「真夜中のお散歩かい?」
「ブロンディ…」
暗闇から現れたのは過去数回マチルダと組んで“裏の仕事”をこなしたことのある
小悪党だった
「なかなかの羽振りじゃないか」
風石の貯蔵庫の一角に作られたブロンディの隠し部屋でマチルダは何週間か振りの
チーズとワインを味わいながらそれなりの地位にいるらしいもと“相棒”に
鋭い視線を投げる
「神様は俺みたいに誠実な働き者をちゃんと見ててくれるんだよ」
「あんたが誠実な働き者で通るなら鰐だって教皇になれるよ」
たわいも無い会話を続けながら相手の表情や口調から腹の底を探ろうとするマチルダ
一方ブロンディの視線はマチルダの胸の谷間と剥き出しの太腿の間を正確なリズムで
往復している
「ところで…」
「ここから逃がしてくれって話なら聞けないぜ」
「サン・ヴィトの酒場でイカサマ賭博がバレて川に沈められるところを
助けてやったのは誰だっけ?」
「そいつはヒュルトゲンの一件でチャラだ、と言いたいところだが条件によっちゃあ
力にならんでもない」
「検討はつくけど一応言ってみな」
「そりゃ一発ヤらせ-おっと!」
股間を狙って繰り出された爪先を膝小僧を交差させてブロックしニヤリと笑う
ブロンディの顔面にマチルダのヘッドバットが突き刺さる
大輪の鼻血の花を咲かせて崩れ落ちるブロンディを放置して
マチルダは憤然と歩み去った
「では行ってくる」
ウエストウッドの森では鴉の報告によりマチルダの居場所に大体の見当をつけた
クロコダインが直々に捜索に赴くところだった
「ティファニアを頼んだぞ独眼鉄」
留守を任された大猪はクロコダインに匹敵する巨体を揺すり
右目の潰れた厳つい顔に男臭い笑みを浮かべる
「クロコダインさん、これを」
ティファニアが差し出したのは藍色に染められたマントに似た被り物と
植物を編んで作られたスープ皿型の帽子だった
「これを身に着けていれば…その……少しは目立たないと思うから」
「そうだな」
ティファニアから手渡された道中合羽を羽織り三度笠を被ったクロコダインは
どこからか取り出したバカ長い楊枝を咥え中村敦夫のような声で言った
「御免なすって」
その頃マチルダは相変わらず穴の底にいた
自分の裏の顔を知っているブロンディが看守側にいることは不安材料ではあるが
ブロンディがそのことをモーティマーに告げることはあるまいとマチルダは考えている
大法螺吹きで金に汚くそのうえ卑劣漢だがここぞというときには意外な男気を見せる
ブロンディという男をなんだかんだでマチルダは信用していた
さしあたっての問題はウォードが目に見えて衰弱していることだった
その日マチルダの目の前で遂にウォードはツルハシを取り落とし地面に横たわってしまう
「てめえ、サボるんじゃねえ!」
「やめな!」
ウォードを蹴り回していた看守の前に立ちはだかるマチルダだったが頬を張られて
尻餅をつく
看守は罵声を浴びせながら再びウォードの脇腹に蹴りを入れる
「立てよ!立てねえんならこのまま豚みたいにくたばっちまえ!」
その言葉が引き金となりマチルダの精神は十年前に跳んだ
“王に叛いた愚か者は豚のように死ぬがいい”
ほとんど無意識のうちに動き出したマチルダは背後から看守の頭を抱え
捻りを加えて体重を掛ける
頚椎の砕ける音が鈍く響いた
町から鉱山の視察にやって来たモーティマーは縦穴の底で暴れまわるマチルダを
ローマの闘技場で剣闘士の試合を見る様な調子で見物していた
今となっては別世界の出来事のように思える少女時代
海兵隊の上級曹長に徒手格闘の手ほどきを受け
十代半ばからのアウトロー生活で実戦による磨きをかけてきたマチルダである
エキストラの雑兵では何人いようと屁の突っ張りにもならない
そのうえ溜りに溜まった怒りに火の点いたマチルダは尻に散弾銃を撃ち込まれた
バッファローのように見境を無くしていた
「降りてきなモーティマー!あんたが本物のタフガイか試してやろうじゃないか!」
最終更新:2008年06月27日 22:43