「お早う旦那」
早朝クロコダインが薪割をしているところへ馬を引いたマチルダがやって来た
「鰐がこんなに働き者だったなんて知らなかったよ」
「久し振りに労働の尊さを思い出してな」
あの日、野盗達を一蹴した後で
元の世界に返すことが出来ないと言って泣いて謝罪するティファニアに
クロコダインは笑って言った
どこだろうと住めば都だと
仲間たちとの冒険を終えたあとデルムリン島に引っ込み
餌を捜すとき以外は日がな一日洞窟の中でゴロ寝する生活を送っていたクロコダインは
本当に久し振りに誰かのために汗を流すことに喜びを感じている自分を発見し
それだけでもハルケギニアに呼ばれた甲斐があったと感じていた
「出かけるのか?」
旅装束のマチルダを見てたずねる鰐
「ちょっと買出しにね」
「食料なら足りているはずだが?」
クロコダインが来てからというものマチルダ宅の食料事情は劇的に改善された
なにしろ森の動物達が魚やら果物やらの貢物を毎日のように届けにくるのだ
この世界におけるクロコダインのステイタスには
【カリスマ(動物限定):EX】が追加されるらしい
さすがにジャイアントモールがアナコンダサイズのミミズを持ってきたときは
丁重にお引取り願ったが
「人間食べるもの以外にも色々入用なんだよ」
特に女はねと悪戯っぽく笑い一週間ほど家を空けるというマチルダに
胸を叩いて留守はまかせろと答える鰐
「頼りにしてるよダ・ン・ナ」
「旦那は止めて欲しいのだが」
「う~ん私的には旦那が一番しっくりくるんだけど…
もっとカワイイ呼び方のほうがいい?
クロちゃん、クロ助、いっそクロマティ!」
「旦那でいい…」
黙っていれば深窓の令嬢で通るのに口を開けば大の男が唖然とするような啖呵が
ポンポンと飛び出すこの美女に口では勝てないという苦い事実を
ここ数日でクロコダインはたっぷり味わっている
(オレが関わる人間の女は一筋縄ではいかない奴らばかりだな)
遠ざかるマチルダの背中を見送りつつ心の声でボヤく鰐だった
「行方不明?」
「いえ、居場所の見当はつくんですが無事かどうかは…」
祖父がロマリアの出だというセセリオは浅黒い顔を更に暗くする
クロイドンの街に馴染みの行商人アシャー・ウォードを尋ねたマチルダを
迎えたのは店番のセセリオだった
「最後に届いた手紙ではダコタでの取引が上手くいったのでベルファストの知り合い
のところに顔を出してから戻るとありました、だから…」
すがるような視線でマチルダを見つめるセセリオ
マチルダは溜息をついた
やり手の商人でその上口の固いウォードにはマチルダ自身大いに世話になっていたし
なによりティファニアの胸に合う下着は他所ではまず手に入らない
「ベルファストだね」
戸口に向うマチルダにセセリオが声を掛ける
「気を付けて下さい、最近あちこちで王党派と貴族派が小競り合いをしてますから」
マチルダは背中を向けたまま杖を振って見せた
「マチルダ姐さんにまかしときな」
「甘かった…」
マチルダはいきなり捕まっていた
“仕事”の予定は無かったとはいえせめて服の中に予備の杖を仕込んでおくべきだった
馬鹿みたいに強い鰐が“家族”に加わったことで
知らないうちに警戒心が鈍っていたのかもしれない
「これより尋問を始める」
ベルファストの街を支配するモーティマー大佐は大佐と名乗ってはいるが
正式な軍属というわけではなくあくまで自称である
王党派と貴族派の武力衝突が頻発し無政府状態にあったベルファストに
どこからともなく現れたモーティマーは容赦の無い暴力によって
たちまちベルファストの町長兼警察署長兼治安判事の椅子についてしまった
モーティマーについてはっきり分かっていることは二つ
曲者揃いの傭兵メイジ達を力で従えさせられる力量の持ち主であること
そしてベルファストの人間の生死はモーティマーの気分次第であるということ
葉巻をくゆらせながら目の前に引き出されたマチルダの
ゆったりとした服の上からでもわかる均整のとれたプロポーションに
舐めるような視線を這わせるモーティマー
「この私に隠し事は通用しないぞ」
「隠し事もなにもそこに書いてあるとおりだよ」
毒蛇の笑みを浮かべるモーティマーが手に持つのは
取調室で書かされた素性や経歴を適当にでっちあげた調書だ
モーティマーはマチルダの髪を掴んで顔を上げさせ白い首筋に舌を這わせる
「これは…嘘の味だな」
不幸なことにモーティマーは頭のタガが外れているがボンクラではなかった
「大佐、この女どうします?」
「もちろん身体検査だ」
モーティマーの命令で控えていた男達が動き出す
「隅から隅まで念入りに調べろ、女はポケットを余分に持ってるからな」
モーティマーの部下はマチルダを取り囲むと一斉に手を伸ばした
最終更新:2008年06月27日 22:38