【体育館】その1「ハレの日アルバム」
「ザ☆学園祭ッ!」
「耳があああ!」「神星うるさーい!」「音量下げろ!」「翠っちステイ!」
「そして私がぁ!」
「鼓膜があああ!」「神星おちつけえ!」「声デカすぎ!」「翠っちおすわり!」
「学園祭実行委員んゲホッゴホッガハッ喉が!喉がああああああ!」
「公共の場所で絶叫してはいけませんよ神星さん」
大絶叫の余り【法に入れば法に従え】に引っかかり喉を抑えて教室をのたうち回る神星翠の前に現れたのは小柄な非常勤講師、合法律子であった。小学生と間違われる体格ながらも、生徒を注意する様はすっかり教師として馴染んでいた。
「げほ、げほ…で、でもせんせえ、姫代のお祭り女たる私が学園祭でテンション上げなくてどうするんですか」
「いや今日は準備日だし」「まだ始まってないし」「おまえ祭りじゃなくてもテンション高いだろ」「そもそもテンション上がったからって大絶叫するんじゃない」「しっかりしろ学祭実行委員」「だからって当日マイク持って歌おうとするんじゃないぞ?フリじゃないぞ?」
周囲からの総ツッコミを喰らう
神星翠は、開催を明日に控えた姫代学園祭実行委員の一人であった。ちなみに当日の配置は各種店舗等が事前申請通りに営業しているかどうかの見回りである。
(まったく微笑ましいわね)
律子は姫代学園全体に漂うどこかそわそわした空気を感じていた。律子が姫代学園に在籍していたころはこういうお祭りは積極的に参加する性質ではなかったが、教師という学園祭の中心から外れた立場で若者が青春を謳歌しているさまを見てみると、こういうお祭りもなかなか良いものと思われた。
しかし学園祭という時にただ教師として楽しんではいられない。もともと姫代学園に潜入した目的である失踪事件の調査。学園祭という皆が羽目を外す機会に犯人が動く公算は高い。
(さてはて、変態魔人程度ならどうとでもなるけども…)
律子はいくばくかの危機感を覚えていた。近頃の姫代学園は多目的ホールで爆発が起きたり、変態魔人が湧いたり、放送室で妙に汚れた鏡が発見されたり、生物室で大量の血痕が見つかったり、怪しげな口裂け女の噂が立ったりしたくらいで、全くもって平穏そのものであるが、だからといって安心してよいわけではない。
(ここまで巧妙に隠れているとなると、本物のオカルトだったりするかもしれないし…)
【法に入れば法に従え】が全く犯人の手掛かりを捕まえない現状を考えると、ルールに縛られない本物のオカルトの可能性は無視できないほどに高まっていると、律子は考えていた。
(と、なると…誰か腕っぷしの強い人に一緒にいてもらった方がいいかな…中払さんみたいな、腕っぷしが強くて、私があちこち嗅ぎまわることに疑問を持たず、学園祭であちこち見まわっていても違和感がないような人がいてくれればいいのだけど)
そんな都合のいい人がいるわけが―
「先生先生先生!その表情はなにかお悩みですか!パワーと活力とテンションが有り余っている学園祭実行委員の私にお任せあれ!さあ!さあ!さあさあさあさあさあ!」
いた。
…
……
………
ハレの日が、やって来る。
…
……
………
「おはようございまああああす!」
「神星さん、おちついておちついて」
学園祭当日。律子と翠は今まさに祭りが始まろうとしている姫代学園で出会った。
これから二人は学園祭を見て回る。名目上は学園祭実行委員と教師として学園祭を見回り祭りで浮かれた生徒のルール違反を摘発するというものだが、律子の目的は失踪事件の犯人を探ることであったし、翠は完全に浮かれまくっている。
「おっまつり♪おっまつり♪」
