虚無と獣王-28

28  虚無と空賊
甲板にて絶賛作業中の船員たちは、突然グリフォンに乗ってやってきた珍客を見て大いに驚いた。
「船長はいるか! 話がある」
飛び降りるなりそんな事を叫ぶ青年を彼らは警戒心たっぷりの視線で迎えたが、幸いその中の1人が午前中に船長を訪ねてきた貴族だと気付き、船室へと走っていく。
ほどなくして現れた船長に青年、すなわちワルド子爵は急かす様に告げた。
「すぐに出航してくれ、このままでは危険だ!」
「ちょっと待って下せえ、下じゃ騒動が起きている様だが、一体何がどうなってんです」
短時間とはいえ30メイル級のゴーレムが出現すれば、流石に町から離れたこの桟橋でも騒ぎになる。
「何者かが襲撃をかけてきた。正体は判らないが、貴族向けの宿が襲われたのを考えると狙いは金や物資だろう。早く出航しないとここも危ないぞ」
ワルドはしれっと嘘を交えつつ船長に説明した。
馬鹿正直に『狙われているのはボクタチです』などと言った日には乗船拒否されるのがオチだ。
一方そんな裏事情など知る由もない船長らは揃って頭を抱えるのだった。
「事は判りましたが今すぐ出るのは無理ですぜ! 積み荷は全部積んだが肝心の風石が足りねえ!」
風石はフネにとって必要不可欠の燃料である。これが切れてしまっては為す術もなく地に落ちるしかないのだから、船長の言い分は当然のものである。
それに対してワルドが何か言いかけた時、突然下の方から白い稲光と轟音が響きわたった。
「何よ今の!」
交渉はワルドに丸投げして周囲の警戒に努めていたキュルケが思わず声を上げる。
その疑問に答えたのは同じく警戒中のルイズだった。
「ライトニング・クラウドだわ!」
こう見えて彼女は座学において右に出る者なしと言われる秀才である。
実技は基礎中の基礎である着火すら出来ないが、出来ないからといってルイズは勉強を怠る性格ではなかった。
それ故にクロコダインと対峙しているであろう、あのセンスの悪い白仮面の男が使った魔法もすぐに見当が付いたのだが、その知識は逆にルイズを不安にさせるだけだった。
ライトニング・クラウドは風魔法の中でも攻撃力が非常に高く、文字通り必殺の術として知られている。
まともに喰らった場合、クロコダインがどんなにタフでも無事に済むとは思えなかった。
ルイズは今すぐにでも下で戦っている己の使い魔を助けに行きたいと思う。
実際に行った所で足手まといになるのは重々承知していたが、それとこれとは話が別だ。理性で感情が制御できれば苦労はない。
それでも彼女がフネに踏みとどまっているのは、クロコダインが必ず追いつくと言ったからだった。
使い魔がそう宣言した以上は一心同体である主人がそれを疑うなど以ての外であると、ルイズはそう考える。
そんな婚約者を視界の隅に納めながら、ワルドは更に船長たちの説得にかかった。
「やはりこちらにも来ていたか。このフネの積み荷は何だね?」
「硫黄でさあ!」
「間違いなく狙いはそれだな。今はまだ僕たちの仲間が押さえているが、この先もっと襲撃者は増えるぞ」
そんなあと情けない声を上げる船員たちと比べ船長はまだ落ち着いていたが、ワルドはここぞとばかりに畳みかける。
「このままでは積み荷を奪われかねんし、万が一魔法戦でも起きて硫黄に引火でもしたら目も当てられんぞ! 船長、早く決断を!」
「ああもう、今日はなんて日だ! 仕方ない、出航するぞ! 旦那、ホントに風石の代わりになって頂けるんでしょうね!?」
「貴族に二言はないさ。そもそもフネが落ちれば僕らも道連れになってしまうんだ、協力を惜しむような馬鹿はしないよ」
そう言い残し、ワルドは後甲板へと走っていった。

「ルイズ、タバサとギーシュは無事に切り抜けたみたいよ。今からこっちに向かうみたい」
フレイムと視界を同調させたキュルケがそう報告すると、ルイズは少しだけ顔を綻ばせる。
どうやったのかは分からないが、傭兵たちやフーケをあの2人は見事撃退した様だった。
シルフィードを使えば桟橋までそんなに時間は掛からない。
タバサたちにとっては2連戦となってしまうが、あの仮面の男を挟撃できればその分合流もしやすくなるのだ。
係留されていたフネがゆっくりと桟橋から離れ、もう暗くなりつつある空へと飛び立っていく。
(無事でいて、クロコダイン。待ってるから……!)
ここからは姿を見る事もかなわない使い魔に、ルイズは声にならないエールを送った。

