モータル・アンダーテイカー
(掌編 01)




<今までのあらすじ>

 ある夏、まどかは、親友のカナを誘って観劇に行った。その日の夜、自室でカナとの思い出を振り返っていたまどかであったが、母親からカナが帰り道に事故に遭って亡くなったことを知らされる。気持ちの整理もつかないまま、親友をうしなったまどかであったが、深い喪失感の中、参列したカナの葬儀でカナの母親から心無い言葉を浴びせられる。
 カナのために死ぬ、けれど死に方を知らないまどかは、生きることも死ぬことも、そのどちらも選べずに茫然自失の日々を過ごしていた。
 そして、クラスメイト皆を招いて行われるカナのお別れ会の前日。カナの両親は葬儀でのことを謝罪したいとまどかの母親に願い出る。そのことを母親に知らされ、一度は会うことを決めるまどかであったが、カナとその両親への自責の念から、どのような顔で会えばよいかわからず、居たたまれなさから、約束の時間を前に家から逃げ出してしまう。
 まどかは逃げこんだ公園の片隅でセミのなきがらを見つけ、何となく目を離すことができなくなる。
 一方で姿を消してしまったまどかを心配し、まどかの母とカナの父親はまどかを探すことにする。そして、公園の片隅でじっとしているまどかを見つけたカナの父親は、その傍にすっと腰をすえた。



  • 登場人物
    • まどか:いつもフード付きの白いパーカーを来た黒髪ボブの切れ長の目の女の子。小学5年生。夏休み、親友のカナを観劇に誘う。ひとり親家庭で母親と二人暮らし。父親のことは名前も顔も覚えていない。
    • カナ:まどかの親友。観劇後、まどかと別れた帰り道で不幸な事故に遭い、そのまま亡くなってしまう。
    • おじさん:カナの父親。カナが生きていた頃、カナの父親は、まどかを誘って娘と三人でよく遠出した。まるでもう一人の娘のようにまどかを感じることもある中、まどかも知らず知らずのうち、カナの父親を自分の父のように慕っていた。
    • おばさん:カナの母親。カナが生きていた頃は、まるで自分の娘のように可愛がり、夕食に誘うなど、ひとり親家庭であるまどかが温かいご飯を食べれているのか気にかけていた。カナの死後、あの日カナを迎えに行かなかった自分に対する行き場のない怒りから、葬儀の席でまどかに辛く当たってしまい、深く後悔する。
    • まどかの母:女手一人でまどかを育てている。平日はいつも帰りが遅い。





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「おじさん」
 ごめんなさい、そう開きかけた口が閉じる。私の言葉を遮るように、おじさんは小さく首を横に振った。
「うちのママが、まどかちゃんに酷いことを言った」
 申し訳ないと、おじさんは頭を下げる。
 私はそんなおじさんを慰めたくて、おじさんにカナとの思い出を話した。おじさんもカナが生まれた時のことやカナがおじさんに話していた私のこと、私が知らないカナをたくさん教えてくれた。
「もうお別れしてあげよう」
 ひとしきり語り終えると、おじさんはセミのなきがらに目を落とし、両手を合わせる。
「セミもね、短い一生を一生懸命に生きる。それは、世界の誰にも気づいてもらえなかったかもしれないけど、こうしてお別れすることで、生きた証はずっと残るから」
 私は思わずうつむく。
「……生きた証?」
 おじさんの手が優しく私の頭を撫でた。
「ここにさ」
 はっとして私はおじさんを見る。
 おじさんは自分の胸に手をおいた。その大きな手は私のよりずっと大きく、そして不思議と暖かいものに見えた。
 おじさんは、セミのなきがらを慈しむように片手で掬い上げると、近くの柔らかそうな地面を探して、もう一方の手でそこの土を掘り返し始める。
 おじさんの大人の手が、小さな子どもみたいに土にまみれて汚れていく。そんな、おじさんの目からこぼれる涙を見たとき、ああ、それは私も同じだったんだとようやく気づいた。
「……手伝う」
 私は目元を拭うと、おじさんの方へ駆け寄った。


最終更新:2020年06月19日 20:17