第二話 閃光のように
竜騎兵達は旗艦へと光点が迫るのを見て首をかしげたが、正体を視認できず己の任務へと意識を戻した。
無事に甲板へと降り立ったミストバーンは立っていた兵達をすぐさまなぎ倒し、風石の置かれた部屋を探す。
巨大戦艦を拳で撃墜することはできないが、動力を破壊すれば落とせる。アルビオンに向かう際に耳に挟んだ知識が役に立った。
謎の人物が侵入し次々に兵達を打ち倒しているという情報が飛び交うが、兵力を集めようにも狭い場所ばかりであっさり突破される。
だが、廊下を走る彼の足が一瞬止まりよろめいた。倒れかけるのを壁に手をついてこらえ、再び走り出す。
やがてそれらしき部屋の前まで足音も立てずたどり着き、扉を破ると同時にデルフリンガーの警告が響いた。
「まずい、相棒――!」
まるで彼の行動を読み切っていたかのように空気の槌がカウンターで叩きこまれた。
デルフリンガーを抜いて吸収し、室内の人物を見たミストバーンの顔からあらゆる表情が一瞬にして抜け落ちた。
かわりに浮かび上がるのは純然たる怒り。
そこには、兵士達と共に閃光のワルドが杖を構えて立っていた。
一方、ギーシュとルイズは物陰に隠れながら敵兵の行動を妨害していた。
今までならばワルキューレを七体出現させ即座に精神力を使い果たしていただろうが、オーク鬼達との戦闘で懲りている。
ギーシュ一人が倒れるならばともかくルイズもいる。
もし殺されるようなことがあればミストバーンがあの世まで来て引きずり戻し、拳の叱責とともにギーシュだけ冥府へ送り返すだろう。
だが、彼らだけでは出来ることなどたかが知れている。頭を悩ませていると巨大な影が兵士達を相手に剛腕を振るっているのが見えた。
「フーケのゴーレムだわ」
彼女が何故村を守ろうとするのかわからないが、力が必要なことは事実。一時的に手を組むしかない。
体勢を立て直すため敵の集団が一度退いた隙に、フーケが隠れていそうな方へ呼びかける。
「貴族様に従うのは気に食わないねえ!」
ルイズのこめかみが波打ったが、ギーシュは頭を深く下げ、叫んだ。
「土くれのフーケと呼ばれた貴女の力が必要なんです! お願いします!」
貴族にあらずんば人にあらず、平民など貴族のためだけに存在すると考えていたギーシュの変わりようにルイズはあっけに取られていた。
この変化は一体どうしたことだろう。もしや、身分不明のミストバーンに打ち負かされて真の強者とは何か知ったのか。
盗賊風情に頭を下げるなどプライドが無いとしか思えないのに、ルイズは彼の姿に圧されていた。
村を守るために彼女の力が必要だと知って手を尽くそうとしている。
「何でそこまで……」
学院ならばともかく、タルブの村のために必死になって戦う義理などないはず。
ルイズも強く止められていたら振り切ってまで行こうとはしなかっただろう。
ギーシュの答えは力に満ちていた。
「そりゃもう可憐なヴィオレッタ、聖なるアリシア、優雅なガラテア――他にも多くの美しき女性達が暮らす村だからさ!」
どうやら真に素晴らしい女性には貴族も平民もないらしい。いつの間にその境地にたどり着いたのか。
「モンモランシーに後で言いつけてやろうかしら」
呆れるルイズに声が届いた。
「……小娘とボンボンに従うのは気に食わないけど、あいつらはもっと気に食わないから協力するよッ!」
土煙で目をくらましている隙に岩陰からフーケが姿を現し、二人の元へ走り寄って来た。
やがて敵の集団が再度攻撃してきた。
今度は正面から挑まず回避に重点を置き、周辺にいるはずの操作者を探している。
そのうちゴーレムが特定の方角を守るような動きを見せたため、兵士達はゴーレムの腕をすり抜けるようにしてそちらへ殺到した。
術者さえ倒せば全て終わる。そう意気込んだ彼らの足元が崩れた。穴に落ち込み、異臭が漂っていることに気づく。
「はーい、ご機嫌いかが? ……とっとと降参しないと火だるまになるよ」
ようやく彼らは臭いの正体に気づいた。油だ。焼き尽くされたくないため武器を捨てた彼らを拘束し、抜けだせないように檻を作る。
それを見たギーシュがヴェルダンデに抱きつき頬ずりした。
オーク鬼達の時と作戦は同じだが、ルイズとギーシュでは上手く誘導できないためフーケのゴーレムを使った。
さらに、フーケは土のトライアングルクラスのメイジである。落とし穴の範囲を広げるのに役立った。