フーケや傭兵たちがそれぞれ逃げていくのを確認し、タバサとギーシュは大急ぎで荷物をまとめあげる。
重要書類の類はルイズが肌身離さず持っていたが、他の物は私物を除いては全て二等分した上でギーシュとルイズがそれぞれ持つ事にしていたのだ。
道中何があるか分からず、アクシデントで離れ離れになっても困らぬ様にと事前にオールド・オスマンから指示を受けていたのが見事的中した形である。
出来れば当たって欲しくない予想だったが。
屋根や天井がないのをいい事に、直接『女神の杵』亭に降り立ったシルフィードに2人とフレイムは飛び乗った。
未だに衛兵は来ていないのだが、事が済んだ今になって来られてもかえって困る。
事情聴取の為に拘束されれば、下手をすると明日になっても解放されないかもしれないからだ。
オーク鬼の居ぬ間に料理、そんなことわざを思い出しつつ彼女たちは青鱗の竜の背に乗って飛び立っていった。

後部甲板で、ワルドは1人杖を構えていた。
彼が唱えようとしているのは、フネを加速させる為の呪文ではない。
数ある系統魔法の中で最も特殊であり、風の魔法こそが最強であると言われる由縁ともなった呪文。
『遍在』である。
スクエアクラスのメイジにしか扱えないこの呪文は己の分身を複数作り出すという効果があった。
それぞれが独立して魔法を使う事が出来る上、各遍在が己の意志で行動可能な為、戦闘時はもちろん情報収集や敵地への潜入時などにも重宝する呪文である。
ただリアルタイムで互いの情報を共有していると『個』という感覚が薄れていき、遍在の数が多い程それに拍車が掛かって最終的には自我の崩壊を招くとされている為、多用するのは禁じられている。
ワルドはこれを運用する時は敢えて殆どの共有感覚を閉じ、遍在がどこにいるか程度の情報しか把握しない様にしていた。
遍在の蓄えた情報は呪文を解除すれば自然にフィードバックされる。
情報を共有化している時はうっかりミスをする可能性が高くなるのでそれを防ぐ、というのがワルドの判断だった訳だが、今回はそれが完全に裏目に出てしまっていた。
クロコダインの実力を把握するという目的でわざと決闘じみた対決を演出したのだが、魔法を解除する前に『遍在』の自分が消滅してしまったのである。
苦戦は予想していたが、まさか自分が敗れるとは思ってもいなかった為、相手がどんな戦いをしていたかさっぱり判らないというある意味間抜けな状態にワルドはなってしまっていた。
判明しているのは『遍在』の自分がライトニング・クラウドを複数回使ったという事ぐらいである。
まあ一撃必殺の色合いの濃い雷撃呪文を何度も撃ち込むという時点でとんでもない展開の戦いだったのだろう、というのはおおよそ想像がつく。
(実力を見誤っていたか。少し僕は調子に乗りすぎていたのかもしれないな)
軍の一部からはウォー・ホリックなどと揶揄される位、ワルドは暇さえあれば戦いの場に足を運んでいた。
研鑽を怠らなかった結果として20代半ばでグリフォン隊隊長に抜擢され、多くの者にその実力を認められる様になる。
それでも慢心を戒め、自分より年上であるマンティコア隊やヒポグリフ隊の隊長たち、あるいは『白炎』や『地下水』といった高名な傭兵メイジにも負けぬ戦闘経験を積むべく努力を重ねてきたつもりであった。
しかし現実に『遍在』は倒されているのだ。相討ちならばまだしも、一方的にやられた可能性もないわけではない。
やがて自分の前に現れたもう1人の自分に、ワルドは話しかけた。
「やあ子爵。するべき事は分かっているね」
「もちろんだとも、子爵。まずはラ・ロシェールへ赴きあの使い魔たちの現状を調べてこよう」
そう言って『遍在』のワルドは懐から白い仮面を取りだす。
「あとフーケにも後を追うよう伝えてくれ。死んでいなければだが」
「了解した」
「交戦する必要はない。くれぐれも見つからないよう、情報収集に努めてくれ」
慎重だね、と肩をすくめる『遍在』にワルドは苦笑した。
「情報収集だって立派な戦いさ。確実に相手を倒せるなら仕掛けるのも手だが、追いつめられた敵にしっぺ返しを喰らうのもつまらないだろう」
それもそうか、と仮面をつけたワルドは身軽に甲板から飛び降りた。そのまま『飛行』で闇の中へと消えていく。
分身を見送ったワルドは、今度こそ風石の消費を押さえる為の呪文を唱えるのだった。

