虚無と爆炎の使い魔-04-ANOTHER

――二年虚無組・爆炎先生――

「突然ヴェストリの広場に集合だなんて何の授業かしら?」
 廊下を歩きながらルイズが呟いた。ルイズだけではない。前後左右を歩くクラスメート達も同じ内容が話題に上がっている。
 ルイズの隣で話を聞いていたキュルケは、皆の意見を代表するかの様に答えた。
「さあ?でも『乗馬』の先生の代わりだから……きっと身体を動かす内容なんでしょうね」
 なるほど、とルイズは納得した。二~三日前に乗馬を教えていた教師が落馬してしまい、「しばらく馬に乗りたくない」等と言い出したが為に、学院が代役の教師を探し回っている事は噂で聞いている。
 ルイズにとっては魔法を使わなくてもよい乗馬の授業が変わってしまった事はとても残念に思っていた。だが、そこにいきなりヴェストリの広場に来る様に、とのお達しである。
 もしかしたら嫌な魔法実習の授業に変わるのかも知れない、なんて事まで考えていたルイズにとっては渡りに船だった。つい足も軽くなろうというものである。


「着いたわね。……けど、誰もいないじゃない」
 目的地に到着したルイズ達一同だが、広場は無人であった。馬はおろか、教師の姿すら見えない。場所を間違えたのか?とキョロキョロし始める一同に突然張りのある声が聞こえた。
「来たか……では授業を始めよう」
 そう言って一人の男が空から降りて来た。全身を覆う黒いローブに頑強な兜。誰も見ても圧迫感を催すその姿は今や学院一の有名人に他ならなかった。
「は、ハドラー!……あ、あんた何してんのよ!?」
 驚きでざわめくクラスメート達の中、弾かれた様にルイズが叫んだ。どうにも事態が把握できない。誘われるままにヴェストリの広場にホイホイ来たら何故か自分の使い魔が「授業を始める」と言い出した。
 ルイズ自身、何を言ってるのかわからない。頭がどうにかなりそうだった。
 そんなルイズの事情など意にも介さず、ハドラーはいつもと変わらぬ調子で答えた。
「ふむ。ついさっきまで部屋で眠っていたのだがな。ここの学院長とやらが急に尋ねて来たかと思うと、突然、俺に代理で教師をしてくれと言って来たのだ」
「オールド・オスマンが?」
 思わずルイズが聞き返した。信じられないといった顔である。
「俺の持つ知識や能力を期待して、との事だ。……とは言っても、秘書とやらが王宮から代わりの教師を連れ帰る迄の間だけらしいがな。俺の好きな様にしてもらって構わんと言うので引き受けた」
「だからって……使い魔が教師なんて」
 合点のいかない顔で、尚も引き下がろうとしたルイズをハドラーが手で制した。
「それに……どうやら俺は一つ『借り』があるらしい」
「オールド・オスマンに『借り』?」
 ルイズの覚えている限りでは二人はほとんど顔を合わせた事が無い筈だった。ルイズの疑問にハドラーが一つ頷く。
「ああ、確か椅子…「あーあーわかった!わかったわ!」
 ハドラーの声をルイズが慌てて掻き消した。椅子と言えば応接室の『アレ』しかない。ルイズの顔が途端に青冷める。
「ルイズー!椅子って何の話だ?」
 話を聞いていたクラスの何人かはルイズに問い正したが、物凄い形相で睨まれてしまい、すごすご追い返された。先程からどうにも落ち着きの無い様子のルイズが大声でまくし立てる。
「と、とにかく、オールド・オスマンに任された以上は、例え使い魔と言えど教師は教師、授業は授業よ!サボったりしたらそれこそオールド・オスマンから叱責を受けるかもしれないわ!」
 ルイズが必死に取り繕った言葉は一応の説得力を発揮した様だった。「まあ言われてみれば……」と言った感じで他の生徒達もちらほら同調する。
 少しして、否定の声が無くなった。どうやら全員の同意を得られたみたいだ、と判断したルイズは、ほっ、と胸を撫で下ろす。
「……それで、一体何の授業を教えるの?」
 自分の使い魔という事で、急遽クラスの代表に選ばれたルイズがハドラーに質問した。
「ふむ……色々と考えてはいたのだがな。この世界の魔法など俺は知らぬし、俺の知識や魔法を教えようにもお前達が扱うには実力不足だろう」 顎に手をやり、珍しく考え込んだ様子のハドラーが、やがてゆっくりと手を下ろす。
「……よって、やはり俺の得意な事を教えた方が為になると判断した」
 その瞬間ルイズの身体中から冷や汗が噴き出した。以前も体験したこの感覚が猛烈に嫌な予感を告げる。
 にやりと笑ったハドラーは高らかに宣言した。
「今日の授業は魔法及び近接格闘を駆使した戦闘術の訓練を行う事とする!」

