虚無と獣王-04

4 ガイドと獣王


「コントラクト・サーヴァントは一度で成功しましたな、いや、実によかった」
そう言って胸を撫で下ろしたのはジャン・コルベールである。
もし契約の魔法が失敗していた場合、両者の顔が吹っ飛ぶ可能性が高かった訳で、事前に注意する間もなく電光石火の早業で唇を奪ったルイズには戦慄を禁じ得ない。いろんな意味で。
ルイズもクロコダインもそんな教師(42歳独身・花嫁募集中)の感慨には気づいてはいなかった。

「くっ、ガッ!」
左手を抑え、苦痛の呻きを漏らすクロコダインに、「だ、大丈夫!『使い魔のルーン』が刻まれているだけだから」と説明を入れるルイズ。
クロコダインよりも痛そうな表情を浮かべているのに気が付いていないのは当人だけである。
焼けるような痛みはすぐに収まったようだ。掌を握ったり閉じたりするが特に異常は感じられないように見受けられる。
ただひとつ、手の甲に見た事のない紋様が浮かんでいるのを除けばの話だが。
「これは……随分珍しいルーンのようですな。少し写させて下さい」
すかさずコルベールがルーンをスケッチする。教職20年は伊達ではないと言わんばかりの素早さだ。
「さあ、これで春の使い魔召喚の儀式は終了と致します。全員教室へ戻るように……と」
コルベールはルイズとクロコダインの方を見て言った。
「ミス・ヴァリエールは次の授業を免除とします。使い魔との『交流』に専念して下さい」
「了解しました。ミスタ・コルベール」
クロコダインについては正直解らない事だらけである。
ハルケギニアではないところから来た(らしい)、戦士だった(ようだ)、複数の国からスカウトが来ている(とは本人の談)。
……何が何だかサッパリと言わざるを得ない。
クロコダインとしてもハルケギニアに関する知識はゼロ(イヤな響きだ、とルイズは思う)に等しい。
時間をあげるから相互理解に努めなさい、というコルベールの真意をルイズは正確に捉えた。
ぶっちゃけ授業なんかほっぽっといてわたしも『交流』に参加したいんですがねミス・ヴァリエールいち研究者として!
ああはいはいそれはいいからさっさとみんな連れて教室に戻ってくれなさい先生というか邪魔スンナこのコッパゲール!
いいですか『交流』の後で必ず私の研究室に来なさい何話したか聞きたいので無理ならレポートを後日提出の事!
えー何ですかそれわたしだけ負担大きくないですか今まで最低点だった実技面での点数上乗せOKですよね当然!
アイコンタクトと貼りついた笑顔で語りあうコルベールとルイズ。それにしてもこの師弟、以心伝心しすぎである。
教師と生徒の実に心温まる交流は短時間で終了した。しびれを切らした生徒たちが先に教室に向かい始めたからだ。
次々と宙に浮き、塔に向かう生徒たちを見て驚いた表情のクロコダインだったが、上から降ってきた言葉に顔を顰める。
「お前は歩いてこいよゼロのルイズ!まあどうせレビテーションもフライも使えないんだけどな!」
発言者は小太りの少年だった。少なくともルイズやクロコダインの手の届かないと思われる高度に至ってから野次を飛ばすあたりとってもチキン。
そしてルイズが近くに落ちていた石を拾い上げたのをみて焦って逃げるあたり心底チキン。
勿論彼はコルべールが自分の内申点の評価をダウンさせた事に気づいていない。
標的が射程圏外に逃れたのを見て短く舌打ちしたルイズは、気を取り直してクロコダインに呼びかけた。
「じゃあ、色々と話す事もあるから私の部屋に移動しましょう」
「そうか、では案内を頼もうか」
言うなりクロコダインはルイズをひょいと担ぎ、自分の肩に乗せあげた。
「きゃ!」
短く声を上げたのは、いきなりで驚いた事と、3メイルの高さから見る景色が新鮮だった事と、もうひとつ。
例え空を飛べずとも、この肩に乗れるのは自分だけだという事が分かったからだった。

