【放送室】その1「8>@けの※△ちゃN」



&#KV わ、姫代学園第一放送室からやってきました。
チューニングは? チャンネルは? そのまま! 放送は私がお送りします。

はい、私です。私なんですよ、わたしワタシ。
この姫代学園にはたくさんの怖い話、怪談、都市伝説の類が伝わっているってのはみんな知ってるよね?
一説には七不思議が七個とも十三種類といいますか、それだけたっくさんの恐怖話が転がっているわけですよ。

殺し殺され、生首ころり。
そんな話が珍しくもない今日この頃ですが、みなさんはいかがお過ごしでしょうかー。
少女たるもの残酷でなければいけないというわけで、かく言う私も学園のアイ☆ドル鮫氷しゃちさんから、いっしょにRadioをしようぜ、という話を承ったものの、当日になってすっぽかされちまったぜ、えへ。

といったわけで、怪談話をしていこうと思います。
本題に入る前に、少しうんちくを垂らしていこうと思うんですけど、声だけの怪異って結構多いですよね。

メリーさんやさとるくんみたいな電話の都市伝説は代表例だし。
古くはショキショキ豆を研ぐあずきとぎにはじまって、トイレの花子さんは有名だよね。
有名なトイレの花子さんだけど、なんと戦後まもない1948年には報告例があるみたい。

それから全国津々浦々に広がって――、おかっぱ頭に吊りスカートのみんなおなじみキャラクターとしての花子さんは映画にもアニメになっていてみんなの頭の中にも住み着いていると思うわ。
だけどね、最初はコンコンコンと女子トイレをノックにして、はーいって返事を受け取るだけの現象に過ぎなかった。

おはなしとしても極めてシンプルなもので、そこから殺されるとか連れ去られるとか言っても所詮は後付け。
それ以上の広がりは持てないの。

日本国内では今も年間数例は花子さん由来といわれている失踪事件が起きているとされているけれど、それも眉唾ね。
なんでも私の友達の故郷である台湾にも同じ名前「花子さん」は伝わっているんだけど……。
漢字圏文化なだけに、向こうの名前に直されるかと思えば「花子(ホワツ)」、草花の「花」に、子供の「子」で、発音は違えど同じはーなこさんなわけですよ。

で、肝心の花子さんの台湾での犠牲者なんだけど。
ゼロだっていうもの。地域差ってあるよね。それとも在野の幽霊妖怪に圧されて外来の花子さんは本領を発揮できないのかな?

まぁいいか。
やっぱり物語ってものは具体的なエピソードがないとね。
というわけで、私の友達の〇×△■の話なんだけどね……。
これ言うとPardon? って聞かれるからもういっかい言っておきましょう、〇×△■
〇×△■〇×△■〇×△■、どう! いい名前でしょう?

もしよかったら、あなたも何度でも口の中で転がすといいわ。
声に出して言えば甘い味がするから。まるで口の中で飴玉をころころ転がすみたいに……、ね。
これは姫代学園に伝わる都市伝説のひとつ、転入生の「〇×△■」の名前を呼ぶと甘い味がする――よ。

在校生の名前を出すなんてやり過ぎだと思った? 大丈夫、本人の了解は取ってるから。
みんな、〇×△■〇×△■ちゃんの名前を呼んであげてね。
でも、アヤちゃんの名前は呼ばないでね、うふふ。

鏡の国のアヤちゃん、知ってるよね?
いま姫代で一番HOTな都市伝説のひとつだもの。
みんなが言うには、鏡の国から声をかけてくるアヤちゃんに何回か返事をしてしまったら鏡の国に連れ去られてしまったり、殺されちゃったりするんだとか。

どこかで聞いたようなおはなしね。
声はすれども姿は見えず、じゃなくて声がするから姿を奪われる。
なかなか洒落の利いたおはなしだとは思わない?