『やっぱりいいいいいい!!』

 ルイズ以下全員の声が一つになった。
「さて……」
 そう呟いたハドラーが自分のローブから小さな砂時計を取り出す。
「訓練内容は一対一だ。砂時計が落ちるまでに俺を倒すか、若しくはこの場から動かせたなら合格。また、俺の攻撃を最後まで凌ぎ切った場合も合格としよう」

『出来るか!!』

 いきなりの死刑宣告にルイズを始めとしたクラスの面々は青くなった。中には八つ裂きにされる自分を想像してしまい、失神する者まで現れる。
 そのあまりの有様にハドラーは「やれやれ」と呟くと、静かに説明した。
「心配するな。当然手加減はする。死人だけはださない様にと言われたからな」
「その『だけ』ってのがすっごい気になるんだけど……」
 ルイズの的確な指摘にもハドラーは何ら気にしていない様子であった。無言のまま、いつもとまったく変わらない顔で引き続き立候補者を募っている。
 周りを見渡して、誰も手を上げようとしない事を確認できたルイズは大きく息を吐いた。きっ、と顔を引き締めるとそのまま静かに手を上げる。
「ほう……まさか主が一番乗りとは」
 つい驚きの声を上げたハドラーにルイズが答える。
「このまま待っても時間の無駄だもの。自分の使い魔の事だし、まずは私が行くわ。……このままじゃ全員欠席扱いになっちゃうし。」 
 ルイズが杖を取り出し、その先端をハドラーに突き付けた。
「それに、私だって少しは成長したんだもの……。ちょうどいい機会よ!ここであんたに私の力を認めさせてやるわ!」
 ルイズの宣言にギャラリーの生徒達から「おーっ!」と声が上がった。主の勇ましい姿にハドラーの口がにいっと吊り上がる。
「いいぞ!その意気だ主よ。では……」
 ハドラーが地面に砂時計を置いた。
「「勝負!」」
開始と同時にルイズが魔法を唱えた。ハドラーの足元が爆発し、派手に舞い上がった土埃が視界を隠す。
 あの場所からハドラーは動けないのを利用して、契約の時の戦いで使った目くらましの戦法をアレンジしたのである。
「良し!あとは……」
 後ろへ距離を取ったルイズが決定打を放つ為に集中を始めた。だが――
「いい方法だが詰めが甘いぞ。――メラミ!」
 土煙の中でハドラーが呪文を唱えた。指先から生まれた高温の炎がハドラーの周りを覆う。
 勢いよく燃え盛った炎の熱は周囲の土埃を一気に吹き飛ばした。視界が回復したハドラーは未だ集中を続けているルイズに容赦無く魔法を唱える。
「いやあああああ!!」
 ようやくハドラーの様子に気付いたルイズが悲鳴を上げるが、一足遅く魔法が直撃した。爆風で空中を綺麗に三回転した後、思いっきり地面にたたき付けられる。
「あ……あうう……」
 ボロくずの様な姿になったルイズが呻き声を上げると、生徒達の顔が一層悲壮なものになった。
「爆発で目くらましを作ったのは良かったのだがな……強力な魔法を使うにはある程度の『溜め』が必要になる。むやみに使うと手痛い反撃を食らう事になるぞ」
 虫の息と言った状態のルイズにハドラーは冷静に批評した。
「とかくこの『世界』では魔法を重視している様だが……。魔法には弱点も多い。使用するには多少の時間が必要な上、相手に接近されたり精神力が切れたら終いだ。これは相手にも言える事だがな」
 教師らしく講義を始めたハドラーを、皆黙って聞いていた。タバサなどは「成る程」と頷きつつ、メモを取ったりなんかしている。
 一方のルイズはダメージが深い様で、未だ悲痛な呻き声を上げていた。
「だからこその接近戦だ。今の場合、強力な魔法など必要無かった。目くらましを掛けてすぐ、石でも握って後ろから殴り掛かるか、至近距離で死角から爆発でも起こせば、あるいは俺を『動かせた』かも知れん」
 呻き声が小さくなり、ルイズの顔色がいよいよ悪くなって来た。だがハドラーの解説はまだ終わらない。
「逆に、相手が強力な魔法を使おうとしても、咏唱の隙を突けば簡単に倒せる。相手の力が上の時こそ、そういう戦い方が必要になるだろう……。戦闘においては魔法だけが重要では無い事をゆめゆめ忘れるな」
「そういう……事は……もっと早く……言って……欲しかった……わ」
 講義を終えたハドラーにルイズは最後の力を振り絞って毒づくと、そのまま意識を失った。

