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月歩症

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数年前に世界で一番高いとされる、螺旋のタワーが僕の街に作られた。作るなら、もっと都市部に作ればいいのに郊外、悪く言えば田舎。な僕の住む街に作られた。

寂れつつあるある街が、このタワーのおかげで俄かに活気付いていた。その塔の名前はムーンレイスタワーという名前らしい。意外とその地域の人間にとっては新しい観光地なんてあまり興味が惹かれないものなんだな。と遠目にその月の民の塔を見、己の予定の消化に注力することにした。

異質であった塔がこの街の風景に溶け込み、違和感がなくなるまでにはそう時間が掛からなかった。いつもと変わらない風景。いつもと変わらない、いつもの風景。

瞬間、我が目を疑った。

其処には得体の知れないなにかがいつの間にか鎮座していた。塔に寄り添うように、真っ白なドーム状のなにか。その白さはいくら色を塗ったとしても純白のままで居れるかのような、限りない白。吸い込まれてしまう白だった。黒の如き白。丁度未だに物珍しい螺旋の塔を見に来ていた観光客が濛々と溢れていた街中に僕は居た。得値の知れない異物に驚き、慌てふためく人々を余所に僕はその異様な物体に対して、恐怖感よりも懐古的な安穏を感じ取ってしまった。懐かしい音が聞こえる。其処から発せられているかは確証が無かったが、きっと、白のドーム状の何かの声なんだろう、安息とともに直感的に理解した。

 足が動かないのは、きっと立ち去りたくないから…だろう。何か聞こえるのは、彼女が何かを伝えたがっている…のだろう。

 

あれから数ヶ月、僕の街は一変してしまった。

街には、迷彩服のいかつい人間が闊歩し、騒がしいマスコミが連日人々の恐怖感を煽ろうと常に白の半球を睨んでいる。賑わっていた観光客なんて誰一人居ない。得体のしれない何かの近くなんかに住みたくは無い。ついには公共機関も閉鎖し人口も一気に減ってしまった。街…いや、人間が住んでいく為の秩序がこの街には無くなってしまった。今この街に残っているのは、本当の弱者か、本当の変人だけだろうと、僕は断言出来る。

 じゃあなんで、僕はこの街に残っているんだ?あの声をもう一度聞きたいんだ、そして、懐かしく、暖かい気持ちになった瞬間が忘れられないんだ。僕はあれが何なのか知りたい。そんな想いから、この廃墟と化した街に住み続ける。彼女を見続けるために。

この街にはもう何も無い、都市部に行って、食料やら生活品を調達して、住処にしている白の半球の全てが見える高台の豪邸に帰ってきた。当然ながら、自分のものではない。逃げ出していった人間が残していったモノだ。日課である愛おしい半球を望遠鏡で見る。毎日の変化を書きとめている。今日は塔が夕焼けに染まって綺麗だ。

半球が出現して数ヶ月政府の見解はこうだ。

「実態が不明のため我々も、対策を立てようにも立てることが出来ないのです。しかし、今のところ害が無い事は確認いたしましたので、国民の皆さん、落ち着いて今までと同じ生活をしていってください」

どうも、放射能や、そのた有害物質はあそこからは検出されなかったらしい。隠蔽しているかもしれないが、僕はアレが害をなすものだとは思っていない。だから、政府発表も正しいんだろうと自分勝手に思っている。マスコミは、毎度の如く有ること無い事を垂れ流している。アレは、何かおぞましいモノの卵だ!とか、人類が吐き出してきた有害なモノが一箇所に集まってきていつ爆発するかわからない!とか、ただのゴシップにしかならないものを堂々と電波に乗せている。恥ずかしくないのだろうか?

 そんな、あてにならない情報よりも、僕が得ている毎日の"彼女"の様子の方がよっぽど有益だ。僕は"彼女"のかすかな変化ですら見逃さない。何にも侵食されないと思われていた白に最近小さな。ほんの小さな変化が現れてきた。なにか、斑点のようなものが出来ては消え、出来ては消えているのだ。やはり何か伝えたがっているのだろうか?伝えたい事があるなら、僕に話しかけてきてよ…ともどかしい気持ちになる。

この変化と、世の中で起きている事象を分析していって、"彼女"が一体何であるのかを解らなければならないと改めて感じた。


 

声は未だに聞こえない、いつまた僕に優しい声を聞かせてくれるんだろう。いつ懐かしい羊水のような声を聞かせてくれるんだろう。床についていると最近いつもそんな事を思うようになっていた。まるで恋をしているような熱くなる思い。それが虚像であるのにも関わらず。


 

"彼女"がこの世に現れて半年以上経った。異常はいつしか日常になりそれすら違和感無く其処に在り続ける。

マスコミや政府は公表していない事がこの一、二ヶ月の間に浮かび上がった。奴らは黒ずむ斑点。そしてほんの二週間ほど前から現れたゆらめく狐のしっぽのような形の眩い光の帯を、その存在を知っている僕以外の誰にも教えずひた隠しにしているんだ。僕は知っているんだ。"彼女"に現れている変化を。その日が着々と進んでいる事も本能的に知っているんだ。きっと誰も彼も逃げる事なんて出来ない。彼女が変化、いや成長しているかが解ったから。得体のしれない物体に恋慕し何も無い世界に居続けようとする変人の戯言と取られても仕方が無い。でも、解ったんだ。