翠が纏う『学園祭実行委員』と大書されたTシャツは全体がパステルカラーの水色と橙色と黄緑色の模様で覆われ、浮かれてくるくると回る翠を一層浮かれさせていた。ついでに着痩せの翠の体形をいつもの制服よりも際立たせていた。幼児体形の律子の胸中に些かの寒風。
それはさておき。
『あー、テステス、学園祭実行委員長の出飯 此処茸です。えー、本日はお日柄もよく、晴天に恵まれましてええーいめんどくせえええええ祭りじゃおらあああああてめえら全員騒げええええええ!』
「「「「うおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」
「「「「祭りじゃああああああああああ!!!」」」」
「「「「ほげええええええええええええ!!!」」」」
「「「「騒げええええええええええええ!!!」」」」
「「「「いぇああああああああああああ!!!」」」」
「「「「無礼講だああああああああああ!!!」」」」
「「「「おびょおおおおおおおおおおお!!!」」」」
今日は祭りの日。地獄の窯の蓋も開く。
…
……
………
「こんにちわーっ!学祭実行委員でーす!おなかへったああああ!」
「ここは何のお店かしら、申請している限りでは食べ物の屋台みたいですけど…味噌汁みたいな?」
律子と翠が最初に訪れたのは、校庭にずらりと並んだ簡易テントの屋台の一つ。なにやら大きな鍋を用意しているが…
「やーすいません!まだ学祭始まったばっかりなんで食材が来てなくて!」
「あーホントだ!申請にも『食材は当日現地調達』ってなってるー!」
「あらら、それは残念」
「10時からのセイブツ部の出し物がうまくいけばこっちにも食材回って来るかとー!」
「わかりましたー!またあとできますー!」
「セイブツ部の出し物は…なるほど、後で見ようかしら」
「へーい実行いいーん!うちの飴買ってけよー!」
「あー!飴!買うー!」
隣の屋台の呼び込みに応じて、ぴょんぴょんと跳ねていく翠。極彩色の棒付き飴を豪勢に2本買って口に含む。
「えーとここのお店は…あれ、申請書類が読めないわ、なんて書いてあるの?」
「■■■■■■■■■です!」
「なるほど全然わからないわ」
これでは書面に起こしても読めないのはしょうがないわね、と納得する律子。
私にも一本ちょうだい、と飴を買って口に含む律子。なるほどこれは■■■■■■■■■だ、と改めて納得する。
「あ、先生!ステージが始まりますよ!体育館でやる奴!」
そう言って翠が指さした先は体育館。入り口には『世紀の一戦!双頭地獄犬VS機械化古代武者』の看板が掲げられていた。
『さあ開戦の時が迫っております!改めまして実況は私三度の飯より野次馬したい放送部危険人物隔離班の車部栗がお送りしております!さあ解説の桑椎さん、この一戦どう見ますか?』
『そうですね、黒魔術部の召喚したオルトロスは紛れもないギリシャ伝説の魔獣ではありますが、この東洋の地で完全召喚は難しいでしょう。本来よりもやや型落ちと見るべきです。対する考古学研究会とサイボーグ同好会の合作、サイボーグ古代武者は地元の怨霊がベースということでオルトロスと比べて大分格は落ちますが、地元補正とサイボーグ化のアドバンテージがあるので総合的には五分五分といったところではないでしょうか』
『ここで黒魔術部と考古学研究会双方の代表にお話を聞いてみましょう!』
『考古学研究会会長の撥当です』
『撥当さん、今回の意気込みは!』
『そうですね、今日のために部員総出で古墳を掘り返して調達してきた怨霊ですからいかなオルトロスにもそう劣るものではないと自負しております。そこにサイボーグ同好会の支援も得られましたから。どっちが格上かわからせてやりますよ』
『自信満々のコメント、ありがとうございます!対する黒魔術部代表の落沈田さんにもお話を聞いてみましょう!』
