虚無と爆炎の使い魔-06


 ――第6話――

「け、決闘って……突然何を言い出すのよ!そんなの駄目に決まってるじゃない!」
「る、ルイズの言う通りさ。そんな暴力的事をしたって解決にならないだろう?」
 ハドラーの決闘発言からようやく立ち直った二人は、矢継ぎ早にハドラーへの抗議を開始する。しかし。
「おい聞いたか?決闘だってよ決闘!」
「『青銅』のギーシュ対『ゼロ』のルイズの決闘かよ!こりゃ面白くなりそうだ」
「ばっかお前『ゼロ』じゃ相手にならないだろ!」
「はぁはぁ決闘だって?ルイズの身悶える姿が見れるなんて今日はなんてツいて(ry」
 妙に興奮したマリコルヌが卑猥な想像をする前に、ルイズは拝借したワイン瓶で殴り倒した。直後に、どこからかやって来た「衛生委員」と書かれた腕章を付けた生徒達が、汚物を扱う様な手つきで、マリコルヌを焼却炉がある方向へと引き摺って行く。
 その光景を眺め、ああ燃えるゴミだったのね、と妙に感心したルイズだが、はっとして、かぶりを振る。今はそれどころじゃ無いのだ。
 とにかくも、当事者達の意向などお構いなしで盛り上がっているギャラリー達に、ルイズとギーシュは、すっかり混乱していた。そんな二人にハドラーが声を掛ける。
「……不満の様だな」
「当たり前でしょ!」
「あら、あたしはいい考えだと思うけど?」
「「え?」」
 突如した別の声にルイズとギーシュは振り向く。そこにはギャラリーを掻き分けてやって来るキュルケとタバサの姿があった。
「機嫌は直ったようね、ルイズ。あんまりストレス抱え込むと、成長が止まるわよ」
「大きなお世話よ、キュルケ。で、これのどこが『いい考え』なのかしら?」
「逆に聞くわよ。決闘の他にこの騒ぎを止める方法はあって?ついでに言えば、その場合どちらかが折れる必要があると思うんだけど?」
 その言葉に二人はうっ、と黙り込んだ。どちらの主張も『貴族』という言葉がきっかけだ。お互い折れる気は全く無いだろう。だからこそ決闘で白黒付ければいい。そうキュルケは続けた。
 「で……でも、貴族同士の決闘は禁止されている筈だろ?破れば当然の如く罰則が待っている様な状況でわざわざやる必要が無いじゃないか」
 おずおずとギーシュが言う。その意見にルイズも黙って同調した。キュルケの言う事には確かに一理あった。それでも尚、躊躇う理由はそれだ。
 だが、キュルケはそんなギーシュの言葉はまるで無視すると「出番よ」とでも言いたげに、ハドラーに頷き掛けた。それを受け、ハドラーが、ずい、と前に出る。
「では変わりに俺が戦おう」
「はい?」
 ギーシュが何とも素っ頓狂な声を上げた。
「主と使い魔は一心同体……だそうだな。つまりは、主の侮辱は俺への侮辱。決闘には十分な理由だろう?使い魔が相手なら、何も問題はあるまい」
 そう言って何とも邪悪な笑みを見せたハドラーに、ギーシュは心の底から震え上がった。この危機をどう脱するかと、薔薇色の頭をフル回転させる。
「よ、よし!……わ、分かったよ……る、る、ルイズ……き、君に、け、け、決闘を申し込む」
「ちょ、ちょっとギーシュ!」
 突如意見を翻した事に、ルイズは抗議するも、ギーシュは全く取り合わない。と言うか聞いてすらいない。いつも女の子とのロマンスを想像している筈の頭は、その培って来た豊かな想像力によって、ハドラーと対峙した自分がミンチと化す光景が何度も再生されていた。
 ――あの悪魔と戦って無惨に殺されるぐらいなら、罰則が付いても『ゼロ』と戦う方がよっぽどマシだ――
 この先生きのこる為に、ギーシュが出した結論である。
「悪いがもう決めた事だ。周りもすっかり賛同している事だし、今更取り消しは効かないよ。……ヴェストリの広場で先に待つ。準備ができたら来たまえ」
「待っ……」
 ルイズが呼び止める暇も無く、素早く踵を返したギーシュは、そそくさと立ち去ってしまった。呆然としているルイズの後ろで、キュルケ達とハドラーが楽しげな声を上げる。
「中々の手際だったな」
「どういたしまして♪こんな面白そうなイベント、中止させてたまるもんですか」
「全裸で待機」
「……あんた達……」
 耳に入って来る言葉の数々にルイズはぷるぷると拳を震わせていた。