  ――まあ、俺を『倒そう』とした意気込みは流石と言った所だったがな――

 思わずニヤリとし、主の健闘を内心で讃えたハドラーだった。


「さて、次は誰が来る?」
 ハドラーの声に生徒達がびくりとした。講義の時とはまた違う静けさで、皆黙りこくっている。
「わ……。私、まだ死にたくないわ」
「激しく同意だ」
「くそう!……決めたぞ。この授業が終わったら、俺、あの娘に告白してやる!」
「おまwwwそれフラグ」
 実際ルイズは気絶しただけだったのだが、実戦などまるで経験した事が無い生徒達にとっては、ハドラーが自分の主を何の躊躇も無く葬り去った?様に見えたらしい。
 ひたすら自分の境遇を哀れむだけの生徒達に珍しくハドラーはため息を吐いた。
「……ふむ。これでは埒が開かんな。代役を立てるとしよう」
 そう言ってハドラーが別の方向へと歩き出すと、こないだの雨で出来た大きな水溜まりの前に立った。そのまま屈んで水溜まりの泥に触れ、何かの呪文を唱える。
 その瞬間、泥が変化した。まるで意思を持った生物の様に、むくむく大きくなっていく。
 あっという間に大人程の大きさに成長した泥の人形が完成すると、ハドラーは生徒達に向き直った。
「禁呪法……俺の魔力で生み出した人形だ。ギーシュとか言う小僧が使っていたゴーレムとやらに似たものだな。こいつに相手をしてもらう事にしよう」
 ハドラーが泥人形の肩を叩いた。人影の様にシルエットだけをかたどった顔がわずかに頷くと生徒達の方向へと歩いて行く。
 ハドラーと生徒達とのちょうど中間で立ち止まった人形は、そのまま『掛かって来い』とばかりに仁王立ちになった。
「力は大分弱くしてある。さあ、誰か挑む者はいないのか?」
「……よし。僕が行こう」
 ざわつく生徒達の中、ハドラーの声に応じたのは先程名前の上がったギーシュであった。若干緊張しながらも確かな足取りで人形へと歩いて行く。
「また面白い相手が現れたものだ」
 ふっ、と笑うハドラーに気付いたギーシュが怯まず言い返す。
「確かに君は恐ろしく強いが……どうやらゴーレムの腕前は未熟のようだ。僕の『ワルキューレ』をこんな泥人形なんかと比べられるのは面白くない。それに……」
 ギーシュの声がトーンを下げた。あの日の自分の姿を思い出してしまい、端正な顔を歪ませる。
 「君とルイズにはこないだの件で醜態を晒してしまったからね。ここらで汚名返上といきたいのさ」
 再び顔を上げたギーシュには、これまでに無い雰囲気が宿っていた。


 ギーシュの勇ましい宣言を、他の生徒達に混じって聞いていたキュルケは、隣の人物に声を掛けた。
「……いいの?止めなくて。確か貴女の彼氏なんでしょ?モンモランシー」
 「だから彼氏じゃないって。こないだの事もあるし」
 キュルケに言われたモンモランシーはしかめっ面になると、素早く反論した。
 だが言葉とは違ってその挙動には落ち着きが無い。不安そうにギーシュを見たかと思えば、小声で「知らないんだから」とそっぽを向く事を何度も繰り返している。
 それに合わせてくるくると、せわしなく動く(彼女のトレードマークである)髪の縦ロールをキュルケは面白げな様子で見ながらも、取り合えずフォローを入れてあげる事にした。
「まぁ見た目は本当に普通のゴーレムみたいだし、大丈夫なんじゃない?むしろケガでもしたら、これを機に仲直りするチャンスなんだし」
 モンモランシーのロールがピタリと止まる。
 キュルケの言葉は(特に最後の一言が)功を奏した様だった。『仲直り』の部分にやたらと反論されたが、ひとまずは落ち着きを取り戻した様である。

