ゼロの竜騎衆-03

第三話 夜空の闇と浮かぶ二つの光の巻

ここは学院内のルイズの部屋。部屋にいるのは二人。ルイズとラーハルトだ。
ルイズはベッドの突っ伏したままピクリとも動かず、ラーハルトも床に座ったまま目をつむって、瞑想でもしてるかのように沈黙している。
どれほどの時間が過ぎただろうか、それすらわからなくなった頃、部屋の扉をノックする音がした。
「私だ。コルベールだ」
訪ねてきたのはコルベールだった。
待っていた用が来たので、ラーハルトは身を起こす。カーテンを閉めているので部屋の中は真っ暗だった
扉を開ける前に、ルイズを一瞥する。暗くて姿は見えないが、ベッドの上からは人が動く気配も音もなかった。
相当落ち込んでいることを確認してから、扉を開ける。廊下の淡い光が、部屋に注ぎ込まれる。
「例の件だな」
学院に戻る時、コルベールはラーハルトに、ある人物に会うことを約束したのだ。
「そうです。では、案内します」
二人の男が部屋を出て行き。再び部屋の中は暗闇に包まれる。残ったのはルイズだけだ。
部屋に戻るなり、溜まった疲労でベッドに倒れこんだルイズだが、最悪なことに意識だけははっきりしていた。
体を動かすことができないので、その分、頭はどんどん回転してゆく。そこに浮かぶことは、使い魔召喚の儀式に失敗したこと。彼女にとっては悪夢以外の何物でもない。
魔法学院の歴史上、使い魔と契約できなかったメイジなどいない。自分が第一号だ。
さすがは『ゼロ』のルイズと笑いたくなった。でも、顔の形を変えることはできなかった。
(これから…どうしよう…)
使い魔召喚後、思考がストップしかけていたルイズであるが、コルベールのしていた提案はかろうじて頭に入っていた。
使い魔の契約をせずに、その者を使い魔とする。思い出しただけで、ガックリと下げれない頭を下げた。
契約を結べないどころか、名高き公爵家、ラ・ヴァリエール家の自分が、人を欺く真似をしなくてはならないとは…
ベッドに体を沈めてみる。心地が良くなる感覚はやってこない。
何とかしなくてはいけない。明日までに。家名に泥を塗らないために。そして、馬鹿にされないために!
その瞬間、あることをひらめいた。身を起こしたルイズの背に、ぼんやりと双月の光が注がれる。
ラーハルトが案内された場所、それは学院長室だ。彼がなぜここにいるかというと…
今回の異常事態を学院長オスマンに報告すると同時に、召喚された使い魔の帰還方法の協力を取り付けよう、とコルベールが持ちかけてきたからだ。
ラーハルトにとってはありがたい話だったので、二つ返事で了承したのだ。
二人が部屋に入ると、白い立派な口ひげをたらした、厳格そうな老人が立っていた。
「君がラーハルト君か。ミスタ・コルベールから話は聞いているよ。私がこの学院の長、オスマンじゃ」
威厳のある声、隙のない立居振る舞い。魔法学院の長を任されるだけはある。
ラーハルトのオスマン評はこんなところだ。ただ…
(どこかで聞いた声だな…)
暫し、記憶をめぐってみたが誰であるか思い出すことはできなかった。
「君の要求は、使い魔の契約をせずに元の世界に帰りたいじゃな」
「そうだ」
オスマンは面倒くさそうに髭をかき、とぼけたように顎を上げてる。
「しかし、そのような魔法はわしでも耳にした事がなくてのお。かなりの時間を費やすぞい」
聞きなくない返答だったが、悲しいことに予想通りだ。ラーハルトは心の中だけで顔をしかめる。
「それは理解する。だが、俺は時間が惜しい身だ」
蝋燭の火が揺れる。妥協する気のない、断固とした主張だ。何か切迫した事態に追われていることを感じさせる
だからこそ。二人のメイジはこのイレギュラーな亜人の背景が気になったのだ。
「いくつかお聞きしたいですが、よろしいですか?ミスタ・ラーハルト」
疑問を口に出したのはコルベールだ。
「なんだ?」
「あなたは、いったいどこにいたのですか?」
ラーハルトは目を閉じ、物思いに耽るような格好で答えた。
「遠い場所だ。普通の移動手段では辿り着けない」