 ギーシュが去ったしばらく後、しん、と静まり返った食堂にて、ルイズ達は佇んでいた。
 あれ程いたギャラリー達はすっかり姿を消していた。皆ギーシュの後を追い、ヴェストリの広場へと向かったのである。
 開けっ放しのままになっている入り口から、心地良い春の空気が流れ込んで来た。大人数が会するこの部屋では、衛生上の観念から、風の魔法によって定期的な空気の循環が行われているのだ。
 そんな穏やかな空間の中、残った者は皆思いのままに行動していた。当事者のルイズと、自分のせいでこうなったと思い込んでいるシエスタは、ひたすらあわあわとし、その様子をハドラーは黙って、キュルケは面白がって見ている。
 タバサは、ようやくご飯が食べられる、とばかりに自分の席へと歩いて行った。どうやら昼食にあり付けなかったのは、ルイズだけではなかったらしい。
「でも正直な所ギーシュの相手をするには難しいんじゃないかしら」
 無人のテーブルに腰を乗せると、何の気無しにキュルケは呟いた。それを耳聡く聞きつけたルイズは、壮絶な顔をしながら、キュルケの頬を引っ張る。
「あれだけ!煽って!おきながら!それを!言うのか!この口は!」
「ひょ!はにふふのほふいふ(ちょ!何するのよルイズ)」
「ふふはいふふは~い!!(うるさいうるさ~い!!)」
 負けじと反撃したキュルケによって、途中でルイズも同じ声になった。両者ともそのまま手を離す事無く、は行を駆使しての激しい論戦が繰り広げられる。
 いい加減、収まりの付かない二人に、やれやれと、止めようとしたハドラーだったが、その前に二人に割って入った人物がいた。
「も、申し訳ありません!!」
 シエスタである。いきなり、沈痛な面持ちで自分達に謝罪を始めたメイドの少女に、ルイズとキュルケは呆気に取られた。
「何で謝られたのかしら?」
「さあ?」
 互いの顔を見合わせながら疑問を浮かべる二人に、おずおずとシエスタが発言する。
「わ……私が、瓶なんか拾ったのがいけなかったんです。そのせいで、お二人にまでご迷惑を……」
 あくまで自分のせいと言い切るこの生真面目な少女に、何となくバツの悪くなった二人は、こめかみを掻いた。ため息を漏らしてシエスタに告げる。
「貴女のせいじゃないわよ。言いがかりを付けたのはギーシュだし、それに首を突っ込んだのはこのルイズ。謝る必要なんて無くってよ」
「何か引っ掛かる言い方だけど……まあ、そうよ。アンタは自分の仕事をしただけだもの。怒られる理由も謝られる理由も無いわ。あとは私とギーシュの問題よ」
「で、ですが……」
 尚も引き下がろうとはしないシエスタにルイズは「あ~もう」と頭を押さえる。
「だからもういいってば!平民の暮らしを守るのは貴族の義務よ!私はそれを守っただけ!アンタは何も悪い事なんかして無いんだから……」
 はっきりとした口調でルイズが言い放った。
「だから、そんなに卑屈になる必要は無いの。もっと自分と、自分の仕事に誇りを持ちなさい。私と……アンタが傷つけられた名誉はきっちりあいつにお返ししといてやるわ」
 ルイズの発言に、シエスタは呆気に取られた顔をした。ここに来て以来、自分にそこまで言ってくれた貴族など、皆無だったからである。
 一方のルイズも困惑していた。たまたま関わっただけの平民に、ここまで言ってやる義理など何も無い筈だ。
 ただ……と先程の光景を思い出す。衆人の中でたった一人、孤独に怯えていた姿が、『ゼロ』と蔑まれる自らの境遇と、どこか重なったのだ。シエスタに放った言葉は、自分に対してのものであるとも言えた。
 ――そうね。時には、戦わなければいけない事だってある、か。『ゼロ』で無い事を証明する為に――
「決闘……受けるわ」
「もう受けてるでしょ?」
 寝ぼけたの?と呆れた様子のキュルケに、ルイズは落ち着き払って言い返す。
「違うわよ。『自分の意志』で決闘を受けるの。さっきまでは、先生方に言って、止めてもらおうか、とも考えてたけど……今は、そう決めたわ!」
「そう。で、勝つ方法はあるの?」
 キュルケの鋭い指摘にルイズは「うっ」と言葉に詰まる。決意はしたものの、それだけではギーシュの操るゴーレムには勝てない。
 一体どうすれば、と唸っているルイズの前にハドラーが顔を見せた。
「……アンタの力は借りないわよ」
 気配を感じたルイズは、自分の使い魔の顔を見もせずに言い放つ。気分を害する事も無く、ハドラーが頷いた。
「分かっている。獲物を掠め取る様な真似をするつもりはない。ただ、主の『力』について説明せねばならん」
「え?」
 突如告げられたその言葉でルイズが顔を上げると、いつの間にか数歩先の位置まで移動していたハドラーが顎をしゃくる。どうやら付いて来いとの事らしい。
 急いで後を追い掛けるルイズの背中越しに「あの!」と声が上がった。振り向くルイズにシエスタが大声を張り上げる。
「ミス・ヴァリエール!私……何もできませんけど……応援します!ですから、頑張って下さい!それと……どうか無事に、戻って来て下さいね!」
 何の含みの無い、純粋な応援。その声に力をもらった気がしたルイズは、貴族らしい上品な仕草で頷いた後、再び駆け出した。