『アバー…アバー…………』
『ダメですね!黒魔術部が召喚の代償により全員廃人化したという噂は真実だった模様です!』
『しかしそれだけオルトロスが強力ということでもありますからね、身をもってその力を示していると言えましょう』
『なるほど!双方ともにますます期待が高まりますね!』
体育館内特設ステージ…もとい柵で囲われた原始的なリングの中にはいずれも厳重に封がなされた2つの大きな箱が置かれている。御札がべたべた張られているのがサイボーグ古代武者の入った箱で魔法陣が刻まれているのがオルトロスの入った箱なのだろう。学園祭屈指の大型イベントなのか、体育館は満員の客で埋め尽くされていた。
「あと五分!あと五分でチケット〆切るよ!」
「オッズは!」
「犬と武者がそれぞれ1.3と1.5!」
「犬一枚くれ!」
わやわやと騒ぐ人だかりの中、2人もそこに混じっている。
「先生、どっちに賭けますか?」
「そうねえ、オルトロスじゃなくてケルベロスなら黒魔術部に賭けたのだけど…これは考古研かな」
ボン。
「およ?」
「何の音?」
爆破されていた。オルトロスを収めた箱と、サイボーグ古代武者を収めた箱と、それらを囲っていた柵が。
つまり。
『あーっと!脱走!脱走です!双方とも開戦前に脱走!そしてこちら実況席の方に怒りと空腹を滾らせたオルトロスがウギャアーッ!』
「やべえええええええ!」「ウギャアーッ!」「俺の賭け金!」「グワーッ!」
突然の大パニック。オルトロスがそこらじゅうの人間に手当たり襲い掛かり、サイボーグ古代武者が電磁改造ブレードをやたらめったら振り回す。その胸部がパカリと開き、中から怨念ミサイルが放物線を描いて飛び出し―
「文化祭実行委員ッ!見参!」
中空で翡翠色の炎を纏った人影に弾き返され、サイボーグ古代武者に返却着弾。爆発。たまらずたたらを踏んで後ずさるサイボーグ古代武者。
「文化祭実行委員の名の下に……えーっととりあえずやっちゃうぞー!」
敵を認識したらしいサイボーグ古代武者が電磁改造ブレードで翠に斬りかかる。しかし当たらない。運動性能の差だ。【元気ハツラツ☆さわやかパワー】がもたらす知覚能力と機動力は生半可な攻撃ではとらえられない。
「くらえ見様見真似拳法っぽいパーンチ!」
ガゴン!という轟音とともに掌底を喰らったサイボーグ古代武者の腹部が凹む。しかし腐ってもさすがは古代の怨霊といったところか、なかなかタフだ。
「ヴォグルッルルルルァ!」「うわ、こっち来た」
そうこうしている内に、オルトロスが律子の方に突っ込んできた。しかし律子は慌てない。
「オルトロスと言えば、クレタ島でゲーリュオーンの牡牛を守る番犬のはず。…こんなところで油を売っているのは番犬としてルール違反ね」
「ギャイーン!」
ルール違反を指摘され、【法に入れば法に従え】にこの場に存在していることそのものを咎められたオルトロスが苦痛にのたうち回る。
「先生ナアアアアアイスですうううう!」
その声が聞こえたのは、上空。見上げると手にした銀色の剣でサイボーグ古代武者の四肢を落とした翠が、そのままサイボーグ古代武者を持ち上げて大跳躍しているところだった。
「ダンクシュウウウウウウウト!」
バゴォン!という轟音と共にサイボーグ古代武者とオルトロスの頭部が強かに激突し、そのまま沈黙した。
「決まったッ…我ながら花丸満点文化祭実行委員働き……ッ!」
「残念ながら満点じゃないわね」
「なっなんでですかあ!?」
律子はフッ、と笑うと後方を指さした。
「脱走を画策した犯人のことを忘れていては、満点は上げられないわね」
律子が指さした先には「うぎゃあああああ逃げようとしたらいきなり足があああああ」と転げまわる男の姿があった。
