虚無と獣王-11

11 生徒たちと獣王 


三日間の自宅謹慎を終え、ルイズたちは久しぶりに部屋から出る事を許された。
以下、謹慎中の出来事について。

謹慎中にワインを痛飲した者及び痛飲させられた者は、翌日全く記憶のないメイドに向かってひとしきり恨み節を吐いた後、揃って水の秘薬を持ってくるよう命じた。
当然二日酔い対策である。
一番飲んでいた筈のシエスタが、当日の記憶がない事以外全く酔いの跡を残していない事について、ルイズとキュルケは理不尽だと思ったが口には出さなかった。
頭は痛いわ気持ちは悪いわで、そんな元気すら湧いてこなかったからである。
幸い水の秘薬の効果によって二日酔いからは脱出できたが、その分想定外の出費に懐は寒くなった。

レポート作成の為に図書室に行くのは許可された為、謹慎組は自然とそこで顔を合わせる機会が多くなり、そこでも少しのトラブルが起きた。
王室に関しての参考文献を探していた筈のギムリが何故か学院の古い設計図を発見したり、
水兵について調べていたマリコルヌが突然ハァハァ言い始めたり、
ギーシュとモンモランシーが犬も喰わない痴話喧嘩を始めたり、
毎日図書室に入り浸っているタバサが煩い連中を纏めてエア・ハンマーでふっ飛ばしたり。
そのレポートに関しては、ルイズ・モンモランシーは独力で、キュルケは帰ってきたタバサの協力で、ギーシュ達はレイナールのアイディアをほぼパクッて終了させた。
出来に関しては推して知るべし。

自習にしてまでクロコダインの話を聞こうとしたコルベールは、無事に話は聞けたものの、後で学院長に知られ酷く叱責された。当たり前だが。
この時、クロコダインが東方ではなく異世界から来た事が発覚し、ルイズ・コルベール・クロコダインにはオスマンから厳重な緘口令が敷かれた。
異世界から来たクロコダイン、異世界にゲートを繋げたルイズの情報が外部に知られた場合、余り愉快な事態にはならないと考えられた為である。