 ヴェストリの広場は、五芒星を描いた魔法学院の一角を担う、『風』と『火』の塔の間にある中庭である。西側にある広場なので、日中は太陽があまり差さない。
 当然、普段は人の気配などあまり無いのだが、こと今日は違った。決闘の噂を聞きつけた生徒達で、広場は溢れかえっていたのだ。
 その中心に、この決闘の主役である三人の姿があった。20メイル程の距離を空けて対峙しているルイズとギーシュ、そして、その二人の真ん中の位置で審判を務める、ハドラーである。
「諸君!け「決闘だ」
 皆の注目を集めようとしたギーシュのセリフはハドラーによって遮られた。うおッーと歓声が巻き起こる中、薔薇を掲げたポーズのまま虚しく固まっている。
「どちらかが負けを認めた時点で決着としよう。勿論、相手が死んだり意識の無くなった場合もだ」
 ハドラーが説明したルールに、ルイズとギーシュの身体が強張る。こんな決闘で死ぬなど笑えない冗談だった。
「では、始めい!」
 ハドラーの合図で二人が杖を構えた。まず動いたのはギーシュだ。杖を振って、薔薇の花びらを一つ舞わせると呪文を唱える。
 たちまち花びらが、大人程の大きさもある、戦乙女をかたどった青銅の像へと変化した。
「ご存知の通り、僕の二つ名は『青銅』。僕に代わってこの『ワルキューレ』がお相手するよ!」
 髪を掻き上げながら、ルイズに、というよりは周囲にアピールする形でギーシュが言い放つ。
「随分と余裕そうじゃない?」
 正面に構えたまま、油断無く、杖を握り締めたルイズが冷ややかに言う。
「当たり前さ!『ゼロ』を倒すのに全力を出す必要なんかあるのかい?」
 そう返答し、嘲笑を浮かべた。「違いない」とギャラリー達がどっと沸く。
 ギーシュは上機嫌だった。決闘の話が出た時は思わず狼狽してしまったものの、考えてみれば相手はルイズである。
 魔法の失敗による爆発は警戒すべきだが、碌にコントロールができない事は今までの授業で十分分かっている。自分が負ける要素など何一つ無かった。
 ――これだけの観衆の中で活躍すれば、モンモランシーだって、きっと僕に惚れ直す筈さ―― 
 群集の中にいるモンモランシーの姿を確認したギーシュは、そんな考えに浸っていた。