 ――はぁ……カッコつけちゃって……ほんとバカなんだから――

 心の中でそう思いつつも、モンモランシーはギーシュの無事を祈った。


 ギーシュは、ポケットから薔薇を取り出すと頭上へと振り上げた。その勢いで花びらがいくつか宙を舞う。
 腕を伸ばし切ったギーシュが、今度は返す動きで腕を振り下ろした、瞬間、未だ宙を舞っていた花びらは七体の戦乙女をかたどった像へと変身する。
「今回は油断しない。最初から全力でいかせてもらうよ。行け!ワルキューレ!!」
 ギーシュの声に反応して青銅の乙女像達は次々と襲い掛かった。槍を手にした最初の一体が大上段に振りかぶって泥人形の頭を叩き潰そうとする。
  ――だが、泥人形は俊敏な動きで腕を伸ばすと、ワルキューレの槍をがっちりと掴んだ。ゴーレムの動きとはとても思えない程早く、正確な動きにギーシュを含めた生徒達の目が点になる。

  ――カッ!――

 その時、槍を掴む人形に突如『眼』が誕生した。ハドラーそっくりに鋭く見開かれた眼がじろり、とギーシュの方を向く。
「へぇ……。お前か?俺とやろうってのは」
「え!?」
 再び生徒達の時間が止まった。事の次第に頭が追いつかないでいる。
 今の声は誰が出した?そんな思考がたっぷり頭をかけめぐり――

『ご、ご、ゴーレムが喋ったあああああぁぁぁぁ!!』

 結論の出た生徒達が一斉に答えを出した。当のギーシュは戦闘中だという事を忘れたかの様にぽかんとしている。
「何だよ。人形が喋っちゃ悪いのか?」
 ニヤリとして人形が問う。が、誰も答える者はいなかった。その様子を人形は鼻で笑うと、まあどうでもいいか、と言った面持ちで再びギーシュに話し掛ける。
「ギーシュ……だっけか?俺とやろうって心掛けは見上げたもんだがよ。こんな『オモチャ』の手を借りるってのは感心しねぇなあ」
 槍を受け止めている人形の手からバキンと音がした。いつの間にやら槍が真っ二つに折られている。
「男ならよ……」
 人形が目の前のワルキューレの腕を掴んだ。槍と同様の音を上げた後、ワルキューレの肩から先が綺麗に折れる。
「男なら……」
 人形の身体が突然輝きだした。同時に人形が拳を引くと、全身の光は人形の左手へと集まっていく。
「男なら、自分の拳で勝負して来いよ!――いくぜ!!ヒィィィトナックルゥゥゥ!!」
 光輝く人形の左拳がワルキューレに命中した瞬間、凄まじい爆発が起きた。呆然として見ていたギーシュの足元に上空から飛んできた何かがくるくる回転しながら突き刺さる。
 ――ワルキューレの残骸だった。熱と衝撃でひどくひしゃげたそれは、元がどんな形だったのか、思い出せない程に無残な姿へと変えられている。
 容赦無く目の前の障害物を排除した人形は、ふんと鼻を鳴らすとギーシュの方へと近づいて来た。


