ゼロの剣士-03



中庭を少し探すと、目当ての人物はすぐに見つかった。
探していたメイドは、水場で大量の洗濯ものを前に格闘している。
「……すまないが、少しいいか?」
一心不乱なその様子に躊躇いつつも後ろから声をかけると、
メイドは驚いたのか「きゃっ」と小さな悲鳴をあげて、おそるおそる振り返った。
黒髪黒目のメイドは最初不審げにヒュンケルの姿を見ていたが、すぐに何か思いついたようにパッと目を見開いた。
「失礼ですが、ミス・ヴァリエールに召喚された使い魔さんですか?」
「……使い魔?」
メイドの言うことは、すぐには意味の掴めぬ言葉だった。
無意識に拳を握りしめながら、ヒュンケルは否が応にも話を聞かねばなるまいと覚悟を決める。
「俺の名はヒュンケル。 すまないが、一から説明してくれないか?
 さっきまでずっと気を失っていて、何も覚えていないんだ」
「あっ、そうなんですか、すいません。
 私はこの学院で貴族の方々のお世話をさせていただいている、シエスタと申します。
 あの、お体の方はもう大丈夫なんですか……?」

メイド――シエスタはそう自己紹介すると、ヒュンケルに促されて説明を始めた。
ここがトリステインという国の魔法学院であること。
授業の一環として行われたサモン・サーヴァントでヒュンケルが召喚されたこと。
ヒュンケルが瀕死の状態だったので治療したこと。
そして、ヒュンケルを召喚したのが、ルイズという名の少女だということ――。

「あの、ミス・ヴァリエールはちょっと気が強いところがありますけど、悪い人じゃないと思います。
 えっと、平民のヒュンケルさんを呼び出したことにショックを受けてたようですけど、結局は高価な秘薬まで使って治療されましたし……」
暗い顔をしたヒュンケルを見て、シエスタは彼が「ルイズの使い魔」という境遇に不安を感じていると思ったらしい。
四苦八苦しながらルイズの美点を挙げるシエスタの言葉を聞きながら、ヒュンケルはしかし、まったく別のことを考えていた。
メイジ、使い魔、トリステイン、ハルケギニア……。
シエスタが少し訝しげな顔をしながら教えてくれた「常識」は、ヒュンケルのそれとはまったく異なるものだった。
二つの月を見た時から思っていたことだが、どうやら自分は、本当に異世界とやらに来てしまったらしい。
いつのまにか左手に刻まれていた使い魔のルーンを見つめ、ヒュンケルは深く、重い溜息をついた。

その後、洗濯を終えたシエスタは「そろそろ行かなきゃ」と言って腰を上げた。
話し始めた時には薄暗かった空は既に、だいぶ明るくなっている。
太陽は一つなのだなと思いながら、ヒュンケルはシエスタに礼を述べた。
口ぶりからして、彼女もヒュンケルの治療を少し手伝ったのだろうと気づいていたので、そのことも言い添えた。
面と向かって礼を言われたシエスタは照れたのか、頬を染めて慌てていたが、
「そろそろ部屋に戻ってミス・ヴァリエールを起こした方がいいですよ」と忠告して、小走りで去って行った。

部屋に戻ってみるとシエスタの推測通り、少女――ルイズという名だと判明した――はまだ眠っていた。
ヒュンケルはしばらくその寝顔を眺めながら、これから自分がどうするかを考える。
正直言って、今のヒュンケルには死ぬ理由はあれど、生きる理由など見当たらなかった。
普通に元の世界で目覚めたのなら、贖罪のためにダイ達の盾となる道もあっただろうが、
この世界で目覚めてしまった自分は、ただ生き恥を晒し続けるしかないように思えた。
血塗られた魔剣以外何も持たぬ自分に、この左手のルーンはどんな意味をもたらすというのか。
この少女は自分に、何を期待しているというのか。
あてどない思考は同じところをぐるぐると回り続け、ヒュンケルの気を沈ませた。

「……とりあえずは、この子次第か」

何はともあれ、自分がルイズに命を救われたという事実は変わらない。
しばらくは彼女の使い魔とやらをやるしかないのではないかとヒュンケルは思う。
あるいはそれは答えの先延ばしにすぎないのかもしれないが――。
「となると、まずは……」
未だルイズに起きる気配がしないのを見てとって、ヒュンケルはため息を吐いた。
ここも学院というからには、たぶん朝から授業があるのだろう。
放っておいて遅刻させるわけにもいくまい。
そうしてヒュンケルはこの世界に来て初めて、己の召喚主である少女に声をかけることとなった

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年11月10日 02:12
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。