日暮れを迎えたラ・ロシェールを風竜が飛ぶ。
目指すは町のシンボルでもある巨大樹だ。
「フネはまだいるかい?」
訪ねるギーシュにシルフィードと視覚を同調させたタバサは首を横に振った。
無事に辿り着いて出航したのならいいが、敵の別動隊にフネが落とされた可能性もある。
樹の周囲を見渡したタバサは、枝の一本が半ばから折れているのに気がついた。町に服を買いに行った時にはそんな様子はなかったので、おそらく戦闘があったのだろうと判断する。
更にシルフィードを加速させ、メイジ2人と使い魔3匹は丘の上にそびえ立つ樹の下に降り立った。
そこで彼らが見た物は、10メイルはあるだろう黒く焦げた樹の枝を持ち上げ、何かを探しているクロコダインの姿であった。
2人の姿を認めて無事だったかと微かに笑みを浮かべる獣人に駆け寄ったギーシュが素っ頓狂な声を上げる。
「一体何をしているんだねってちょっとひどい怪我じゃないか! だだだ大丈夫なのか!?」
すっかり暗くなっていたら遠目には気付かなかったが、白かったマントは黒く焦げて鎧も一部傷付いている。
更に左手の鱗は一部がめくれあがってしまっていて、滅多な事では表情を変えないタバサも顔をしかめていた。
「見た目ほど酷くはないさ。それより丁度いいところへ来てくれた。『魔法の筒』がこの辺りに落ちている筈なんだが、探すのを手伝ってくれないか」
樹の枝を持ち上げていたのはそれが理由かとギーシュ、タバサは思いつつ、使い魔たちに捜索するよう命じる。
彼らは夜眼が利く為、下手に主が探すよりは効率的だろうという判断だった。
「とにかく治療を」
「そうだよ、君は大丈夫かもしれないが見ているこっちが痛いから、今のうちに直したほうがいい」
ギーシュは荷物の中から水の秘薬を2本ばかり取り出してクロコダインに差し出す。
タバサは風系統のメイジで治療呪文は得手ではないが、トライアングルクラスであり、おおっぴらには出来ないもののシュバリエとしての活動でこの手の呪文は使い慣れていた。
高価な秘薬の効果もあり、怪我はゆっくりと、しかし確実に回復していく。
「やっぱりここにも敵がいたみたいだね。ルイズたちは無事にフネに乗れたのかい?」
ギーシュの心配そうな問いに、クロコダインは簡略にあらましを説明した。

クロコダインの話はごく短いものだったが、それでも質問者を驚かせるに充分な内容であった。
とはいえギーシュとタバサでは驚くポイントがそれぞれ異なっている。
ギーシュはクロコダインが言うところの風の槌(エア・ハンマー)、風の剣(エア・カッター)、雷(ライトニング・クラウド)を何度も喰らい、それでも軽傷と火傷程度で済んでいる耐久力に驚いていた。
特に桟橋に使われる大きさの枝をへし折る威力を持っているライトニングの直撃を、「少し痛いが我慢できない訳ではない」などと評された時には、思わずツッコミを入れそうになったものである。
一方タバサは敵である白い仮面の男に驚異と警戒心を抱いていた。
クロコダインの話では、敵の魔法は殆ど間髪入れずに彼に襲いかかってきたという。
それが本当なら、相手は尋常ではない実力の持ち主だ。
どんな魔法も呪文を唱えなければ発動しない。そして威力の強い魔法ほど詠唱時間は長くなる傾向にある。
ライトニング・クラウドを詠唱時間を感じさせない速さで撃ち込むなど自分の腕では出来そうにない。
それを可能にするには何らかのマジックアイテムを使用するか、もしくは才能のある者が血の滲むような修練を積むかのどちらかだった。
使っている魔法からして風メイジなのだろう。そしてクロコダインが倒した敵が『消滅』した事を考えると、敵は『偏在』を使えるスクエアクラスとみて間違いはない。
白い仮面というセンスはともかくとしても、決して油断のならない男なのは確かであった。

フネはかなりのスピードで空路を進んでいる。
ワルドの風魔法が推進力となっているのはもちろんの事、たまたま追い風であったのは日頃の行いの為せる業だったのだろうか。
何にせよワルドが後方で働いている間、ルイズとキュルケはあてがわれた客室で休んでいた。
ルイズなどは残してきた者たちが心配なのと、婚約者が働いているのに休むのは気が引けるのとでなかなか寝付けなかったのだが、キュルケは休むのも仕事のうちと割り切ってすぐに眠っていたりする。
ワルドがほとんど精神力が空になるまで魔法を行使した結果として、フネは通常の倍以上の速さで白の国へと向かっていた。

『女神の杵』亭から数ブロック離れた場所にある『金の酒樽』亭。その裏路地にフーケの姿があった。
もう完全に日は暮れていたが、ようやく『眠りの雲』の効果から覚めた衛兵たちが慌ただしく動き始めたのもあり、表通りはかなりざわついているようだ。
フーケは気配を消しながら『金の酒樽』亭の方を伺うが、雇い主である仮面の男の姿はない。
わざわざこの宿とは逆方向に逃げた上で、魔法でトンネルを作りここまで地下を通ってくるという周到振りのフーケであった。
当然その分は余計に時間が掛かっている訳だが、あの男はまだいない。
(返り討ちにあって死んだかね?)
など考えてしまうのは、フーケがあの使い魔の実力を知っているからだ。
まあそれならそれでさっさと逐電できるというものである。
まあ一応は明日の朝まで待つとして、とりあえず取りそびれた晩飯でも食べようと怪盗は廃屋じみた建物へと入っていくのだった。

