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ゼロの剣士-12


#1

学院から遠く離れた森でゴーレムを土に還すと、フーケは顔を隠していたフードを払って大きく息をついた。
オールド・オスマンの留守をついた今日の計画だったが、
まさかその真っ只中に『ガンダ―ルヴ』が現れるとは予想だにしなかった。
フーケ自慢のゴーレムの巨腕を刎ね飛ばしたあの斬撃には、今思い返しても冷や汗が流れる。
あれは風メイジのエアカッタ―のような感じに見えたが、もしやあの剣もまたマジックアイテムの一種なのだろうか。

「まったく、わけがわからないね……」

ともあれ非常の事態があったにせよ、無事に盗みが成功したことにフーケは満足していた。
苦戦すると思っていたあの壁があっさり崩れたことは僥倖だったとさえ言えるかもしれない。
強力な魔法をいくつも重ねられたあの宝物庫は小手先の技も通じず、
ゴーレムによる物理的な破壊という強硬手段でもいけるかどうかという、盗賊泣かせの代物だったのだ。
視界のきくゴーレムの上にいたフーケにはよく見えていたが、あの強固な壁を崩した魔法は――。

「もしかしたらあの娘は本当にアレかもしれないね……」

フーケはそう一人ごちて肩をすくめると、懐からそっと戦利品を取り出した。
――悟りの書。
噂ではそれは選ばれし者にしか解読できない、幻の書と呼ばれていた。
嘘か真か、異界の書であるとか、不逞の輩が読むと呪われるとかいう話しもある。
ディテクトマジックなどかけずとも、そこに何か不思議な魔力がこもっていることは疑いようもなかった。

「どれ、私もちょっと試してみるかね」

あいにくフーケは呪いなどを恐れるタマではない。
なにはともあれ計画が成功した高揚感のままに適当に本を開いたが――。

「な、なんだいコレは……!?」

ある意味予想通りと言うべきか、フーケの見た先にはわけの分からぬものが広がっていた。
困惑したフーケは思わず偽物を掴まされたと思ったが、たしかにこの本には不思議な力を感じる。
しかし念のためにディテクトマジックをかけてみると、そこには何の反応もなかった。
魔力があると思ったのは自分の錯覚だったのか。
それともメイジの魔法とは別系統の、まったく異なる力であるのか。
混乱したフーケにはにわかには分からなかった。
それにしても、いくらなんでもこの内容はなんなのだ?
噂の通り、選ばれし者にしか真の内容は現れないのか、
それとは関係なしに、正しく読むのに決まった手順でもあるのか――。

真偽の分からぬものは扱いに困るし、万一これが偽物だったなら、それはフーケの盗賊としての涸券に関わった。
どうにかしてこの本の正体を知らねばなるまい。
フーケは苛立たしげに髪をいじくると、新しく計画を練り始めた。

#2

『悟りの書』盗難の翌朝、闇も払われぬうちにルイズ達は学院長室に呼び出された。
二日連続の早起きに目をしょぼしょぼさせるルイズの横には、キュルケとタバサ、そしてヒュンケルがいる。
真の第一発見者であるギ―シュだけは昨日の怪我が治らず、この場には来ていなかった。
今頃はまだ、ベッドの上でうんうん唸っていることだろう。
学院長室には急報を聞いて帰ってきたオスマンはじめ、多くの教師がひしめいていた。
国内でも有数の堅さを誇る宝物庫に賊が入ったことに誰もが驚き恐れ、ぴりぴりした空気を発散している。

「ミセス・シュヴルーズ! あなたがちゃんと見張っていなかったから!」
「ゴーレムが宝物庫を破っている最中、自室で眠りこけていたとはなんたる失態!!」

教師達は責任の所在を自分以外の誰かに求めて、当日の警護をサボっていたシュヴルーズ一人にそれを押し付けていた。
実際には彼ら自身、真面目に当直の任を果たしたことなど数えるほどしかないのだが、完全に棚に上げている。
ルイズからしてみれば、学院の中にいて巨大なゴーレムを目撃していたはずなのに何もしなかったという点では
彼らもシュヴルーズも無責任さにおいては何の違いも感じなかった。

「それにしても学院長の不在を狙うなど、フーケは学院の内情に詳しいのですかな……?」

ヒステリックな周囲とは無縁にそれまで黙っていたコルベールが、思いついたようにポツリと言った。
オスマンが学院を空けることなどそんなにあるでもないし、その日に限って盗賊が入ったのは偶然だとは考えにくい。
コルペールのその言葉に教師達はハッと顔を見合わせ、すぐに互いに視線をそらせた。
それからまた疑惑の矛先を、半泣きのシュヴルーズ一人に定める。