「あのバカ……また変な妄想してるわね」
 こちらをちらちらと見つめて来るギーシュに、モンモランシーが呆れた様子で呟いた。そのまま大きなため息を吐く。
「相手は『ゼロ』のルイズなのに……。勝てば自分の株が上がるとでも思っているのかしら?」
「思ってるんでしょ?だってギーシュだもの」
「キュ、キュルケ!?」
 突然上から降って来たキュルケ(とタバサ)にモンモランシーが驚きの声を上げた。
「人垣を掻き分けるのも面倒だったしね『フライ』で飛んで来たのよ」
「そんなのは分かってるわよ。それよりどういうつもり?貴女が焚き付けたらしいじゃない」
「あら、決闘を持ち出したのはルイズの使い魔よ?私はそれに協力しただけ。それに了承したのはギーシュじゃない」
 涼しい顔で反論したキュルケにくっ、とモンモランシーが歯噛みする。それに構わず、キュルケは腕を組むと、はしばみ草を抱えているタバサに訊いた。
「さあて、どうなる事かしらね?」
「ふん、どうせルイズが降参して終わりに決まってるでしょうよ!魔法も使えないくせに調子に乗るからこんな事になるのよ」
 代わりに答えたのは憮然とした表情のモンモランシーだった。それにキュルケが肩をすくめる。

 ――まあそれが妥当な意見でしょうよ。私も同感……昨日まではね――

 内心でそう思いながらキュルケが横目でタバサを見る。いつも変わらない無表情。だがその目は真剣な様子である。
 意見は同じみたいね。キュルケはそう判断すると、真ん中にいるルイズを見て、微笑を浮かべた。

 ――さあ、私のライバルに相応しいかどうか。ここが正念場よ、ルイズ――

「じゃあ、とっとと終わらせるとしようか。行け!ワルキューレ!」
 ギーシュが杖を振った。途端、ただ立っていただけの青銅の像は、意思を持ったかの横に動き出した。軽く人間の全速力ぐらいはあるスピードで、一直線にルイズの元へ向かって行く。
 同時に呪文を唱え終わったルイズが杖を振った。
「無駄さ!君の魔法は、てんで的はず……れ……?」
 ギーシュの軽口は最後まで続かなかった。ルイズの失敗魔法による爆発は、ギーシュのゴーレムの上半身を正確に破壊していたのだ。
 足だけのガラクタとなった像は、よろよろとバランスを崩すと、派手な金属音を立てて地面に倒れ込んだ。

『…………』

 ヴェストリの広場が妙な静寂に包まれた。つい先程には思いもしなかった光景に、何度も目を擦る者までいる。
「おい……今のって……」
「ああ、ギーシュのゴーレムが一撃……だったよな?」
「嘘だろ?あの……『ゼロ』が!?」
 周りがひそひそと囁き始めた。それを聞いたギーシュが、はっ、と我を取り戻す。
「は……はは……偶然ってのは恐ろしいね。何万分の一くらいの幸運が、たまたま舞い込んだって訳かい?」
 若干引きつった顔で笑いながら、ギーシュは再度、ワルキューレを錬成した。
「ま、まあそれもここまでさ。奇跡は二度も起こりやしない。今度こそ……終わりさ!」
 ギーシュが再びワルキューレを向かわせる。だが――
「な、何だってええええ!!」
 悲鳴に近い声をギーシュは上げた。ルイズが唱えた魔法は、またしてもワルキューレを正確に撃ち抜いたのだ。
 ――いけるわ!これなら!――
 周りから続々と驚きの声が上がる中、静かにルイズは確信した。食堂を出てからのハドラーとのやり取りを思い出す――