アヤちゃんアヤちゃんアヤちゃん、って私は何回でもいうけどね。
私? 私はアヤちゃんじゃないよ。
私がアヤちゃんだったなら、あなたはなんど私にお返事をした? 思い出してみるといいかもね。

そしてこの手の話は、花子さんと同じように三度ってお決まりがあるのだけれど、向こう側は人間なんかの事情を斟酌してくれるのかなあ。きっと怪しいものね。
有名な小泉八雲ののっぺらぼうの話は二回だし、相手が狸だったから気絶するだけで済んだ。

でも、たとえ狸のいたずらでも三度目だったとしたどうかしら?
一度だとパンチが弱い、二度だと偶然だと肝の太い人なら言い訳できる。
三は、安定した数字、聖なる数字でトリニティ。

三回ってのは言い訳のできない数字であり、死に至るための数字なのかもしれない。

七月。
お昼休みに彩志井(あやしい)さんが〇×△■ちゃんは声をかけたわ。もちろん名乗ることは忘れない。
彩志井さんは中学二年生、高等部に足を運んだから、印象的だった大きな瞳を不安でうるませていたかもしれない。
〇×△■? 〇×△■ちゃんは真っ赤な制服を着ている変わった女の子なの、頬杖をついて体重の幾分かを机に委ねていた。

そんな派手な格好をしているのに、〇×△■ちゃんには不思議と生命感がなかった。
そうね、彼女の周りからはそこだけ周囲の喧騒がぽっかりと不思議な静寂に包まれていたの。
空調の効いた教室の中で、人工の風の音がよく、聞こえた。

「はい、わたしになにかご用でしょうか?」
〇×△■ちゃんは答えた。
だけどね、彼女は不吉なの。だって、赤いし。
顔の半分がしな垂れかかった柳の葉のような髪に隠されて、さやさやと揺れた。

「あの、〇×先輩は霊について詳しいって聞いて……」
霊に詳しいって公言する人はこの学園では珍しくない。
ただ、霊のことを積極的に知ろうとする人はおススメできない。
なぜなら、この手の怪談、特に都市伝説の類は口伝えに「感染」することが多いから。

少し古いかもしれないけど受け取ってしまうことがイコール不幸になる「不幸の手紙」はいい喩えね。
知らなければ、関わらなければ、そもそも害が及ぶこともない、というのも浅はかな考えだけど。
だから詳しいとか言っている人たちの何割かは誰かに呪いを押し付けようとしている輩だったりするの。
その点で〇×△■ちゃんはちがって、自分からなにができるか、なにをしたかを吹聴したことはなかったりする。

「助けてください」
「わかりました」
いたって簡単なやり取りだった。

〇×△■ちゃんはね、自分からほかの人をどうこうしようとは考えないの。
だってね、人が生きようとするのか死のうとしているのかはその人の口から聞いてみないとわからないもの。
だって彼女は生きようとするものの味方で、死にたい人にとっては敵でも味方でもないのだから。

だから、彩志井さんからその言葉を聞いて〇×△■ちゃんは即座に立ち上がったわ。
今にも泣き出しそうな彩志井さんのことが不憫に思えたのも、多少はあるのかもしれない。
そうと決まれば話は早かった。

大丈夫、学内では彩志井さんの噂は有名だから。
なんでも彩志井さんと同室だった久遠寺さん――、怪談や都市伝説が大好きでたまらない久遠寺綾乃が遺した、彼女が失踪に至るまでの記録が学内に出回ってしまっていたもの。

総文字数3421文字のファイルが、ね。
そこには、久遠寺さんが姫代学園の怪談『鏡の国のアヤちゃん』に興味を持ち、調査を進めていった記録が綴られていたの。そして同室の彩志井さんの呼びかけと共に消息を絶ったのが7月9日のこと。
久遠寺さん、年頃の女の子らしく自己顕示欲は強い方だったから、彼女の足跡を辿るのは簡単だった。