「ミセス・シュヴルーズ。眠っていたというのは方便で、実は貴女が手引きしたんじゃないですか?」
「フーケは宝物庫からすぐに目当ての物を見つけたようです。誰かがあらかじめ宝物庫の内情を教えていたに違いない!」

半泣きのシュヴルーズは自分の不手際を責められるばかりか、
あらぬ疑いまでかけられたことにショックを受けて、魚のように口をパクパクさせていた。
多少自業自得の感はあるにせよ、普段温厚なシュヴルーズのそんな姿は気の毒過ぎて見ていられない。
思わずルイズは彼女の弁護をしようと口を開きかけたが、そこで別の声が、さらに言い募ろうとする教師達を遮った。

「いいかげんにせんか!!!」

学院長室に、威厳のある声が響き渡った。
声の源はこの部屋の主、オールド・オスマン。
初めて聞く学院長の怒声に、ルイズの肩がびくっと跳ねた。
オスマンは静まりかえった部屋を見渡すと、腰かけていた椅子から立ち上がった。

「まったく、自分を棚に上げて人を批判することばかりうまくなりおって……嘆かわしいわい」
「し、しかしオールド・オスマン、ミセス・シュヴルーズは女性です!」

嘆くオスマンに教師の一人、ギト―が食い下がった。
奇妙といえば奇妙なその反論にルイズは目を点にし、キュルケは眉を吊り上げる。
男尊女卑。
ギド―の発言をその最たるものと見たのだろう。

「あら、ミスタ・ギド―。あなたはフーケが女性だと御存知ですの?
 私の聞くところでは件の盗賊は性別不明とのことでしたが?
 それともなにか、トリステインでは『女を見たら泥棒だと思え』なんて格言でもあるのかしら?」

たたみかけるように詰問するキュルケに、ギト―は「い、いや私は……」と口ごもった。
しかしそこでまたオスマンが床に杖をつき、一同の注目を集める。

「もうよい。問題はこの一大事をどう解決するかじゃ。『悟りの書』紛失のことは遠からず外に漏れるじゃろう。学院の威信にかけて我らの手で取り戻さねばならん」

そう言ってオスマンは教師達の顔を見たが、教師達は誰も自分が行こうとは名乗り出なかった。
これまで平静な様子を崩さなかったコルベールでさえ、歯痒そうな顔で押し黙っている。
しかしオスマンは最初からコルベールは当てにしていないのか、彼の方は見向きもしなかった。

「なんじゃ、誰もおらんのか? 土くれのフーケを討伐して名を上げようという勇者は?」

じれったくなったオスマンが、それでは自分が行こうと言うと教師達は制止したが、
ならば誰が行くという段になると元の木阿弥に戻った。
気まずい空気が部屋に充満しかけた時、思わぬ方向から一本の杖がすっと上がった。

「わたしが行きます、オールド・オスマン!」

杖を上げたのはルイズだった。
彼女は昨日作った擦り傷を顔に張り付けたまま、敢然とオスマンのことを見つめた。
正直言って、あの巨大なゴーレムと相対するのはルイズとて怖い。
とても怖いが、怖気づく教師達の姿がルイズの中の貴族の誇りを逆に奮い起した。
フーケの記憶に残る学院の、そして自分の姿が弱っちょろいままではいられない。
それにもしもフーケを捕らえることができたなら、もう誰にも馬鹿にされないで済むはずだ。
ルイズは爛々と瞳を輝かせてオスマンに訴え、そんなルイズに触発されてキュルケが、そしてタバサが続いて杖を上げた。

「ヴァリエールだけに手柄をやるなんて許せませんわ」
「……二人だけじゃ心配」

級友の言葉にルイズの頬が知らず知らずのうちに火照った。
ヒュンケルの顔を見ると、かの使い魔もしっかりルイズの目を見て頷いてくれる。
杖を掲げる生徒達を教師陣は制止したが、オスマンが一睨みすると彼らは黙った。
そもそも自分が行こうとは言えない彼らには、ルイズ達を止める資格などないのだ。
オスマンは改めて三人の学生と一人の使い魔に『悟りの書』奪還を命じ、四人は謹んでその任務を受けた。