 ハドラーの後を追ってルイズが向かった先は、ヴェストリの広場とは反対方向にある中庭だった。普段なら、大勢の生徒達の憩いの場となっている筈だが、今日に限っては誰もいない。皆決闘騒ぎで出払っているのは明白だった。
「では主よ。あれに魔法を当ててみよ」
 立ち止まったハドラーが指差した先には、少し大きめの石が転がっていた。距離的にはわずか10歩程である。『ファイヤー・ボール』の魔法なら目をつむっていても命中するだろう。そう思いながらルイズは集中を始めた。
「ファイヤー・ボール!」
 呪文が完成し、ルイズは高らかに叫ぶ。当然の様に失敗だった。火球はおろか、てんで見当違いの所で爆発が起きる。
 ムキになったルイズは何度も繰り返すが、石には全く当たらず、周りの地面にクレーターを作るだけであった。
「だめよ……やっぱり成功しないじゃない……」
 ルイズがぺたんと尻を着く。だがハドラーは何一つ動じない顔で、ルイズに告げた。
「次だ。主よ。今度はあの石を『爆発』させてみよ」
「……爆発?」
 妙な事を言い出したハドラーに思わずルイズが聞き返す。
「そう。爆発だ。呪文は何でもいい。だが、ただひたすらあの石を破壊する事をイメージするのだ」
 再度立ち上がったルイズが、ハドラーに言われた通り集中する。

 ――爆発……爆発……あの石を……破壊する!――

 ルイズが魔法を唱えた。すると――

「あ……当たった!?当たったわ!」
 粉々になった石を見て、摩訶不思議、と言った顔のルイズにハドラーは、やはり、と納得の表情を見せた。
「どういう事なのハドラー!?説明して!」
 ルイズが息せき切って問い掛け始める。目を閉じたハドラーは、たっぷり間を置くと、重々しい様子で口を開いた。
「……爆発は魔法の失敗に依るものなどでは無い。あの爆発こそが主の魔法なのだ」
「爆発の……魔法ですって!?」
「そう、主のそれはれっきとした『攻撃魔法』だ。それに気付いたのは昨日。契約での戦いの時だがな」
 ハドラーの手が自身の胸の傷に触れる。昨日の戦いでルイズの攻撃を受けた箇所だ。
「あの時、興味を引かれた俺は、主の魔法をずっと観察していた。最初は威力も距離もばらばらな、不安定な魔法だと思ったが……時間が経つに連れ、ある共通点を見出だしたのだ」
「共通点?」
 おうむ返しに聞いたルイズにハドラーが頷く。
「うむ。それは、『自らの身が危機に晒された時に限り魔法が命中する』という事だ。思い出して見るがいい……俺に爆発を当てたのはどの様な時だったか。俺が両手を広げ、一気にケリを着けようとした時では無かったか?」
 淡々としたハドラーの口調。ルイズがはっとした顔をする。確かにその通りだった。
「俺に一撃を当てた時、ピンチを切り抜けようとした時、主はこう思っていたのではないか?『何でもいいから爆発しろ!』とな」
「……そう!そうよ!確かに思っていたわ!!」
「……主の爆発がどの系統とやらに含まれるのかは分からん。だが主の得意な魔法は『爆発』である事に間違いはないだろう」
 ルイズの心臓が跳ねた。まさか、と思いに、震えながら声を上げる。
「じゃ……じゃあ……今まで魔法が……ううん、爆発がコントロールできなかったのって……」
「そうだ。主が爆発を忌み嫌い、否定して来たからだ。魔法は集中力。雑念があっては本来の効果は望むべくもない。……主が魔法を唱える度に思ったであろう成功のイメージ。それこそが雑念の正体だ」
 ルイズが足先から崩れ落ちた。


