第二話 誇りにかけて
口に薔薇の造花を加えた気障な少年は、顔色を蒼くしながらもルイズを庇っていた。
今まで散々ゼロのルイズと馬鹿にしてきたのに、一体どういうつもりだろう。
もしかして、人を見下す態度を反省し心を悔い改めたのか――。
そう考えると、気取っているとしか思えない顔が凛々しく高貴に見えてくるから不思議である。
「どうして……!?」
「ヘボでダメダメイジでゼロのルイズでも一応レディじゃないか、一応」
あっという間に温かい想いは霧散し、後頭部を殴りつけたくなった。馬鹿にしているにもほどがある。
「とにかく! ぼ、僕の前では! れれ、レディには指一本触れさせないッ!」
膝を振るわせ、鼻水を垂らしそうになりながらギーシュは高らかに宣言した。
字面だけ見れば格好いいと言えなくもないが、所々裏返った声で叫ばれては逆効果である。
騎士道精神あふれる少年の言葉に感動するはずもなく歩み寄る彼の前に、青銅の戦乙女――ワルキューレが立ち上り、襲いかかった。まともに拳を食らえば殴り飛ばされてしまうだろう。
だが、吹き飛んだのはワルキューレの方だった。彼らの動体視力ではろくにとらえきれなかったが、無造作に手で払いのけただけ。
たった一撃でワルキューレの胴体がへこみ、地面に叩きつけられ動かなくなった。
ギーシュの顔が引きつり、ルイズもあっけに取られた。恐怖より驚嘆の色が生徒たちの顔を染め上げている。
反対に、彼は己の掌を眺めてかすかに顔をしかめた。
オリハルコンでもないあの程度の強度の金属ならば、本来原形をとどめぬほどグチャグチャにひしゃげているはずだ。
一歩足を踏み出すと今度は四体のゴーレムが行く手を阻む。一斉に襲いかかるが全く脅威は感じない。身体能力は落ちていても、動きを読む力まで衰えているわけではないのだ。
冷静に攻撃を避け、反撃の拳を叩きこむ。
どれほどの数のゴーレムを生み出せるかわからないが、本体を叩けばいい。流れるように接近し、攻撃しようとしたところで彼は身を捻った。
生徒を救おうとコルベールが炎の帯を生み出し飛ばしてきた。宙へ身を躍らせた彼へ炎球が飛ぶ。
それを放ったのは炎と同色の髪の持ち主。『微熱』の名を持つ、ルイズとは犬猿の仲のキュルケだ。
彼女は本能的に知っていた。彼に学院の者達を認めさせるには、戦うしかないと。
空中ならば避けようがない。勝利を確信した彼女の目が見開かれた。高速で振るわれた掌によって球体は弾かれ、明後日の方向へ飛んでいってしまった。
生徒たちの想像を超えた力だが本人は苦い顔をしている。
術者の方に弾き返すつもりだったが、狙いが逸れてしまった。
回避に集中して人間と自身の力を確認しているが、戦えば戦うほど力の低下がじわじわと意識を焼いていく。
炎球の向かった先には青い髪の女生徒――タバサがいた。コルベールが逃げるよう叫んだが、彼女はどこまでも冷静に身の丈以上の杖を振り、風で軌道を変えた。
反撃の氷の矢が次々に飛ぶが、彼を捉えることはできない。キュルケとタバサの息の合った連携攻撃と、それを回避する青年の姿は幻想的だった。
生徒達は逃走も加勢も忘れ、目の前の戦いに目を奪われている。
一方、ルイズは悔しさに唇を噛んでいた。
タバサやキュルケは戦う力を持っている。呪文を使える。
だが、自分は何もできずじっと見ているしかない。全く認められることのないまま――。
しかし、そこで体の奥底から声が聞こえる。何かと共鳴したような、魂をも震わせる響きが。
(力を認められたい……ゼロのままでいたくない!)
ここで何もしなかったらいつまでもゼロのままだ。
脳裏に彼の言葉が蘇る。
(笑わせるなっ! 小娘風情が主のような顔をするのは……身の程を知らぬにも限度がある!)
