【屋内グラウンド】その1「『姫代コレクション1』」
『姫代コレクション1』
登場人物
コレクター スクラップブックを持った少女。
三芳過去 死と引き換えに幸福をもたらす少女
◆TIPS 記録、『建武西国怪乱記』。
西国は三芳ヶ里に幸を流す女あり。
その涙、その叫び、その血、その肉、その命。
その慟哭が富と幸運を与える。
帝(注釈、後醍醐天皇)の皇子(注釈、護良親王)これを聞き大いに喜ぶ。
皇子、親征を行う。
三芳ヶ里に籠る賊徒の討伐がなされ血が流れ屍が数百を超える。
天下大乱し幕府滅亡す。
栄華の盃から零れる酒の如く、幸運は鎌倉より京へと移る。
北条が遺児。
楠一党。
帝。
それぞれが。
女を巡り争い血を流し。
栄華を得。
そして失う。
最後に足利がその女を得。
呪詛により縛る。
南北朝が終わり、足利の世が始まる。
女は傷幸の巫女と呼ばれた。
◆TIPS 記録、『大和風土妖説』。
座敷の女(ざしきのめ)。
泣き童(なきわらし)。
死なず首切り(しなずくびきり)。
三芳の禍幸(みよしのかこう)。
傷幸の巫女(しょうこうのみこ)
禍(か)を転じ幸(こう)と為す。
贄として捧げられた女の話。
またそれに類する説話。
それらが全国に散逸する逸話として残る。
◆TIPS 記録、『外楽騒擾典』。
流し生き雛。
持ち主の代わりに血を流し幸を運ぶとされる。
三芳藩に伝わる逸話。
三芳家に姫あり。
名を禍幸姫(かこうひめ)という。
その姫はいつから居たか解らず。
ただその部屋にいたという。
年に一度姫を殺し川に流す事で祭事とした。
殺された雛は数日後には神社の封室に戻るという。
其れは死なずの禍幸姫と呼ばれる。
現在、某県三芳村では雛人形を川に流す祭り『過去姫祭』として風習が残る。
一般的な流し雛と違い人形を刃物でボロボロになるまで刺したあと首を落として流している。
これは子供にかかる災いを雛人形が引き受けることで幸福を祈る為とされる。
◆TIPS 記録、『大日本帝国海軍呪祭祈祷分隊記録。』
これは米国連邦情報公開法(The Freedom of Information Act)による開示請求番号〇〇により秘匿年数期限切れとして公開されたものである。
この文章に関して全体文書の多くが欠落した状態で収集されており、その信憑性についてGHQ及びCIAは情報精度においてD以下と評価。
攪乱用の偽データか何かの一部であってこの文書単体では意味を為さないとしている。
追加調査の記録なし以下を公開する。
…。
件の女を軍事利用する方法の検討。
死なぬように体を切り落とし生きたまま丁重に封じた桐箱を搭載した戦闘機を特攻へと転用。
出征前に女と特攻兵に婚姻を結ばせる。
女が生きて苦しむ限りその所持者に砲弾は当たらず。
また敵艦で爆裂する事で我が国への幸運値を引き上げる事により多大な戦果を期待できる。
女が復活するまでの数週間の時間差を待つ猶予がなくなる。
殺す事で最大の効果を得られるが殺さないことでの運用が可能である可能性の検討。
事態は緊急を要する為、実験と運用を同時に行う事とする。
薬物の投与により精神と感覚の拡張を行う、これにより死と同等の苦痛を絶え間なく…。
これにより…最大効率での稼働…。
感覚の暴走…伝播…。
研究員の発狂…は…くる…し…うれ…し。
実験の失敗。
我々は間違エた…えた…ええええ…て。
◆シーン1『夕暮れの教室』
真っ黒な空間から、世界が白く染まる。
目を開けた時、過去の目の前には一面に広がる緑の草原が広がっていた。
少女…
三芳過去が呟く。
「いつもの場所では…無いですね」
過去はその場から動こうとせず、その場に座り込み、首を差し出すように頭を下げ、そして目を瞑った。
「皆が幸福でありますように」
「皆って誰の事?」
不意に。
ただ独り言として呟いた言葉について問われ過去は閉じた目を開いた。
草原は。
消え失せていた。
赤い光が窓から室内に降り注ぐ。
夕日、逆光。
時刻は夕暮れだろうか。
木と金属が組み合わされた小さな机、そして椅子。
それらが規則正しく並んでいる。
四角い部屋は片側に廊下、片側が窓。
後方に個人用の収納棚が設置されている。
前方は筆記用の板、以前は黒板だったが今はホワイトボードだろうか。
