虚無と獣王-03

3 契約者と獣王

はて、わたしは何か悪い事を言ったのだろうか。
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは考えてみた。
① 目の前にいる獣人はたった今自分が召喚したものである。
② 魔法初成功バンザイ。
③ 使い魔として召喚したのだから、主たる自分に仕えるのは当然の事だ。
④ 魔法初成功バンザイ。
⑤ そもそも使い魔に雇用期限など存在しない。その生涯を主と共に歩むのが使い魔の使い魔たる所以だと、わたしはそう教わった。
⑥ 魔法初成功バンザイ。
⑦ 故に、その事実を使い魔に伝えただけの事で、皆から総ツッコミを受ける理由などは存在しない。
⑧ 魔法初成功バンザイ。
⑨ だいたい栄えあるヴァリエール家の人間に空気読めとかゆーな。
⑩ 魔法初成功バンザイ。
⑪ あとなんで使い魔に言葉を選ばなきゃいけないのよ主と使い魔と言ったら親と子も同然ってちょっと違うな先生と生徒でもないわねえーと上司と部下というか将軍と兵士というかそうとにかくご主人様の方が使い魔よりも偉いんだからこっちが気を使う必要なんてないのよ!
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの茹だった脳内会議はそう結論し、周囲の総ツッコミを華麗にスルーしたのだった。

召喚された生物は自らの意思でゲートを通る。またゲートを通る際、術者に対する好意が刷り込まれる為、危害を加えることはない。
王立魔法研究機関は以上の様な研究成果をずいぶん前に発表しており、これは今を生きる魔法使いにとっては当然の常識であった。
ここ、トリスタニア魔法学院でも、召喚前の授業ではこう教えている。
どんな生物が召喚されても恐れることはありません。そこにいるのは唯一無二のパートナーなのです、と。

確かに召喚されたのが普通の獣であれば、まあ百歩譲って召喚されたのが異世界からきた普通の男子高校生であったならば。
同級生たちは野次が飛ばす程度の反応しか示さず、引率教師もサックリ契約をルイズに勧めていたであろう。
しかし、召喚のゲートから出現したのは誰も今まで見た事のない獣人で、人間並みの知性を有し、おまけにパッと見ただけでも強いと判る戦士であった。
今までの常識が通用するのか全く分からない。
何より本能が警告するのだ。目の前にいるのは人間という『種』よりも強い存在である、と。
ルイズの発言により、その場の緊張は一気に高まっていた。
逃げ腰になる者多数、何かを守る為に覚悟を決めた者少数、初めての魔法成功による興奮で周囲の状況に気づいていない者1名。
次にクロコダインと名乗る「彼」が果たしてどう動くのか。状況を受け入れてくれるのか、拒んで暴れだすのかによって自分たちの運命が決まる。
一同の注目を一身に集めた獣人は、重々しく口を開いた。
「生涯仕える、というのは難しいな。オレにも事情というものがある」
それを聞いて即座に反論しようとするルイズを獣人が押しとどめた。
「オレに事情があるように、そちらにも当然事情というものがあるだろう。よければ聞かせてもらえるか?」
暴力を選ばず、会話によるコミュニケーションを取ろうとするその態度に皆は(大人だ……!)と思った。

一方、ルイズも興奮状態から徐々に醒め、同時に現状を把握しつつあった。
自分が魔法を初めて成功させて浮かれていた事、周囲の人達が獣人を警戒している事、その獣人が「話せばわかる」タイプであろう事。
なにより、彼に使い魔になって貰わなければ自分がとても困る事。
故に、ルイズは真摯に事情を説明する事にした。