結局『魔法の筒』の捜索は、夜半に差し掛かる頃までかかってしまった。
見つけたのはヴェルダンデで、木の下敷きになり半ば埋まっているのを探し出したのだ。
雷に撃たれるは数十メイルを落下するはと散々な目にあったものの、幸いにして壊れてはいなかったので、クロコダインは早速ワイバーンを呼び出した。
今頃になってやってきた衛兵たちは、タバサやギーシュが適当かつ嘘を交えながら対応し丁重にお引き取り願った訳だが、宿の主らの話を聞いて彼らが再び事情を聴きに来ないとも限らない。
ルイズたちとは随分と差がついてしまったが、距離と時間を取り戻すべく彼らは空へ飛び立っていった。

食事をしながらもフーケは警戒を怠ってはいなかったのだが、どういう訳か官憲の類が宿に現れる事はなかった。
流石にアルコールを摂る気にはなれず、いっそこのまま休んで精神力の回復に専念しようかと思い始めた段になって、ようやく待ち人が現れる。
現れたのはいいが、その恰好を見てフーケは持っていたスプーンをスープ皿の中にダイブさせた。
何となれば、件の雇い主は未だ仮面をつけたままだったのである。
あんな騒ぎがあったせいで町は騒然としており皆が警戒心を露わにしているにも関わらず、未だに仮面を外そうとしないこの男にフーケは頭痛を覚えた。
まあ冷静に考えると仮面なしでは雇い主かどうか判断できない訳だが、そういった理屈をどこかへやってしまう様な恰好なのも確かではある。誰がどう見ても怪しいからだ。
相手に口を挟む余地など与えず、彼女は強引に白仮面を路地裏へと連れ出した。
自分1人なら役人だの衛兵だのが来てもごまかす自信があるフーケだったが、正直こんな仮面と一緒にいては何もかもが台無しである。
そんな思いを知ってか知らずか、男はおとなしくついてきた。

「首尾は」
男が短く訪ねてくるのを聞いて、こちらの様子は把握していないとフーケは判断した。
「いいところであの使い魔がきてね」
彼女は敢えて忌々しげな顔を作り、肩をすくめてみせる。
嘘は言っていない。その後ゴーレムに一撃を入れたのが学生たちだというのを伏せているだけだ。
仮面の男はフン、と鼻を鳴らす。
「足止め程度の役目は果たして欲しいのだがな」
「生憎と盗みが本業でね」
フーケは男の皮肉を聞き流した。そもそも自分からレコン・キスタに参加した訳ではない。過剰な期待は迷惑であった。
「そういうアンタはどうなんだい」
「予定通り、連中はアルビオンへ向かった」
「は?」
思わず聞き返すフーケに、男はもう一度同じ台詞を、今度は『予定通り』に強いイントネーションを置いて言い直す。
(やっぱりコイツも負けたわけね)
そう思ったものの、口には出さないフーケである。この手の男が素直に負けを認めるとは思っていないし、他者からそれを指摘されて喜ぶとは到底思えない。
「で、これからどうするんだい? 『予定通り』に飛んでいった連中を追っかけるとか言うわけ?」
この騒ぎのせいでフネが出るかは微妙なところであった。あったとしてもこんな胡散臭い一行を乗せてくれるかどうか。
ルイズたちのように飛行可能な使い魔がいるか、もしくはレコン・キスタがフネを持っていればそんな心配もいらないのだろうけれど。
正直フーケとしてはここらで逃げたいというのが本音であった。
白の国に行くのは何かとリスクが高いのだ。自分の顔を知っている人間がいるかもしれないし、血の繋がらない自分の『家族』の存在がバレても困る。
ただこの場から逃げたとしても状況は好転しない事も彼女はよく分かっていた。
レコン・キスタからは追っ手がかかるだろうし、碌に組織の情報を持っていない彼女をオスマンが匿う理由はない。
……女の武器を使えばあっさり陥落しそうではあるが、それは出来れば最後の手段にとっておきたかった。
どのみち傭兵たちが当てにならない以上、この白仮面がレコン・キスタ本隊に合流する可能性が高いとフーケは踏んでいる。
というか、あのクロコダインと一戦交えているのだろうから、普通ならたった2人で連中に対抗しようなどとは思わないだろう。
本隊に合流できれば情報は盗りやすくなる。その手の仕事は怪盗時代の必須項目だったので、少なくと相手を傷つけないように戦うよりは気楽であった。
とまあ、さっさとオスマンの依頼を果たしてトンズラしようと考えるフーケに、仮面の男が何か答えようとしたその時。
突然、何の前触れもなく、路地裏に局所的な竜巻が発生した。
悲鳴すら上げず男は天高く舞い上がる。
暴風の中でもみくちゃになりながら大体20メイルくらいの高さに至ったところで、彼は一緒に巻き上げられた大人の頭ほどもある、以前は建物だったのであろう岩と激突した。
傍目にもかなりマズいんじゃないかと判る角度で首が曲がった後、男の姿は如何なる理由か跡形もなく消えてしまい、瓦礫だけが残される。
最後まで仮面が外れない様に押さえていたのは呆れるべきなのか賞賛するべきなのか。
全く現実感のない光景にフーケが呆然としている間に、竜巻は現れた時と同様、前触れもなく消滅した。