多少のスタイルの変化はあるがこの数十年で見るようになった光景だ。
「学…校?」
寝起きはいつもそうだ。
特に特別な目覚めの時、過去の記憶は混濁する。
子供たちの教育施設。
「ええ、そうよ。学校。正確には姫代学園似年惨組」
夕日を背に受けた人物が過去の呟きに答えた。
特に質問したわけではない、と思ったがそれを態々追及するのも憚られた。
逆光が眩しく顔がよく見えない。
「え…と」
誰だろうか、と。
その声に聞き覚えがあるか過去は思考する。
「今は放課後、午後五時もうすぐ下校時間なるわ」
チクタクと声の主は交差させた指先を回転させた。
時計の針を真似ているのだろうか、と過去は思った。
「たそがれどきの教室には私と貴女の二人きり。私は誰?貴女は誰?ふふ、これはそういうゲーム」
クスクスと笑う。
「だから、これは遊びなの、名前をあえて名乗らない、知っていてもね。誰が彼だかわからない。誰そ彼時のあなたとわたし。でもそれじゃあお話にならないから…」
声の主の顔がようやく見え始める。
逆光に目が慣れたのか。
夕日が沈んできたからなのか。
過去は目を細め相手の顔をのぞき込む。
ボリュームのある睫毛の下の切れ長の目は細く笑みを浮かべている。
瞳の色は深く、黒い。
だがその中に光り輝く何かが写っている気がした。
白い肌にほんのりと紅を刺したようなぷっくりとした唇がゆっくりと動く。
口の中で赤い舌が踊る。
ゆるくウェーブのかかった黒髪が夕日を弾いて光っていた。
「私、
コレクター。お話好きの蒐集家。だから
コレクター。どうかしら?そういう名前で」
「構わない、けど」
「ありがとう。じゃあ貴女は?」
「私?」
言われて過去は自分の手を、体を、窓に映る顔を見る。
女子高生といって服装。
それに若干の違和感を感じる。
着ている服が違う、でもこの場ではこれが正しいのかもしれない。
自由に動く手。
首筋と手首にうっすらと痣があったが。
何故かそれを見て安心する自分がいると過去は感じた。
「過去…」
「過去、良いわね。昔話や思い出話につながるわ」
「そういう事では…」
「でも、呼び方は揃えたいわ。ゲームだもの」
どうやら自分の名前を別の意味で受け取ったようだと過去は考えた。
「過去…パストってどうかしら」
「あの、えっと」
「まあ、気にしないで。この場限り、ちょっとした遊びの間だけの呼び名。親愛の証だもの」
そう言われては敢えて否定する事もできなかった。
◆TIPS『とある青年の手紙』
母様へ。
弟たちは元気にしているでしょうか。
私は無事訓練を終え任地へと配属される事となりました。
ご安心ください、即前線に投入されるという事は無いようです。
航空機操縦実技が上位であったため海軍へという話でしたが。
新型機の研究機関での試験操縦員への配置だそうです。
学徒動員と言われたときは心配したものですが、大学での成績が評価されたようです。
専門は違いますが一定の理解力と思考力そして文章力が必要とされているとのことでした。
近頃は特攻という話もありますが、そうではなく少し安心しました。
こういう事を書くと怒られてしまうかもしれませんね。
ですが、ここでの任務も国の為と思い誠心誠意働く所存です。
弟たちには心配ないようにとお伝えください。
また、異例ですが多少の給金を先払いで頂けたので書留で送ります。
少しでもお役立てください。
◆シーン2『誰かの話、彼の話』
コレクターはスクラップブックに綴じられた手紙を読み上げた。
「どうだった?」
「どう、と言われても」
過去の脳裏に何か少し。
「戦時中の家族への手紙というのは、基本的に検閲が入るのだけれど。末期ともなるとその人手も足りなくなって。意外と人間味のある手紙、というと失礼ね。要は、普通の手紙が残っていたりするの」
「他は違うの?」
「検閲にひっかかると国への忠誠を疑われるから。そうなると残された家族に不利益が及んだりする事もあったようね。だから基本的に国を称え勇敢に戦っているみたいな話の中にちょとした差し障りのない日常や近況を混ぜる。そういうテンプレ的な手紙が多いの」
「そう」
それは。
過去にとっては良くわかる話だった。
集団、多くの人間の為には少数の意思は重要ではない。
そしてその少数を無視していった果てには。