「う、うわぁぁぁ!!わ、ワルキューレーー!!」
 すっかり恐慌状態に陥ったギーシュが残りのゴーレムを人形へと向かわせる。だが――
「そいつは効かねぇと言っただろう!!」
 人形がそう言ってワルキューレ達に飛び込んでいった。遅い来る青銅の像を自らの手足でいとも簡単に薙ぎ倒していく。
 最後の一体を鮮やかな回し蹴りで地面に叩きつけると、ハドラーそっくりの無慈悲な笑みを浮かべた人形がギーシュに話し掛けた。
「どうしたよ……もう『手品』は終わりか?」
「な…ただの泥人形の筈だろ?それがこうもあっさり……」
 すっかり怖気づいたギーシュは、震えながら疑問を口にした。
「フン!泥団子と同じだ。土だって集めりゃ中々に固くなる。それにお前ら人間だって意識を集中すれば、普段はもろい身体でも通常以上のものになるだろう?それと同じ事を俺もしただけよ!!」
 泥人形の言葉にギーシュを含めたこの場の生徒達は戦慄した。理屈は分かるも、たかがゴーレムがそんな高等な格闘技術を使うなど聞いた事が無い。
 ハドラー程のプレッシャーは流石に無いものの、この正体不明の生物に皆の表情が怯えの色に変わる。
「もう抵抗は無しか?……なら覚悟はいいかい?貴族のお坊ちゃんよ」
 ゴンッ、と両拳をぶつけながら泥人形がギーシュに迫った。怯えがすっかり恐怖に摩り替わってしまったギーシュは逃げる事もできずにその場から動けないでいる。
 そうこうしてる間に、ついにギーシュの前に立った人形が、ゆっくりと拳を振りかぶった――
「ち……ちっくしょぉぉぉーーー!!死んでたまるかぁぁぁーー!!」
 恐怖が限界に達したギーシュが壮絶な叫び声を上げた。自分が貴族だという事もすっかり吹き飛び、生存本能に駆られるがまま、なりふり構わず夢中で拳を振るう。
 バァン!と子気味よい音を立ててギーシュのパンチが人形の頬に命中した。
「…………へぇ、やりゃあできるんじゃねぇか」
 攻撃を食らった筈の人形は何故か嬉しそうな顔をした。ギーシュはと言えば、今自分のした行為を信じられない様子である。
「ぼ……僕は一体何を……。貴族ともあろうものが、まさか素手で殴りかかるなんて……」
 呆然とした様子でいるギーシュの肩に、人形がぽんと手を置いた。
「何言ってやがる。今のパンチは中々良かったぜ。感情の無ぇあんなみみっちい像なんかよりも、よっぽどだ」
 その一言に、ギーシュの目が色を帯びた。
「え……?ほ、本当かい?」
「ああ……いいセンいってるぜ。お前もしかしたら拳士の才能があるかもな」
 そう言ってにやっと人形が笑った。おずおずとギーシュもそれに従う。
 場の雰囲気が、先程の空気とは打って変わり、お互いの健闘を讃え合う爽やかなものになっていた。
「……だけどよ、まだ俺の攻撃は終了してないぜ?」
「え?」
 びしりとギーシュが凍りついた。
「まだ勝負は決まってないぞ。お前はまだ動けるんだからな。という訳で、今度は俺のターンだぜ!!」
「うぎゃぁぁぁぁぁ!!」
 ギーシュの叫びが再びヴェストリの広場に響き渡った。


「さて、時間も勿体無い。残った者全員で、こいつと戦うがいい」
 人形を作って以来何もしていなかったハドラーが久しぶりに言葉を発した。分かったとばかりに頷いた人形が、一歩ずつ生徒達へと近づいていく。
 先程の光景を見せ付けられた生徒の何人かは、恐る恐るギーシュの方を伺う。
 そこには顔面をヒートギズモの様に変形させられたギーシュが、ルイズの隣で仲良く転がされていた。そのまた隣では、どこか呆れた様な顔をしたモンモランシーが黙々と治療の用意をしている。
 さながら遺体安置所の様な風景に、次に隣に並ばされるのは自分達か?と想像した生徒達は恐怖に陥る。
「に……逃げ……」
 何人かがそう考えたが時既に遅かった。いつの間にか回り込んでいたハドラーが両手を伸ばして、退路をがっちりと塞いでいる。
「言い忘れていたが……どの道全員参加してもらうぞ。俺の授業に欠席は無しだ」
 ハドラーが威厳たっぷりに言い含めた。その振舞いは本物の教育者も顔負といった風である。
 最後の希望が絶たれた事を知った生徒達は肩を落とした。どこからかすすり泣きの声も聞こえて来る。今やヴェストリの広場は、敬愛する王女が死んだ様な悲壮感に溢れていた。
 やがてその声すら聞こえなくなると、肩を落としていた生徒達が無言で一人、また一人と起き上がった。顔からは感情が抜け落ち、まるで幽鬼さながらといった形相である。
「逃げられない……もう、逃げられない……」
「私達もああ、なるのね……」
「あの娘に、告白したかったなぁ……」
「そのパターンは珍しいな……。まぁどの道一緒だが」
 思い思いに辞世の言葉を並べた生徒達はゆっくりと人形に向き直った。この世に別れを告げた生徒達は、一斉に雄叫びを上げる。
『うおおおおおおおおおお!!畜生!!いいさ!!やってやる!!殺ってやるぞおおおおおお!!』
「うむ。熱心だな」
 腕を組んでそう呟くハドラーを背に、目を血走らせた生徒達が壮絶な顔で突貫して行った。

