召喚事件
(掌編 02)





<今までのあらすじ>
 自分の両親が理事を務める学園に入学したメアリ。
 しかし、両親の期待とは裏腹に成績は日に日に落ち、理事の娘という肩書からクラスメイトとも馴染めずにいた。悩みを打ち明けようにも、両親は仕事で忙しく、家にほとんど帰ってこない。
 そのような状況の中、メアリはいつしか「この学園があるせいで、両親は自分を見てくれない。友達もできない。こんな学園無くなっちゃえ」と思い込むようになった。
 そんな折、メアリはかつて両親の書斎で『転校生召喚術式』なる書類を見つけたことを思い出す。
「そうだ、その術式を使って、自分と一緒に学園を壊してくれる友達を呼ぼう」
 メアリはそう意気込むと、クラス毎に行われるキャンプが近いことを思い出す。友達もいないことから、ずる休みしようと考えていたメアリであったが、
「そうだ。その日にしよう」
 意気揚々と転校生召喚の準備に取り掛かった。



<登場人物>

  • 雛代メアリ:西洋風のお嬢様然とした少女。初等部3年。両親ともに学園の理事を務めている。孤独感から「友達」欲しさに、クラスキャンプで『転校生』を召喚してしまう。
    • 魔人能力「シンデレラ・プロデュード」:目標達成までのプロセスを数千分の一に短縮する。能力発動前にその短縮されたプロセスのとおり努力を行うことで、能力発動後から午前0時までの間、その目標を達成した自分に変身できる。

  • 頸城つぶら:おかっぱ髪の少女。メアリのクラスメイトの一人。初等部3年。一般人のはずが、その身に宿した「何か」によって生きながらえる。
    • パパ:実の娘であるつぶらの体の中に寄生している化け物。
      • 魔人能力「マタニティ・ドール」:つぶらではなくパパの持つ能力。自分の血を分けた一族の女性に寄生することができる。宿主先の身体能力と再生能力を著しく向上させる一方で、その精神を徐々に汚染し自らの支配下に置く。

  • 鮫氷しゃち:雛代メアリが召喚した『転校生』。白と黒を基調としたセーラー服を着た、五~六歳ほどの色白の肌に綺麗な長い黒髪が映える可愛らしい女の子。召喚者の雛代メアリの命令を曲解してか、話を一切聞かずに「遊び」と称して殺戮を始める。




(中略)


「鬼ごっこしよう」
 五、六歳ほどの幼女は、そうにこやかにほほ笑む。そして、風のようにメアリのそばを通り抜けると、背後にいたクラスメイトの首を片手でねじ切っていた。


(中略)