寮に向かう途中、二人の『交流』が始まった。
「さて、使い魔というものは何をすればいいものなんだ?」
クロコダインの疑問は当然のもので、ルイズも答えを準備していた。
「そうね、まず使い魔は主人の目となり耳となる能力を与えられるの。つまり感覚の共有が出来るはずなんだけど……」
「……そんな感じはしないな」
「そうね……まあまだ使い魔になったばっかりだし、時間が経てばなんとかなるかもしれないし」
ポジティブシンキング、ポジティブシンキングと心の中で繰り返すルイズ。
「それから使い魔は主人の望むものをみつけてくるの。秘薬、ええと苔とか硫黄とかなんだけど」
「苔の種類などが判れば大丈夫だな。要は人が立ち入りにくい場所のものを取ってくるのが役目ということか」
一見すると爬虫類で暑すぎたり寒過ぎる場所は苦手なのではないかと思われるクロコダインだが、実際には炎天下の谷から北の大地での寒中水泳までこなす全天候型の戦士である。
「じゃあ今度見本を見せるわね。あと一番大切なのは主人を守る存在であること!その能力で主人を敵から守るのが一番の役目!」
これに関しては申し分ない使い魔だ、とルイズは嬉しくなった。

「……これは、ちょっと無理だな」
「そうね、正直想定外だったわー……」
学院付きのメイド、シエスタが乾いた洗濯物を配る最中見つけたのは、部屋の前で途方に暮れる小さな貴族と大きな使い魔の姿であった。
「あのー……どうなされました、ミス・ヴァリエール?」
「ひゃ!? ああシエスタか、邪魔だったかしら?」
「いえそんな事は……。ところで、えーと、こちらの方は……?」
どう声を掛けていいものやら、といった風情でクロコダインを見上げる。
「わたしの使い魔でクロコダインというの。ついさっき召喚したばっかりなんだけど」
「ああ!では魔法が使えるようになったのですねミス・ヴァリエール!それもこんなに立派な使い魔さんを!」
よかったー、と両手を掴み上下にぶんぶんと振るメイドに耳まで赤くしてルイズは言った。
「べべべ別にわたしの実力からすれば当然の事よ平民なんかに喜ばれるもんじゃないわあと無闇に貴族と親しくしちゃダメって言ったでしょう不敬よフケイ!」
相変わらず本心と出る言葉が乖離しておられるなあ、と思いつつシエスタは頭を下げる。
「大変失礼致しました、ミス・ヴァリエール。強引に話を戻しますけど部屋にも入らず一体どうなさったのですか?」
「強引に話を戻されたけど、『部屋に入らない』んじゃなくて、『部屋に入れない』のよ」
ルイズが、傍らのクロコダインを見上げて言った。
学院寮の部屋は貴族の子女が生活するのを考慮に入れてか、かなり広い作りになっている。もう一人くらいなら充分生活できるスペースがあるのだ。
しかし、部屋のドアは通常の、つまりは人間用のサイズであった。
そもそも2メイル×1.5メイルのドアを、身長3メイル×横幅もかなりのサイズの獣人が通れるわけがない。
ルイズはそんなサイズの生き物が召喚されるとは思っていなかった。
なんとなく小動物が召喚されるのではないかと彼女は考えていて、実はこっそりと部屋に寝床用の藁が準備してあったりもする。藁を持ってきたのは他ならぬシエスタだが。
「まあ話なんて何処でも出来るんだけど、寝るところはどうしたものかしら……」
悩むルイズにクロコダインが声を掛けた。
「別にオレは野宿でも構わんのだがな」
旅をしている最中は屋根のある場所で寝た方が少ないと言う使い魔の言を、主は一蹴した。
「ダメよ、さっきわたしは住む処と食べ物は提供すると言ったのだから。貴族に二言は無いわ」
えへん、と控えめサイズの胸を張る。張ったのはいいが代案がない。どうしたものかと考えるルイズに、今度はシエスタが声を掛けた。
「そういえば厩舎がひとつ開いていますけど、そちらを利用する事は出来ませんか?勿論ミス・ヴァリエールや使い魔さんがよければですけど」
先日、学院で移動用に飼われていた馬が転倒した傷が元で死亡していた。
無茶な乗り方をしていた学生が原因で、弁償するよう学院側から通知が行っているのだが、貧乏貴族の常で金が工面できずにいる為いつまでたっても補充がなされないと苦情が出ている。
馬と一緒かー、うーん、背に腹は代えられないかなー、でも臭いがついたりしないかなーと悩むルイズを尻目にクロコダインはあっさりと快諾した。
「シエスタといったか、ではそこで宜しく頼む」
「はい、後でお馬番に話を通しておきますね」
「……まあクロコダインがそう言うなら……」
そういう事になった。

