相模湾沖に幽けく揺蕩う魔界軍艦の存在は、既に都市伝説の一つとして鎌倉より全国に発信されている。
聖杯戦争とは民間人へ秘匿したまま行うのがセオリーであるが、最早鎌倉の聖杯戦争に道理などは存在しない。
紛争地域で銃器の所持を咎めるようなものだ。魔都に魔が跋扈していて何が悪いと、世間にはそう認知され始めている。
この一ヶ月間で、三桁を軽く越すほどの市民が死亡、行方不明となった。
原因の大半は不明。証拠を探れば探るほど、都市伝説という不確かなものの関与を疑わねばならなくなる。
否――それは果たして、本当に疑っているのか。望んでいる、の誤りではないのか。問うた所で答えは決して返らない。
両手足の指を足し合わせて尚足りない怪異の満ちた魔都鎌倉には、その中でも一際異質を極めた伝説が存在した。
伝説、という形容は少々不適切かもしれない。
屍食鬼を始めとした数多の怪異は、実在しなければ辻褄の合わない事柄が多すぎるとはいえ、あくまでまだ噂の範疇に留まっている。しかし、これより語るモノについては間違いなく実在が確認されているのだ。
誰もが知りながら目を背けている。それは、夢見る奴隷となった民草に残された最後の正気の名残なのか。ならばいずれ畏怖は期待へと変わろう。もっと面白いモノを見せろと、痴れた音色を奏で立てるに違いない。
されど、その彼らをして本能的に直感している。あれは近付いてはならないモノであると。
半端な心根であれの領海へ踏み入ろうものならば、あれは喜々として砲火を注いでくるだろうと。
そういう確信を、皆が直感的に得ていた。
――海原の真ん中に憚ることもなく停泊し、微動だにせず其処へ在り続ける「ソレ」は、この時代に存在する筈のない威容を湛えている。漆黒の黒金は朝の陽射しすら吸い込み咀嚼する深みを帯びていた。
これは戦艦。名を伊吹。鋼鉄の暴力装置。百年前の戦にて駆られた殺戮の道具であり、棺桶とでも呼ぶべき代物である。
その背後に浮かぶ空は朱く燃え上がっている。それは錯覚ではなく、現実を浸食しつつある悪夢の片鱗に違いなかった。
伊吹の真下に広がる海は愉悦にせせら笑う魔王の貌であるかのごとく、さらなる絶望を与えてやろうと不気味にうねり、絶えることなく鳴動している。
何一つ、何一つとして、そこに希望的なものはない。
そこは正しく魔王の城。地獄の入口であり、蓋が開かれれば極大規模の災禍が解き放たれて全てを破滅へ導くだろう。
サーヴァント・ライダー。英霊でありながら、聖杯戦争の行方を一人で担うだけの力を秘めたる者。
今にも溢れ出さんとする混沌の戦火が立ち込める天を背景に、楽園の夢を求めた男が播磨外道を吟じている。
寄せ来る全てを平等に迎え入れんとばかりに仁王立ちし、彼方の陸地を見据えて宣戦している。
魔王とは待ち受けるもの。自ずから出向き、その力を振るうものではないと彼が心得ていたことがせめてもの幸いか。
地獄の釜は未だ開いていない。その蓋に手をかける者も現れていない。
そこへ誘う悪魔も不在であり、魔界戦艦伊吹に逐わすのは真実光の魔王と、彼を呼んだ男のみである。
「感じる、感じるぞ。おまえたちの賛歌が俺の耳には確かに届いている」
この時代は腐敗している。
痴愚の思想が根付き、ライダーが最も忌避する人種が溢れ返っている。
彼にしてみれば、まさしく地獄と呼ぶにも相応しい環境であった。
だからこそ、己が試練を課し、輝かせてやる必要があると大真面目にこの男は考え、そして実行へ移さんとしているのだ。
善悪関係なく困難に立ち向かう、そんな輝きを常に生み出せる天地。愛と勇気の人間賛歌に満たされた地平を。
その世界は艱難辛苦に満ちている。
雲を衝く大巨人が多頭の大蛇と争い、雷を握り締めた神霊が地の底からいずる不浄な魂に裁きを落とす。
大地震、大津波が全世界規模で発生し、天変地異と神話の戦争が絶えず吹き荒れる。
常に何かの脅威が起こり続ける為に、一瞬の気の緩みさえ許されない世界。
世界は夢で溢れ、あらゆる神話の英雄、怪物、神格――果てにはあらゆる者が思い描いた物語の登場人物が現実世界に出現し、それゆえ神話レベルの災害と試練が既存文明を粉々に破壊していく。
まさしく修羅道だ。そしてそんな世界こそが、このサーヴァントにとっての理想郷。
脅威、試練がなければ人は輝くことが出来ないのだから、俺がそれを齎してやろう。遠慮はするな受け取るがいい――これぞ全ての救い也。魂の劣化が決して起きず、自らの輝きであらゆる夢が掴み取れる世界。
それを――楽園(ぱらいぞ)という。
「さあ、さあ、さあ――来い。俺はいつだとて此処に在るぞ。おまえたちを待っているのだ。
聖なる杯が欲しいのだろう? ならば俺を斃せよ。
俺とて英霊(ヒト)だ、この心臓を貫けば容易く殺せる程度の存在に過ぎん。
おまえたちの賛歌で俺を納得させてみるがいい。それが叶ったならば、俺は喜んで豪笑と共に退場しようではないか」
地獄の歯車が回っている。
悪魔の不在という矛盾点を抱えたまま、鋼鉄の歯を噛み合わせて。
「さあ、先ずは作法通りの宣戦と行こうか」
伊吹の砲身が火を噴いた。
伸縮自在、物理法則など完全無視。
あらゆる道理より抜け出ている、百年前の軍艦どころか、百年後ですらありえないような――
しかし可能である。出来てしまうのだ。何故ならこれは夢であるから。
甘粕正彦という盧生が描き、紡ぎ上げる邯鄲の夢。夢幻である限り、そこに不可能は存在しない。
放たれた砲弾は業火の塊と化し、七里ヶ浜に着弾。
電鉄線を焼き尽くし、災禍の大火を引き起こした。
不運にもその地へ居合わせた者は、一人の例外もなく塵と消えたことだろう。
さあ、目を覚ますがいい。
そして直視しろ。己が立ち向かうべき者は此処にある。
これにて誰もが魔王の実在を知る。
これより誰もが魔王の威容を知覚する。
「きりやれんず きりすてれんず きりやれんず ――――おおおおォォッ、ぐろぉぉぉりあああああす!!!!」
地獄の釜は少しずつ、少しずつ――しかし確実に、開き始めていた。
いや。あるいは、全てが夢なのかもしれない。
【E-2/相良湾沖/1日目・午後】
【トワイス・H・ピースマン@Fate/EXTRA】
[令呪] 三画
[状態] 健康
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 不要
[思考・状況]
基本行動方針:勝ち抜く為に、今は待つ
1:しかし、この男は……
【ライダー(
甘粕正彦)@相州戦神館學園 八命陣】
[状態] 健康、高揚
[装備] 軍刀
[道具] 『戦艦伊吹』
[所持金] 不要
[思考・状況]
基本行動方針:魔王として君臨する
1:さあ、来い
[備考]
※午後十二時三十分、D-1エリアが電鉄線と車両を巻き込んで半壊します。
最終更新:2020年05月03日 22:00