「成程。その魔法に成功しなかったらレベルアップできず、最悪自宅に強制送還、か」
進級という概念が理解しづらかったのか、クロコダインはレベルアップという耳慣れない言葉を使った。
「そうよ。あんたからしたら大した事ない事情かもしれないけど……」
そういって俯くルイズ。だがすぐに面を上げる。
「で、そっちの事情とやらを教えて?」
「行方不明になった仲間を共に探してくれないかと戦友達に言われていてな。
あといくつかの国から近衛隊やら陸軍やらの長になってくれないかと勧誘されていたんだが、まだ返事をしておらんのだ」
「そ、それはすごいわね……」
ただの平民からそんな事を聞いてもルイズは信用しなかったであろう。だが、クロコダインから滲み出る風格というか威厳の様なものが、発言に深みと説得力を与えていた。
「あとは、己自身に誓った事もあってな、出来る事なら帰りたいのさ」
「誓いって?あ、あああの言いたくなければ別にいいんだけどっ」
「オレのいた所はしばらく前まで戦争をしていてな。それを一人の男が終結させた」
「……」
「だがその男は最後の最後に行方知れずになってしまった。生きてはいるのだが、どこにいるのか全く分からん。
だが生きている以上、いつかは帰ってくる。そいつが帰ってきた時に、自分が命がけで守った土地が荒れていたのでは合わす顔がないからな。
あいつのもたらしてくれた平和を守り抜くと、オレはそう誓った」
ルイズは再び俯いてしまっていた。落第だのなんだので騒いでいた自分が、急に卑小に思えた。
「まあ、そんなわけでな。ずっとこの地にいる訳にはいかん」
この時点でルイズはクロコダインへの説得を半分諦めていた。
クロコダインは、その話や出で立ちからしても明らかに戦士であるのだが、その精神は貴族のそれに近いと彼女は感じていたからだ。
そんな男が己に課した誓いを、わたしの我侭で破らせてはいけない。
彼女の中の貴族としての部分がしきりにそう主張する。
その一方で少女としての自分が「イヤー!落第→退学→政略結婚のコンボはイヤー!」と叫んでいる。
二律背反に陥った少女を前にして、クロコダインはかがみこみ、視線を合わせた。
「この試験は召喚と契約が出来れば合格となる、と言ったな。
ならばオレと契約した上で、オレを故郷に帰す事は出来るか?オレに用がある時は、都合の付く限り参上するが」
クロコダインの出した譲歩案にルイズは一瞬顔を上げ、三度俯く事となった。
「それは不可能なのです、クロコダイン」
後ろからコルベールが声をかける。
「……サモン・サーヴァントは呼び出すだけの呪文なの。呼び出した相手を送り返す呪文なんて、聞いた事がないわ……」
消え入る様なルイズの言葉に、クロコダインの表情も流石に曇る。
「それはまた、ずいぶん一方通行な呪文なのだな……」
ルイズはクロコダインと目を合わせようとせず、俯いたまま尋ねた。
「ね、ねえ、どうしてここへ来たの?ゲートはただ現れるだけで、それを通るかは本人の意思に任されるの。
あんたは自分の意思でここへ来たんでしょう?」
言外に大事な誓いを破るような事をなぜしたのか、という響きがある。
「……あの鏡から、声がしたのでな」
「声?」
「ああ、男なのか女なのか、若いのか老いているのかも判らなかったが、確かに聞こえたのだ。助けを呼ぶ声が」
「……」
「祈るような、泣いているような、追い詰められている感じのする声だった。余りに切なげなものだったのでな、つい鏡に触れてしまったのだよ」
やや苦笑気味のクロコダインを見て、ルイズは直感した。
彼の聞いた『声』は、自分のものだと。
神祖の血に連なり、家族全員が大きな魔力を持つ公爵家に生まれながら、一切の魔法が使えず、起きるのは意図しない爆発だけ。
周囲に感じるのは希望と失望、同情と侮蔑、諦観と敬遠。
16歳の少女の肩に載せるには余りに重いであろうそれらを、平気だと、何でもないと撥ね退けながらここにいる。
だけど、平気ではなかった。大丈夫ではなかったのだ。自分のプライドが、折れるのを拒んだだけの事だ。
もし召喚の儀式が失敗のまま終わっていたら。
果たして自分は虚勢を張る事が出来ただろうか?
「……探すわ」
「ん?」
「帰る方法を探す、と言ったの。送喚呪文なんて確かに聞いた事ないけど、
ここの図書室には多くの文献があるから何かヒントになる様なものがあるかもしれないし、姉が王立魔法研究機関にいるからそっちから何か分かるかも」
もう充分だ、とルイズは思った。
魔法の使えない『ゼロ』のわたしが、初めて成功した召喚の呪文。
自分の、決して口には出さなかった『声』を感じ取り、大切な誓いの事も忘れてわたしに逢いに来てくれた。
クロコダインはわたしを助けに来てくれたんだ。
それだけで、もう充分。今度はわたしが助ける番だ。
「わたしが呼び出したんだから、住む処と食べ物は勿論提供する。学院にいるのが無理ならわたしの実家に来て貰ってもいいし」
両親が何と言うか判らないが、少なくともちいねえさまは喜んでくれるだろう。
体が弱く外に出れない、あの優しい姉の話し相手になってもらえれば、わたしとしても有り難い。
ルイズは正面からクロコダインを見つめる。
その姿は、真の貴族のものだった。

「その心遣いに感謝する」
クロコダインはそう言って、ルイズに頭を下げた。
「本当に良いのですか、ミス・ヴァリエール」
コルベールが心配そうに声をかけるが、ルイズは笑って答える。
「貴族に二言はありませんわ、ミスタ・コルベール」
コルベールは彼女の意思が揺るがない事を悟った。
彼は、この学院の中でも数少ない、ルイズの内面を評価している人間だったからだ。
「二人とも、何か質問などがありましたら私の所まで来なさい。援助は惜しまないつもりだ」
「では早速だが、いいか?」
右手を挙げたのはクロコダインだった。教師と生徒を見ながら彼は言う。
「契約とやらは、どうやるんだ?」
一瞬の間をおいて、わたわたとルイズが答えた。
「え?でも、あああの、ちょ、ええ?」
正確には答えようとしたが混乱して言葉になってなかった。
「帰る方法を探すといっても、そう直ぐに見つかるモノでもないのだろう。
その間、ただ食客になっているというのも性に合わん。ならば帰るまでの間、使い魔とやらになるのも悪くはあるまいよ」
「クロコダイン……」
(本当に大人だ……!!)
感動する魔法学院関係者一同。
「なによりこんな幼子の助けを拒んだとあっては、仲間たちに何を言われるかわからんからな!」
ガッハッハ、と豪快に笑うクロコダインに、ルイズは耳まで真っ赤にして飛びついて、そのまま契約のキスをした。
「だだだ、誰が幼子よもうふんとにもうこれでも16なんだからね!」


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最終更新:2008年06月26日 08:08
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