好きだ」
意を決して発した声はひどく震えていて、まるで自分のものではないように思えた
緊張と羞恥で、いっそ逃げ出したくなった
今ならまだ誤魔化せる
そうしてまた、ただの友達として接することが出来る
今になって、その迷いが心に重くのしかかってきた
意を決して発した声はひどく震えていて、まるで自分のものではないように思えた
緊張と羞恥で、いっそ逃げ出したくなった
今ならまだ誤魔化せる
そうしてまた、ただの友達として接することが出来る
今になって、その迷いが心に重くのしかかってきた
「ずっと前から……好きだった」
それでも絞り出すように、懸命に言った
あぁ、もう後戻りは出来ないな、と彼は思った
この想いが成就してもしなくても、もう以前の関係には戻れない
けれど自分でも驚くほど後悔はなかった
それでも絞り出すように、懸命に言った
あぁ、もう後戻りは出来ないな、と彼は思った
この想いが成就してもしなくても、もう以前の関係には戻れない
けれど自分でも驚くほど後悔はなかった
二人の間に再び沈黙が流れた
グラウンドで部活動に励む生徒たちの、歯切れのいいかけ声だけがただ遠くの方で聞こえる
実際にはほんの数秒の静寂だったのだろうが、そのときのコウジには本当に長く感じられた
グラウンドで部活動に励む生徒たちの、歯切れのいいかけ声だけがただ遠くの方で聞こえる
実際にはほんの数秒の静寂だったのだろうが、そのときのコウジには本当に長く感じられた
「……プッ」
「…………ユウキ?」
「あっははは」
こらえきれずに笑い出したユウキを、コウジはぽかんと見つめているだけだ
「…………ユウキ?」
「あっははは」
こらえきれずに笑い出したユウキを、コウジはぽかんと見つめているだけだ
「あはは、コウジくんのそんな真剣な顔初めて見たぁ~」
本気なのは自分だけなのかと、途端に恥ずかしくなった
本気なのは自分だけなのかと、途端に恥ずかしくなった
「あ、あのなぁ! 俺は真面目に」
「……いいよ」
ユウキのやわらかな声がコウジの言葉を遮った
「……いいよ」
ユウキのやわらかな声がコウジの言葉を遮った
「って、え?」
「付き合ってあげる」
からかわれているのかと思った
でも彼女の表情は穏やかで、とても真剣だった
「付き合ってあげる」
からかわれているのかと思った
でも彼女の表情は穏やかで、とても真剣だった
「ほ、本当に……?」
そう聞き返した声は、一層震え上擦っていた
そう聞き返した声は、一層震え上擦っていた
「わ、私も……コウジくんのこと好きだったし」
彼女は俯いていて、どんな表情をしているかは分からない
しかし、わずかに覗く彼女の頬は夕日に負けないくらい赤かった
彼女は俯いていて、どんな表情をしているかは分からない
しかし、わずかに覗く彼女の頬は夕日に負けないくらい赤かった
「そ、そっか……」
「…………うん」
お互いにもう言葉はなかった
伝えたいことは十分言えた気もしたし、まだ足りない気もした
しかし、今伝えられることは全て伝えることが出来た
コウジの心には、彼女のくれた「好き」という言葉だけがいつまでも温かく、優しく心に残っていた
「…………うん」
お互いにもう言葉はなかった
伝えたいことは十分言えた気もしたし、まだ足りない気もした
しかし、今伝えられることは全て伝えることが出来た
コウジの心には、彼女のくれた「好き」という言葉だけがいつまでも温かく、優しく心に残っていた
交際が始まってからも、二人の関係に大きな変化はなかった
以前のように、廊下で出くわせば冗談を言い合い、都合が合えば一緒に下校したり、遊んだりした
外見的な部分、傍目には友人関係だった頃と何ら変わらないように見えた
一方コウジの心の中、その奥では歴然とした変化が生まれていた
以前のように、廊下で出くわせば冗談を言い合い、都合が合えば一緒に下校したり、遊んだりした
外見的な部分、傍目には友人関係だった頃と何ら変わらないように見えた
一方コウジの心の中、その奥では歴然とした変化が生まれていた
手を繋ぐとき、キスをするとき、彼女の体に触れるとき
コウジは彼女との間に、友人だった頃には感じたことのない、確かな繋がりを感じていた
もちろん喧嘩をすることもあったが、そうやってお互いの距離を縮めていくのだと思うと苦ではなかった
コウジは彼女との間に、友人だった頃には感じたことのない、確かな繋がりを感じていた
もちろん喧嘩をすることもあったが、そうやってお互いの距離を縮めていくのだと思うと苦ではなかった
あるとき、学校からの帰り道をひとり歩いていると、ずっと後ろから声をかけられた
振り返ると、小走りでチカの駆け寄ってくるのが見えた
振り返ると、小走りでチカの駆け寄ってくるのが見えた
「はぁはぁ、やっと追い付いた」
「チカちゃん、どうしたの?」
「今、帰りでしょ? 私も今日は部活休みで帰るところだから一緒に帰ろ?」
「まぁ、いいけど」
