ゼロの剣士-11


#1

ギ―シュ・ド・グラモンはその日、遊びに興じる仲間達を尻目に特訓に明け暮れていた。
汗の滲む手に青銅の剣を握りしめ、ひたすら同じ動きを繰り返す。
毎日セットを怠らない髪は今や汗に濡れ、前髪が額に張り付いていた。
彼お気に入りの造花の杖は脱いだマントの上に置かれ、今はただじっと主が剣を振るう姿を見つめている。

ヴェストリの広場での敗北は、彼のこれまでの思想を根底から覆すような重大事だった。
ギ―シュはこれまで魔法の力を絶対のものと考え、自らの肉体を以って戦うことを軽視していた。
剣を振り回し、汗を流して戦うことを野蛮なこととさえ考え、そんなものは杖の一振りで一蹴できるものと思いこんでいたのだ。
しかしそこで――あの『ゼロ』の使い魔。
一介の剣士であるヒュンケルが、ギ―シュの思いこみを粉々にぶち壊した。
流れるようなあの動き。
多方向からの攻撃も華麗にいなすあの技術。
そして何より超人的な運動神経。
鍛えたからといって、自分があのようになれるとは思わない。
自分がメイジであるという誇りだって失ってはいない。
しかしそれでも……最後に頼れるのは己の身一つであることをギ―シュは痛感したのだ。
自分を負かしたヒュンケルに対する悪感情はもはやない。
ギ―シュはあの後、ヒュンケルに剣を教えてくれと頼んだが、その願いは言下に断られた。
剣の技量以前に、基本的な筋力を鍛えてこいとヒュンケルは指摘したのだ。
そこでギ―シュはひとまず自分で青銅の剣を錬金し、ひたすら素振りを繰り返すことから訓練を始めた。
八体目のワルキューレ。
ギ―シュは、自分自身がそれになるべく歩み始めた。

「ふう、今日はここまでにしておこうかな。モンモランシ―も退屈して行っちゃったし……」

今日のノルマを達成すると、ギ―シュは濡れた前髪を掻き上げてひとりごちた。
恋人のモンモランシーは最初こそギ―シュの特訓を見ていたが、そのうち退屈して帰ってしまった。
基本的にずっと同じことを繰り返すばかりだったのだから仕方ないが、ちょっとばかりの寂しさは感じる。
どうせ三日坊主で終わるでしょなんて言ってたモンモランシ―の顔を思い返し、
ギ―シュは「彼女も僕が構ってくれなくて寂しがってるのだ」と思って――というか願って、自分を慰めた。
疲れで軋む腕をさすりながら、ギ―シュは後で彼女をお茶にでも誘おうと心に決める。

木陰に置いておいたマントを羽織り、杖を手に取った時、ギ―シュは見慣れない感覚を覚えた。
足元が安定しないこの感じ、地震だろうか?
しかし遠くから聞こえる、奇妙は地響きは――。
不意にギ―シュは、辺りが急に薄暗くなったことに気がついた。
視線を上げた彼は、落ちかかった太陽を巨大な『何か』が隠しているのを目撃した。

#2

「それにしても随分買いこんじゃったわねえ」

王都からの帰りの道中、馬車に揺られながらキュルケが言った。
ルイズやキュルケの足元には、ぱんぱんに膨れ上がった袋がそれぞれ二つ。
主にヒュンケルの洋服が詰まったものが置かれていた。
ルイズの隣りに座ったヒュンケルは、珍しく疲れた顔で目を閉じている。
武器屋を出た後、あれこれ仕立て屋を連れ回され、これを着ろだのこっちがいいだの着せ替え人形のような目にあわされたのだ。
初めは使い魔を甘やかすのはどうとか言っていたルイズも次第に熱くなり、結局こんな大荷物になってしまった。
ちなみにデルフリンガ―、愛称デルフは結局ルイズが買ったが、
キュルケの魅惑の交渉術のおかげで、買い叩いたも同然の出費で抑えられていた。
我に帰ってヒュンケル達を見送る店主の顔を思い出し、ヒュンケルは一つ、同情の溜め息をついた。