少数が積み重なった多数の意見すら失われ。
もはや誰のものか彼のものかわからない集団の意見が残るのだ。
「この青年将校は特殊な任務に就いていたこともあって、多少検閲に自由がきいたのかもしれないわ」
「何でそんな話を?」
「ふふ、寝る前に説明したんだけれど」
と
コレクターは意地悪そうに笑った。
小悪魔的とも言える可愛らしさがそこにはあった。
「これが、要点。黄昏は誰か彼かもわからない。だから誰か彼かもわからないお話をするのに丁度いい。それは本当にあった話?それとも誰かの作り話?そんなの誰も知らないわ」
「…」
「黄昏、たそかれ、誰そ彼。逢魔が時とも言うわ。あやふやな時間に真実も定かでないお話に興じる。そういう無駄な時間を過ごすって学生でないとできないと思わない?」
「あまり遅くなると怒られたり…」
「そう、何時かは終わる。でもいつ終わるか判らない。それもこのゲームのいいところ」
コレクターはクスクスと笑う。
少女特有の幼さと艶めかしい女の色気。
その間、子供でも大人でもない曖昧さは。
彼女の存在を朧気に魅せていた。
「でも、あまりにあやふやだと。面白くない」
スッとその口調が冷える。
「でも、それが面白いっていうんじゃなかった?」
「お話には少しスパイスが必要なの」
何故か。
その一言に過去の思考が揺らぐ。
それ以上。
聞きたくはない。
でも。
聞く必要がある。
「最上」
じゃらり。
鎖の音がする。
首が重い。
腕が重い。
首筋の痣が。
手首の痣が。
重い。
思い
想い。
「最上耕平、海軍呪祭祈祷分隊所属。特務少尉」
その名を。
笑顔。
聞いたとき。
手の温もり。
過去の。
優しい言の葉。
記憶が。
幸せな。
渦を巻いた。
◆TIPS『最上日記』1
母への手紙にはああ書いたものの。
漠然と安全を感じることはできない。
まず、この施設は正気ではなく。
我が国の現状をよく表しているといえた。
オカルティズムを戦争に利用して現状の挽回を図るなど。
それを提案する方もイカれているし。
採用する方も正常な判断を失っているとしか思えない。
明治の頃に御船千鶴子の透視実験が行われた際は。
超能力の科学的実証という側面があった。
それはオカルトへ科学の光を当てるという点では有用であったと思う。
その結果が悲劇に終わったとしても、少なくとも意味はあった。
だが、ここは。
オカルトが。
存在するものとして扱われている。
超力兵士。
神獣兵器。
怨霊爆弾。
そういうものを。
真面目に、いや狂ったまま研究している。
当然、それらは犠牲の上にだ。
私が明日配属されるのは運命勾配変速機構と呼ばれるシステムの調整らしい。
どう考えても狂っている。
だが、私はここに足を踏み入れた。
そうである以上成果を出さなければ次に実験体にされるのは私だろう。
私は、まだ死にたくはない。
被験体は少女だという話だ。
◆シーン3『黄昏の教室』
「か…あ」
過去の視界が揺れる。
吐き気がしたが。
胃の中に何もなければ嘔吐する事もない。
少量の胃液が涎と混じり口から垂れた。
最上耕平。
その名前が頭の中にちらつく。
「戦争って。お金が動くの」
コレクターは淡々と話す。
その部分にはまったく興味がないが必要だから話す。
そういう意思が口調に現れている。
「武器を買うのも。兵糧、つまり軍人の食料にも。もちろん給料だって払わなくちゃいけないわ。そういうのが一番大事だもの。もちろん研究にもお金は必要ね。より強い武器やその他にも色々な技術の開発は軍隊を維持し効率的に運用するのに必要だもの」
それは国であっても同じだ。
過去はそれを理解している。
そして、時として。
「たとえ余裕がなくなってきても。それは削るべきではない。でも」
そう。
余裕がなくても絶対に必要なものを。
人は削る。
「余裕がない。それを取り戻したい。だから、一発逆転の怪しげな部分にリソースを注いでしまう。賭け事にのめり込む心理と一緒ね」
「でも」
と今日初めて。
過去は自分の意思で会話を始めた。
「それが、確実に逆転できる手段だったとしたら?必要な犠牲を払えばそれを上回る幸福を得られたら?」
「ふふ、ふふふ」
「まだ、お話は途中です」
◆TIPS『最上日記』2
今日は彼女と外へと散歩に出かけた。
