ゼロの影~The Other Story~-19 b

完結編 心を一つに 中編~再臨~

 ルイズは黒竜の言葉に凍りつき、抗議しようとした。
「卑怯――」
「最大の敵の戦力が低下したのだ。この上ない機会だろう」
 静かに遮ったのは大魔王だった。
 弱肉強食の魔界では力こそが全てを支配する。
 掲げる正義が跳ね返った時に否定しては、誇りや信念を――大魔王の名や今までの生き方をも否定することになる。
 ヴェルザーの尾が唸り、意識を失っている魔族二名と配下の竜を吹き飛ばした。ミストの憑依を防ぎ、自らの手で宿敵を葬るつもりだ。
 極大天候呪文に魔界の住人の大半が参加し疲弊した今ならば、邪魔が入る心配は少ない。
 莫大な力の奔流に巻き込まれるのを防ぐため、呪文の中心地である丘の周辺から遠ざかるよう指示が出されていた。
 ルイズは倒れたまま必死に顔を上げて両者を見つめている。彼女の中にいるミストの意識は焦りに染まっていた。
 ヴェルザーは闘気を呪文のために使ったものの、身体は普段と変わらない。
 一方大魔王は魔力と暗黒闘気をほぼ全て使い、肉体の損傷が著しい。回復呪文も効かないため自然治癒に任せるしかない状態だ。
 呪文に参加した者達は皆、膨大な力の流れによって捧げる力を調節することができなかった。個人差があるものの、一番消耗しているのは大魔王だ。
「無粋だと思わんのか? ヴェルザー」
「ならばオレが退くだけの力を見せてみろ。言いたいことがあるなら力で語れ――貴様が主張してきたことだ」
 ヴェルザーの望みはここで大魔王を殺し、魔界の頂点に立つこと。
「……そうだな」
 大魔王も頷く。
 今は太陽に照らされた魔界の姿を見ていたいのだが、達成感を噛み締めることは許されない状況だ。
 戦うことを望んでいなくても逃げるという選択肢は無い。野望成就の美酒を味わいたいのなら、力を見せねばならない。
 両者が動く。
「あ……ああ……!」
 食い入るように眼前の光景を凝視しているルイズの口から、かすれた声が零れ落ちた。
 冥竜王の牙が大魔王の左腕を食いちぎったためだ。
 思わず耳をふさいだ彼女の顔にも血が飛んだ。
 攻撃が来るとわかっていながら回避しきれなかったのは限界が近い証拠だ。
 魔族ならば四肢を再生させることができるのに、それも無い。左の心臓が潰れているのだろう。
 魔法を放つこともせず唸りを上げて迫る尾や爪、牙をかわし続けるが動きが鈍い。
 目を閉じかけたルイズだが、鈍い音が響いたため反射的に目を開けて見てしまった。
 太い爪が、大魔王の腹部を貫いたのを――。