「気にすることないぜ相棒。別に食いっぱぐれるでもないし、小ずるいあの親爺にはいい薬だぜ!」

ヒュンケルの心情を察したのか、デルフがそう言った。
この陽気な剣は今、鎧の魔剣と並んでケースの中に鎮座している。
今日一番の収穫と言えば、このワケありそうな剣に出会ったこと。
そしてこの剣を通じて、鎧の魔剣が完全復活することが分かったことだろう。
不死身の異名をとっていたヒュンケルだったが、まさか愛用の武器までそうだとは思わなかった。
魔剣に向かって何故か「俺の方が年上なんだぞ」と喚くデルフを見ながら、
そんなことをヒュンケルは思い、そして笑みを浮かべた。
しかしそこで――

「あっ、学院が見えたわよ! でも……なにか変ね」

外を眺めていたルイズが振り返ってそう言い、少し眉根を寄せた。
気になったヒュンケル達がそれぞれ馬車の小窓から顔を出して覗いてみると、遠目に魔法学院の姿が映った。
ヒュンケルにとってはまだ見慣れない場所ではあったが、たしかにルイズの言うように様子がおかしい。
出発した時とは何かが――学院にそびえる塔の数が違っているように見えた。

「――あれはゴーレム。巨大なゴーレムが学院に侵入しようとしてる」

遠見の魔法を使ったタバサが、そう呟いた。
馬車が学院に近づくにつれ、ヒュンケル達の目にもそれが手足を持った巨大なゴーレムであることがはっきり分かる。
30メイルはあろうかというそれは学院の外壁をのっそりと跨いで、まさに今学院を襲おうとしていた。

「まさか、土くれのフーケ?」

キュルケが囁くようにその名を口にし、ヒュンケルはオスマンの言葉を思い出した。
土くれのフーケ。
それは巨大なゴーレムを使役する、凄腕の盗賊の名だったはずだ。

「急いで学院に向かって!」

ルイズが馬車の御者を急かし、一行は全速力で学院に向かった。

#3

馬車が学院に着いた時、ゴーレムは既に中央の本塔の前に達していた。
ゴーレムの目標を素早く察したタバサが一言、「宝物庫」とつぶやく。
どうやらあそこに学院の宝は眠っているらしい。
となると、やはりゴーレムを操っている犯人は土くれのフーケか。
よく見れば、ゴーレムの上にはフードをかぶった、見るからに怪しい人物が佇んでいる。

「あそこ! 誰かいるわよ!」

ルイズの指さす方を見ると、ゴーレムの陰に金髪の少年が立ち尽くしていた。
ヒュンケルとヴェストリの広場で戦ったメイジ、ギ―シュ・ド・グラモンだ。
妙にゴーレムがまごついていると思ったが、それは進路上にあのギ―シュがいたせいかもしれない。
ゴーレムが立ち止まったのは、ギ―シュに逃げる猶予を与えるためだとヒュンケルには思えたが、
恐怖したギ―シュは逆にそれを自分が標的にされたからだと受け取った。
ギ―シュは震える手で杖を振るうと、巨大なゴーレムに対抗して
大きなワルキューレを錬金してみせたが、それは如何にも無謀なことだった。
錬金されたワルキューレは大きく見積もってもせいぜい5メイル。
フーケのゴーレムとは子供と大人以上の差があるそれは、
剣を片手に果敢に斬りかかったものの、文字通り即座に蹴散らされた。
ギ―シュの背後の壁にぶち当たり、粉々に壊れる大きなワルキューレ。
もはやギ―シュは足が震えて逃げることも叶わず、へっぴり腰で青銅の剣を構えた。
ゴーレムの巨体を前にしては、ギ―シュの剣など針みたいなものだ。
やはり選択を間違えたかなと自信をなくすギ―シュに向かって、ゴーレムが虫を振り払うかの如く腕を動かした。
良くて骨折、悪ければ――。