 ハドラーの言葉に、ルイズは今までの事を思い出す。『ファイヤー・ボール』を唱えようとした時は杖から火の球が生まれるのを想像していた……。『錬金』を唱えようとした時は、目の前の石を金属に変える事をイメージしていた……。
 全てハドラーの言う通りだった。何もかもその通りだった。倒れた姿勢のままのルイズが、乾いた笑いを上げる。
「は……あはは……そ、それって……全部無駄だったって事じゃない……今までやってきた事……何もかも……みんな」
 悲痛な、搾り出す様な声で、ルイズが静かに絶望する。
 朝から晩まで数え切れない程魔法を唱えた事もあった。魔法理論の本を何ヶ月もかけて丸暗記した事もあった。
 追い掛けても追い掛けても、得られなかった。それでも、諦め切れなかった。努力さえすれば、いつかきっと、報われる。周りに責められる度、嘲笑される度に、そう自分に言い聞かせ、寝る間も惜しんで研鑽に励んだ。
 だが、それらの全てが、今、無駄だと解かったのだ。答えはスタート地点にあった。自分がやって来た事は、その真実から遠ざかるだけのものだったのだ。
「……何でなのよ」
 突然――ルイズが立ち上がった。その顔は幽鬼さながらである。すっかり血色を失った手で、震えながら杖をとると、その先端をゆっくり、ハドラーに向けた。
「何でそんな事、私に言ったの……。答えてよ」
 搾り出す様な声。それでもハドラーは答えない。その態度にルイズがカチンと来た。
「答えなさいって言ってるでしょう!」
 激昂したルイズが、叩き付ける様に杖を振る。爆音が響き、ハドラーの兜が粉々になった。
「あ……」
 剥き出しになったハドラーの顔を見て、我に返ったルイズが青冷めた表情になった。身体中から力が抜け、杖が頼りなく地面に零れ落ちる。
「ごめ……んなさい……ごめんなさい……」
 謝罪の言葉を繰り返すルイズの目から、つ、と涙が糸を引いた。足が鉛になったかの様に、その身体が再度、頼りなく地面に付く。
 そのまま、しばらく動かなかったルイズだったが、やがて、ぽつりと言った。
「……本当はね、薄々気付いていたの。もしかして自分は、爆発しか使えないんじゃないか……ってね」
 ルイズがハドラーの方を向く。先程とは打って変わり、嵐が過ぎ去った後の様な、静かな表情だった。
「知ってる?自分の得意な系統の呪文を唱えた時って、体の中に何かが生まれて、それが体の中を循環する感じがするんだって。そのリズムが最高潮に達したとき、呪文は完成するんだって言われているわ」
 言って、にっこりと微笑む。感情の感じられない、空虚な笑いだった。
「私にはそれが無かった。けれど、今まででも爆発が起こった時、ごく稀に、何かを感じた時があったの……。嬉しかったわ。次こそは成功するに違いないって。本気でそう信じては……裏切られた」
「たまたま、爆発が成功していたという訳か……」
 ハドラーが冷静に推察する。ルイズは黙って首肯した。
「今思えばそうだったのね……。あの時の感じ、さっき石を破壊した時と、同じだったわ。ほんの少しだけ何かが沸き上がって消える……そんな感覚」
「だがその感覚に疑問を覚えた……」
「そう。でも……決して認めようとはしなかったわ。自分が人と違うだなんて思いたくなかったし、何より……『ゼロ』を受け入れたく無かった」
 笑みを浮かべたまま。ルイズは言った。死神が死を告げる様な声だった。
「でも、それも、昨日で終わり。……今日からは、めでたく『ゼロ』のルイズを拝命しなくっちゃ、ね」
 あはは、と軽く笑った後、再び俯いたルイズが、突然歩き始めた。今にも消え入りそうな、頼りない足取りで、ハドラーの元に到着すると、しがみつく様にハドラーのローブをきつく、きつく掴む。それっきり、またも動かなくなったルイズだったが。

