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◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「突然ごめんあそばせえ。実況・アナウンス担当の斎藤窒素よ。

 本大会の準決勝第一試合は、白王みずき選手の勝利で幕を閉じたわ。

 だから、あなたはここでこのSSを読むのをやめても構わない。

 この先の物語は、ある意味で蛇足にあたるわけだものねえ。

 もちろん私は読むわ。だって、このままじゃちょっと悲鳴が足りないじゃない?

 用意はいい? ……それじゃあ、続けるわよ」


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆







「……おかしいですねえ」

 不動の降参からしばらくが経過した。
 黙って女神オブトーナメントによる転送を待っていた二人だったが、待てど暮らせど転送されぬのである。

「もしかして、なにかトラブルでしょうか……」

「ただ単に、お菓子でも食べてるのかもしれませんけどね」

「もう、そんなこと言っちゃダメですよ」

 素で心配しだすみずきと、あくまで懐疑的姿勢を崩さぬ不動。
 先ほどまで戦っていたとは思えぬほど和やかな空気が流れる両者だったが、とはいえ転送が遅れとしたらそれは実際由々しき事態である。
 敗北しつつも無傷な不動とは違い、勝者たるみずきは満身創痍――いくら『転校生』ワン・ターレンがあらゆる怪我を治すチカラを持っていても、それまでが辛いことに変わりはないのだから。

「――あっ」

 と言っている間に、上空より降り注いだ淡い光がみずきを包み込む。転送の開始だ。
 しかし、そのことを素直に喜べはしなかった。
 対戦相手の不動には、何の音沙汰もなかったのだから――。

「ちょ、ちょっと待ってください! タイムです!」

 転送の刹那、慌てて中止を要求するみずき。
 果たして転送は為されなかったが、しかしどうにも腑に落ちない。どうして自分だけが転送され、不動はここに残されるのか。
 事情の説明を求めんと少女が口を開きかけると同時に、二人の脳内に美声が響いた。

(あてんしょん・ぷりぃいず。お邪魔するわあ、斎藤窒素よ)

 声の主は、本大会で実況や選手へのアナウンスを担当している希望崎学園報道部三年・斎藤窒素である。
 このタイミングでの通信が、単なる勝者宣言で終わるはずがない。
 そう考え身構えるみずきと不動に、いつもと変わらぬ声音で窒素は語りだした。

(まずは、白王選手、勝利おめでとう。いい悲鳴だったわあ……決勝も楽しみねえ)

 ぞわり、と背筋が凍る。
 悲鳴に関しては褒められている気は全くしなかったが、みずきは一応「ありがとうございます……」とお辞儀しつつ礼を述べた。

(そして、不動選手……。真に言い難いのだけど、運営本部は貴方をこの空間から出すわけにはいかないわあ)

「「 !? 」」

 みずきと不動をかつてない衝撃が襲う!
 女神オブトーナメントの能力により創り出されたこの空間から出られないということは、つまり大会本部により軟禁されるということに他ならない。
 きっと生半可な理由ではないだろう。二人の無言は、窒素に次の言葉を促していた。

(実は、魔人公安に「『転校生』不動昭良抹殺指令」とやらが出ているらしくてねえ)

「えっ――!」

(私たちにもお達しが来たのよ。「小隊が到着するまでターゲットを逃がすな」って。
 そういうわけで、無関係な民間人の白王選手には安全なところへ避難して欲しいというわけなの。……わかってくれた?)

「理解はしました。――でも、納得はできません!」

 言いながら、みずきは不動の手をギュっと握る。
 驚く不動。その顔には、ほんのりと朱が差していた。
 心臓も、さっきまでより明らかに強く、激しく動いている。

「昭良君だけ残して避難するなんて出来ません! 勿論、殺させもしません! 絶対に二人で脱出してみせますっ!」

(うふふ。楽しみに待ってるわあ。じゃあねえ♪)

