虚無と獣王-05

5 幕間 『追憶』

空に浮かぶのは、白と赤の双月。
昨日までいた世界では決して在り得なかった夜空を見上げながら、クロコダインは思う。
随分遠い世界に来てしまったものだが、デルムリン島に集った仲間たちは今頃どうしているのだろうか、と。

あの日、勇者の残した一瞬の閃光を目撃した者たちが辿った道は、2つ。
1つは世界中を旅して勇者を探す道。
もう1つは勇者が帰ってきた時のため、荒廃した地上世界の復興に携わる道。
クロコダインが後者を選んだ時、仲間たちは随分驚いたものだった。

「えー!おれたちと一緒に行くんじゃないのかよおっさん!」
そんな声を上げたのは勇者の親友にしてパーティーのムードメーカー、勇気を司る大魔導師である。
「誘ってもらえるのは有り難いが、もう決めた事なので、な」
「でもよ!おれがマァムにボコられた時、誰があいつを止めたりフォローしたりしてくれるんだよ!メルルだけじゃストッパ」
大魔導師が最後までセリフを言う前に、当の武闘家が華麗な足技を炸裂させていた。慈愛を司っているにしては過激な肉体言語である。
占い師はオロオロとしているが、他の面子は気にも留めていない。この夫婦漫才に付き合っていたらキリがないからだ。
「まあポップの戯言はともかくとして、共に来てはくれないのか?お前がいてくれれば心強いが」
そう言うのは闘志を司るアバンの使徒の長兄、魔王軍時代からの付き合いがある友人だ。
横では彼と共に旅に出る予定の槍騎士が頷いている。かつて父と慕った竜の騎士が、クロコダインを高く評価していたのを彼は知っていた。
「オレも最初はダイを捜すつもりでいたんだがな、レオナ姫の決意を聞いてから少し考えが変わったのだ」
正義を司るパプニカの姫は地上の復興と同時に、人間とモンスターの共存できる世界を作れないだろうかと考えていた。
人間は異種族に対する警戒心や猜疑心が強く、強い力を持つ者に対して排他的である。竜の騎士であるダイも戦いの最中苦い思いをしていた。
ダイの父であるバランや魔族と人間のハーフであるラーハルトも、人間に迫害された過去を持っている。
最終決戦時の大魔王の表情や口振りを考えると、ひょっとしたら彼にも似たような経験があったのかもしれない。
だがその一方で、ダイの仲間たちやデルムリン島の護衛任務を受けた兵士たちはモンスターと良好な関係を築いていた。
ヒュンケルやバダックはクロコダインを友人と認識しているし、チウもパーティーに馴染んでいる。
この差は一体何だろうか。
レオナはそれを知識の経験の差だと考えたのだ。相手の事をよく知らないから怖がり、恐れ、迫害する。
つまり、人間がモンスターの事をよく知る機会を作ってしまえばいいのだ。
魔王による魔力の影響がなくなった今が、モンスターたちに対する偏見を解く絶好のチャンスなのだが、一気に事を押し進めては逆に反発を招いてしまうだろう。
そこで彼女は他国の王たちと相談し、デルムリン島に人間とモンスターが共に暮らす村を作る事で一つのモデルケースとする計画を立案した。
この計画が成功し世界中に共存の空気が広がっていけば、ダイが帰ってきても肩身の狭くなるような思いをさせずに済む。
「────とまあ、そんな話を聞いたのでな、協力したいと思ったのだ」
クロコダインの表情を見て、皆は一様に笑みを浮かべた。
「おっさんなら適任なんじゃねぇの?」
床に伸びた状態でそんな事を言う大魔導師を見て、クロコダインも笑う。
「他にも姫は1年後に国王会議を開きたいと言っていたぞ。復興の度合いやダイの捜索状況などを話し合うんだそうだ」
「ではオレたちもその時に集まろうか」
「そうね、いい考えだわ」
「ったくおまえはいい男の意見にゃアッサリ頷きイテテテテテテ踵!踵が刺さっ」

それからの1年はあっという間に過ぎて行った。
クロコダインは獣王遊撃隊と共にデルムリン島へ渡り、人間たちと暮らし始める。最初は警戒心が先に立っていた人間たちも、時が経つにつれ親しくなっていった。
特に子供たちは意外なほどクロコダインによく懐き、余暇に訪れたロモス王の目を丸くさせている。
サミットがデルムリン島で開催される事が知らされてからは、各王の宿泊場所の建築に大わらわとなった。
もっとも視察に訪れたレオナからは、そんな立派な建物作らなくてもいいのになどと言われてしまったが。
国王や将軍たちが続々と到着する中、世界中に散った仲間たちも国王会議に合わせてデルムリン島に訪れつつあった。
もっとも、顔を合わせる度に一緒に旅に行こうとかモデルケースが上手くいったから今度は親衛隊の隊長になってくれ等と勧誘合戦になるのには閉口したが。
クロコダインは自分よりももっと適任がいるだろうと思うのだが、他人の評価はどうも違うらしい。
仲間や国王たちにしてみればクロコダインは自己評価が低すぎるという事になるし、戦争は終わったといえ人材不足は深刻なモノがある。
彼ほどのスペックを持った人材などそうはいないのだから、勧誘合戦になるのはある意味当然だと言えた。
クロコダインが銀色に光る鏡のような何かを見つけたのは、そんな折である。
明らかに怪しいと思いながらも彼が鏡に近寄って行ったのは、鏡の向こうから何者かの『意思』が届いたからだった。
男なのか女なのか、若いのか老いているのかも判らなかったが、彼には確かに聞こえたのだ。
それは助けを呼ぶ声だった。
祈るような、泣いているような、追い詰められている者の、声。
後先の事など考えなかった。ただ、助けを呼ぶ声に応える為に、クロコダインは鏡の中に飛び込んで行った。

空に浮かぶのは、白と赤の双月。
新たに主となった少女はもう寝てしまっているだろうか。
異世界に召喚されたクロコダインの慌ただしい1日が、やっと終わろうとしていた。


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最終更新:2009年02月08日 12:27
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