アクセス者が限られている裏サイトに頼るでもなかったから、誰が彼女の記録をばら撒いたかは定かでないの。

じゃあここからが本題。
これで彩志井さんがこの世に存在しない人間、怪異、久遠寺さんのイマジナリーフレンドの類だったら話は早かったんだけどね。残念ながら彼女の両親は健在だし、戸籍にもちゃんと載ってる。
目立った既往歴や病歴もない、いたって心身ともに健康な姫代生よ。

彩志井という姓の少女は、ここにいる。

じゃあ、どうなるかって?
言うまでもないわ、少女とは残酷な生き物だから。
彩志井さんがアヤちゃんなんじゃないかって学校中で噂が出回ってしまうのに、一週間もかからなかった。

「そもそも彩志井さんが一番怪しいよね、だってアヤちゃんだし。噂の出元もその子ってのがわかりやすいよね」
「夏休みを挟めば噂が途切れるから、久遠寺さんに気付かれたと同時に仕掛けたんじゃない?」
「えー、久遠寺綾乃も『あやの』で『アヤちゃん』だよね、単に返り討ちに遭ったんじゃない? めでたしめでたし」

もっとひどい話も流れた。これはその一部よ。
死人に口なし、おっと失言かなあ。まぁいいや。
反論のできないことをいいことに、久遠寺彩乃こそが怪異だと断じる者さえ現れた。

「そもそも、『鏡の国のアヤちゃん』の犠牲者って本当に出てるの?」
「ひめしろ新聞は久遠寺さんが最初の犠牲者だっていってるけど」
「アレって公称五万部だったっけ? ずいぶん盛ったねー」
「だけど、うちの新聞部の出すやつが下手な地方紙より売れてるのは確からしいよ。久遠寺さんもバカだねー、自主出版部じゃなくて新聞部に持ち込めばよかったのに」
「しょせんは中嬢だし転入生だからその辺の事情がわかんなかったんじゃないかな、というかミルさん、あんた下の名前『アヤちゃん』じゃなかった?」
「ソレついでで飛ばせるハナシじゃないよね、やめてってば!」

ゴシップというのは、嘘か本当かわからないからこそ面白い。
新聞が売れるからと煽り立てるものもいた。
覚えておいてね? 怪談や都市伝説は娯楽だけど、たとえそこから本当の犠牲者が生まれたとして、大多数の無関係な人たちにとっても娯楽であり続けるということを。

だからね? 彩志井さんの耳元にこうささやきかける声がいたのかもしれない。
「次の行方不明者が出れば、無実が証明されるよね?」
ってね。

カノジョ、はっとして後ろを振り返ったわ。
そこには鏡があるだけだった。泣きそうな顔をした自分の姿が映ってた。
もしかしたら、それは鏡の中から呼び掛けてくるアヤちゃんの声だったのかな?

それとも……、いいえ。彩志井さんはその先、心に思ったことを口に出していわなかった、けっしていわなかった。
あはは……なーんだ、私がアヤちゃんだったんだ……って言ってしまえばすべてが終わってしまう気がしたから。
怪談の踊り場、大きな姿見、背中を談笑する女子中高生たちが通り過ぎてく。

「血の跡を隠すため、だなんてみーんな噂をするけれど、あれはね……」
「血はどす黒く変色する。血を溶け込ませるためには黒じゃないといけない」
「だから、あれはもっと危険なものを隠すためなの」
「もしくは、私は危険なモノですよと周囲に示すための合図なのかもしれない、〇×△■先輩って……」
赤は危険信号、なんてね。

今度は関係のない話だった、この学校には怪談が多いけど大半は聞き流せるもの、今もそのはずだった。
なのに最後、聞きなれない言葉がどうしても耳に残ってしまったの。
〇×△■……?」
その言葉はするりと、舌先から飛び出した。喉は乾いていたけど、唾液が漏れた。
ごくりと飲み込むと、それこそ不自然なまでに甘ったるい味がした。

それが今、彩志井さんが〇×△■ちゃんの隣にいる理由。
なにせ見た目が見た目だから、目立つでしょう、ものすごく。
見つけるのは簡単だった。頼み込むのはもっと簡単だったってことはさっき言った通りよ。