「う……」

 ぽたり、とハドラーのローブに、何かが落ちる。……ルイズの、涙だった。

「う……あ……うぁ、うわああああああああんんん」

 ハドラーが静かに視線を外す。それを機にしゃくり上げたルイズは、ただひたすら、赤子の様な泣き声を上げ続けた。


「落ち着いた様だな」
「……うん」
 10年分は泣いたのではないかという程、涙を流し尽くしたルイズは、ようやく顔を上げた。同時に、自分が今握り締めている物の存在に気が付く。
「ご、ごめんなさい!」
 顔を真っ赤にしたルイズが慌ててローブから手を離した。涙で濡れた裾を大して気にする様子も無く、ハドラーが問いかける。
「よい……。それより、どうするのだ?」
「……決闘は、受けるわ」
 それだけ言うとルイズは黙ってしまった。決闘は当然受ける。ギーシュのやった事は許せないし。あのメイドの娘との約束もある。ここで逃げる事は、自分の中にある『誇り』が許さない。
 ――だけど――と、ルイズは繋げる。自分が最も腹を立てた理由。肝心の、『ゼロ』の汚名を晴らすという事は、できなくなってしまった。――何より、自分自身で、認めてしまった……。
 決闘に勝っても、負けても、自分には『ゼロ』の名は付いて回る。なら、結果は同じ事ではないのか?
 そんな、投げやりな思いでルイズが立ち尽くす。すると、ハドラーが静かに口を開いた。
「少し、俺の話をしよう」
 え?とルイズは顔を上げた。出会ってまだ1日しか経っていないが、この男は自分の事を話す様なタイプではないと思っていたからである。
 ルイズが黙って聞く体勢になると、おもむろにハドラーは切り出した。
「俺が別の世界から来た事は昨日話したな?……かつての俺は、人間達と敵対していた。魔界の王バーンの配下の一員として、世界を支配しようと目論んでいたのだ」
 さらりと、とんでも無い事を言い出したハドラーに、ルイズは呆気に取られた。突拍子も無い話だったが、実際ハドラーの威厳や実力を前にしては、本当にも思えて来る。
「……あの頃の俺は、人間など取るに足らないものだと思っていた。だが、奴らの存在が、俺の考えを覆す事になる」
「奴ら?」
「教室で話した連中の事だ。奴らは俺が倒した、ある人間の弟子達だったのだ。仇討ち、使命感……様々な感情が、ひ弱だった奴らを確実に強くしていった。人間達への驕りや慢心が色濃くあった俺は、戦う度に敗北を重ねたよ」
 話を聞きながらルイズは不思議に思う。敗北・驕り……ハドラーの話す内容は、自身の汚点だった。それなのに、なぜそんな穏やかな顔をしているのか?
 ルイズの胸中をよそに、ハドラーは続きを話し始めた。 
「そして、いよいよ後が無くなった俺は、自らの保身の為に、最後の手段をとった」
「最後の……手段?」
 聞き返すルイズに、ハドラーは自嘲の笑みを浮かべた。
「暗殺、だ。強敵との戦いで消耗し切っていた奴らを毒で眠らせ、一人ずつ消そうとした」
「!?」
 ルイズの顔が驚きに変わる。勇猛を絵に描いた様なこの男が、そんな真似をしたのか?と。
「だがその時、奴らの一人である魔法使いの男が俺の前に立ちはだかったのだ。……奴は俺を卑怯者呼ばわりするとこう言ったよ。『男の戦いには勝ち負けより大事なものがある』……と」
「大事な……もの?」
 引っ掛かる言葉に、ついルイズが繰り返した。
「結局、邪魔が入った事で暗殺は失敗したが……。悔しかった。負けた事もそうだが、何より、奴の言葉通り外道に成り下がった自分が許せなかったのだ。そして、俺は決心した。奴らを倒す為に全てを捨て去る事を。地位も、誇りも、自らの身体さえも、だ」
「じゃあ……その身体って……」
 ハドラーが頷いた。
「そうだ。この身を化け物に変える事すら、俺は厭わなかったのだ。全てはもう一度、奴らと同じ舞台に立つ為に。……そして俺は、最後の戦いを挑んだ。全てを賭けた、正々堂々、一対一の勝負だった」
「そ……それで、どうなったの?」
 喉を鳴らしたルイズが緊張した様子で尋ねる。ニヤリと笑った後、ハドラーは告げた。
「俺の負けだった。完璧にな。だが……不思議と悔しさは無かった。あったのは全力を出し切った満足感だ。俺はようやく実感したよ『勝ち負けより大事なもの』をな。そして――」
「自分の手で、汚してしまったものを、再び取り戻す事が出来た……のよね?」
 何となく、続きが分かった気がしたルイズが、そう締め括ると、ハドラーは満足気に頷いた。