「終わった様だな」
 威厳たっぷりのハドラーの声に人形が頷いた。
 辺りはすっかり夕方になっていた。地平線の近くまで降りて来た太陽がトリステインの校舎を赤く、美しく染め上げている。
 その光景に視線を傾ける二人の長い影の下で、力尽きた生徒達が累々としていた。
 大小様々な傷をこしらえて突っ伏した生徒達を、モンモランシーを初めとしたクラスの水メイジ達が献身的な治療にあたっている。
 ルイズは戦いの途中で既に起きていた。ギーシュの隣で気絶していた為「ついでだから」とモンモランシーの治療を真っ先に受けられたのである。
 とは言え、モンモランシーからいきさつを聞いた後は、自分に何が出来る訳でも無く、事の成り行きを黙って見ているだけだったのだが。
「本人だけならまだしも……そのゴーレムまで強いって……もう何でもアリじゃない」
「まったくだわ。魔法は殆ど効かないし、ダメージを受けても土だから身体は修復できるしで……。とても代理ってレベルじゃないわよね」
 突如割り込んで来た声に思わずルイズが振り向く。何故か地面に伏せた状態のキュルケとタバサがいた。
「キュルケ!あんたいつの間に?ていうか大丈――!?……大丈夫……みたいね?」
 不思議そうな顔でルイズが訝しんだ。あれ程の騒ぎだったというのに、服が多少汚れてるくらいで、キュルケはぴんぴんしていた。
「適当に倒されたフリをしてたのよ。あれだけの混戦だったもの。誰がやられたなんてわかる訳無いわ♪」
 あっけらかんとした様子でキュルケがネタばらしをする。呆気に取られたルイズの目が、今度はタバサに向けられた。
 どうやら彼女も同様らしく、身体に異常は見当たらない。擬態のつもりなのだろうか、何故か木の枝を両手に握っていたりもする。
 二人が無事だった事は良いのだが、同時にどこか不公平感を覚える。
 釈然としない顔でうなだれるルイズだった。


「それにしても彼……何考えてるのかしらね。こんな一方的な戦いじゃ授業でもなんでも無い――」
 ハドラーの方向に視線を向けたキュルケが毒づいた。が、
「一方的では無い。こいつには弱点もある」
 声がした瞬間、見事なまでの早業でキュルケとタバサが物言わぬ屍と化す。いつの間にかハドラー達が近くに来ていたのだった。
「弱点なんかあるの?」
 ハドラーの隣で静かに控える人形を見て、ルイズが思わず聞き返した。
「うむ。こいつは……水に弱い」
「……ハドラー様の言う通りさ。まあ泥だから当然なんだけどよ。水にはあっさり溶けちまう。『ヒートナックル』も連続しては無理だしな。最終的にはお手上げだ」
 そう言ってハドラーの話に加わった人形は降参とばかりに両手を上げた。ルイズは驚いた様に目ばたきを繰り返す。
「え……、じゃ、じゃあ」
「うむ。俺が禁呪法を使っていた所は皆見ている。ヒントとしては充分だろう?例えば、もしそこらで治療に努めている水のメイジとやらが、始めから一丸となって攻撃に回っていれば……これだけの人数差だ、勝機は充分にあった」
 倒れている生徒達にも聞こえるくらいの、大きく重々しい声が広場に響き渡る。ハドラーが何を言いたいのか、ルイズもようやく分かり始めて来た。
「――時には、普段の役割を交代させる事だって有り得ると言う事だ。実戦では何が起こるか分からん。見た目で相手を侮ったり、後方支援は水メイジの役目、と決め付ける様な、下らない固定観念は捨て去る事だ」
 ハドラーの指摘に思い当たる節がある生徒達は、びくりとしてうなだれた。中には恨めし気な視線を人形に向ける者までいる。
「――では授業を終了する!」
 立ち上がる者が誰もいない中、ハドラーが高らかに締め括った。