「あー!チケット売ってた人!」
「試合をうやむやにして賭け金を持ち逃げしようとしたのね。せっかくのお祭りの日にこすいことを考えるものねえ」
「ぐぬううう…見落としてた!」
『えーちょっと死んでました!念縛霊にジョブチェンジした実況の車部栗です!世紀の一戦を実況するまでは死んでも死ねません!さて戦況は…』
「もう終わったわ。死者は現世にとどまらないのがルールってものよ」
「私が勝ちました!」
『そんなあああああぁぁぁ…………(成仏)』
実況霊の成仏と共に、少し弛緩した空気が周囲に満ちた。この場の誰もが騒動の収束を感じていた。
「さて…と、アクシデントはあったけれど、一件落着ね」
「とりあえずこの脱走計画犯を文化祭実行委員の処刑隊に引き渡してきますねー」
『ピーガガガ…………自爆シーケンス、100%……』
「え?」
「あれ?」
すでに沈黙していたと思われたサイボーグ古代武者が、赤光とともに膨張し…
「「爆発オチなんてサイテー!!!」」
ぼかーん。
…
……
………
「…………」「…………」
もぐもぐ。
「…………」「…………」
もぐもぐ……ずずずずず。
「…………」「……っぷはー!んまい!おかわり!」「かしこまりー!」
翠からお椀を渡された店員が、具沢山の汁をよそる。時刻は夕刻。学園祭もたけなわ、爆発で絶賛炎上中の体育館から響く重音楽部の演奏が遠く聞こえる。体育館での大立ち回りを経た二人は、爆発に巻き込まれたもののただでさえ癖毛の髪がさらに縮れたくらいで済んだ。ちなみに飴を買っていなかったら即死だった。
「はいよー!現地調達汁いっちょお待ちー!」「わーい!」
店員からスープを受け取った翠が、小躍りしつつ律子の隣に腰かける。
そしてひょっこりと問いかけた。
「ね、先生。先生。」
「…なあに?」
「学園祭、楽しんでます?」
その質問に、律子はぐい、とスープを飲み干して答えた。
「ええ。とても…とっても楽しいわ」
「それはよかったです!今日は皆で一緒に楽しむお祭りの日ですから!」
「神星さんは、いつも楽しそうよね」
「ええ、でも―今日は、みんなが私みたいに楽しそうで、何よりです!」
律子は目を細めて祭りの景色を見た。
笑顔の学生。笑顔の親子。笑顔の■■。
セイブツ部の実験によってごぼごぼと湧き出て来る暗紫色の触手。想定以上の触手の勢いに吹き飛んで四肢が弾け飛ぶ生徒。湧き出て来た触手を切り刻んで鍋に入れる屋台。おいしいスープ。極彩色のスイーツ。蛍光色の錠剤。浮かれてひとりでに走り出す車。脳漿を撒き散らしながら絶叫するバンド。その絶叫に全身を溶融させる観客。堂々と生徒を喰い殺す羆。幽世からやって来た魑魅魍魎のパレード。ロシアンルーレットを繰り返して首無しになった一団。首が無いと収まりが悪いのでとりあえず足をくっつけたら変になって仲間と大笑いする男。サイボーグ愛好会の辻キメラテック。騒ぎに惹かれてやってきた野生の暴れ獅子。対抗して自己改造する機械羊。なぜか教室の窓からあふれ出るマシュマロの奔流。
笑顔。笑顔。笑顔。笑い声。皆一様に楽しんでいる。
「ええ、ええ…そうね、お祭りは皆が一緒に楽しむものだもの」
そこまで言って、律子は気が付いた。
「…神星さんは、毎日こんなに楽しいんだもの。ちょっとずるいわ」
「えへへー!それが取り柄なもので!」
にへら、と笑う翠が、律子はたまらなく可愛かった。どうやら私は思ったよりも生徒に愛着を持っていたようだ、と僅かに驚く。
(…………あれ?)
なんで、ソンナコトを、思ったんだろう。
私は、私は…
このお祭りがたまらなく楽しくて。
姫代学園の教員として、生徒がに愛着があるのは当然で。
何か私はそうでないなにかがあっただろうか?