"彼女"の正体は、この人類を粛清に導く新世代の生命体の塊。人々が無益な争い、利己的な行為、血が、血が、血が、人の血が大地の血が流れる事によって、きしむ身体、折れる骨、割れる頭蓋、生命が精神が磨り減る事によって、少しずつおおきくなり斑点は黒点になり、ひかりの帯はプロミネンスとなり業火で全てを焼き尽くしてしまう。"彼女"からの本当の声は未だに無かった。ただ、ずっと"彼女"を見続けてきたのだから間違いない。自分たちを破滅に導くかもしれない存在に対して慕情を抱いている。それはもしかしたら、ありもしない"声"に惹かれたからかもしれない。ただ、遠い"彼女"を遠くから見守るしかなかった、黄昏が覆うまで。

 

彼女と出会って、一年が経とうとしている。未だに終末の日は来ない。そして、未だに国民に重要な秘密を明かしてないんだ、奴らは。いや…待てよ…もし公表したらどうなるんだ?もしかしたら、"彼女"を壊すきっかけになるんじゃないか?不安になりテレビをつける。緊急放送がやっていた。其処に写っているのは、真白い球体。今からそこにあるものの起爆のために、ミサイルを数万発撃ち込むらしい。外が何やら騒がしい。普段の十倍だろうか?軍の車両、ヘリコプター、戦闘機。兵器見本市のような光景がそこにはあった。もしかしたら…不安が現実になってしまう…そう思い、いてもいられなくなる。

 

きーーーーーぃぃぃぃぃぃん…甲高い音が頭の中を劈く。これは飛行機、戦闘機のエンジン音ではない、なんなんだ?その、不快な音の中に、懐かしい音が聞こえる。声だ!"彼女"の声だ。やっと聞こえた。安心感と不快感の狭間でその声は静かに語りかけた。

「たすけて」

躊躇する必要は無かった。何も考えずにただただ、純白の彼女の元へ走った。不思議と人の姿は見えなかった。当たり前だ、ここにミサイルが跳んでくるんだ、誰も居る筈が無い。しかしおかしな事に兵器の集合を見て、知覚したはずなのに何も見えない。それも不思議と思わずに誰も居ない街を疾走する。そうだ、上から飛び移ろう、飛び移って、"彼女"に受け止めてもらうんだ、そうしたら、僕がずっと"彼女"を守れるじゃないか!

あはははははははっはははははははははhaahaahaaahhaahはははははははは!何で!どうして!今まで気付かなかったんだろう!?そうだよ!そうだよ!一つになれば、彼女と一つになれば良かったんだよ!

 奇声をあげ、天を突くかの螺旋の塔の頂上を目指す。

 

地上400m、強風吹きすさび、立っているのがやっとの足つきで、塔の隅へ行く。下を見下ろすと、あれほど漆黒に見えた黒点も、あれほど雄雄しかった火柱もなく、穏やかな白が広がっていた。"彼女"の準備が整ったんだ。普段なら足がすくんでしまうような高さ。大丈夫。きっと彼女が僕を包んでくれる。倒れこむように、螺旋から落ちてゆく。ふわり、空中に浮く感触。無重力を歩く。ああ、やっと逢えるんだね…待ち焦がれた"彼女"が近づいてくる。

 

刹那

 

自分の感触が無くなっていく気配がした。左手が無くなっている。右足、左足、右手、身体のあちこちが霧散していく、自らの螺旋を分解し、落ちて逝く。

 

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「今回の抽出もうまくいきましたね。」

『ああ、これでしばらくはわが国はエネルギーに困ることは無いな。そうだ、次の"月歩症"キャリアはどんな奴なんだ?』

「次の候補はこちらの方です。」

『ふむ…なんというか…こいつの抽出まで観察をするのは退屈で苦痛になりそうだな、今回のキャリアGP-012の変化、狂乱、錯乱具合は見ていて楽しかったよ。』

「まあ、そんなことを云わず、せっかく私たちのために、"月歩症"になったんですから、最後を見届けてあげないと。」

『そうだな、そうでもしなきゃ便利に生活できてるってのに申し訳が立たないな。』

「ええ、私たちの豊かな生活のために…」

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白の半球の正体は、人、一人の生命体情報を元に莫大なエネルギーを生み出す装置である。

誰の生命体情報でもいいという訳ではなく"月歩症"という人の意識下に根付く発狂、知覚能力の減衰、幻覚等による認識能力の低下を引き起こすウイルスに感染していないといけない。

月歩症ウイルスには、回帰の習性があり、宿主を母体へ誘導させる。その母体こそ白い半球である。母体に戻ろうとする月歩症ウイルスは宿主の構成している生命情報を分解し、母体に振りまく。母体にかかった生命情報は、膨大な熱量を発生させ、また、そのエネルギーを溜め込み劣化させる事がないと云う事が判明した。

その性質を利用し、あらたな発電システムとして、機械的にエネルギーを抽出する技術を政府が作り出した。その実験施設を兼ねた発電所がムーンレイスタワーである。

*月歩症は、正確に言うとウイルスではない。ヒトが、母体の情報を知覚し、情報を脳内に貯めることによって発症する。(身体が動かなくなる、幻聴が聞こえるようになる。というのは発症の合図である)つまり、母体の近くに居なくとも、メディアを通じたあらゆる情報から、感染する可能性があるのだ。

月歩症によって、人々の生贄となってしまうという混乱を引き起こすような要因になる情報は全て秘匿。

しかし、マスコミに対して情報規制は行わない。制限をしてしまっては月歩症キャリアが生まれなくなるため、ある程度は、母体が今どのような様子になっているかを放送する義務を作った。

 

また、抽出対象者には、帰巣をうながすマインドコントロールがされる。

 

<秘>月歩症利用によるニュージェネレーションジェネレータ計画

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誰かの命を奪わなければ、豊かに暮らしていけないのはおかしい。

誰かが犠牲にならなければ、全体の幸福を望めないなら、そんなものはいらない。

ただ、あなたが傍にいて、幸せでいてくれれば、それでいい。それだけでいい。僕は消えるさなか、最後に想った。

 

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