ゼロの剣士-05


#1

朝食を食べ、授業が始まっても、ルイズの苛立ちは収まっていなかった。
食堂に向かう道すがら小言を垂れるルイズにもヒュンケルはどこ吹く風で、
シエスタとの約束があるからといって厨房に行ってしまったからだ。
聞くには、貴族用の重い食事ではまだ体に障るのでは心配したシエスタがヒュンケルを招いたらしい。

(なによ、シエスタやキュルケとばっかり仲良くしちゃって。あんなの胸ばっかりじゃない!)

ルイズとて鬼ではない。
本来なら平民の使い魔なぞ床に座らせて固いパンでも渡すところだが、病み上がりの今回は、特別にちゃんと食事させてやるつもりだったのに……。
昨夜予期した悲劇――使い魔なしで教室に行くという不名誉こそ免れたが、そのことへのささやか感謝の念もとうに消えうせていた。
主人である自分より先にメイドと知り合っていたことといい、キュルケと話していたことといい、ルイズには何もかも気に入らなかった。
使い魔の集団の中にいるヒュンケルは今、何を思っているのか。
ルイズのことをどう見ているのか。
そんな弱気が心の底にある自分自身も、ルイズは気に入らなかった。
そしてそんな様子は――つまり授業を全く聞いていないルイズの様子は――傍目から見ても丸わかりだったのだろう。
ミセス・シュヴルーズは軽い叱責と共にルイズに小石を錬金するよう命じた。
それは簡単な、初歩の魔法。
けれども、一度も成功させたことのない魔法。

「先生、やめてください!」「先生、代わりに私が!」「無理するなゼロのルイズ!」

必死に押しとどめる級友の言葉を振り払って、ルイズは完璧な発音で魔法を詠唱し――
例のごとく完璧に小石を爆散してのけた。

「イオラ級の威力だな」

意味不明な使い魔の言葉を背に、ルイズはがっくり肩を落としてうなだれた。

#2

二人だけしかいない教室に、椅子や机をひく音だけが響いている。
ルイズとヒュンケルは今、ルイズがやらかした爆発の後片付けをしていた。
罰として魔法を使ってはいけないと言われたが、
元からろくに魔法を使えないルイズにとって、それはちょっとした嫌味にしか聞こえなかった。
教室の雰囲気は、果てしなく重い。
倒れていた椅子を机に収めると、ルイズはついに耐えきれなくなって口を開いた。

「……『ゼロのルイズ』」

ぽつりとこぼしたルイズに、ヒュンケルはただ視線だけを飛ばした。
その目は続きを促しているようでもあり、ルイズを突き放しているようでもあった。

「聞いたでしょ? みんながわたしのことを『ゼロ』って呼んだのを。魔法成功率ゼロのメイジ。それがわたしよ……」

ヒュンケルはただ黙ってルイズを見つめていた。
きっと彼はこれまで、ルイズが自分を助けたのだと思っていたのだろう。
だから、嫌々ながらもルイズに従っていたのだろう。
しかし、事実はそれとは違うのだ。

「アンタが死にかけていた時だってわたしは何もできなかったわ。
 だって、アンタを医務室まで運ぶことさえ一人じゃできないんだもん。
 わたしがしたことはただ財布から金貨を出して、水の秘薬を買っただけ。
 メイジが聞いて呆れちゃうわよね?」

自虐は止められなかった。
言葉と共にとめどなく涙が流れ、メイジの証であるマントを濡らす。
これまでずっと蓄積されてきた負の感情が、昨日からのあれこれで爆発した形だった。
たかが平民の使い魔になんでこんなことをと思う自分がいたが、
そう思えば思うほど、「たかが平民」と大して変わらない自分がたまらなく悲しかった。
尚も続けようとするルイズだったが、ヒュンケルが突然その肩を力強く掴み、それを押しとどめた。
思わず顔を上げたルイズの涙の跡を、ヒュンケルは指先でそっと拭ってみせ、そして言った。

「俺の命を救ったのはお前だ、ルイズ。
 そもそもお前に召喚されなければ、俺はあのまま死んでいた。お前の魔法が俺を救ったのだ」

そう告げるとヒュンケルは、ルイズの眼前に左手をかざした。
涙で曇った視界に、不思議な文字が滲んで映った。
使い魔のルーン。
ルイズが、「ゼロ」じゃなくなった証。

「力があっても、使い方を間違えれば何にもならない。
 お前が成功させた最初の魔法が人の命を救ったということ。それを忘れるな」

――たとえ救ったのが俺のような人間でも。
ヒュンケルはそう付け加えてかすかに微笑むと、教室から出て行った。
思えばそれは、ルイズが初めて見た使い魔の笑顔。
初めてルイズに発せられた、心のこもった言葉だった。
後に残されたルイズは、さっきとは別の種類の涙がこぼれそうになるのを堪えながら、
「ご主人様をお前呼ばわりするんじゃないわよ使い魔!」と怒鳴ってみせた。

かくしてヒュンケルの特技――「ピンチに助っ人」属性は、ルイズの心を救うという形でささやかなお披露目を見た。

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最終更新:2010年11月27日 19:36
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