「じゃあ学院の中を案内するから、その間にいろいろと話をしましょうか」
「そうだな。しかし一口に学校といっても、ここは随分広くて立派なものだ」
そんな事を言いながら二人は歩きだした。まず一番に向かったのは厨房である。
「そういえばクロコダインはどんなものを食べているの?」
「肉や野菜だな。生でもいいし火を通してもいい。人間が食べているものなら大丈夫だ」
「そうなんだー。じゃあそのように注文しておきましょう」
学生の食費は授業料の中に含まれているが、使い魔のそれは各主人が生活費の中から捻出する事になっている。
一口に使い魔といっても、かたや手のひらサイズのものから、かたや5メイル以上のものまでそのバリエーションは広い。
当然食事の量や種類も千差万別であり、かかる費用も違ってくるため一律で金を徴収する訳にはいかない、というのが学院側の主張だ。
大喰らいの使い魔や手に入りにくい食事を必要とする使い魔を召喚した場合、金周りの苦しい生徒にとっては大きな負担となる。
そんな場合『使い魔の甲斐性に任せる』つまり『自給自足』を強いる生徒もいるのだが、ルイズはそんな事をさせるつもりは全くない。
結果、コック長と話し合い、賄い食を大人3~4人前の分量で出すという事になった。

食堂を見て、教室を回り、図書室に立ち寄って、宝物庫の前を素通りすると、もう日は落ちかけていた。
なんかこっちの事ばかりでクロコダインの事は殆ど聞けなかったなあ、とルイズは思う。でもまあいいか、時間はたっぷりあるんだから、とも。
コルベール先生には悪いけど、報告もレポートも今日は勘弁してもらおう。疲れたし。
24回の魔法失敗と2回の魔法成功、半日かけての学院案内。疲れて当然ではある。
「食事は厨房の裏口に行けば貰えると思うわ。厩舎は火の塔を曲がったところにあるからゆっくり休んでねー……」
「ああ、そうさせてもらおう。随分疲れているようだが大丈夫か?」
「んー、だいじょうぶー」
ゆらゆらと揺れながら返事をするルイズに苦笑するクロコダイン。
「あしたの授業は使い魔のお披露目も兼ねているからー、朝食の前に部屋の前で落ち合いましょー……」
「それはいいが、部屋まで送っていかなくてもいいか?ふらふらしてるぞ」
「じゃあおねがいー」
ぽて、と使い魔に寄り掛かる小さな主人。顔には無防備な笑顔が浮かんでいた。
再び肩の上に担ぎあげるクロコダインに、半ば夢の中にいるルイズが言った。
「クロコダイン、これからもよろしくねー……」
少しの間に随分懐かれてしまったな、と思いながら、かつて獣王と呼ばれた男はこう答えた。
「ああ、こちらこそ宜しく頼むぞ、主どの」


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最終更新:2008年07月01日 08:25
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