 喜悦に顔をゆがめながらヴェルザーは爪をひねりつつ乱暴に引き抜いた。傷口から勢いよく鮮血がほとばしる。
 バーンの口から大量の血がこぼれ、地面に染みを作った。
 ヴェルザーの眼がちらりとルイズに向けられたが、少女は諦めたかのように顔を伏せている。
 しょせん大魔王やミストが万全の状態でなければ何もできないのだと結論付けて視線を戻す。宿敵を殺してから部下ごと滅ぼせばいい。
 顔に愉悦を浮かべるヴェルザーと、左腕が付け根から失われ、腹部に風穴が開いた状態で正対しているバーン。
 彼はふと震える掌を見つめ額に伸ばしかけたが、何かに気づいたように途中で動きが止まった。
 ヴェルザーが当然だと言いたげに頷く。
「鬼眼を解放しても無駄だ。たとえここでオレを倒すことができてもいずれ復活する……全てを捨てても真の勝利は掴めん」
 声には、勝利を確信した者特有の傲慢な憐みと己の力への陶酔が見え隠れしている。わずかばかりの落胆も。
 鬼眼の解放は、肉体が魔獣へと変化し二度と戻れないことを意味する。
 美酒も味わえず、チェスも出来ず、肉体を分けることもできず、あれほど望んでいた太陽に照らされた魔界の姿まで価値を失ってしまう。
 そこまでして勝利のため、大魔王バーンの名を守るため、全てを捨てることを選んでも本当の意味で勝つことはできない。
 残酷な事実を告げられた大魔王の眼は何かを待つように静かだった。
 ヴェルザーはそんな獲物の姿を気持ちよさそうに眺めている。己の力で敵を圧倒する快感は何物にも代えがたい。
 相手がプライドの高い大魔王ならばなおさらだ。
 自分が敵の命を握っていると実感する心地よさは大魔王もよく知っている。
 一思いに命を刈り取るのではなく、もっと愉しみたいという思いが理性を上回っていた。
 相手の強い意志が折れるのを見届けてから葬りたい。己の力をより深く実感してから命を奪いたい。
 魔界の頂点に立つという目的ゆえに消耗したところを狙ったヴェルザーだが、その過程に愉しさを見出し目的を忘れかけていた。
 それも無理のないことだろう。
 最後の手段である鬼眼解放も行わないならば、心が完全に折れるのは時間の問題だからだ。
 己の力に自信を持つからこそ“遊び”への欲を抑えきれなくなってしまう。
 逆転の可能性は無いかと思われた時、凛とした声が響いた。
「ここで倒されたら……魂を完全に吹き飛ばすだけよ」
 両者が声の主に視線を向けると、ルイズが立ち上がり杖を構えていた。


 主の腕が千切られ、追い詰められる様を見た時、ミストの悲痛な叫びがルイズの中に響き渡った。
「バーン様……ッ!!」
 戦って不利になるだけならここまで動揺しない。
 だが、よりによって望み続けたものを手に入れた直後に、力を十分に発揮することも許されないまま殺されるなど耐えられない。
 主のために戦おうにも己の体を持たず、ヴェルザーの魂を砕くだけの力も残されておらず、ルイズの体をいくら酷使しようと盾にはなれない。
「私に身体があれば――!」
 生命が縮もうと、魔獣になろうと、勝利のために全てを捨てられる。
 ただ見ていることしか許されないため血を吐くような叫びを絞り出すのだ。
 たった一人で主を守り抜いてきた事実があるからこそ長い長い時間が誇りに思えるのに、守り切れなければ仕えてきた数千年が水泡に帰す。
「何が……何が“バーン様の部下”だッ!」
 肝心な時に役に立てなければ道具にすらなれない。
 主の危機に何も出来ない存在など、正真正銘の“ゼロ”だ。
 これが宿命の終焉なのか。
 大切な存在を守れず、絶対に譲れぬものを貫けず、戦うことすらできないのか。
 ならば、己のやってきたことは一体何だったのか。
 無力さを――忌まわしい体を嘆くミストの声に、ルイズの心にある言葉が浮かんだ。
『見てることしか……できないなんて……』
 彼が苦しんでいる時に何も出来なかった。自分がゼロなのだという想いを味わった。
 己の非力さに深く打ちのめされた彼女にはミストの苦悩がわかる。
 とうとうヴェルザーの爪が大魔王を貫いた時、かすれた声が零れた。絶望を糧とする者が聞けば狂喜しそうな声だった。
「バーン……様……」
 戦う理由が消える。守るべきものが目の前で失われてしまう。
 ルイズは顔を伏せて目を閉ざし、中にいる者の気配を探った。魂の回廊を通る様を思い描くと瞼の裏が一瞬白くなり、どことも知れぬ空間が見えた。
 召喚した者とされた者だから視ることができたのかもしれない。
 心の中に入り込んだ彼女の前に影が立ち、俯いて体を震わせている。
「ミスト」
 呼びかけられ、顔を上げた彼は揺れる声で呟いた。
「ルイズ……こんなことを言う資格など無いとわかっている。虫がよすぎる願いだということも……! だが――」
 祈るように真摯な口調で、魂からの叫びを吐き出す。
「もしお前に戦う力があるのならバーン様のっ……バーン様の力になってくれっ!」
 彼はいま、他でもないルイズの力を認め、必要としている。
 誇り高い彼が必死に言い募る姿を見てルイズは弱々しく返事をした。
「そんなこと言わないでよ。わたし疲れてるのに……もう休みたいのに……そんなこと言われたら――」
 困ったような――しかし力強い微笑を浮かべ、手を差し出す。どこまでも真っ直ぐミストを見つめながら。
「退くわけにはいかないじゃない」
 ミストは戸惑ったように手を凝視している。
「さっき言ったわよね、一つになれるって。それが本当だって、ゼロじゃないって証明するわよ」
 言葉が彼の心にゆっくりと染み込んでいく。まるで今までの立場が逆転したかのように。
「本当に大切なものなら自分の手で守れ……あんたが言ったことよ。ここで諦めたらウェールズ様も失望なさるわ。偽者のために命をかけた道化にするつもりかって」
 ミストが虚をつかれたような表情をした。
 ウェールズに後のことを頼まれた彼は、確かにこう返事した。
『本当に大切なものならば……自らの手で守れ』
 己を恥じるように一瞬下を向き、顔を上げて手を伸ばす。
 今まで魂を握り潰すだけだった、温度を持たぬ黒い手を。
 手が触れ合った瞬間光と影が交差し、互いに力が湧き上がるのを感じた。
 ルーンによって力が一つに、入り込むことで体が一つになった。
 そして今、呪文詠唱の時よりも近づいた心が一つになる。
 彼女は悟った。
 今こそ――彼を呼び出した者として、ゼロではないという証明を完結させる時なのだと。
 傷つき、疲れ果て、それでもなお消せない想いがあるのなら――。
 ルイズは立ち上がった。
 その頬にはいつの間にか涙が流れていた。