初めて会った時は精神が不安定で会話もかみ合わない状態だったが今はとても安定している。
数百年を生きている護国の巫女だというが。
私にはごく普通の感性をもった年頃の少女であるとしか思えない。
記憶の混濁により本人は自分の過去についての記憶が曖昧だというが。
本当にそうだろうか。
そう思い込まされているだけの。
ごく普通の少女を実験体にしているだけではないのか。
そういった疑念が常に付きまとう。
私の生まれた場所の話や日常の話など。
そういったなんて事のない話をとても楽しそうに聞いてくれる。
関わり合いを深めるべきではないのだろう。
◆TIPS『最上日記』3
前任者の記録を読んだ。
悍ましい実験結果だ。
彼女が本当に復活しているとするなら。
その精神がそのたびに崩壊しているとするなら。
私はそれに耐えうることができるだろうか。
彼女との会話はとても好ましい。
だが自分の任務を思うと。
後ろめたさが先に立つ。
◆TIPS『最上日記』4
彼女と婚姻を執り行った。
どうやら私も被験者となったようだ。
彼女の所有者としての登録。
信じがたいことだがこの研究所で行われているオカルティズム実験には。
一定の真実がある。
◆TIPS『最上日記』5
疲れがたまっているのだろうか。
体調があまり良くない。
だが任務を放棄することはできない。
母や兄弟たちの為にも。
しかし、彼女の表情はとても良くなった。
呪詛に塗れた儀式ではあるが。
婚姻という事自体が良く作用している。
彼女の幸福指数を上げてから殺害することでより高い効果を発揮するという事らしい。
仮初の幸福。
だが、それでも。
最近は真似事であっても夫婦として過ごす時間が私の精神にも安らぎを与えてくれる。
彼女の結末は哀れでならないが。
せめて自分も共に。
◆シーン4『陽が落ちる』
教室に差し込む夕日が真横に近くなり。
影は長く伸びていく。
影絵芝居のように。
壁に二人の少女の影が映った。
スクラップブックを片手に朗読する少女の影。
そして跪いて手で顔を覆う少女の影。
「泣いているの?」
「わからない」
と過去が答える。
おそらくは、と過去は思う。
これはかつての自分なのだろう。
膨大な死が
三芳過去という存在の歴史を蹂躙している。
望まれた死を受け入れるようになったのは何時のころからだろうか。
そもそも、それを受け入れたといっても良いのだろうか。
諦観は受諾ではない。
一人の死によって多数の幸福を得る。
自分の死が人の役に立つ。
その認識さえ受け入れられれば苦しみを多少なりとも軽減することができた。
だが、ごく普通の少女の精神はその醜悪な独善の押し付けとも呼べる暴力に耐えきれはしない。
で、あるがゆえに死によって彼女の精神は常に崩壊し記憶を消去している。
記憶を維持していては彼女は自我を保てないだろう。
「どうして…どうして私にこんな話を」
理由。
理由がわからない、と過去は思った。
過去に求められるのは死である。
それだけが、彼女が他者に求められる事だからだ。
「これは、そういうゲーム。そう説明したわ。夕暮れの、放課後の、学生の、他愛のない遊び。それに…」
「それに?」
「私は貴女を愛しているのよ、パストさん」
◆TIPS『最上日記』6
咳が止まらない。
吐く息に血が混じるようになった。
だが彼女とのひと時を無駄にすることはできない。
化粧というものを初めて行った。
顔色の悪さを隠せているだろうか。
せめて彼女の前では頼れる男でありたい。
彼女の表情は以前に比べて格段に良くなった。
語彙も増え、よく話す。
好ましい、と私は思う。
そんな少女に多数の人間の業を背負わせるべきなのだろうか。
私はもう、そのことがわからない。
◆TIPS『最上日記』7
彼女が泣いている。
私の看病をしながら泣いている。
ああ、そう悲しい顔をしないでほしい。
私は君と時間を過ごせて幸せだった。
そう伝えると、涙を流しながら彼女は笑った。
おそらくは、そうなのだろう。
今、彼女は眠っている。
泣き疲れて眠っている。
ここで彼女を殺せば。
この国は救われ私の病も治るのだろう。
研究施設はもはや動くものの気配は稀だ。
所長はまだ自室で蠢いている気配がある。
禍を幸と転じるならば。
幸を禍と転じるのも道理。
