ゼロの影~The Other Story~-16 a


最終話 ????? 前編~世界が輝く時~

 大魔王はルイズ達を玉座の間から適当な部屋の一室に案内した。
 魔界の王の住居なのだからさぞかし陰鬱なのだろうと思っていたが、その典雅さはトリステインの王宮にもひけをとらない。
 部屋の中央には不思議な光沢を放つ金属でできているテーブルが置かれ、その周りには椅子が何脚か並べてある。
 大魔王が“困った事態”について語り始めるとルイズは警戒を強めた。
 『虚無』の力はトリステインやハルケギニア全体のために役立てたい。魔界の勢力争いの道具になるつもりは全く無い。
 内心を見抜いたかのように大魔王は悠然と笑ってみせた。
「敵対する輩と戦えというのではない。それこそ、ミストバーンや余の得意とするところだからな」
 冷酷な一面を見たため頷きかけたが、ふと疑いが首をもたげた。ミストバーンは罰を抵抗せずに受け入れていたが、もし全力で戦ったら本当に大魔王は彼を圧倒できるのか。
 凄まじい威圧感と覇気は肌に突き刺さるようだが、外見はあくまで老人である。
 ルイズの疑念を見抜いたのか大魔王は悪戯を思いついたような表情を浮かべ立ち上がった。テーブルから離れるよう身振りで示し、二人が下がると軽く指を弾く。
 爪ほどの大きさの火がチロチロと燃え、テーブルに触れた瞬間轟音とともに巨大な火柱を形成し、真紅の炎を天井まで立ち上らせる。
 スクウェアクラスのメイジでさえ破壊するのに苦労するであろうテーブルはあっけなく焼かれ、融かされた。
 二人の表情をどう受け取ったか、火事にはならんから心配するなと告げる。
「ス、スクウェアスペル!?」
「しかし、詠唱は無かったようだが」
「今のはスクウェアスペルではない……ドットだ」
 二人にも理解できるようハルケギニアの言い方に合わせたようだ。
 力を実感させる機会を見つけ、こちらを威圧し、屈服させようとしているのだろうか。甘く見られているのだとしたら、なおさら退くわけにはいかない。
 そう思って睨みつけると「これは失礼」と言った。二人の驚く顔が見たかったらしい。
(そういえばずいぶん退屈してたわね)
 自分の魔法で他人をあっと言わせたい気持ちはわかる。珍しい客人が相手ならばなおさらだろう。
 座り直した一同に話を続ける。
「今見せた通り、単なる戦いならば話は簡単だ。……だが見たであろう。魔界の姿を」
 黒く厚い雲に覆われた暗い空。見渡す限りの荒れ果てた大地とたぎるマグマばかりが広がる世界。
 最大の特徴として生物の源たる太陽が無く、人工の太陽は生命を育むほどの暖かさは持たない。
「その魔界の太陽に異変が生じたのだ」
 今まで定期的に大魔王が魔力を注いでいたのだが、徐々に光が弱くなっているのだという。単に魔力を込めるだけで良いなら大魔王一人で解決できるが、問題は根本的なものらしい。
「偽りとはいえ太陽は太陽……それも無くなれば魔界はさらなる闇に閉ざされる」
 あまり考えたくない事態だ。不明な点が多いためウェールズは考え込み、質問した。
「その太陽はあなたが作ったのでは?」
「直接には関わっておらん。六千年ほど前、一人の男が礎を作り出したが――詳しい情報を掴む前にすぐ姿を消してしまいおった」
 六千年という言葉にルイズとウェールズの空気が変わる。
「始祖……ブリミル?」
 あくまで可能性にすぎないが、『虚無』の使い手たるブリミルの仕業だと考えられなくもない。生涯が謎に包まれているため一時的に魔界に迷い込んだこともあり得る。
 魔界の魔法とブリミルが扱ったとされるものには似通った部分がある。ただの偶然ではなく、彼の魔法の一部が元となって伝わっている呪文もあるのかもしれない。
 ハルケギニアの知識を得る中で始祖について知った大魔王は、『虚無』の使い手こそが鍵を握ると考え、つながりが弱りつつあってもミストバーンを呼び戻そうとはしなかった。
 何も言われずとも『虚無』に関する情報を探るであろうことを読んでいたためだ。
「お前は何があろうと余のもとに戻るからな」
 確信に満ちた声に影が頷く。

