ゼロの影~The Other Story~-03

其の三 予感


 ある日、教師一同とルイズ達はオスマンの下に集められ、あれこれ騒ぎ合っていた。
 巨大なゴーレムが宝物庫を破り、神秘の石と呼ばれる宝を盗み出したためだ。
 さらにオスマンの秘書のミス・ロングビルから盗賊フーケの居場所を突き止めたという報告がもたらされた。
 力があるため上に立つ貴族は、きっと誇りにかけて賊を捕らえようとするに違いない。
 だが、その気概と実力を見ようと考えていたミストバーンの予想に反して誰も名乗り出ようとはしない。危険に怯え、尻ごみしている彼らは誰かが戦ってくれるのを待つだけだ。
 苦しい時は力ある者にすがり、平和になれば掌を返す――人間を評した主の言葉が蘇る。
 彼が失望の息を吐いた瞬間、杖が掲げられた。
 その持ち主はルイズ。
 認められるために行くつもりだ。
 キュルケとタバサも同じく杖を掲げた。
 教師達は反対したが、オスマンはコルベールから儀式の様子を聞き、ミストバーンが計り知れない力を持つと告げられていたため許可した。
 彼女らにミス・ロングビルを加え、フーケ討伐隊が結成された。

 フーケが潜んでいるのは森の廃屋だと情報を掴み、深い森の中に入っていく。
 目当ての小屋を発見し、ルイズは無意識のうちに期待に満ちた目で使い魔を見つめたが反応は無い。
 いきなり頼ろうとしていたことに気づいた彼女は赤面し、気配を殺して自分で中の様子を窺った。
 誰もいないため五人は一度小屋の中に入って手がかりが無いか探すことにした。
 部屋には埃が積り汚れきっていた。テーブルの上にお取り下さいと言わんばかりに無造作に青みを帯びた石が置いてある。石は拳ほどの大きさで握るための柄がつけてあった。
「これが神秘の石? きれいね」
 警戒しつつキュルケが手にとって眺め、美しさに溜息を吐いた。ミス・ロングビルは輝きに魅せられたように爛々と燃える目で見つめていたが、我に返って咳払いした。
 神秘の石を持って目を細める。
「もしかするとフーケを捕らえるのに役立つかもしれません。使い方をご存じですか?」
 キュルケとルイズ、タバサまでもが首を横に振ると彼女は残念そうに肩を落とし、偵察に行くことを告げた。

 キュルケとタバサが小屋に残り、ルイズとミス・ロングビルは森の中に踏み込んでいく。気配を感じさせぬままミストバーンもついていく。
 いくら辺りを調べてもフーケの痕跡はなく、退屈してきたルイズは疑問をぶつけた。
 馬車に乗った際彼女が御者の役目を果たしたのだが、ずいぶん手慣れていた。手綱を握るのは普通付き人に任せておくものである。
 理由を尋ねると、彼女は穏やかに微笑みながら貴族の名を失くしたためだと答えた。オスマンが貴族や平民にこだわらないからこそ秘書をしていられる。
「ありがたいことですわ。もう少しセクハラをどうにかしてくれれば言うことはないのですけど」
 困ったように笑う彼女から日々のセクハラについて聞かされたルイズは天を仰いだ。
「やめてしまえばいいじゃない」
「……養うべき家族がいますから」
 その眼は、大切な者のためなら何でもできると語っていた。
 ルイズが見とれると、照れたのか頬がかすかに赤く染まった。



 結局成果は無く、小屋まで戻ることに決めたミス・ロングビルが首をかしげた。
「あなたの使い魔の姿が見えないようですが」
「うそっ!?」
 ルイズが慌てて周囲を見回すと使い魔の姿はない。
 愛想を尽かされたのかと思い、焦りながら散々視線を動かした後でようやく空に――それもかなりの高さに浮かんでいることに気づく。
「飛べるなんて知らなかったわ」
 虚無の曜日の買い物はキュルケとタバサの協力を得て風竜に乗ったため知る機会が無かった。訊かれもしないのにわざわざ知らせるような性格をしていないせいでもある。
 苛立った彼女の注意が完全にミス・ロングビルから逸れた瞬間、小屋の方から悲鳴が聞こえた。
 見ると巨大なゴーレムが屋根を吹き飛ばしたところだった。
 瞬時に反撃の態勢を整えたタバサが竜巻を起こし、キュルケが火炎で包みこむ。だが全く効果は無い。
 二人が退却するのを空中から冷静に観察していたミストバーンは、続いてルイズに視線を向けた。
 ある程度接近した彼女は杖を振りかざし、爆発を起こした。それでも表面が弾けるばかりで倒すのは不可能だとわかる。
「ヴァリエール! 早く逃げなさい!」
 キュルケの言葉にルイズは首を振った。
「いやよ! ゼロのままでいたくないもの! ……わたしは貴族よ。魔法が使える者を貴族と呼ぶんじゃないわ」
 さらに杖を振り、ゴーレムの胸を狙う。
「敵に後ろを見せない者を、貴族と呼ぶのよ!」
 その言葉はミストバーンにも届いた。
 彼は、沈黙していた。
 彼の主は、にやりと笑った。
 ミス・ロングビルは、舌打ちした。
(とっとと逃げろってんだよ)
 彼女こそ土くれのフーケ本人であった。
 盗んだはいいが効果のわからない神秘の石の使用方法を何とかして聞き出し、トンズラするつもりだった。
 神秘の石が使えない以上逆転の可能性は無い。余計な抵抗はせず、大人しく退いてくれれば手間が省ける。
 いざとなれば殺人もためらわないが、貴族とはいえさすがに子供を惨殺するのは後味が悪い。
 友人を見捨てられない二人がルイズを救おうと奮闘しているが、上手くいかない。
 炎や氷、爆発ではゴーレムに与えられるダメージなどたかがしれている。もうすぐ精神力が尽きるはずだ。
「さよなら……」
 どこか悲しげに呟いた彼女の体が衝撃に揺れた。
(え?)
 彼女の眼が、腹部から生える銀色の輝きを見た。冷たい感触が焼くような痛みに変わるのを、痺れた脳が察知した。
 口から血をこぼしながら後ろを振り返る。
 戦いに加わっていなかった使い魔が、いつの間にか背後に立っていた。
 その眼光の冷たさに背筋が凍る。
「死に……たく、な――」
 唇が動いた。まだ死ねない。大切な家族を遺して死ねるはずがない。
 だが、視界が次第に暗く染まっていく。体が抱えられるのをぼんやりと感じながら、彼女の意識は闇に沈んだ。