だからふたりは歩いてるの。少女らしく、てくてく歩いてるの、
道すがら、モーセの奇跡みたいに人並みが分かれていくのがわかって彩志井さんはなんだかちょっと楽しくなった。
〇×△■ちゃんは白手袋をしているし、わたしに触らないでほしいといわんばかり。
触れ合うことに関してだけはやんわりとした拒絶の色を放っていたことは確かだったけれど、すこしだけ緊張の糸はほどけていった、錯覚だったけど。

違うわ、錯覚じゃない、だって聞き間違いは三度も起こらない。
「中等部D年@組の彩志井さん、至急第一放送室にまでお越しください。繰り返します、至急――」
その声はきっかり、三度の繰り返しをすると、ぶつりと切れた。

途端。
〇名ちゃん、〇名△■ちゃんは放送を聞きながら「はい!」、「はい!」ってうなづきながら足を速めたわ。
もしその放送の主がアヤちゃんだったら、死んでたのかもしれない。だけどね、〇名ちゃん大きな声で叫んだの。

それと同時に〇名ちゃんは、そうとは構わずに、冷たい白哲の面を小揺るぎもさせることなく、彩志井さんと足並みを揃えることをやめた。〇名ちゃんはいった。冷たく、死人のように凍えた手のひらを口元に寄せながら。
「静かに、口をつぐんで、わたしのうしろに、ついてきてください」
って。

たった今アヤちゃんの渦中にある彩志井さんを呼び出すにはあまりにもタイミングが良さすぎる?
いいえ、よりにもよって〇名ちゃんと一緒にいる今になって呼びだすのは間違いなく悪手。まるで焦っているみたい。
だけどね、彩志井さんはね。真っ青な顔になって駆けだそうとした。
放送主が誰かは、顔色が告げているようなものだった。

だからね。結論から言えば、〇名ちゃんは機先を制したわ。
「まっていてください、うずくまってください、なにも喋らないでください」
彩志井さんに向かってそういうと、後ろ手に防音の効いた緞帳じみた厚い扉をバタンと閉めたの。
器用に鍵をかけると、そこには鏡が待っていたわ。

誰が置いたのか、出会いがしら飛び込んでくるのが、大きな姿見というのもきっと出来すぎでしょ?
薄暗くオレンジ味がかかった、ぬるい空気の室内で真っ先に眼前に飛び込んできたのはボリュームのつまみが脳裏に浮かぶ、お馴染みの、だけど名前も知らない機材じゃあなかったの。

だけどね、そこにはね。
あなたはお呼びじゃないんですよと、言わんばかりに誰も写っていなかったわ。
本来ならそこに“ある”ハズの星名△■ちゃんの鏡像がね、なかった。

彩志井さんはアヤちゃんだけど、あなたはアヤちゃんではありません。
つまりはそういうこと。
星名ちゃんの納得を待たずにして、再度の放送が流れたのは間髪入れずにだった。

ところで、この姫代学園では第二放送室も存在するわ。
最近新設された第二放送室はアフレコやレコーディングに使うスタジオも併設されていて、朗読同好会も声楽部も使うし、そんな彼女たちが引っ張りだこなの。
そんな部室で怪奇現象が起こったら、さすがに彼女たちが気付くはず。

だから必然、音がしたのは、声がするのは第一放送室のことだった。
「中等部D年@組の彩志井さん、至急自主出版部部室にまでお越しください。繰り返します、至急――」
星×ちゃんは鏡から視線をそらさずに、いた。なにも見逃さまいとするようにガチャガチャと鍵をいじる。

でも、開かないの。
目の前のマイクからは吹きかけられた吐息の音、きぃんというハウリング音がするの。
でも、誰もいないの。

声はすれども姿は見えず。
その王道を前に、星名ちゃんは、星名△■は絡め取られてしまったようだった。
鏡から目をそらせば、アヤちゃんと思しき何者かは私を背後から襲うだろう。