 事情を知ったルイズの心に協力したいという思いが芽生えた。
 人工太陽の礎さえ作ってしまえば、大魔王が定期的に魔力を注ぐだけでいいためそこまで多くの精神力は必要としないらしい。
 世界扉の時のように彼の力を借りれば成功させることができる。
 勢力争いに利用されるのではなく、魔界全体のためになるなら問題は無いだろう。
 だが、申し出ようとして彼女は力なく俯いた。
 伝説の『虚無』の使い手でありながら、彼の苦しみを見ていることしかできなかったではないか。
 『虚無』を完全に使いこなせるとは言えない。本当に、偉大なる始祖の行ったことを真似できるのか。
 ――出来ない。
 そう言おうとした彼女に低い声が響く。
「やれ」
「でも! ……始祖のように『虚無』を扱える自信なんて無いわ。わたしには何もできない……“ゼロ”なんだから」
 絶望に染まった声が室内に響き渡る。
「あんたは『虚無』だけが目当てでそれ以外ちっとも認めてなくて……『虚無』が無ければ、ただのゼロだって思って――!」
 言いながらルイズは自己嫌悪に陥っていた。こんな言葉をぶつける資格はない。
 大魔王にはなれないという当然のことを知っていながら、大魔王に対するものと同じ忠誠を望んだ。
 その結果起こったことや彼の苦しみを考えればもっと酷い言葉で非難されても仕方がない。
 今も口にしないだけで激しい怒りをみなぎらせている。
 それでも彼は首を横に振った。
「私は強者には敬意を払う。……許せん相手であってもだ、ルイズ」
 彼の尊敬する対象は敵味方を問わない。相手が命を落とそうと抱いた敬意が消えることはない。
 ルイズの肉体は強くないが、心はそこらの戦士よりよほど強靭だ。ゼロと呼ばれ続け、逆境の中何度も諦めずに立ち上がり、努力してきたのだから。
 『虚無』は彼女の心の力を元に放たれるのだから精神力も立派な強さだ。
「嘘……嘘よ……」
 誤解を悟ったルイズの顔が歪む。
 ゼロではないと言われた気がしたのは思い込みではなかったのか。努力や逃げない姿勢を評価されたと思ったのも。
 “ルイズ”として認めていたのか。
 言葉に込められた響きは教室の時とわずかに異なっている。その中にあるのは本物の――。
 信じられないと言いたげな彼女を見てウェールズが苦笑をにじませた。
「嘘かどうか、君が一番わかるはずだろう?」
 表情を改めるとミストバーンに向き直り、深々と頭を下げる。
「命の恩人に……それも僕を救うため傷ついたというのに、あのような態度を取ってすまなかった。非礼を許してほしい」
 ウェールズの謝罪にルイズは驚いている。憎むこともできないという言葉の意味や、どんな感情を向けていたかを知ったのだ。
「今まで暗い霧の中に隠れて思い出せなかったが、倒れた僕を爆発から庇ってくれた」
 爆発を起こしたのも敵前逃亡の汚名を着せないため。彼一人ならば爆発の規模が大きくても対処できたはずだ。
 ルーンが働いていてもウェールズの誇りを守ろうとした意思に偽りはない。
 もはやウェールズの眼から怒りや憎しみの色は消えている。
 その眼はもう一つの道を見据えていた。ハルケギニアに戻り、歩き出すことができるだろう。
 辛く苦しい道のりになることは間違いない。
 安易にアンリエッタを頼っては愛する者の国に戦いの火種を持ち込むことになり、彼女も恋人の命惜しさに自国を危機に晒したなどと言われてしまう。
 レコン・キスタにどのように立ち向かうか、どこまでやることができるのか、まだわからない。
 それでも――。
「君の姿を見ておきながら、うずくまったままでいるわけにはいかない」
 傷つき、疲れ果て、それでもなお消せない想いがあるのなら立ち上がるしかない。
『もし、もう一度守る機会が与えられたならば――』
 やはり、戦う。
 それがウェールズの見出した答えだった。
 自分が自分でなくなるという苦しみを味わった二人の間に、礼拝堂や戦場での空気が蘇る。
「君はラ・ヴァリエール嬢の名を忘れはしないだろう?」
 憎しみだけでなく敬意を込めて、永久に記憶に刻むか。
 ウェールズはそう訊いている。
 かすかに、だが確かに頷く。それだけでルイズには十分だった。
 ゼロになっていた力が蘇る。灰の中から復活する不死鳥のように。
 彼らの立ち上がる様を見て心の力や本当の強さが何なのかわかった気がする。その姿はとても眩しいものとして彼女の眼に映った。
(悔しいけど……認めるわよ)
 主への姿勢に嫉妬を覚えたけれど、同時に感嘆――尊敬していたのだと。
 彼を見て、全てを懸けて誰かのために行動することの重さを知った。
 忠誠を語ることは容易い。だが、真に口にする資格のある者はごく少数だ。
『大魔王さまのお言葉は全てに優先する……!』
 それ以上言葉はいらない。
『怖いさ。でも、守るべきものがあるからね』
 ウェールズが戦いを選ぶのもそれだけの理由だ。
 二人ほど強くなくても、何も行動しなければ貴族を名乗れない。彼から向けられる敬意以外の感情も変わらない。
 これ以上何もできないまま見ているだけなどまっぴらだ。
 ここで諦めるくらいなら――ゼロと蔑まれ続けた時点で進もうとする意志を放棄している。
「やるわ」
 ルイズは顔を上げ、宣言した。彼女が彼女であるために。
 思わず「言わなきゃわかんないんだから、ばか」と憎まれ口を叩いてしまったが。
 つい先ほどまで青ざめ唇を噛んでいた少女と同一人物とは思えない。今彼女の眼はハルケギニアにいた時より烈しく燃えている。
 大魔王は満足そうに頷き、ルイズ達を案内した。