「……ところでこのゴーレムって、一体どうするの?」
 ボロボロの姿でぞろぞろ引き上げて行く生徒達を尻目に、ルイズがハドラーに質問した。
「……おお」
「そう言えばそうだったな」
 今気が付いたとばかりの二人?の反応にルイズは身体の奥底からため息を吐いた。
「そうだな……授業とやらも終わった事だし、こんな中途半端な身体じゃハドラー様のお役には立てそうもねぇしな。……誰かに水でもぶっ掛けてもらおうか」
 ヘっ、と笑う人形にルイズは唖然とした。水が弱点だと先程自分で言ったばかりである。それが意味するのは――
「そ、それって死んじゃうって事じゃない!だ、ダメよそんなの」
「何がダメなんだ?俺は元々土から生まれて来た。それが元に戻るだけだろう?」
 慌てて止めるルイズを、人形は言ってる意味がわからないといった様子で首を傾ける。
 どうにも理解してもらえない人形に業を煮やしたルイズは、助けを呼ぶ様にハドラーの方を向いた。
「ふむ。実を言えばお前が生み出されて来た事は俺にとっても予想外だったのだ」
「……どういう事?」
 ハドラーの以外な告白に、ルイズと人形は頭に疑問符を浮かべた。
「俺が最初に作ろうと思ったのは、命令に従うだけのただの人形だ。だがどういう訳かお前が生まれて来たのだ」
 そうは言いながらもハドラーはにっ、とした。目の前の人形はかつての自分の部下の一人にそっくりな性格をしている。
 禁呪法を使った時、懐かしさと共に、かつての部下達の顔が確かに思い浮かんだ。恐らくはそれが目の前の人形の精神に影響したのであろう。ハドラーは胸中でそう分析する。
「ふふっ……ここに来てからというもの、俺もすっかり甘くなってしまったらしい」
 楽し気な顔をしたハドラーを、ルイズと人形は意味が分からないという目で見た。
「理由が何であれ、今のお前には自分の意思がある。その命、わざわざ無駄にする事も無いだろう。……お前の自由にするがよい」
 ハドラーの言葉に人形は一瞬驚くものの、やがて丁重に頷いた。その光景にルイズはようやく安堵する。

「なんだか良く分からないけど、取り合えず丸く収まったみたいね」
 ルイズ達のやり取りを少し離れた所で見ていたキュルケがタバサに聞いた。タバサは黙って頷く。
「ま、これでまた一段と学院生活が面白くなるんでしょうね。……これから楽しみだわ♪じゃ戻りましょうか」
「……まあ待て、そんなに急ぐ必要はあるまい。ゆっくりしていけ」
 身を翻した二人の肩に突然後ろから手が置かれた。ゴツゴツとしたその手に見覚えのあった二人は動きが止まる。
「あ、あら……いつの間にここへ?ず、随分お早いのね?」
「あやうく忘れる所だったのでな。さっきの戦闘の事でだが……」
 二人の肩に置かれた手が少々重さを増した。いや、そう感じただけなのかも知れないが。二人の顔から嫌な汗がとめどなく湧き出て来る。
「あの時俺は特にやる事も無かったのでな。誰がどの様な戦い方をしたのか一人一人観察していたのだが……ちょうど二人ばかり、戦いに一切参加してなかった事を、たった今思い出したのだ」
 肩の手がますます重さを増していく。二人の顔は顔面蒼白だ。
「よって、お前達二人には、後日『補習』を受けてもらう事にした。俺が直々にたっぷりと付き合う事にしよう」
 ハドラーの言葉に、二人が崩れ落ちた。キュルケは四つん這いになって乾いた笑いを上げ、タバサは『オワタ\(^o^)/』の姿勢で固まっている。
 そんな二人の様子を見ながら、『GJよハドラー』と心の中で全力のガッツポーズをするルイズだった。

 その後、ハドラーに『ヒム』と名付けられた人形は、ルイズの提案により魔法学院の衛士として働く事となった。
 最初は驚いた衛士達だが、雨の日以外は十分な働きをしてくれるこの人形に気を良くしたらしく、喋るゴーレムとの奇妙な交流は今も続いている。
 また、今回のハドラーの授業で壮絶な体験をした生徒達は皆何かを乗り越えたらしかった。
 ルイズ達のクラスはその後、傭兵達によって魔法学院が占拠された時、ヒムと共に多大なる戦果を上げたりするのだが……それはまた別の話。



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最終更新:2008年08月13日 23:58
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