 ゴーレムが急に崩れたのを見て首をかしげたルイズ達は、血まみれのミス・ロングビルを抱えて現れたミストバーンの姿に顔をひきつらせた。
 彼女は口元と腹部を赤く染め、ぐったりしている。
「あんたが殺したんでしょ!?」
「何故ミス・ロングビルを殺したの?」
 ルイズの糾弾にキュルケとタバサも杖を構え、鋭い視線を向ける。
 ミス・ロングビルの身体を無造作に地面に放りだしたミストバーンは淡々と呟いた。
「生きている。その女が盗賊だ」
 ルイズ達の魔法を一通り確認し、連携や気概も見た。光るものがある彼女らが殺されないように術者本人を攻撃したのだ。
 使い魔のルーンには言葉がわかるようになるなどの特殊な効果がある。
 術者を探ろうと彼が意識を集中させた瞬間ルーンが輝き、彼女とゴーレムをつなぐ力の流れが視えたのだ。
 それを伝えることはできないが、何よりの証拠が崩れ去ったゴーレムだ。
 秘書をしていたのも宝物庫を探るため。目撃者の話など適当にでっち上げただけだ。
 答えがわかってしまえば頷けるが、どんどん顔が蒼くなるフーケを見てルイズが泣きそうな表情になった。
「お願い、助けて……!」
 自分達を殺そうとしたことも、犯罪者であることもわかっている。ここで命を落とさずとも、いずれは処刑されるということも。
 だが家族について触れた時の、彼女の優しい目を忘れることはできない。
 一方ミストバーンは混乱していた。
 殺されそうになったのに助けろと言い出すなど全く理解できない。観戦していた主にどうすべきか問いかける。
『治してやれ。役に立つかもしれん』
 儀式の時と違い、今度の声は彼一人にだけ届けられた。
 小さく頷き、フーケが持っていた神秘の石を掲げる。すると光がこぼれ、腹部の傷がゆっくりとふさがっていく。
「神秘の石って……傷を癒すものだったの?」
「本当の名は賢者の石という。私の世界にあるものだ」
 顔色が戻ったフーケは呻いて目を開けた。ルイズがほっとしたように息を吐くのを不思議そうに見つめる。
「ルイズが、あんたを助けてって言ったのよ」
「……そうかい」
 意識を取り戻したフーケは抵抗する気力を失い、大人しく縄についた。
 馬車に向かう間彼女はほとんど喋らなかったが、ルイズに礼をポツリと述べた。


 盗賊を捕らえ、帰還の途についたルイズ達は全員疲れた表情をしていた。
 ゴーレムとの戦闘のせいというより、命を奪われかけたフーケの姿が脳裏に焼き付いて離れないためだ。
「あんなにあっさり殺そうとするなんて……」
 思わずこぼれた呟きに返ってきたのは、素朴な疑問の声だった。
「あの程度で人間は死ぬのか?」
「当たり前じゃない!」
 認識が根本的に間違っていることを感じたルイズの声は上ずっている。
 それを聞いた彼は考え込んだ。
 ルイズ達を評価しただけでなく、巨大なゴーレムをあっという間に作り出すフーケも認めたため止めるだけのつもりだった。しかし、実際は危ないところだった――らしい。
 敵は殺す場合が大半であったため手加減の仕方が掴めていない。特に、魔物や魔族と違って脆弱な人間を相手に加減するのは難しい。
 うっかり芽を摘まないようにしなければ、と決意するミストバーンとは対照的にルイズは何をどう言えばいいのか途方に暮れていた。
 もしかしたら次は自分が殺されるかもしれない。それこそ虫を踏み潰すように。
(で、でも、賢者の石を使ってフーケを治したじゃない)
 ほんの一筋の希望を見出したルイズは、それが主の命令によるものだとは知らない。
 馬車の中には冷えた空気が立ち込めていた。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年09月04日 15:41
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。