二人は、内容自体もそうだが、その口振りも奇妙に感じた。コルベールはさらに問う。
「あなたは何をしていたのですか?」
彼の核心に触れるような問いだ。ラーハルトの目尻がわずかに吊り上る。
「多くは語れない。ただ…」
学院長室が静寂に包まれる。
「ある御方を探している」
蝋燭の火が揺れた。何も知らぬ二人に、事の類推をさせるには十分な単語が入っていた。
「つまり君は、その何者かを探していたらこの場所に召喚された、ということなのじゃな」
「そうだ…」
ラーハルトは窓の先にある二つの、自分のいる世界がどこかを突きつける、二つの月に視線を移した。
その月の遥か先、忠誠を誓った主、共に戦った仲間、そして、己が魂を受け継いだ友を思いながら…
「もう一つ…よろしいですかな?」
ラーハルトはゆっくりとコルベールに顔を向ける。先ほどよりも引き締まった表情になっていた。
「あなたが探している人物は何者でしょうか?」
その時、ラーハルトは言葉で言い表し難い奇妙な表情になった。あえて言うなら、その問いを発すること事態が愚かであると言わんばかりの、どことなく蔑んだような顔だ。
「答える義理はない。この世界にいるお前たちには関係のないことだ」
妙な返答だった。手出しをするなという意味が感じられない。むしろ、手を出すこと自体が不可能だ、そう言われた感じである。
「余計な詮索じゃったな。では、君の要求どおり、使い魔としての関係の解消、及び、召喚地の帰還方法を探そう」
オスマンは淡々と、台本を読むように彼が望む答えを述べた。
「手間をかけてすまない。俺もできる限りの協力はしよう」
「では、ミスタ・コルベール。君は図書館で使い魔に関する資料を閲覧、手懸りになりそうなものがあったら、わしに報告する。これでよいか?」
「仰せのままに」
コルベールが深々と頭を下げる。それが今後の方針が決定した合図だ。
「夜分に呼び出し申し訳ないの。もう下がって良いぞ。ラーハルト君。ミス・ヴァリエールと仲良くするのじゃぞ」
「…善処はしよう」
ラーハルトは形式的に頭を下げて、部屋を後にした。
残ったコルベールとオスマンは、彼の足音が聞こえなくなったのを確認して…
「は~~~~~~~~」
大きなため息をついた。蝋燭がゆらゆら揺れている。
「これでよいのか?ミスタ・コルベール」
「はい。協力感謝します。オールド・オスマン」
コルベールは胸に手を当てて、全身で安堵を表現していた。
「はい。しかし、上手くいくかどうか…」
オスマンは、言い出しっぺにあるまじき態度に怒りたくなったが、彼の言うとおりなので言葉を慎む。
それよりも、今後、最も負担のかかる少女を心配することを優先する。
「それは、ミス・ヴァリエールに懸かっておるじゃろう」
「ですね」
二人は部屋の扉を見る。あの亜人の男がここで別れの言葉を告げぬよう祈りながら。
「とりあえず、引き止めることには成功しました」

何か釈然としない感覚を抱きながらも、ラーハルトは元の世界への帰還に近づいたことを、確かな第一歩を力強く踏みしめた。
一歩一歩を確かめながら歩き、そこにしか行けない部屋に到達する。自分を召喚した女、ルイズの部屋だ。
ドアのノブを掴もうとした時、昼間の出来事を思い出した。自分が彼女にしてしまったことだ。
あまりに突然のことで頭に血が上りすぎた。おかげで、ずいぶん傷つけてしまったらしい。
仕方がないこと、とは思わなかった。むしろ、竜騎衆の頭である自分があのように感情を乱してしまったことを恥じた。
自分は主の駒である。駒ならば、余計な感情に惑わされてはいけない。
常に冷静沈着。主のためだけに戦う。主のためだけに命を捧げる。主の理想実現に最も利となる行動をとる。
今すべきことはできるだけ早く元の世界に帰還すること。事の障害になることはなるべく排除したほうがいい。
それほど長い付き合いにはならないだろうが、しばらく共に過ごすのだ。形だけの使い魔として。
許されないかもしれないが、詫びを入れるべきだろう。
力強くドアのノブを握り、扉を開けたラーハルトを迎えたのは…