同時刻、精神力のほぼ全てをフネの加速の為に使ったワルドは『遍在』の消失を感じ取っていた。
前回の反省を生かし感覚同調をしていた矢先の出来事である。
船室で軽く休憩を取っていたのが幸いし、動揺を他人に悟られたりはしなかったものの、鼓動は激しく冷たい汗が背中を濡らしていた。
感覚同調はしていたものの、正直何が起きたのか全く分からない。
混乱する頭で考えてみるが、おそらく風魔法の直撃を受けたのだろうという、スクエア・メイジとも思えぬ結論しか出なかった。
身体が切り刻まれていない以上『竜巻刃』ではないと思うが、決して『竜巻』の威力ではない。
しかしあんな威力の風魔法など存在しない。少なくとも魔法衛士隊隊長の自分が知らない以上、そんな魔法が存在する可能性はないと言っても過言ではないだろう。
確かにドット・メイジとスクエア・メイジでは同じ魔法を唱えても威力は異なるし、その時の感情で魔法の威力が上がる事もさほど珍しくはない。
だが、常識的に考えて『竜巻』があんな威力になる訳がないのだ。
よって、あれは未知のマジックアイテムを持っている何者かの仕業ではないか。ワルドはそう判断する。
そう、あの攻撃が系統魔法ではなく先住魔法だとすれば、該当する風魔法がないのにも一応の説明は付くのだ。
ただ、クロコダインが先住の力を使えるのかは不明であり、まだ会って一日程度しか経っていないのだが、彼が後ろから声も掛けずに攻撃してくるような性格をしているようには思えなかった。
(いや、これは買いかぶりかな)
ワルドは思わず苦笑する。
確かにクロコダインは武人めいているが、だからといって常に正々堂々と正面から敵に挑むとは限らない。相手の虚を突くのも立派な戦術だからだ。
しかしワルドには、他に自分を攻撃してくるような相手に心当たりはなかった。
敵が多いのは自覚しているが、自分がラ・ロシェールにいるのを知っているのは本当に極一部の人間に限られている。そしてその中にあんな非常識な魔法を繰り出すような輩はいない筈だ。
敵の正体やフーケの安否が気にならないと言えば嘘になるが、今の精神力で『遍在』を作るのは不可能だった。
(全く、何故こうも次々に厄介事が襲いかかるのか)
そんなことを思いながら、ワルドは精神力の回復に努めるべく目を閉じる事にした。

フーケは生きていた。
もっとも、今の場所からあと4歩ばかり前に立っていたら確実にあの『竜巻』に巻き込まれていただろうが。
実は、彼女の前には現在1人のメイジが立っている。相手がメイジだというのは手に杖を持っている事から分かった。
相手は自分と同じくらいの背丈で、編み上げブーツに厚手のズボンと上着、羽帽子を目深に被っている。
服装自体はフーケと大差のないものだが、一つだけ彼女とは大きな違いがあった。
なんとなれば、かのメイジの顔の下半分は仮面で覆い隠されていたのだ。そのお陰で相手が男か女かも判らない有様である。
ぶっちゃけ怪しい事この上もないが、自分が言える立場ではない。
白仮面を吹き飛ばしたさっきの魔法はこのメイジが唱えたものだろう。
一緒に飛ばされなかったのは故意か偶然か現段階では判断のしようがないが、油断出来ないのは確かだ。
袖口に隠した杖の存在を確認しつつ、フーケは相手の出方を待つ事にした。
万が一こちらの味方だった場合、先制攻撃して相手を怒らせてしまっては元も子もない。
同時に敵だった場合は相手の足下にトンネル掘って一目散に逃げようと心に決める。こちとらただの盗賊だ、あんな風魔法の使い手に立ち向かう気など毛頭ない。
「お前が『土くれ』のフーケか」
仮面のメイジはフーケの心中など察する気配もなく問うてきた。
その声は高からず低からず、少し高めの男の声にも、やや低い女の声のようにも聞こえ、フーケを一層困惑させる。
「確かに私がその『土くれ』だけど、いったい何の用だい」
警戒を解かぬフーケに、メイジはあっさりと告げた。
「学院長に話は聞いている。レコン・キスタの情報とこの町で何が起きていたのか、教えてもらおう」
フーケは目の前のメイジに悟られぬようにため息をつく。
「何が起きたかはある程度話せるけど、レコン・キスタに関しちゃ碌に調べはついてないよ」
帽子の向こうで眉を顰める気配をフーケは敏感に感じ取った。
あちらにしてみれば今まで何をしていたと言いたいのだろうが、生憎とこちらにも言い分はある。
「丁度調べようとした矢先に、何でか情報源が天高く舞い上がっちまってね。そのまま消えたところを見るとありゃ『遍在』なんだろうけど」
だから敵方に風のスクエア・メイジがいるのは確実だろうね、とフーケはそう言って肩をすくめて見せた。
相手は仮面の奥でちょっとばつの悪い表情を浮かべつつ、あれでも最小限の威力なんだがと考えていたが、残念ながらそんな内心はフーケには知る由もない。
ただ怒らせて得な相手ではないのは重々承知していたので、知っている事を伝えるのに抵抗はなかった。
昨晩の戦いと、ルイズたちが既に白の国に向かったらしいと話すと、仮面のメイジは考え込むような素振りを見せる。
「今日フネが飛ぶかどうかは微妙だと思うけど、空のお城に行く手だてはあるのかい?」
依頼主が消えてしまったのでフーケはレコン・キスタに連絡を取る術はない。
ただあの白仮面が『遍在』であった以上、近いうちに再び接触を図ってくるだろう。その時にこの性別不詳のメイジが傭兵とでも偽って組織に潜り込むのはさほど難しい話ではないのだ。
「悪いが先を急ぐ。使い魔で後を追うから、そちらはここでレコン・キスタのコンタクトを待て」
そうかい、と返事をしてから、フーケはふと思い出したかのように尋ねた。
「ねえ、私はアンタの事をなんて呼べばいいのさ」
メイジは一瞬の間の後にこう答える。
「そうだな。私の事は『サンドリオン』とでも呼んでもらおうか」
フーケは<灰かぶり>と名乗るその声に、何故か少しの笑みが含まれている様な気がしてならなかった。