「貸しだからねギ―シュ!!」

死を覚悟しかけたギ―シュに、ルイズが叫んだ。
キュルケ、タバサと共に、ルイズはゴーレムに向かって杖を振りかざす。
しかし三人の杖の先から魔法が発射された時、ゴーレムの巨大な腕はそこにはなかった。
――アバン流刀殺法・海波斬。
アバン流最速の秘剣によって巻き起こった剣圧が、ゴーレムの腕を既に刎ね飛ばしていたからである。

「さっそく俺っちのお披露目かと思ったら、そいつを使うのかよ……!」

魔剣を構えたヒュンケルの後ろで、馬車に置いてけぼりにされたデルフリンガ―がぶうたれた。
そして哀れ、無傷で助かったはずのギ―シュは、
目標を見失って壁にぶつかった三種の魔法――特にルイズの爆発の余波を食らって吹っ飛ばされた。
紙きれのように中空に浮かんだギ―シュは、地面に激突しようかという寸前、ヒュンケルにキャッチされる。

「ヒュ、ヒュンケル……ぼ、僕がレディだったら、君にほ、惚れる……ところだね。
 しかし君の主人の失敗魔法はし、しどい……」

ギ―シュはそこまで言うとグフッと呻いてそのまま気を失った。
ま、まあ死ぬよりかはマシよねと目顔で頷き合ったルイズとキュルケは、すぐにきょろきょろ辺りを見回し始める。
少し目を離した隙に、さっきまでゴーレムの肩口にいたフーケが姿を消していた。
「あれ、フーケは?」と困惑するルイズ達に、タバサが本塔の壁を指し示した。
強力な固定化の魔法をかけられていたはずの壁は、三人の魔法を受けて大穴を空けていた。

「……もしかしてあそこ、宝物庫の壁?」

顔を引きつらせるルイズとキュルケに、タバサがこくりと頷く。
やっちまったとばかりに天を仰いだ二人は慌てて宝物庫に駆け寄ろうとしたが、
ゴーレムが穴をふさぐようにしてその前に立ちはだかっていた。
もはやフーケはルイズ達のことを完璧に敵だと認識したのか、
ゴーレムは無防備に近づいたルイズとキュルケに向かって、大木のような腕を容赦なく振り下ろした。
ルイズ達の目前に大質量の塊が迫る――。

「くっ、ルイズ!!」

インパクトの瞬間、すんでのところでヒュンケルが二人の前に割り込んだ。
合わさった魔剣と拳の力は一瞬拮抗したが、不安定な体勢もあってさすがにかなわず、
ヒュンケルは背後の二人を巻き込んで吹っ飛ばされる。
平衡感覚を失ったルイズ達の前に地面だか壁だかが迫り、ルイズは自分の見目麗しい顔がハニワになるさまを想像した。

(わたしは胸のみならず、顔までぺったんこになるのね……)

ルイズが想像だけで気を失いそうになった瞬間、タバサが咄嗟に魔法で風のクッションを作った。
衝撃を和らげられたルイズ達は、なんとか打ち見程度の怪我でことなきを得る。
しかしルイズ達が立ちあがったその時、既にフーケは用事を済ませ、学院の外壁をまたぐゴーレムの上にいた。
大きな歩幅でどんどん遠ざかるゴーレム。
もはや追いつけはしないだろう。
いや、追いつけたとしても、あんな巨大なものをどう壊せばいいのか――。

悠然と去っていくゴーレムを睨みつけるしかないルイズの横を、タバサとヒュンケルが駆け抜けた。
宝物庫に入った彼らはやがてそこから出てくると、一枚の紙を手にして戻ってくる。
ヒュンケルが手渡してくる紙を見てみると、そこにはこんな言葉が書かれてあった。

『悟りの書、たしかに領収致しました。 土くれのフーケ』

そのふざけた領収書をびりびりに破いてやりたい衝動を堪え、ルイズは沈んでいく太陽を見つめる。
楽あれば苦あり。
今日という一日を振り返り、ルイズはそんなことを思った。

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最終更新:2010年12月05日 22:27
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