第五話 月影
学院に戻り報告を済ませると、一同はオスマンにフーケを雇った経緯について問い詰めた。
正直に“色香に目が眩みました”と答えたオスマンに死ねばいいのにという呟きが漏れたが誰も否定する者はいない。
非難の眼差しをごまかすかのようにルイズとキュルケにはシュヴァリエの爵位申請が宮廷に出され、タバサには精霊勲章の授与が申請されたことを告げ、ぽんぽんと手を打った。
今夜『フリッグの舞踏会』が行われるという。パーティーでの戦闘服――ドレスを身に纏い美しく着飾ろうと出ていった少女達とは反対に、ミストバーンは残った。
「あの筒は私の世界の道具だ」
オスマンは世界が二つあるような言い方に異論を挟まず、納得したように頷いた。ミストバーンの異質な空気から別世界の住人であることを気づいていたのだろう。
だが、何故破壊力は持たぬはずの魔法の筒に物騒な名が冠されたのか。
オスマンは遠い目をして語り始めた。
三十年前、森を散策していた彼はワイバーンに襲われ、そこを救ったのが筒の持ち主だった。
彼がデルパと唱えると見たこともないモンスターが飛び出し、破壊神のごとき恐ろしい勢いでワイバーンを蹴散らしたため破壊の筒と名付けたのだという。
そのモンスターは結局逃げ出して戻ってこなかった。追いかける余裕もなくオスマンは怪我していた恩人を学院に運び込み、手厚く看病したものの死んでしまったのだと言う。
誰が呼んだか尋ねたが、オスマンは首を振った。
「わからん。どんな方法でこっちにやってきたのか最後までわからんかった」
次にオスマンはミストバーンの左手に視線を移した。
「これが光ると、力が湧き上がる気がした」
「……ガンダールヴの印じゃよ。その伝説の使い魔はありとあらゆる武器を使いこなしたらしい」
それ以上のことはわからない。せっかく掴んだと思った手掛かりは再び零れ落ちていった。
だが、この学院やルイズに関わることで元の世界に戻れるきっかけが掴めるかもしれない。しばらくは彼女の傍で過ごすしかないようだ。
食堂の上の階のホールでは舞踏会が行われていた。
戦闘の後の栄養補給のため美しく優雅に食事を進める彼は妙に場の雰囲気に馴染んでいた。
食物に戦いを挑むのはタバサであり、キュルケは言い寄る男達と楽しげに語らっている。ギーシュは凄まじい色彩感覚をぶちまけた衣装で周囲の度肝を抜いていた。
栄養を十分に摂取したと判断したミストバーンはやがてバルコニーに移り、二つの月を眺めている。
それぞれにパーティーを満喫していると、やがて衛士がルイズの到着を告げた。
ルイズは桃色がかった髪をバレッタにまとめ、ホワイトのパーティードレスに身を包んでいた。
その美貌に次々に男たちが群がりダンスを申し込むが、彼女は全て断るとミストバーンに近寄って来た。
「踊らないの」
「……私は戦いしか知らぬ」
彼が生まれたのは戦場に渦巻くどす黒い思念の中。体を持たぬ彼は他者に宿り、次々と強い体へ移っていった。
器が傷つこうと痛みを感じることはほとんどないが、極上の料理も美酒も愉しめない。己の手で打ち負かしたという実感が無いため戦いの快楽すらない。
何のために生きるのか――自我が芽生えてからずっと心の中に溜まっていた疑問は、主と出会うことによって解答を与えられた。
夜空の双月を見上げる。想うのは常に主のこと。
「私の世界では、月は一つだった」
「その……バーン、様に月が二つあると教えたら何て言うかしら?」
ルイズが寄り添うように立ち、同じく見上げながら問いかける。彼女は儀式の時の様子から、彼にとって最も大切な者の名を察していた。
「あの御方ならば、まず太陽が二つあるかどうか気になさるだろうな」
珍しく余計なことを喋ったミストバーンに、ルイズは微笑んで一礼した。
「わたしと一曲踊って下さいませんこと?」
「踊ったことなど――」
どこまでも真面目に答える彼は心なしか戸惑っているようだ。
ルイズはクスリと笑い、彼の手を取る。
「知らないなら、これから知ればいいじゃない」
自信満々にホールの中央へ進み出る。足を踏んでも知らんぞ、と無言の圧力が襲いかかるが気づかぬふりをする。
彼は最初こそぎこちない動きだったものの、徐々に慣れてきたのか動きは滑らかになっていく。
やがて二人の姿は調和し、溶け合っていった。
切り離すことのできぬ光と影のように。
第一章 光と影 完
最終更新:2008年07月16日 17:09