流石はスクエアというべきか、ワルドの風魔法は風石の消費を抑えるだけに納まらず通常の飛行時よりも距離と速度を稼いでいた。
「まったく風メイジ様様じゃないか」
「毎回乗ってくれないっすかね」
マストの上部に据え付けられた鐘楼でそんな事を言い合う見張りの船員たちである。
この空域はアルビオンの貴族派が制圧してはいるが、頻繁にフネを浮かべているわけではない。
王党派との単発的な戦闘に巻き込まれるかもしれないし、数は少ないとは言え空賊などと呼ばれる無頼の輩も存在する。
そういった事情がなくとも急な天候の変化や最適な気流を読むのにも見張りは必要不可欠であった。
「っと、そろそろ交代の時間だな」
彼方の空が白くなりつつあるのを見て、ベテランの水夫が呟く。
相方の若い水夫があくびをこらえていると、下から交代要員が上がってくるのが見えた。
「よう、夜番お疲れさん」
「あいよ、特に異常はなかったぜ」
挨拶と申し送りを済ませ、2人は甲板へと降り体を伸ばす。
窮屈な鐘楼では出来ないストレッチを一通りこなし、ベッドへ潜り込もうと船内に戻ろうとする彼らに誰かが話しかけてきた。
「ああ、お疲れだったな」
「どうしたんです、船長」
初老の男は帽子の下の目を細める。
「なに、年寄りはどうも目が覚めるのが早くてな」
そんなもんスか、と笑う若手とは異なり、30代の水夫は船長が嘘をついているのを知っていた。
一介の水夫から叩き上げで自分のフネを持つまでになったこの男は、どんな時も下の者への気配りを忘れない。
「今から寝るんだろう? その前にどうだ」
船長は懐から小さな瓶を2本ばかり取り出した。
それはラ・ロシェールで最近売り出されたワインである。あえて小さな瓶にする事で価格を抑え、かさばらない上に小洒落たデザインで女性にも人気が高い逸品だった。
「いいんすか? いいなら遠慮なく貰っちゃいますが」
結構な値段であるのを知っている水夫が尋ねるが、船長は鷹揚に手を振ってみせる。
「気にするな。こないだの積み荷は割といい商売だったし、今回も何もなきゃあいい値が付くだろう」
この程度の出費はどうという事もない、という船長に、部下もそれならと小瓶を受け取った。
「しかしあれだな。風石はいつもより少ないってのに、ペース自体は通常より速いってのもおかしなもんだ」
風メイジってのは便利なもんだと感慨深げな船長に、船員2人は思わず吹き出してしまう。
「おいおい、いきなり笑い出すたあ気ぃ悪いな」
内容ほどには怒っていない表情の船長に、見張り中似たような事を言っていたのだと説明すると、彼は肩をすくめてみせた。
「これでかなりのお代まで頂いてるんだ、かなりの上客だと思わないか」
うんうんと肯く中年の水夫だったが、若手の方は異論がある様でしきりに首を横に振っている。
「でも女連れですぜ。しかもかなりの美人を2人も! これは減点と言わざるを得ません」
「嫉妬丸だしかよ。ていうか1人はまだ子供だったじゃないか」
軽く突っ込むベテラン水夫であった。
彼は運がいい。もしこの場にルイズがいたら大変な事になっていただろうから。
一方、若手の方は突っ込みに怯む様子もなく、逆にテンションが上がっていた。
「それがいいんじゃないですか……!」
「同意を求めるなや。悪いがお前と俺とは住む世界が違っていた様だ」
「感染るとイヤだからこっち来んな。それから陸に降りた後でうちの孫娘の半径30メイル以内に近寄ったらマジ殺す」
笑顔で、しかし可哀想なモノを見る目で上司2人が口々に言うのを聞いて、彼はやれやれという素振りをする。
「アンタ等はホント雅というものを解さないんだな。いいか、この世で一番大切なのは」
「なあ、なんでこんなん雇ったんだよ船長」
「最初は若いのに熱意のある奴だと思ったんだがなあ……」
「どう考えても熱意を向ける方向が色々間違ってるぞ……」
終わる気配を一向に見せない若手の熱弁を、右から左に聞き流しながら、彼らは「最近の若い者は」という、いつの時代にも存在するフレーズを思い浮かべていた。