ただ、何も気にせずにこのお祭りを楽しめばよい。それがルールだ。
ふと、バッグの中に入った何か分厚い書物に手が触れた。
それで、辛うじて思いだした。
「……帰るわ」
「えー!」
立ち上がると、翠がさみしそうな表情で引き留める。その顔を見るとここに留まりたい気持ちがむくむくと膨れ上がって、それ以上に恐怖した。
「ごめんなさい!私、帰らなきゃ……」
「そんなああああ、せめて日が暮れるまで居てくださいよう」
ダメだ。ここにいちゃダメだ。なにか致命的なことが起こりつつある。背後から呼ぶ声に全霊で抗いつつ、ふらふらと歩き出す。出口。出口はどっちだ。
「強引な引き留めは―ッグウ!?」
「先生!?先生大丈夫ですか!?」
【法に入れば法に従え】を発動した瞬間、律子の全身に体験したことがないほどの激痛が走った。
ルールがおかしくなっている。他ならぬ律子自身が認識するルールが。
「先生!先生!大丈夫ですか!?」
「う、ぐ…大丈夫、大丈夫だから…!ごめんなさい!私帰らなきゃ!」
なんとか制止を振り切って歩き出す。
酷く気分が悪い。出口は。出口はどっちだ。
周囲は笑顔。笑顔。笑顔。
楽しい楽しいお祭りの景色。
楽しまなければ。
一人だけが楽しんでいない。
ルールは、違反者を許容しない。
…
……
………
結果から言うと。無我夢中で逃げ出した
合法律子は、なんとか日常に帰還した。が。
「…………」
手元の分厚い書物をぺらぺらと捲る。なにやら細かいことがずらずらと書いているが、律子にはそれが読めなかった。識字能力を喪失したわけではない。読めども読めども、意味不明の文字列としか認識できないのだ。
「…………」
ぱたん、と書物を閉じて、表紙の文字を見る。
「ろく…ほう、ぜん…しょ…?」
立派な装丁の、少しだけくたびれた書物だ。どうやら自分はこれを常日頃から持ち歩いていたようだが、開いて見ても全くわからない。
…合法律子は、ルールの認識が出来なくなっていた。法学者としても、魔人能力者としても、致命的な傷だった。強い光を直視して目が潰れてしまったように、彼女のそこは焼き切れてしまったのだ。今の彼女にわかるルールはただ一つ。
祭りを、楽しむこと。
彼女の心はハレの日に囚われたままだ。
世界が全然楽しくない。祭りをやっていないから。
姫代学園の上層部から送られてきた、潜入の任を解く旨が書かれた書状は封すら開けていない。
…
……
………
幽世 旧校舎にて
「あ、先輩!こんばんわー!」「ああ、君か…」
相変わらずの神星翠と、もはや突っ込む気が失せた蓮柄円はいつも通りに出会った。
「どうしたんですか先輩、浮かない顔して?」
「いや、ここしばらく嫌な気配がして…ちょっと隠れていたんだ。そっちは大丈夫だったかい?幽霊の私が本能的に保身を選ばざるを得ないくらいには、おっかない気配だったけれども…」
「学園祭やってました!」
「がくえんさい?」
「はい!学園祭!すくーるふぇすてぃばるです!」
「んんん…そういやこの季節か…まあ私の気のせいだったならいいけども…」
釈然としない様子ながらもまあいいか、と流した円は、とりあえず世間話にシフトする。
「学園祭、楽しめたかい?君は祭りなんかなくても毎日楽しそうだけども」
「はい!学祭実行委員として!みんなに楽しんでもらいました!」
「…………待て、『楽しんでもらった』のか?君が?祭りで?」
「はい!」
「君の『楽しい』が他の人と共有されたのか?」
「…?まあそんな感じです!」
「………………………」
円は天を仰ぐ。最も見えるのは旧校舎の天井であったが。
「…………祭りというのは、非日常的な体験を共同体全体で『共有』するものだ」
「?」
「君の見る世界を、みんなで共有してしまったのか?」
「…………?すいません先輩!難しい話わかりません!」
円の顔は、影になってうかがい知れない。
「………………いや、いい。私にも怖いものくらいあるさ。この話はここで仕舞いだ」
「???」
ハレの日の思い出は、アルバムの一頁。
地獄の窯は、閉め忘れ。
最終更新:2022年10月30日 21:49