 もう力を使い果たしたと思っていただけに、少女が立ち上がったのはヴェルザーの予想外だった。
「立ち上がって何になる。力は尽きたはずだ」
 鋭い眼光とともに言葉が返される。
「あんたはこいつを怒らせた。わたし以上にね」
 怒りは力の源となる。たとえ力を使いきっても、きっかけがあれば再び魔法を放つことができる。
 悲しみと絶望の後に湧き上がった、ヴェルザーと己への深い怒り。それが凄まじい勢いで膨れ上がっていく。
 その激しさは記憶を取り戻した直後のものを凌駕している。
 内側で荒れ狂う感情の奔流をルイズは心地よいものとして受け止めていた。
 何故なら、彼女も怒っていたためだ。
 いずれ争いが起こることは承知している。
 だが、絶好の機会とはいえ空が晴れた直後にそんなことをするのは許せなかった。
 皆が一つとなって成し遂げたことを、込められた想いを、踏みにじられた気がしたためだ。
 この丘に眠るウェールズの心も汚すことになる。
「魂を完全に砕くなど、絵空事にすぎん」
「空見なさいよ。“破壊できないものをゼロにする”のが零番目の系統、『虚無』なんだから」
 限りなく不可能に近いことをやり遂げた今だからこそ、説得力が増す。
 触れるだけで折れそうな細い体のどこにそんな力があるのか疑問に思うほど、今の彼女は堂々と胸を張っている。
 疲労のあまりよろめき苦しそうに口元を押さえたが、そのまま睨みつける。


 奇妙な膠着状態によって時間が流れる中、ヴェルザーは大魔王の様子に目をとめた。
 腹部の傷が塞がっている。ルイズに注意を向けている間、回復に集中し、少しずつ傷を治したのだろう。
(時間稼ぎか?)
 鬼眼を解放しかけて止めたのは蘇ることを思い出したためかと思ったが、大魔王が宿敵の性質を忘れるだろうか。
 最後の手段が通じないと思わせることで、敵から余裕を――体勢を立て直す時間を引き出すためだったのではないか。
 だが、体力をある程度取り戻しても、魔力と闘気はほとんどゼロのままだ。
 鬼眼を解放したバーンに倒され、剥き出しになった魂をルイズに狙われれば危ないが、どちらかを先に仕留めればそれで済む。
 打つ手が無いことに変わりはない。