 それから美声は聞こえなくなった。辺りに静寂が戻る。
 みずきは握りしめた手を離さぬまま、不動に向き直り口を開いた。

「こうなったら、本当に二人で脱出するしかありません……! さあ、力を合わせて頑張りましょうっ!」

 おーっ! と空いているもう片方の手を空中に突き出し、ひとり気合を入れるみずき。
 一方の不動はそっぽを向いて頬をポリポリと掻きながらボソボソと喋る。

「……よかったんですか?」

「ええ。大切な仲間の昭良君を放ってなんておけませんもの!」

 薄い胸を張って答えるみずきに、不動の鼓動はますます早鐘を打つ。

「あ、ああ、そう。……あと、手」

「……ああ、ごめんなさい! つい……! あの、離した方がいいですか?」

 自分より僅かに小さい年上の少女の無垢なる上目遣い。
 何故かは分からぬが不動の心は大きく掻き乱された。

「だって、自分は『転校生』ですし……。もしかしたら、何かの拍子に……」

 ――あなたを傷つけてしまうかも。
 続く言葉を飲み込んで、不動が堪らず目を逸らした直後――触れていたみずきの手から力が消え、その身体が崩れ落ちる――。

「危ないっ!」

 言うが早いか、不動は手を出してみずきを受け止めていた。
 己の腕の中におさまった華奢な身体。滑らかな曲線美。眩い肌色。
 意味も分からずどぎまぎしていると、腕の中から、優しい笑い声が聞こえてくる。

「ほら、私はなんともないですよ? 制御できない力で私を傷つけてしまうのが、怖かったんですよね? 昭良君、やっぱり優しいです」

 心中をズバリ言い当てられ、不動は気恥ずかしさに思わず逃げ出したくなった。

「でも、大丈夫です。昭良君なら、絶対に大丈夫。私、信じてますっ!」

 にっこりと微笑みながら、みずきは不動に体重を預ける。
 何がどうなっているのか。首から上がやけに熱い。不動には何も分からなかった。
 だが、一つだけ分かっていることがある。自分はこの人を絶対に傷つけない――!

「さて、いつまでもここでお喋りしているわけにもいきません。行動を開始しましょう」

「でも、この空間は女神によって支配されています。何か策でも……?」

「はい! そのためには、昭良君にもひと仕事してもらわなければいけません」

 ハートが飛ぶようなウィンクと共に言い放つみずき。そして、その言葉に無条件で頷ける程の『絆』を、不動は感じていた。



 ゆるゆると緩慢な速度で飛行する不動。その背には、ほぼ全裸に等しかったみずきが、不動の学生服を羽織った出で立ちで乗っていた。
 みずきの言う“一発逆転の秘策”を使うには大きな移動が不可欠とのことであるらしく、彼女はあろうことか不動にそこまでの乗り物役を命じたのだった(実際はもっと柔らかくも天然めいて核心を突いた言葉であったが、受け取る方からすれば同じである)。
 不動はみずきに学生服の上を掛けてやり、それから少女を負ぶさり飛び立つという涙ぐましい献身さを見せ、何の躓きもなく計画は進行していた。

「昭良君……あの、重かったらごめんなさい。確かこっちだったと思うのですが……」

「……別に、大丈夫ですよ」

 ぶっきらぼうに答える不動に対し、「ああ、やっぱり重いんですね……」と勝手に落ち込むみずきだったが、実のところ不動はそれどころではなかったのだ。
 己が肉体に絡みつく熱を帯びた肢体。静まれと念じる程に火照る顔。何かがおかしい。
 この異常の正体を彼は見つけあぐねていた。不動昭良、齢十四にしてこれが“初めて”だったのである――。

「あっ! ありましたよ、昭良君っ! ほらっ!」

 突如としてはしゃぎだしたみずきが左手で指差す先には、大きなプールがあった。
 不動の通う中学にあるものよりも深く広いそれは、一般的な高校のプールよりも大きかったかもしれない。女神が思い切り泳ぎたかったんだろうな……と、不動は思った。
 プールサイドへとふわりと降り立った不動は、腰を屈めてみずきを下ろす。みずきは不動に礼を述べ、水の張ったプールにじゃぶんと入ると、恥ずかしそうに懇願した。

「あの……。あのですね? これから私、その、“お着替え”しますので……。こっち見ちゃ、嫌ですよ……?」

「わ、分かってますよ!」

 ぼっ、と顔から火を噴きながら、大声を張りつつ不動はプールの外、グラウンドの方を向いた。

「まったく、もしかして俺が覗くとでも思ってたのかよ」「それは心外だ」「さっきの“信じてる”って言葉は嘘だったのか」「でも、なんで俺はあのひとに言われた言葉の一つ一つにこんなに振り回されてるんだ……?」「うわああああ、分からねえっ……!」

 右往左往を繰り返し、不動昭良の脳内会議は踊る。思春期特有の甘酸っぱさに、不動は全身で浸かっているようだった。
 しかし、この堂々巡りは実のところ彼の生命を救ったと言わざるを得ない。
 外界の音を一切寄せ付けぬ程己に没頭した不動の背後では、“着替え”に勤しむみずきのあられもない声が漏れていたのだから。