 あっという間にクラスメイトのほとんどがメアリの召喚した『転校生』鮫氷しゃちに殺されていた。
「ま、待ちなさい!」
 メアリはしゃちに声をかけるが、しゃちは「はーい」と返事するだけ。
「あー! みんな隠れちゃった。これ鬼ごっこなのにぃ」
 しゃちは気づけば周りに動くものがいないのを見ると、逃げていったクラスメイト達を探しに行った。
 クラスメイトの死体の山に一人残されたメアリは、背筋にうすら寒いものを感じて腰を落とした。
「わたくし、知らなかったの。こんなことになるなんて、知らなくて……」
 そうぶつぶつとつぶやくメアリの肩を誰かがつかむ。
 思わず悲鳴をあげそうになるメアリであったが、メアリの口はふさがれた。ふさいだ相手の顔をみると、相手はクラスメイトの頸城つぶらだった。全身血まみれ、口元には吐血の跡が広がり、お腹を殴られたのか苦しそうに押さえている。彼女も他のクラスメイト同様、真っ先に殺されたと思っていたが、まだ息があったらしい。しゃちがいなくなるのを見計らっていたのかもしれない。
「あんたがこれを?」
 そう問いかけられ、メアリは一瞬思案したが、さきほどの独り言を聞かれたと思い、素直に頷いた。
「けど、わたくし、知らなかったの」
「このままじゃ、メアリ以外、みんな死んじゃうよ。あいつ倒さなきゃ。分かる?」
 メアリは頷く。しゃちを止める。こうなってしまった以上、誰かが止めなきゃいけない。けど、私にできるだろうか。
 不安そうな顔を浮かべるメアリをみて、つぶらは頭をぽんぽんとたたいた。
「二人でやろう」
 つぶらは口角をあげた。そんな死にかけの状態で何ができるのだろう。メアリは疑問だった。
 メアリの表情を読み取ったのか、つぶらは微笑む。
「パパがついてるから」
 つぶらは力強くそう告げる。
 けど、メアリにはつぶらのその動作の意味が分からない。
 パパがついてるというのは、父親と連絡が取れて助けに来てくれるということだろうか。
 しかし、風の噂で聞いたことがある。
「つぶらさんのお父様は既にお亡くなりになっていらっしゃるのでは……?」
 確かつぶらの父は亡くなってると、クラスメイトの誰かが噂してるのを耳にした。
 今は父の実家で世話になっているとか。
 しかし、つぶらは首を横に振る。
「生きてるよ」
「はい?」
 生きてる? 来てるの聞き間違いだとしてもおかしい。
 亡くなったという噂自体があくまで噂だったということだろうか。
「ここに」
 そう言ってつぶらはまるで宝物を撫でるように、自分の両手をお腹に添えた。
 しゃちから大きなダメージを受けたはずであるが、先ほどまでと比べて、その手つきや動作も辛さが見えない。
「パパが力を貸してくれる」
「よくわかりませんが、あなたのお父様がご助力くださるということですね」
 つぶらは頷く。
「パパの力を借りれば、何とかあいつを抑えこめるかもしれない」
 どのような原理かわからない。けれど、つぶらの自信の様をみると、父親はどうやらメアリと同じく魔人で娘のつぶらに対して何らかの強化を施すタイプの能力を持つのだろうか。
 メアリは思案する。
 この時、メアリの中には二人でしゃちを倒せば、この後、つぶらと友達になれるような期待があった。
 自分の能力「シンデレラ・プロデュード」を使って、しゃちを倒せる姿に変身することができれば、あるいは……。
「わたくしにお時間をいただければ、しゃちと戦う力になれるかもしれませんわ」
 メアリの能力は目標達成までのプロセスを数千分の一に短縮させる。つまり、しゃちを倒すという目標を立てた場合、数千分の一以下の努力でそれを成し遂げることができる。
 問題はこのわずかな時間で、数千分の一に短縮されているとしても、しゃちを倒すのに必要な努力をメアリが成し遂げられるかどうか。
 メアリがしゃちを倒す。たとえ半年修行を積んでも倒せる気はしないけど、あんな幼少な女の子なら、一年間くらい修行すれば何とかなるだろうか。
 一年分の修行ならば、十数分くらいの準備運動レベルに能力を使えばそのプロセスを短縮できる。
「わたくしに10分ください」
「じゃあ、準備しておいて。私は、みんなを助けられないか、頑張ってみる」
 そう告げて、つぶらはしゃちの後を追って走り出した。


(中略)


 しゃちを倒す準備の仕上げのため、メアリは、つぶらの後を追う。
 入り込んだ森の中で、いくつもの死体と血痕を見たメアリは恐怖に震えながらも、さらに森の奥へと続く血の跡を見つけ、それを追っていく。
 そして、血の海に沈むつぶらを見て、メアリは腰を落とした。
「あ! お姉ちゃん。見て見て」
 しゃちは満面の笑みを浮かべる。つぶらの首根っこをつかむと、地面に彼女を引きずりながら、メアリの方へとやってくる。
 真っ赤な手がにゅっと自分の方へと伸びてくるのを見て、メアリは思わず、その手を振り払い、しゃちを突き飛ばす。
「あれえ、おねえちゃんも遊びたかった?」
 しゃちはゆっくりと起き上がる。
 その瞬間、メアリは生きた心地がしなかった。身体が動かない。けれど相手の動きははっきりとゆっくりと分かる。ああ、走馬灯かと。メアリが思うのと、しゃちの指がメアリののど元に触れるのは同時だった。
 目をつぶる間もないぐらい、短い瞬間だったが、次の瞬間にはしゃちの動きはピタリと止まっていた。
「つ、つぶらさん」
 しゃちの足をつぶらがつかんでいた。
「まだ、あそべる?」
 よく見ると、つぶらの指は何本かひしゃげており、つかむというよりもそれは添えているだけだった。まだ遊べるかどうか見定めるためにすぎなかった。
 しゃちは片足をつぶらの手にのせると、じりじりと踏みにじった。しかし、つぶらに反応はなく、しゃちはつぶらを足で蹴飛ばして仰向けに転がす。
「せーのっ!」
 しゃちはまるでベッドに飛び乗る子どものような声を出して飛び跳ねる。
 何をしようとしてるか気づき、メアリはしゃちにつかみかかった。
「あはは、今度はお姉ちゃんが鬼??」
 しゃちはメアリの体をひらりとよける。
「歌が終わったら鬼交代ね」
 しゃちは後ろに両手を組み、目を閉じながらふんふんと鼻歌を歌いだした。
 召喚者の自分はまさか殺されないだろう。そう信じながらもメアリは手のひらに汗をかいていた。
 つぶらは辛うじてまだ生きているようで、メアリを見ながら、何かを伝えようと口をパクパクさせているが、ひゅーひゅーっとした息づかいだけが、しゃちの鼻歌に混じって聞こえてきただけだった。
 メアリはどのタイミングで能力を使うか迷っていた。
 変身してパワーを得ても、その風のような動きをとらえるには、もう少し、しゃちの動きを見ないといけない。
 しかし、歌が終われば、しゃちは容赦なくメアリに襲い掛かり、つぶらにとどめを差すだろう。
 メアリはしゃちに気づかれないように、つぶらの耳元ですぐに挑めない理由を説明した。
 すると、つぶらは何を思ったか、拳を振り上げると、先刻まで慈しむように撫でていたはずの自分のお腹を力なくたたいた。
「え?」
 目を丸くするメアリ。つぶらが何度かそれを繰り返すと、突如、つぶらの腹部は膨れ上がり、メアリが瞬きした次の瞬間には、真っ赤な血の塊を周囲にまき散らして、つぶらの腹部は破裂していた。
 その瞬間、しゃちの鼻歌が止まった。
 しゃちはけたたましく叫びながら、顔を押さえて転がっている。
 つぶらの腹部から飛び出したものが、まるで意思を持つかのように、しゃちの眼をめがけて跳んだのだ。
「な、何が起きてますの……」
 ピンポン玉くらいの何かが、紐のようなものを垂らしながら森の中を飛び交っている。
 思わずつぶらの方を見ると、つぶらの腹部から何か緒のようなものが、ゆらゆらと揺れながら森の奥へと伸びている。
 このピンポン玉サイズの何かこそ、つぶらの父親であった。つぶらの父親は胎児状の姿をした化け物であり、自分の血を分けた女性の体に寄生して、宿主にした体を強化することができる。
 しかし、つぶらの内臓は、しゃちが召喚された直後に既に潰されていた。本来であれば、パパはすぐにつぶらを守るため、しゃちに攻撃を仕掛けるはずであったが、つぶらの生命を維持するため、つぶらの体の外に出れない状態だった。
 それが、つぶらの腹部を破って外に出たのには、つぶらが自ら腹部をたたき、その戦う意思がパパに伝わったからであるというほかない。とは言うものの、寄生を解けば、つぶらは即死することとなるため、パパは苦肉の策として、寄生状態を維持したまま、お腹を破って外に飛び出したのだ。