ピシィッ…と床に叩きつけられた、乾いたムチの音だった。その先にはルイズの手があった。目線をさらに上向きにすると、部屋の暗さと同化しそうな、ルイズの瞳があった。
「お帰りなさい、犬。今日から私が躾てあげるわ。感謝しなさい」
口調は優しい。しかし、無理矢理そうしているようだ。だが、言葉の内容が喧嘩を売るではすまなくなっている。
「躾を受けるほど無教養ではない」
落ち着いた口調で返す。この程度で腹を立てる彼ではない。
ラーハルトは、読み書きそろばん、全て父親であるバランに教わった。よって知的水準なら貴族と変わらない。
ただ、彼には己の血肉となっていない知識もある。
「嘘ついちゃだめよ。貴族の礼儀が全然なってないわ」
ラーハルトは目上の人物への言葉遣いや態度などは教わっている。
ただ、彼にとって目上とは、その地位にふさわしい能力を持つと認めた者だけだ。
単に身分が高いだけでは、たとえ形式的にでも敬おうという気にはならないのだ。
ルイズが貴族、それも公爵家の人間であることは知っている。だが、彼にとってはそれだけだった。
よってラーハルトは、他の一般人と同じ対応をしたのだが…今、彼は一応の使い魔の身である。
従者が、主の無謀を咎める以外で、無作法な真似はできない。
ルイズの関係に波風を立てたくないラーハルトは、詫びる機会だと感じ、その言葉を続けようとしたら…
「でしょうね」
ルイズが割って入ってきた。
「あんたの親の顔が見てみたいわ。顔に無作法って書いてある親をね」
ラーハルトから、詫びの言葉が消え去った。
「貴様…」
「なによ。文句あるの」
先ほど、感情を乱す真似はしないと心に決めたラーハルトだが、絶対に言ってはならない言葉がある。
彼にとって、血の繋がりはなくとも、父と慕うバランを侮辱されることは身を引き裂かれる以上の痛みであり屈辱でもある。
それを許すことはできない。たとえ、大魔王であっても、神であっても。
「ふざけるな!貴様ごときがバラン様を卑下するとは!!恥を知れ!!!」
冷めかけていたラーハルトの怒りが一瞬の内に頂点に達した。近づいたものを全て焼き尽くさんばかりの殺気が放たれる。
だが、それにもかかわらず、ルイズが臆した様子はない。たいしたものである。
「恥を知れですて!それはあんたよ!!貴族にあんなことして、許されると思ったら大間違いだわ!!」
ルイズもラーハルトに負けないほど大声で叫ぶ。
「何が貴族だ!身分が高いからといっていい気になるな!」
こうなったら売り言葉に買い言葉。ルイズも更なる暴言で返す。
「なによ!あんたなんか亜人じゃない!人間の常識も知らないんでしょ!」
ラーハルトは、自分が人間でないこと自体を気にすることはない。
しかし、人間と違うことで人間の生活に適応できない邪魔な存在、と見下されることは彼の忌まわしい記憶を呼び起こさせることにしかならない。
ルイズは、突然使い魔が意気消沈したように押し黙ったため、怒りのはけ口がなくなり、声のトーンが小さくなった。
「…なによ…。間違ってるって言う気?」
ラーハルトの心が暗い闇で満ち始めた。同時に、目的をとんでもない形で妨害された怒りが蘇る。
とうに忘れたはずの黒々しい“もの”が蘇る。
しかし、それは忘れたのではなかったのかもしれない。いや、忘れたとしたのが、彼の間違いだった。
ラーハルトは、ヒュンケルやポップのような他人のことを我が身の様に考える人間に出会ったことで、人間も全てが悪いものではないと学んだ。
そして自分自身を駒と割り切ることで、かつて抱いた憎しみを心の奥底に封じ込めた。
そこで終わってしまったことがいけなかったのだ。彼には足りないものがあった。
ラーハルトと類似した境遇を持つヒュンケルにあるもの。
ヒュンケルは、かつての戦いの中で、多くの人々と関わりを持った。数多くの危難が降りかかった。そして、仲間と共に乗り越えた。
そこで彼が経験したこと、それは憎しみの、闇に呑まれることの虚しさ、正義を信じる光の強さだ。
そして、時としてさまざま顔を見せる人間の心の尊さ、難しさも知った。