「ひゃあああっ!」「だめえっ、こえ、でちゃぅう!」「ふああっ!」「すぐそこに、あきらくんがいるのにぃ……!」「我慢、できなっ――!」

 両者がそれぞれ己のと戦いに打ち勝ったのは、それから実に数分後。
 プールから上がったみずきは、不動に「もういいですよっ」と上気した声を掛けた。
 早く計画を次の段階に進めんと、振り返った不動はしかしてすぐに硬直する。

「――な、なんで、スクール水着……!?」

「だって、ここは学校のプールですよ?」

 さも当然だと言わんばかりに小首を傾げたみずきに、不動はようやく確信した。
 ――このひと、天然だっ! しかも、すっっっごく“危うい”タイプだっ!
 紺色と肌色のコントラストが映え、肩紐のズレを直すと、ぱちんっと快闊な音が鳴り飛沫が飛ぶ。完璧なるスク水少女・みずきが、次の瞬間にとんでもないことを言い出した。

「さあ、次のステップに進みましょう! 昭良君、服を脱いで下さい!」

「なっ、はあああっ!?」

 素っ頓狂な声を上げる不動だったが、みずきはきょとんとして見返す。
 二人きりのプールサイド――。少女はスク水――。己に脱衣を要求し――。目指す港は“次のステップ”――。
 またもや熱を上げる不動を意にも介さず、みずきは言葉を続けた。

「だって、昭良君もプールに入るんですよ? 服着たままじゃ、なんとなく気持ち悪くないですか?」

 そう、次のステップで、不動はみずきと共に入水する必要があったのだ。
 みずきの言葉はむしろ不動を慮ってのものだったのだが、彼には逆効果のようだった。
 果たして不動はみずきの勧めを断り学生服のままプールに入り、次いでみずきも水の中へと身を投じる。

「では、参りますよ――!」

「……ええ」

 懸命な表情で気合を入れるみずき。その背後で、不動はさも居心地が悪そうだ。
 というのも今の二人は、両腕を水平に伸ばしたみずきを後ろから不動が支えているというなんともタイタニックめいた体勢であり、それがゆえに不動は腰をぎこちなく屈め、顔も赤くしていたのだった。
 落ち着きを取り戻すために頭の中で素数を数える不動は、今この瞬間も漏れるみずきの艶めかしき声が響いていたのだから。つくづく噛み合っているのか分からないコンビだ。

 そんな風にしていると、やがて異変が起こりつつあるのが不動にも分かった。
 プールの水嵩がどんどんと減ってゆき、みずきの纏う服がどんどんと肥大化し、気付けば自分もその巨大な服の内部に取り込まれていたのだ。とんだ二人羽織り状態である。
 どうしたものかと決めあぐねていると、みずきが不動に精一杯の指示を出した。

「あっ……、あきら、くんっ……! いっしょに……飛んでぇ……っ!」

「だああああああああ! わかったよチクショオオオオオオ!!」

 いちいちアブナイひとだよなあホントッ! ヤケクソ気味に不動は能力を行使した。
 『インフィールドフライ』により、ふわりと飛翔し上昇する二人。
 プールの水が底をつく頃には二人は校舎よりも高く舞い上がっており、みずきの服装も年末に現れるという伝説上の生物“コバヤシ・サティコ”のように巨大になっていた。

「お疲れ様です昭良君。あとはお姉さんに任せておけば大丈夫のはずですっ!」

 自信満々に断言するみずき。不動は若干以上の不信感を抱いたが、もう彼女に頼るより他はないのだ。呪うべきは己の運命か。
 みずきの考えた作戦とは、「女神の空間にも限界があるのではないか?」という仮定に基づいたものであった。
 その内容は至ってシンプル。女神のMAPの限界を超える量の水を、みずきが放てば良いというものであった。

「(ほんとに上手くいくのか……?)」

 ここまで手伝っておいてなんだが、不動は未だにこの作戦に懐疑的であった。
 みずきはフッと表情を引き締めると、凪いだ水面の如く静かになった。
 そして、徐々に――だが確実に、彼女の纏う巨大衣装に何らかのチカラが漲っていた。

「これは――!」

 驚く不動。これは、みずきの能力『みずのはごろも』の特性によるものだった。
 みずきが水を操る際に失う衣服の量は、過去を思い出してみれば分かるが完全な比例関係にはない。例えば夢の中での沢木戦での極度の精神不安定状態での能力行使では、水量や威力に比してあまりにも多くの衣服が失われ、またモヒカンザコ戦での最後の水撃は、絶大な威力・水量ではあったが何とか局部を隠せる程度の衣服を残せたのだ。
 ここから分かる『みずのはごろも』の仕様とは、『水弾の威力・水量は放出後の衣服の残量に比例する』ことに加え、『発動時の精神状態により大幅な補正を得る』のである。

「きてます……。私の意識が水に融け合い、最高の状態へと醸成され――」

 漲り続けるチカラはやがて、ぼこっ、ぼこっと、滾るマグマの如く気泡を産んでいた。

「昭良君は、確かに『転校生』です……。お国からしたら、少しだけ迷惑な存在なのかもしれません……」

 ――――でもっ!