そして、ついさっき会ったばかりのわたしより、彩志井さんは久遠寺綾乃の声を取るだろう。
予想が予感に変わり、そして予知になるだろう。時間はない。意を決する時間さえなかった。
だから、星名△■は、おのれの藍の瞳をぐちりとつまんだ。

最初から意を決していた星名ちゃんはね、機械のチューニングを変えるようにしてぐりんと回したの。
肉の音がしたわ、鉄の音じゃないよ。
でも鉄の匂いはしないよ、血の気配はしたけれど。

青く澄んだ、死んだ海の色のように美しく澄み切った瞳から変わって。
赤く凝った、黒く塗りつぶした画用紙もかくやという赤く紅く朱い瞳が現れる。
藍い瞳の少女から、紅い瞳の少女へと。

元からオレンジ色に染まっていた第一放送室は、だから彼女の目を通して赤色に塗り替わる。
都市伝説『赤い部屋』をご存じ? ドアの鍵穴を通してみた部屋が真っ赤だったのは、覗き返してくる幽霊の女の瞳もまた真っ赤だったから。
赤いフィルターがかかっていたから、って後になってからわかる怖いおはなし。
よって赤い瞳の少女に見つめられたここは赤い部屋になる、星名ちゃんの私室になる。

目の前に立つ鏡に映った影がどこかたじろぐのが見えた。
そこから動いたのは、星名ちゃんの方が早かった。

「わたしの名前は藍*@(ラン・/Y国ろ)です」
そう言いながら、鏡に黒く変色した液体を塗り付けるの。
「RA」って。

「わたしの名前は藍&T(ラン・=U)9)です」
そう言いながら、鏡に黒く変色した液体を塗り付けるの。
「RA」って。

「わたしの名前は藍A>(ラン・A7ん)です」
そう言いながら、鏡に黒く変色した液体を塗り付けるの。
「RA」って。

なんども、なんどもおんなじことを言いながら、鏡に黒く変色した液体を塗り付けるの。
「RA」って。

「RA/АЯはわたしのイニシャルです」
ダメ元だったことは認めるわ、星名ちゃんは、自分の台湾名が「R.A」であることに気づくと、それが鏡文字で「АЯ(アヤ)」になることを最初から気づいていた。
そして鏡越しにいる何者か相手にはAЯと伝わることも……。

「Я(ヤー)」、それは実在する文字で、ロシア語などで用いられる。
そしてそれ単独の意味は「私」、自分のこと。
ついでに言うと、黒く変色した液体は血の成れの果て、かつて星名紅子に流れていたもの。

「わたしが『アヤちゃん』です」
「わたしが『アヤちゃん』です」
「わたしが『アヤちゃん』です」
何度もなんども、なんどもなんどもなんども、なんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんども……。

連呼したわ、連呼したわ連呼連呼連呼したわ。

するとね、だんだんと鏡に写った影がわかりやすく像を成していくのよ。
ふと、首に圧迫感を感じた星名ちゃん、いやこの場合は藍ちゃんかな? がじっと鏡を凝視するとなんと鏡に映った自分の鏡像が何者かの手によって締められているの。

でもね、藍ちゃんはやめなかった。
何度も何度も、首の骨が折れそうになってもがんばったの。
「わたしが『アヤちゃん』です、あなたは『アヤちゃん』ではありませんね?」「ちがうよ」
「わたしが『アヤちゃん』です、あなたは『アヤちゃん』ではありませんね?」「ちがうってば」
「わたしが『アヤちゃん』です、あなたは『アヤちゃん』ではありませんね?」「ちがう!!!」

果たして、鏡に映っていたのはアヤちゃんと、その首を絞める久遠寺綾乃さんだった。
だって、鏡の国から見た鏡の世界の住人がアヤちゃんになっちゃったもの、いち引くいち足すいちわ、いち。
星名ちゃんであり、藍ちゃんであり、そしてアヤちゃんでもあるモノは、首が半ば折れかかっていることを気にもせず、にいと笑うと、たじろぐ久遠寺綾乃さんのことを鏡の中から引きずり出した。