いや、この施設での過剰な薬物投与や短期での運用が。
彼女をそうさせてしまったのかもしれないが。
それが真実かどうかなど判るはずもなかった。
今までだれ一人として。
彼女の幸福を願う者などいなかったのだから。
だから、私は。
せめて私だけは彼女の幸福を祈ろうと思う。
たとえこの国が敗れたとしても。
それは彼女一人に業を背負わせてきた責任が返ってきただけなのだ。
日記は隠す。
ただ一筆の手紙だけを残そう。
◆シーン5『逢魔が時』
「耕平さん…ああ…耕平さん」
全てを思い出したわけではない。
だが、自分を愛してくれた存在を忘れていた自分が。
情けなく、悲しかった。
「悲しいのね。悲しい時は泣くものよ」
コレクターが過去の頭を抱いて優しくなでる。
偽りのない愛を感じる。
たとえその愛が歪なものであっても。
自分に向けられた愛であることを過去は感じていた。
ポタリと。
過去の顔になにかの液体が触れた。
見上げると
コレクターが血を流していた。
「な…なんで」
「パトスちゃんが幸せを思い出したから。周囲に禍が広がっているの。でも気にしないで」
「私が貴女を愛してあげる」
その言葉を聞いた瞬間。
学校がみしみしと軋み揺れる。
「私は、死んだのね。自分で」
「そう、誰かに害されたわけではなく。自分で命を断った」
「それでも、呪縛からは逃れられなかったのね」
「これは強い呪い、いえ願いだからね。みんなが願う幸福の願い」
ケホケホと
コレクターは咳をしながら話す。
その口から赤い血が滴っている。
「離れて、私のそばにいると死ぬわ」
「ふふ、死なないわ。死んであげない。それに」
「そ、れに?」
「最後のお手紙を読んでいないわ」
◆TIPS『手紙』
三芳過去様へ。
短い間でしたが私、最上耕平はとても幸福でした。
貴女と出会えたこと。
貴女と話せたこと。
形だけとはいえ貴女と夫婦であったこと。
そのどれもが私の幸福でした。
願わくば。
形式ではなく本当に伴侶となる事を許していただけないでしょうか?
私はこれから死ぬでしょう。
そんな男の我儘を笑って流してくださっても結構です。
勝手に死ぬ事をお許しください。
貴女の愛を幸せを受け止めきれなかった事をお許しください。
ですが。
ただ一言。
何度も伝えても冗談だと笑っていましたが。
愛していると。
それだけは本当であったと。
◆シーン6『ありきたりな結末』
愛されている。
その一言が過去の感情を爆発させた。
目の前にいる少女の愛も疑いようのないものだ。
「ああ、あああああああ」
「大丈夫」
残された右手で
コレクターはスクラップブックを開く。
「禍福は糾える縄の如く捻じれ裏返る。贄たる少女。嘆きの女」
世界が折り畳まれていく。
「悲鳴犬」
くぅーん。
犬が鳴く。
「足りないものは足せばいい。終わらぬ物語は混ぜればいい」
「一つで完全な物語など存在せず。創作とは空白を埋めるもの」
「その幸福は世界を壊さず。思い出を抱いて眠るといい」
「それは地の底に埋まり泣く者、だが一人ではない」
「三芳の姫は彼女を愛する者とともに死んだ」
「愛が呪縛を説いたのだ」
過去は何者かが肩に手を置いたのを感じた。
「ありきたりで陳腐だけれど、世界中にあるお話。誰もが求める物語」
「その結末は死であっても恋人を分かつことはない」
「世界中の人間がそう願うからこそ物語は生まれ、ただ一国の願いなど覆いつくす」
パタパタと世界が閉じる。
過去が振り返る。
そこには。
愛した、愛してくれた男がほほ笑んでいた。
「ありがとう」
最後に過去はそう呟いた。
◆シーン7『蒐集家(
コレクター)』
教室には他に誰もいなかった。
黒髪の少女がスクラップブックを片手に座っている。
とても愛おしそうに。
「『傷幸ノ巫女』、ハッピーエンドにするのは少し違うけれど。今までバッドエンドを繰り返してきたのだから。最後くらいはかまわないわよね」
クスクスと少女は笑った。
「また、いくつかの物語が閉じたわね」
少女が空を見上げる。
それは彼女にしか感知しえない。
無数の目がこの世界を覗き込んでいた。
「フフ…フフフ。いくつかは持ち帰らせてもらうわ」
少女は立ち上がり教室を出る。
「だって私は蒐集家(
コレクター)ですもの」
~了~
最終更新:2022年10月16日 20:39