チカと下校するのは小学生のとき以来だった
少し不思議に思ったが、特に断る理由もないので彼はそのまま歩き出した
「チカちゃん、どうしたの?」
「今、帰りでしょ? 私も今日は部活休みで帰るところだから一緒に帰ろ?」
「まぁ、いいけど」
チカと下校するのは小学生のとき以来だった
少し不思議に思ったが、特に断る理由もないので彼はそのまま歩き出した
しばらく雑談をかわした後、チカは突然目をキラキラさせて尋ねた
「ねぇ、ユウキちゃんになんて告白したの?」
それが聞きたかったのか、とコウジは内心で納得した
「い、いや、それはまぁ……」
あからさまに言葉を濁す
単に恥ずかしいのもあったし、あの日のことはユウキとの二人だけの秘密にしたかった
それが聞きたかったのか、とコウジは内心で納得した
「い、いや、それはまぁ……」
あからさまに言葉を濁す
単に恥ずかしいのもあったし、あの日のことはユウキとの二人だけの秘密にしたかった
「そっちこそ、リョウタとはどうなの?」
「えぇ!? な、なんでリョウタが出てくるのよ。あいつはただの幼なじみだし……」
分かりやすく狼狽えるチカに、思わず笑いそうになった
そして同時にどこか安心する部分もあった
リョウタとチカはあの頃と少しも変わっていない
変わらないものなどないと思っていたなかで、その事実はコウジをほのかに安堵させた
「えぇ!? な、なんでリョウタが出てくるのよ。あいつはただの幼なじみだし……」
分かりやすく狼狽えるチカに、思わず笑いそうになった
そして同時にどこか安心する部分もあった
リョウタとチカはあの頃と少しも変わっていない
変わらないものなどないと思っていたなかで、その事実はコウジをほのかに安堵させた
中学の卒業式の日、コウジとユウキは家までの帰り道を肩を並べて歩いていた
幼少の頃から数えきれないほど通った道だ
道の脇に生えている雑木林、古ぼけた神社の境内、遠くの方で微かに聞こえる電車の走行音
どれもが見慣れた風景だった
けれど卒業式を終えたばかりのコウジの目には、いつもとは少し違って見えた
幼少の頃から数えきれないほど通った道だ
道の脇に生えている雑木林、古ぼけた神社の境内、遠くの方で微かに聞こえる電車の走行音
どれもが見慣れた風景だった
けれど卒業式を終えたばかりのコウジの目には、いつもとは少し違って見えた
「ん~、これで中学生も終わりかぁ」
ユウキは大きく伸びをしながら、感慨深げに言った
彼女の頬には涙の乾いた跡がある
きっと誰にも気付かれないよう、こっそりと泣いていたのだろう
そんな彼女のいじましさが、少し切なかった
ユウキは大きく伸びをしながら、感慨深げに言った
彼女の頬には涙の乾いた跡がある
きっと誰にも気付かれないよう、こっそりと泣いていたのだろう
そんな彼女のいじましさが、少し切なかった
「ま、一生会えなくなるわけじゃねーしな」
彼女を励ますために、そして自分自身を元気づけるために、ことさらぶっきらぼうに言った
コウジも寂しさを感じていた
四月から二人は別々の高校へ進学して、それぞれの新しい生活が始まる
きっと、こうして一緒に帰るのはこれで最後だ
彼女を励ますために、そして自分自身を元気づけるために、ことさらぶっきらぼうに言った
コウジも寂しさを感じていた
四月から二人は別々の高校へ進学して、それぞれの新しい生活が始まる
きっと、こうして一緒に帰るのはこれで最後だ
「ねぇ、コウジくん」
「ん?」
「高校に行っても、変わらないよね?」
そう呟いたユウキの横顔には不安が浮かんでいた
彼女がそんな表情をするのはとても珍しいことだった
コウジの中でも急に不安が大きくなった
「ん?」
「高校に行っても、変わらないよね?」
そう呟いたユウキの横顔には不安が浮かんでいた
彼女がそんな表情をするのはとても珍しいことだった
コウジの中でも急に不安が大きくなった
「当たり前だろ、そんなこと。お、俺はずっとユウキが好きだし……」
恥ずかしさを堪えつつ、それでもはっきりと告げた
恥ずかしさを堪えつつ、それでもはっきりと告げた
「う、うん、そうだよね。ごめんね、変なこと言って」
彼女の顔にはすっかり笑顔が戻っていた
その表情に、コウジの不安もすっかり消えた
彼女の顔にはすっかり笑顔が戻っていた
その表情に、コウジの不安もすっかり消えた
「ねぇ、手つなご?」
「いいよ」
これからも彼女の笑顔を守っていこう
コウジは傍らにいる少女の温もりを感じながら、そう誓った
「いいよ」
これからも彼女の笑顔を守っていこう
コウジは傍らにいる少女の温もりを感じながら、そう誓った
- 泣けるww -- 名無し (2009-05-17 02:58:40)
- 何回見てもやっぱり泣けまくる。(ToT)ww -- 名無し (2009-10-13 04:24:25)
- コウジとユウキ良いよね -- 名無しさん (2014-05-15 22:43:39)