「彼は中学二年生ですっ! 私たちと同じ子どもでっ! あなたたちと同じ心を持っているんですっ! 私は怒っています……! こんな仕打ち、絶対に許しません!!」

 無論、みずきに水の温度を操作する能力など備わってはいない。だから、この気泡はあくまで彼女の精神の昂りのイメージに過ぎない。
 しかし、不動はこれ以上ない程にアツさを覚えていた。
 顔が、胸が、そして何より目頭が、こんなにも熱い――。

「――よし、今ですっ! 昭良君っ!」「はいっ!」

 極限まで研ぎ澄まされた集中に怒りが交差し、みずきの水撃は過去最大の規模の――大津波を放った!

「「 いっけええええええええええええ!! 」」





「「 ――――ええええええええええっ!? 」」

 気付けば二人は控室のベッドの上にいた。
 みずきは全裸で不動に支えられており、ベッドの上という関係上、それは見ようによってはとんでもなくとんでもない誤解を生みかねなかったが、あまりにも急すぎる場面展開に脳が付いていけず、幸いにもその事実にまでは理解が及んでいないようだった。
 ややあって、控室の扉が開く。入ってきたのは、四人の少女だった。

「わあーん、わあーん。みずきちゃんの能力に耐えきれず、ついつい二人とも転送してしまいましたあー。わあーん」

 恐らく自分では迫真の演技のつもりなのだろうが、誰がどう見ても棒読みなセリフを繰り返す――女神オブトーナメント。

「あらあら困ったわねえ。私が白王選手を焚き付けちゃったせいで、不動選手が出て来ちゃったわあ」

 漆黒のヴェールでも隠しきれぬ、セリフとまったく噛み合っていない愉しそうな顔をした――斎藤窒素。

「てえへんだあーっ! 白王選手が全裸だあっ! 不動昭良の行方なんかどうでもいい! おおおおおおお、この命が燃え尽きてでも、私はカメラを回し続けるッ!!」

 一人だけ明らかに素な――結昨日映。

「……というわけで、運営本部は『転校生』不動昭良様を拘束すること叶わず、まんまと控室の窓より逃げられてしまいましたとさ、ちゃんちゃん。……というわけです」

 締めくくるは、聖母の如き笑みを湛えた――結昨日司。

「皆さん……これって、つまり……!」

「そうそう、魔人小隊の方は、支倉葵様達がなんとか押さえているようですよ。今がチャンスですね――おおっと、これは失言でしたね。うっかりうっかり」

「支倉さんが……みんなが、俺のために……」

「ね? 言ったでしょう、昭良君」

 みずきも不動の手を握り、優しく語りかける。

「君は独りじゃなかったんだよ。ほら、こんなにも『絆』がいっぱい――!」

 みずきの言葉が不動に沁みてゆく。瞳から、一条の涙が頬を伝った。

「感動的なところ悪いけど、そろそろ発たないと本当に危ないわよ?
 私としては魔人公安に捕まって残虐の限りを尽くされる不動選手の悲鳴にそそるものがあるけれど……」

「……また斎藤窒素様は、こんなときまでドSアピールをなさって……!」

「なあに、文句でもあるのかしら。ねえ映さん、少し“御仕置き”が必要なようねえ」

「ぐへへへへ、自分からおねだりするたあ、どうしようもないド淫乱娘だぜえ……!」

「ふええー、皆さん楽しそうですねっ! 私も混ぜて下さいよう!」

 かしましく騒ぐ運営陣の声をバックに、不動は窓に足を掛け、今にも飛び立たんとしていた。
 一瞬、名残惜しむような表情を見せたが、すぐさま晴れやかな笑顔に変わった。

「じゃあ、みずきさん。お世話になりました。……さようなら」

「違いますよ、昭良君。“さようなら”、じゃなくて、“またね”、ですっ♪」

「――はい。また会いましょう……!」

 飛び立つ若人の胸に満ちるは万感の思い。
 戦いの日々と、実らなかった初恋が、少年を少しだけ大人にした――。  <終>


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