ゼロの剣士-02


#1

自分の部屋、自分のベッドを目の前にして、少女は肩を震わせていた。
薄桃色の長い髪は肩の動きと共に波打ち、
怒りとも悲しみともつかぬ感情の揺れが、涙となって瞳に溜まる。
少女の名はルイズ・フランソワ―ズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
『ゼロ』といういささか不名誉な二つ名を持つメイジだったが、彼女は今日、ある魔法を成功させた。
サモン・サーヴァント――使い魔召喚の儀である。
そのおかげで昨夜、少々不安に思いながらも用意した使い魔用の寝床も無駄にせずに済むはずだった。
今頃は大好きな姉に向けて、どんな使い魔を召喚したか、喜々として手紙を書いているはずだった。
しかし――藁で作ったその寝床には今、彼女の夢想した美しくも強力な使い魔など存在せず、
代わりにボロボロに傷ついた1人の男が彼女自身のベッドで横たわっていた。

「一体、この状況はなんなのよ……?」

ルイズは本日何十回目かの自問を再び繰り返し、また頭を抱える。
彼女がサモン・サーヴァントで呼び出したのは1人の男。
それもボロボロに傷ついて瀕死になった、ただの平民だった。
召喚される使い魔は主の力量を示唆すると言われるが、これは彼女にとってあまりに残酷な現実。
コルベールは、この男は身なりから見て傭兵かもしれないなどと言っていたが、それがなんだというのか?
傭兵と言えど、平民がメイジに勝つなどありえない。
実際キュルケなど、「このヤケドは火のメイジにやられたのかもね~」などとやけに誇らしげにのたまって……。

「どうして? どうして私だけ……」

泣き言を言っても、どこからも返事は帰ってこなかった。
治療をしたとはいえ、この男はまだ立派な重傷人。
しばらくは寝たきりのままだろう。
明日、新しい使い魔で溢れる教室に1人で入っていくのかと思うと
ルイズはひどくみじめな気持になって、溜まっていた涙が遂にぽろりと落ちた。
最初の涙がこぼれると、あとはもうと止めようもない。
少女はただ声を押し殺し、まるで吐くような格好で泣きじゃくった。
結局その日、ルイズは新しい使い魔と一言も声を交わすことなく、最悪の気分のまま眠りを迎えた。


#2


――翌朝

「ここは、どこだ……?」

目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋だった。
魔剣戦士ヒュンケル、ハルケギニアに来て初の覚醒である。
痛みを堪えて身を起こし、辺りを見回すと、明け方の微かな光の中で、淡いピンクの色が目を引いた。
目をこらすと、床に誰かが横たわっているのだと分かる。

「マァム? ……いや、人違いか」

床に敷かれた藁の上で、見知らぬ少女が寝息を立てていた。
状況から見て、どうやらこの少女が看病をしてくれたらしい。
少女は回復呪文の使い手なのか、致命的だったはずの傷も、かなりの部分が治っていた。
いや、実際には未だ常人には耐えがたい大怪我なのだが、この男にとっては「まあ動けるかな」程度には回復していた。
おそらくヒュンケルが眠っていたベッドも、本来は少女のものに違いない。

「感謝しなくてはならないのだろうな」

目を伏せてつぶやくと、ヒュンケルは少女をそっと抱えあげ、ベッドの上に運んだ。
少女は少し身じろぎしたが、すぐにまた寝息を立て始める。
起こして事情を聞くことも考えたが、ヒュンケルは魔王軍の軍団長をしていた男である。
普通の少女が関わりを持ってためになるような人間では決してないという自覚が彼にはあった。
もしかするとヒュンケルは、少女の親や、友人の仇でさえあるかもしれないのだ。
すぐに立ち去った方が無難だろう。
ヒュンケルは壁に立てかけてあった魔剣を見つけると、それを手に取り、部屋から出て行こうとした。
しかし――

「ここは、パプニカではない……?」

窓からふと見えた光景が、ヒュンケルをたじろがせた。
最初は民家だと思っていたこの部屋だったが、実際は草原にそびえる小城の一室。
ヒュンケルがダイと死闘を繰り広げた場所はパプニカの地底魔城だったが、
パプニカの主たる拠点はヒュンケル自身がのきなみ潰してしまっていた。
こんなに目立つ城を魔王軍の諜報部隊が見逃しているはずもないし、なによりも――

「月が、二つ……!?」

霞みはじめた空に浮かぶは双月。
やはり自分は死んでいて、黄泉の国にいるのかと疑うほど現実味のない光景だった。

「やはり、この子を起こした方がいいか……。
 ……む、あれは?」

ヒュンケルの目が窓の下、薄暗がりの中を動く影を捉える。
服装から見て、どうやらこの城のメイドのようだ。
ヒュンケルはもう一度かたわらで眠る少女を見据えると、静かに部屋から出て行った。

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最終更新:2010年11月27日 19:16
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