「話は終わりだ。……俺は、決して万能では無い。この身を化け物に変え、守り抜いた物と言えば、それだけだ……。だが!」
 ハドラーは力強く言い切った。
「後悔はない。ほんのわずかな時間ではあったが、俺は納得できた。最後の最後で、あの魔法使いの男にも、認めさせる事ができたからな」
 力強く言い切ったハドラーの言葉に、ルイズはゆっくり見上げた。その顔は陽に照らされて良く見えなかったものの、おそらく笑っているのだろう。
 ――眩しい――
 ルイズは、心でそう洩らした。照らされた光は、まさにこの使い魔の生き様を表した様である。
 失ったものがあるのはハドラーも同じだった。だがこの男は、全てを捨ててまで、誇りの為に戦い抜いた。
 それに比べて自分はどうだ?『ゼロ』と呼ばれる事を恐れ、前に進む事を諦めかけようとしている。
 ルイズが拳を握った。そう。誇りを持って生きてきたのは自分も同じだ。なら、こんな所で立ち止まる訳にはいかない。この男に負ける訳にはいかない。――自分はこの男の主なのだから。
 ハドラーに背中を見せて歩き出したルイズが、地面に落ちた杖を拾い上げる。それが意味すべき事は一つだった。
「……答えは出た様だな」
 ルイズが首を縦に振った。
「……私は、この力を受け入れる。決闘に勝てるかどうかは分からないけど、それでも、認めさせてやるわ。『ゼロ』の名と力を!魔法が使える事が貴族と言うのなら、私のこれも、また魔法なんだ!……ってね」
 振り向いたルイズの目を見たハドラーが、思わず歓喜に奮える。
「ふふっ……。そんな目をするな。つい、身体が疼いてしまう」
 そんなハドラーの言葉にルイズは困った様にため息を出す。それはいつものやり取りであった
「……あんたを従える事に比べたら、決闘に勝つ事の方がよっぽど楽に思えるわ」
 ふっと笑みを洩らしたルイズにハドラーは返す。
「心配するな。主は必ず勝つ」
「どうしてそういい切れるのかしら?」
 自信満々のハドラーに、思わずルイズが聞いた。
「メイジの実力を計るには使い魔を見ろ……。誰かがそう話していた。それが本当なら、負ける道理は見当たらん」
「あ……」
「俺を召喚した事、それ自体が主の力の証だ。自信を持って、それを誇りにすればいい。……俺を『偽者』に召喚された道化にしてくれるな」
「だから、何であんたはそうプレッシャーを与える事ばかり言うのよ!」
 ルイズが叫んだ。これでは何が何でも負けられないではないか。
 うぐぐ、と奇妙な呻き声を上げるルイズに、ハドラーは小さく笑った。自分の予想通り、この少女は挫折を乗り越えた。諦めない強さこそ、自分が最も恐れ、尊敬した人間の力だ。そして、自分の主はそれを持っている。
「アバンがいたなら、弟子にしていたかもな」
「何か言った?」
 その呟きはルイズに聞こえていたらしい。ハドラーは「独り言だ」と軽く返した。

 ――ふふ……成長する事を期待しているぞ、ルイズ。もっとも、俺はアバンほど、優しくは無いがな――

 先程のルイズの顔を思い出したハドラーが、静かに拳を握った。

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