しかし、それを学んだところで、ヒュンケルの心の根本的な解決には至らなかった。
それをラーハルトは知らない。彼には、未来への道を示した王女もいない。慈愛の天使もいない。己を愛した女性もいない。
彼は人のことを、己のことを知らなすぎた。
ラーハルトは寝過ごしてしまった長い時は、あまりに多くの可能性を奪ってしまった。
ラーハルトの拳に力が込められる。消えていなかった憎しみに支配されてゆく。
ルイズを見る。その顔が、かつて母を虐げた人間とダブって見えた。
ラーハルトの目が、かつてのように荒んでゆく。悪夢のような出来事を、自身の根源を汚した女に戻りかけた憎しみをぶつけようとした時、部屋の扉か盛大に開かれた。
「今何時だと思ってんの!うるさくて眠れないじゃない!!」
真っ暗な部屋の闇を消したのは、隣室のキュルケの怒鳴り声だった。
「あんたらね。夜中に騒ぐなんて、どこのガキなの!人の迷惑考えなさい!!」
キュルケの叫び声も十分近所迷惑なのだが、寝ているところに、怒鳴り声で叩き起こされたらこうもなる。
頭の猛る炎の様なぼさぼさのままの髪が彼女の怒りを良く表している。
一方、喧嘩に横槍を刺されたルイズは、当然それをした人物に八つ当たりをする。
「うっさいわね。今大事なことしてるの。邪魔しないで!」
しかし、何も知らないキュルケがそれで納得するはずもない。
「何が邪魔よ!人に迷惑かけるのは魔法だけにしなさいよ!」
ルイズの心を抉る一言。先ほどからの出来事と相まって、いつも以上のショックを受けた。
たったそれだけで、ルイズは押し黙ってしまったのだ。
「うるさいわね…今は関係ないでしょ…」
先ほどまであった、狂ったような怒りが消えうせたルイズは、まるで子犬のようなか細い姿だ。
それを見たキュルケは、用が済んだとばかりにとどめの一言を放つ。
「魔法も騒ぐのも人のいないとこでしなさい!ゼロのルイズ!」
キュルケは入ってきたときと同じ勢いで扉を閉めた。
激しく燃え上がる炎が、まったく予想していないところからの火によって吹き飛ばされてしまった。
向かう方向を失った怒りがあっという間に霧散する。
真っ暗な部屋でしばらく沈黙が続いていたが、ルイズがそれに耐えられないかのように悪態を吐く。
「あんたのせいで怒られたじゃない。どうしてくれるの」
キュルケに怒られたばかりなので、声は限りなく小さい。それが彼女自身も悪いと感じていることを意識させてしまう。
だが、ルイズは心からそれを認めない、彼女の、貴族としてのプライドは高すぎる。そして、これまでのことで傷付き過ぎていたからだ。
しかし、ルイズの理不尽な愚痴はラーハルトの耳には入らなかった。彼は、苛立つようにぼりぼりと頭を手でかいている。
ラーハルトは、怒りが舞い散ったことで、冷静さを徐々に取り戻していった。
そうなるにつれて、彼は再び己の過ちを、恥じることになった。また、やってしまったのだ。
そして、自身の失態で良くない状況になったことを自覚する。ルイズに詫びの言葉を掛けることができなくなってしまったのだ。
今、ルイズに謝罪しようものなら、先ほどの暴言をすべて認めてしまうことになる。
それができるほど、彼の過去は安くはなく、父は小さい人間ではない。結局、ばつの悪さを露呈することしかできなかった。
それがルイズの増長を招いてしまった。
「なによ、黙り込んで。あんたの立場をようやく理解したわけ?」
ルイズは、自分の立ち位置を確認するように言葉を吐き出す。
「使い魔だったな…」
冷静さを完全に取り戻したラーハルトは、ルイズの望む、形だけの返答を用意する。
「そうよ。やっとわかってくれたのね」
ルイズが胸を張る。自身の優位が確定したことを感じたからだ。
それを良しとしないラーハルトは、目じりを吊り上げる。
「あくまで形だけだがな…」
ラーハルトはこんなことしか言えなかった。先ほどの騒動が、解けかけた彼の心を頑なにしてしまった。
「だめよ、そんなの。この私が人を騙すなんて、貴族の名誉を汚す行為だわ」
そう言われて、ラーハルトは、今まで深く考えなかった問題に直面した。