 四人が向かったのは魔界を見渡せる広大な丘の上だった。
 彼らの見上げた先には人工の太陽がある。ブリミルはここで魔法を唱えたらしい。
 ルイズは唾を呑みこんだ。
 本当にできるのか。世界扉を作り出したのも、彼の力が流れ込んできたのも、何かの間違いでただの偶然ではないのか。
 だが――
『お前が望むならば……高みへ上ることができる』
 やらねばならない。出会いの――今までの歩みの意味がゼロではないと証明するために。
 覚悟を決めて『始祖の祈祷書』を開く。手が途中で止まりかけたが、再びめくって眩しく輝くページを開ける。
 息を深く吸い込んで詠唱を始める。

 ゼロと呼ばれながらも諦めなかった『虚無』の使い手ルイズ。
 ゼロからの再生を遂げた大魔王の部下ミストバーン。
 ゼロとゼロ。

 ルーンが輝き二人をつなぐ様を見た大魔王が呟いた。
「ミストバーンよ、今わかったぞ。何故お前がその娘――ルイズに召喚されたのか……!」
 彼はどす黒い思念から生まれた暗黒闘気の生命体。いわば怒りや憎しみの結晶と言っていい。そのため、純度の高いエネルギー源となる。
 先ほどは怒りと暗黒闘気の一部分が勝手に流れ込んだだけだが、あらゆる感情と自身を形成する暗黒闘気を意識して注ぎ込めば――その力は爆発的に跳ね上がる。
 授業の時は共鳴を起こしただけだった。世界扉の時は調節できなかった。自在に力を与えることができるようになった要因は、時間の経過ではない。
 ルイズは授業で掴んだ感覚や今まで味わった暗い想いを呼び起こし、流れ込んだ力を増幅させていく。
 だが、まだ足りない。
 もっと――もっと力を。
 無音の叫びを聞いたミストバーンはためらわずさらなる暗黒闘気を注ぎこんだ。大魔王がそれを見て鋭い光を目に浮かべる。
 己の身体を削る行為にウェールズが息を呑む。
「何故……何が君をそこまで駆り立てる!?」
 処罰の痛手から回復していないのに、存在を維持する力をも振り絞り、自らの生命をすり減らし続ける。
「この忌わしい体が……お役に立てるのだ……!」
(君は――!)
 いざとなれば主以外の存在を道具と割り切れることにウェールズは気づきつつあった。おそらくは彼自身も例外ではないだろう。
 そして、肝心な時に役に立てなければ道具にすらなれない。
 もう二度と主の信頼を裏切らないために、残された力を放出する。
 今ここで譲れぬものを語るために必要なのは、言葉ではなく行動――“力”だ。
 制止しようとしたウェールズは立ち尽くした。
 この時、彼を止めるべきだったのかもしれない。
 だが何を言おうと無駄だとその姿が告げていた。
 視線がルイズの蒼い顔に向けられる。人間の身でこれほど膨大な力を扱おうとすれば大きな負担が生じるはず。
 ミストバーンにいたってはその先に破滅が待つというのに止めようとしない。