 しかし、大魔王はふっと笑い天空を指差した。
「ヴェルザー。空を見よ」
 注意を逸らしたところに攻撃を仕掛けるつもりか、それとも時間稼ぎを続けて力を蓄えるつもりか。どちらにせよ虚しい抵抗に過ぎない。
 粉砕することを誓いつつ空を見上げたヴェルザーに対し、大魔王は芝居がかった口調で楽しそうに告げた。
「お前の所業を天も憂いているようだぞ」
 言葉に応じるように太陽が黒に侵食されていく。呆然としたヴェルザーだったが、見上げたまま唸った。
「何の冗談だ? 日が陰っていくだけではないか」
「予定を早めた理由だが……決行と“正体”に気をとられていたようだな」
 力のうねりを感じたヴェルザーは大魔王に視線を戻し、息を呑む。
 気が逸れた瞬間に大魔王は左腕を再生させ、白い衣に身を包んだ男――己の分身体を作り出していた。
 分身を生み出すならばある程度予兆があり時間もかかるはずだが、まるで風が吹くように忽然と現れたのだ。
(風――?)
 ヴェルザーは昨夜の会話を思い出した。
 意思と力を持つ存在を作り出す呪文、遍在について語った。
 四大系統魔法と組み合わせることで、似た呪文の効果が速やかに発揮されたり、効率的に威力を上げたりすることにも触れていた。
 遍在そのものを使うことはできないが、自分と同じ存在を作り出す点で似ているため応用したのだろう。
 回復に集中していたのは力を取り戻すだけでなく、肉体を修復し、分身体を作り出すためだった。先ほど攻撃しなかったのも、力を温存し分身作成を優先していたためだ。
 日が陰る中、ルイズの方からも力を感じ視線を向けると、手で口元を隠し詠唱している。大魔王に注意を向けており、攻撃の意思が無いため気づくのが遅れた。
「分身体には、皆既日食の日のみ使える秘法がかけられていた」
 単に分離させただけではどちらも老いてしまう。それを防ぐためのものだ。
 本体は少しずつ年を取っていくが、分身が若さを保っていれば元の姿に戻ることと分離、保存を繰り返して限りなく永遠に近い時を生きられる。
「その名は――」
 日が完全に隠れると同時にルイズの杖が振り下ろされ、何かが凍りつくような感覚が周囲に広がった。
「凍れる時の秘法」
 ルイズの体から抜け出したミストが、時の流れがゼロになった器へと潜り込む。
 ミストは主のために戦うことを欲し、ルイズはそれに応えた。大魔王は舞台を整えた。
 ミストとバーンの体が組み合わされたことで“ミストバーン”が誕生――再臨する。

「貴様らが何をしようと……三人まとめて倒すまでだ!」
 巨大な爪が振るわれ三人を狙うが、ミストバーンが掌で止めた。
「何ッ!?」
 貫くどころか刺さりもしない。絶対不可侵の存在だというように。
「お前と戦った時、攻撃を防ぐかかわしていたから気づかなかったかもしれんが……秘法は対象への干渉を防ぐ効果を持つ」
 秘法がかけられた相手は動けないが、体を操る力を持つ者が一体化することで無敵の戦士が誕生する。
 当初の日程では皆既日食の起こった後になり、一度元の姿に戻ると数百年そのままでいるしかない。
 呪文の負担を肩代わりすることでどれほど消耗するかわからず、敵対者に狙われる可能性がある。
 そのため、すぐに分離し最高の武器として使えるように日食の起こる日を選んだ。
「危険を承知の上で背負うことを決めたのか?」
 無言で頷く。
 他者より酷く消耗することも、敵対者と戦うことも、攻撃されることも、予想していた。それでも、彼にしかできないならば引き受けるしかない。
 最大の目的――魔界に太陽をもたらすためならば自らを駒とするだけの覚悟がある。
 ヴェルザーはミストバーンの力と素顔を知ってずっと警戒していたが、真の正体を知り“切り札”がなくなったため、その分甘く見てしまった。
 遊びへの欲求に逆らえず、足をすくわれてしまった。
「遊び過ぎぬよう、余も気をつけるとしよう」
 殊勝な台詞を表情と口調が完全に裏切っている。
 ある程度正解に近い答えを前もって与え、真の一手――再臨――に辿りつけぬようにしていたのだ。