(私に一撃でも食らわせることができたら、少しは認めてやってもいいが……触れることすらできまい)
彼女は気位が高く意地っ張りである。いくら相手が強くともここまで侮辱されたら決して後には退けない。
その眼が燃え上がり、悔しさや怒りが膨れ上がり――弾けた。
彼女は衝動のままに落ちていた石を拾って投げつけた。
青年が弾こうとした瞬間、杖の先端を石に向けて爆発させる。彼は予想外の事態に驚くより感心したような息を漏らした。
「わたしに出来るのは、これだけだから……っ!」
キュルケが、タバサが、同時に攻撃する。それを回避しようとした瞬間彼の足元が突然崩れた。まるで地面が急に脆くなったように。
ずっと観察し、動く位置を予測したコルベールが『錬金』によって作り替えたのだ。
体勢を崩しながらも掌撃で弾こうとした彼の背後に一体のワルキューレが出現し、羽交い締めにする。
そのまま炎と風の餌食になるかと思われたが、彼は青銅の腕に手をかけ、力を込めた。ビシリという音と共にひびが入り、戒めが緩んだ所で掴んで振り回す。
盾にされたワルキューレは魔法を食らって崩れ落ち――その隙間を縫うようにして小石が飛ぶ。再度の爆発を彼は腕を上げて防いだ。
その表情がわずかに動く。
ルイズが刺そうとするかのように杖を構え、突進してきたのだ。
玉砕覚悟としか思えぬ無謀な行動だが、彼は冷静に杖を掴んで止めた。
しかし、彼の予想に反して手の中で爆発が起こる。
先ほどから投げた石を目標として爆発させていたのも、小石と併用しないと爆発は起こせないと勘違いさせ、本命を叩きこむため。
至近距離で爆発させれば彼女もただでは済まないが、その眼にためらいは無い。
「爆発には慣れてるわ……これなら絶対命中する! わたしと我慢比べよっ!」
幾度も爆発が生じ、己の身を削るような行動にギーシュが顔をゆがめる。
だが傷ついているのは鋼鉄の手袋だけで一撃を入れたとは言えない。
ルイズが攻撃の無意味さを悟ると同時に、彼は杖を捻って彼女を地面に叩きつけようとした。
一瞬早く手を放した彼女が殴りかかるが、掌であっさり止められる。
「……惜しかったな」
珍しく評価するような言葉だが、それに感動するような彼女ではない。
なおも地を蹴り、体をぶつけるような勢いで飛びかかる。蹴りで迎撃しようとした彼の足を青銅の腕が掴んだ。
「最後の一体さ……!」
ギーシュが白い歯を輝かせながら微笑んだ。これでルイズが格好良く殴り飛ばしてくれれば、彼の活躍も光るというものだ。
しかし、ルイズは格闘技の心得があるわけではない。勢いよく飛び過ぎて体勢を崩し――予想外の動きを見せたため反撃を受けることもなく――彼女のひたいが相手の頭に激突した。
メイジなのに素手で、しかも頭突きで一撃を入れていいのか。
仮にも貴族の令嬢なのに猪のごとく突っ込んでいいのか。
誰もが心の中でそう叫び、彼女はそのまま気を失い倒れてしまった。ひたいから血がだらだら流れているが、青年には傷一つない。
それでも一撃は一撃だ。
「触れるどころか、本当に一撃食らわせるとは……」
コルベールの言葉に彼は顔をしかめた。
いくら人間達の連携が巧みであっても、魔法が強力であっても、本来ならば簡単に皆殺しに出来たはず。
しかし実際は甘く見ていたとはいえ “一撃”を食らってしまった。信じられぬほど力が落ちている。
ゴーレムの腕を蹴りつけ、気絶した彼女をすぐさま蹴り殺そうとしたが、突然彼の足から力が抜けた。操り人形の糸が切れたように完全に動かなくなったのだ。
ぐらりと体が揺れ、膝が折れる。
「く……!」
この異変が召喚直後の一時的なものか、ずっと続くものなのかわからない。
認めざるを得なかった。ここで彼らを皆殺しにするのも、力ずくで言うことを聞かせるのも今の自分では難しいということを。
彼の内心を読み取ったのか、コルベールが頭をさすりつつ発言した。
「もうやめませんか。あなたは強いが、ここで戦っても元の世界には戻れない。あなたの最大の望みは帰還……そうでしょう?」
頷き、肯定する。
ついカッとなって戦ってしまったが、彼らを殺してもメリットはないとわかっている。呼び出したルイズこそが鍵を握るはずだ。
「取引しませんか。我々は情報を、あなたはその力を。学院のために働けなどとは言いません。彼女に力を貸してほしい――それだけです」
「使い魔としてか?」
皮肉な口調にコルベールは沈黙した。
儀式のことを考えるとそうとしか言えないが、相手のプライドを傷つけることになってしまう。
ルイズならば「当然でしょ」と言って再び争いを勃発させるだろうが、幸い彼女は気を失っている。
後で彼女に刺激しないよう言い聞かせなければならない。
「騎士……のようなものでどうでしょう。最大の手がかりである彼女の傍にいることは、あなたにとっても悪い話ではないと思います」
使い魔だろうと騎士だろうと主人は主人なのだが、ものは言いようである。
双方の顔を立てる点で大人だ。
「……いいだろう」
主の元へ戻るまでの一時的な関係、仕事の一環だと割り切るしかない。
全ては一刻も早く主の元へ戻るため。彼にとっての主は大魔王以外に存在しない。
タバサやキュルケ、コルベールは敬意とまではいかずともある程度認めたのだが、彼らがいなければ何もできなかったはずのルイズに関してはそれほど評価していない。
開き直りとはいえ、傷つきながら一撃を食らわせた根性だけは認めてやらなくもないが。
そんな彼の内心も知らず、目を覚ましたルイズは安堵したように笑った。
「わたしはルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ」
「ミストバーンだ」
本来相まみえぬはずの二人が巡り合ったことによって何が起こるのか――その時はまだ誰にも分らなかった。
最終更新:2008年07月07日 15:57