鰐男-03


「では頼んだぞ」
クロコダインの声に答え蒼空に舞い上がる漆黒の翼
それは鷲と見紛うばかりの三羽の大鴉だった
大鴉に続いて一斉に飛び立つ夥しい鴉の群れに陽の光は遮られ
局所的な日食が発生したかのようにウエストウッドの森を薄闇が包む
やがて鴉達はおのおののリーダーの下に集合すると
空を流れる三本の河となって別々の方向に散っていく
全体の指揮を執るのはジョウスケ
ウエストウッドの森を縄張りとする鴉達(以後ウエストウッド・グループと呼称)の
リーダーだ
クロコダインの“航空参謀”を自認するジョウスケは配下の鴉達を使って
マチルダの行方を探していたが未だ発見できていない
そこで捜索範囲を広げるべくビギンヒル・グループのリーダーオクヤスと
マンストン・グループのリーダーヨシカゲに協力を仰ぎ
アルビオンの鴉のおよそ半数を動因する大捜索網を敷こうとしていた
「大丈夫だ、きっと見つかる」
祈るような表情でいつまでも空を見上げるハーフエルフの少女の肩に
クロコダインはそっと手を置いた

その頃マチルダは地の底にいた
正確にはベルファストの街を少し外れた山の中に切り開かれた露天掘りの鉱山で
街から徴用された男達に混じって強制労働に就かされていた
労働は過酷
食事は劣悪
かろうじて胸と腰を隠せるだけのボロ布を着させられ
朝から晩まで好色な看守達に小突き廻される
日々消耗していくマチルダにとって唯一の慰めは
アシャー・ウォードとの再開だった
「嫁入り前の娘が何て格好だい」
竪穴の底で顔を合わせたウォードの第一声がそれだった
「文句はモーティマーに言っとくれ」
憮然と答えるマチルダの肢体を包むのは申し訳程度に肌を覆う粗末な布地
明らかに看守達の目の保養を目的としたそのコスチュームは
「恐竜百万年」のラクエル・ウエルチさえ白旗を掲げるサービス振りだ

「密輸?」
「みんな命惜しさに口を閉ざしちゃいるが公然の秘密だ
ここで採れた風石は十中八九“床下”の闇ルートに流れてる」
空に浮かぶアルビオンの住人の言う床下とは地上のことだ
並んでツルハシを振るいながら看守の目を盗んで言葉を交わすマチルダとウォード
「ちょっと待っとくれ、風石貿易はアルビオンの生命線じゃないか
いくら王宮でふんぞり返ってるのが寸足らずな連中ばかりでも
たかだか田舎町一つ牛耳ってる程度の悪党に空軍を出し抜くことなんて…」
「出来るんだよ」
ウォードはマチルダの耳元に顔を寄せ声を潜めた

「レコン・キスタ、か…」
鉱山が深い眠りに落ちた深夜
囚人棟を抜け出したマチルダは闇に包まれた坑道の中を
獲物に忍び寄る山猫のように一切の気配を断って移動していた
昨日までの下調べで看守の大まかな配置と交代のスケジュールは掴んでいる
鉱山の中に限るなら監視の目を盗んで動き回ることはさほど難しくない
問題は鉱山からの脱出だった
それも出来るだけ早く逃げ出さねばならない
「レコン・キスタがモーティマーの後ろ盾になっている」
昼間ウォードから聞いた話が事実なら事態は気に入らないどころではない
隠し鉱山の運営に一枚噛んでいるような貴族ならいざとなったら
証拠隠滅のため囚人ごと鉱山を吹き飛ばすくらい平気でやる
マチルダに言わせればそうした連中にとっては
平民の生死より毎朝の食卓に上る卵の茹で加減のほうがよっぽど問題なのだ
そしてそういった貴族が何より嫌いなマチルダは当然自分一人が抜け出すだけで
済ませるつもりはなかった
完全に “裏の仕事モード”に切り替わったマチルダの頭の中では
このくそいまいましい鉱山を叩き潰し囚人全員を脱走させる計画の青写真が
描かれつつありそのためにも正確な情報が必要だった
息を殺して看守棟に忍び寄るマチルダは
突然背後の暗がりからあがった声に凍りついた
「こりゃ驚いた、こんな所で何してんだ“フーケ”?」

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最終更新:2008年06月27日 22:43
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