もっともこの世でありふれた鏡は何だと思う? ガラスの鏡、それとも水鏡かな?
私はちがうと思う、それは生物の瞳。目は心の鏡ともいうもの。
鏡の向こうから見つめ返す何者かがいることを『アヤちゃん』は気づくべきだった。

それから、気絶させた久遠寺さんをそっと床に横たえると、外に誰もいないことを確認して放送室がすっかり換気されたあとになって、アヤちゃんはマイク越しにゆっくりと呼び掛けたわ。
「彩志井さん、ゆっくりと第一放送部にまでお越しください。久遠寺さんがお待ちです。繰り返します……」
今度は「はい」といっても「いいえ」とかえしても、誰も異界に連れ去られることも殺されることもなかった。

――と、いうわけで私の話は以上よ。

無理筋でごり押しだとは認めると、星名紅子ちゃんはいったわ。
自分の力で世界を塗り替えたと言っても限度はあって、ぶっつけ本番の賭けだったとも。
でも、私にはわかるわ。鏡の中の世界だなんて勝手に定義するのも、そっちに住んでる君たち人間の勝手な理屈だもんね。鏡の中に世界が本当にあるのかもしれない、鏡に映った像に怪異と呼ばれるものが宿ったのかもしれない。

その辺りは、ご想像にお任せするわ。
でもね、アヤちゃんはいるの。
鏡の中からアヤちゃんはいなくなったからもう『鏡の国のアヤちゃん』はこの世にもあの世にもどこにもいない。
それだけは保証するんだけど、さっきから言っている通り『アヤちゃん』を構成するなにかを星名紅子ちゃんは受け継いでしまった。だからね、『星名紅子』を知らない誰かが呼ぶときは『アヤちゃん』って呼びたくなるの。

もし興味があるのなら声をかけてみるといいわ。
あなたが生きたいと思っているのなら親身になって相談に乗ってくれると思うから。

ああそれと。
「久遠寺綾乃さんが鏡の中の異世界から生還したんだってー」
「でも右利きだったのが左利きになったんだって」
「え、それって入れ替わっただけじゃないの?」
「あたしは久遠寺さんが鏡に映らなくなったって聞いたけどなー」

とか語っている姫代学園の生徒諸君、好き勝手にやるといいよ。
それを聞いた久遠寺さんや彩志井さんがどういった行動で君たちに報復に出るのか、楽しみでならないから。
え? 彼女たちはそんなことをしない? どうかなー、君たちの言っていることが本当なら久遠寺彩乃は異界からやってきた住人だよ? 私としては、どっちでもいいんだけどね。

ハァ……どっちでもいいわ、私には関係ないわ。つまんないし。
ああそう、つまんないつながりだけど姫代学園には「アヤちゃん」と呼びうる生徒と教師が二十三名いたんだ。
もちろん、藍ちゃんみたいな無理筋じゃなくて久遠寺さんや彩志井さんみたいにするっと読める範囲内で。

そして、久遠寺さんが失踪する前に表沙汰になっていなかった数名の行方不明者の名簿の中にしっかり「アヤちゃん」は入っていました。
このことから、この『鏡の国のアヤちゃん』を仕掛けた術者にとっては、ほか二十二名を巻き添えにしてでも消したかった「アヤちゃん」がいたんだと星名紅子は推測を立てているんだけど、本人としては別に深掘りするつもりはないらしいの。だからつまんない話。

はぁい、本当に以上です。
あんなことがあったわけだし、いい加減古くなったことも確かなのでもう使われなくなった「第一放送室」から私がお送りしました。
それと、話の中で「綾志井さん」さんのことをさんざん呼び捨てにしちゃったことをどうか許してね。

さg;jmら。
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最終更新:2022年10月16日 20:48