ギーシュが成功に浮かれているとゴーレムの拳が彼に襲いかかってきた。ルイズが尻を蹴飛ばし、自分も地面に転がる。
拳の先を見ると残党が襲いかかってきたところだった。
「気ィ抜いてんじゃないよっ!」
鼻水を垂らしながらギーシュが頷く。
ルイズは心が沈みこむのを感じていた。自分が使える魔法は爆発だけだ。意地を見せようと思っても役に立たない。
何か自分に出来ることは――そう考える彼女は、心を励まそうと指に水のルビーをはめた。
動力室の空気は異様に張り詰めていた。帯電し、今にも肌を焼きそうなほどに。
ワルドは四体の偏在と共に立ち、笑みを浮かべた。左腕を奪い、消えることのない恐怖を刻みこんだ男に復讐できる。
復讐より試練と言った方が近いかもしれない。ここで彼を殺さなければ、前へ進めないと知っている。
ミストバーンが己へ突進するのを見て予想が的中したことを悟る。
『レキシントン』号に乗り込み、艦内を荒らし回るような人物は一人しかいない。この艦を落とそうとする彼が目指す場所はここしかない。
真っ先に主を侮辱した己を殺そうとするだろう。おそらく、誇りにかけてガンダールヴを使わず拳で戦うに違いない。
それを読み切っていた彼は偏在達と連携して致命の一撃を叩きこもうとする。
彼には覚悟があった。目的のためならば己をも駒とする覚悟が。
己へと迫る拳を観察し、動く。常ならば目でとらえきれぬ速度だが、命をも武器とする彼には見えた。
紙一重で回避すると偏在が腹部に空気の渦巻く杖を突き刺した。
偏在は手で胸を貫かれ消滅したが、その隙に後退した彼は余裕をもって魔法を放った。
『ライトニング・クラウド』を、突き立ったままの杖に向けて。
雷が杖を通じて体内へ送り込まれた。凄まじい音とともに嫌な臭いが室内に広がり、兵士達が標的の死を確信する。
だが不用意に近づいた兵士は頭部を掌撃で砕かれ息絶えた。
その間に他の偏在が『ライトニング・クラウド』を再び叩きこむ。一瞬体が震えたもののミストバーンは杖を引き抜き投擲した。
偏在の首に得物が突き刺さり消滅するのをワルドは視界の端で捉えていた。
――死なないならば、徹底的に殺す。
怖くないと言えば嘘になるが退く気はない。恐怖のあまり逃げ出した自分が何より許せなかったのだから。
それに、かつてと同じく激怒しているが――
(わずかばかり……動きが鈍い)
冷静に観察するものの油断はしない。慢心の代償として腕一本を失い、甘さを思い知らされた。
ミストバーンが本体を狙うのに対しワルドも攻撃しては退き、退いては応戦し、偏在達と力を合わせている。
自身を駒とみなすだけの覚悟が彼らの連携を完璧なものにしていた。
根源的な恐怖を植えつけた相手を消すことで過去を乗り越えようとしている。
「化物であろうと知ったことか」
彼の道を進むためにどうしても倒さなければならないと知っている。
義手を掴まれ捩じ切られてもワルドの眼光は苛烈さを失わない。次に右腕が狙われるのを察して得物を振るう。
閃光のように杖が翻り、首筋に刃がめり込んだ。手を緩めず、踏み込みつつ一気に切り裂く。
鮮血が床を叩く音と反撃の掌撃をかわす足音が軽やかに響き合った。
(僕と同じ間違いを犯すとはな……)
遊び過ぎて計画そのものを台無しにするところだった。
己の力量に自信を持つ者が陥る過失。復讐に溺れる影も例外ではない。
「人間を甘く見るなよ?」
言い放つワルドの目は攻撃の機を窺い氷のように冷徹な光を放っている。
最初から殺すつもりで攻撃すれば余計な傷を負うことも無かった。獲物に恐怖と苦痛を味わわせようという傲慢さが隙となったのだ。
ワルドの言葉に過ちを悟ったミストバーンは拳を構え直した。殺意を新たにして。
多くの敵兵の動きを封じたもののまだまだ戦いは終わりそうにない。
魔法使いと言えども万能ではなく、射程外から矢を射かけられるなどしたら手も足も出ない。
ルイズへ矢が飛んだがワルキューレが出現し盾となった。
「僕の前では! レディには指一本触れさせないッ!」
聞きようによっては格好いいと言えなくもないが、顔が青いため締まらない。限界が近いはずだが膝を震わせながらも力を振り絞っている。
ルイズへ次々と刃が迫るのをワルキューレを召喚して防ぐ。だが、とうとう蒼白な顔色で膝をついた。
矢が降り注ぐのをフーケのゴーレムが手の平で庇ったが、数本がルイズへと飛ぶ。
それを目撃したギーシュが目を見開いた。どこか苦いものを含んだ言葉が蘇る。
(……人形が無ければ何もできんのか?)