 以前ウェールズはアンリエッタとの最後の逢瀬を条件に力を貸すと約束した。
 懇願という形を避けただけで、いつ果たす機会が訪れるかわからなかった。戦闘に関してはミストバーンは彼より強いのだから。
 だが、ようやく理解した。
「今が、その時だ」
 ルーンが光を増した。
 ウェールズの掌から放たれた黒い霧――かつてミストバーンから注がれた暗黒闘気の一部がルーンを通じてルイズの中に入っていく。
 憎悪と敬意を向けあった者達が、ルーンを介して結ばれる。
 ルーンがなければ、ウェールズを生かすことも、人形になることもなかった。
 ルーンがなければ、世界扉で戻ることも、こうして共に“戦う”こともなかった。
 ようやく詠唱を終えたルイズは凄まじい力が脈動するのを感じた。
 そして思い描いた。
 憎悪の闇の中で輝く光を。
 自分達の抱いた絶望が、希望の象徴へと逆転、昇華される様を。
 太陽となって天空から世界を照らす光景を。

 ――太陽を我が手に。

「極大天候呪文(ラナルータ)」

 天候系呪文(ラナ)。あるものは雷雲を呼び、あるものは昼夜を逆転させる。
 『虚無』の使い手から空を操る魔法が放たれ、何かをゼロにする。
 天が叫ぶ。地が唸る。
 荒れ狂う力が濁流と化して丘の周囲に渦巻き、中心へ向かい術者達をも押しつぶさんとした時、大魔王が手を掲げ結界を張った。
 その眼は状況を把握しようとわずかに細められている。
 人工の太陽が作られた時もここまで空気が震えるようなことはなかった。光源の礎を作り出すだけならばそれほど消耗しないはずだった。
 必要な力を計算して罰を与えたが、想像を超える事態が起ころうとしている。今、目の前で。
 障壁とせめぎあった後、莫大な力が杖の先端が示す先――天空へと駆け上り頂点に達する。

 その瞬間、世界が輝いた。
 光に目を奪われた大魔王からほんの一瞬だけあらゆる表情が抜け落ち、空気が鎮まると広大な丘は空の一帯から降り注ぐ光に包まれていた。
 黒雲が払われた隙間から覗く色は青。丘の周囲を力の残滓と思われる金色の粒子が乱舞し、淡い煌めきを放ってゆっくりと消えていく。
 ルイズ達は言葉を失い、壮絶な美しさにただ見とれていた。
 奪われ、待ち望んでいたものがようやく手に入ったかのような感覚。
 今までに味わった苦しみの全てが吸い込まれ、溶けていく気がした。
 宙を舞っていた光の粒が消え、今までと同じ暗黒の世界で変わったのはただ一点。
 彼女達の立っている丘とその周辺に雲間から光が差し込めていた。

 ――偽りではない、本物の陽光が。


最終話――『太陽は昇る』

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最終更新:2008年10月08日 00:19
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