 昨夜ヴェルザーの元へ赴く前に大魔王がルイズに話したのは、凍れる時の秘法についてだった。
 始祖の呪文とこちらの世界では共通しているものがあるため秘法を探してみたところ、見つかった。
「もしかして……ミストバーンは?」
「そうだ。明日必要になるかもしれん」
 ルイズはヴェルザーと戦った後体に触れた時のことを思い出して納得した。
 何故秘法がかけられているのに動けるのか、彼の正体は何なのか疑問に思ったため、彼が室内に入ってきた時に問いかけるような視線を投げかけたのだ。
 結局正体について知らされず、何が起こるかもわからないまま万一に備え詠唱の練習をしていた。
 いきなり成功させることができるか不安だったが、秘法のかけられた体に長年棲んでいたミストと力を合わせたため上手くいったのかもしれない。
 対象が動かない分身体だったこともあるだろう。
 ミストは大魔王が日食の起こる日を選び、呪文詠唱が終われば再び分離することまでは知っていた。
 だが、消耗は激しく秘法をかけることができず、今にも殺されそうになったため我を忘れた。
 ルイズが秘法について聞いたことも知らされていなかった。
 部下に話さなかったのは、元々は自分で秘法をかけるつもりだったため。
 最初から手の内を全て二人に明かしては気取られる恐れがあった。
 何より――己の力に絶大な自信を持つ大魔王のプライドが、他者に頼りきることを許さない。
 だからこそ、命令はしなかった。ルイズはあくまで協力者なのだから。
 秘法についての情報を与えても、行動に移すか、成功するかは彼女次第だった。
 消耗を考えると賭けの要素が強いが、二人ならば成し遂げるという確信があった。
 数千年の間体を預けてきた信頼する部下と、初めて陽光をもたらした相手。その二人だからこそ、そこまで評価している。
 力を持つ者は種族を問わず認め利用するまでだ。

「……鬼眼を解放するつもりは無かったのだな」
 大魔王は腕を組み、笑ってみせる。矜持にかけて悠然と。
「余が全てを捨てると思ったか? その覚悟を持たぬ者相手に」
 返事の代わりに爪が振り下ろされたが、甲高い音とともに止められた。ミストバーンが拳を振り上げぶつけたのだ。
 体格がまるで違うというのに振り払い、足を踏み出す。
 氷の面の彼は、炎の怒りの結晶化した声で告げた。
「許さん」
 並みの竜族や魔族ならば即座に石化しそうな怒りを浴びつつもヴェルザーは動じない。
「なるほど、後は部下に戦わせれば傷つかずにすむな」
「何を言っている?」
 声が流れた。
 一瞬のうちに大魔王は懐に飛び込み、腹部に手刀を突き刺した。
 だが――浅い。分身体に預けている分、力は弱くなる。
 しかし、彼は掌に魔力を集中させて解き放った。
「余は大魔王バーンなり!」
 爆裂呪文(イオラ)が傷口内部で炸裂し、消耗を感じさせぬ声音が空気を震わせた。反撃を回避し、冥竜王を睥睨する。
 部下のみに戦わせる気など全く無い。会心の一撃は譲れない。
 腹部の傷口からは反撃開始を告げる狼煙のように黒煙が立ち上っている。
「ひれ伏せ。冥竜王よ」
 傲慢な言葉を聴いてヴェルザーはかえって冷静になったようだった。
 背負う名にかけて退けぬのはどちらも同じ。
 先ほどと結論は変わらない。
「全て――力でねじ伏せるのみ!」
 猛き竜の咆哮が響き渡る。
 敵がどんな策を用いようと、どんな駒を用意しようと、叩き潰すだけだ。
 ここから先は各々の意地のぶつかり合いになる。
 眼光鋭く覇気溢れるヴェルザーに対し、大魔王バーンとミストバーンは構えた。その様子を見たルイズがぼやく。
「何でわたしの周りにはあんなのばっかりなのかしら? プライド高くて、負けず嫌いで、意地っ張りで、時々口より先に手が出て」
 自分にも当てはまる部分があることに気づかぬまま前を見据える。
「不思議ね。あんなすっごいドラゴンが相手でこっちはボロボロなのに……負ける気がしないわ!」


 今ここに、魔界最強の主従が闘おうとしていた。

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最終更新:2008年10月18日 18:12
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