「さて、そんなこんなで謹慎期間が終了した訳だけど」
フェオの月、ティワズのオセル、夕食後。
ヴェストリの広場に1人の少女が仁王立ちしていた。
桃色の髪にスレンダーな肢体、言わずと知れた『ゼロ』のルイズである。
彼女はいつもの制服姿ではなく、綿のシャツに乗馬用のズボンと活動的な服装で、手には何故か乗馬用の鞭を持っていた。
そして胸を張り、威厳に満ちた表情で告げる。
「監督として今回の訓練における意気込みをみんなに聞いておきたいと思います」
「その前に質問があるのだが」
ルイズの前に体育座りをしている男子生徒4人の中の1人、『青銅』のギーシュが手を上げた。
「なにかしら、ギーシュ」
「本当に監督をする気なのかい?」
「何か問題でも?」
質問に質問で返される。ギーシュはこの少女を如何に説得して監督降板してもらうか考えてみたが、彼女のこれまでの言動を顧みるに説得するだけ無駄だという結論を得た。
「いや、特に無いという事にしておくよウン」
「なら結構。ハイ、ではギムリから抱負を述べるように」
「それでいいのかギーシュ。というのはさておいて、取り敢えずいきなり突っ込むのはやめて連携をしたい。誰か指示を頼む」
ルイズは少し考えてから答える。
「確かレイナールと一緒のクラスよね? コンビで行動、その都度レイナールが指示という体制でいいかしら」
「まあそれが確実だろうな。了解」
「では次、マルコリヌ」
「情けないぞギーシュ。えーと、立ってるだけじゃダメだからとにかく動こうと思う……。だから、誰か指示してくれると助かる」
んー、とルイズは考え込んで、本人に誰の指示で動きたいか聞いてみる事にした。
「そうだね、最初はギーシュかレイナールに頼もうと思ってたんだ。『ゼロ』のルイズの指示で動くのなんて嫌だって。でも今のキミの服を見ていると何か悪し様に罵りながら指示を」
ルイズは彼に最後まで語らせず、強引に言葉を重ねる。
「レイナール、面倒を掛けるけど指示してあげて」
「……了解。正直気が乗らないけど、多分今の君ほどじゃないだろうし……」
「その通りよ。あと昔『戦場では常に前から攻撃が来るとは限らない』って言われたのを思い出したわ、何でかしら」
「頼むから実行しないでくれよ……。それにしてもヴァリエール家では娘にそんな事まで教育しているのかい?」
「いえ? わたしが小さい頃、親に話をねだった時に聞かされただけなんだけどね」
ルイズは軽く肩をすくめて見せる。
「そういえばヴァリエール公は無類の戦上手と父上から聞いた事があるよ。流石に戦場の機微に通じているんだなあ」
すっかり感心した口調のギーシュに、ルイズは訂正を入れた。
「教えてくれたのは母様なんだけど」
「あまり他人の家庭事情に首を突っ込みたくないんだけど敢えて聞こう。何故母親……?」
「ギーシュ。私の父様はこう言っていたわ。『宮廷でも家庭でも生き長らえるコツはただひとつ。自分より強い相手とは戦わない事だ』って。それを踏まえた上で、答えを聞きたい?」
「答えって何だい? ボクはシツモンなんてシテイナイヨ?」
カクカクと答えるギーシュを見て、ルイズはため息をついた。
「貴方長生きするわきっと。って話が逸れたわね。えと、次はレイナール」
「どうかと思うなギーシュ。そうだね、前回で相手の攻撃範囲は大体判ったから、『ブレイド』の長さを伸ばしてみたいと思う。あとは連携の指示を上手くしないとなあ」
「『ブレイド』は最初から伸ばさず必要な時だけ長くすると効果的かしら。それと、連携については最初から上手くいく訳ないんだから気楽にね」
レイナールは少し感心したように言う。
「結構考えているみたいだね、ヴァリエール。他には何かあるかい?」
「それなりにはあるけど、まずは一戦交えてから、ね。さあ、皆の意気込みは分かったからそろそろ始めましょうか」
「いやいやいやちょっと待って! ぼくは? ぼくの意気込みや抱負は聞かないのかい!?」
慌てて抗議するギーシュ。呼び出してあったワルキューレが同じ素振りをする辺り、芸が細かい。
「仕方ないわね。じゃあ一応聞くけど」
「畜生覚えてろよ……。ワルキューレの武器にバリエーションをつけた。攻撃用に長槍と小盾、防御用には剣と大楯を装備させたんだ。今回は武器のみの変更だけど、いずれワルキューレ本体も用途に合わせて変更していく予定さ」
得意げに語るギーシュにルイズ達は驚きを隠せなかった。
「ちょ、ちょっと待って! ギーシュが至極まともな事を言ってるんだけど!? どどどうしよう、どうしたらいいの!?」
「そんな!! 二股がばれてひたすらおろおろしていたあの姿は擬態だったとでも!?」
「おお……お助けください、始祖よ……!」
「君たち、僕の家が代々軍人を輩出している事を忘れてないか……? 畜生、ホントに覚えてろよ……」
低い声でぶつぶつ呟くギーシュの横で、ワルキューレがその動きを正確にトレースしていた。正に高度な技術の無駄使いである。
しばらくして、一時の驚愕から何とか立ち直ったルイズが監督として改めて檄を飛ばした。
「さ、さあ! 何か有り得ない事が起こった気がするけど多分気のせいだから気にせず行くとするわよ!」
「「「了解!」」」
「畜生! ホンットに覚えてろよ!!」



そんな学生たちを見つめている影があった。
学院長の秘書、ロングビルである。
彼女には、今、深刻な悩みがあった。
それはオールド・オスマンのセクハラの所為でも、コルベールのアプローチとも言えない様なアプローチの所為でも、何か勘違いした男子学生(稀に女学生)からの恋文の所為でもない。
いや、正確にはそれらの事も悩みではあったのだが、深刻ではない。今のところは。
深刻なのは、彼女がとうに捨てた筈の祖国が現在内戦状態になっている事にあった。
内戦自体はどうでもいい。せいぜい互いに殺しあってくれれば重畳というものだ。
問題は、決して表舞台に出ることの出来ない者が身内に居る事である。
内戦でどちらの陣営が勝利したとしても、彼女が見つかればどうなるか、想像するまでもなかった。
出来る事ならば早急に彼の地を離れる必要がある。しかし、彼女と彼女と暮らす孤児暮らす孤児たちを戦火の及ばない場所に移し、生活を安定させるには大金が必要だ。
そして学院長秘書としての俸給では、そんな大金は捻出できない。
(意外とここは住み心地が良かったんだがねぇ)
屋根のある場所で寝泊まりが出来、出てくる食事は豪華で美味い。俸給だって悪い訳ではない。
ある目的の為に就いた秘書という仕事も、それなりに遣り甲斐はあった。
だがロングビルには判っている。自分のこの感情はただの感傷に過ぎない。義妹と同じ年代の子供たちを見た所為だろうか。
あくまで仮の姿である筈の『ミス・ロングビル』が、無意識のうちに定着しつつあったのかもしれないが、それは本来の自分ではなかった。
(そろそろ店仕舞いの準備をしないとねぇ)
そう思い、もう一度学生たちの方を見る。
小太りの生徒が足を縺れさせ、青銅の人形に激突していた。見ていた桃色の髪の生徒が何事か怒鳴り、眼鏡の生徒が頭を抱えている。
それは傍から見れば訓練ではなく寸劇の様で、相手をしていた気のいい(とロングビルは判断した)使い魔も苦笑しているのが判った。
その光景は、もしかしたら自分が世の中の事を何一つ知らなかった頃に過ごしていたかもしれない光景。
その光景は、もしかしたら隠れ住んでいる義妹が過ごせる筈だったかもしれない光景。
やはり寸劇のように見える訓練から目を逸らし、ロングビルは思う。
意外とここは住み心地が良かった、と。
やがて彼女は感傷を振り払い、中庭ではなく本塔を見つめる。
その眼は、獲物を狙う猛禽類のものだった。