そんなこんなでルイズたちが目を覚ましたのは、完全に夜が明けきった頃であった。
互いの部屋を出たところでバッタリ出くわしたルイズとキュルケは、学院にいる時と変わらぬ調子で言い合いながら甲板へ出る。
既に起きていたワルドは船員と何事か話し込んでいたが、ルイズたちの姿を見て手を振ってきた。
「おはようございます、ワルド様」
「ああ、おはよう。よく眠れたかい?」
「はい、おかげさまで。あの、ワルド様は大丈夫ですか?」
心配そうなルイズにワルドは笑ってみせる。
「昨夜は限界近くまで精神力を使ったが、幸いここのベッドは寝心地が良くてね。完調とまではいかないがそれなりに回復したよ」
ほっと胸をなで下ろすルイズであったが、突然後ろから覆い被さってきた級友に驚き声を上げた。
「ちょ、ちょちょちょっと何よキュルケ! 重いからどきなさいってば!」
何せこの女、ルイズより頭ひとつ身長が高い上に胸の大きさときたら倍どころではすまないのである。
こうも密着されると、乙女のプライドとかコンプレックスとかが強制的に刺激されてしまうのだった。
「重いとは失礼ねー。まあそんな事よりお腹すいちゃったんだけど」
「もう、仕方ないわね。とりあえずその辺に生えてる草でも食べてなさいよ」
「人を牛みたいに言うな! 大体フネに草なんか生えてる訳ないでしょ!」
律儀に突っ込むキュルケである。
少女たちのじゃれあいに苦笑する事しきりだったワルドは、3人分の朝食を確保するべく後甲板で操船している船長の元へ行くことにした。