自分の信条は、常に正々堂々、卑劣な手段は許さない。人を欺くなど持ってのほか。
彼の心が、一瞬、使い魔の契約を結ぶことに傾いた。
「…だろうな。だが、無理だ…」
しかし、ラーハルトは天秤を元に戻す。今はすべきことがある。そのくらいの分別はある。
「ふざけないで。あんた…ふ、ふぁ…ぁ」
抗議をしようとしたルイズだが、突然強い眠気がやってきた。
もう夜も深い。それに、さっきの出来事で緊張の糸が切れてしまったのだ。
「なんか疲れちゃった」
ルイズはトロンとする瞼をこすり、何とか目を見開いてから使い魔に宣言する。
「今日はもう寝るわ。でも、明日になったら、必ず契約を結んでよ!」
ラーハルトは、もういちいち反論する気にはならなかった。それよりも、ルイズが寝るのをただ待つことにした。そうすれば、落ち着く環境になるからだ。
沈黙を肯定と捉えたかもしれない。ルイズは、何か自信がありそうな目で使い魔を一瞥して就寝の支度を始めた。
そっぽを向いていたラーハルトは、そんなルイズの表情に気づかなかった。
ようやく平穏と言える時間が訪れたのだ。彼は、今日あった出来事を整理し始めた。
しかし、今日という日にそんな暇は与えられなかった。ラーハルトに頭に何かが覆いかぶさったのだ。
大して驚きもしなかったが、怪訝な顔をしながら、頭上のものを手に取る。
それは…ルイズの着ていた白いブラウスだった。何か後ろにまずいものがある、そう思ったラーハルトが体を90度回転させたら…下着姿のルイズがいた。
男の生来持つ本能が彼の顔をわずかばかり朱に染める。
「な、何をしている!女が人前で肌をさらすなど…」
「何よ。使い魔に見られたって、何とも思わないわ」
ルイズは使い魔の自覚を突きつける一言を放つ。もっとも、ただの強がりも多く含まれているが。
ラーハルトはため息が出たが、しばらくはこういう暮らしをするのだ。おとなしく受け入れるしかない。
「後、その服洗っといてね。洗濯、掃除、雑用は使い魔の義務よ」
何でこんなことをしなければならないんだ、と言う抗議は心の中だけにしておく。また怒らせたらかなわない。
それよりも、確認しなければならないことを優先する。
「俺はどこで寝ればいい?」
ルイズは毛布を一枚投げてよこした。
「外」
ラーハルトの顔が強張る。だが、野宿で文句を言うほど幸福な人生でもないし、こうなった責任も自覚しているので、すぐに表情を戻す。
「嘘よ。あんたは床」
とりあえず風雨だけはしのげるらしい。ラーハルトは少し安堵した。ルイズが少し笑ったような気がしたが、理由はわからなかった。
着替えが終わったルイズは、さっさとベッドに入っていった。明日こそは、必ずこいつを使い魔にしてやる、と思いながら。
ルイズの瞳には先ほどまであった闇に少し光が射していた。
ルイズがスー、スーと寝息を立てたので、ラーハルトも眠ることにする。
今日は天地がひっくり返るほどの出来事が次々にやってきた。さすがの彼でも疲れを感じ始めている。
しかし、横になる気にはならない。毛布を羽織るように座り込む。
目に光が当たった。顔を上げて、何であるか確認する。その光は窓からこぼれていた。ルイズが開けたのか、カーテンの隙間から夜空が見える。
その空に、いまだかつて目にした事がないものがある。夜空に浮かぶ、二つの月。
ラーハルトはぼんやりと異世界の象徴を眺めている。身の境遇を嘆きながら。
それではいけないと、双月から目を放す。眠気を払い、真っ直ぐ前を見つめる。
いきなり姿を暗ましたのだ。元の世界の皆は心配しているだろう。
早く、早く帰還する。戦いはこれからなのだ。自分だけもたもたしているわけには行かない。
もう一度二つの月を見る。これを土産話にする日がすぐに訪れるように祈りながら…


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最終更新:2008年06月27日 19:49
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