 とは言うものの、これもイチかバチかであり、お腹を突き破ったことで、つぶらの内臓は四散してむき出しの状態となった。パパの能力で再生力を強化しても、助かる確率は五分以下だった。
 メアリはもはや生きているとは思えない状態でぐったりと横わっているつぶらを見る。
 この状況を作り出しているのは、つぶらの力なのだろうか。
 しかし、メアリの目にも事態が好転したのは明らかだった。
 しゃちは、自分の両眼を瞬時にえぐりとられたことに驚愕とも怒りともつかない感情により狂乱状態になっていた。まるで必死に母親を求める乳幼児のように、両目から血の涙を流しながらも、両腕で何度も空を切っている。
「つぶらさん、あなたの仕業ですの?」
 そう困惑しつつも、つぶらが作ったチャンスをものにしようと、メアリは拳に力を入れた。
 しゃちの心臓を貫く――その目標のために、つぶらと別れてから、何度も石に手刀を突き立て、しゃちの心臓を貫くべく練習した。
 メアリは能力「シンデレラ・プレリュード」を発動させた。メアリの手はみるみる鉄のように固く鋭くなり、その腕は、とても初等部3年の女の子のものとは思えぬほど、逞しく強く変わった。
「鬼ごっこは、お終いですわ……!」
 メアリがそう叫んで腕を振り上げると同時に、再び、森の闇から、何かが飛び出す。
 メアリの首元に伸びていたしゃちの手がその何かによって弾かれると同時に、メアリの手がしゃちの胸に吸い込まれるように埋まっていく。
 つぶらの父――ピンポン玉サイズのそれは、メアリの殺気に反応したしゃちが、メアリの首に手をかけようとしたのを見計らい、その腕を弾いたのだ。
 メアリの手がしゃちの筋肉や骨を切り裂いて心臓に到達する。そして、一瞬の間の後、メアリの手はしゃちの背部から外に飛び出していた。
 しゃちは、メアリによりかかるように倒れ、
「つかまっちゃった」
 と笑った。
 そして、何でもないかのように、自らメアリの手をつかんで自身から引き抜くと、ふらふらっと後ずさると背後にあった木にもたれる。
「次は、なわとびしようね。お姉ちゃん。」
 しゃちはそれだけ言うと、まるで雪が解けるように、血だまりだけ残して消えてしまった
 しばらく呆然としていたメアリは、はっとしてつぶらに駆け寄る。
 つぶらの開いたお腹の中から森の奥に伸びていた緒のようなものは、既につぶらの中に戻っていたが、生きてるかどうか、メアリには判別できなかった。
 そして、メアリは周りの死屍累々みて、ひとりうずくまって泣きながら助けを求め続けた。




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最終更新:2020年06月19日 20:59