「ねえ、ルイズはアルビオンには行った事あるんだっけ」
眼下の雲を眺めながら、やっとルイズの背から離れたキュルケが聞いてくる。
「あるわよ、もう6年くらい前の話だけど」
あの時は病弱な下の姉も比較的元気で、家族全員で旅行に行けたのがとても嬉しかったのを覚えている。
もっとも今にして思えば、あれはただの家族旅行ではなかったのだろう。
おそらく父は公爵家の当主として隣国の王族や大貴族たちに会っている筈であるし、母や既に王立魔法研究所に勤めていた上の姉も複数の宴の席に呼ばれていた記憶がある。
下の姉カトレアは病弱なのを、ルイズはまだ幼いのを理由に専ら留守番役であったが、実のところ親バカなヴァリエール公爵がなんのかんのと理由を付けて表に出したくなかっただけだという事までは流石に見抜けなかった。
長姉であるエレオノールにしても公爵はパーティ参加を渋っていたのだが、結婚適齢期がやや過ぎようとしていたり妻の視線が怖かったりで、結局黙認せざるを得なかったのだが。
「そういうキュルケは行った事あるの?」
ルイズの問いにキュルケは首を横に振った。
「アルビオンとガリアにはまだ行ってないのよ。ロマリアには随分小さい頃に行ったらしいんだけど、余り覚えてないわ」
大聖堂で迷子になって大声で泣いたなどと、事あるごとに親から聞かされてはいるが、そんな頃の話など知るかそんなもんと彼女は思う。
「トリステインには卒業までいるのだから、後はガリアだけね」
自由が利くうちに色んなところへ行っておきたいわ、と笑うキュルケであるが、これから行くアルビオンが内戦中だというのを忘れた訳ではない。
今考えても仕方がない事は考えないと割り切っているだけだ。
ふうん、と相づちを打つルイズだったが、鐘楼の船員からアルビオンを視認したという報告を聞き空を見上げた。
雲の切れ間から覗く巨大な岩肌、遠くに見える山脈と空に降り注ぐ大河、それはまさしく浮遊大陸アルビオンの偉容であった。
「話には聞いていたけど、実際目の当たりにすると凄いものねえ」
隣でキュルケが呟くのが聞こえる。普段は大人びている彼女がこの時ばかりはほんの少し幼く見えた。
「これからスカボローの港に到着ね。あとはレコン・キスタの間隙を縫って、何としてでもウェールズ王子に会わないと……」
「今タバサやクロコダインたちは空の上よ。流石にどれくらい離れているかまでは分からないけど」
フレイムと視覚共有したキュルケが告げる。任務内容をうっかり口にしてしまっているルイズに関しては、何も聞かなかったという事にした。
「みんな無事なのね!?」
詰め寄るルイズに、キュルケは目を凝らす様な表情を浮かべる。
「タバサとギーシュは大丈夫そうよ。クロコダインは……何かマントとか焦げちゃってるけど、外傷とかは無いように見える、たぶん」
フレイムはシルフィードやワイバーンほど視力に優れている訳ではない。少し離れたところを飛んでいるクロコダインの細かい怪我などは把握しようがなかった。
ルイズもそれは分かっているので、とにかく無事が確認できただけで良しとする事にする。
服が焦げているのはライトニング・クラウドのせいなのだろうが、大きな怪我はないらしいのできっと攻撃を寸前で見切ったりしたのだろう。
まさか直撃を3回も喰らっているなどとは思いもよらない。当たり前だが。
まあでもこの調子なら合流できるのも近いだろう。そんな風に思うルイズのはるか上、鐘楼から見張りをしていた水夫の声がした。
「右舷上方の雲中よりフネが急速接近!」
え? と戸惑うルイズをよそに周囲は俄かに慌ただしくなる。
作業中だった船員たちは動きを止め、幾人かは移動式の砲台へと駆け寄り、後甲板のワルドと操船を副長に任せた船長は揃って右舷へ走る。
「軍艦だな」
フネが近付くにつれ、自分たちの乗る『マリー・ガラント』号より一回りは大きく、船体には黒くタールが塗られているのが分かった。
そして何より、片舷に並ぶ20門以上の大砲がこちらに狙いを付けている。
「アルビオンの貴族派か……?」
船長は眉を顰めた。積み荷の硫黄は貴族派に売るためのものだ。こんなところでちょっかいをかけられる謂われはない。
急いで船員にその旨を手旗信号で知らせるよう指示するが、しかし相手の船からの応答はなかった。
どういう事かと思っていると、隣で『遠見』の魔法を使ったワルドが緊迫した声で忠告する。
「不味いぞ船長、あのフネは旗を掲げていない!」
基本的にフネは所属する国家や軍、家紋などを掲げているのが普通である。それがないという事から1つの推測が船長の脳裏をよぎった。
「空賊だ! 全速で離脱、雲の中に隠れろ!」
指示を受けた副長が舵を切るのと同時に、並行し始めた所属不明のフネが威嚇射撃を開始する。
ち、と舌打ちする船長の前で、黒いフネは停船命令を出してきた。
「どうします、船長!」
血気盛んな水夫たちが指示を求めてくる。民間船とはいえ武装はある、戦えないわけではない。
しかしこちらは移動式の大砲が3門なのに対し、あちらは片舷だけでも20数門の砲列があるのだ。まともにやりあって勝てる相手ではない。
隣に立っているワルドを見ると、彼は冷静に言ってのけた。
「すまないが今の精神力では勝ち目は薄いな。素直に相手に従った方がいい」
船長は大きく溜息をついて、停船するよう船員に指示を飛ばす。
「しかし!」
それでも納得のいかない様子の者に、船長は短く言った。
「積み荷などくれてやればいいが、お前たちの命はそうはいかん」
内心ではこれで破産だな、と思っているのだが、命さえあれば何とでもなるというのが彼のモットーである。また稼げばいいと割り切るしかなかった。

一方ワルドは接近してくるフネを見ながら前部甲板にいるルイズの元へと急ぐ。
(次から次へと飽きない旅路だが、しかしおかしいな)
最近は治安の悪化から活発化してきているとはいえ、あれほどのフネを空賊ごときが果たして維持運用できるものなのだろうか。
「ワルド様!」
心配そうに呼びかけるルイズに、ワルドは思索を中断した。
「空賊の様だ。抵抗はしない方が無難だろうね」
「あれだけ大砲がこっち向いてたらねえ……」
キュルケも忌々しそうに速度を同調させた黒船を見ながら同意する。
甲板に繋がれていたグリフォンは向こうの甲板から飛んできた『眠りの雲』によって既に無力化されていた。
「君たちは船室に隠れていた方がいいだろう」
「もう遅いようですわよ」
あっという間にフネとフネの間にはロープが張り巡らされ、慣れた様子の賊たちが乗り移ってくる。
その数、およそ20名強。全員が曲刀などで武装していたが、グリフォンの例からしてメイジも混ざっていると思われた。
空賊の頭と思われる男が船長を呼びつけている間にも、不躾な視線がルイズとキュルケに突き刺さってくる。
交渉、というよりは一方的な略奪を力で押しつけた頭は、少し驚いた様子で近付いてきた。
「こいつぁ驚いた。貴族まで乗ってるたぁな」
赤銅色の逞しい体躯に無精ひげ、左目に眼帯を巻いているという、まさに絵本から抜け出てきたかのような姿の男に、しかしルイズは怯んだ様子も見せない。
「下がりなさい、下郎!」
横でキュルケがもうちょっと対応を考えなさいよという顔をするが、彼女にしてもこんな男に話しかけられていたらおそらく似たような態度を取っていただろう。
ルイズの言葉に「下郎ときたか!」と大笑いした男は、手下たちに命令した。
「おい、こいつらも連れて行くぞ。うまくすりゃあ身代金をたんまりせしめられるだろうよ!」


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最終更新:2009年11月13日 13:09
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