このまま目の前でレディが傷つくのを見ていることしかできないのか。諦めるしかないのか。
(そんなのは――ごめんだね!)
彼が彼であるために、最後の力を振り絞って立ち上がり――閃光のように飛び出し、己の身で食い止めた。肩を射抜かれ、倒れこむ。
「ギーシュ! 何で……?」
「薔薇に棘がある理由を……証明したかっただけさ」
涙をこぼすルイズにギーシュは弱々しい声で囁いた。
「美しい頬を涙で濡らさないでくれたまえ。その真珠のような――」
「寝てんじゃないよ!」
苛立ったフーケが瞼を閉ざしかけたギーシュの脇腹を蹴とばした。ぐえ、と呻いた彼の襟首を掴み、ルイズを伴って一度隠れる。
「このままじゃジリ貧だね」
フーケももう長くはもたない。ルイズは拳を握りしめ、震えていた。
(……わたしだけが違うんだわ)
フーケもギーシュもミストバーンも、皆譲れぬもののために戦っている。それなのに自分だけが何もできないでいる。
彼女は自分の甘さを知った。タルブの村まで来たのも、何もせずにいる後ろめたさに耐えられなかっただけ。
いざとなればミストバーン達が何とかしてくれるという甘えがどこかにあった。
本当に何かを守ろうとする覚悟があるのならギーシュのようになりふり構わず行動できるはず。
常に本人が突っ込めばいいというものではないが、いざという時に動けるか否かで戦い方は大きく変わる。
泥にまみれたギーシュの顔にはある種の気高さがあった。それに引き換え自分は――。
いつしか流れる涙は己への怒りと悔しさに変わっていた。
(力が――力が欲しい――!)
命が削られようとかまわない。ここで戦わなければ貴族たる資格などない。
心の底から力を求めながら地面を拳で殴りつけると『始祖の祈祷書』が落下し、風でページがめくれた。涙でにじむ視界に文字が浮かび上がる。
書かれているのは四つの系統、そして零――虚無の系統について。選ばれた読み手が指輪を嵌めることで書を読めるとも書いてある。
「もしかして……わたしが読み手ってこと?」
さらに読み進めると爆発(エクスプロージョン)について書いてあった。
今まで失敗だとしか思っていなかったが、これこそが自分の力だったのだろうか。四つのどの系統にも属さない、虚無の――。
信じられないがここで何も出来なければゼロのままだ。試してみる価値はある。荒い息のギーシュをちらりと見て覚悟を決める。
キメラの翼で『レキシントン』号の上まで飛び、フライでさらに上空へ行くことをフーケに頼んだ。
詠唱し、力を高めていく。
――エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド
詠唱がルイズの中にリズムを作り出していく。体の中から何かが生まれ、行き先を求めて回転するような感覚が生まれる。
――ベオーズス・ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ
合図して飛びあがる。『レキシントン』号の上にまで達し、さらにフーケがフライで抱え上げる。
――ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル
呪文完成の瞬間、ルイズは己の魔法の威力と性質を理解した。 自分の魔法は眼下に広がる全てを巻き込み、消滅させることができる。
だが、選択もすることもできる。殺すか、殺さないか。破壊するか、破壊しないか。
ルイズは選び、杖を振り下ろした。眼下に広がる艦隊に向けて。
艦内で戦う彼らまでも、太陽のような閃光が照らしだした。
ワルドがほんの一瞬光に目を奪われた隙に、ミストバーンの手が左胸を貫き、そのまま一気に切り下ろした。
身体を深々と切り裂かれたワルドの口から大量の血液が溢れる。血だまりの中に崩れ落ちたワルドはどこか遠い眼差しで呟いた。
「今のは……ルイズの、力だ」
手に入れることはできなかったが――自分は間違ってはいなかった。心中で呟いたワルドの目から力が抜け落ちる。
ミストバーンも誰が魔法を放ったのか悟っていた。今まで彼が見たどの魔法とも違う、異質なそれを。
四つの系統のいずれにも属さない特殊な魔法ならば法則が違う元の世界でも使えるのではないか。
最初は、何が何でも一撃を食らわせようとする意地を認めた。次に、努力する姿勢を、強敵が相手でも退かない誇りを認めた。
他者に認められたい、必要とされたいという想いを知った。
そして今、彼女は力を見せた。
それは――彼女が真に認めるに値する相手になったということだ。
彼女の魔法は風石の大半を破壊しており、残りはミストバーンが打ち砕いた。間もなく『レキシントン』号は落ちるだろう。
艦内から脱出し、キメラの翼を使い地上に降り立つ。
そして知った。彼女の魔法の威力を。
『レキシントン』号だけでなく全ての艦が撃墜されていた。
最終更新:2008年07月30日 14:44