「どうしたの、クロコダイン?」
訓練が一段落し、ギーシュ達が地面にへたり込む中、1人元気な監督が己の使い魔に声を掛けた。
「いや、さっき誰かの視線の様なものを感じてな、気配を探ろうとしたんだが……」
そう言って周囲を見回す。
「気のせいだったか……?」
他人の視線など露ほども感じなかったルイズは「そうなんじゃない?」と気楽に答える。
「まあ、それにしても、だ」
地べたで荒い息をつく4人に、クロコダインは感想を述べた。
「接近戦を担当する人間が多すぎるだろう。ギーシュの人形や接近戦を学びたいレイナールはともかく、他の2人は後ろから魔法を使ってもいいんだぞ」
「ちょっと待って! いくら相手がドットメイジでも魔法が直撃したら怪我どころじゃ済まないわよ!?」
思わず声を上げるルイズに、クロコダインは笑って答える。
「オレはここの魔法については素人だが、魔法で敵の動きを鈍らせたり目晦ましをしたりする事は出来ないのか?」
その言葉に、ルイズ達は車座になって話し始めた。
「どうだろう、つまり攻撃魔法じゃなくて、支援としての魔法という事かい? 授業ではそんなの習ってないと思ったけど」
「でも工夫次第でなんとかなりそうじゃないか? 土の系統魔法なら地面を錬金する事で足止めとか出来そうだ」
「相手の目の前で『着火』を使えば目晦ましになるのかしら……」
「風魔法で土煙を上げるとかでもいいんじゃないかな」
今まで考えた事が無かった魔法の使い道だけに、彼女らの会話も盛り上がる。
「戦う時に自分の有利な条件を多く作る事が出来れば生き残る確率はそれだけ高くなるだろう。逃げを打つ時も同様だ」
どすん、と座り込み胡坐をかくクロコダインに、ルイズは少し怒ったように言った。
「貴族は敵に背を見せないものよ、逃げるなんて以ての外だわ」
対して、クロコダインは窘めるように答える。
「それはそれで立派な考えだが時と場合によるだろう。例えばどうしても果たさねばならない目的がある場合、余計な戦闘を避け撤退するのも一つの道だ」
「むー……、それはそうだろうけど……」
些か納得のいかない主に、使い魔は笑顔を見せた。
「誇りを重んじる気持ちはオレにもよく分かるが、無理をして無謀な攻撃をしても良い結果は得られんぞ。命あっての物種とも言うしな」
「……」
理性では一理あると判断しても、感情がそれを許さない様子のルイズの顔を覗き込む。
「何も敵を前にして無条件で逃げろと言ってる訳じゃない。引けない戦いという物も確かに存在するしな。だが、何事にも柔軟な発想で臨んでほしいという事だ」
クロコダインはそう言うと、ルイズを肩に乗せ立ち上がった。
「きゃ!」
「今日はもうお開きにしよう。ルイズは寮の入口まで送っていこうか」
「え、でも、別に大丈夫よ」
ギーシュ達の手前もあり、赤面する顔を見られたくなくてそんな事を言うルイズだったが、
「そうもいかん。主をただ見送るだけではシエスタあたりに怒られそうだからな」
そう言われては断る事も出来ない。
怒った時のシエスタは妙な迫力があって怖いのをルイズは知っていた。酔った時はもっと怖い事も。
取り敢えず久し振りにクロコダインの肩に乗るのも悪くないと言い聞かせてみる。誰に言い聞かせているのか。自分にだ。
「も、もう、仕方ないわね! 送るからにはちゃんとエスコートしなきゃ駄目なんだからね!」
使い魔である獣人に無理を吹っ掛けるその態度は、どう見ても典型的な照れ隠しだよなあとギーシュ達は思った。



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最終更新:2008年08月29日 16:00
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