「――しかし、肝心のフーケはどこにいるんでしょうな?」

いざ出陣といった態の雰囲気を見ながらコルベールが言うと、ちょうどその時部屋の扉が開かれた。
皆の注目が集まる中をオスマンの秘書、ミス・ロングビルがつかつかと歩く。
その姿を見て初めてルイズは、さっきまでロングビルがここにいなかったことに気がついた。
ロングビルはオスマンの前まで来ると、どこに行っていたのだという声に応えて、おごそかにこう言った。

「オールド・オスマン。フーケの隠れ家を発見しました」と――。

#3

学院長室から出てすぐ、ルイズ達は昨日と同じように馬車に揺られていた。
ただし馬車の御者は昨日とは違い、ミス・ロングビルが担当している。
あの後、フーケの潜伏場所の調査情報をオスマンに報告したロングビルは、
『悟りの書』奪還に向かうルイズ達に同行すると申し出て即座に受諾された。
教師達からすれば生徒だけを危険な目にあわせるという体面の悪さも誤魔化せるし、
ルイズ達にしても明敏そうなロングビルの加入は渡りに舟といった感じで歓迎するべきものだった。
聞くところによればロングビルはメイジではあるものの正式な意味での貴族ではないらしく、
道案内も兼ねてと言うと、率先して馬車の御者を買って出た。
一行は今、木々の間を抜けて森の奥深くへ向かっている。

「それにしてもよう、相棒。お前さん、今朝俺を置いていこうとしなかったか?」

急な襲撃がないか目を光らせているヒュンケルの背中、ベルトで括られているデルフが言った。
ちなみに魔剣の方は今回は抜き身のままで、腰に下げられている。
昨日といい、今朝といい、お前はなんのつもりで俺を買ったのだと尋ねるデルフにヒュンケルは少し考えた。
二刀流の覚えなどないヒュンケルにとって、戦闘には鎧の魔剣一本で充分。
そもそもデルフを買ったのは、『使い手』の情報を聞き出すためだったのだから――

「話しをするため、だろうか?」

ヒュンケルが率直にそう言うと、デルフは重いものを飲み込んだように押し黙った。
何故か、それまでくだらない言い合いをしていたルイズとキュルケもぴたりと話し
をやめてこっちを見ている。

「……俺が言うのもなんだが相棒。話し相手に剣を買うくらいなら人間の友達を作った方がいいぞ?」
「そうよねえ、ルイズと話すくらいなら剣と話した方がマシよねえ……」
「そ、そんなわけないでしょツェルプスト―! ヒュンケルもヒュンケルよ!
 寂しいんならご主人様のわたしとお喋りしなさいわたしと!」

三者三様の言葉を聞いてヒュンケルは妙な誤解に気付いたが、訂正する気も起きずに溜め息をついた。
勝手に言ってろと言いたげな顔をするヒュンケルにロングビルが笑いかける。
そして話題を変えるように彼に向かって尋ねた。

「そういえばヒュンケルさん。馬車に乗る前に学院長と話されていましたが、何の用でしたの?」

ロングビルの言うとおり、ヒュンケルは出発の直前、オスマンに一人だけ呼び出されていた。
オスマンに耳打ちされたことを思い出し、少し間を置くヒュンケル。
ルイズ達も興味しんしんといった様子でヒュンケルを見つめたが、彼の答えは無難なものだった。

「ルイズ達が無茶をしないよう頼まれた。そんなところです」

なあんだと興味をなくすルイズとキュルケに、ヒュンケルは微笑んだ。
しかし、最初の質問者であるロングビルの方は納得がいかないのか、意外なしぶとさで食い下がる。

「それだけですか? 他にはどうです?」
「他には……そうだな。『悟りの書』を取り戻しても、ルイズ達には中を見せてはいけないと、そう言っていたよ」

ヒュンケルの言葉に、本を読みふけっていたタバサがぴくりと眉を動かした。
読書家の彼女はひそかに『悟りの書』にも興味があったらしい。
残念だったわねえとからかってくるキュルケに、タバサはこくりと頷いた。

「それにしても、あたし達は読んじゃいけないってどういうことかしら?
せっかく取り返してやろうっていうのにつまんないじゃないの」
「それだけ大変なことが書かれてるってことじゃないの? 噂が本当なら選ばれし者にしか読めないって話しだけど」
「読むと呪いを受けるという噂もある……」

ミス・ロングビルは三人の議論を無言で聞いていた。
眼鏡の奥の瞳が、考え深げに揺れている。
少し急ぎますよとヒュンケル達に告げると、ロングビルは強く手綱をひいて馬の脚を速めた。


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最終更新:2010年12月13日 00:10
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